てらさき雄介の日記
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2006年01月31日(火) 相模補給廠一部返還に驚く

相模補給廠の一部が返還されることになった。在日米軍強化の代替策として、日米両政府が合意したとのこと。昨日のデモもそうだが、大騒ぎをしたことが功を奏したのだろう。

返還部分は‘野積み場’と呼ばれる基地西側部分で、かねてから相模原市と日本政府の間で話題にしていた場所だ。

かつて返還の見通しがないまま基地返還跡地計画を市が作製する際に、「いつ何時返ってきてもいいように」と理由付けをしていた。この考えを私も支持し市議会でも発言したことがある。

こんなに突然長年の懸案がかなうとは思わなかった。率直に言って驚いた。座間キャンプも一部返還になるので、自治体が意思表明をしていくことを政府も軽視できなくなっている。

さてここからが相模原市の腕の見せ所だ。返ってきた部分が有効利用できないようでは、今後の返還交渉にも影響してしまう。既存の跡地計画を参考にしながらも、改めて市民の意見聴衆をすべきだろう。

併せて自衛隊の駐屯もなくなったらしい。これについては別の見解もあるが、自治体の意向が安全保障に影響した点は共通だ。

そして今後より民主的なボトムアップの合意形成をしていくことが、ひいては政府に対する信頼感を増し、かつ国防に関する国民の理解を得ることにも繋がるだろう。


2006年01月30日(月) 自治連のデモ

相模原市自治会連合会が主催し、米軍基地に関連してデモを行なった。私は所用で参加できなかったが、主催者発表で1200名を超える人が集まったそうだ。

自治連というと、どうしても行政と仲が良い保守的なイメージがつきまとう。単位自治会を見ると決してそんなことはないが、上に行くほどそうなっていくのは世の常か。

そんな皆さんにとって、シュプレヒコールをしながらのデモは新鮮だったろう。この手法にどれくらいの成果があるかは分からない。ただ市民としては何らかの手段でアピールするしかない。

今日の神奈川新聞トップには、座間基地が一部返還になるとの報もある。自治体の発言が、安全保障に対しても大きく影響を持つようになっている。

ただし日米安保と米軍基地は表裏一体だ。双方を使い分ける地域エゴは、社会的にも倫理的にも通用しない。憲法改正議論に併せて、日本の安全保障についても再考すべきだ。





2006年01月29日(日) マンション管理組合理事会にて

住んでいるマンションの管理組合で理事長をしている。居住者で色々な役割を持ち回りしており、たまたま今年は理事長ということだ。

さて地元公民館の会議室で理事会を開催し、いくつかの議題について話合った。その中でプロパンガスの値上げについて、ガス営業所の所長さんがわざわざ説明に来た。

値上がり幅は1立方メートルあたり20円だ。ガスを使う量にもよるが、だいたい月に200円から300円くらい上がる計算だろうか。

この件では幾つか質問と意見が出て、最終的には少し時間をおいて取りまとめることになった。結果値上げを認めなければ、別の会社か都市ガスになるということだ。

さて値上げはこの会社の都合ではなく、世界的な原油の値上がりによるものだ。はっきり言えばいたし方ない。しかし昨今の経済状況から、皆さんから意見が否定的な出るのもまた当然だ。

行政は値上げを簡単にする。税金や公共料金だ。一割二割も一気に上がることも珍しくない。これは役人の責任ではない。お金に関わることは全て議会の議決が必要だ。政治の責任である。

政策に優先順位を付けたとき、もちろん中には値上げの対象になるものもある。しかし前提として納税者に理解してもらうように、誠心誠意説明をする必要がある。

今日やって来たガス営業所の所長さんのようにだ。




2006年01月28日(土) 初めて見る血統書

実家が犬を飼った。数ヶ月前のことだ。我が家系に似合わず、血統書付きの柴犬とのこと。

そして初めて血統書なるものを見た。両親、祖父母、曽祖父、さらにその両親まで書いてある。私も曽祖父までしか顔と名前は知らないから(それも写真で)お犬様も大したものだ。

生まれは郡山で犬号(?)は「白竜号」という。真っ白な毛並みから付けたのだろう。ちなみに我が実家では「レオ」という名前を付けているが、これも真っ白でライオン似だったからだ。名前に含蓄があろうがなかろうが、動物の命名とはこんなものだ。

さて血統書をつくっている団体だが、社団法人日本犬保存会という。所在地は母校明治のある神田駿河台だ。

品評会のような大会に出ると血統書云々が始まるらしいが、その他の分野で役に立つとは思えない。つまりは我が実家では血統書は不要だ。

人間であろうとなかろうと、ご先祖様からの脈々とした家系は尊重すべき伝統だ。しかし血統書という響きには、その優劣をつける意味も込められている。好きな言葉ではない。

まあ犬に責任のある話ではない。お座りなどをたどたどしくしている姿はかわいいものだ。実家に寄る楽しみが一つ出来た気がする。


2006年01月27日(金) 戸別訪問は選挙違反

公職選挙法では戸別訪問は禁止されている。しかし実態として最大の選挙運動は戸別訪問だ。戸別訪問をしないで当選した議員は皆無だ。

選挙での数少ないマニュアルと言われる田中角栄の言葉も、「戸別訪問3万件、辻説法5万回」(衆議院選挙について)だ。

候補者になるといかに`合法的’に戸別訪問するかを考える。政治活動としては禁止されていないので、「これは政治活動だ」と言ってみたり、あるいは「知り合いの家にたまたま寄っただけ」と言ってみたり、その言い訳は様々だ。

何故禁止になったのかは諸説あるが、戸別訪問を禁止している選挙法は日本のみとも聞く。創価学会や共産党の人海戦術を邪魔するために、当時の政府が禁止したのというのが定説だ。

このような規定を温存し続けていることこそ、政治の責任放棄だ。不作為の瑕疵とでも言うのだろうか。

選挙に関わらず、政治が制度の改正を図らなければならない点は多々ある。自分たちに関係するルールすら先送りなのだから、他については先が思いやられる。

インターネットによる運動を解禁するなど、与野党で選挙法改正についての合意形成をしている最中だ。ならば多くの点について併せて検討してほしい。

国会議員がする改正なので、例によって自分たちのこと中心になるのだろう。しかし主権者に身近な地方の政治を変えることが、政治全体を良くすることに繋がる。地方レベルの選挙についても遡上に載せるべきだ。

最もこれは国会議員に期待することでなく、地方議員自らが発言し国に対して訴えることだが。








2006年01月26日(木) ポスト小泉、安倍氏はダメ

テレビで予算委員会の質疑を見た。ヒューザーに関連して民主党議員が安部官房長官に質問していた。

この種の追求は正直好きではないし、この民主党議員も出来れば政策で名を売って欲しいと思う。

しかしながら安部氏の答弁は情けない。ポスト小泉と呼ばれているとは思えない。同じく答弁している小泉総理は数段も上手だ。

国家元首たるもの(私は総理が元首と思う)貫禄が大切だ。安部氏は次期は厳しいと思う。このテレビだけでなく色々な発言が軽く、かつ的を得てないと思う。

テレビ中継はいい。ダイレクトに政治家の発言と表情が入ってくる。政治の結果たる政策の成果は別にして、経過についてはこの中継を完全にすることで足りるのかもしれない。

いつかも書いたが地方議会でも、出来るだけ中継をして欲しい。紙面などではわからない多くのことが伝わる。

秋には次期総理大臣を決める自民党総裁選挙が行われる。主権者の反応を軽視できない雰囲気をつくったのは、小泉総理の功績と率直に評価する。

民主党も正念場だ。的確な指摘と意見表明をし続けることが大切だ。繰り返すがスキャンダル合戦は良くない。それは特別委員会でもつくって脇でやって欲しい。

もっと大切な議論があるはずだ。


2006年01月25日(水) 城山町長リコールについて

相模原市との合併に関連して、城山町長のリコール請求がされた。

有権者数の三分の一による署名が法律の規定だが、リコール推進派(合併推進派)は実に有権者総数の47%の署名を集めている。

元々城山町は相模原市と隣接しているため、合併に賛成する町民が多い。結果としてこの町が最後まで残ってしまったことは、ある意味政治の段取りの悪さとも言える。

その翌週には引き続き合併の住民投票が行われる。重ねて同趣旨の投票を行なうことが経費の無駄との意見もあるが、民主主義のあり方として間違ってはいまい。

少なくとも地方自治体の存亡がかかっているわけだから、これ位議論が深まるのが正常とも言える。

藤野町は既に来年3月11日の合併を決めているが、住民投票の結果を無視して町長が強行したため、いまだに議論がわかれている。

さて相模原市の側だ。他町からの相模原市に対する思いを、果たして真剣に理解しているのだろうか。全体的に見て、関心が薄いだけでなく、合併すること自体を知らない市民も未だに散見される。

今回の合併の反省点は、ひとつは上でも述べた段取りの悪さ。そして合併を機会として、市民の地方自治に対する関心を集められなかったことだろう。

市長の今後に関連して合併「花道」論が出ている。市議会議員でもこれを言う人が多い。しかし合併で大切なのは調印することではなく、合併後当初のビジョンに向けて予定通り進んでいくかだ。

また実質市長不在の状態のなかで、一体誰が残された藤野町・城山町との協議をしているのか不安に思う。役所では出来ない政治的協議も多いはずだ。

もしそれで何とかなってしまうなら、市長という存在は自治にとって一体何なのだろうか。

現在の相模原市の状態は学者などから見れば、ひとつの研究事例とされるかもしれない。しかし市民としてはたまったものではない。一体不幸は誰か。


2006年01月24日(火) JC賀詞交換会

所属する(社)相模原青年会議所の新年賀詞交換会があった。

開会前の役割は駐車場整理である。皆さんが目の前を通って会場に行かれるので、かえってご挨拶が出来てよい。開会後はお客様の接待だ。

全て終了した後の懇親会にも久しぶりに参加したが、昨年の会員増強もあり人数がとても多くなったと感じる。

今年は新入会員の勧誘が担当なので、今日始めて来た方とも多く話しをした。一時期雰囲気が良くないときもあったが、和気藹々青年団体らしい楽しい時と過ごせた。

元々20歳〜40歳までしか会員になれない団体だ。入会後既に8年が経過しているが若年寄にはなりたくない。新しく入った皆さんとゼロからJC活動を楽しみたい。

さて毎年市長と市議会議長が来賓でいらっしゃる。しかし市長は病気療養のため助役が代理、市議会議長は何故か欠席。卒業された先輩に聞くと、JC始まって以来のことらしい。寂しい限りだ。

また姉妹JCである韓国釜山海雲台JCの皆さんに来て頂いたこともあり、国歌斉唱を韓国国歌についても行なった。良いことだ。隣国なのに正直初めて聞いた曲だった。日韓友好を言う割りに、まだまだ理解が足りないと反省。

今日一番印象に残ったのは、鈴木理事長の所信で「国際友好」が入っていたことだ。余り例がない。しかも相手はアジア、特に韓国と中国だ。政府が足を引っ張っている分、私たち民間外交で頑張らなくてはいけない。

ちなみに次期選挙で県議会に議席を得た折は、JCでもいくつかやりたいことが残っている。その夢も膨らんだ一日だった。


2006年01月23日(月) この「日記」も丸2年

今日でこの日記も丸2年になった。毎日数十人の方にご覧頂いていることに感謝し、今後も頑張って続けていくことを誓う。

さて日記を書いている理由は、日々私が行動しながら何を考えているか、広く皆様にお伝えしたいということだ。それを通じて政治家寺崎雄介の物事の考え方を理解して頂きたいと思っている。

時々まとめて論文などを発表するよりも、毎日少しずつ記載した方が、このためには良いとの判断だ。

次に自分自身のことだ。考え方と言っても、全てにおいてまとまっている訳ではない。しかしながら実際は多くの場所で、例え成熟していなくても考え方を述べるのが政治家としての責任でもある。この日記で文章をつくることによって、自分の中で考え方がまとまっていく。

更には毎日に節目を入れて生活していくことが、浪人中は特に大切だと思う。日々に追われながらも、この日記を書く時間だけは一日を振り返り、明日に向けての思いを馳せることができる。この点でも大きな意味がある。

他の政治家も日記を書いている。私は‘考えたこと’をメインにしているが、‘行動’をメインにしている方もいる。様々だ。

インターネットは公権力の監視や情報公開という点では、大きな功績があるだろう。

また金がかからないツールとしても貴重だ。もちろん皆さんに開いて頂くのは私の努力にかかっているわけだが、今後も積極的に活用していきたい。

末筆で恐縮だが、このHPは支援者の方にボランティアで管理頂いている。ありがたい限りだ。


2006年01月22日(日) ヒューザーの証人喚問

情けない証人喚問だった。特に質問する側の国会議員だ。

確かにヒューザー小嶋氏の、あの態度では限界はある。しかしプロしての聞き方があるだろう。少なくとも証言拒否した場合の想定くらいしておくべきだ。

さて小嶋氏は証人喚問に後ろ向きではなかった。しかし豹変し連発した証言拒否。おそらく“何か”あったのだろう。民間人である小島氏は‘ヤクザよりもひどい’といわれる政治の脅しに敵わなかったのかもしれない。

さてお隣の東京23区選出の伊藤公介代議士だ。多くの当選回数の割りにあまり目立たない議員だった。ここにきて電車の中吊りにまで顔を出すようになった。

実はヒューザーと伊藤代議士の付き合いを冷静に見てみると、それほど特別なものではない。企業と政治の関係についてはここでは省略するが、一般的に多く行なわれている付き合いだ。

伊藤代議士の失敗は、国土交通省に小嶋氏を連れて行く前に、この事件の深刻さを理解しておくべきだったことだ。そして当初の段階で経過を明らかにし、主権者に対して謝罪をすべきだった。

疑惑が深まったということで、小嶋氏の再喚問など行なわれるかもしれない。国会には、今度こそしっかり真相究明をしてほしい。特に野党第一党である民主党の責任は大きい。


2006年01月21日(土)

雪だ。致し方なく事務所に籠もりきりだ。少し舞ったことは一度あったが、本降りはこの季節初めてのことだ。

豪雪で大変なことになっている地域と違い、相模原ではいまや稀にしかない「景観」になっている。

雪がたくさん降る地域では、おそらく行政の仕事にも影響があると思う。いやその対策自体が重要な役割なのだろう。

市内でも建設業協会の皆さんが、ボランティアで雪かきをして下さることがある。今日もやって頂いているのだろうか。

だんだん振りが本格的になってきたので、じき帰路につこうと思う。大人はしかめ顔が多いが、子どもはきっと大喜びで遊んでいるのかもしれない。

天気予報と見ると、明日は降らないらしい。今日一日この「景観」を楽しみたい。



2006年01月20日(金) 明治生まれ

ある地区の寿会(老人会)新年会に参加した。最高齢は96歳の方だ。

私こと、父方の祖父母は余り記憶がない。祖母は生まれる前に、祖父も生まれてすぐに亡くなったからだ。

一方母方の祖父母は、母の故郷でもある栃木県鹿沼市で、数年前まで健在だった。祖父は明治39年生まれ、祖母は明治42年生まれだった。

爺ちゃん婆ちゃんと言えば明治生まれというのも、大分昔の話になりつつあるようだ。今日会ったこの96歳のご老人も、計算してみると明治の最終年生まれになる。

さて今日皆さんが持ち寄った宴会料理は美味しかった。特にけんちん汁と切干大根、そして赤飯は絶品だ。

相模原市は昭和30年以降、急激に人口が増加した。両親の世代で相模原で生まれ育ったという方は余りいない。

今日の会だと尚更だ。直接お話した方は全て他の故郷があった。

取り止めもない話になったが、歴史好きな私は人間についてもそれを感じるとき嬉しくなる。

自分が高齢者になった時のイメージは正直ない。仕事を引退する辺りまでで想像は止まっている。もちろんそんな先のことを考える必要もない。

皆んな目を細めて「若いとは素晴らしい」と言ってくれた。素直により頑張ろうと思った。




2006年01月19日(木) ライブドアショック

私も幾つかの点で“ショック”を受けた。

東証が取引停止になるなど考えてもいなかった。証券のことは詳しくないが、日本の金融システムがこんなにも脆いものかと思った。

ライブドアは有名だが、規模からすれば「大」企業ではない。それでこの有様だ。他の企業だったら・・・、推して知るべしだ。

実体経済をもっと大切にすべきだ。物を創っていくということを、もっと大切にすべきだ。少なくとも戦後日本は、そのことによって復興したのだから。

嫌いな政治家のタイプに「威張っている人」がいる。何も生産していないのに、ましてや税金で食っているのに勘違いしていると思う。

決して卑屈になることはないが、大きな顔をするのはやはり変だ。自分自身肝に銘じたいと思っているし、IT関連産業についても同様の謙虚さは欲しい。

ライブドアがやってきた多くの挑戦には敬意を表してきた。マスコミを通じてみるホリエモンのキャラクターは、正直良い印象は持たない。

しかし彼は芸能人でななく経営者だ。今後もその分野で活躍してくれることを望む。



2006年01月18日(水) 市議会特委が防衛庁に

相模原市議会の基地対策特別委員会が防衛庁に行った。私もかつて所属していた委員会だ。趣旨は米軍再編の相模原市部分について反対の意見を言うことだ。

そういえば沖縄県名護市で市長選挙が行なわれるそうだ。国の方針には候補者全員が反対しているそうだが、地元の方でしかわからないニュアンスの違いもあり熾烈な選挙だそうだ。

とかく基地が地元経済に与える影響が取り上げられる。推進派は基地がないとやっていけないと言う。

しかし名護だけでなく沖縄を見てみると、基地があっても経済的には決して豊ではない。相模原についても同様だ。

政府は未だに勘違いしている。国策である安全保障の分野においてさえ、地元の理解なしには進めてはいけないのだ。どんなテーマであっても政府と地方自治体が対話し、相互理解をしていくことが大切なのだ。

相模原市議会のような積極的な行動を、神奈川県議会も行なうべきだ。少なくとも政府に対するインパクトという視点では、市よりも県の方が存在が大きいだろうから。


2006年01月17日(火) 一寸の虫にも五分の魂

党支部常任幹事会が臨時で開催された。事後の打ち合わせなども含めると深夜に及んだ。

いま一人になってパソコンに向かい、振り返ってみると腹が立ってきた。この日記に経過を全部書いてしまおうとも思ったが、やはりそれは政治家の手法ではない。今後も会議が開催される以上は、その場で発言をすべきだろう。

しかしながら主権者に対する責任はどうか。密室で決めるべき話なのか。改めて政党における情報公開について考えてみた。

議会や行政内部でのやり取りは、基本的に全て情報公開の対象となる。税金で運営されているのだから当然だ。

では政党内での議論はどうだろうか。少なくも政党交付金を受け取っている政党は、党内における議論をもっと明らかにすべきだと思う。結果のみでなく、より重要な経過について公表していくべきだ。

ましてや民主党は政権党を目指している。他の政党に範を垂れる意味でも、私が参加した党の公式会議については、今後その内容を公開していきたい。

しかし現実には、党の情報公開は全国一般で遅れている。相模原においても私が公開することによって、実際に迷惑を被る方々も出てくる。そこに意識を巡らせるのも人間としてのあり方だろう。

従って個人名が出せないことは無論だし、テーマや内容についても、どうしても一般的な表現になってしまうかもしれない。しかしこれは始めである。是非ご理解頂きたい。

さて今日の議題は、次期衆議院選挙の民主党公認候補についてだ。現在の制度では、この候補者が地域の党支部の代表を兼任するため、私たち地方政治に携わる者にとっても重要な話だ。

党本部では既に全国で第二次公認まで決定されている。主に前職を中心に早めに作業が進んでいるようだ。当地神奈川14区は、藤井先生の引退に伴い必然的に新人が立候補するために、今月末とも言われる第三次以降の手続きになる。

そのような流れのなかで、既に党本部においては近日中の決定を目指して、この選挙区についても手続きが進んでいるとのこと。これはおかしな話だ。少なくとも今日現在において、支部に対しては何んらの意見聴衆も行なわれていない。

最終決定をする権限が党本部にあることは理解する。しかし物事の決め方として、基本はあくまでボトムアップだ。支部の選んだ人材を本部がダメと言って差し戻すことはあり得ても、支部の意向を無視して本部が強行的に決めることはあってはならない。

地方分権の流れの中、政党のあり方が中央集権的であっていいはずがない。もし仮に本部のみで決めるという話なら、最初から衆議院候補はあくまで衆議院候補のみであって、地域支部とは切り離した存在にすべきだ。

我がままを言っているのではない、明らかにおかしいと指摘しているのだ。より民主党を良い政党にするためにも、どんどん発言していきたい。

さて最後にもうひとつ。ひとりひとりの意思や経過、人間関係や情、そして歴史。大切にすべきことはたくさんある。その全てを尊重することは困難だが、それを軽視した先に真の民主主義が待っているとも思えない。

一部から見れば、私たちのような存在は地域に張り付いている虫にでも見えるのだろう。実際この件で意見を述べているが、「支部ごときが・・」という印象が随所に見受けられる。残念な限りだ。

しかし一寸の虫にも五分の魂があることを、真の同志と一緒に見せていきたい。






2006年01月16日(月) 特捜部の給与も税金だ

後援会役員会を開催して頂き、幾つかの重要な案件を話し合った。その後新年会を行い、皆様と多くの意見交換が出来た。

家に帰りテレビを付けると、ライブドアへの東京地検特捜部の捜査についてニュースでやっている。

国家の罠(佐藤優著)”を思い出した。鈴木宗男関連事件で逮捕された元外交官による暴露本だ。前半は逮捕に至る対露外交について、後半は特捜部との生々しいやり取りについて記述してある。

この著者の取調べを担当した検察官は、拘置所で冒頭に「これは国策捜査だから」と前置し尋問を始める。特捜部が持っている一種の心情は、ある象徴的な一事件の捜査を通じて社会に警鐘を鳴らし、以後の自発的改善を促すということらしい。なるほど一部理解は出来る。

しかし注意も必要だ。特捜部が動くには数十人から数百人の捜査員と、膨大な経費を必要とする。本当に国策捜査に値する事件なのかどうかが重要なのだ。

今回のライブドアはどうだろうか。株価についての操作(偽計)が主な捜査理由らしいが、果たしてこれは巷で頻繁に行なわれていることなのか。あるいはライブドア特有のことなのか。

気になったのは今日の朝刊だ。産経新聞のみ捜査についての記事が、とても辛辣な表現で書いてある。「策におぼれたIT企業」「ルール無視マネーゲーム」といった見出しが大きくある。

プロ野球にライブドアが参入を考えたとき、経済界はこれに猛反発した。この反応を評論家の佐高信は「一見さんお断り」と評したが、今回の国策捜査の対象がライブドアになったのは、単にこの企業が世間の注目を集めているからだけではあるまい。

今日のニュースだけで関心を終わらせてはいけない。経過と結果こそ納税者の視点で検証していくべきだ。


2006年01月15日(日) 権力闘争は醜く悲しい

「政治は権力闘争」と言われる。私は違う意見を持っているが、ある一面は捉えているとも思う。

その闘争は規模の大小や、結果が及ぼす影響など多くの種類がある。しかし共通して言えるのは、その実態が醜く悲しいことだ。

人間には厳しい自然を生き抜くための闘争本能が備わっている。しかしその貴重な能力をこんなことに使っていいのかと、自分を省み周りを見渡すと情けなく思う。

さて‘醜さ’については十分世の中に伝わっている。政治に対する敬遠や不信はここから生じていることが多い。しかし‘悲しさ’については、やってみないと理解できない点もあると思う。

昨日の敵が今日の友になるならば良し。しかし往々にしてその逆だ。信じていた人に裏切られ、時間とともに敵となっていく。

最初はじっくりと話してみる。相互理解が大切なことは互いにわかっている。しかしある時点を過ぎると対話は頭の中で拒否され、そこから闘争モードになる。相撲の仕切りのように、そのタイミングは一致することが多い。悲しいかな自分にもそういうスイッチが付いているようだ。

一部の政治家は、何故子どもに後を譲りたいのだろうか。こんなことを自分の子どもにやらせたいのだろうか。不思議だ。

さて些か感傷的になったようだ。しかし今やっている闘いもまた、政治家としての信念に照らしてやっている。日本と相模原のために正しいと信じている。













2006年01月14日(土) 久しぶりの(プチ)講演

友人の主催している異業種交流会で講演を行なった。浪人中ゆえ久しぶりだ。「相模原の著名人」というコーナーで、肩書きは「前相模原市議会議員」として紹介頂いた。

メイン講師の前座として、約30分間話しをした。参加者は40名ほどだろうか。ほとんどが青年経済人といった雰囲気だ。

政治家である以上は、どんな時にも自分の考えは伝えたいと思う。しかし内容や表現は気を付けないと、往々にして場違いになってしまう。また多くの団体は政治的中立を基本としているため、やり過ぎると今後話しをする機会すら失ってしまう。

結果以下2点について話をした。

〜衞聾胸垉腸餤聴並びに地方議員の仕事はどんなことか

市議の給与は手取りで43万円(活動費もこの中から支出する)。しかしやりがいはある。最近2世でない若手議員が増えている。人材不足なので是非挑戦してもらいたい。

∩衞聾胸圓現在おかれている状況と地方自治のあり方はどうか

相模原市は日本で18番目の人口規模を持つ。先進施策を行なう責任がある。地方の仕事が増えているが財源はいまだ国が握っている。地方政治を良くするためには市民に関心を持ってもらうしかない。地方選挙の投票率を最低でも国政並みにしなければいけない。

その後別の会に参加した後、この会の2次会である懇親会に戻った。かつて知ったる方や、縁のある方にも偶然会えて楽しい会だった。


2006年01月13日(金) 町田市を端から端まで

町田市議選に向けた支援活動で、町田市を端から端まで車で移動した。城山境の相原から横浜境のつくし野まで、横移動の距離は相模原市よりもかなり長く感じた。

しかも幹線道路は町田街道のみ。万年渋滞の場所があることも考えると、交通網が整備されているとは言い難い。

もちろん地理的にも難点はある。市が横に長いということは、街としての一体感がどうしても保ちにくい。川崎市も同じ悩みを抱えていると聞く。

そして今後の相模原だ。津久井郡と合併すれば、山梨県境まで横に伸びるだけでなく、相模原・津久井の接点となる城山地点はとても細く小さい。

両端を結ぶ幹線道路も国道一本のみ。今後の整備も道路新設は現実的に難しい。

市町村が合併する意義を考えるとき、とかく財政論が前面に出てしまう。国の都合で始まった合併議論の必然的帰結だ。

しかし地域住民の生活向上を考えれば、生活圏と行政圏を出来るだけ一体化させることこそ重要だ。

自分の縄張り感覚は捨てて、自治体の境を改めて考え直す広域的視点が必要だ。神奈川県政のひとつの役割だと思う。


2006年01月12日(木) 「白夜行」を見て

家に帰りテレビをつけると「白夜行」というドラマをやっていた。たまたま初回の放送で、丁度始まった時間だった。

オープニングから、とても暗く悲しい雰囲気だ。しばらく見ていると面白くなり、結局2時間があっという間に過ぎた。次回以降も出来るだけ見てみたい。

小さい頃から日本は豊かだと言われ育ったが、大人になるにつれ社会を見つめてみると、多くの点で貧困なる日本であることを知った。

人の幸福に手を突っ込むのは政治の役割ではない。それこそ大きなお世話だ。一方不幸になる原因には、社会的要因が多く含まれることが多い。

これを菅直人氏は「政治の役割は最小不幸社会の実現」と言っている。的を得た表現だ。

テレビや映画あるいは本などでも、悲しい物語によく引き込まれていく。元来悩みのない性格の反作用だと思っていた。しかしふと周りを見渡せば、それこそドラマのような悲しさが社会に溢れている。

一人一人をじっと見つめれば、事情を抱えていない人はいない。豊かさとは何かを考えることは大切だが、貧しさを減らすことが第一の課題だ。もちろん貧しさとは金銭のみではない。


2006年01月11日(水) ボトムアップこそ民主的手法

トップダウンとボトムアップを比較すると、ボトムアップこそ民主的手法と言える。

民主主義は結果と同じくらい過程が大切だ。ひとつの決定が行なわれるとき、どれだけ多くの人が関わってきたのかが大切なのだ。

昨今の民主党には、悪い意味での焦りがあるように思う。前原代表も小泉総理の悪影響を受けている面がある。

政党にとっては命とも言える、各種選挙の候補者決定もそうだ。大体が密室協議の中で流れが決まってしまう。

候補者決定は大衆議論に向かないという意見もある。一理ある。しかしそうであるからこそ大衆議論をしていく努力が必要なのだ。

さて当地神奈川14区でも藤井先生の引退に伴う新しい候補者を、近日中に擁立しなければならない。

地元の意見を取り入れてくれることを党本部には強く要請する。実際選挙をするのは私たち地域党員なのだ!

繰り返そう。結果と同じくらい過程は大切なのだ。62万相模原市民に対して恥かしくない協議をしていきたい。


2006年01月10日(火) 労働者の代表として

連合神奈川の「新春の集い」に参加した。

連合神奈川議員団に候補予定者として名を連ねているため、毎年各種イベントにご案内を頂いている。ありがたい限りだ。

民主党と連合の間には、時として隙間風が吹く。代表はじめ党執行部の対応に問題ありだ。

個々の発言も安易だし、経団連などに政治献金を期待するのも間違いだ。

二大政党を実現するためには、労働者層の安定的な支持が必要だ。そのためには統一ユニオンである連合との関係を、より強固にしていかなければならない。

さて個別法案の賛否や政局対応で、時として党と支援団体の考えが違ってしまうことがある。しかしこれは別組織である以上、ある意味致し方ない。

一々大騒ぎになってしまうのは、基本的な所での信頼関係がいまだ醸成されてないからだ。

党の側も安易に選挙のみ頼るのではなく、日常の議会活動や党活動についてこそ、より綿密に情報交換をしていくべきだ。

そして将来はイギリス労働党のように、候補者選定や党の地域活動について、文字通り一体となって取り組めるようにすべきだ。

サラリーマンの家庭で育ったということを忘れず、より労働者の代弁ができるよう頑張っていきたい。




2006年01月09日(月) ‘どんど焼き’と‘どんどん焼き’

幼少の記憶は‘どんどん焼き’だった。大人になって改めて聞いてみると‘どんど焼き’と皆んな言っている。

今日改めて調べてみたら、どちらでもいいそうだ。今更人に聞けなくて少し迷っていたのだ。

さて今日は住んでいる上溝地区内の‘どんど焼き’に二箇所行った。

政治家としてでもあり、かつ地域の消防団員として役割もある。一人二役、一挙両得と言ったところだ。前者の顔は新年の挨拶をしてまわり、後者の顔は消防車を運転し火をチェックする。

二箇所とも自治会主催だが、うち一箇所は火の周辺に神道風の囲いがつくってあった。

私は地域の氏神祭神とその施設については、靖国神社に象徴される官製の国家宗教と区別している。

従って実態として宗教行事でない‘どんど焼き’まで文字通り政教分離してしまうと、伝統的地域行事など何も出来なくなってしまう。

さて最近‘どんど焼き’を止める自治会が増えている。これには場所がないという現実的問題は無論、一部宗教団体信者による異論もあるそうだ。更にはダイオキシンの問題と関連して、火を燃やしている近隣からクレームが入ることもある。

自治会役員などが説得に行き理解を得れば実施されるが、それが困難となると中止され、以後再び開催されることはない。地域の伝統行事がそれをもって半永久的に行なわれなくなるのだ。

民主主義とは対話と相互理解である。ある意味とても面倒くさいものだ。政教分離で異論を持つ宗教団体も、環境云々でクレームをつける市民も、当然意見を言う権利はある。確かに内容にも一理ある。

それに対して対話すらせずに終わってしまうならば、地域行事の今後にとってのみでなく民主主義の実践という意味でも禍根を残す。

簡単に中止して欲しくはない。ひとつひとつ意義を考えるのが大切だ。


2006年01月08日(日) 出初式開催

消防出初式が淵野辺公園で開催された。消防団・消防職員・企業の自主消防組織など、総員で1000名を越える大イベントだ。

伝統重視のため主役は消防団だ。市内には700名からの団員がいるが、当日会場に参加したのは300名位だろうか。

市長職務代理や消防長の訓示、県知事代理などの来賓祝辞を式典で行い、その後「消防ラッパ隊演奏」「消防八木節」「操法演技」などを行なう。

しかしお客さんの注目を集めたのは、何といっても本職(プロの消防職員のことを消防団員はこう呼んでいる)の皆さんだ。

ビル火災との想定で、はしご車なども繰り出し、一斉放水するデモンストレーションは圧巻だった。

相模原市は約4,000名の職員がいるが、うち約550名が消防職員だ。自治体の仕事のなかでも、いかに比重が大きいかが分かる。

終了後は上溝に戻って来て、所属する第一分団第一部のみで新年会を行なった。






2006年01月07日(土) 横須賀での米兵による事件

横須賀市で米兵が日本人女性を殺害した。詳細は明らかになっていないが、米軍の取調べに対して自供しているとのこと。

この米兵が横須賀寄港のキティホーク乗員だったことから、昨日米第七艦隊司令長官が松沢県知事に対して謝罪に来た。横須賀市長の所にも行ったそうだ。

知事もその後マスコミに話していたが、米兵による神奈川県民に対する殺人事件が起ったのは初めてのことだ。

神奈川県は米軍との関係はとても深い。

マッカーサーが降り立ったのも厚木飛行場だし、ベトナム戦争の前線基地としても横須賀基地・相模総合補給廠は機能していた。また現在に至っても沖縄に次ぐ基地県だ。

そのため過去においても、米軍とのいざこざはかなり起きてきた。ただ戦後60年にわたり、少なくとも最悪の殺人事件がなかっただけに本当に残念だ。

今回のことに関連して米軍基地返還運動を述べることはしまい。問題の所在が違う。日米友好が損なわれないことを望むだけだ。

そのためには一日も身柄を引き渡し、事実を解明することだ。神奈川県警の責任は大きい。期待している。




2006年01月06日(金) 事務所を出すということ

昨年8月から事務所を出して頂いている。

浪人中としては過分のことと思う。改めて支援者に感謝だ。

とても便利だ。今までなしでやっていたのが嘘のようだ。もはや事務所なしでは活動が出来ない。

場所は相模原市中央で広さは6坪だ。きちんと片付けをしていれば、意外に広く使える。

さて国会議員は、当然のように事務所を持っている。国会議員会館と、地元選挙区事務所、更に国会近隣にもう一箇所という人もいる。

かつて知ったる市議会議員は、独立した事務所を構えている人は少ない。ゼロに近い。自宅兼がほとんどだ。

さて県議会議員は、事務所派6・自宅派4というところか。統計した訳ではないので正確ではないが、過去多くを散見した感覚だ。

事務所があれば活動がより充実するのは言うまでもない。一重に費用が出せるかどうかだ。

国会議員は比較的資金に恵まれている。「政党交付金」「文書交通費」「公設秘書」など。

県議会議員も事務所を出せるだけの「政務調査費」を支給される。

市議会議員になると公金のみではとても足りない。相模原市議の場合は報酬は生活ギリギリだし、「政務調査費」は月10万円。議会内経費を差し引けば、とても事務所を借りるのは無理だ。

今の時代に贅沢言ったらキリがないが、事務所費にあくせくしている政治の姿が正常とも思えない。

私は浪人中だから別枠だが、公選で職についた議員には、ある程度の保障をすべきだろう。

それがないと活動不十分に陥るか、資金捻出に無理をして‘元の木阿弥’になってしまう。

もちろん過剰に膨れ上がった議員定数を削減することも大切だし、議会内政策活動が出来る議員が多くなることも前提だろう。

政治活動費の入りと出を情報公開するのは良い試みだ。最近若手議員の傾向で多い。

県議になったあかつきには、可能な限り機関紙などに掲載していきたい。



2006年01月05日(木) 夢・松沢成文知事との議論

新聞で松沢成文知事の記事を読んだ。県庁の仕事始めでの挨拶をまとめたものだった。

松沢成文神奈川県知事とは、15年来の交遊を頂いている。

学生時代に先輩に連れられて、松沢県議(当時)主催の勉強会に参加したのが始めだ。

その後新生党から国会議員になられたこともあり、私と藤井先生の関係も相まってより付き合いが深くなった。

そして私が25歳で市議補選に出馬した時だ。

期間中ベタで秘書を手伝いに出して下さったのだ。その他相模原市内の名簿も頂いた。

この世界の中では破格のことだ。

民主党に参画した松沢さんは、その“過激な”行動から党内で異端児扱いだった。

そんな松沢さんが一層大好きになった。

民主党入党の紹介者を松沢さんに依頼したときも、わざわざ県連まで足を運んで色々調整してくれた。

当時の相模原支部では、私を歓迎しない雰囲気が大勢だったので、松沢さんには面倒をかけてしまった。

その後も節目ごとに、色々相談させて頂いた。

ある日同じ会に参加し、帰り車で最寄駅まで乗せて頂くことがあった。

その車中で「県知事選を考えている」と聞かされた。

既に県議選を目指すことを決めていたので、「大賛成です。一緒に頑張りましょう。」と応えた。

選挙前のいわゆる二連ポスターを、松沢さんと顔を並べて作ろうと考えた。

地元支部の猛反対を受け、頓挫したことを後悔している。(結果菅直人当時代表にした。これについても反対を受けたが、さすがに頭にきたので県連に直訴し事なきを得た。)

県議選最後の個人演説会を上溝公民館で開催した。確か投票を翌々日に控えた金曜日だったと思う。

松沢県知事候補も駆けつけて下さり、「県議会で寺崎君と厳しい議論をしたいので、ともにご支援をよろしく」と言って下さった。

知事になってからの言動が、かつての勢いがないと批判をされることもある。

しかしお会いし話をすると、松沢さんという人は全く変わっていない。

いつも真正面から物事を捉え、他者に対して策を用いない。

これは政治家にとっては、時として欠点ともなり得る。

しかし知事の権限は非常に大きい。

それを持ち変わらずにいられる人こそ、民主主義社会でのリーダーに相応しい。

次期県政を目指すなかで、県議会で仕事をしている自分をイメージする。

そこには常に松沢知事がいる。

政治家同士の親分子分関係は否定しているが、数少ない兄貴分といったところか。

でも提灯持ちはしない。

知事がかつて言って下さったように、厳しい議論を本会議場で展開したい。


2006年01月04日(水) 4日からやっている仕事

正月街宣の最終日だ。

まわっていると、昨日までと比べて通行量が格段に多い。

役所や金融関係のみでなく、今日が仕事始めの方も多いようだ。

私の父はサラリーマンだったので、三が日が明けてもしばらくは正月休みという感覚で育った。

しかしこの仕事をしてから、正月家にいると何かいけないことをしている気になる。

「正月休みがなくて大変だね。」と言って頂くことも多い。

とにかく健康で仕事が出来るのは、とても幸せなことだ。

ありがたいと思っている。







2006年01月03日(火) 子どもの安全確保

子どもの安全を守らなくてはならない!

冷静に考えれば、恐ろしい時代になったものだ。

貧しい国々の道路などで、金品目当ての強盗が出ることもあるが、当然子どもは狙わない。

最近の子どもに向けた犯罪は全く理由不明だ。

捕まった本人も言葉に出来ないのだから、周りがわかるはずがない。

警察力は安易に使うべきではないが、ここに至ってはやむを得ない。

総力を挙げて、子どもの安全を確保すべきだ。

まず通学路だ。

保護者や老人会の皆さんが学校まで着いて行くなど、地域と学校の協力体制が出来ているところもある。

そうでなく、意見交換すら出来ていない地域もある。

とにかくは、まず市が次に県(警察)が、積極的に関わっていくべきだ。

県政の立場から何が出来るか、真剣に考え取り組んでいきたい。


2006年01月02日(月) 正月街宣活動

相模原には、不思議な慣習がある。

議員や候補者が、新年から街宣車をまわすのである。

「○○○○です。新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。」とやるのだ。

いつ誰が始めたのか分からないが、多くの方が毎年実施している。

という訳で、チャレンジャーたる私も、今日は参戦した。

党神奈川県連の街宣車を借り、今日と明日そしてあさってと3日間市内を走る。

どちらにしろ、日頃お世話になっている方々には、新年の挨拶に伺う。

その途中に、道行く人にもマイクで挨拶と言った感じである。

もちろん大音量にはしない。かなり絞って話す。

自分の勝手な都合だが、声を出すとやはり気合が入る。

気合の入れ始めだ。





2006年01月01日(日) 新年に改めて決意する

「新年あけましてあめでとうございます。」

年明けの瞬間は、毎年消防団の詰所で迎える。歳末警戒中のためだ。

テレビを皆で見ていると、CMなどの際に、リモコンで他のチャンネルに回したりする。

自称公共放送では、除夜の鐘、行く年来る年だ。

民放1では、ジャニーズのカウントダウンコンサート。野ブタにプロデュースからマッチまで出ている。

民放2では、ナイナイ岡村が火の玉を受け止める。こういうばかばかしい企画は大好きだ。

脈絡もない多くの番組が、同じ時間に放送され、多くの人々が自分の趣味でそれを見ている。

同じような光景に出会うことがある。

小田急相模大野駅での夕立だ。

この駅は、夕方の演説場所としては適していない。色々な人が、それぞれ駅で自分の仕事をしているからだ。

居酒屋・風俗店のチラシやティッシュ配り。ペットを飼ってくれる人を探す市民団体。ギターを持ち、語り弾きをする人。

雑多だが、そういう中で“浮き”ながら演説するのも悪くない。

人間は自分の嫌いなものは許容しにくい。

個人でもそうだが、組織になるとより排他的になる。

大分以前どこかの国で、ある政治家が、他の政治家に言ったそうだ。

「私はあなたの提案に対しては、命をかけて反対する。しかし、あなたがそれを言う権利は、命をかけて守る。」

大げさに聞こえるかもしれないが、多くの点で発言が不自由になっている昨今だと思う。

人権保護法なるものにより、社会的に規制をかける動きもある。

憲法改正に向けた国民投票法案は、現在与野党で調整中だが、自民案にあったメディア規制の項目にはビックリした。

人類はそれほど長い期間、言論・表現の自由を保っているわけではない。

いや、初期段階とも言える。

だからこそ、この自由を守らなくてはと決意する。


てらさき雄介 |MAILHomePage