てらさき雄介の日記
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2006年05月31日(水) 自民党総裁選挙

自民党総裁選挙は、総理大臣を決める選挙なので、全ての日本国民にとって重要だ。麻垣康三と言われているが、安倍氏本命は動かないだろう。

さて靖国に関連して、中国の影響力が、結果総理選びに反映されるのは問題との意見もある。しかし今のボーダレス社会で、外国の影響を受けないで総理が選ばれることはない。

これは中国だけでなく、同盟国であるアメリカ、そして広く国際世論の影響を受けるのは、良し悪しを越えて当然なのだ。

小泉総理は、靖国に「何故参拝するか」を説明してこなかった。安倍氏も同じ行動を採るならば、中国に対してではなく、主権者たる日本国民に、明確に説明する責任を持つだろう。

また問題がここまで、国際的に大きくなった以上、参拝しない場合も「何故」と問われるかもしれない。

最近色々な会で、次期総理について聞かれるが、正直誰がなっても大差ない。民主党員の意地で言うのではなく、恐らく現在の政治と変化は出ないだろう。

小泉政権の元で崩れてきた、多くの日本の‘財産’を取り戻すには、政権交代しかあり得ない。


2006年05月30日(火) 政令指定都市を目指して

長友克洋市議の、定期政策勉強会に参加した。テーマは「政令指定都市を考える」だ。私も市議時代には、多く勉強したテーマだ。また長友市議とも、このテーマで行政視察をともにした。

相模原市が津久井郡と合併し、人口が70万人になることから、急速に政令市への展望を言う人が増えた。

しかしその声は、聞く限り市外に多い。堺は言うに及ばず、(合併した)相模原市よりも人口の少ない、浜松・新潟も政令市になる。霞ヶ関も、相模原市を多少は意識しているようだ。

但しだ。最も大切なのは、市民意識だ。合併が行政主導であった反省もある。政令市を目指すならば、それは自治権獲得の市民運動のなかで、展望を開いていくべきだろう。

かつて(社)相模原青年会議所で「政令指定都市を目指すべき」の提言書を担当したときに書いた、狎令市を目指す過程のなかで、より良いまちづくりが行なえる瓩箸旅佑┐亙僂錣辰討い覆ぁ

長期の取り組みになるが、他に先駆けて、政令指定都市相模原を目指して頑張っていきたい。


2006年05月29日(月) 「日記」が書けない日

「日記」は、その名の通り、毎日更新が基本だ。しかし現実には数日間も、更新できない時がある。

言い訳を少し。実はパソコンが事務所にしかないのだ。ノートパソコンも事務所で使用しているし、自宅に別のものを用意するのも、経費がかさんでしまう。

従って、事務所に行かない日は、残念ながら更新できないのだ。もちろん毎日感じたことや、考えたことを、記憶し、時としてメモしたりはしている。

言いたいことが多い日、あるいはネタが正直少ない日、色々ある。しかし前にも書いたが、自分自身にメリハリを付ける意味でも、いい材料だと考えている。

最近またアクセスして下さる方が、徐々に増えている。選挙前であることや、民主党に対する関心が高まっているからだろう。また私の支援者が、どこかでこのHPを宣伝して下さっているのだ。

出来るだけ、毎日更新するのは当然だが、時として空いてしまうこともお許し頂きたい。

当選したあかつきには、もう一台贅沢をし、自宅にも通信環境を整えたいと思う。


2006年05月28日(日) 偶然にも本校の先輩

支援者の紹介で、ある居酒屋さんがポスターを貼って下さるという。お客様商売であるにも関わらず、ありがたい限りだ。

ただ挨拶に行って、貼るだけでは恐縮なので、久々に高校の同級生をふたり連れて、一緒に飯を食いにいった。

するとどうだろうか。その店の店主は、明大中野高校の先輩だったのだ。しかも芸能人盛りだくさんの、憧れの定時制卒業とのこと。体育祭が合同開催の時期もあり、その話などで盛り上がった。

学校法人中野学園は、東中野と、八王子に校舎がある。私は八王子高校だが、東中野の方を在学中などは‘本校’と呼んだりした。

翌日の昼間に、大きなポスターを貼らせて頂いた。住所で言うと矢部、西門交差点近くなので、皆様の目につくかもしれない。

中高と市外に通ったので、結果同級生や同窓生が少ない。その頃から選挙に出るつもりでもなかったので、致し方のない話だ。しかしだからこそ、数少ない貴重な出会いだった。



2006年05月27日(土) 消防団も合併すべき

所属する地元消防団の総会があり、前部長として御礼の挨拶をした。その中でも触れたが、本年度より相模原市消防団の名称が、「相模原市相模原消防団」となった。

合併に伴い、旧津久井郡の各町にあった消防団と大枠では統合したのだ。「相模原市津久井消防団」「相模原市相模湖消防団」も出来た。しかし合併の効果という点では、中途半端さがあるのはぬぐえない。

地域ごとの個性を尊重しつつも、効率化出来るところは統合するのが、無理を乗り越えて合併した意義ではなかったか。その点では消防行政は、統合の対象と言える。

農業委員会を統合しない理由が、地域事情が違うとのことらしいが、事情が違う地域を合併したのは事実である。そしてだからこそ、市内組織も合併して、本当の一体化を目指すべきではないか。

一消防団員としても、せっかく津久井地域の消防に携わっている皆さんと、交流の機会が得れるのに、先送りされた感がある。

最低限、操法大会や出初めなどの行事は、全体で一緒にして欲しい。


2006年05月26日(金) 明大雄弁部と藤井先生

藤井先生と私の出会いは、明大雄弁部の先輩の紹介による。現秋田県議の大関衛先輩だ。

大関先輩は、他の代議士の学生秘書をしていて、藤井先生と直接知り合いというわけではなかったが、私のリクエストを聞き、飛び込みで紹介してくれた。

私が事務所に週1日から2日通うようになると、偶然にも、藤井先生のプロの秘書で、明大雄弁部の先輩がいた。国松誠現藤沢市議会議長だ。会って話しをしてみると、他にも以前藤井先生の秘書をされていた先輩がいたとのこと。

東大法学部卒、大蔵省キャリア出身の藤井先生と、野蛮を以ってなる明大雄弁部は、日常の接点はなかったが、これも縁というものかと感じ入った。

そして藤井先生は昨年の引退後に、自らの後継者を、明大雄弁部OBの宮崎雄一郎氏にされた。その宮崎氏は、私とも国松氏とも、まったく違うルートで藤井先生と知り合った。不思議なものだ。

元々狭い社会だから、これ位の偶然はあるかもしれない。しかしだからこそ、この奇妙な縁を大事にしていきたい。人間は、生まれてから死ぬまでに出会える人数は、限られているのだから。


2006年05月25日(木) ポスターの効果

選挙中に公営掲示板に貼るポスターではなく、現在も含め日常に貼ってある政治活動用ポスターのことだ。「変革の能動者」と書いてある、大きな顔(HPトップと同じ)のポスターだ。

前回の県議選では、同じく数百枚を市内に貼った。しかし選挙直前であったことと、小さかったこと、そして菅直人党首(当時)との2連だったこともあり、効果については余り反応としては返ってこなかった。

最近貼ってあるポスターについては、時として効果を実感することがある。どこまでいってもポスターは、知名度を上げて顔を知らせることしか出来ないが、政治活動を展開するにあたり、このことは非常に大きい。

もちろんポスターのみを見て、「寺崎の話を聞いてみよう。」「寺崎を応援しよう。」とはならない。ひとつの効果ではあるが、それのみで十分ではない。

ただ戸別訪問を含め、様々な政治活動をしていると、「ああポスターの人ね。」と、どこかで見たことある言われ方をされるのだ。一度お会いできれば、その後はその方がポスターを見るたびに、会ったことを思い出してくれる。

もうすぐ政治活動9年目になるが、政策を実感として理解頂くのは、時間がとてもかかるものだ。最初から支援して頂いている方から、この前「○○については、寺崎はこう考えるだろうから、そう伝えておいた。」と言って頂いた。まさに代弁をして下さったのだ。

この方が、ここに至る経緯については、今日の日記では書ききれないほど長い。民主主義とは時間がかかることを、体験を通じて実感する。ポスターもその一助として、これからも出来るだけ多くの枚数を貼っていきたい。




2006年05月24日(水) 爛好吋献紂璽訥↓瓩呂犬瓩泙靴

記載が遅くなった。先々週から、HP上で「てらさき雄介のスケジュール帳」を始めた。この「日記」が‘日々何を考えたか’を基本にしているのに比べ、純粋に行動のみを記載する。

余り議員でやっている人はいないが、モデルにしたのは、相模原市のHP上にある狆川市長の一日だ。

始めるにあたり少々の迷いはあったが、「毎日何をしているの?」という、素朴かつ当然の疑問に応えたいと考えたのだ。

県議になれば当然に、同様のものを掲載するつもりだった。県議会をはじめとする公務があるので、それを主権者に伝えたかったのだ。

正直現在は、次期県政に向けた政治活動と、生活費を稼ぐためのアルバイトの繰り返しなので、お伝えするほどのものでもない。

しかしそんな私にも、日々支援してくださっている方がいる。その皆様には、私が日々何をしているかを理解頂きたかったのだ。

当面は不定期に、約1週間ごとに更新する。正直に書くが、個人名や企業名などは、公のものでない限りは、先方の許可がない限り「支援企業」とか「支援者」とか匿名表記になる。

また全く政治活動に関係ないことは、「私用」と書かせて頂く。

始める以上は、正直にかつ行動を明らかにし、皆様のご意見を頂こうと思う。


2006年05月23日(火) 医療保障は政治の仕事

「命も金で買える」とうそぶく人もいる。確かにそうなってしまった傾向もある。特殊な治療や薬などは、保険適用もされず、実際普通では受けられないものもある。

情けない世の中だと思う。父祖の代は苦労して、現在の経済大国をつくったが、せっかくある世の中のお金を有効に使っていない。使い道を間違えている。

医療は最低限の社会保障だ。医療保険についても、保険対象外の人は、政治で責任を持つのが当然だ。

行革で様々な経費を減らすべきと、かねてから主張しているのは、決して政治の責任を放棄しようというのでなく、医療をはじめとする猝伸瓩膨招襪垢覯歛蠅法△茲衢住擦鬚泙錣垢戮と言っているのだ。

医療を採算ベースで考えてはいけない。これは極論ではない。「政治は何をする為にあるのか。」という、原点を考えたとき、自然に行き着いた結論だ。

神奈川県内で、お金がない為に死に至る人がいるならば、県政は政治の基本的役割を果たし得ていないことになる。

制度の基本は、いまだに国が握っているが、現行でも地方政府で出来ることはある。


2006年05月22日(月) 山静神(さんせいしん)

山梨県・静岡県・神奈川県をあわせて、犹垣顛澄覆気鵑擦い靴鵝豊瓩班集修垢襦今日初めて知った。

近隣の県同士が、ひとつの圏域として、共通する課題について話合うのだ。今後定期的に、3知事が会合を持つそうだ。その名も犹垣顛声麈床餤牒瓩澄6δ未垢覯歛蠅砲弔い董∀湛腓ε敝兇鬚弔ろうというのだ。

有名どころでは‘八都県市首脳会議’がある。神奈川県・東京都・千葉県・埼玉県・横浜市・川崎市・千葉市・さいたま市の首長が、定期的に会議を持ち、首都圏の広域的課題について議論している。

一民族一国家という言葉があるが、生活圏と行政圏を一体化させることは、夢かもしれないが、方向性は正しい。買い物や飲食をするのに、町田へ行くとき、都県境を意識する人は少ない。

道州制について、政府の調査会から提言が出た。しかし区割り云々を、最初に提示していることは疑問だ。まず議論すべきは、国が何をすべきか、県(州)が何をすべきか、その役割分担こそ重要なのだ。

さてこの議論を、国会議員をはじめとする国レベルに任せてはいけない。地域のことは地域で話し合う、その意気込みが大切なのだ。

神奈川県は、人口からすると日本3番目の地方自治体だ。あるべき地域主権の姿を国に対してだけでなく、主権者に対して提示すべきと考える。特に県議会の仕事だろう。





2006年05月21日(日) 党務の割合

二大政党と呼ばれるようになってから、党を通じて議員や候補者が見られるようになった。

以前は地域により密着している市政に携わっていたこともあり、政党は余り関係のないという扱いを、議会でも地元でも受けた。

県政も地方政治だし、何より選挙は個人名に依るので、現在でも党と個人のバランスを考えれば、格段に個人の割合の方が高い。

党支部の幹事会や、他党務もないわけではないが、基本は個人としての政治活動だ。浪人中の私ですらそうなのだから、これに議会活動が入れば、一層党の割合は少なくなる。

だから、党などどうでもいい、という訳ではない。政党政治の推進は、正しい政治改革の方向性だ。また民主党員であることには、自信と確信を持っている。

しかし党とは何か。あくまで個人の連合体である。完全比例代表制でも採用しない限り、中心は個人であり続けるのだ。かつては小選挙区制度や、比例代表制度など、政党中心の選挙制度が良いと思っていたが、最近微妙に考え方に変化が出てきた。

より個人を大切にするのが、民主的な政治と言えるのではないか。まだ思考中だが、自分のなかで新たな物の考え方が、徐々に出てきつつある。

現在の党務の割合は、一割か二割か、それ位だろうか。その範囲内においては全力を上げるが、割合自体を増やすつもりはない。


2006年05月20日(土) 民主スクール参加

民主党県連主催「民主スクール」に参加した。月1回の講習で、計十回くらい開催される。本年は、統一地方選挙の候補者が狎古稔瓩箸覆襦

今日は、花上喜代志横浜市会議員が講師だった。豊富な経験に基づき、選挙ノウハウを話された。ご自分が選挙に強い分、お話に大きな説得力があった。

選挙とは運動とは、主権者に対して、候補者の政策を伝えることに他ならない。限られた時間と物量で、多くの主権者に政策を伝えるためには、やはりテクニックも必要だ。

相模原市・津久井郡70万人に対して、正確に政策が伝わるシステムが仮にあるとすれ、現在皆で大騒ぎをしている選挙運動は、一切が必要なくなる。

しかし主権者の政治参加は権利である以上、無理やり拘束して話を聞かせるわけにもいかない。候補者の努力が必要なのだ。

昨年市長選挙で選対幹事長をつとめた。最初その話を聞いたときに、「幹事長は絶対イヤです。それなら支援そのものを止めます。」とまで言ったのだが、世話になった方々に頼まれればムゲにも出来ない。

どうして断ったかと言えば、私自身が選挙に落選ているからだ。私が中心になって選挙運動を展開したところで、それは周辺に対して説得力を持たないし、何よりその能力が私にはない。

来年の県議選は、必勝を期しているが、それは選挙ベタの私が、急に選挙上手になることを意味しない。

私が勝つための要因は、どれだけ支援者を増やせるか、そしてその支援者に選挙を任せられるかだ。逆に言えば、私が選挙の段取りをしているようでは、今以上伸びないだろう。

今日の机上の理屈を、しっかりと自分のものにする為には、現場で実践していくしかない。藁にもすがる現況なので、短い時間だが、素直にお話が自分に入ってきた。人間はやはり、切羽詰らないと勉強しないものか・・・。








2006年05月19日(金) 狷旭瓩箸いΩ斥

本日開催の、青年会議所主催「小野田少尉講演会」は、盛会のうちに終わることが出来た。私の縁で来て頂いた方もいらっしゃる。感謝申し上げる。

多くの方にご参加頂いただけでなく、お話の内容も説得力があり、青少年問題を考えるのに非常に有意義だった。

さて青年会議所では、参加者を募ることを狷旭瓩班集修垢襦柄衞聾兇世韻任覆全国一般的に)。元来この言葉には、‘意思なき人々を人数あわせで連れてくる’という意味合いが込められている。

もちろん青年会議所には、そんな悪気はない。多くの方に話を聞いてもらいたいから、声をかけているのだ。また私もJCの理事をしていたときは、皆と同じく狷旭瓩箸いΩ斥佞鮖箸辰討い拭

この言葉は、政治の現場でもよく使われる。主に後援会事業や、選挙イベントなどで、大勢のご参加を目指すときだ。私自身は、別の表現を使っているが、支援者の方々が勢い余って使われることもある。

私が問題と思うのは、言葉ではなく、それを発する気持ちだ。青年会議所も、私の支援者も、悪気なく使っているから問題はない。しかし候補者やその陣営によっては、本当の意味で人数あわせを目指す為に狷旭瓩鮖箸Δ里澄

ある方が言っていた。「選挙運動も終盤になると、人が‘票’という生き物に見えてくる。」選挙運動をして下さる方々に、そこまで思って頂けるのは候補者冥利に尽きるだろう。

しかし候補者の心情は、そうではいけない。開票時には数字しか明らかにならないが、その中身には多くの一人一人の思いが込められているのだ。







2006年05月18日(木) 近所の外国人

先日、この日記にアイヌについて書いた。日本は単一民族国家ではないという、れっきとした事実が、曲解され誤って伝えられている。

「国民」と「民族」は違う言葉だが、その解釈は地域や時代で異なっている。今日民団総連のトップが会談したニュースを聞き、改めて日本とは、地域とは何かを考えてみた。

相模原市内には、約1万人の外国人が住んでいる。この方々は、その名の通り日本国籍は持っていないが、れっきとした相模原市民である。在日外国人の地方参政権を求めるべきと、以前から訴えている大きな理由がここにある。

市内外国人のうち、多くはやはり韓国・朝鮮人だ。世代が若くなるほど、違和感もない。しかし日本社会のなかに、今だ差別意識が根付いてしまっているのも事実だ。加えて、靖国や、拉致や、領土の問題もある。課題は多いということだ。

しかし「隣同士の国は、皆仲が悪い。」との割り切りで考えれば、まだ日本と朝鮮半島はいい方かもしれない。また昨今の文化的交流は、明日の友好について明るい要素だ。

近所の外国人と、交流することは大切だ。いつか国際交流ラウンジについて調査したとき、運営主体の民間団体は、民営ですることの意義をこう話した。

「外国人が相談に来たとき、その人が不法滞在だったりビザが切れてたりすると、行政は最初から相手に出来ないでしょう。私たちなら柔軟に出来ます。」

なるほどだ。そう公言する民間団体に運営を任せている相模原市行政は、柔軟性があって非常に良い。

国家や制度という規律あるものと、私たちが地域で生活するということは、ある種、別の感覚で捉えられるべきだろう。そして国際交流とは、後者からしか発展することが多い。


2006年05月17日(水) 相模原で開業を

支援頂いている運送会社が、新規のトラックを購入され、その納車式に参加してきた。設立以来1年も経たずに、どんどんど規模を拡大されている。素晴らしいことだ。

市議会最後の質問は、「さがみはら産業創造センター」についてだった。小川市長による目玉施策だったことと、この施設が内包していた重要な課題について取り上げたのだ。

この施設は、起業の意思を持っている方や、発足以来間もない会社をサポートするのが目的だ。廉価で事務所を期限付きで借りられることを含め、ソフト面でも種々のサービスが受けられる。

利用者もたくさんいることから、良い施設との評価がされていた。無論私もそう思う。しかしここで‘成長’した会社が、その後も相模原市内で仕事をしていくのか、その視点が施設運営から感じられなかったのだ。

実際少なくない方々が、施設から旅立ったあとは、都内などへの転進を希望していた。税金によるサービスのみ受け、結果外に行ってしまうのは、市民にとっていかがなものか。行政はもっと積極的に、その後の会社について関心を持ち、純相模原産企業には立地などの面倒もみるべきだ。

また金銭の問題だけでなく、実際相模原市内にあった会社が、外へ行ってしまうことは寂しいものだ。相模原市をカタチつくってきた、大企業や工場なども、外国や地方へ行ってしまい、産業の空洞化がただでさえ進んでいる。

相模原市だけでなく、日本全国共通で人口が減っていく。人口が増えるのと減るのでは、まちづくりのスタンスは大きく異なる。今までは毎年数千人も自然増だったので、ある意味積極的な魅力作りが必要なかったのだ。

しかしこれからは、そうはいかない。都市間競争だけでなく、市民も自身で住む街を選ぶようになる。個人でもそうなのだから、利益に敏感な企業なら尚更のことだ。

産業振興は、発想によって多くの施策が考えられる。起業した現場の声をもっと聞きながら、有効な取り組みをすべきだ。県政においても松沢知事は、かなり気合を入れて産業振興に取り組んでいる。

いつかお会いした際に、「金儲けを行政がやってると批判がありますね。」と申し上げたら、「福祉も教育も金がかかる。それをするためにも収入を上げることが必要だ。そのためと割り切ることも、今後の行政のスタンスだ。」と言われていた。

その通りだろう。




2006年05月16日(火) あの小野田少尉の講演会

小野田少尉については、ニュース記事でしか知らない。いまだお元気で仕事をされていることは、驚愕であるとともに素晴らしいことだ。

その講演会が、(社)相模原青年会議所の主催で行なわれる。話を聞くのが楽しみだ。

2006年5月19日(金)午後7時から 
相模原市立あじさい会館にて

先般も、旧ソ連で戦後も残った方が、日本に来られていた。挨拶のみで、その他の日本語は忘れていたことが、半端ではない年月を物語っている。

かの戦争がきっかけで、人生が大きく変わった人がいる。いや当時を生きていた日本人ならば、多かれ少なかれ皆そうだ。かくいう私もその延長にいるわけだ。

戦争を指導した政治家の多くが、敗戦を境に急に態度を変えた。政治家は元々現実的だが、当時の国民には違和感もあっただろう。ましてや外地で、戦い続けていた小野田少尉の気持ちはいかに。

講演会では、その種の話はされないそうだ。現在は、「自然塾」という青少年教育に携わっておられる。青少年の現在と、大人たちの対応について見識を述べられるのだ。

会費はもちろん無料で、飛び込み大歓迎だ。興味を持たれた方は、どんどんお越し頂きたい。




2006年05月15日(月) 党支部新事務所開設

党支部役員会と常任幹事会が行なわれた。場所は中央に新規に設置した党支部事務所だ。次期衆議院候補予定者の、宮崎雄一郎氏の事務所も兼ねる。

中央病院の交差点、居酒屋スタミナの4階と言えば、わかりやすいだろうか。お近くにいらしたら、是非お立ち寄り頂きたい。

さて、今日の会議は盛りだくさんだった。すんなり決まることばかりではないが、むしろそれは当然のことで、喧々諤々の議論こそ必要な時期だろう。

来年の統一地方選挙の話も出た。候補者として気合が入る。既に臨戦モードだ。党の公認候補ということは、党を代表して先頭で活動するということ。責任を痛感する。私の後援者にとっては、私こそが民主党なのだ。期待を裏切ってはいけない。

終了後に懇親会も開催した。私たちの支部は、政治家以外の方が、役員としてかなり積極的に活動されている。議員政党からの脱却は、二大政党制と表裏一体で必要だ。方向性は正しいと思う。あとは裾野を広げることだ。

本年は政策調査委員長の大役をおおせつかった。副委員長は既に決定したが、今後は所属党員に対して委員会所属を働きかけるのだ。多くの方が参加して下さると期待している。








2006年05月14日(日) それでも市は代理者を出すべき

相模原自衛官募集相談員会の、本年度総会兼懇親会があった。現在の国際社会のなかで、「自衛することは必要」と考える。自衛隊の存在を認知することは無論、隊員を何らかのカタチで応援したいとの思いで、以前から会に参加している。

さて、例年は相模原市行政からも、市長か代理者が来賓として参加している。元々募集相談員自体が、自衛隊神奈川地方連絡部長と相模原市長の連名での委嘱だから、来賓というより任命者として出席が当然だ。

しかし今日は来なかった。もちろん、病気療養の市長を責めているのではなく、代理者が来なかったのだ。ちなみに城山町からは、収入役がおこしになっていた。

現在相模原市は、在日米軍再編協議でもめている。しかしアメリカ相手に、直接話しが出来るわけではない。交渉相手は日本政府だ。そして窓口は、防衛庁や防衛施設庁となる。

今日の会は、組織的にも自衛隊の一機関。「ケンカしている相手と、一緒に酒は飲めない。」ということか。しかしこれは、政治家のとるべき手法ではない。

現に私は軍縮論者だし、安易な自衛隊の活動範囲の拡大には異議を唱えているが、それでも出席しているし、行けば皆さん歓迎して下さる。現場で意見交換をすることが、とても重要なのだ。

また、考え方に違いがあったり、あるいは齟齬が出来たりしたときこそ、政治家はそこに乗り込むべきだ。自らの考えを述べ、理解を求める必要があるからだ。

私が市長なら、無論そうする。







2006年05月13日(土) 日中街頭は、朝とは違う趣き

上溝ダイエー前で、日中の街頭演説を行なった。

雨が降っていたので、中止しようかとも思ったが、十人近い方々がビラ配りに来て下さったことと、丁度ダイエーのリニューアルオープンでお客さんが多かったことから、あえて決行した。

通りかかるお客さんに、私の話を聞いて頂くという意味では、朝よりも日中の方が適している。現に足を止めて、聞いて下さった方もいる。

もうひとつ気合いが必要なのは、雨のなかビラを配って下さっている方々も、同じく私の話を聞いているということだ。しかも1時間半ずっとだ。

先日も支援者の方から、もっと身近な話をすべきと、アドバイスを頂いたばかりだ。空き交番の解消についてや、小学生の登下校についてなど、地域共通の問題について、県政の果たすべき役割を述べた。

県議会での実体験がない分、いささか夢物語も多くなったが、新人はむしろ夢を語らなくてはなるまい。

次回は、5月28日(日)午後2時から、古淵ジャスコとイトーヨーカドーの間の、デッキ上で実施する予定だ。



2006年05月12日(金) 高座川(たかくらがわ)と町田市

先般開催した、明治大学校友会相模原地域支部主催「マンドリン倶楽部演奏会」の、反省会を行なった。

場所はメンバーの方が経営されている、橋本の境川沿いにある老舗の立派なお店だ。

帰り際に、このお店のパンフを手にとると、そこには「高座川・・・」との表記がある。相模原市は言うまでもなく、旧神奈川県高座郡であるが、いまや犢盧惰抬瓩らいしか、市内でその名を見かけることはない。

説明書きによると、「高座川」とは、境川の旧称のひとつとのこと。恥ずかしながら初めて知った。

川向こうの町田市は、明治の廃藩置県で神奈川県になったほど、元々生活圏が一体化している。現在においては、より密着していて、もはや住環境としては境自体感じられない。

本来の市町村合併は、経費節減とともに、行政体と生活圏の一体化という目標があった。今回の津久井地域との合併が、紆余曲折を辿った原因には、元々津久井の三ヶ木より向こうは、生活圏が事実として違ったことがある。

今や1市4町の合併を早期に完了し、一日もはやく総合的なまちづくりの計画を市民とつくるべきだが、その際にも生活圏が違うという点には留意し、市内分権を徹底させる必要があろう。

そして町田だ。私はかねてから主張していた、「町田市と一緒に政令市を目指す」ことを、今も真面目に考えている。

相模原市が本気で政令市を目指すようになれば、どちらにしろ、もう一段階の合併が必要となろう、その相手として、色々な議論が出てくる。その前に、町田との広域連携を深めていく必要があろう。

市議になりたての頃、救急車が境川を越えては行き来しないことに驚き、その改善を求めたことがある。市民の生命や安全に、都道府県境は必要ない。その視点で県政に望んでいきたい。


2006年05月11日(木) 県庁防災担当の話

連合神奈川の第二回政策委員会に参加した。今日のテーマは「社会制度」と多岐にわたるが、なかでも防災対策が印象に残った。

県庁の担当者がふたり来て話をしていたが、正直内容がピンとこなかった。ひとりは国の政策についての説明、もうひとりは市町村支援の話。県が県として、広域的にどう防災対策をしていくかの話はなかった。

「消防行政は市よりも県で」とかねてから考えていたが、今日の話を聞くと少し不安になった。‘取らぬタヌキの’だが、県政に参画したら防災警察常任委員会に所属したいと思っている。

さて防災対策は、急務かつ恒常的に行なわなければならず、現在の行政がシステム上の問題を抱えていても、それをさて置いて総力で臨まなければならない。

阪神淡路では6000名が亡くなった。生命は数の大小ではないが、それにしても大きな犠牲だ。

委員(組合員)からも、切実な意見があった。耐震調査を個々の家庭でして、結果ダメだしが出ても、数百万の費用がかかる補強工事などは簡単には出来ないのだ。

自前で補強できる家庭の方が、圧倒的に少ないだろうから、ここは行政が税支出により対策を講じるべきだろう。生命に直結する問題には、費用がかかることを躊躇してはいけない。

一方で、提示されたデータからは、震災の恐ろしさが見えていた。国・県・市がしっかりした対応をとったとしても、犠牲者は半減するのが精一杯なのだ。

県政を目指す立場として、地元消防団員のひとりとして、地域の防災対策に力を入れていきたい。


2006年05月10日(水) 県政に目線を合わせる

昨今の基地問題に対する、私個人と民主党の取り組みの不十分さについて、厳しいご指摘を市民から受けた。

また、この狷記瓩砲弔い討完娶を頂いた。的を得ているからこそショックだったのは、「この日記は県政に目線があってない。」というご意見だ。

確かに過去を見てみると、国政レベルの話が余りにも多かった。市議を辞めて県政に挑戦しているためか、市政との重複は本能的に避けられたと思うが、情報量が圧倒的に多い(と言ってもメディア経由だが)国政に関心や怒りが向いてしまっていた。

しかし指摘して頂けるというのは、本当にありがたいことだ。浪人中の私でさえ、面と向かって「これは違う」とは、街中ではなかなか言われない。

少し話しはそれる。政治の世界では、既に相模原市議会と神奈川県議会に上下関係はないが、市民はまだそういう視点で見てしまう。現に市議候補者よりも県議候補者の方が、丁重に扱われたりするのだ。

これは間違いだ。そしてその原因をつくったのは、県議会議員だと思う。確かに市議よりも、県議の方が偉そうにしている人は多い。

県政に目線を合わせること。それは県庁に合わせることではなく、主権者とい同じ目線に立てということだろう。そしてプロとして、正しい問題提起と解決策を提示すべきだろう。

難しいことだが、頑張っていく。今の県政を変えるために。


2006年05月09日(火) 相模湖の定食屋さん

朝藤野駅で街頭演説を行なった。まだ2度目だが、数名の方からお声がけを頂いた。

その後、相模湖町内の定食屋さんで朝飯を食べた。卵焼き定食の納豆トッピングだ。

だいぶ以前、数人で相模湖駅に行った際、「どこか朝飯を食べるところないのかな」と言いながら、結果コンビニに行ったのを覚えている。津久井から城山の方へ抜けると、数件ファミレスやうどん屋さんなどあるが、せっかくだから近所で食べたい。

そんな折りのある日、国道沿いに‘営業中’の看板が出ている定食屋さんを発見!外見は朝からやっている感じではないが、しっかり電光看板も出ているので間違いない。

恐る恐る入ってみると、昼と夜のメニューを含め、何でもつくれるとのこと。サケ定食を何度か食べた。

選挙区が大きくなったことは、率直に言って大変と思う。しかし新たな出会いがあることは、ワクワクするし、より大きな感動を得られることにもなるだろう。




2006年05月08日(月) 教科書有料化はセコイ話だ

与党内で、義務教育の教科書を有料化する動きがあると、新聞記事にあった。かなりの段階まで話が進んでいるようで、記事になったのは、おそらく瀬踏みも兼ねたリークだろう。

しかしセコイ話だ。それで浮く経費は約395億円とのこと。国民ひとりあたり300円だ。この金額を、子どもの教科書に払うことについて、躊躇う人はほとんどいまい。

グアム移転費用の7000億円の後だけに、何か情けない気分で一杯になる。何のために父祖の代は、苦労して経済大国をつくったのか。

昨今給食費などの滞納も散見される。教科書を有料化すれば、買えない家庭が出てくるのは想像に難くない。例えそれが、一部が指摘するような、親の無責任が原因であったとしても、その負荷を制度として子どもにかぶせるのは良くない。

この話の推進派(主に財務省らしい)は、「先進国のなかで無料化しているのは日本だけだ」と、変な国際協調を言う。屁理屈だ。

日本もかつては有料だったが、経済力にあわせて無料にしたことは、お金の使い道を当時の日本人が理解していたこと。誇るべきことだ。

文部科学大臣は、教育基本法の今国会成立について、省内にハッパをかけている。それはそれで悲願なのだろうが、一方で何か大切な基本が崩れてはいないか。

教育関連に携わる人は、山田洋次監督の「学校」を見て欲しい。教科書代が払えずに、学校に行けない人も存在するのだ。それを保障するから、義務教育なのではないか。






2006年05月07日(日) 憲法第94条は改正すべき

神奈川県議会は、年に4回定例会が開かれる。2月、6月、9月、そして12月だ。ちなみに相模原市議会も含め、大体の地方議会は年に4回牴餞瓩魴茲瓩撞腸颪魍催する。

地方議会に、この牴餞瓩鷲要ない。話し合うべきことを、その必要が生じた時に話し合えばいい。無理して牴餞疇發傍佑瓩茲Δ箸垢襪海箸如⊆匆餞超の変化と、ずれていくことも散見される。

しかしながら「定例会は、毎年、条例で定める回数これを招集しなければならない。」と地方自治法に書いてある。何でこんなことまで既定しているのか理解できないが、現実こう決まっている以上、地方議会が勝手に牴餞瓩鬚覆すことは出来ない。

この法律を改正するよう働きかけるか、あるいは通年を牴餞瓩砲靴董⊆村前嫐のない規定にするしかない。

さて浪人中の課題は、当然に支持を広げることと、もうひとつ文字通り勉強することがある。今は地方自治法の解読書を読んでいる。そう言えば、藤井先生も浪人中に「ローマ帝国衰亡史」を読破したと言っていた。

地方自治は、主に戦後はじまったが、当初は「とりあえずやってみよう」の段階。地方は、完全に国の下請け機関だ。しかし60年が経ち、自治体にノウハウが溜まってきた。基本的な法律も、大幅改正が図られるべきだろう。

その最大が憲法だ。第94条は改正する必要がある。

第94条「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」

この「法律の範囲内」の既定こそ、地方の自主性を阻害しているのだ。国で言うところの安全保障のように、地方にも専管事項は多くある。その部分については、地方に基本的な立法権を与えるべきだ。

民主党の憲法提言にも、このことは別の表現で書いてあるが、大切な方向性だろう。

憲法を考えるとは、社会のあり方を考えることだ。政治家なら、それぞれの中に、オリジナルの憲法草案があっていい。真の地方自治を、新しい憲法に盛り込もう。考えるとワクワクする。



2006年05月06日(土) 萱野茂氏の死

元民主党参議院議員の萱野茂氏が亡くなった。旧社会党から比例名簿で繰り上げ当選し、その後民主党に移った方だ。

アイヌ民族初の国会議員として、会議でもアイヌ語を交えて質問するなど、少数民族の存在が日本にもあることを、人生をかけて示し続けた。

アイヌ語は文字がないために、言語の伝承が難しい。現在では死語と言ってもいいが、北海道の地名は多くがアイヌ語が語源だ。

悪名高き旧土人法は既に廃止されたが、アイヌをはじめとするマイノリティとどうむき合っていくかは、多数が支配する民主主義社会において重要だ。

日本は‘単一民族国家’と、悪気なく信じている国民は多い。学校現場での教育も必要だろう。アイヌや朝鮮はじめ、複数の民族によって、日本が構成されているのは事実なのだから。

かつて市議時代に、北海道に行政視察に行った際、少し足をのばしてアイヌ資料館に行った。ここは観光地化しており、見世物みたいで良い印象は受けなかった。しかし稼いだお金を、アイヌ文化振興などに役立てている。

いずれ萱野氏がつくった、二風谷のアイヌ資料館も行ってみたい。

哀悼の意を表し、ご冥福を祈る。




2006年05月05日(金) 破損ソフトの延滞料はどうか

某レンタルビデオで「皇帝のいない8月」を借りた。70年代後半の映画だ。興味深いテーマながら、余り面白い映画ではなかった。

途中ソフトに傷がついているのか、4〜5回ほど映像が止まったり飛んだりした。タイムを見ると数分飛んでいるので、壊れていると言っていい代物だろう。

返しに行った際に、その旨を告げると、店員は「申し訳ありませんでした。同じソフトがないので、他に何かお借りになりたいものがあれば、交換いたします。なければ返金します」とのこと。

「そうですか。」と言って、他のソフトを持って再びカウンターに。すると、かの壊れたソフトが一日延滞になっているので、延滞料が発生していると言う。

「?!」。確かに期限を1日過ぎている。しかし壊れたソフトに延滞料が発生するのも変だ。即座にそのことを店員に言ってみる。バイト初心者らしく、奥から古参バイトさんが登場。「延滞料はどうしても。」という。

再度異議を唱えたら、「ではいいです。」とのこと。「では」とは何だと思ったが、これ以上揉めたくないので、延滞料は払わずかつ代替も借りずに、ビデオ屋をあとにした。

家に帰って再び考えてみた。バイト店員の言い分にも一理はあるが、やはり私の方に分があると思う。壊れたDVDである時点で、それは商品ではなく、代金も延滞料も発生しないはずだ。

行列の出来る法律相談なら、どんな意見を弁護士は言うだろうか。皆さんはどう思うだろうか。


2006年05月04日(木) 狠聾吃蘆喚瓩辰堂拭

昨日の毎日新聞1面トップに、衝撃の記事があった。米軍再編について、日本政府が狠聾吃蘆喚瓩鰺弋瓩靴討い襪箸いΔ里澄A衞聾胸圓箸靴討蓮⇒毒Г任ないとのコメント。当然だ。

アメリカ政府が言うならまだしも、何で同胞たる我が国政府が、相模原市民に対してお金を要求するのか!しかもその金額は400億円だ。相模原市の年間予算は約1600億円だから、とても払える金額ではない。

払えない場合は、現在国有地であることから、直接民間に売却することも検討しているらしい。今まで、基地交付金をもらわず(もらえず)、市街地に基地を置き続け(置かれ続け)、しかも一部返還となれば金銭を要求される。ひどい話だ。

そもそも沖縄海兵隊の、グアム移転経費もそうだ。日米安保条約はアメリカにとっても、多大なメリットがある。だからこその、再編と強化なのだ。何で数千億円も、日本政府が負担しなければならないのか。

そして政府は、結果的にその負担を、地方自治体に転嫁しようとしている。一体小泉内閣は、どこの国の政府なのか。本当に腹が立つ。こんな状況で‘愛国心’明記もないものだ。

さて今後だ。相模原市長の政治姿勢については、今まで色々意見も言ってきた。しかし今回の基地の件では、ご病気ながら頑張っていると応援していた。結果相模補給廠も一部返還となった。

今回の狠聾吃蘆喚瓩蓮△修慮績を無にすると言っても過言ではないほど、非常に大きな問題だ。市議会と、行政、そして市民は今こそ奮起しなくてはなるまい。

先日、日頃お世話になっている方から、基地の件で怒りのご連絡を頂いた。「政治家ならば、街頭でガンガンやれ!」とのこと。激励の意味もあると理解した。明日からは、この基地問題を中心に、朝夕の街頭をやっていきたい。


2006年05月03日(水) シンポ参加、唯一改憲派

「上溝9条を守る会」のシンポジウムに、パネリストとして参加した。この会は、作家や文化人などが呼びかけたもので、全国的に運動を行なっている。反対運動っぽいのは間違いないが、党派色はあまりない。

市議会の民主クラブ宛に案内が来た。市議会の会派で対応すべき課題ではないことや、支部で政策調査委員長をつとめていることもあり、私が参加することになった。上溝の会だったことに、仲間が配慮したこともある。感謝している。

【出席者】

・司会者(会のメンバー)
・教職員(上溝高校の教諭)
・労働者(郵政産業労働組合の方)
・宗教者(近所のキリスト教会の牧師)
・婦人(平和運動をされているらしい)
・被爆者(近所の方)
・各党・会派代表者
    民主党・・・私寺崎雄介
    社民党・・・金子富貴男市議
    日本共産党・菅野通子市議
    神奈川ネットワーク運動・・岩本香苗市議
    
それぞれに意見発表が行なわれた。ひとり7分という時間限定付きだ。現職議員の面々のなか、唯一浪人生だが、発言は司会者の指名により第一番だった。二大政党だからだろう。責任を感じた。

一般参加者は50数名だが、光が丘地区の同会からもメンバーが来ており、組織の地域への定着度にはびっくりした。改正作業にあわせて、憲法について考える方々が増えてくるのだろう。良いことだ。

残念だったのは、自民党・公明党が欠席したことだ。

自民党はいつものことだ。支援団体か関連団体にしか、人を出さない。衆議院選挙の公開討論会にも、地域のお祭りに出る為に欠席する位だ。今日の会は、自民党の憲法草案を意識して行なわれている。だからこそ、出席してしっかり考えを述べるべきだ。

公明党は、「9条の会」が共産党支持者が少なくないことに、躊躇したと思う。気持ちはわからないでもないが、既に与党なのだから大人気ない。考えを聞きたかった。

以下が、今日発言したことだ。尚記憶に依るので、一字一句はこの通りではない。

「今日はお招き頂きありがとうございます。民主党の支部で政策調査委員長をつとめている寺崎です。市議会民主クラブにご案内いただきましたが、市議会の会派は、あくまで市政に対応する会派ですし、現に民主党でない議員もいるので、協議した結果、民主党として私がまいりました。

 民主党は昨年10月に憲法提言をまとめました。抽象的な文言になっているのは、これから皆さんと一緒に議論していきたいという思いです。正直党内にも多くの意見がありますが、まとまってないことを恥だとは思っていません。これから議論していくことが大切です。

 9条にについては、憲法の空洞化を阻止するため改正する方向です。自分の体験でも、中学校のときに初めて学校で憲法9条について習いました。戦車の写真があり、自衛隊のことが書いてある。それについて、国内では憲法違反の疑いもあり議論がわかれていると、当時の先生は言いました。自衛隊はシャレでつくっているのではなく、数十万の兵力と世界最新鋭の兵器を持っています。この存在自体が憲法に違反するかどうかの状態を放置している、当時の大人に不信感を持ちました。

 その後も湾岸戦争、PKO協力法、そして今回のイラク派遣など、なし崩し的に9条を拡大解釈されています。ここで改めてひとりひとりが、憲法が何を定め、何を禁じているのか、再認識と決意をしなくてはなりません。これこそが改正作業だと思います。

 自民党の改憲とどこが違うかをわかりやすく言えば、昭和20年に終わったあの戦争について、非常に否定的な考えを持っていることです。総理の靖国参拝や、教育基本法の改正に反対しているのも、この点にあります。皆んなで納得できる憲法にするための改正作業と考えます。以上です。」 

会の終盤に、参加者に対して意見を聞くなかで、私に対して「戦争が出来る国にする為に改正作業が進んでいるが、民主党内にはそれに賛成する勢力もいると聞く。頑張って欲しい。」との発言があった。

これには、以下のとおり応えた。

「改正についての考えは先ほど述べたとおりですが、もう少し議論を皆さんとしていきたい。私個人は軍事力の行使には非常に否定的な考えですが、政権政党を目指す党として、現状の空洞化も確かに無視はできません。

 決して戦争をする国にはしない。むしろイラクに自衛隊を派遣しないためにも、新たな憲法が必要と思います。ご理解頂きたいと思います。」

唯一改憲派で、少し浮いたかもしれないが、こういう会にもどんどん呼んで欲しい。私自身勉強になる。(今朝改めて憲法を読んでみた。)




2006年05月02日(火) 面白い「日記」をいくつか

色々な政治家がネット上で書いている、「日記」や「活動記」を読んでいる。いくつかお薦めを、皆さんにお知らせしたい。


・大田区議会議員 犬伏秀一

私の日記は長友克洋相模原市議のマネだが、その長友氏がマネした人だ。ヒット数などは格段に多い分、やはり内容は面白い。物事の考え方は大分私とは違うが、行政の仕事をチェックするのが議員だ。言うべき時は、これ位はっきりと発言すべきだろう。


・立山町長(富山県) 舟橋貴之

首長で、ここまで日々細かく書いている人は少ない。40歳の、若い町長だ。明大雄弁部の先輩ゆえ、本人をイメージしながら見れるせいか、面白く見ている。いずれ立山にも行ってみたい。

・神奈川県議会議員 長谷川久美子

現職県議で、しかも相模原市・津久井郡選出だ。つまり私のライバル。県議も何人か「日記」を書いているが、内容は彼女が一番だろう。単なる行動記ではなく、その度に主張を書いているのがいい。負けないように頑張る。

・町田市議会議員 友井和彦

いつも登場している友人だ。毎日更新しているし、文章に政治家らしくないセンスを感じる。内容も政治以外のことが多いが、日々読んでいると本人のキャラクターがわかる点では模範だろう。


・相模原市議会議員 長友克洋

上でも書いたが、私が「日記」を始めようと思ったきっかけだ。更新する時としない時にムラがあるが、相模原市のネタなので、内容は当然に興味深い。たまに私と同じような主張があるが、決して示しあわせてるわけではない。(と言っても党が同じだから当然か!?)

以上


もっとたくさんあるのだが、私がほぼ毎日見ている人をお知らせした。本当は現職だけでなく、浪人中の方の「日記」を見てみたい気もするが、検索でヒットがしにくいせいか、なかなかお目にかかれない。どなたかご存知なら教えて頂きたい。

秘書をしていた自分は、四半期に一度くらい活動報告を送ると、マメと褒められた時代だ。市議になった頃は、月に2度FAXニュースを送った。文書ではこれ以上は限界なので、その後はメールニュースを週1回配信した。そしてついに毎日の「日記」だ。

「書くのが大変か?」と聞かれることもあるが、全くそんなことはない。自分の考えを見てくださる方が、毎日数十人もいることに感謝している。政治家冥利につきることだ。

以前の爐任后ます。當瓦髻∈廼瓩廊爐如△△襦當瓦砲靴討い襪覆鼻内容やシステムは変更するかもしれないが、とにかく頑張って続けていく。




2006年05月01日(月) 城山も当然に地域の課題が

「津久井」と一言で、4町をくくる人がいる。地図を見ていると、確かに「津久井郡」と以前はあったが、元々自治体も違う個々に独立した町だ。当然にそれぞれ課題がある。

今日は城山町若葉台へ、以前からの知人を尋ねた。名刺を頼りに‘FAXニュース’を送ったところ、激励のメールを頂き、早速の訪問となったのだ。

まちづくりの課題について、多くの情報を得た。中でも若葉台に以前あった、爛哀蝓璽鵐戰襯般簑雖瓩砲弔い討蓮⊇蕕瓩栃垢名前だったので、「それはどんな問題でしょうか?」と聞き、色々教えて頂いた。聞かぬは一生の恥だ。

この方は、以前からの民主党員でもあり、党本部などにも多くの提言をされている方だ。今後も色々な面で、ご指導を頂きたいと思う。

相模原市は元も大きいので、新しい方がにどんどん出会う。飽きることない街だ。ましてや城山は・・・。好奇心旺盛な私には、新たな地域という響きがたまらない。大変さ3割、期待7割というところだ。






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