てらさき雄介の日記
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2005年07月31日(日) 南極の氷を食べる

自衛隊募集事務所の自衛官が転勤することになり、その送別会に参加しました。

開催したお店のご子息も自衛官であり、昨年まで南極観測船に乗っていたとのこと。

市内の小学校でその体験談を話したそうですが、小学生ならず私も興味深々でした。

するとご主人が気を使ってか、ある物を下さいました。なんと南極の氷です。

二億年前に形成された氷だそうで、細かくきれいに気泡があり水に入れるとシュワシュワと音がします。おいしく頂きました。

今後こんな経験ができるかわかりませんが、南極は一度は行ってみたい所です。


2005年07月30日(土) 予選決勝戦、母校の応援に

高校野球西東京大会の決勝戦に、母校の応援に行きました。場所は神宮、午後1時からの試合です。

相手は二年連続甲子園出場の日大三高、お隣町田市にある学校です。

母校明大中野八王子高校は5年前に初めて決勝戦に出て、その際も応援に行ったのですが大差で敗れました。

今年こそはと、私や友人も気合を入れて応援していました。

しかし相手の打線の強いこと・・・。打てない選手が全くいません。打者一巡もくらってしまいました。

母校明八も毎回出塁はするのですが、なかなか得点に結びつきません。結果再び大差で敗れてしまいました。

来年以降に期待いたします。






2005年07月29日(金) パソコン作業、人に頼ってしまう

事務所へのパソコン移動を完了しました。プロバイダの都合でネット回線はいまだ自宅ですが、手配も含めほぼ終了しました。

長年仕事でパソコンをいじってますが、システムなど基本的なことはほとんど知りません。今日の移動や整備の作業も、これを得意とする同級生にすべてまかせっきりです。

この友人はかなりのレベルですが、聞くと完全に独学とのこと。大したものです。

自分でもっと勉強しなくてはと思いながら、おそらくまた頼んでしまうのでしょう。


2005年07月28日(木) 相模原の“馬車道”

異業種交流会である相模原馬車道会の例会に参加しました。支援者の方からお誘いを頂いて、今日で4回目の参加です。

大元はその名の通り,横浜馬車道会というやはり異業種交流会で、その相模原バージョンとして発足し数年を経ています。

しかし今日の会長挨拶から、相模原にも“馬車道”があったということを初めて知りました。

淵野辺駅北口から麻布獣医に行く通りを、大分以前はそう呼んでいたそうです。相模原会の発足にあたっても、そのことを考慮に入れながら命名したそうです。

会合の掛け持ちは、余り好きではありません。今日も最初から最後までいましたが、会を重ねるごとに参加者同士が親しくなっていくのを実感します。

浪人中であるにも関わらず、色々な会に呼んでくださる皆様に、改めて感謝申し上げます。


2005年07月27日(水) 明大マスコミクラブ納涼会

明大マスコミクラブ(通称MMC)の納涼会に行ってきました。ある会で偶然知り合った方にお誘い頂き、初めての参加です。

銀座の三越交差点角にあるビアホールで開催され、マスコミ関係者や現役学生など多くの参加で盛会でした。

明大雄弁部の先輩でありテレビ東京OBでもある、田中良都議の挨拶が印象的でした。

『マスコミの始まりは新聞。その新聞を福沢諭吉が中心につくったのには経緯がある。

明治維新に際して伊藤博文を中心に海外へ行き各種制度を学んだ際に、近代国家をつくるにはやはりマスコミがなくてはならないということになった。

伊藤は帰国後福沢を訪ね、お金も人も出すので日本にマスコミをつくって欲しいと頼んだ。

福沢の答えは了、しかし条件があるとのこと。“お金も人も出してもらう必要はない。しかし政府の批判も好きに書かせてもらう”

この日本最初のマスコミ人の精神を忘れないでほしい。』

含蓄のある話でした。記者クラブ制度のみが悪いわけではありません。日本の伝統構造自体が、残念ながら長いものに巻かれることを助長している点もあります。

しかし真実を追求することが、主権者たる国民の利益に反する例を私は知りません。あらゆる権力や組織から独立して、引き続きマスコミで仕事をされている皆様には頑張ってほしいです。


2005年07月26日(火) 台風でスケジュール変更

接近している台風のため予定が一部変わりました。

今日はてらさき雄介レディースの例会を予定していましたが、皆様の足を考え延期にしました。

結果欠席を予定していた、NPO法人さがみはら市民会議の理事会に参加できました。

雨はそれほど凄くありませんが、風と、雰囲気が本格的台風であることを告げています。

皆様が安全で過ごされますように。


2005年07月25日(月) 衆議院の解散風

“解散風”というのが、国会にはあるそうです。郵政民営化の参議院本会議採決に関連して、事によっては衆議院解散ではと、既に選挙ポスターの作成をはじめた方もいるとか。

ひょっとすればひょっとするかもしれません・・・。

ここ神奈川県第14区も、自民党の候補者が既に決定しました。政権交代と藤井裕久代議士の必勝を目指し、どちらにしろいずれやって来る衆議院選挙では精一杯頑張ります。

道路公団幹部が逮捕されました。これも官製談合でしたが、それを助長してきたのは政治です。

談合・根回し・なあなあ・冠婚葬祭・金帰火来・金権・名誉職などなど、政治の悪弊を招いてきた自民党的政治体質を、今こそ変えていかなくてはなりません。最近より一層そう思います。


2005年07月24日(日) 上溝夏まつり警備

上溝夏まつりの警備を消防団員として行いました。

朝 9:00 詰所集合(少し遅参)
  9:30 五部会山車警備
 11:00 本町御輿警備
 14:00 昼食
 15:00 本部待機  
     その間、交差点整理・パトロール・救急出動3件など行う
 21:30 歩行者天国解除
 22:00 解散
 22:30 詰所にて反省会 

といった感じです。上溝夏まつりは開催している側の参加者が、とても多いことが特徴です。上溝で諸活動をしている皆さんが、各地で一日奮闘されています。

補助金がなくてはやっていけないような‘まつり’も、市内には散見されますが、上溝夏まつりは本当に良いまつりだと自画自賛です。

ここ数年は消防団活動で御輿を担げませんが、年に一度多くの皆さんと共同作業をする機会は楽しいものです。


2005年07月23日(土) 公職選挙法の学習会

党総支部主催の「民主スクール」第二回が開催されました。基本的には新人市議候補のために行われていますが、私もできる限り出席したいと考えています。

今日のテーマは‘公職選挙法と政治資金規正法’です。特に前者の方に時間をかけて、党本部よりの講師に話して頂きました。

パラパラと見ることはあっても、基本的にこの世界(政治の世界の意)は実地勉強であります。各種の政治活動と選挙運動を経験しながら、体で違反を覚えるというところでしょうか。

だからこそ時には、しっかり法律の仕組みや解釈を学習する機会も必要かもしれません。

現在の公職選挙法には、戸別訪問や立ち会い演説会の禁止など、時代にそぐわない内容も盛り込まれています。

現行法を遵守するのは当然ですが、近い将来国会にて抜本的改正がされることを期待いたします。


2005年07月22日(金) 郵政民営化についての意見

私はかねてから郵政民営化には賛成です。しかしもし国会議員だったら、今回の法案には反対していたかもしれません。(前提自体が想像なので、断定は避けました)

政治家はあくまで政策優先ですが、小泉総理のやり方は余りにも民主主義から逸脱しており、かつ法案の中身も「官製民間会社」をつくる位の話にしかなっていません。

まだまだ情勢は緊迫していますが、民主党はもっと国会のなかで政策面での論戦を挑み、有権者に向かってもよりアピールすべきです。

自民党内の反対派と主張がどう違うのか明確にしなければ、守旧派と一緒になってしまいます。

松沢県知事は、かつて代議士時代に「民」主党の「民」をこう説明しました。政治に「民」意を直接届ける意味、そして官から「民」への転換をはかる意味、この二つの改革を行うのが「民」主党だと。今回の民営化は後段の方の話です。

郵政各社による株の持ち合いをなくし、民間の参入障壁を廃止するだけで足りる話なのに、なぜそれができないか疑問です。






2005年07月21日(木) 中国の人民元切り上げについて

ついに中国が人民元を切り上げました。日本政府のみでなく、国際社会全体が基本的には歓迎の意向を示しています。

中国の経済大国化が驚異かどうかは、見るものによって意見がわかれます。そもそも経済力が付いているのかさえ、そうでないという見方もあります。

もちろん12億の‘人民’を豊かにすることは、多くの時間が必要ですし、国の成り立ちから見直さなくてはなりません。

日本最大の貿易相手国は、すでにアメリカを抜いて中国になっています。私が幼少の頃は考えられなかったことです。

坂本龍馬は薩長同盟を推進するにあたり、まずは仲の悪い両者の経済的交流から始めました。

中国の経済成長を日本にとっての驚異を捉えるのではなく、両国の友好関係を築くきっかけとすべきです。


2005年07月20日(水) 神奈川県若手市議の会総会

神奈川県若手市議会議員の会総会に参加しました。「前」相模原市議という立場で、賛助会員にして頂いています。

十数名の参加で多くの意見交換ができました。それぞれオリジナリティー溢れる面々で、政党は違えど改革に向けて頑張っている方々です。

(本日の総会参加者)
青山 圭一(川崎市多摩区・民主党)
石田 康博(川崎市宮前区・自民党)
工藤裕一郎(横浜市青葉区・無所属)
佐竹 百里(綾瀬市・民主党)
菅原 直敏(大和市・無所属)
長友 克洋(相模原市・民主党)
古川 直季(横浜市旭区・自民党)
松尾 崇 (鎌倉市・無所属)
横山 正人(横浜市青葉区・自民党)
角田 宏子(横浜市栄区・自民党)
寺崎 雄介(相模原市・民主党・賛助会員)

時々現職の県議会議員と話しをすると、あろうことにか市議会議員を見下しいている人もいます。ふざけた話です。

市議を経験し県政に挑戦する以上、基礎自治体である「市」の苦境を県政で一生懸命訴えていきたいです。







2005年07月19日(火) 母校の先生方と会食

母校である明大中野八王子高校の校友会(OB会)役員と、担当の先生方とで懇親会を開きました。場所は八王子駅そばの、同じく卒業生のお店です。

高校時代に教えて頂いた先生もいますし、初めてお話をする方もいました。新たな発見もあって楽しかったです。

学校の制度も当時とは違っている点もあり、生徒や親の雰囲気も変化しているそうです。

政治を変えるには投票率を上げることが必要です。そのためには政治家や候補者がしっかりすることも必要ですが、教育における努力も大切です。

民主主義がいかに良い制度であるかを教え、その民主主義は主権者の参加がないと成り立たないことを教える。

いわゆる政治教育とは違った面で、政治を教えるべきです。なんていうことを語りながら、昔を懐かしみました。


2005年07月18日(月) 盆踊りの会費は突っ返してください

議員やその候補者が、盆踊りなどお祭りに寄付(自称‘会費’)を持っていくと、当然公職選挙法違反になります。

各種違反がありますが、私なりに言えば悪質な部類だと思います。

住まいの上溝周辺はお祭りが多いため、よく議員が寄付をする場面に出くわします。人によっては親族や経営する会社の名義で持ってきます。

私は受付で名刺のみ出しながら、「法律で禁止されているため、これで失礼します。」と言うようにしています。

全国津々浦々で同じことを言っている同志のお陰で、だんだんと盆通りに寄付をしてはいけないことが、実質的も定着してきました。

だめ押しは、有権者の皆様にお願いするしかありません。これから盆踊りをはじめ、お祭りが多くあるシーズンです。

議員やその候補者がお祝い袋を持ってきたら、突っ返すまで至らなくても丁重に断ってください。


2005年07月17日(日) しかし携帯電話は高いですね

携帯電話はの料金はとても高いですね。機械の値段、基本料金、そして通話料すべてです。

この高値は、もはや多少の我慢ではすまないレベルです。高過ぎです!常識外です!

急にこんなことを思ったのではなく、前から感じていました。

利用者は年々増加し、一時期はうなぎ登りだったはずです。市場原理からすれば、当然値段はうなぎ(?)下がりになるはずです。

通信分野の料金が高いことは、日本の国策としても問題があります。消費者ももっと声を上げるべきです。

少なくとも私は「携帯は高い」と声を上げ続けていきます。かつて本多勝一氏がNHK受信料に文句を言い続けて、それが国会でも議論になったことがありました。

まあ今の私では、大資本は歯牙にもかけないでしょうが、いつの日か・・・。


2005年07月16日(土) 青根キャンプ場にて

青年会議所の事業を津久井町の青根キャンプ場で行いました。来年3月20日には、新相模原市となる地域です。

自宅の上溝から道がすいてても、車で約1時間かかります。遠いですが、道すがらに見る豊富な自然は素晴らしいものです。

キャンプ場のなかには、宮ヶ瀬ダム建設に際して近隣地域が不利益を被ったことの「碑」などもあり、津久井にはまだまだ知らないことが多くあると痛感しました。

同じ街になるのだから、もっと勉強しなくてはいけません。


2005年07月15日(金) 日頃気が付かないカーブミラーについて

安全施設業協会の皆さんによるバーベキューに参加しました。昼からの会でしたが、午前中は業界の皆さんがボランティアで、市内のカーブミラーを清掃して下さいました。

バーベキューの中でも清掃した感想などを伺うと、安全にとって大切なカーブミラーが以外と不備が多いことに気が付きます。

県は例によって「お金がない」で補修を先送りしているようですが、無駄な再開発事業や道路建設に多大な補助金を出している現状です。

予算の優先順位が明らかに違います。

色々な日頃気付かないことを学んだ一日でした。


2005年07月14日(木) 新事務所、実は思い出の場所

新しく後援会事務所を開設します。詳細は正式に稼働してから、このHP上でもお知らせ致します。

市役所通りのあるビル2階です。

まだ33歳という年齢で思い出に浸るのも嫌なので、余り言っていませんでしたが、この新事務所は思い出の場所です。

ここは今から8年前に、初めて相模原市議会補欠選挙に立候補した際、同じく選挙事務所として借りた場所なのです。

縁起をかつぐような発想はそもそもしませんが、私のみでなく支援者の皆さんにとっても大切な場所であろうことを考えると、一層頑張らなくてはと思います。


2005年07月13日(水) 面白きこともなき世を面白く

尊敬する高杉晋作の辞世です。

臨終に立ち会ったある人が、高杉の死後に下の句を「すみなすものは心なりけり」と付けましたが、司馬遼太郎も言うように少しまとまり過ぎな気もします。

幕末のなかで高杉晋作は、坂本龍馬とは違った意味で奇想天外であり、結果倒幕について大きな功績を残しました。

しかしいい辞世ですね。以前は豊臣秀吉の“難波のことは夢のまた夢”に哀愁と重みを感じていましたが、今は高杉的風流に憧れています。

「寺崎は変わっている」と、青年時代からずっと言われてきました。それは褒め言葉でもあり、かつ苦言でもあった気がします。

日本が抱えている多くの課題を解決するには、もはや‘国家’や‘主権’を超えた発想が必要になってきています。

日本の政治についても、議員内閣制や天皇制など、基本的課題について議論しなければなりません。

行動において独善に陥らないように気を付けますが、発想において自粛をするときは政治を辞める時と決めています。


2005年07月12日(火) 福祉コミュニティ形成モデル事業推進委員会

長い名前の委員会ですが、所属する市民団体からの出向で委嘱を受け、第一回会議に参加しました。

オブザーバーとして市役所の担当者も出席していますが、主催は社会福祉協議会です。

任期は3年間であり、この種の委員にしては長期にわたります。

本日の内容は以下のとおりです。

1、委嘱式
2、自己紹介
3、正副委員長決定(ともに学識経験者枠の大学教員でした)
4、福祉活動の現状と課題について意見交換

他参加者のほとんどが、公募かあるいは福祉関係団体からの出向であります。少し恐縮してしまいました。

政治を仕事にしているとは言え、専門性では他の委員に明らかに劣っており、正直勉強も兼ねての参加になってしまいます。

具体的議論は次回以降になりましたが、「コミュニティ」の単位が自治会連合会の区分になっていることが、とても気になりました。

行政から見ればその方が把握しやすいのでしょうが、生活圏が自治連単位などという市民は非常に少なくなっています。(いや以前からいないかもしれません)

もう少し広げた範囲での「コミュニティ」形成を考えるべきかもしれません。




2005年07月11日(月) 後援会役員会で決めたこと

後援会役員会が開催されました。定例の会ですが、本日は特に重要なことを数点決めましたので、以下にご報告申し上げます。

1、「県政改革シンポジウム」を開催します。

このHPのトップページにも案内を掲載しましたが、9月3日(土)午後3時から、けやき会館にて開催いたします。藤井裕久代議士挨拶、松沢県 知事基調講演の後、浅尾参議院議員・森山大阪府議・牛山明大助教授・そして寺崎雄介によるパネルディスカッションを行います。政治家の命である“政策”を思い切り発信すべく頑張ります。

2、後援会事務所を開設します。

多くの方々のご支援により8月8日(月)より後援会事務所を構えることになりました。事務所開きは同日午後5時より同事務所にて開催いたします。場所などは以下の通りです。
  住所 相模原市中央3−6−6 トーエイビル208
  電話 042−751−3016 FAX 042−751−3017
   (8/8より通じます)

3、藤井裕久代議士後援会・秋のバス旅行に参加します。

昨年も参加しましたが、今年も私の後援会でバス1台分参加します。国会
議事堂やフジテレビなどの見学です。参加者を募集しています。是非ご連絡ください。(会費は大人6,300円です)

以上の通りです。

「後援会」という組織の存在が、有権者と政治を遠ざけている一面も確かにあります。

私自身は無論のこと、多くの役員皆様が常にこのことに気を使って頂いているのは感謝に堪えません。一部の人による特殊な集団にならないよう、常に有権者全体に目を向けた後援会活動をしてまいります。

引き続きのご支援をよろしくお願い申し上げます。


2005年07月10日(日) 境川クリーンアップ作戦に参加

相模原市民と町田市民で境川を掃除する、年に一度の「境川クリーンアップ作戦」が行なわれました。

友人が多く実行委員に入っているので、例年できるだけ参加するようにしています。

とても暑い気候でしたが、いい汗をかきました。

掃除や献血などは、理屈ぬきで人の役に立つので、本当に楽しくできるものです。

津久井との合併協議が進行していますが、将来に向かって町田市との連携はまちづくりに不可欠です。


2005年07月09日(土) 私にもある「暗黒面」への興味

映画が好きだと、方々で言っています。すると不思議なもので、同じ趣味を持った方と知り合いになることがあります。

元来映画は一人で見る主義ですが、本日は数人で連れ立って「エピソード3」を見てきました。

スターウォーズシリーズは、過去5作全部見ていますが、正直余り印象に残っていません。可もなく不可もないと言ったところでしょうか。

しかし今回の完結編はとても面白い作品です。

いまやSFXのない映画はほとんどありませんが、それだけにSFXが物語りにどう活かされているかが、面白いかどうかに直結します。

また過去の作品が、俳優の演技に重点がおかれていなかったに比べ、今回は迫真の演技が各所で展開されました。

最後の、アナキン・スカイウォーカーとオビワン・ケノービの対決は、映画史に残るものでしょう。

劇中とても‘うるうる’したのは、アナキンが「暗黒面」に落ちていく過程です。

人間には当然に、誰にも「暗黒面」があるわけですし、以外と簡単に「暗黒面」に陥っていまうものです。

私は政治家として、そこに陥ることは絶対に拒否いたします。

しかし一方で、かねてから人間とは何物であるかをより追求したいという欲求が、私のなかにはあります。

その中身には、この「暗黒面」に対する興味が多くあるのも事実です。

ジェダイマスターのヨーダは、「暗黒面」に興味を抱くこと自体が危険と言っていましたが、果たしてそうでしょうか。

私にも危険な傾向がないかを、少し考えてしまいました。


2005年07月08日(金) 党支部国政報告会での司会

党支部主催の藤井裕久国政報告会にて、司会の役をつとめました。

党員のみ二百名程の参加で、約一時間にわたりお話を伺いしました。

党本部で「近現代史」を調査するプロジェクトチームが発足され、党内で共通の歴史認識をつくる作業がすすんでいるそうです。時間はかかるでしょうが、意義深いと思います。

この国政報告会の目玉は、何と言っても質疑応答です。多くの方からご意見やご質問を頂きました。

郵政などのご意見もありましたが、日本外交のあるべき姿について関心を持っている方が多いことが印象的でした。

政府による国連安保理事国入りの工作が、国内での議論がされないまま進んでいます。

今こそ国会は本来の仕事に立ち返り、真に国益になる外交政策を展開すべきです。


2005年07月07日(木) 消防団幹部納涼会

消防団幹部(各部部長、本部役員)の納涼会がありました。

全部で百人くらいだったでしょうか。こんなに多い人数での、着席での宴会はあまり見たことがありません。

上溝分団のメンバーとは普段も交流ができますが、他地区になるとなかなか知り合う機会もありません。私にとってはありがたい会でした。

団活動についても、活動費の至急や運営方法なども各地区で異なるようで、上溝はまだ恵まれている点もありました。

火事場で火を消す作業においては、もはや消防団の役割は終わりつつあります。

しかし地域に根付き、地域にアイデンティティーを持っているメンバーを、今後も相模原の貴重な財産として捉えていくことは大切です。


2005年07月06日(水) 伊藤博文の本を読んで

伊藤博文に関係する本を読みました。

幕末に井上馨と長州藩派遣でヨーロッパに派遣されたことについて、興味深い内容がありました。

鎖国中なので脱藩の形式をとったことや、船上で水夫の扱いを受けたこと。ヨーロッパ滞在中に、四カ国連合艦隊が長州を攻めることを知り急遽帰国したことなどは、多くの説話や時代劇などでも登場いたします。

しかしこの留学は、他3名の同行者がいました。「井上勝」「遠藤謹助」「山尾庸三」です。

彼ら5人はヨーロッパに到着した際に相談し、皆で同じ研究をするのではんく、それぞれ担当を決めることにしました。

結果、伊藤博文と井上馨は政治と軍事、井上勝は鉄道、遠藤謹助は貨幣制度、山尾庸三は工業となりました。

想像するに非常に厳しい環境のなかでの研究だったのでしょう。

新政府成立後は、それぞれが「鉄道」「造幣」「工業」の責任者となりました。

歴史の教科書にその名前は出ていませんが、日本の近代化に役割を果たしたその実績に敬意を表します。


2005年07月05日(火) 郵政法案の衆議院採決について

とても僅差でした。あと3票反対にまわれば衆議院解散であったことを思うと、国会議員だけでなく冷や汗ものですね。

総理の最大公約について、党内が二分する自民党の体質は相変わらずですが、皮肉ではなく少したくましく思えたりもします。

少々のことがあっても大丈夫と、皆んながたかをくくっているのは、政権党ならではでしょう。

郵政民営化の最大のポイントは、郵便貯金を原資とする財政投融資の改革だと思います。

しかしこれは「交通事故があるから車を廃止する」みたいなもので、国の財政の制度を変えればすむことで、何も郵政を民営化する必要はありません。

総理の言うとおり「民間でできることは民間で」するのが、今後の官民の役割分担の原則です。民主党もそう主張しています。

まだ参議院での審議が残っています。政局論に終始するのではなく、政策論での闘いを期待いたします。


2005年07月04日(月) 都議選総括 〜各党ごと〜

(民主党)
善戦でした。友人知人もほとんど全員が当選し、私も次期に向けて気合が入りました。でも一方で、東京都は日本で一番民主党が強い地域です。第二党になったのは当然の気もします。

(自民党)
地方選挙ではやはり強いですね。前回の小泉ブームの時と遜色ない議席を獲得しました。でも公明推薦を地方議会で得たのは、失敗であり残念です。第一党たる誇りを捨ててしまったのでしょうか。

(公明党)
まあ当選確率100%の党ですので、結果について驚くことはありません。でも全国津々浦々の支持者の皆さんの献身ぶりは、政治的にも一般常識的にも脅威ですね。

(共産党)
頑張りましたね。民主党が今回の選挙の流れで、文字通り石原野党になるならばまだしも、現状では共産党にも一定の役割があるでしょう。

(社民党)
もはや解散の一途でしょうし、無理をして議席獲得を目指すだけが政党のあり方とは思えません。相模原市でも次期県議選ではご遠慮いただけると私も助かります。

(市民の党)
武蔵野市で直前に立候補辞退をしたことは、ありがたい限りでした。結果民主党が定員1の議席を取れました。「党」を名乗るならばノンポリを装うのは間違いです。無所属ではなく、堂々と「諸派」になりましょう。

(無所属→特に府中市)
民主党の公認漏れになった候補が、現職民主党候補を28票差で破り当選しました。票差にも寒気がしましたが、現職が多選かつ高齢であったことを考えると良かったという気もします。(他地域のことなのでクレームは勘弁弁してください)議会内会派は恐らく民主党で一緒でしょうから。


2005年07月03日(日) マックの調理現場を見る

あるスーパーマーケットの店内で営業している、“マクドナルド”に行きました。

いわゆる硝子ばりのカウンターの中で、ハンバーガーをつくっている姿を見ることができました。

そういえば、マックの調理現場を見るのは初めてのことです。通常は裏手に調理場があります。

感想を言うと、マヨネーズやケチャップをかけ過ぎです。びっくりしました。パンを空けて中を見ながら食べたりしないので、普段は気がつきませんでした。

一方で好印象だったのは、調理している人がビニール手袋をしていなかった点です。

これは意見がわかれるでしょうが、私は直手でつくってくれた方がおいしいような気がします。

小学校の給食調理室で、手袋・帽子・白衣をビシッとし入り口まで自動ドアで開閉しているのを見ると、果たして手術室か細菌研究所かと逆に興ざめします。

とにかく調理現場が見れることは、それを食べるにあたって貴重な情報収集ができるものですね。

新しいもの好きな私です。初体験でしたので、政治とは関係ないですが感想を書いてみました。



2005年07月02日(土) 「最終最後のお願い」は難しい

都議選最終日ですが、国分寺市長選挙の応援に再び行きました。午後6時から街宣車に同乗し、午後8時まで文字通り最後の2時間です。

選挙をずっと闘ってきた皆さんにとっては、この時間帯は特異かつ感動とともに気合が入ります。

しかし私はいきなりこの時間です。「最終最後のお願い」を、マイクできちんとできるか不安でした。しかし以外と大丈夫でした。

街宣車の前を自転車で走る候補者を見ながら、かつての私を思い出し、すぐに感情移入です。

名前の連呼のみでなく、政策を入れてほしいとの選対からの当然の要望もあり、「構造改革は役所から。役所の改革は市長自ら。」と訴えました。

終了後は、大学時代の友人と久しぶりに会いました。雄弁部時代の友人ですので、相変わらず喧々諤々議論になります。

以外と議論の少ない政治の世界ですが、とても刺激がある一日でした。


2005年07月01日(金) 都議選応援 in 立川

都議選の応援に、立川へ行ってまいりました。朝一番から午後まで街宣車に乗り、久々に長時間マイクを持ちました。俗に言うウグイスならぬ、カラスですね。

候補者は酒井大史です。互いに市議をやっていた頃から、多くの面で交流していました。

事務所には、近隣の若手議員が多く応援に来ていました。統一地方選挙では見られない光景です。(統一選では皆んな選挙なので、互いの応援には基本的に行けません)

今回の都議選は自分自身、今までにない程何度も応援に各地に出向きました。神奈川県連で選対をつくったこともありますが、過去からの知人が多く立候補するようになったからです。嬉しい限りです。

都議選とはいえ、あくまで地方選挙です。候補者の能力や活動が、政党よりも重視される傾向も垣間見れました。

一方相模原で私が体験してきた選挙風土とは、明らかに違う点も多々ありました。

また定数「1」から定数「8」までの選挙区が混在する、制度の矛盾についても、一層考えさせられました。これについては、いずれ書きます。


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