てらさき雄介の日記
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2006年04月30日(日) 日中の街頭演説

日中に街頭演説を行なった。かの田中角栄元総理は、選挙に勝つ秘訣を「戸別訪問3万件、辻説法5万回」と言ったが、その5万回のうちの1回だ。

場所は相模大野の伊勢丹前で、人通りはとても多い。多くの支援者の方が、ビラ配りに来て下さったが、数百枚が僅か1時間余りで無くなってしまった。

ご通行の方からも、何人からかお声がけを頂いた。嬉しいことだ。千葉7区の補選以来、雰囲気が優しく感じる。ある種、支持率が簡単に上がり過ぎて怖い面もあるが、当事者としては、やり易くもある。

さて政治活動(選挙活動)には、多くの手段がある。その中で最も楽しいのは、この街頭演説だ。マイクで話していると、「政治の世界に居て良かった」と心から思う。

日本の法律では、選挙での戸別訪問は禁止されているが、もし街頭演説が禁止されたら・・・。困る!。しかし昨今色々な規制が、政治の世界でも増えているので、まさかと思うが注意深く見ていきたい。

しかし相模大野は変わった。昔の駅を覚えているが、十数年で別都市のようだ。相模原のみでなく、神奈川にとっても重要な交通拠点だ。再開発事業の有効性について再検討することを含め、この地域にも積極的に関わっていきたい。


2006年04月29日(土) 自由なるGW

GWだ。休みが‘ゴールデン’と言うことは、働くより休む方が‘光り輝いている’ということか。

休みを、細切れよりも、長期にしようという発想は良い。大学時代に雄弁部のコミュニストの先輩が、「休暇でも、パンフを見て、すぐにどこどこに行こうと、旅行など計画するのは、典型的な商品主義・資本主義」と言っていた。

私はコミュニストではないが、この先輩が言っていることが、最近少しわかる気がする。休みなのに、休んでいない。自分の好きな時間を過ごしていないのだ。

かく言う私も、そんな所はある。もちろん私にとっては、GWはそもそも休暇ではない。人様が休んでいるときの方が、案外忙しかったりする。やはりサービス業なのだろう。

先日も「Vフォー・ヴェンデッタ 」を見た感想を書いたが、GWの語源は、そもそも「自由学校」だ。皆様にとって、犲由瓩米々になることを願う。


2006年04月28日(金) 選挙にまつわる噂

統一地方選挙も1年前。この時期になると、選挙について多くの噂が出る。「誰々が新しく選挙に出る」の類だ。中には‘火の無い所に煙を立てる’話も多い。

政治の世界は欲望がストレートに出るので、噂の中身を聞いていると、どの辺の方が言っているのか、おぼろげながら想像がつく。情報を辿ったりすると、様々な人間関係や利害関係が見えてくる。

私たちは慣れているので、一喜一憂しないが、支援者の皆様はその度に動揺してしまう。情報化社会のデメリットだ。携帯電話がなかったら、元々噂自体がこんなには広まらない。

過日市長の病気療養に関連しても、多くの情報が飛び交った。ひどい噂になると、○月△日と×時と、日時指定で辞職会見との話まで聞いた。悪意ある情報とは恐ろしいものだ。

最初政治家になろうと決めたのは、誰に相談したわけでもなく、たった一人自分自身のみだ。県議選に出るときも、支援者に了解は取ったとしても、やること自体は自分で決めた。例え誰が何をしようと、私自身の政治家としての、責任と役割が変わるわけではない。

ましてやその多くの噂も、所詮は市内の一部。相模原市の限られた面々、一部のネットワークの中での話だ。来年3月には70万人の都市になる。広く外に出て、多くの市民と接したいものだ。

そう言えば思い出した。いつかの衆議院選挙のときに、ある候補者の側近は、「所詮相模原の選挙は、500人から1000人の有力者を、いかに奪い合うかだ」と言っていた。怒りを通り越して、あきれて物も言えない。

今でも相模原市の地図を、戦国時代の軍略図のように見つめながら、「ここの地域を落とすには、誰々を攻略するしかない」と、意気込む候補者も少なくない。こうなってはおしまいだろう。

私も、選挙には全てをかけて取り組むが、大切なものを失っては、元も子もない。気を付けよう。

さて噂の件。一方「誰々が引退する」話は聞かない。こっちに名前が出てしまうと、困る人が大勢いるのだろう。対象者も多いし・・・。





2006年04月27日(木) 町田市議の当選祝い

過日行なわれた町田市議の当選祝いを、町田・相模原の若手同士で行なった。場所は南大沢だ。

どの議会でも選挙を区切りとして、会派構成や人事などが行なわれる。町田市議会のその後について、多くの情報を聞くことが出来た。

新井克尚市議が所属する民主党系会派は、何と第一会派になった。また友井和彦氏は若林章喜氏を同じ自民系会派に所属したが、既に4期目なので議会運営委員長になったそうだ。

さてお祝いの席ながら、今後の交流の仕方なども話し合った。今までは「相模原・町田若手市議交流会」だったが、既に“若手”を名乗るのはおこがましいことと、私を含め市議でなくなる可能性のある人もいることから、「明日の相模原・町田を考える若手議員の会」と名称変更した。

隔月で合同駅頭何でも相談会や、勉強会などを行なっていく。同業者同士の会は、なかなかざっくばらんになりにくいが、この会は非常にうまくいっている。雰囲気を大事にしながら、仲間同士切磋琢磨していきたい。


2006年04月26日(水) Vフォー・ヴェンデッタ

Vフォー・ヴェンデッタ 」を見た。内容からアカデミー賞は無理だろうし、いわゆる名作として名は残さないだろう。しかしこの衝撃は凄い。

この映画が製作されたことと、あわせてヒットしていることは、アメリカ合衆国という国の包容力だろう。敬意を表したい。

ある評論家によると、大国になる条件は、〃鎧力 経済力 2礎祐僂世修Δ澄さしずめアメリカの価値観は犲由瓩世蹐ΑL閏膽腟舛任気┐皚犲由瓩魑瓩瓩觴蠱覆任△襪海箸蓮▲ぅ薀侵略や統治の仕方を見ても明らかだ。

さて日本だ。昨日の日記では、公明党についてひとつの象徴として書いたが、昨今言論の自由を制約する動きが散見される。人権保護法や、あるいは憲法改正の国民投票法案のメディア規制などだ。

犲由瓩鯀乏欧垢詬廾は、世界中にあるのかもしれない。不安定で混沌としている状態こそ、全体主義的傾向が生まれやすい。その意味では、現在は適している。

映画が始まる前の予告編では、ジョージクルーニーが自ら政策した「グッドラック・アンド・グッドバイ」の紹介もあったが、これも同趣旨の映画で、特に第4権力のメディアに警鐘を鳴らしている。

さて社会的メッセージだけでなく、この「Vフォー・ヴェンデッタ 」は単純に見ても面白い。注目は主演のナタリー・ポートマンだ。余り面白くなかったスターウォーズ新3部作で、唯一異彩を放っていたアミダラ王女を演じた女優だ。

‘てらさき雄介のお薦め映画’に認定した。是非映画館でご覧頂きたい。橋本ムービックスでも上映している。


2006年04月25日(火) 公明党・創価学会について

公明党が、次期県議選の候補者を決めた。ここ相模原市・津久井郡選挙区では、現職1名と新人1名が立候補する。

今や日本のタブーとなった「公明党・創価学会」について、議論することを避けてはいけない時期にきた。彼らの影響力が、一定であるならまだしも、最近上昇していると思う。

メディアや新聞は、学会の影響を受けること大なので、余り期待は出来ない。「反公明・学会」については、いままで共産党のみ論陣を張っていたが、別の視点であっても民主党も加わるべき。

しかし重いテーマだ。自・社・共について述べることは、過去にもやってきたが、公明党について述べることは一定の躊躇を覚える。現在社会のなかで公明党を大声で批判することは、現実はばかられる。もちろん規制はないが、雰囲気というものだ。

最初は原体験から。高校生のときに、祖父母の家にひとりで遊びに行った。浅草発東武日光線に乗ると、隣にすわったオジサンが創価学会の人だった。「オジサンも公明党なんですか?」とマセた質問をすると、「そうだ。必ずではないが、話を聞いて理解できれば支持者になる。」とのこと。

続いて、オジサンは「私の子供も学会だが。近い将来には、お金がなくてもやっていけるようになる。」と宗教観を述べていた。些細な体験だが、私の学会初体験だ。

次は秘書時代だ。守秘義務もあるので、全ては書けないがある程度。私が秘書をしていた伊藤達也代議士は、当時新進党所属議員だった。新進党は新生党(小沢・羽田党)・民社党・公明党・日本新党などが合併して出来た党で、その中で公明党は大きな影響力があった。

伊藤代議士は政策能力においては、明らかに群を抜いていたが、何せ日本新党から初当選していたため、選挙に際して固定票があまりなかった。秘書として後援会づくりもしたが、私が担当しているせいか、なかなか上手くいかなかった。

そこで頼りになったのが、学会の皆さんだ。必殺技の動員をはじめとして、かなりの支援を頂いた。ある狛江市在住の支援者によると、「近所に学会さんが多いから、私が伊藤代議士の応援をしているとわかると、皆から声をかけられるようになった」とのこと。

その後政界は変遷し、公明党は与党になった。これを変節と言う人もいる。私もそう思うが、これを言うには、連立後いささか時間が経ちすぎた。そして公明党の本質を見れば、元来野党よりも与党だ。彼ら本来の姿になったという意味では、批判することでもない。

現に地方議会のほとんどでは、公明党は与党だ。首長が自民系だろうと、民主系だろうと、あるいは共産系だろうと、議会ではしっかり与党になっている。

来春の神奈川県知事選でも、「必ずしも松沢知事の対抗馬を擁立することはしない」という微妙な言い回しで、対抗馬を探している自民党を牽制している。次の知事選で敗れれば、本当に野党になってしまうという防衛本能が、公明党に働いたのだろう。

この‘防衛本能’こそ公明党の行動規範だ。そもそも創価学会が公明党を組織したのも、学会自体の防衛に目的があった。

かつて公明党は細川連立政権に加わった。その時の野党自民党は、政権を攻撃する材料として公明党を使った。「宗教政党が政権にいることは問題だ」と言うのだ。その攻撃は執拗を極め、学会名誉会長である池田氏の証人喚問まで囁かれた。結果会長の秋谷氏の参考人招致で収まった。

このことが、学会をして本当に非自民の側にいて、学会と池田名誉会長を守れるのかという不信感を生んだ。その後新進党は解党になったが、その直接の経緯は、新進党内の公明党グループが離脱の形勢になったことがある。

自民党は社会党と連立し、政権に復帰したが、いかんせん成り立ちも政策も違う。選挙でも‘使える’公明党の方がいいと、かなり早い段階から接触していたそうだ。

そして現在。公明党・創価学会は、目標に向かって着実に進んでいる。現に社会一般のなかで、彼らの批判をすることは憚られるし、地域のなかでも一定の存在感を持ちつつある。「与党になってからやり易くなった」と地域の学会幹部は言う。

かつて私たちが仲間だった頃は、巷で平然と言われていた学会批判が、今はほとんど聞かれない。心の中の声が出なくなっているのだ。

さて民主党も反省点がある。公明党・創価学会は、少し前まで、民主党にも二股をかけていた。前々回の選挙までは、民主党候補を学会が内々で応援していた選挙区もあった。神奈川県内でもだ。

それ故、民主党内でも公明批判が出にくかったのだ。しかし千葉7区の補選を見てもわかるとおり、公明党は最早自民党以上に自民党だ。自民党支持層が8割しか自民党候補に入れてないのに、公明党支持層は「ほぼ10割」が投票している。

ここに至って、改めて私たちが戦うべきは、自“公”であることを決意すべきだ。私は感情的には、学会に含むところはないし、友人にも学会員は多数いる。かつて一緒に自民党と戦った思い出もある。いずれまた一緒にと、思わなかったわけでもない。しかし今はこれまでだ。やるしかない。

延々と述べた。政治の世界において、公明党の影響力を少なくすることは、理屈ではそんなに難しいことではない。投票率を上げればいいのだ。主権者の中での学会員の割合は、そう簡単に増えはしない。皆んなが投票に行けば、相対的に学会票は減っていくのだ。

今日のところは、とりあえず「反自“公”」の宣言まで。

多少の怖さも覚えるが、戦中軍部相手にガンガンやっていた、多くの真の政治家を見習おう。それに比べれば、大したことはない。






2006年04月24日(月) 今度は城山町と合併協

相模原市・城山町合併協議会がはじまった。今日の第一回会議を傍聴した。今までどの町と、どういう経緯で合併協議を進めてきたかは、既に相模原市民もよくわからない。ましてや市外在住の方は、もっと理解し難いと思う。

経緯について、改めての解説はしまい。今日の会議を見るにつけ、ここに至っては最早何を言ってもダメだと気付いた。何でもありの合併の事例として、残念ながら全国に悪例を残しただろう。しかし事後検証をしっかりして、反省すべきをすれば、今後のまちづくりに繋がると信じたい。

さて城山町民は、合併について真剣な議論をしてきた。賛成派も反対派も、覚悟を持っての合併協議会への参加だろう。故に会議の進行について、城山町側に言うことはない。例によって問題は相模原市側だ。

特に新市計画について、「将来のまちづくりビジョン」策定に携わった一人として言いたい。このビジョンの存在をどれだけ意識して、果たしてこの計画をつくったのか。どうも陰は薄いようだ。これから行なわれる総合計画策定時こそは、合併協議に携わった行政職員の奮起を期待している!

今後の注目は、都市内分権のテストケースとして採用された‘自治区’制度だ。自治区の生命線は‘評議会’だ。ここがしっかりすれば、文字通りの自治が出来る。またシャンシャン会議になってしまえば、行政の下請けになってしまう。

評議会の構成も重要だろう、各種団体代表者が入ることは構わないが、同時に意欲ある志願者を多く募るべきだろう。大切なことなので、機会を捉えて直接口を出していきたい。津久井は第二の故郷になるのだから。

さて市長を久し振りに拝見した。執念の目と、少し聞き取りにくいながらも、重い響きの良い声をされていた。しかし杖をついて歩かれている姿は、痛々しいし、残念ながら首長として無理がある。

過去3度の市長選挙で、他候補を応援した私でさえ見てられない。市長を支持する方々が、この姿を見て何も言わないのか不思議だ。権力者の孤独かもしれない。




2006年04月23日(日) マンドリン倶楽部演奏会

千葉7区での勝利、相模原市議会増員選挙(津久井選挙区)での党推薦候補の勝利、党県連大会など、目白押しの一日だった。

そんな中だが、明治大学校友会相模原地域支部主催の「マンドリン倶楽部演奏会」が行なわれた。会場は相模大野のグリーンホールで、会場満員のお客様に来て頂いた。

主催者のひとりなので、受付と片付けをやったが、これだけ集まると見知った方も多くいらっしゃる。自分で声をかけた方以外にも、たくさんご挨拶できて有意義だった。

明大マンドリン倶楽部は、かの古賀政雄氏がつくった。非常に人気があるため、現在でも全国各地をまわって演奏会をしている。プロ顔負けの演奏料もとるが、昨日も十分満足できる内容だ。

在学時代に、彼らの練習を聞いたことが何度もある。私たち雄弁部の部室は、今は壊してしまった記念館の4Fにあった。マンドリン倶楽部も同じ建物に部室があり、ホールでは数人で練習していたのだ。

さて今日演奏した曲は、欧米の民謡から、美空ひばりまで多岐にわたった。ノリのいい曲の方が良いという人が多いが、私は悲しい曲の方がマンドリンの音がしっくりくる。

赤ちゃんの顔を見ると、目がじっと合う。しばらく見つめてると、こちらが恥かしくなって目を反らしてしまう。まっさらな瞳に耐えられないのだ。今日の演奏にも同じものを感じた。負い目はないが、不思議と恥かしくなった。

さて俗世に戻ろう。同じく午後には、横浜にて党の県連大会があった。来年の統一地方選挙のプレ決起大会だ。候補者として紹介も頂いた。

千葉7区での勝利で、一層気を引き締めなくてはいけない。やっと去年の総選挙前の状態に戻ったくらい。ここから先が勝負だと思う。


2006年04月22日(土) アクト35周年記念式典

相模原ローターアクトクラブが、創立35周年を迎えた。私と丁度同じ年だ。今日の記念式典には、創立当時のメンバーなどもいらしていた。

会員だったときに実施した、30周年の企画をよく覚えている。落語もどきのことを、数人で練習して行なった。あまりウケなかったが、良い思い出だ。月日の移り変わりを実感する。

会場の小田急センチュリーに負けない位、締まった良い雰囲気の会だった。ロータリー関係の方は多数いたが、交流ある市内各種団体にも声をかければ、もっと知名度や活動が向上されるかもしれない。

何よりも、久し振りに会えた友人がいた。メンバーは、大体が市内在勤だから、‘卒業’後もよく顔をあわせることもある。一方こういう時でないと、なかなか会えない人もいる。

20代の男女限定の会なので、私は既に‘卒業’したが、当時あまり真面目な会員ではなかった。それでも半分くらいは出席しただろうか。特に納会や懇親会は積極的だった。

当時は仕事柄、付き合いはほとんどが大分年上の方々だ。そんな中で全く同世代か、あるいは私より若い友人たちと触れ合う貴重な機会だった。

最近は会員数が減少気味だそうだが、今後ますます充実した活動がされるよう期待している。


2006年04月21日(金) 小沢党首効果の危うさ

先の総選挙は「小泉劇場」によって敗れたと、負けた側の民主党関係者は言う。負け惜しみにしては情けないし、主権者をバカにしている分析だ。しかし実際当たっている。

今回党首交代で、民主党の支持率が急上昇している。これを目の当たりにし、改めてメディア効果の危うさを感じた。「どうテレビに映るか」「どう報道されるか」によって、ここまで支持率が変化してしまうものか。

千葉7区の衆議院補選は、当初完全な負け選挙だった。同選挙区から復活当選した現職代議士が、鞍替え出馬を断念した程だ。その後の党首交代によって、一気に上げ潮ムードとなり、いまや完全な横一線とのこと。

補欠選挙は、一般的に投票率が低い。また自民党と創価学会の選挙協力が、うまくいく傾向がある。故に過去ほとんどの補選で、民主党は負けてきた。今回その補選でいい勝負をしていることは、政治関係者に少なからぬインパクトを与えている。

しかし頭を冷やして考えてみよう。小沢党首には期待している。おそらく世論もそうだ。しかし党首になったばかりで、改革していくのはまさにこれから。現段階では評価のしようがないし、事実党の中身は特に変わっていない。

「小泉劇場」に象徴される政治手法は、主権者に丁寧な政策提示をし、議論を促していくという、民主主義本来のあり方とは違う。小沢党首はその辺りを当然わきまえているし、別の手法での政権獲得を模索しているはずだ。

ワイドショー政治の功罪が語られているが、この点では明らかに“罪”の割合が大きい。政治で大切なのは、あくまで政策だ。その点を注視しなくてはならない。政治家に愛想笑いはいらない。真摯に政策を論じる姿を、もっと見せていくべきだ。

小泉総理は「自民党が変わった」という。確かに変わった点もあるが、自慢するほど多くは変わっていないし、本質的な部分はむしろ悪くなってさえいる。それを批判する私たちは、謙虚に自らを見つめるべきだろう。

民主党は肝に銘じるべきだ。今の支持率上昇はご祝儀だ。数日来、調子に乗っている国会議員の姿をテレビで見るが、何度同じ経験をすればわかるのか。少し頭を冷やし、着実な前進を図るべきだ。

千葉7区は当然に勝ちたい、しかしもし敗れても尚、一喜一憂することない骨太な姿勢が大切と思う。「信頼感・安心感の醸成」が、党改革の一里塚だ。




2006年04月20日(木) 母校役員は今期が区切り

母校明大中野八王子の校友会(卒業生の会)は、名称を「戸富貴会」という。所在地である八王子市‘戸吹町’から採った名前だ。母校自体が創立以来20年しか経っていない分、会員たる卒業生もそんなに多くない。

この会は6年前に発足したが、最近やっと具体的活動が出来るようになった。さて会の規約では、「会長は、1期3年で、3期まで」とある。本年6月の総会を区切りに、私は2期6年つとめたことになる。3期目については、「そろそろ潮時」と考えている。

楽しい役職ではある。時々でも母校に行く機会があること。当時の先生たちと話が出来ること。役得とはこのことだ。また入学式や卒業式などで、子どもたちの前で話をすることは、仕事上も役に立つ貴重な経験になっている。

しかし会の歴史が浅いからこそ、役職者は出来るだけ交代したほうがいい。裾野が広がるからだ。また私自身6年間のうちに慣れてしまっていて、仮にあと3年つとめても、見るべき成果は出せない気がする。

会長を辞めるのは簡単だ。次期会長選挙に立候補しなければいい。しかし過去の経緯もあって、自分が立候補届けを出さずに、その後は関係ないとはいかない。円満に次期会長が選出されることを、少なくとも見届ける責任はあるだろう。

さてここで困ったことがある。会長をやりたい人が大勢いるなら、まさに見届けるだけで済むが、残念ながら引き受け手は少ない。卒業生が総じて若いこと(私が4期生だから、一番年上で39歳)が大きな要因だろう。

そんな訳で、最近頭を悩ませていた。今晩は、その(私が考える)候補者と話をする。場所は吉祥寺だ。うまくいけば、それで良し。うまくいかなければ・・・。また考えてみる。



2006年04月19日(水) コラーゲン納豆

朝小田急相模原で駅頭を行なった。終了後に、ビラ配りをして下さった支援者宅で、朝飯をご馳走になった。

私が大の納豆好きとはご存知なかったようだが、納豆をネギ入りで出して頂いた。何とこの納豆は「コラーゲン」入りだそうだ。「コラーゲン」は美容に効果がある成分とのことで、女性客をターゲットに発売した“おかめ納豆”の新製品だ。

確かにスーパーの納豆売り場には、最近色々な種類が置いてある。「昔ながらの納豆」系が美味しいが、少し値が張る。量をたくさん食べるので(1日3パックから4パック)、やはり安い方に向かう。

そのうち「ダイエット納豆」なども出来るかもしれない。納豆好きにとっては、どんな種類であれ納豆が流行るのは嬉しい。世界に誇れる和食のひとつだろう。

さて筑紫哲也のNEW23で、‘食’について数日特集をしている。昨今経済格差が開き、朝や夕の食事さえママならない小学生が増えている。ここに至っては、もはや中学校を含めて、公費により完全給食を実現すべきだろう。

政策としては採るべきだが、では給食が正しいかと言えば、正直疑問もある。なぜなら日本の(家庭の)食文化を破壊してきた側面が、給食制度にはあるからだ。

しかし同じく給食を行なうときにも、制度の欠点を補っていくのは大切だ。まず基本は米食!(たまにはパンもいい)だろう。また量は個人の自由にしつつ、残させない教育も必要だろう。(無理して食べさせると親からクレームが付くそうだ。恐ろしい時代になったものだ。)

とにかく美味しい朝食に感謝し、次回またオダサガに行く際は・・・などと期待もしてしまう。


2006年04月18日(火) 水源環境保全税

連合神奈川の政策委員会も、前半は今日で終了だ。テーマは「環境問題」だった。

労働者の権利擁護を柱とする労働運動が、広く地球環境まで踏み込んで研究・提言していることは、私たち政治家もより広い視野を持つという意味で、参考にしなければならない。

議論のなかで、水源環境保全税について話題になった。いかなる名目であれ、この時期の増税には慎重であるべきだ。しかしこの税は、知事の選挙公約の柱でもあり、県民の一定の理解も得ている。大切なのは、本来の目的通り使われるかだ。しっかりチェックしていきたい。

総論として、県は12事業を予定しているが、ほとんどは森林整備費用だ。水源の集水地域(上流の川など)に集中して、伐採や土壌保全などを行なう。山梨県内まで含む、大規模なプロジェクトだ。

また市町村が行なう、同種の事業についての補助も実施する。県内4つの水源のうち3つは、相模原市内にあるので(津久井湖・相模湖湖・宮ヶ瀬湖)、市民にとっても無関係ではいられない。広く県内から税を預かる以上、有効に使う責任が相模原には伴ってくる。

更に水道事業体が県内に複数ある状態も、将来に向かっては一本化すべきだろう。県だ政令市だという縄張り争いは、行政のみで通用することだ。納税者の視点で効率化すべきだ。この点については、水道関係の組合員の方からも見解が述べられ、一定条件が整えば一本化だろうとのこと。

水事業については、正直不勉強なので、一層多くの方の意見を聞いていきたい。


2006年04月17日(月) 自己紹介変更

先週から開催されている、連合神奈川の政策委員会に参加した。今日のテーマは、「福祉・社会保障」だ。年金・医療・介護などについて、詳細なデータのもと意見交換がされた。

さて最初に参加者が自己紹介をする。先週までは、「相模原市から県会に挑戦する寺崎です。」と言っていた。今日その間違いに気付き、早速違う言い回しで行なった。

「相模原市・津久井郡から県会に挑戦する寺崎です。」が正解だ。初歩的ミスで申し訳ない。しかし「相模原から・・・」の表現は、過去寝言に出るくらい繰り返してきた言葉でもある。今後「相模原市・津久井郡・・・」が自然に出るようにしていきたい。

この政策委員会も、明日で今月は終了する。来月行なわれる後半の部には、県庁などから担当者が来るそうだ。楽しみだ。全て終わった段階で、内容や感想について報告していきたい。






2006年04月16日(日) 相模原市議増員選挙出陣式

相模原市議会の増員選挙が今日から行なわれる。津久井町選挙区で立候補した民主党推薦候補の出陣式に参加した。

増員選挙とは、合併によって失職した町議会議員に代わり、新しい相模原市議会議員を、旧町をひとつの選挙区として選ぶものだ。津久井町選挙区は定数2だ。

十数人いた町議が2名のみになるのだから、選挙の熾烈なことは言うまでもない。立候補者は7名で、全員が元町議だ。

さて今日の出陣式についてだ。公職選挙法の規定で候補者名は書けないが、何より良かったのが、その候補者本人の決意表明だ。

前回の県議選で、この候補者の出身組織からご推薦を頂いたこともあり、知己は得ていたのだが、きちんと政治家としての話を聞く機会は初めてだった。

朴訥とした話ぶりだが、内容が非常に濃い。旧津久井町のことだけでなく、相模原市全体の話しもされていた。率直に言って驚いた。かつて城山町議会を傍聴したときも感じたが、議会の質という意味では、規模の大小は関係ないことを再認識した。

この候補者は民主党推薦なので、当選後は当然に市議会「民主クラブ」に所属するのだと思うが、私も選挙を頑張って支援していきたい。苦境にある党なので仲間を増やさなければならない。

ただ合併の‘しこり’もある。選挙戦の構図のなかに、旧合併賛成派と合併反対派という色分けがあるらしい。同じく今日から始まった、増員選挙相模湖選挙区に至っては、定数1にそれぞれが候補者を擁立しているとのこと。

これを癒していくのも、編入した側の責任だろう。


2006年04月15日(土) 事務所スタッフ送別会

事務所スタッフの送別会を行なった。ある市議の業務とあわせて、私の政治活動も手伝ってもらっていた。そんなに長い期間ではなかったが、やはり彼のいなくなった事務所は寂しいものだ。

この機会に彼が事務所を離れることになったのは、現実的な選挙までのスケジュールの都合もあったが、私自身の「秘書」という仕事に対するこだわりもあった。

「秘書」は色々な人に会える機会もあるし、通常の仕事では余り経験しないことも見聞きできる。その意味では修行として適している部分もある。しかし仕事として考えると、長くするものではないと思う。

ただ唯一の例外は、自らが将来立候補したい場合だ。この場合は長い時間がかかろうと、チャンスを掴むまで頑張って続けるしかない。彼は能力においては抜群だったが、政治志望ではなかった。

以前は衆議院議員の秘書をしており、過去数年にわたり「秘書」稼業をしていたことになる。通常の仕事に戻るなら、この機会が良いと思った。タイミングを逸すると、なかなか“足を洗う”ことが出来なくなる。過去そういう人たちの、余り好ましくない末路を多く見てきた。

さて少し湿っぽくなったが、別に遠くにいくわけではない。次の仕事も市内に決まったとのこと。この数ヶ月の思い出を財産に、また新たな関係で付き合っていきたい。今後の健闘を祈る。




2006年04月14日(金) 党支部政策調査委員長に

民主党神奈川県第14区総支部の、年に一度の大会があった。場所はあじさい会館だ。宮崎雄一郎氏が新代表になってから始めての開催で、新役員や活動方針について決定した。

出番は2回あった。県議選公認候補挨拶と、最後のガンバローコールだ。ここに至る経緯は、率直に言って色々あったが、今後は宮崎代表のもと党勢拡大に向けて頑張っていきたい。

役職としては、引き続き副幹事長をつとめるとともに、新しく政策調査委員長も兼任することになった。来年選挙を控える者としてどこまで出来るか不安もあるが、政党の要である政策を担当することは政治家の本望だ。

さて具体的に何をすべきか、昨晩自分のなかで考えてみた。まずもって民主党の基本政策について、党員が一層理解を深められるような活動をしてみたい。

残念ながら民主党の運営は国レベルが中心のため、政策についても地域レベルのものは少ない。しかしそれを変えていくのも私たちの責任だ。支部で政策調査委員会を設置しているところは、民主党全国数百の支部でもほとんどないと思う。本部に提言できるくらい頑張りたい。

また議論がわかれるテーマなどについても、臆することなく議論を深めたい。例えば小沢一郎代表が打ち出した「A級戦犯分祀」や「国連待機部隊構想」などだ。

そして夢ではあるが、行く行くは多くの市民を巻き込んで、地域ビジョンの策定や討論会などもやってみたい。








2006年04月13日(木) 愛国心表記

ついに教育基本法の改正が行なわれる。公明党の“柔軟な”姿勢によって、与党合意が成立した。大きなお世話だろうが、獄死した創価学会初代会長は何と思うだろうか。

私は愛国者を自負している。しかし政府や法律でいう愛国心と、私の愛国心はニュアンスが違う気がする。元々「愛」という言葉自体千差万別だ。また口に出すと軽くなり、一人歩きする言葉でもある。

いつだったか福岡県の小学校で、通信簿に‘愛国度’の欄があったそうだ。点数を付けた先生は、本当にその資格があると考えたのか。また何の基準で評価したのか。不思議だ。

卒業式などで、君が代を唄わない教職員がいる。席を立たないで座っているのだ。当然教師は歌うべきだが、数人程度歌わない人がいても、目くじらをたてることはない。社会を息苦しくしないためには、善悪だけでなく、余裕や隙間も必要なのだ。

そんな教職員の気持ちについて、一端理解できる経験がある。市議時代に46名の議員のうち、会派の同僚と2名のみ起立採決(賛成)したことがある。やましい事は全くなくても、やはりそれなりに緊張するものだ。また皆立っている(賛成)のに、私たちだけ座っている(反対)時も同様だ。

愛国心を人に対して使うときは、まず自らを省みなくてはならない。自分に甘く人に厳しいのが世の常だが、自らこそ愛国心を点検すべきだろう。教育基本法の改正を行なう国会議員も、より謙虚な姿勢で臨んでもらいたい。

最後にもうひとつ。国が必死で国民を守っていけば、国民は自然と国を愛すると思う。法律に明記しなくてはならない状態は、国が自信を失っている証拠だろう。






2006年04月12日(水) 靖国参拝は争点になる

総理の靖国参拝は大切な争点だ。。小沢一郎代表はA級戦犯分祀を解決策に掲げた。私とは若干意見が異なるが、あえてこの問題で見解を述べる意義は大きい。

靖国の問題には3つの視点がある。

1、宗教の問題

靖国と言えど神社には違いない。熱心な仏教徒や他の宗派を信じる人が少なくない以上、総理は参拝を自粛すべきという意見だ。

但し葬式がそうであるように、慰霊目的については、他の宗教行為とは違うニュアンスで位置づけされていることも事実だ。バランスが大切だろう。

2、戦争責任論

戦争の犠牲者ではなく戦争を指導した立場の人も祀られており、そこを参拝することは、かつての戦争を肯定することに繋がるという意見だ。いわゆるA級戦犯の分祀はこの範疇だろう。 

しかしどこから責任者かというのは難しい議論だし、その基準を東京裁判に求めるのも間違いであろう。靖国はあくまで宗教法人なのだから、そこが誰を祀るのか政治が云々すること自体ナンセンスだ。(ちなみに幕末マニアから言わせると、幕末の志士についても合祀の対象に異論がある)

3、外交問題

中国の発言は最近度を越していると思うが、批判しているのは中韓だけでないのも事実だ。内政干渉とは死語であり、どこの国であろうとも国内だったら何をしてもいいと言うわけではない。国際世論という新たな視点を大切にするのが民主主義国家だと思う。

総理は外交問題になったことに責任を感じていないようだ。しかし総理が参拝すれば、単なる戦没者慰霊ですまないことは当然だ。

それと日本が貿易立国である現実を冷静に見なければいけない。ましてや中国は最大の貿易相手国だ。

以上だ。言っていることがバラバラで、賛成か反対かわからないと指摘されるかもしれない。しかし率直な意見だ。

まとめると
「靖国神社は宗教法人であり。そこが誰を祀ろうと自由である。

総理という職に私的側面はなく、行けばそれは公式参拝になる。総理が靖国に行くことは、特定宗教を擁護することに繋がるので政教分離から問題もあるが、社会一般的に慰霊目的での参拝は許容範囲かもしれない。

しかし参拝の結果日本が受けている打撃は少なくないし、参拝していることとあわせて国際世論に耳を貸さない姿勢を貫いていることは、日本の信頼感を損なうものである。

総理は靖国に参拝すべきでない。」

決して自虐でない。アメリカ大統領も中国主席も、同種の行為は慎んでもらいたいと思う。

アメリカ産映画「パールハーバー」をご覧になっただろうか。見終わった後非常に不愉快になった。特に最後東京に空襲をかけにいくシーンは言語道断だ。何故日本で流行ったのかわからない。

広島・長崎もそうだ。やられた痛みというものは、数十年くらいの年月では癒されることはないのだ。

ポスト小泉が安倍氏になれば、恐らく靖国を参拝するのだろう。それを止めることが出来ないならば、せめて何故参拝するか本当の理由を聞かせてほしい。「戦没者慰霊」だけであるはずがない。



2006年04月11日(火) ついに自民党も

来年の県議選について、自民党が公認候補を決定した。現職2名と新人3名の計5名だ。(相模原市・津久井郡選挙区は定数9)

聞くところによると、現職の一人は市長選挙への転出を想定しているとのことで、結局は前回と同じく4名の候補者を擁立してくる。人数は一緒でも顔ぶれの変化に隔世の感を覚える。旧津久井選出の1名と除けば皆新人だ。

前回県議選を目指した大きな理由は、相模原の政治風土の悪しき部分が、市内県議会議員とその選挙でつくられてきたことに、自ら立候補することによって対決したいとの思いがあった。結果敗れてしまったが、次期こそはと決意していた。

しかし選挙一年前になってみたら、何とその皆さんがいなくなっていた。不思議なものだ。一抹の寂しさを覚える。変な感情だろうか。

もちろん顔ぶれが変わったとしても、現在の自民党とそれを支える政治文化が変わらない限り、行なわれる政治と選挙の質が上がるわけでもない。変わらぬ決意で頑張りたい。

あわせて自民党は来年夏の参院選候補の公認も内定していた。連合神奈川の政策委員会で昨日と今日の2日間とも、民主党から立候補予定の牧山ひろえさんにお会いしたが、こちらの選挙も頑張って支援していきたい。

さて以上を告げる新聞記事の最後に、県議選と同日に行なわれる県知事選挙についても記載があった。対応を考え中とのこと。松沢県政の総括をした後「あらゆる可能性を排除しないで」方針を決めるそうだ。

県議会では過去対決型で来たのだから、まさか候補者を擁立すると思うのだが、一方県知事選ともなると運動量も半端ではすまないし、松沢以上の候補者を探すこと自体至難のことだろう。

どちらにしろ自分自身の活動をしっかりしていきたい。


2006年04月10日(月) 連合神奈川政策委員会

連合神奈川が行政に対して行なう「政策制度要求」について、その内容を議論する政策委員会が行なわれた。

前回の統一選後に、連合神奈川推薦議員によって議員団会議が結成されているが、前回落選した私は‘賛助会員’として入会を許して頂いている。

今日は第一日目でテーマは犢垪眄改革瓠住民サービスを提供する主体をきちんと立て直そうというものだ。文章中には相模原市と津久井郡の合併についても触れられたいた。

連合に加盟している労働者の多くは、いわゆるサラリーマン層だ。中規模から大規模の企業が多い。政府による狙い撃ち増税の標的になっていることもあり、現在の政治に強い満を持っている方が多い。

さて私が云々と評価するのも僭越だが、今日拝見した「案」は非常に良く出来たものだ。更に数度検討会を開くそうだから、意見集約の方法も非常に丁寧と言える。

連合神奈川と民主党県連、相模原・津久井地域連合と民主党14区支部を比較したとき、政策をもって集まっている政党の側が、果たしてこれだけの提言書をつくれるか、自問自答してみると恥かしくなった。

来年はいよいよ選挙の年だ。「政策で選挙が出来るか!」とご指摘頂くこともあるが、この部分については自分の‘こだわり’を大切にしたい。政策活動なくして政党の存在はないし、政治家に一番大切なのは政策だ。

小沢代表は、その政策をしっかり伝える“日常活動”が、民主党員には絶対的に不足していると言う。確かにその通りだろう。半信半疑な面もあったが、私も3年間それなりにやってきたつもりだ。しかしどこを何度まわっても、伝えるべき政策がなくては元も子もない。

そのことに改めて気付かされ、また勇気付けられた今日の会だった。明日以降も約1週間行なわれるが、出来るだけ参加していきたい。







2006年04月09日(日) 市民フォーラム設立総会

「市民委員会準備会」に入っていたが、昨日正式に「市民フォーラム」として設立された。市民と行政のパートナーシップを推進するための組織だが、具体的な活動などは未定だ。

昨日の設立総会には約100名が参加し、年齢や仕事など多岐にわたる面々で、何点かの議事を話し合った。

5月の定時総会では「市民フォーラム」と相模原市長との間で犇定瓩魴襪屐その中には“市長は市民フォーラムの意見を政策に反映させるよう努力する”という規定もあり、かなり影響力のある会になっていくだろう。

参加者のうち市民活動歴の長い方からは、「市民フォーラム」の運営資金が市の補助金に頼っていることは問題との意見も出た。自主自立は確かに理想だが、「市民フォーラム」は行政との共同作業でもあるし、まず始めることが大切とも思う。

さてパートナーシップは、行政機関の財政赤字に端を発している。予算内で仕事がやりきれなくなったので、何とか市民と‘分業’しようというのだ。地方分権や介護保険と同じく、財政論が基準になっている。

しかしこのことを以って、行政に不信感を抱いてもしょうがない。むしろを前向きに捉えることによって、まちづくり市民参画を図るべく市民自身が努力していけばいいのだ。

さて行政にはふたつの側面がある。ひとつは市民に対して公平中立なサービスを提供する役所という面。もうひとつは政治家である相模原市長によって統制されている、政治的な機関という側面である。

後者の面では毅然として対決しなければならない点もあるが、前者の面ではむしろ友好的に話し合いをしてきたい。

今回政治家でありながら「市民フォーラム」の会員になることを一瞬躊躇したが、仲間の皆んなからは、だからこそ入るべきとの前向きのご意見を頂いた。

この「市民フォーラム」と通じて、真のパートナーシップを築いていけるよう頑張っていきたい。また県政を志す私にとって、市政に関与できる貴重な場にもなるだろう。


2006年04月08日(土) 普天間基地合意は一つのモデル

沖縄普天間基地移設について、政府と名護市が合意した。在日米軍基地縮小論者の私としては思うところもあるが、国と地方が話合いの結果として合意に至ったことは評価している。

最近、政府・国会議員・その他に対して頭にくることが多かったのは、結果よりもその態度についてだ。相模原市内の基地についても言える。安全保障は政府の仕事だが、結論を出すまでの意見聴衆は自治体に対してもっと丁寧にすべきだ。

民主党新小沢代表は立候補の演説で「地域主権」という言葉を使った。政治家は狠亙分権瓩鬚茲使うので印象的だった。青年会議所(JC)ではかなり以前からこの言葉だ。

「地域主権」という言葉はとても思い。現在の国の仕組みを根本から変えることだからだ。主権を担うべき地方が自ら気合を入れるのは当然だが、国も既得権益を捨てる勇気を持ってほしい。そして姿勢も大切だ。

小川相模原市長がいつか飲みながら言っていた。「霞ヶ関の省庁に要望に行くと、30代そこそこの係員が出てきて書面だけ事務的に受け取る。えっとどちらの市長さんでしたっけ?という感じだ。国は地方をばかにしている。」

私自身同じような体験をしたことがある。上下関係ではなく役割分担だと言うのなら、それを態度に示していくべきだろう。これは政府のみならず、広く野党も含めた永田町関係者にも言えることだ。

最後に改めて名護市長をはじめとする自治体関係者と、額賀防衛庁長官をはじめとする政府関係者の労を大としたい。合意形成を進化させることが、民主主義をより良くしていくことだ。今後のモデルのひとつになるだろう。


2006年04月07日(金) 珍しく石原都知事に賛成

朝の街頭演説は上溝バス停でやってみた。結果やはり駅の方がいいと思う。何事も経験だ。

石原慎太郎東京都知事とは余り意見があわない。しかしながら昨日の発言は全く同感だ。文部科学省が小学校の授業に英語を必修にしたことを「ナンセンス」と言ったのだ

英語を学ぶこと自体に反対ではない。しかしながら日本語の伝統が失われ、よく意味もわからず外来語が使われている現在、一方で国語の習得を充実しないと何が共通語かよくわからなくなってしまう。

石原慎太郎氏とは互いに宿敵であるジャーナリストの本多勝一は、意味の点検もすることなく外来語が増えている状態を「言語帝国主義」と揶揄したことがある。

確かに職業別電話帳を爛織Ε鵐據璽賢瓩噺世辰燭蝓▲▲ぅΕ┘順を爛魯蹇璽據璽賢瓩噺世Δ海箸覆匹蓮∨寨茲慮斥佞茲蠅皸嫐がわかりづらくなっており、今でも「タウンページってどっちだっけ?」と聞く姿も見受けられる。

行政もそうだ。保健センターの爛ΕД襯優広瓩筺⊇性センターの爛愁譽ぅ罩瓩覆匹蓮∨榲の名前の方が意味がわかかりやすい。つまり愛称の役割を果たしていないのだ。「ソレイユ?どこだっけ?ああ橋本の女性センターのことね。」という具合だ。

そして更にナンセンスな理由がある。英語を学ぶことと、国際性を高めることはイコールではない。もちろん一部ではあるだろうが。言語よりも学ばなければならないことはあるだろう。

英語という言語がどの民族によって形成され、どうやって現在のように広まったのか、その地理的関係や歴史をあわせて学ばないと国際性とは言えまい。

以上。少し厳しい意見かもしれない。今でも小泉総理が国連総会で英語で演説する姿は違和感を感じる。ひとつは何故日本語でしないのかという思い。もうひとつは英語が出来ても、外交は失敗しているではないかという思いである。

英語の必修は中学校からで十分と思う。むしろ総合的学力低下の原因となっている基礎的国語や算数をしっかりした方がいい。





2006年04月06日(木) 地元歌手のショーで

昨日は都内に泊まりのため、朝駅頭は行なわず。

昨日地元出身の歌手がディナーショーを開いたので、支援者の方と参加してきた。会場満員の人手だった。この方は会社経営者だったが、近いうちに歌手の方を本業にするとのこと。

今日も同じく地元出身の歌手の会がある。演劇をメインとして間に歌われるとのこと。支援者の方からチケットを購入した。この歌手は色々な所でお目にかかったことがある。

大規模なプロダクションでも付かない限りは、地元から営業して名を売っていくのが基本なのだ。政治もある種同じ部分があるだろう。

私は元々音痴なので、歌の優劣は正直わからない。しかしお二人の体からはプロ意識がみなぎっている。この姿勢に多くの方が共感しているのだろう。

政治もそうありたい。メール問題がここまで大きくなってしまったのは、永田氏の質問そのものではなかったと思う。この程度のことは何度もあった。しかし爐海猟度瓩里海箸貌依匹靴震閏臈泙函△修譴魎遒鵑覇佑い討い觴民党に主権者の批判が集まったのだ。

自らのプロとしての仕事とは何なのか、今一度真剣に考えてみたい。


2006年04月05日(水) 民主党首選自分なら誰に

朝は橋本駅へ行った。南口は3つ出入り口があり、小さい方で街頭演説を行なった。バスや自転車などで来る方が多い。私もかつて在学・在勤で使っていた場所だ。

昨今報道されている民主党代表選挙は、進め方に一部批判を受けているが、概して良い伝わり方だ。たかがメール問題で全党員が落ち込み、まだ結果も出ていない党首選で雰囲気がプラスに転じる。テレビ時代の良し悪しを痛感する。

通常の民主党代表選は一般党員にも投票権がある。つまり私も投票できるのだ。今回は例外なので(と言っても前回も前々回も例外だったが)国会議員のみが投票する。しかし政治家の端くれである以上、自分が投票するならどうするか、それを皆さんに明示する責任があるだろう。

正直難しい。菅直人氏は自民党との対立軸を明確に示せる数少ない議員だが、いかんせん過去2度党首をつとめ、結果政権はとれていない。小沢一郎氏はその意味で民主党党首についたことはないが、かつて新進党党首のとき総選挙で惨敗した。またいわゆる‘アレルギー’が私の中にも多少だがある。

すると第三の候補というわけだが、20名の推薦人を集められるかどうかというレベルでは、かえって党内を混乱させるだけかもしれない。名前が出ている末松義規氏は、かつて伊藤達也代議士の秘書を一緒にしていた知己だが、今後に期待というところか。

他にも多くの要素を考えた結果、現段階で投票するらなば「小沢一郎」と書くだろう。だた昨日の記者会見を聞くと、詳細な政策や党運営については7日の所信表明で明らかにするそうだ。それもよく聞いてみたいと思う。

さて挙党体制とは何だろうか。バラバラだとよく言われるが、それは自民党も大して変わらない。党内で議論が行なったり、結果グループが出来たりするのはしょうがないと思う。

大切なのは、その違いを隠さずに明示すること。そして政治家ならば個人の感情ではなく、あくまで政策で対立すべきことだろう。小選挙区制度の現在、そう簡単に党が崩れるとは思っていない。しかし国会議員たちの話を聞いていると、かなり危険な状態にあるという話もある。

残念ながら地方レベルでは何も出来ない。ただいつかも書いたが、民主党国会議員は目を覚まして頑張って欲しい。民主党は積極的党員よりも、潜在的支持者に多く支えられていることを忘れずに。


2006年04月04日(火) 北朝鮮旅行記ず能回・公安

朝は相模湖駅頭で街頭演説。ビラ配りもする。

さて北朝鮮旅行記も最終回だ。あくまで観光旅行だったが、余り人に話してこなかったのは、今日記載するいくつかの出来事があったからだ。

最終日の歓送宴が終わると、旅行者の一部がひそひそ話しを始めた。上のバーに狠か疝茲襪蕕靴ぁ3Г鵑覆撚颪い帽圓ことになった。狠か瓩六笋燭舛鵬颪Π戮縫曠謄襪泙罵茲襪修Δ澄

狠か瓩箸蓮よど号ハイジャック事件の犯人たちだ。この時書いたメモには「小西・安倍・赤木」とある。私がテーブルを囲んで数人で話したのは「赤木」だ。

「赤木」は大阪市立大在学中の22歳のときに、ハイジャックに参加(?)し、その後ずっと北朝鮮で暮らしている。以前は好待遇だったそうだが、最近は北朝鮮政府からの援助金が大幅に減ったと言っていた。

その結果生活費を稼ぐために自分で本を書いて、私たちのような日本からの旅行者に売っているのだ。率直な体験談なら面白そうだと思ったが、北朝鮮内で販売ているのだから‘率直’であるはずがない。買わなかった。

政治がらみの話は余りしなかったが、この時中断していた日朝国交回復の交渉について、「赤木」は北朝鮮政府と同じようなコメントをしていた。

ハイジャック自体は法律上はそんなに重い罪ではない。しかし最近拉致に関係していたことが明るみに出たので、彼らも簡単には帰国できないだろう。

さて帰り際にある旅行者が「週刊ポスト」を同行のガイド(監視員)に渡した。ガイドはすかさずスーツの中に隠した。日本の新聞や雑誌は禁じられているので、見つかればこのガイドは罪に問われる。安易にこういうことをする旅行者の見識が疑われる。

またツアー中もガイドや現地の人に、北朝鮮政府に対する批判をして、挙句にコメントを求めている旅行者もいた。そんな質問に答えられるわけもないし、第一現場の人々に言ってもしょうがない。国際的旅行マナーに反する行為だ。

帰りの出国審査はスタンプを押した紙を返すだけだ。この旅行は日本の出国スタンプはありながら、北朝鮮に入国した記録がパスポートにない。平壌を離陸すると1時間半で名古屋空港だ。近くて遠い国とはよく言ったものだ。

後日談がある。自宅に公安から電話があった。公安調査庁か公安警察かは、あえて聞かなかった。北朝鮮旅行の内容について聞かせて欲しいとのことだ。数日後に会って聞かれたことに全て答えた。別に隠しごとはない。

ツアー参加者全員をまわっているそうだ。ご苦労なことだ。私は市議だったからかソフトな対応だったが、過去に左派系の政治活動をされてた方などは、もっとじっくり聞かれたのだろうと推察する。

更に後日談だ。朝鮮総連の神奈川県央支部から新年会の案内状が来た。最初は議員だから来たのかと思っていたが、同僚に聞くと私だけのようだ。恐らく北朝鮮旅行をしたからだろう。

在日朝鮮人の皆さんとは友好関係でありたい。こういう会にも参加したい意思はある。しかし現状で行ったとしても良いムードにはならないと思い遠慮した。その数年間案内は続いたが今は来ていない。

北朝鮮の内情について、旅行者でもはっきりとわかることがある。金日成と金正日の扱いは違うのだ。金日成は既に死去していたが、報道されている通り神様扱いだ。しかし金正日は政治家としての扱いだ。金正日が格下なのが随所に見受けられる。この国はそんなに長くもたないと思った。

しかしそれから10年弱になるが体制は崩壊していない。ナチス宣伝相ゲッペルスは「大きな嘘ほど国民は信じる」とうそぶいたが、この原理を徹底しているのだろう。

私は違う哲学を持っている。「少人数を長くだますことは出来るかもしれない。大人数を短くだますことも出来るかもしれない。しかし大人数を長くだますことはできない。」

偽札や麻薬まで始めてしまった以上、もはや経済制裁は致し方ないと思う。日本が制裁をすることは、アメリカの金融制裁の比ではない。言われているより大きな圧力をかけることになる。

但し戦争は絶対にしないという前提は持ち続けなくてはならない。


2006年04月03日(月) 小沢一郎党首

早朝から昨日の片付け。駅頭は行なわず。

次期党首に小沢一郎氏を推す声が高まっている。民主党国会議員だけでなく、世論調査でも同様だ。

以前菅直人氏が辞任した際も小沢氏の名前が出たが、結果大したことのない理由で辞退した。前回の総選挙で敗れたときも、岡田氏後任に名前が上がったが辞退した。今回前向きなのは小沢氏なりの危機感と、最後のチャンスとの思いもあるのだろう。

かつての新進党解党については納得していないが、過去のことを言っていても前進はない。党の存亡自体が危うい今こそ、文字通りの挙党体制が必要だ。その意味で小沢氏には頑張ってもらいたい。

著書「日本改造計画」は今でも愛読書だ。自由ある福祉国家の建設を目指すという私の理想と共通する内容だ。小泉総理と対等に党首討論が出来るだろう。

小沢氏がなった場合でも9月までの任期だが、常識的に考えて今回決まった党首は続投だろうから、次期統一地方選挙は小沢党首のもとで戦うことになる。






2006年04月02日(日) まつりに税金投入はどうか

今日も桜まつりだ。出店する団体は全て、まつりを運営する為の協力をする義務が課せられる。私も約1時間半くらい警備をした。雨だったのでキツかったが、一方嬉しい気持ちもあった。

何故か。かつて青年会議所で「今後の桜まつりについての提言書の作成」という役割を担ったことがある。結果今後のまつりの方向性は犹毀閏臚海里泙弔雖瓩鳩誅世鯢佞韻拭

意味はふたつある。まずまつり通して市民同士が交流するためには、単に店で酒を飲んでいるよりも、運営そものもを一緒にした方がいいとのこと。もうひとつは、まつりに大勢の市職員や税金を投入していいのかという、議員(当時)としての思いもあった。

相模原で現在やっているまつりには「官製」もある。地域も参加しているが、行政抜きでは実施できないまつりだ。最近その類が増えている気がする。

地域住民が行なうまつりを、後ろから支えるのはいいと思う。まつり自体がまちづくりにとって意義ある場合、限度はあるが許されることだ。しかし役所が音頭をとるのは趣旨が違う。

税金の使い道を点検するとき、

,笋蕕覆韻譴个覆蕕覆い海
⊇侏茲譴个笋辰進がいいこと
やらなくてもいいこと。

この三つに事業を分類していくのだが、まつりは△貌るだろう。


2006年04月01日(土) 綿アメとホース巻きは一緒

今日明日は市民桜まつりだ。かなりの範囲を歩行天にしているが、それでも歩行者渋滞するくらい大勢が集まる。

実行委員長を青年会議所理事長がつとめていることもあり、毎年JCメンバーは大勢で参加する。自分自身が所属している団体もあるし、お世話になっている団体も多く店を出している。

さて今回は支援者のご好意で名誉会長の称号を頂いている、「戦舞会」という空手(ムエタイ)の団体で初めて出店した。売るのは綿アメだ。

何度かやってみたがコツがある。つくり方は簡単で、機械のなかに出てくる綿状のアメを、割り箸に巻きつけるのだ。しかし最初はしっかり巻きつけないと、大きくなるにつれまとまりがなくなってしまう。

実は消防団のホース巻きも全く同じ原理だ。最初だけしっかり巻いておけば、中盤以降は流れでスイスイといける。

プロの露天商も綿アメを出していた。じっと見てみるとやはり上手だ。ザラメ(材料の砂糖)は少ないのに完成品は大きい。やはりどんなことでも経験から来るノウハウはあるものだ。


てらさき雄介 |MAILHomePage