てらさき雄介の日記
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2006年02月28日(火) 城山の住民投票結果について

合併すべしとの結果が出た。(結果詳細)予想を超えた大差だ。今後は早急に相模原市との具体的調整に入るのだろう。

気は早いが、1市4町の合併がこれでなった。1999年の決算議会総括質疑において、「城山町を含む近隣町村との合併を」と訴えたとき、他議員からは嘲笑が聞こえたことを考えると隔世の感がある。

途中段取りの悪さから1市4町それぞれに問題が噴出し、結果飛び地でのスタートとなったときには異論も唱えたが、総論で合併自体には賛成だった。今後は成果がしっかり現れるか注視していきたい。

合併の成果は2つに集約される。ひとつは経費節減だ。多くの役所を統合することによって無駄を省いていく。現段階で数値目標が立っていないのが残念だが、政治がリーダーシップを発揮していけば何とかなる。

そして合併協議会がつくった「将来のまちづくりビジョン」だ。1市4町の総合計画には当然反映されると信じている。公募委員として議論に参加したものとして、市長ならびに担当職員にはキツくお願いしておく。

昨日町田の選挙結果について記載をした。相模原市が政令市を目指す過程で、次に向かうべき方向は町田市だと考える。今こそ初心に立ち返り、連携策を模索していきたい。

国の動向を見る限り余り猶予はない。真の自立都市を目指しての努力が求められる。


2006年02月27日(月) 町田市議選の結果について

町田市議選挙の結果が出た。(選挙結果詳細)支援していた3人ともが当選を果たした。

新井氏は得票こそ減らしたものの、前回に続く堂々のトップ当選。友井氏、若林氏は全体の投票率が減ったにも関わらす、得票を伸ばしての再選である。

今後相模原・町田若手議員交流会を通じ、ともに頑張っていきたい。他にも20代、30代で当選した方がいるので、新メンバーの登場にも期待している。

残念だったのは市長だ。(選挙結果詳細)及ばなかった。過去革新市政が続いていたことに対する反動が出たのだろう。他にも多々要素は考えられるが、結果が出た今となっては何を言っても致し方ない。真木候補については非常に能力のある政治家だ。何らかのカタチでの再起に期待している。

今回の選挙では延べ3日半にわたり現地で支援活動をした。町田市との今後を考えての行動でもある。また候補予定者としても選挙について、何か学びたいという思いもあった。

3名の選挙戦はそれぞれ特徴的だったが、ともに勉強になる点が多々あった。自分自身の選挙で実践していきたい。




2006年02月26日(日) 226事件の日

今日は町田市長及び市議選と、城山町の合併住民投票が行なわれる。どちらも結果が出るのは深夜だろうから、それについては明日以降に書きたいと思う。

1936年(昭和11年)の今日は「226事件」が起った日だ。先般女性支援者の皆様と真鶴へ行った際、牧野元内大臣が襲撃された別荘があり、こんな所までやって来たのかと驚いた。

さて映画や小説を見てみると、大概が事件を起こした青年将校に同情的だ。かくいう私も彼らには感じ入るものはある。しかしながらその後の日本の敗戦に至る経緯を見ると、事件の与えたマイナスの影響は政治家として無視できない。

事件後の裁判は軍事裁判として非公開で行なわれている。最近当時の公文書徐々に世に出回り、当時の判事が処刑は不合理との意見を述べていたものもある。

これだけのクーデター事件が現場の軍人のみで行なえるはずもなく、政治家の一部と高級軍官僚が関わっていたはずだ。トカゲの尻尾として早々に処刑されたのだろう。

防衛庁を「省」に昇格する法案が今国会に提出される予定だったが、防衛施設庁の談合事件でお流れになった。重要な法案という認識がなかったのだろう。私が「省」昇格に消極的なのは、まさにこの政府の姿勢だ。ことの発端から、経緯が場当たり的すぎる。

226事件の後、軍部は陸海軍大臣を推薦しないという暴挙によって、自らの意思を政府に強要した。これは関与した個々人の問題だけでなく、それを許した制度も悪かったのだ。

今晩テレビで「226事件」を扱う番組はないだろう。ひょっとしたらニュースの一端で触れるだろうか。そんなに昔のことではない。たった70年前の出来事なのだ。








2006年02月25日(土) 民主党国会議員は目を覚ませ

民主党国会議員は目を覚ませ。一体何をやっているのか。先日もメール問題について意見を書いたが、その後の対応を見ていて一層深刻なものを感じた。

繰り返しだが、町田では市議選と市長選をやっている。特に市長選挙は浮動票の動向が勝敗を左右する。今回の国会のゴタゴタが選挙に良い影響を与えるはずはない。街頭で一枚一枚ビラを配って下さっている、現場の支援者を何と考えているのか!

永田代議士は入院したそうだ。本当に具合が悪いそうだ。こんなことで飯が食べられなくなって、政治家が務まるか!代表はじめ執行部も、こんなことで動揺していて政権を担当できるのか!

もっと落ち着いて堂々として欲しい。信じる道を進むなら、途中でぶれないで欲しい。民主党は積極的党員よりも、潜在的支持者に多く支えられている。日々そういう方々から見捨てられているのを実感して欲しい。

現在マスコミや世論も民主党に厳しい。しかしこれは期待を裏切られたことの反動だ。つまり期待はされているのだ。民主と自民以外の他党などは記事にもならないではないか。

スキャンダルの追求も時には必要だろう。しかし自民党が金に汚いことは子どもでも知っている。それでも自民党は選挙で勝つ。その理由を民主党はもっと考えなくてはいけない。相手の批判に終始するのではなく、自らどうするかを主権者に伝えなくてはならない。

さて私たちの今後だ。国会の動きが地方自治に悪影響を及ぼさないよう、党内でも地方分権を進める必要がある。そしてこれは民主党所属の都道府県会議員の仕事かもしれない。頑張っていきたい。


2006年02月24日(金) 空手で使う筋肉

お世話になっている空手教室に時々伺う。そしてついに自ら体験する時が来た。Tシャツとジャージをまとい、蹴りとパンチの練習を少々。

感想だが、まず痛い。もちろんグローブを着けているが、「いいパンチ」と褒めてもらえる時ほど、自分も痛いのだ。また受けも同様だ。

次に色々な筋肉を使う。普段は動いてない場所だ。現にこの日記を打ちながら少しムズムズする。明日は筋肉痛かもしれない。情けない限りだ。

更には体が固いことを再認識した。これは大分以前からで高校時代なども、なかなかバスケが上達しない原因は、体が固いことだと当時のコーチに言われてものだ。確かに柔軟であることはスポーツの基本だ。

多くが女性の練習生だったが、数ヶ月すると足が高く上がるようになると言う。そしてダイエットにも(これに興味はないが)。

また行ってみたい。隣ではかわいい子どもたちが練習していた。どう見ても幼稚園年少くらいだが、左右ともいい蹴りが入っている少年もいた。とてもかわいい。


2006年02月23日(木) 相模原と町田の市議選の違い

町田市議選の応援に行った。友人の現職候補3名を日々支援しているが、公職選挙法の規定で現在は名前を書けない。過去の記載などをご参考に頂ければ幸いだ。

町田市議選と相模原市議選挙に幾つかの違いを感じた。個々に論評はしないが、以下率直な感想だ。

1、町田は市議選挙も政党選挙の色合いが濃い・・・候補者のほとんどは国政政党である「民主・自民・公明・共産・社民」の公認か推薦で、純粋な無所属候補が少ない。

2、市長選と同日のためアベック選挙となっている・・・それぞれの市議候補が応援する市長候補を明確にしながら相互に支援するカタチで選挙が行なわれている。

3、候補者の平均年齢が若い・・・相模原は特に平均年齢が高齢だが、私より若い候補者が6名?(最低この人数は確認した。ポスターの記載なので以上いるかもしれない。)はいる。また40代・50代という実社会の中心世代も多く、65歳をこえる方はほとんどいない。

相模原市は津久井と合併をするので、特例措置がどうなるにしろ、いずれは市議も県議も同じ選挙区になる。この時も選挙文化の違いをの当たりにするのかもしれない。


2006年02月22日(水) 国会メール問題について

民主党永田代議士のメール発言について、新聞一面を飾るほど多くの報道がされている。今日の党首討論を見る限り、明らかに民主党に分が悪い。

ここは素直に軽率さを侘びて、今後同じようなことが起きないよう党内で対策を練るべきだ。安易に人事的責任論に転嫁することは良くないと思うし、ましてや開き直り続けるのも主権者に対する責任から問題だ。

政府自民党にも言いたいことはあるが、党員としては第一義に民主党の国会議員に意見を言うべきだろう。

まずは議会での発言が軽すぎる!テレビ中継されてるかどうかではなく、国権の最高機関としての「質」を備えて欲しい。永田代議士の取り上げ方は明らかに稚拙だった。

次に一々大騒ぎしすぎだ。マスコミが何故この問題を、ここまで大きくしているかは解からない。しかし一つの事柄に、党幹部の皆さんが右往左往していてはいけない。

自民党はあれだけ汚職事件を起こしても、いまだに圧倒的勢力で政権を担っている。「民主党は若い人が多くてクリーンだけど、何となく頼りない」この主権者の率直な意見にもっと耳を傾けるべきだ。

間違いを起こした議員がいたとしても、責任ある人間が謝罪して事後の対策をしっかり練ればいいのだ。ましてや今回のことは国益に害を与えた訳ではないのだから。

今この時も隣の町田市をはじめとして、民主党の看板を背負って選挙を戦っている同志がいる。そこに国会議員はもっと思いを馳せて欲しい。国会議員を支えているのは、私たち地方党員なのだから。


2006年02月21日(火) 病院で死ぬということ

このタイトルの本を読んだ。実家に寄った際に本棚にあったので拝借してきた。分量も多くない本だったので一晩で読んでしまった。興味深くかつ重い内容だった。

現役の医者が様々な体験談から書いた本だが、人生の最期にあたって家族や病院など周辺がどうすべきか、その参考とするために書いたとのこと。悲惨な事例もあったが、終盤は希望も持てる内容だった。

「ガンになった時は告知してほしい」「無駄な延命治療はしないでほしい」過去話した人の多くはそう言う。私も前者については同感だ。後者は時と場合によると思う。

ただし真剣に家族に伝えたり文書に残すまでは、いまだ考えていない。そういう状況をリアルに思い浮かべるこがないからだ。まだまだやりたいことが多い。人生の終焉はずっと先のことであって欲しい。

つい最近手塚治虫の「ブッダ」をコンビニ復興版で売っていた。2巻まで買って読んだ。死が何であるか解らない私が、死ぬときどうすべきか解るのだろうか。


2006年02月20日(月) 町田では市長選挙も

町田市議選で友人候補の応援をしていることは何回か書いた。今日は同日に行なわれる市長選挙についてだ。

市政を考えたときに、市長の存在は巨大だ。市議一人とは比べるまでもないが、議員総員の議会と比較しても権限は大きい。

さて町田では長年勤められた寺田市長が勇退され、今回は6名の候補者が立候補している。前都議・前市議2名・会社経営者・他自治体の元幹部・革新系女性候補という顔ぶれで、明らかに泡沫という勘違い系はいない。

とにかくも大勢が立候補する街は将来が明るいと思う。相模原も前舘盛市長が勇退された後の選挙は8名が立候補した。首長志願者が今後もどんどん増えてほしい。

さて町田市長選挙の予想は、多くの評判を聞く限り、民主系候補と自民系候補の一騎打ちの様相とのこと。市長選挙も2大政党の時代になっている。そしてこれは悪いことではない。選択肢たる候補者を常に用意する責任が政党に生じるからだ。

一方現在の政党は基本的に国政政党なので、市長選挙でも国会などの動向が左右してしまう点もある。これは本筋ではないので、今後は地域ごとにローカルパーティ形式にすることも考えるべきだ。町田を例に挙げれば、「町田民主党」とか「町田自民党」だ。

町田市は境のほとんどを神奈川県と接している。相模原市、横浜市、川崎市、大和市、城山町だ。同じ東京都では多摩市と八王子市とのみだ。町田の行く末は神奈川にも大きな影響を及ぼす。

6名の候補者の顔ぶれは以上の通りなので、私が応援しているのはどの人だか一目瞭然だろうが、公職選挙法の規定で名前は書けない。早くこの意味のない規定を国会は改正して欲しい。

2000年に青年会議所で提言書づくりを担当した際、町田市との連携の必要性を書いた。その後しばらく「町田・相模原政令指定都市を目指す会」をつくり両JCで勉強会などをした。

現在の津久井との合併が終われば、また町田市と色々な研究をしてみたい。今回何度となく町田に応援に入っているのも、その布石とご理解頂ければありがいたい。


2006年02月19日(日) 城山町長解職決定

何度か城山町長の解職請求について意見を書いた。本日投票が行われ、先程結果が出た。この話に詳しい方から速報をもらい「解職決定」とのこと。

この日記は相模原市近隣以外の方も見て頂いているので、少し経過を書きたい。

相模原市と津久井4町(城山町・津久井町・相模湖町・藤野町)との合併は数年前に4町長が相模原市長に対して、「合併を検討してほしい」と話たことから始まっている。水面下では色々あったようだが、相模原市の公式見解はこうだ。

この時点で城山町長だった方は、今の町長とは違う。その後城山町長選挙が行われ、現在の小林町長になった。選挙で小林さんが選ばれた理由については、ひとつは十分な議論を経ていない合併請求に異論があったこともあるが、一方でその時点での町ぐるみの汚職スキャンダルが大きく響いたのが実態だ。

小林さんの町長選挙での公約も、「合併反対」ではなく、「合併には住民投票を」だった。民意が合併にあることは、合併反対の小林さん自身も理解していたのだ。現にどのアンケートなどを見ても、城山町民は合併賛成の人の方が多い。城山・相模原だけで合併したいという意見すら散見された。

小林さんは町長になった後、公約である住民投票を実施しなかった。この理由を客観的に見れば、小林さんはやはり合併には反対で、かつ町民の多くが合併を望んでいることから、仮に住民投票をすれば“民意”によって合併に追い込まれるという小林町長の深謀遠慮があったのだ。

今回解職請求した側もそう言っている。一応小林町長側の見解も紹介すると、合併ありきではなく、町単独での経営ビジョンを示してから住民投票しないと、公平ではないとも言う。

さて町長解職請求とは非常に手間がかかる。まず町民(20歳以上の有権者に限定される)の三分の一以上の署名が必要だ。その上で今日行われた「解職請求選挙」をし、結果過半数の賛成で解職される。

今日解職された理由はたった一つ、合併に賛成の町民が多かったということだ。ここに至っては町内の対立を子かめるよりも、どう効果のある合併になるかに議論を移した方がいい。

さて話は戻るが、住民投票をしないことが解職請求の理由になったとの判断で、小林町長は解職請求の署名集めと時期を同じくし、「合併の是非を問う住民投票」を行う決断をした。これが来週投票になる。しかし時すでに遅し、今日町長は解職になった。

それでも来週には住民投票が行われる。投票率が50%を割らない限り、つまり投票が有効になる限りは、恐らく合併に賛成の結果が出るのだろう。

さて町長が解職された以上、公職選挙法の規定に基づいて50日以内に新しい町長を決める町長選挙も実施される。その時点では合併についての町民の意思は出ているわけだから、争点は当然別のテーマになる。

合併で解職された町長の選挙が、合併を争点にしないことになる。わかり難いことだ。そしてこういう一連の経過もすべて税金を使って行われたいることから、経費の無駄使いという指摘も少なくない。

しかしながら何度も書いていることだが、相模原市にはいまだ合併するんだという実感が希薄だ。これだけ熱く議論をしているのは、皆吸収される側だという現実も忘れてはならない。

今日「相模原市・津久井町・相模湖町合併記念式典」の案内が来ていた。3月20日に市民会館大ホールで行われる。合併協議会の分科会に公募で参加していたから頂いたようだ。

日本の地方自治は、過去よりも将来においてその骨格が造られることを考えると、今回城山町がした経験は新しい相模原市の財産になるはずだ。





2006年02月18日(土) 町田でも人と会う

ご支援いただいている皆さんの宴会があった。相模原にお住まいの方ばかりだが、縁あり町田市木曽町にあるレストランで行われた。

宴会中店内をふと見渡すと、カウンターにお顔を知ったいる方がいる。衆議院選挙の際にお見かけしている。先方も私に気づきご挨拶のみさせて頂いた。

こういう偶然は貴重な機会だが、一方で因果な仕事柄とも思う。幸い‘プライベート’という感覚自体がないので、私は気にもしないが、ローカル政治家でもこうなのだから、テレビに出ている芸能人などはさぞかしと同情もする。

またどこでも注目を集めることが好きでないと、選挙などには出られないのかもしれない。人前に出ることがそんなに好きでない(本当)性格は、改善すべきことかもしれない。

この仕事を一生と考えるならば。そしてプロで生きていくためには。


2006年02月17日(金) 市議会の傍聴

市議会本会議を傍聴した。民主クラブを代表しての長友克洋議員の総括質疑だ。答弁は療養中の市長に代わり、大部分を助役が務めていた。

予算や多くの条例が提案される3月議会なので、間近に迫った合併も含めて重要な課題についてのやり取りがあった。

特に旧町の精算金についての質疑では、答弁から市としても不満があることが滲み出ていた。津久井町と相模湖町の抱えている負債を背負うのは覚悟しての合併だが、一方で旧町の過去の行政改革が不十分だった点も事実だ。

さて日本の議会は大概が「通告」制度を採っており、事前に答弁書が出来上がっている。答弁者はそれを読むのだ。特に相模原の「通告」は詳細について行われ、「通告」外の話をすること自体否定する議員も少なくない。

しかしテレビで見る総理大臣はどうだろうか。予算委員会などでは原稿なしで質問者と真剣勝負をしている。市議会や県議会で出来ないはずはない。そろそろ「通告」制度を見直すべきだ。

そうすれば今日もほとんど居なかった、一般傍聴者の数も増えると思う。






2006年02月16日(木) 新しい憲法について仝饗

憲法改正の議論が行われている。積極的に参加していきたい。「護憲」か「改憲」かと問われれば、私は「改憲」論者だ。

自ら理想の社会を求めている政治家が、その規範である憲法を自ら作り出そうと考えるのは自然なことだ。また政治家であるならば、それぞれの中に新しい憲法草案がなくてはならない。

残念ながら新しい憲法について、全ての部分で考え方がまとまっているわけではない。しかしながら最近段々と、自分のなかでカタチになりつつある。

それを今後数回にわたり発表していきたい。条文としてまとまっているものもあれば、そうでないものもある。いまだ経過と捉えていただければ幸いだ。

新しい日本国憲法の基本をどこに置くか。現在は「平和主義」「主権在民」「基本的人権の尊重」の3つだと言われている。これらを単に継続することはすべきではない

〔てらさき雄介の新しい憲法〕

○原則
 1、民主主義の実現
 2、世界平和の実現
 3、環境共生社会の実現
 4、地域主権国家の実現

以上だ。4つという数字は縁起が悪いかもしれないが、結果そうなった。今後この原則に基づき、詳細についても考え方を列挙していきたい。


2006年02月15日(水) 情報伝達の難しさ

政治の世界に限らず情報化社会では、様々な情報や噂が飛び交う。それも人から聞いた話をまた人に伝えるのだ。人に伝えるときは誰でも最もらしく言うので、大概は真実味を帯びながら伝達される

しかし情報というものは伝わる間に、1人でも誰か挟んだだけで違ったニュアンスになる。そして2人挟んでしまった時には、全く違う話になっていたりする。

難しいものだ。情報を伝える人間が善意か悪意かに関わらず、曲解して行ってしまうのだ。

では全ての噂や情報が誤りかというと、実は人の噂とは意外と当たっていたりする。また人様との会話なくして人間関係も培えないので、信じる心も必要だ。

そんな中心がけていることは、安易なことを人に伝えないことだ。逆に腹黒いとか、何を考えているかわからないとも言われる時もあるが、ペラペラしゃべるよりはいいと思う。

政治家の中には情報操作を武器にする方もいる。それ全てを否定はしないが、少なくとも悪意のある伝え方は遠慮してもらいたい。


2006年02月14日(火) リコール投票の仕方

城山町である方と話をしていたら、現在行なわれている町長のリコールが話題になった。公職選挙法に準ずる扱いを受けるようで、買収や戸別訪問禁止なども適用されるらしい。

相模原と城山の30分くらいの往復にも、数回関連の街宣車とすれ違う。こちらは通常の選挙とは異なり、特に台数制限はないとのこと。

投票は○か×の下の空欄に現町長の名前を書き入れる方式らしい。「○小林正明」「×小林正明」といった感じだ。ちなにみリコールに賛成の町民が○なので、信任したい方は×の方になる。解りにくいかもしれない。

またどちらにしろ、皆んな町長の名前を書く点も驚きだ。町長の名前の上に○か×を書くほうが簡易と思うが、法律の規定なので如何ともし難いらしい。

さてこのリコール投票が今度の日曜日19日、そして翌週26日には同じ城山町で合併の是非を問う住民投票が行なわれる。こちらの方は投票率が50%を下回ると無効になり、開票自体行なわないとのこと。

城山町は合併賛成の町民が多いことで知られているが、賛成派からはこの50%を越えられるかが‘山’との声も聞かれる。

さて相模原市の合併もいよいよ来月になった。しかしながら行政や議会関係者以外で、余りその話をする人は巷にはいない。本当に静かだ。市役所の「新市云々」の横断幕が寂しく見える。

その点城山をはじめとする各町は、多くの苦労をしながら議論してきた経過がある。1市4町による新市が出来た後、このことが差となって現れてくる気がする。




2006年02月13日(月) 花粉症最初の日

市議時代に地方視察へ行ったとき、初めて花粉症の症状が出た。東北地方の某市だった。

それ以降年々ひどくなり続けたが、昨年はそうでもなかった。免疫がついたのだろうか。

そして今日、今年初の症状が出た。朝から鼻がムズムズし、目も少し変だ。今シーズンの行く末を考えると気が重い。

何故こんなことになったのだろうか。人によっては贅沢病の一部とも言い、一方地球環境の悪化が原因とも言われる。

少なくとも人間が生きていることと、周辺の自然環境がミスマッチを起こしていることは確かだ。

体質‘改善’は気の長い話だ。何か抜本対策がないかと思ってしまう。安易かもしれないが。


2006年02月12日(日) 県会議員の定数改定

県議会2月定例会で、県議選の定数改定が行なわれるらしい。神奈川新聞の記事で知った。

各選挙区の定数を人口比例で改定することは、県議会では四年に一度必ず行なっている。しかし通常は県議選が実施されるギリギリに行なわれるので、本来ならばいまだその時期ではない。

しかし3月20日に相模原市と津久井郡の一部が合併すれば、そこについての決め事をしておかなければならず、併せて他の選挙区も改定してしまうらしい。事後に送るよりも責任ある対応と言える。

さて有力な案は4増4減らしい。人口の増えた選挙区4つについて定数を1ずつ増やし、人口の減った地域4つを1ずつ減らすというもの。相模原市は相変わらず人口が増加しているが、相対的には議員定数を減らすことになるそうだ。

加えて来月の市町合併によって、既存の津久井選挙区(定数1)と合区するかも決めなくてはならない。

幾人かの県議に話を聞いたところ、相模原市選挙区(定数8)と津久井郡選挙区(定数1)を合区し、そこから定数を1減らし、結果相模原・津久井選挙区で定数8というのが落とし所らしい。

津久井選出の県議が有力者であることを考えると、実質定数が1減と言える厳しい内容だ。私にとっても重大な問題である。

しかしながら、こればっかりは人口比例なので致し方ないし、市町が合併しといて別選挙区というのも論理矛盾だ。決まった枠内で堂々と選挙戦を行なうしかない。




2006年02月11日(土) 選挙でのハマスの勝利

パレスチナ自治政府で選挙が行なわれた。結果ハマスが第一党になった。アメリカはじめ欧米の一部は反発を強め、経済的支援の打ち切りまで取り沙汰されている。

しかしながら今回の結果は「選挙」によるものだ。ここをしっかりを踏まえなければならない。国際社会で“民主化”プロセスと呼ぶのは、この「選挙」をすることであって、その結果について介入することはあってはならない。

ハマスが勝利した理由について評論家などの意見を総合すると、PLOの長期政権に人々が飽きたということらしい。選挙とは複数の要素によって結果が導き出される。今回のことも短絡的に捉えずに、しばらくはハマス政権の様子見をする必要があろう。

スピルバーグの新作に「ミュンヘン」がある。暗く悲しい物語だ。最後に報復の連鎖を、主人公が否定したことが救いだ。「シンドラーのリスト」でスピルバーグは自らユダヤ人であることが、この作品を創らせたと言っていた。日本にはユダヤ系が少ないため解りにくい感覚でもある。

パレスチナは日本人からは遠く感じられる。22歳のときエルサレムに行ったとき、どの人がユダヤ人でどの人がアラブ人かの区別はできなかった。この聖地でさえ、線や壁で双方が仕切られているわけではない。

現在世界平和を阻害している主要因のひとつが、このイスラエルとパレスチナの紛争だ。ここを収めることは世界に良い影響を及ぼす。国連常任理事国はこの地でも代理戦争を展開するが、日本は幸いイスラエル建国に携わっていない。大きなチャンスがここにある。

小泉総理はハマス勝利の選挙結果について、相変わらずの対米追従コメントを出した。日本政府はかつて東京会議などを主催し、独自の立場で中東和平に貢献してきたことを忘れないで欲しい。




2006年02月10日(金) 中田市長の再選出馬と議会

中田宏横浜市長が3月末の市長選挙に、再選を目指して挑戦することを表明した。規定のことなので当然との受け止め方が大勢だったが、むしろ表明に至る経過と手法が注目されていた。

全国の多くの市長は市議会で議員の質問に答えるというカタチで、再出馬表明をすることが多い。相模原市長も過去2回そうしてきた。

ただし中田市長は前回の市長選挙で、現職の全党相乗り市長に対抗し立候補した経緯がある。故に当選したという見方もある。故に表明の際は、別の手法を採るのではと期待もしていた

このことは市政の優劣を測る指標にはならないが、市長と議会・政党の関係を点検する上では大きな要素だ。

中田市長は議会との円満な関係を志向しているのだ。市長として行政運営を進める時、「車の両輪」という意味ではその方が良いのも理解はできる。

しかしながら地方議会のオール与党体制がもたらしてきた弊害は大きい。中田市長もそれを打ち破ったところに前回選挙での勝利と、その後の各種改革があったのだ。

さて当時は反目だった議員の多くが、現在中田支持を打ち出していることは、この世界では珍しいことではない。その逞しさ面の皮の厚さは、皮肉でなくさすがとも言える。

いまだに知事と議会の抗争が収まらない県議会と比較して、横浜の方が“大人だ”と言う人も少なくない。

しかしながら知事と議会は「車の両輪」であると同時に「相互監視機関」である。二元代表制の価値はここにある。特に議会は常に野党的な目で、執行機関である行政を見つめなければならない。

今回のことは筋からすれば、市長たる中田氏に言うべきことでない。あり方として不正常でもないし、間違っているとも言えない。

しかし些か拍子抜けしたのも事実だ。中田氏は過去日本に例がないニュースタイルなので、今後この先に私の想像していない姿が待っていると期待するしかない。


2006年02月09日(木) 横浜事件が免訴

横浜事件の再審が免訴となった。当然原告は控訴するらしい。拍子抜けの判決だ。

裁判所の出した結論には、一部理解できる点もある。治安維持法の廃止は明確な免訴理由になる。しかしでは再審決定は何の意味があったのか。裁判所や管轄の違いだけでなく、司法全体としての判断としては疑問が残る。

また免訴理由のなかの‘言い訳’もよくわからない。「免訴自体が被告の名誉回復の妨げとはならない」という趣旨だ。確かに別の手段で名誉回復は可能だが、それでは根本的解決にならないからこそ再審請求をしたわけだ。

更には被告に対する当時の裁判が不当であったことは、この‘言い訳’からも滲み出ている。ならば無罪をと思うところだが、やはり裁判において先例を越えることは容易ではない。

検察官の姿勢も残念だ。何も免訴を主張し、当時の特高の方を持つ必要はない。戦後の警察(検察)機構は対国内には、既に別の概念による別組織なのだから、黙って見てもよかったのではないか。ここにも如何わしさを感じた。

この裁判に関心があったのは、言論の自由を保障することを、国が時代を越えてどう考えているかだ。結果そこまでの考慮はされなかったが、控訴審についても注視していきたい。


2006年02月08日(水) 施政方針の代‘読'?は変

相模原市議会3月定例会が始まった。今日が初日で予算・条例の提案と、市長の1年間の施政方針‘演説'が行なわれる。

市長には1年間365日多くの仕事があるが、特に重要なのがこの施政方針‘演説'だ。しかし今回市長は助役に代‘読'させた。「口内炎がひどい」との理由からだ。

こんな理由では小学校の欠席も認められない。市長が病気療養中であることは最早周知の事実なのだから、きちんと真実を説明すればいい。議会もよくこれで納得したと思う。

そして明らかに間違いなのが、この代‘読'という表現だ。相模原市議会の場合は、施政方針演説と一字一句変わらない文章が事前に議員にも配布されるため、それを代わって助役に読ませたのだ。

しかし文章ならぬ原稿を事前に配布すること自体が変だし、代わりがきくようなものでもない。体調の関係で今日が厳しいならば、後日に送っても本人が行なうべきだ。そもそも施政方針‘演説'であったものを、いつの間にか‘読み物'にしてしまっている。

政治家の演説で重要なのは文言だけでない。迫力や意気込みや人間性も伝わってくるものだ。またそうでなくては人間同士集まって会議をしている意味がない。パソコンを用いたペーパレスで済んでしまう。

原稿を持つことを否定はしない。私も市議会ではNo原稿で頑張ろうと思ったが、必要とした時も多々あった。

県議会でも原稿は持つだろう。しかし‘演説'であることを忘れないようにしたい。



2006年02月07日(火) 皇室典範改正について

紀子妃の妊娠に関連して、皇室典範改正が延期になる形勢だ。この問題は非常に難しく、私自身発信するに足る見解を持ち合わせていない。

天皇について語ることは、日本の統治機構に直結するだけでなく、日本という国の長きにわたる歴史を考えさせられる。また近代政治の要素とは違った次元の思考も必要になるし、理屈のみでは結論を導きにくいとも思う。

女性・女系天皇を認める議論についても、男女平等を理由として用いることは適当でない。何故なら天皇制自体が、そもそも民主主義とは相容れない要素を多分に含んでいるからだ。

さて今国会での皇室典範改正に積極的だった政府が、ここで一端延期する気配を見せていることには驚いた。

今後長くにわたる皇室のあり方を議論していたはずが、生命誕生という慶事なれどひとつの偶然で動揺している。この程度の話であるならば、やはり少し時間をかけて皇室典範は考えていくべきだろう。

幸い憲法改正が政治スケジュールに乗るわけだから、そこにあわせて天皇制とは何かを含め、根本的議論をしていくことが望ましい。


2006年02月06日(月) 海外視察の報告の仕方

神奈川県議会は議会(議長)の許可を経ることを条件に、年間100万円までの海外視察が認められている。

財政難から数年前まで凍結していたものが近年解除されそれ以来多くの県議が実施しているそうだ。

視察自体は否定しないし、その対象が海外になる場合もあると思う。当たり前のことだが、大切なのはその中身だ。

視察対象が調査に値するものか、そしてより重要なのは視察したことが具体的に県政に活かされているかだ。

さて議長の許可についてだ。会派単位で申請が上がってきたものを、「これは必要ない」などと中立の議長が言えるはずもない。視察の評価については最終的に主権者の判断を求めるしかない。そのためには情報公開が必要だ。

その見本になるのが、「都議会民主党」の海外調査報告だ。元々しっかりしたHPだが、このコーナーは良いと思う。

数年前に同じこのページに、ラスベガスを視察した議員の報告が載っていた。石原都知事のカジノ構想云々とも書いてあった。全て情報公開していると逆にやましさも感じない。

また公費(税金)で行くのだから、納税者に直接報告する責任もあるし、それくらい堂々と出来る視察でないといけないとも思う。

政務調査費をはじめ議員が提出する報告書は、以外に簡略化されたものが多い。政治資金収支報告書も5万円以内の支出は、その使途すら書かなくて良いことになっている。

報告書を詳細にしていくことも一考だが、今の時代直接主権者に報告していく方が手っ取り早い。神奈川県議会も出来るならば、議会として視察報告をHPに載せるべきだ。

変なツッコミと入れようという人ばかりではない。純粋にどんな調査がされているか見てみたいと思う。





2006年02月05日(日) 単騎千里と天安門事件

単騎千里を走る」を見た。前評判通り良い映画だ。高倉健あっての映画だが、同時に多くの点で中国映画でもある。中国でも多くの人が見ているとのこと。嬉しいことだ。

映画からは、人間同士の共通の愛情が伝わってくる。中国との関係が微妙な時期だからこそ、出来るだけ多くの皆さんに見て頂きたい。

さて政府同士の摩擦が、相互の人々に及ぼす悪影響は深刻だ。中国で働いている友人などからも、仕事がしにくくなったと話を聞く。

最大の貿易相手国としての経済関係も無視できないが、この映画で見るような人間同士の友好関係が、これによって損なわれていくのが悲しい。

さて政府‘同士’と書いた。今日は中国政府に対する意見を書こう。中華人民共和国の政府は中国共産党の指揮下にある。地方政府でさえも、上層部は共産党員によって占められる。

統治能力においては他国共産党と比べれば郡を抜いているが、所詮は民主主義以外の価値観によってなる政党だ。その基本姿勢も指針も、彼らの言うところの人民の意思を集約して作られたものではない。

そして天安門事件だ。私が高校3年生の時だった。当時衝撃を受けただけでなく、現在に至るまで拭い難い中国共産党に対する不信感を植え付けた。

現在改革開放路線を歩んだとしても、それは国力増強を目指したもので、そこに暮らす人々に焦点をあてたものではない。

またチベットやウイグルなどを軍事力によって統治する帝国主義的やり方は、甚だ時代錯誤であり世界平和を阻害する要因となっている。そういう意味ではアメリカとよく似ている。

さてだから日本がどうするかだ。「内政干渉」という言葉は、中国やアメリカのような大国が小国に横槍を入れることを戒めるには有効だが、すべてにおいて自国内なら何をしてもいいとはならない。

現に南アフリカのアパルトヘイトは国際社会の圧力で廃止できた。また議論は分かてれるが、現在イランの核問題が国連安保理扱いになった件も同様かもしれない。

「単騎千里を走る」に出てくる刑務所長のような愛すべき人材もいるのだろうが、多くの人権侵害が中国内でおきている実態もある。これらについては日本もしっかりと発言していくべきだ。

さて今日は中国に対することだけを書いた。政府‘同士’のもう片方は、他ならぬ日本政府だ。これについては次回以降に譲ろう。

政治に携わっている一人として、日中友好に対する責任を改めて認識した。そして日本人の一人として、政府‘同士’がどうであれ、人間同士の友好関係をつくっていくべきと思った。




2006年02月04日(土) 若林町田市議決起大会

若林章喜町田市議の総決起大会に参加した。場所は町田市忠生の農協会館だ。来賓の有村文科政務官をはじめ、地域の皆様で会場は一杯だった。

相模原・町田若手議員勉強会を数年来行なってきた友人でもあり、前回の県議選でも街宣車に乗ってもらったりもした。そのお返しもあるので、期間中もまた支援に行きたい。

現職政務官が来ていたことでもわかる通り、若林議員は今回の市議選で自民党の推薦を受けている。しかしあくまで推薦なので無所属の扱いだ。

町田市は相模原市と違い、市議選も政党選挙の色合いが強い。どの党派色もない候補者は約50名のなか2名しかいない。無所属であっても民主か自民の推薦を受けている。

さてこのことは地方自治にとって良いことなのだろうか。市政が民主・自民を始めとする国政政党の枠組みで行なわれることが、市民の利益と直結するのだろうか。

これはあくまで‘バランス'が大切と考える。国会のように与野党の対立が過ぎれば、地域独自の論点が失われるし、逆に党派職が全くなければ市民から解りにくくなってしまう。

例えば民主党でも、現在は地域にあるのはその支部だ。しかしあるべき姿としては、個々が独立した地域政党であるべきだ。例えば「神奈川民主党」とか「相模原民主党」とか、それぞれの地域の実情と課題を捉えた組織が望ましい。

現に民主党の都議会議員を見てみると、「民主党東京」をはっきりと打ち出し、都議選の際にも独自のマニフェストを主権者に提示している。

議論の結果「相模原第一民主党」と「相模原第二民主党」が出来ても不思議ではない。大枠を二大政党に集約するからこそ、多様化した民意を地域レベルで取り入れることが大切だ。




2006年02月03日(金) 地域経済新聞の記事

地域新聞の一面に党支部関連の記事が載った。次期衆議院候補者に関連してのものだ。残念ながら党にとって良い書かれ方でない。

建設的に議論しているのだが、周辺から見ると揉めているように思われる。私たちの不徳もあるのだろうが、主権者にも冷静かつ長期的な目で見て頂く必要があると感じる。

もちろん地域紙と言えど言論機関なので、表現の自由は最大限担保されなければならない。記者が関係者から取材する努力もプロ根性として理解も出来る。

ただ記事の余りにも細かい内容の描写を見ると、一般的に情報が伝わったというよりかは、どなたかが内輪の話を暴露したと思われる。残念な話だ。

恐らく少人数からしか取材をしていないのだろう。記事の内容も大筋では外れてはいないが、明らかに事実とは違っている点もある。

さてどんなテーマでも、考え方が人によって違うのは当然だ。大切なのは政治家としてそれぞれが自分に恥じない行動をしているかだ。

私自身は、表現や行動に拙稚な点があったと反省もしているが、基本的に間違ったことはしていない。そう思えることが幸せだとも思う。一度崩れたら政治家は終わりだからだ。何人もそういう人を見てきた。




2006年02月02日(木) 党県連新春のつどい

横浜で‘党県連新春のつどい’があった。会場一杯の数百人の参加で盛会だった。支援者の方と一緒に車で向かった。

来賓では中田宏横浜市長がお出でになった。毎年思うのだがこの人の挨拶は凄い。内容は大して変わったことを言っているのではないが、騒がしい会場が静まり話を聞く雰囲気になる。

さて民主党県連は大勢いた国会議員が前回総選挙で落選し、衆議院議員は岩國氏と笠氏のみとなった。最後に国会議員及び役員が壇上に上がったが、やはり寂しくなったと実感する。

昨今協議している14区の次期衆議院候補者選びもあるので、内容を知っている方からはその件でも声をかけられた。断言するが決して揉めているわけではない。建設的に話し合いをしているのだ。

上の中田市長挨拶の中でも「議論のないところに良いアイデアはない」と横浜市政の改革について述べていた。身に染みる。明大雄弁部の精神“和而不同”を思い起こす。

今日は受付で胸につけるバッチをもらった【県議会候補予定者寺崎雄介】と書かれたものだ。昨年の公認決定を受けて、そのような扱いをしてもらった。ありがたいと思う。

民主党と自民党の違いは政策以外にもある。民主党は私のような3バン(地盤・看板・かばん)のない者にチャンスをくれた。自民党なら差し詰め2世か地域の名士優先になるところだ。

再挑戦の機会を与えてくれた党にも感謝し、今年一年大切な年を頑張りたいと思う。



2006年02月01日(水) 中学受験の告白

22年前の今日、東海大相模を受験した。今思えば小田急相模原の校舎でだ。しかし結果母校である明大中野八王子に進学した。

小学校時代進学塾には行ってなかったが、定期的に検定試験は受けた。日能研などだ。東海大相模は「もう少しで合格水準です」明八は「考え直しましょう」だった。子ども相手にキツイ表現だ。

従ってすっかり東海大相模に行くつもりだった。私も親もだ。明治の方が第一志望だったのは、明治大学という学校に好感を持っていたからだ。理由は名前とテレビ番組「ザ・ガマン」だ(すいません)。

元々私立中学に行こうとした理由自体が、運動(バスケ)を思いっきりやりたいこと。そしてそれでも大学に行きたいことだった。それで付属校志望になった。

かつて秘書時代に働いていた“狛江・調布・府中・稲城”は第二の故郷だと思っている。同じように東海大相模というと第二の母校という感覚だ。

2月26日投票の町田市議選で4期目の挑戦をする友井和彦氏は、この東海大相模の出身だ。今日の話のこじ付けではないが、友人なのでご支援をお願いしたい。






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