てらさき雄介の日記
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2005年10月31日(月) 自衛官に誤解を受けたくない

一昨日の続き、在日米軍再編についてです。

さて意外だったのは、在日米軍の再編案に紛れて、自衛隊についても発表があったことです。

相模原市内の米陸軍相模総合補給廠に、自衛隊の普通科連隊が配置されます。規模は1300人だそうです。

これは米軍基地内への配置ではありますが、配置されるのは自衛隊であり、一連の米軍再編とは違った視点での捉え方が必要と考えます。

誤解を受けないように、以下はっきりと私見を述べます。「私見」と断ったのは、相模原市行政、そして党の見解と若干の違いがあるからです。

自衛隊と在日米軍は全く別組織です。アメリカ追従外交と、その裏付けたる安保条約に否定的な私は、当然に在日米軍の縮小をかねてから訴えています。

しかし自衛隊は日本の軍隊であり、その負担を国民皆んなで分かち合うのは当然です。

軍隊が必要「悪」であることは、しっかり認識しなくてはなりません。しかし現在の国際社会のなかで、日本が自衛隊を組織していることは、何ら問題ない常識の範囲内です。もちろん使用方法を間違えなければの、前提付きですが。

計画の詳細を見ていないので何とも言えませんが、相模補給廠に配置されるのが自衛隊であるならば、必要性を冷静に分析して認めることもあり得ると考えます。

政府のやり方に怒りを感じるのは、一連の在日米軍再編と一緒に自衛隊の配置換えを発表したことです。

今回地元自治体が明確に反対しているのは、在日米軍の増強であって、自衛隊に対してではありません。

今回の流れでは、自衛官の皆さんが相模原市に駐留する際に、デモに囲まれないとも限りません。

その状況をつくりつつあるのは、他ならぬ日本政府です。あくまで双方を切り離して考えるべきでした。

そして同じ日本の軍隊なのだから、それこそ事前協議など意見交換をしっかりすれば、こんな歪なカタチにはならなかったのです。

これは推測でしかありませんが、既に自衛隊の配置さえも、アメリカの同意なくしては出来ないのかもしれません。

日本の自衛隊に協力する米軍というイメージを、政治の世界に入る前は持っていました。

しかし政治の現場で多くの話を聞けば、現実には双方の「融合」は驚くほど進んでおり、どっちがどっちを支援しているか分からないようなことも散見されます。高度な作戦計画なども共同行動を前提にしているとのこと。

これこそが日本の安全保障上にとって問題ではないでしょうか。

自衛官募集相談員会への参加をはじめ、多くの協力を今後も自衛隊に対して行ってまいります。

私は私なりの愛国心で、在日米軍の増強に反対しているのです。

今後怒りを展開するにあたって、誤解を受けないよう、とりあえずのご報告でした。

尚、明日はこの件についての勉強(?)会が、党本部主催で防衛庁担当者を交えて企画されています。

諸活動あったのですが、永田町まで無理をして行ってまいります。明日の日記はこの報告を書きます。


2005年10月30日(日) 党県連臨時大会

民主党神奈川県総支部連合会の臨時大会が開かれました。場所は関内ホールです。

1,衆議院選挙総括
2,参議院補欠選挙総括
3,役員改選

以上が主な議題です。

「1,衆議院選挙総括」については言うまでもありません。かの衆議院選挙に県内小選挙区全てで敗れたことについて、その原因と対策を議論しました。

最大の敗因は、本部レベルの国会対応にありますので、県レベルで総括するのは少し酷かもしれません。

しかし地方部で奮闘した分、神奈川をはじめとする都市部で敗れたことは、大敗の主要因です。各地域毎の分析もまた大切です。

さて今党内を覆っている喪失感は、投票率が上がって、なお敗れたことにあります。

つまり言い訳のしようがないのです。この点に触れられていなかったのは残念でした。

「2,参議院補欠選挙総括」についても、やはり敗れたことについてです。衆議院選挙と比較して差が少なかったことから、一部では安堵の声が聞かれたました。この発想は安易であり間違いです。

負けは負けですから、二連敗したことを一層深刻に受け止めるべきです。

ただ牧山ひろえさんが、次に向かって頑張ると言ってくれたことは、大きな安心であり嬉しかったです。

「3,役員改選」です。衆議院選挙の責任を明らかにするためです。また役員のほとんどが、落選で現職ではなくなったことにもよります。

代表浅尾慶一郎(参議院議員)
代表代行千葉景子(参議院議員)  
幹事長江田実(県議会議員)

3名とも能力のある方で、幸い知己でもあるので、今後に期待いたします。

元々選挙に負けた「総括」を党内のみですることに、余り意味があるとは思えません。

しかしだからと言って「総括」しなくて、良いわけでもありません。

大切なのは、党員以外の多くの主権者が、今回の総選挙で何を思ったのかです。この意見聴取を大規模に行うべきです。耳を内部にではなく、外に向けるべきです。

一年半後は統一地方選挙です。民主党が反転攻勢に打って出る、恐らくは最初の選挙です。

自分自身が候補者ですので、頑張ります。

尚大会の最後に、今回の米軍再編について反対する「特別決議」がされたこともご報告します。


2005年10月29日(土) 日本はアメリカの属国ではない

怒り心頭に達しています!

米横須賀基地への後継艦が原子力空母になったことをはじめ、厚木や相模原市内の基地においても、大規模な再編が行われることが発表されました

地元自治体は軽視どころか、全く無視されたのです。意見を取り入れる気がないなら、最初から聞かなければいいのです。余計腹が立ちます。

今回決まった一連の背景には、日本が現在抱える多くの問題点があります。

ここで改めて持論を述べていきます。

まず前提として、在日米軍基地と日米安保条約のあり方は、一体で考えなくてはなりません。

基地を置くことイコール安保条約なのであって、安保条約を「拡大」させながら基地を「縮小」することはあり得ません。

政府は安保条約を「拡大」する方向ですから、今回の基地「強化」はある意味筋が通っています。

基地の縮小を本気で訴えるならば、自治体も安保条約に対する明確な見解を持ち、それに対する市民の理解を求め、国に対して働きかけをしなくてはなりません。

それがないから「安保が必要なんだから基地も必要でしょう。基地返還はあなたの自治体の我が儘ですよ。」という、政府の開き直りに反論できないのです。

例えば相模原市内にある米陸軍相模補給廠は、極東最大の補給基地です。アジア中近東に手を伸ばしているアメリカにとって、なくてはならない基地です。

それを返せと相模原市が言うのなら、それが日米安保条約の根本に触れることである以上、安保条約に対する考え方も主張の中に含めなくては説得力がありません。

今のやり方では、「相模原市以外のところに基地を移動してくれ。」という、それこそ我が儘にも聞こえてしまいます。

現在の基地返還運動が、文字通りの市民総ぐるみになっていないのは、上で書いた“自己矛盾”を市民が察知しているからです。

改めて持論を述べると、日米安保条約が過去果たした役割については理解しています。しかしその意義は既に少なくなっています。むしろ湾岸戦争以降は、デメリットの方が拡大していると言えます。

急遽の廃止を訴えることはしませんが、少なくとも安保条約は解消の方向に向かって、日米双方の協議を始めるべきです。

その課程のなかでこそ、始めて在日米軍の縮小がテーマになるのです。

さて総論で長くなってしまいました。

一、原子力空母は核兵器である
一、「愛」国を訴える自民党が何故ここまで植民地根性なのか
一、相模原市と政府との関係において今回の決定は信義違反である
一、日米関係のあり方こそが本来の総選挙のテーマではなかったか

など他にも怒っていますので、それは明日以降も折りを見て書いていきます。






2005年10月28日(金) 偵察衛星?がパソコンに

中高同級生のU君はパソコンが詳しく、事務所でも大活躍してくれてます。

今日もある修理をしてもらいながら、面白いページを入れてもらいました。ソフトではなく、ネット上のリンクです。

それは何と世界の航空写真(衛星から見たものらしい)地図です。

最初トップに現れるのは地球です。そのある部分クリックしひたすら拡大していくと、何と最後はその近くの航空写真になるという仕組みです。

写真は各住宅まで識別できる程度で、試しに実家を探したら発見できました。

航空写真がないなどの理由で、拡大しても「NOT FOUND」になる場所もあります。

20歳で旅をした、インドのアーグラーで“タージマハル”を見ようと思いましたが、「NOT FOUND」でした。

一方マニアチックですが、平壌などはしっかり見れます。世界最大の虚像、金日成像もしっかり映っています。

面白いけれど、反面恐ろしい時代になったものです。

アメリカの偵察衛星は、当然に人物の識別もでき、新聞の文字も読めるとも言われてます。

興味のある方は事務所までご見学ください。


2005年10月27日(木) JCで会員拡大を担当します

青年会議所(JC)の来年度会員拡大委員会がありました。正式には1月1日からですが、そこに向けての準備で定期的に開催しています。

担当するのは「拡大」つまり新入会員の勧誘です。

相模原JCは近年人数が増加しており、今年は一年間で何と50人近く入会しています。だいたい100人少しの規模ですから、驚くべき「拡大」です。

何故「拡大」が必要か、難しい理屈も確かにあります。しかし新しい友人が増えることは、それだけで喜びです。

私も過去知人や友人をJCに勧誘し、制度上の‘紹介者’になったことが何度かあります。

少しお金はかかりますが、入れば楽しい団体であることは、経験上間違いありません。

20歳から40歳までの方でしたら、どなたでも入会できます。

正式に入会しなくても、試しに会に出ることもできます。関心をお持ちの方は、私までお気軽にお問い合わせください。




2005年10月26日(水) ジェンダーフリーの問題点

ご支援頂いている女性団体のセミナーに参加しました。

テーマは2つ。
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⊇ゞ騎悗ら見た世界について 

特に.献Д鵐澄璽侫蝓爾量簑蠹世砲弔い討蓮△海涼賃里継続的に取り組んでいるテーマで、過去数回勉強会に参加しました。

政府が「男女共同参画社会」という言葉を使い始めてから、法整備や対策が各地方自治体でも進んでいます。

しかし「男女共同参画社会」という文言は、抽象的で何を言っているのかイマイチわかりません。

はっきりと「女性差別の解消」と打ち出すべきです。

さてジェンダーフリーの問題点は、男女の違いそのものを否定していることです。

部落差別や在日差別もそうですが、政府はその解消のために“同化”政策をよく採ります。

他との違いを認め尊重することでなく、違いがあること自体を忘れろというのです。

これは差別解消を目指す上で、誤った考え方です。

現在のジェンダーフリー思想は、女性差別を無くすために「男女は違いが無いんだ」としています。

つまり差別を受けていた女性の存在そのものを、他と同化させることを目指しているのです。

目指すべきは、女性が女性として尊重され、尊敬される社会をつくることです。

それともう一つ、世の中に必要なのは多様性です。ましてや地方自治体の運営には柔軟性が求められます。

昨今のジェンダーフリーの‘徹底’ぶりは異常であり、私の大嫌いな全体主義的様相を呈しています。

例えば行政のパンフレットで家族のイメージ図を載せるときに、台所で料理をつくっている女性を書けないのです。

政府も自治体も少し頭を冷やすべきです。

そしてもう一度、差別とは何なのか、それを無くすためにはどうするか再考すべきです。


2005年10月25日(火) シュワちゃんの住民投票にびっくり

アメリカ・カリフォルニア州は、ターミネーター・シュワちゃんが知事をしています。

そこで行われる住民投票のニュースを見て、その内容に驚きました。

ゞ疑Πの罷免を簡単にすること
知事の権限で予算削減を容易にすること
A挙区割りを変えること

今まで全て議会の権限で行ってきたことです。共和党系のシュワちゃんが、議会多数の民主党と揉めた結果、有権者に直接問う住民投票を決断したのです。

「議会の権限を変えること」すら住民投票で問える、アメリカの風土はやはり日本とは異質だと思います。

もちろん約6割の州民が、住民投票自体に否定的との調査もあるそうです。

先般小泉総理が行った衆議院解散と、その後の郵政民営化法成立は、過去の衆議院と参議院のあり方を変えるものでした。

憲法に違反するかどうかは別にして、少なくともその解釈の変更は迫られます。

憲法の条文的に言うと、「衆議院が参議院に対して、連帯して責任を負うことになったのです。」

このいきつく所は、おそらく一院制でしょう。

私は二院制を支持しています。だからこそ、今回の衆議院解散は変だと異議を唱えていたのです。

内容は違いますが、民主主義と議会制度をどう考えるかという点について、考えていく材料にはともになります。

結果に注目いたします。


2005年10月24日(月) 在日韓国・朝鮮人と日本人

宮崎学の「不逞者」という本を再読しています。とても爽快な主人公たちの物語です。

後半の主人公は金天海です。在日韓国・朝鮮人と日本人との歴史を体現した人物と思っています。

不幸な時期もありましたが、とにかく双方は身近です。そもそも日本列島と朝鮮半島の地理を見ただけで、疎遠になれるはずがないのです。

身近でも“知らない”ということは残念なことです。せっかく同じ場所に住んでいるのにです。

多くの在日韓国・朝鮮人が日本名で暮らしていることも、互いを知るきっかけが少ない原因のひとつです。

そうさせているのは日本人の側です。日本人は世界中で日本名で暮らしていることを忘れてはなりません。

県内でも川崎市は「ふれあい館」という、在日韓国・朝鮮人との交流を促進するための施設をつくっています。

交流だけでなくハングルや民族学など、在日韓国・朝鮮人にとってのみでなく、日本人にとっても貴重な文化を継承する目的もあるそうです。

日本人として反省すべき歴史に、アイヌがあります。文字を持たないアイヌは、いまや言語そのものが絶滅寸前の状態です。

天皇制度や議会制度などの政治形態がどうであれ、長い歴史のなかでこの日本列島で営まれてきたことは、私たちにとって貴重な財産であるはずです。






2005年10月23日(日) 参院選ありがとうございました

参議院選挙での多大なご支援、誠にありがとうございました。残念ながら大差で敗れました。(選挙結果はコチラをクリック)更には、低い投票率です。残念です。

負け惜しみですが、唯一救いなのが県内平均よりも相模原市で善戦したことです。次に繋げるしかありません。

小泉内閣も残り1年を切りました。あの総理があそこまで言うのですから、おそらく任期延長はないでしょう。

小泉総理誕生と時を同じくして、民主党に入党した私としては、このまま負けっ放しで終わりたくありません。もう一度総理の任期中にリベンジする機会を得たいものです。

今回敗れた「牧山ひろえ」さんも、二年後に予定される参議院通常選挙に再び挑戦してくれると信じます。多くの支持を頂いたことを忘れないで欲しいです。


2005年10月22日(土) ただ高い投票率を願うのみ

参議院補欠選挙の投票日が明日になりました。民主党候補の勝利とともに、ひたすらに願うのが高い投票率となることです。

正直かなり低くなってしまう感じがします。今年の市長選挙が33%という恥ずかしい数字でしたが、それを下回るという観測もあります。

先般の衆議院選挙は良いことはありませんでしたが、唯一投票率が高かったことが救いでした。

今更言うまでもないことですが、政治が一部の人の一部のためになっているのは、多くの主権者が政治に参加していないからです。

投票は最大の参加行動です。どうしても入れる候補者がいないなら、白票を投じるためにでも投票所へ足を運んでほしいです。

ただ願うだけではありません。残り僅かの時間、出来ることを精一杯やります。


2005年10月21日(金) 二十年やっているお店

以前からお世話になっている方と初めて食事をしました。話した内容もそうですが、二件目にいったお店が「20年」やっていることに感激です。

飲食店で20年やっている所は、相模原では稀少です。

政治の仕事は、自分が生きている時代で完了することはありません。目指すべき社会に向けての方向性を、次代に繋げることが大切です。

継続する力強さが何であるのか、改めてそのお店に行ってみたいと思います。



2005年10月20日(木) 櫻茶ヤを見る

かの杉村代議士「料亭に行ってみたい。」

早速行ってしまったところが、ある意味面白い人ですね。ただあんなんで国会議員をやられると、一体私たちは何なの!と思いたくもなります。

さて今日は都内で会がありました。通りがかりに、向島の料亭「櫻茶ヤ」を見ました。もちろん外からです。周辺から見て、明らかに立派で浮いた建物です。

最高級クラスの料亭で、かの竹下派が重要会議の場所としたように、政治家も好んで使うようです。

しかし“一見さんお断り"は嫌な習慣です。そのフレーズだけで、こちらから断りたくなります。


2005年10月19日(水) 上溝南高校での授業

上溝南高校の総合学習の時間に、JCが「職業について」講演する企画があります。昨年その担当でしたこともあり、今年度版に参加してきました。

と言っても私が話すわけではなく、他のメンバーによる“授業"を聞きに行ったのです。

留学コンサルタントをやっているI君の話を聞きました。学生時代にバックパッカーだった経験を、自らの仕事にしてしまった強者です。

赤ちゃんからお年寄りまで、他種類にわたる留学コースがあるそうです。

JCメンバーは、JC事業の話に熱が入りすぎ、互いの仕事について余り話をしません。かくいう今日の話も初めて聞いたことです。

高校1年生という年齢の皆さんは、はたしてどう受け止めたのでしょうか。


2005年10月18日(火) 菅直人氏の話に聞き入る

参議院選挙の相模原での演説会に、菅直人元代表が来ました。

冒頭民主党の目指すべきものは、「最小不幸社会」であると断言しました。

全く同感です!これだけわかりやすく、自らの目指す社会のあり方を話せる人は党内にもそういません。

党首経験者は引退が原則でしょうが、例外として今後の活躍に期待いたします。

弱肉強食の社会は間違いです。昨今‘成功している’IT長者などは、ほんの一部であります。

そして彼らは一般サラリーマンの数十倍の給与をとっていますが、果たして数十倍働いているのでしょうか。否です。

もちろん社会には“隙間”“面白さ”“いい意味でのいい加減さ”も必要です。これのない社会は暗くなってしまいます。

しかし余りの所得格差は、単に金で済む話ではありません。人間としての生活全般にランクをつけてしまいます。

国会対応や選挙事情ではなく、本当に目指すべき社会の方向性について、より議論を深めなくてはなりません。




2005年10月17日(月) また靖国参拝

総理が再び靖国神社に参拝しました。私はかねてから総理の参拝には反対しています。

靖国神社は宗教施設です。あそこに英霊がいるかどうかは、それぞれの信仰により考え方が違います。

個々の議員が行く分には構いませんが、総理が参拝するということは日本国民を代表して参拝することです。

私は何度となく靖国神社に行っていますが、どうしても英霊がそこにいる感覚を持てませんでした。

戦場で果てるとき、人はどこに帰りたいと思うでしょうか。それは想像を絶することですが、少なくとも私は靖国ではなく、故郷に帰りたいと思うでしょう。

これは勝手な思い込みです。しかし宗教的感覚や信仰とはこういったものです。

覚悟を持って、戦場で国のために散っていった方々には、敬意と感謝の気持ちを持っています。

しかし一方で、戦場に行き敵弾に倒れることについて、その意義など考えも及ばなかった方も多くいたのです。

「ホタル」や「戦艦大和」には出てこない、多くの無念の声があります。

私は政治家として、そちらの声の代弁者でありたいです。









2005年10月16日(日) 街宣車乗車、投票率の向上を

参議院選挙の街宣車に乗車しました。参議院選挙では、候補者の名前が書いてある「候補者カー」と、政党の名前が書いてある「確認団体車」というのがあります。

今日は午後3時から「確認団体車」に乗車し、数箇所で街頭演説を行いました。

“政権交代”を訴えることにリアリティーがないと、ある民主党関係者がテレビで言ってました、

しかし私は今日もひたすらに、“政権交代”を訴えました。何故ならば、これこそが民主党の存在意義であり、私が民主党にいる理由だからです。

正直投票率は低そうです。30%を大きく割り込むとも言われています。情けない話です。

郵政法案の参議院での採決で、参議院の存在意義が問われています。

しかし私は参議院は必要だと思います。民主主義のシステムとして、すんなり決まることが良いことだとは考えません。

より意義のある参議院になれるよう、改革の時期かもしれません。


2005年10月15日(土) 議員運動部の不思議

議会には運動部があります。かつて相模原市議会には野球部がありましたし、県議会にも知っているだけで野球部とサッカー部はあります。

議員が趣味で集い、運動をすることは全く問題がありません。料亭などで夜の会食をするよりかは、よほど健康的です。

しかしそれが都道府県対抗試合とか、平日に一生懸命練習するとかになると話が違います。

かつて相模原市議会で野球部に入りました。正直下手でしたし、面白くなかったので辞めようとすると、「何で辞めるんだ!」と先輩に言われます。

その後休部(実質廃部)になりましたが、妙に気合が入っていることに違和感を覚えました。

神奈川県議会についてです。知人に確認したところ、あくまで「有志」とのことなので、県政に参画する立場になった時も勘弁してもらいます。


2005年10月14日(金) 政治家ならば党議拘束より信念を

郵政民営化法案が衆議院で、200票以上の大差で可決されました。

総選挙前の採決が5票差であったことを考えると、その間の移り変わりに寒気すら覚えます。

まずもって、今回も反対票を投じた「平沼赳夫」氏は立派です。思想信条は私とは大分違うので、同じ政党やグループになることは恐らくないでしょうが、日本の大切な人材として今後の活躍を祈ります。

そして前回反対した議員で、今回賛成した方々には、あきれてものも言えません。総選挙で‘刺客’と戦う厳しい状況を遠くから見ていて、頑張って欲しいと一瞬でも思った私が間違いでした。

彼(彼女)らは所詮、流れや雰囲気で反対しただけだったのです。だから今回も流れや雰囲気で賛成したのです。

数ヶ月前郵政法案が政府から提案されたとき、自民党所属国会議員のほとんどが反対でした。しかし現在は所属議員が「全員」賛成。この間に何があったのでしょうか。

人は誰でも考えが変わる時があります。かくいう私も。しかし今回のケースは考えが変わったのではなく、考えが変わらないまま採決をねじ曲げたのです。

政治家には大切な仕事がたくさんあります。その中で最も大切なのは、各種案件に対する「採決」です。このことに異論を挟む人はいないでしょう。

だからこそ、先の国会では衆参ともに「採決」シーンがテレビで流れ、有権者の大きな関心を集めたのです。

さてかねてから問題視している“党議拘束"が、ここでも頭をもたげます。

多くの議員は「政党の決定だから」と逃げます。

“党議拘束"と自分の考えが違った場合、どちらを優先すべきなのでしょうか。それは自分の考えです。何よりも大切なのは政治家たる自分の信念なのです。

この至極当然のことが、残念ながら年々少数意見になっています。二大政党と呼ばれるようになってから、民主党も様々な“党議拘束"が厳しくなっています。

過日堺市長選挙に応援に行きましたが、彼が民主党推薦候補でなかったことで、ある所からクレームが入りました。これって余りにも変ではないですか?

我が儘を言っているわけではありません。民意をふたつに集約する二大政党制は、それぞれに幅を持たせ、その幅を主権者の面前で明らかにする必要があります。そのためにも個々人の考えは、有権者にアピールすべきなのです。

ひとつの“党議拘束"が出たときも、100%その通りでなくてはならないというのは、かえって全体として民意の反映をおろそかにしていることです。

小泉総理の刺客作戦に、最初から違和感を覚えたのも以上の理由によります。

だいたい小泉総理は以前から、多くの“党議拘束"違反を繰り返し、総理になるその日まで、地元自民党神奈川県連では役職停止処分だったのです。そこに彼の良さもあったのです。

多様性において一日の長があった自民党にも、“党議拘束"を隠れ蓑にするマニュアル議員が増えてしまいました。

民主党がそうならないように、自らの発言を行動を常に問うてまいります。




2005年10月13日(木) JC担当例会〜構造改革特区〜

青年会議所(JC)で所属する委員会の担当例会がありました。JCは委員会活動を基本としているため、いわば一年のメインイベントです。

テーマは「構造改革特区」で、前回の勉強会に引き続いて経済産業省から講師を迎えました。

またまた私より若い官僚ですが、話も上手で、とてもためになりました。

例会の内容もそうですが、やはり担当したこと自体が印象に残ります。自分が委員長として責任者をやったときも、一メンバーとして参加したものもありますが、どれも思い出に残っています。

経済的余裕もないため、普段はなかなか出れない懇親会ですが、今日はゆっくり楽しめました。やはり例会とともに宴会も大切ですね。

来年のJCは会員拡大委員会に所属することが決まっています。通常行う例会を担当せずに、その名のとおり新入会員を勧誘するのが役割です。

来年は実質選挙の年でもありますが、できるだけ頑張ってまいります。


2005年10月12日(水) 麻雀と大富豪

パチンコも競馬・競輪も全くしませんが、昔から麻雀は大好きです。学生時代の影響でしょう。

どうしても時間が長くなってしまうので、最近は遠慮していますが、友人たちは日々やっているようです。

何故こんな話を書いているかと言えば、今日10代の人とした会話によります。

トランプゲームで「大富豪(または大貧民)」というのがあります。私が中学・高校生くらいの時に流行りました。

その10代の方は、それを携帯電話のモバイルゲームで覚えたとのこと。少し驚きました。さぞかしカードがとても小さく見えるのでしょう。

私も学生時代にした麻雀は、自分が中学・高校生のときにテレビゲームで覚えたものです。

歌謡曲も本物の曲を聴いたことがなくても、しっかりカラオケで唄えたりします。

バーチェル体験が、イコール実体験である時代です。


2005年10月11日(火) 何故かお湯が出ない

週も明けました。今日からまた朝の駅頭活動です。気合いを入れて5:30に起床しました。

シャワーを浴びるべく風呂場に行き、蛇口をひねると、なんとお湯が出ません。

時間がないので、そのまま着替えて駅に行きました。街頭活動終了後、再び家に帰り試みますが、状況は変わりません。

ガス代の支払いが滞っているのかと思い、ガス会社に電話してみると、別に止まっている訳ではないとのこと。

昨晩は風呂に入らなかったので、どうしてもシャワーだけでも浴びたく、仕方なく国道16号沿いのサウナに行きました。

朝なのですいてます。せっかく料金を払ったので、1時間弱ゆっくりと風呂につかりました。

返って再びガス会社に電話し、こんな場合の対処方法を聞きます。表の扉を開けて、ボタンを押して・・・・。わかりにくいです。

またまた時間がないので、夜帰宅後に再挑戦することにしました。

今事務所で日記を書いてますが、この後家に帰ります。果たしてうまくいくでしょうか。あるいは明日もサウナでしょうか。


2005年10月10日(月) 初クールビズも完全に終わり

本格的に気温が下がりました。クールビズも完全に終わりを告げ、上着とネクタイ姿に戻ります。

久しぶりなので首がこそばゆいですが、やはりこの格好の方が気合いが入ります。

以前は我慢大会のように、暑い日でも寒い日でも、スーツにネクタイ姿で駅に立っていました。

しかしそれが自己満足でしかないと気付き、また見ている周りにも不快な気持ちを与えていると知り、今年は初めてノーネクタイと半袖で夏を過ごしました。

「政策」という大切なこだわりを持ち続けるためにも、服装などある意味どうでもいいことは自然体にしたいと思います。

季節の変わり目です。お体ご自愛下さい。


2005年10月09日(日) 北朝鮮報道で感じた憤り

TBS“報道特集”で「カメラが見た北朝鮮」をやってました。

最初から最後までじっと見ていましたが、多くの疑問を感じたので記します。いや疑問ではなく、憤りと言っていいかもしれません。

視点が少し厳しすぎるかもしれませんが、“報道特集”は硬派のとても良い番組です。在宅時はほとんど見ています。だからこその意見です。


【1、番組自体に意味がない】

北朝鮮は原則誰でも旅行が出来ます。かくいう私が数年前に旅行したのも特別ルートで入国したわけでなく、通常の旅行代理店に頼みました。
 
今回記者が同行取材したのは“中朝国境ルート”と言われる通常の旅行コースで、中国人が毎日のように行き来しています。あえて映し出すほどものではありません。


【2、明らかな誇張】

走っているバスの中からカメラと回すと、道路で寝ころんでいる人がいます。するとテロップで「道ばたで倒れている人が」と出ます。

これには驚きです。外国に限らず日本でも道路で寝ている人はいます。テレビに映った人もその例外には見えませんでした。


【3、北朝鮮人への話かけ方が失礼】

ツアーガイドに「ボーイフレンド」はいるの?とカメラを回しながら聞きます。こんなこと日本でやれば‘セクハラおやじ'です。

また海岸で遊ぶ子供が、旅行者にびっくりして逃げようとすると、「お菓子をあげるから逃げないで」と声をかけます。何という話かけ方でしょう。大変失礼です!


そして以下が最大の問題です。

【4、一般の北朝鮮人に対しては慎重に取材すべき】

上で書いた子供との会話も、ツアーガイドとの会話も同じです。取材(?)にはもっと気を遣うべきです。

北朝鮮人は外国人との接触は禁止されています。エリートの旅行ガイドですら、監視員が付いていると言われます。多くの中のワンフレーズであっても、それがテレビに映し出されることによって、彼らにどんな火の粉がふりかかるかわかりません。

安易な日本人記者は、社会状況について質問していましたが、そんなことを聞いて答えられるはずがありません。また期待するような答えが返ってきたら、その人はそれこそ‘処罰’されます。

私は旅行中に北朝鮮の人と色々な話や体験をしましたが、それを過去記していないのは、安易に書いたことが巡り巡って、彼らの不利益になってはならないと思うからです。

独裁政権は悪虐でも、そこに暮らす人々と接するには気を遣うべきです。


2005年10月08日(土) 母校の校名が変わる

母校である明大八王子高校の名前が変わるとのこと。本日開催された卒業生の会(戸富貴会)臨時委員会で、副校長と教頭から提案がありました。

「明治大学付属中野八王子高等学校」を変えて、
「明治大学付属八王子高等学校」になります。

‘中野'の二文字が消えるわけです。中野区東中野にある兄弟校の分校という意味で設立時に付けたのですが、わかりにくいとの指摘を常に受け続けていました。

中野校もスポーツや芸能人などで有名で、母校八王子も本年は高校野球地区大会で決勝戦に行ったこともあり、はっきり区別した方がよいと教職員で話しになったそうです。

大学やPTAなどには既に意見聴衆を終えて、私たち卒業生に承諾を得られれば、即法人の理事会にて手続きをするとのことです。

既に「明八」という愛称が定着し、在学中のバスケ部ユニフォームなども「明大八王子」と書かれていたので、会議では会長として“賛成"の意見を述べました。

早ければ来年4月から新校名でスタートするそうです。


2005年10月07日(金) 方針転換が安易ではないか

国連安保理事国になることが、暗礁に乗り上げてから数ヶ月が経ちました。

残念ながら先般の総選挙でも話題にすらなりませんでしたが、政府はその後も取り組みを続けていたようです。

新聞の片隅に「政府はG4から米強調へ転換」との記事を見つけました。しかしこの記事の小さいこと。

こんなに重要なテーマが、新聞の片隅にあるのも変ですし、この方針転換について国民に対して政府から説明がないのも問題です。

一貫して、アメリカは日本の理事国入りに理解を示しながらも、常任理事国の拡大には反対しています。矛盾です。

しかしアメリカにしても他の常任理事国にとっても、理事国は少ない方がいいのが当たり前です。

そのことが日本政府ですら解っていたからこそ、同じ目的を持ったドイツ他の国々(G4)と強調してきたはずです。

今回の方針転換によって、ともに理事国拡大を訴えていたG4の国々との信頼関係が損なわれてはいけません。

6ヶ国協議においても、アメリカは日本のために動いてはくれませんでした。

いや批判するのは筋違いです。アメリカを動かすだけの力と能力が、日本政府になかったのです。

国際社会のなかでの、安易な方針転換に異論を唱えます!

そして繰り返し言っていることですが、国連安保理事国になるかどうかは、まさに国の行く末を左右する重大な問題です。

最低でも国会で、できれば国民全体のなかで議論し、意見集約をしていくべきです。


2005年10月06日(木) 候補者に会ったことがなくても

今日から参議院選挙です。公営掲示板のポスター貼りを、党総支部メンバーで分担しました。

矢部・上矢部・相生・弥栄・富士見あたりを担当しました。

しかし私はじめ多くのメンバーは、いまだ候補者の顔を見たことがありません。急遽決定したこともあるのでしょうが、やはり一度会ってみたいものです。

政党同士の戦いとはいえ、一票はあくまで個人に入れます。

ましてや私は、人様にこの候補者を薦める立場です。

誕生日が一緒(9月29日生まれ)なのと、好物が納豆(何故かポスターにまで書いてある)の点は親近感を覚えましたが、そんなことを参考に投票するわけでもありません。

「子育て」を重点に掲げていますが、総論ではなく具体的政策も聞いてみたいです。

決して文句を言っているのではありません。自民党の候補者は、皆がテレビなどで知っている人です。

その分民主党の候補者も、せめて中心で運動する党員には顔見せできる段取りが必要です。

今からでも・・・。


2005年10月05日(水) ご商売でもポスター、ありがたいです

支援して頂いている飲み屋さんの10周年があり、お祝いの席に参加してきました。

「10年一昔」という用語があるように、10年という月日は、何かを語るに足る長さなのでしょう。

私も25歳から市議を初めて、もうすぐ9年になります。これも早いものです。人によっては「え!もう34なの?」と言われる方もいます。

さて市内二本松にあるこの飲み屋さんは、私のポスターを貼って下さっています。常連さんに私の支持者が多いわけでもなく、また私自身が常連というわけでもありません。

当然お客さんには色々な人がいるわけで、他候補を応援している方からクレームがつくこともあるでしょう。

本当にありがたい限りです。

この方も市議在職中よりも、むしろ浪人になってから強く応援して下さっています。

決戦の日まで一年半をきりました。皆さんの思いを大切にし一層頑張ります。


2005年10月04日(火) 市民活動サポートセンターの委託

所属するNPO法人さがみはら市民会議は、元々市が設置した「市民活動サポートセンター」の受託をきっかけに結成されました。

「サポートセンター」は公設民営(=市が設置して民間団体が運営すること)です。

「サポートセンター」については、市議時代にも当初から関心を持ちながら、本会議や委員会でも発言をしてきました。

今日はその打ち合わせを、市担当のパートナーシップ推進課と市民会議理事で行いました。

主な議題は今まで“委託”でやっていた部分を“自主事業”に変えることです。

市が支出していた委託費の見直しと、「サポートセンター」自体の役割を考えて、市から提案がありました。

委託費でなくなると、その後は補助金になるのですが、これはあくまで自主的な資金の不足分を補う名目で支出されます。

つまり一定の自主財源がないと成り立たないのです。

それが果たして可能か。まさに「サポートセンター」受託団体として真価が問われます。

しかし税金を投入して設置した、市民にとって大切な施設です。気合いだけではいけません。

今後の相模原の市民活動の発展に資するように、冷静な検証が必要です。





2005年10月03日(月) 党支部常任幹事会

党支部常任幹事会を行いました。終了後、選挙の慰労会も開催され、久しぶりに藤井先生のお話を聞きました。

選対幹事長をつとめたことから、乾杯の大役を受けました。その挨拶です。

「極めて残念な結果となった選挙の反省を行い、次に繋げていくこと。そして藤井先生が長い間に残された足跡を、あわせて次に繋げていくこと。それが今日の会の目的です。心をひとつにして乾杯したいと思います。乾杯!」

会議では参議院補欠選挙についても、スケジュールの確認を含め話し合われました。

10月 6日(木)公示
10月23日(日)投票

党公認候補 牧山ひろえ

何と今週の木曜日が公示日です。またまた選挙か・・・。正直な感想ですが、この仕事をしている以上やむを得ません。頑張ります。





2005年10月02日(日) それでも有権者を信じる

10:30 なんばのホテル発(徒歩)

11:00 なんば駅バスターミナル発

11:30 大阪(伊丹)空港着
12:00 大阪(伊丹)空港発

13:10 羽田空港着
13:35 羽田空港発(シャトルバス)

14:25 相模大野駅着
14:30 相模大野駅発(神奈中バス)

14:50 上溝本町バス停着

相模原に帰ってまいりました。

自宅で着替え、早速事務所に直行。1週間の不在による、郵便物やFAXなどの整理していると、堺で投票箱が閉まる夜8時になりました。

いちいち選挙事務所に電話するまでもなく、現在はインターネットで開票速報が見れます。すると、まだ画面上は全候補0票の段階で、携帯電話が鳴りました。

関東にいる明大雄弁部の後輩からで、NHKが現職の当確を打ったとのこと。NHKの当確は、まず間違いがありません。

応援した森山浩行は、現職に及びませんでした。

(選挙結果は、コチラをクリックしてください)

現在最終結果を見ながら、この日記を書いてます。善戦だったのか惨敗だったのか、堺市内での評価は私には聞こえてきません。

森山浩行を応援した多くの皆さんが、これによって政治に対する関心を失わないことを願います。

そして政治家森山浩行が、有権者に対する信頼を失わないことを信じます。


2005年10月01日(土) 最後の応援演説

1週間にわたった堺市長選挙の手伝いも、本日で終了しました。マイク納めは街頭演説もかねて、南海鉄道「堺駅」で行いました。ずっとベタで入っていたので、最後はやはりジーンときます。

このマイク納め演説会で、最後の応援演説をしました。以下その内容です。この日記を書いている現在、いまだ期間中のため候補者名は書けません。ご理解ください。

「私は1週間にわたり候補者宅に泊まり選挙を手伝った。その間数百カ所のスポットで言っていたことは、まさに自分の活動を休止してまで堺にやってきた理由とイコールである。

,弔蓮∋笋燭疏衞聾胸毀韻浪甬遒里泙舛鼎りにおいて堺市をモデルにしてきた。中核市指定の際、保健所設置の際などである。

そして政令市を今後政令市を目指すにあたっても、おそらく堺市はモデルになるであろう。だからこそ私のふるさと相模原がモデルにしている堺市は、政令市に相応しい市長選挙をしてほしかった。

堺市民がもういらないと言った大阪府から、官僚を市長として天下りさせるのは、政令市の意義をないがしろにすることだ。

△弔蓮現職の事務所には、各政党と数百に及ぶ各種団体の推薦状が並んでいる。私は民主党員として2週間前まで衆議院選挙を戦っていた。民主党は自民党と戦い、自民党もまた民主党と戦っていた。その余韻も醒めやらぬこの堺市長選挙で、どうして相乗りができるのか。理解できない。

各種団体の推薦の多くも、候補者が現職というだけで推薦し、決して対立候補との比較検討は行わない。

まちづくりに携わる多くの組織団体による“惰性”と“馴れ合い”を打破することが、私たち若くして政治をやっている人間の共通の目標だ。

つは、候補者と私は明大雄弁部で同じ釜の飯を食った。神田駿河台で酒を飲みながら、政治について、互いの将来について何度も話した。

政治を志望する人間のほどんどは‘国政'志望だった。かくいう私もそうだった。しかし候補者だけは違った。

かれは当時から「自分の目指す政治とは、生まれ育ったふるさと堺のまちづくりだ。それを行う市長になりたい。」と言っていた。

その言葉を私は覚えていたから、堺に来て今ここで候補者の支援をお願いしているのだ。」

色々感じることのあった1週間でした。彼が府議の職を投げ打って立候補した意味は大きかったと思います。

結果はもはや待つしかありませんが、オール与党対共産党という構図に飽き飽きしている多くの市民に対して、感動と選択肢を与えられたと確信します。

本当の意味で戦っている政治家の演説は、本当に美しく見えるものです。後輩ながらあっぱれでした!

さて最終日の夜なので、候補者宅に泊まるのも迷惑かと思いビジネスホテルにしました。

明日の出発も考えて、堺ではなく‘なんば’にしました。「ミナミの帝王」のまさにその場所。以前も何度か来たことがありますが、繁華街としては日本一の規模でしょう。

今回学んだことを活かして、明日からは自分の活動に邁進いたします。

ありがとう堺!


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