てらさき雄介の日記
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2004年10月31日(日) 高くなったガソリン代の一部がここに

ネット上のニュース欄に以下の記事がありました。前文掲載しますので、とりあえずご覧ください。


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クウェート国民に7万円「ボーナス」 原油高で国庫潤う
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 記録的な原油価格の高騰が続く中、湾岸産油国のクウェート政府は31日、利益を還元するため、国民に1人一律200ディナール(約7万1800円)を支給することを決めた。AFP通信が報じた。

 同国内閣は、声明で「決定は、首長の指示に従った」としている。クウェート人は約96万6000人(04年7月)なので、約693億5000万円の大盤振る舞いとなる。同国経済を支える約129万人の外国人労働者は対象になっていない。

 クウェートは、原油の確認埋蔵量が980億バレルで、世界全体の10%を占める。原油価格の高騰で今年度、政府の歳入は過去最高額が確実視されている。

 国民は豊かな石油収入を基に、所得税無税や充実した社会福祉、格安の公共サービスを享受している。労働人口約27万人の9割以上が、競争やリストラのない職場環境と高給が保障された政府公共部門で働いている。  

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ほほえましいニュースとも言えるのでしょうが、ひとり当たり71,800円は結構な値段です。ガソリンが目に見えて高くなってますが、その一部がこういう使われ方をしているのにはびっくりです。

値段が高くなっているのは、高くしなければならない理由があるからと理解していましたが、そうでもないようです。

湾岸戦争の際、クウェートの主権回復のために数百億ドルという資金を出しました。クウェートはその後アメリカに対して多大な“恩返し”をしていますが、日本に対しても少し考えてくれるべきです。

非常にせこい意見ですが、率直な感想です。


2004年10月30日(土) 20年間、長いのか短いのか・・・

母校の明大中野八王子高校の創立20周年記念式典がありました。校友会(卒業生の会)会長として呼んでいただきました。【式典の様子はコチラをクリック:小さいですが壇上前列向かって右から5番目が私です】

指定の席に座り周りを見渡すと、どうも参加している面々が入学式や卒業式とは違います。過去に学校に関わってきた多くの皆さんに、一斉に声をかけたそうです。八王子市長はじめ、政治関係者もちらほら見かけました。

校友会会長挨拶で何を言おうか・・・、他の来賓の話を聞きながら考えていました。結局変わったことは思いつかず、在校生に向けてのメッセージにいたしました。要約すると「自分の将来について、毎日考えて下さい」ということです。自分が出来なかったことを言うのも嫌だったので、かろうじてこの位の挨拶です。

式典終了後に同じく講堂で、吹奏学部とダンス部の演奏・演技披露がありました。特に吹奏学部は本当にプロみたいに上手でびっくりしました。今度は定期演奏会に行きたいと思います。共学になってから(私の時は別学)は、部活動が更に盛んになっているそうです。

その後、食堂にて祝宴がありました。総勢数百人の中に卒業生も十数人位交じり、先生方と旧交を温めました。先生の転勤がないのは、私立の良いところですね。

20年間という月日を私なりに考えて見ました。しかし長いとか短いとか、感慨は余りありません。現在のことと、これから先のことを自然に考えてしまいます。そういう意味では、私はまだ“若い”のでしょう。

将来よりも過去に多く思考を巡らせたとき、そこが人生の折り返し地点かもしれません。


2004年10月29日(金) 証明写真2枚で950円

免許の更新に相模原警察署へ行きました。

最初に安全協会へ行き、書類を揃えなければいけません。写真を持参していなかったので、インスタント写真の撮影も行いました。何と2枚で950円!びっくりです。何かと厳しい折、辛かったです。しかも一枚は使わないのでお持ち帰り・・・。

「ああ高かった」と思いながら、警察署内で手続きをし順番を待っていました。すると様々な申請用紙を記入する机に“写真を持参する際の注意事項”が書いてあります。

そこには4つの写真がありました。左から悪い例、良い例、良い例、悪い例と並んでいます。一番左のは確かに人物の写りが薄い気がしますが、一番右は何が違うかもわかりません。これでは自宅からの持参は難しく、最初から安全協会に頼るしかなさそうです。

見ていると数人の方が写真を持参したらしく、担当の署員から「少し薄い」「髪が額にかかっている」「左耳が出てない」などと言われていました。

日本では、運転免許を身分証明に使うのが主流です。それゆえの厳しさなのでしょう。

しかし安全協会の写真の値段は、せめて証明写真機と同じ位にしてほしいと思いました。



2004年10月28日(木) あるべき選挙制度を皆んなで考えましょう

前回のアメリカ大統領選挙で、“ゴア”と書いた人は“ブッシュ”と書いた人より多かったです。しかし当選したのは“ブッシュ”氏です。

別にインチキをしたわけではなく、選挙制度の矛盾から来るものです。

日本の選挙でも起こり得ることです。現に自民・民主以外の少政党は、得票数よりも実質的に議席数が少なくなっています。

かつて小選挙区制が良いと思っていた私も、実際なってみるとその欠点が大きく見えてきます。

少なくとも国政においては、色々経験しました。地方自治体の選挙制度も、もっと議論をしていくべきです。


2004年10月27日(水) ネットを通じた知り合い

ネットを通じてお知り合いになった方と食事をいたしました。知り合ったのは県議選の前です。市議時代にHPを見て、掲示板などに書き込んでくださった方です。

決起大会にも参加くださり、その後勉強会などでもお目にかかっています。じっくりお話しするのは今日が初めてでした。

会場になった淵野辺北口は、駅のデッキに青学らしき学生さんが多くいます。入った店も、若者向けのお洒落な串揚げ屋さんです。

様々お話しをいたしましたが、以外と知り合う機会のないサラリーマンの方から吸収することは多かった気がいたします。

ネットの安易な匿名性などには疑問を感じていますが、コミュニケーションのきっかけになり得る点では多くの可能性もあると実感いたしました。


2004年10月26日(火) バックパッカーの風上にもおけません

イラクでまた日本人が人質になってしまいました。しかも今回の対象はなんと旅行者です。イラクに入国するなんて信じられません。私などは、海外ではどの国でも夜出歩くことも控えてました。

バックパッカーは(私も少しやったことがありますが)非社会的な行動かもしれませんが、他人に迷惑をかけないという基本があった故に、認知されていたはずです。知人の制止を押し切り、イラクに入国するなど言語道断です。ご両親の心配を考えると言葉もありません。

しかし、それでも救出をするのが国家の役割です。過去2回については成功しているわけですから、今回も期待しています。

総理は「テロに屈しない」とまた言っています。趣旨はその通りだと思いますが、今回の事件が果たして“テロ”なのかは疑問です。

バックパッカーの彼が安易だったのも、イラクは戦場であるという認識が薄かったことです。今回の事件も、ゲリラ側にすれば戦闘行為なのです。

だからこそ交渉の余地も残されているわけですが。 





2004年10月25日(月) 初めての党支部福祉対策委員会

福祉対策委員会(渡辺良一委員長)が開催れました。福祉政策に関心のある数人の方からの呼びかけです。当日は案内を受けた一般党員からも参加があり、嬉しい限りでした。

政策調査委員会は既にありますが、個別の政策を検討する委員会は初めてのことです。

議論の結果、政党の委員会としての特性を活かし、役所や学者がやるような研究ではなく、小さくても具体的な結果を出していくべきとなりました。

「高齢者」「障害者」「児童」と厚生労働省の区分けにより、縦割りで捉えられがちな現状があります。

委員会ではこれについても、包括的に考えられるような「バリアフリーマップ」などをつくることも検討いたしました。

今後が楽しみです。


2004年10月24日(日) 携帯電話で「人と繋がる」はずはない

NTTドコモのテレビCM“誰かと繋がっている感じ”は、ドラマみたいで面白いですね。

しかし、携帯電話で人と繋がれるはずはありません。

と言いながら、今日珍しく携帯に電話がかかってないことに不安になりました。一日中、ちらちらと携帯ディスプレイを見ている自分がいます。

午後にやっとある支援者の方から電話がかかってきました。今日の着信はそれ一件です。浪人中の侘しさ故ではないでしょうが、知らず知らずに社会と自分との関わりを携帯電話に求めているのでしょうか。

自由人でありたい私は、社会人になって最初に携帯電話を持つ際に違和感を感じました。しかし携帯とともに歩んできた月日は、私の心を蝕んでいたのでしょう。

商業の持つ魔力に躍らされずに、何が自分と社会にとって必要かをしっかり考えるべきです。






2004年10月23日(土) 新札が出ることを初めて知りました

午前中、市民会館にてNPO法人相模原市民会議の定例会。入会してまだ数ヶ月なので、皆さんの議論を聞くのみです。しかしだんだんと面白くなってきました。これからは、より積極的に活動していきます。

午後、世界平和女性連合の皆様から誘っていただいた男女共同参画社会の勉強会。古淵第一ホテルでの開催です。今回は男性が主体の世界平和連合の主催でした。男女共同参画基本法に異議を唱える八木秀次氏の講演は聴き応えがありました。。ジェンダーフリーについては、情けない話ですがまだ自分の考えがまとまっていません。より勉強を深めていきます。

夕方、企業の社会貢献推進会議の例会。日本の経営者と労働者のほとんどは中小企業であり、地域から社会貢献を模索していくことは大切です。会場のウェルネス7Fからは、横浜ランドマークだけでなく、新宿の高層ビルも見えました。

夜、相模湖交流センターでの合併協議会シンポ。相模原市内の南文化センター・杜のホールでのシンポよりも参加人数が多かったです。と言っても250名ほどですか。

色々参加した今日一日ですが、一番びっくりしたのは新聞で新札発行の記事を見たことです。まわりに聞くと皆知っていました。私だけ知らなくてすいませんでした・・・。

何と11月1日から市中に出回るとのこと。新渡戸稲造と、夏目漱石の札は随時消えることになるそうです。新たに樋口一葉と、野口英世が登場します。

札には肖像が必要とのことですが、誰にするか議論することは大切です。しかし今回もそうですが、議論自体がめんどくさいので、政治家を辞めて文化人を選んでいる傾向も見受けられます。

私が物心ついた時の千円札は伊藤博文でしたが、採用するときに隣国などから意見がなかったのかも興味深いです。

札の肖像は、よかれあしかれ国の象徴ですね。これについては、外国に遠慮する必要もないでしょう。

源頼朝・徳川家康・明治天皇・吉田茂(少し生生しいですかね)なども良いと考えます。


2004年10月22日(金) 平壌・高麗ホテルの風呂場

家で風呂に入りながら、天井を見上げボーっとしていました。すると、ある記憶が脳の引き出しから出てきました。

平壌・高麗ホテルの風呂場です。日本でも最近の家庭用風呂にはだいたいあるそうですが、屋根裏(風呂の天井裏)との境に“蓋”のようなものがついてます。もちろん私の家にもあります。何のために付いているかは知りません。

そして、高麗ホテルの“蓋”には「封印」がしてありました。確か数箇所、“蓋”を開ければ破れるようなシールが貼ってあります。

一体何のために???

そう言えば、部屋にあった等身大以上の大きな鏡の意味は???
しかも旅行者が一部屋おきに泊められているのは何故???

まさか国際ホテルで・・・・!

後ほど旅行中の写真を探したところ、“蓋”についている「封印」を撮影したものが見つかりました。その時も気になったのでしょう。



2004年10月21日(木) 民主党幹部の経団連行脚は間違い

民主党が企業献金を獲得すべく、経団連傘下企業に呼びかけを行っています。

先月経団連は、献金の基になる政策の採点を各政党に対して行いました。(第一次は1月に行っています。)民主党は自民党を大きく下回り失格点でした。元々経団連と民主党は異なる立場ですので、この結果は当然と思います。【採点結果:民主党自民党

お金がないのか、経団連に評価をされないと政権が獲れないと思ったのかはわかりませんが、党首はじめ幹部が各企業をまわっています。政治に金がかかるのは私も理解していますが、自らの依って立つところを間違えてはいけません。

だいたい地方議員に対して企業献金を禁止しながら、実質的に国会議員個人とイコールである政党支部に対する献金を認めているのは身勝手です。禁止するならば全て禁止しないと、政治にかかるお金を減らそうという機運は高まりません。

民主党は今国会でも“政治と金”について、政府を厳しく追求しています。有権者に対して説得力を持つためには、疑惑を招きやすい企業献金は自粛すべきです。

また別の視点で言えば、自民党と同じ支持基盤に頼ることは、結果的に民主党の存在意義を失わせることに繋がります。

やせ我慢をすべきだと思います。


2004年10月20日(水) 合併シンポを台風で中座、残念・・・

橋本杜のホールで開催された、合併協議会主催の市民向けシンポに参加しました。

参加者は200名といったところでしょうか。半分くらいが関係者でした。市民の合併に対する関心のなさが現れていました。「開催回数が少ない!」という私の意見も空虚に感じます。

アドバイザーである牛山久仁彦明治大学助教授の基調講演の後、合併協議会事務局長(市の部長)による経過報告があり、そして私も参加しているビジョン検討委員会の委員長からの合併後のビジョン発表であります。

休憩が入り、これからメインのパネルディスカッションというところで、消防団からの電話連絡です。分団役員から、台風のため「詰所待機」とのこと。“自宅”待機ならば、しばらくこのまま聞いていこうとも思ったのですが、“詰所”だと副部長の責任上行かないわけにもいきません。後ろ髪を引かれながら、会場を後にしました。

さて合併ですが、淡々とスケジュールを進めていっていますが、城山がダメになったらどうするのでしょう。この皆んなの疑問にあえて触れない(怖くて触れられない?)のが不思議です。

まさか本気で飛び地合併!?あってはならないことです。


2004年10月19日(火) 久し振りの新宿“思い出横丁”

学生時代の友人と新宿で会いました。友人は日大の雄弁会で、当時全関東学生雄弁連盟という組織の委員長をしていました。

久しぶりに“思い出横丁”(新宿西口商店街の通り)に行きました。新宿東口と西口の境目にある、JR線のガード沿いのあたりです。

学生時代に朝ご飯を食べに行ったら、本当に腐った納豆が出てきたこともありましたが、それもご愛嬌といえる雰囲気です。(注:ほとんどの店はそんなことはありません。きっと間違いだったのでしょう。)

学生時代に数多く行ったせいでしょうか。渋谷や下北などよりも新宿が身近に感じられます。

最近、家田荘子作「歌舞伎町シノギの人々」という本を読みました。合法非合法に関わらず、社会の隙間でたくましく生きている人々を書いたノンフィクションです。

新宿のようないかがわしさが漂う街も、日本のひとつの財産だと思います。


2004年10月18日(月) 衆議院予算委員会のやりとりを見ていて

夕方テレビ中継していた衆議院予算委員会を見ました。偶然にも民主党の質問時間でした。

テレビに向かってヤジりたくなるくらい、とにかく議論がかみあっていません。この第一義の責任は質問者にあります。小泉総理の自分の世界に入った答弁にも問題はありますが、それに対しての受け答えに未熟さを感じました。大上段に言ってしまえば、私なら同じテーマでも違う視点で質問しました。

次に思ったのは、相変わらず官僚が答弁することです。副大臣や政務官制度の導入により、一時期は政治家が答弁していたのですが、一体いつから元に戻ってしまったのでしょう。

特にひどかったのは法務大臣です。「局長の答弁したとおりです」を連発する姿は情けない限りです。そんな答弁を総理が許すならば、最初からその局長を大臣にすればいいのです。

そもそも橋本派一億円問題は、政治倫理審査会で扱えばいいことで、全閣僚が雁首そろえているのを見ると、他の仕事は大丈夫か不安になります。

民主党ももっと、ダイエー再建問題や国連の安保理事国入りなどについて、追求をしてほしいものです。有権者の期待もそこにあるのではないでしょうか。


2004年10月17日(日) 消防団運動会、障害物競争で筋肉痛です

消防団の運動会を女子美術大学のグラウンドでいたしました。有志の参加なので人数もそれほど多くなく、競技についてもそれなりなので和やかな雰囲気です。

飯を食べ芝生でうとうと寝てるところに、分団役員が「誰か障害物競走に出て」とのこと。まあ適当に走れば、そんなに苦ではないかと思い、私の出場が決まりました。

すると、なんということでしょう。障害のなかに“防火衣を着て突先(ホース先端の水の出る器具)を背負いホースを巻く”という内容があるではありませんか。後悔先に立たずです。

結果5人中4位という情けない順位でしたが、私だけでなく参加者のほとんどが、ヒーヒー言ってました。きつかったです。

分団対抗ということで、少し気張ってしまったせいか。どうも足がはっています。やはり、準備運動はしなくはいけませんね。


2004年10月16日(土) 一日JC、大野北中にて担当例会開催

今年JC(青年会議所)で“地域の共育実践委員会”に所属しています。その2回目の例会が、大野北中学校でありました。

昨日も夜中2時まで委員会を開催し、準備をしていました。そして今日の集合は朝7時30分です。不覚にも15分遅刻し到着。机の配置やテントの設置などをしました。

9時30分から例会開始です。防災訓練を通じて、子どもたちに、地域には頼れる大人たちがいるということを感じてもらう企画です。

消防隊員による様々な説明や取り組みに、子どもたちは大喜びです。参加人数が少なかったのは残念ですが、その分ひとりひとりに丁寧に接することができました。

例会終了は15時30分で、片付け完了は17時30分です。それから懇親会を行い、その後委員会メンバー他数人で二次会(カラオケボックス)へ。

カラオケ終了は、何と午前1時30分。6時間カラオケボックスにいたのは、生まれて初めてです。

今年のJC活動もだいたいが終わりです。来年は市町村合併を担当する委員会に配属になりました。私の仕事にも関係ある分野ですので、引き続き頑張ります。


2004年10月15日(金) 本宮ひろ志「国が燃える」休載は残念

本宮ひろ志の「国が燃える」が休載となりました。本宮ファンの私としては残念です。

地方議員を含めた多くの抗議によるものですが、その程度で休載するならば最初から書かなければいいのです。

南京大虐殺については、日本国内に見解の違いがあります。あそこまで細かく描写をすれば、議論になることは当然わかっていたはずです。漫画家である本宮氏よりも、ジャーナリズムである集英社の覚悟のなさでしょう。

「国が燃える」は最初から呼んでますが、本宮作品の中でも近年まれにみる大作です。実際人気もあったようです。問題の部分も、私は読んでいて違和感はありませんでした。

漫画をはじめとする芸術の素晴らしさは、その中に現れる作者の創造性を通じて、鑑賞する個々人が夢を見れることにあります。ましてや現実を超える表現をしやすい漫画の内容について、いちいち“歴史的事実”と照らし合わせること自体がナンセンスです。

抗議した方は自分の意見を表明しただけですから、それはそれで構いませんが、問題はそれによって安易に休載した集英社です。

抗議をした方のほとんどは、おそらくこの漫画の読者ではないでしょう。集英社は、この漫画を愛読していた私はじめ読者にこそ、休載の理由を説明すべきです。


2004年10月14日(木) とても忙しかった今日一日

今日は特に時間に追われた一日だったので書いてみます。

 9:00八王子駅側のファミレスで支援者の方と会い、近況報告をする。
      ・・・一年ぶりの方なので報告盛りだくさんでした
10:30橋本の支援者宅にて、橋本後援会発会式の案内をする。
      ・・・残念ながら当日用事があり不参加とのこと
11:00宮下本町で市民の方からご相談を受ける。
      ・・・とてもお困りで行政は何をしているのか!と感じました
12:00中央の寿司屋で民主党の幹事と意見交換する。
      ・・・あるべき党の姿を語り合いました
13:30西大沼の支援者宅にポスター設置。
      ・・・結局時間切れで、途中でお任せしてしまいました
14:30相模原市保健所で、午前中に受けたご相談について意見交換する
      ・・・忙しそうな部署です。人員配置が間違っているのでは
15:30市議会にて情報交換
      ・・・交換といっても、一方的に吸収するだけです
17:30清新にて友人のご尊父のお通夜手伝い
      ・・・ご冥福を心よりお祈り申し上げます
19:30橋本で同級生と食事
      ・・・政治志向の友人で、いずれご紹介する日が来るはずです
22:00田名の友人の店に挨拶
      ・・・久しぶりに顔を出したら、自民党の元大幹部とばったり

よく政治家は「忙しい、忙しい」と言ってますが、だいたいが誇張です。世の中には本当に忙しい方がたくさんいます。私もこんな日はめったにありません。

逆に言えば、総理大臣のように毎日分刻みのスケジュールで、果たしていつ政策について考えているのか不安になります。県知事や市長も、あちこちで挨拶してまわってないで、少しは役所に腰を据えて本来の行政に取り組むべきです。






2004年10月13日(水) 担当部署がないときは・・頑張れ市役所!

ネットを通じて市民の方からある相談を受けました。早速会ってお話しを聞き、その後に市役所・警察・法律関係者と意見交換をしました。

相談の中身は守秘義務がありますので書けませんが、少なくともこの問題は行政にきちんとした担当部署がありませんでした。

しかしだからと言って、手をこまねいているわけにはいきません。社会全体の中でどこが担当すべきか考えながら、結果やはり市行政の仕事であると自分の中で結論を出しました。

誰のせいという責任の擦り付け合いではなく、皆んなで解決策を見つけていく姿勢が必要ですし、それが可能なのは市民に最も身近な市役所です。

また今回の件に最も近いと思われるのは、県から移管された保健所であります。国より県、県より市、本当の地方自治の威力を発揮するチャンスです。


2004年10月12日(火) 初の地方選候補者公募

党支部幹事会に出るべく会場の市民会館に行くと、市議時代にお世話になった元市幹部と偶然ばったり。長話をしてしまいました。結果少し遅刻し、幹事会へ。

毎月のごとく役員会と幹事会の両方に出ました。今日は内容盛りだくさんでした。

一つは、昨年の統一地方選挙後、民由合併や総選挙などに取り組んできた支部幹事長が辞任されました。私も大変お世話になったので残念な限りですが、次の世代に諸事を託してくださったものと責任を感じております。

二つは、次期統一地方選挙について議題に上ったことです。ついにこの時が来たかと思いきや、話しは進み、来月までに第一次公募を行うとのこと。相模原の民主党としても、私にとっても初の公募です。私も新人として、この公募に臨むことになります。一層気合を入れていきます。

市長選挙の対応など課題は多くありますが、日々戦場ですね。


2004年10月11日(月) イチローの国民栄誉賞辞退

イチローに国民栄誉賞を出すべく政府が打診したら、丁重に辞退したらしいです。納得できます。

イチローはこれからの選手ですし、自分の実績に自負があるからこそ“賞”で一括りにされてはたまらないでしょう。

「勲章を辞退するほど偉くない」という言葉がありますが、イチローは本当に偉いのですから“賞”は必要ありません。

そう言えば、市議10年でもれなく市政功労章をもらえる相模原市の慣例はまだ続いているのでしょうか。

政治家が“賞”の対象になること自体が疑問ですが、その基準が在職年数であるのは更にびっくりです。

ましてや他人からもらってはじめて“賞”なのでしょうが、政治家の場合は、自分で制度をつくって自分に出しているのです。

「勲章を辞退するほど偉い政治家」になりたいものです。

尊敬する尾崎行雄氏がご存命ならば、国会に自分の胸像が建てられることを良しとはしなかったはずです。


2004年10月10日(日) 献血活動はわかりやすい“奉仕”

相模大野駅前で献血の宣伝活動を行いました。

青年会議所活動の一環で、「献血をしましょう」というポケットティッシュを配るものです。

選挙のビラとは違い、通行されるほとんどの皆さんが受け取ります。結果、あっという間に終わりました。

ティッシュを配って意味があるかのか聞いたところ、配った直後はすぐ近くの献血センターが一杯になるそうですから、効果抜群です。

政治が“奉仕”であるかは深い議論になるのでここでは避けます。ただ言えることは、政治の結果は全ての人に平等にはなりません。政治家や政党も、人数の大小は別にして特定の層の代弁者であります。

だからこそ政治家は、自分の発言や行動が果たして社会全体のためになっているのか常に思い悩みます。

献血のように明らかに“奉仕”である活動は、すっきりと気持ちの良いものです。参加した皆んなもそうだったことでしょう。また機会があれば参加したいです。




2004年10月09日(土) すごい台風・・自宅待機と外出

現在午後4時45分。すごい台風です。部屋の中でも凄い風の音が聞こえます。

先ほど消防団より、(できるだけ)自宅待機の連絡網がまわってきました。何かあった際に出動するためです。

しかし夜7時からは、仕事の大切な会があります。迷いましたが、今晩の会は特に大切なこともあり仕事優先にいたしました。

もちろん帰宅後は、自宅で受令機(消防本部よりの通信を傍受する機械)を側に待機いたします。

この連休は各種運動会などが多く予定されていました。大人のレクリエーションなどは、まあ中止なら中止でいたしかたありません。しかしお子さんが楽しみにしていたものは、次週以降でも開催してほしいものです。


2004年10月08日(金) 珍しく体調不良

昨日JCの事業の途中で何か体調に異変を感じ、帰宅後すぐに寝てしまいました。夜目覚めると腹が減ってるのに食べられません。

普段病気にならないせいか、その分ぐったりしてしまい、今日の午前中まで寝てました。

大分良くなりましたが、いまだ全快ではありません。

まあ明日には直ってると思いますが、体が第一ですね。


2004年10月07日(木) JC地域の先生事業〜上溝南高校にて〜

青年会議所(JC)で“地域の先生”事業を行いました。異業種で構成されている特性を活かし、子どもたちの前で様々な社会経験を話すという企画です。

私はこの事業の担当のひとりだったので、スライドの映し出しのために参加いたしました。場所は上溝南高校で、対象は一年生です。既にある程度は将来のことを考える年齢でしょうか。

起業家として、法律家として、女性として、3人のメンバーから講演をしました。普段以外と互いの仕事の話をしないせいか、私自身が聞き入ってしまいました。

また上溝南高校の女子バスケ部が県内癸海貌っていることも驚きでした。


2004年10月06日(水) 尾崎行雄没後50年

財団法人尾崎行雄記念財団が主催する“尾崎行雄没後50年記念パーティーに”参加いたしました。場所は永田町の憲政記念館です。

尾崎行雄氏は私の尊敬する政治家です。

300人位の会でしたが、小泉総理や河野衆議院議長をはじめとする多くの来賓が来ていました。

基調講演は中曽根元首相でした。主張は尾崎行雄氏とかなり違うとは思いましたが、日本で50年以上国会議員をしたのは尾崎行雄・中曽根康弘・三木武夫・原健三郎の四名しかいないそうですから、その縁でしょうか。

第二部の懇親会では、数人の知人に会いました。しかし政治関係のパーティーらしくないさわやかな雰囲気だったのは、尾崎行雄氏のもとに集まっているからでしょうか。

帰りに記念品で著書の「わが遺言」をもらい、学生時代以来再び読んでいるところです。

尾崎行雄氏は津久井町の出身です。





2004年10月05日(火) 母校20周年座談会

母校である明大中野八王子高校が、設立20周年を迎えました。私が一期生ですので、自分の区切りとしてもわかりやすいです。

今日は八王子のホテルで、教職員と卒業生十数名で座談会をいたしました。「テーマは男女別学と共学の違いについて」で、20周年記念誌に載せるためのものです。

私は今でも、大勢の女性の中に入るのが苦手です。迫力負けしている自分を感じるからです。

その原体験は、中学・高校が別学校だったからです。クラスは言うに及ばす、校舎やプールや食堂なども別々でした。

幸い(?)今は共学になっていますが、その違いなどについて話し合いをしました。

教職員はほとんどが、男女別の方が教えやすかったとのこと。学校教育を考える上での面白い意見だと思います。


2004年10月04日(月) まちづくり検討会、結論間近

合併協議会まちづくり検討会が開催されました。次回は懇親会もするということで、おそらくまとめなのでしょう。

さて、今日の議題は“合併の意義”についてです。

このまちづくり検討会の使命は、合併後の新市のビジョンをつくることです。だから今までは、あえて合併の意義や賛否そのものは議論の対象としてきませんでした。

しかしビジョンをつくりながら無理を感じたのは、“合併の意義”が何であるかでつくるビジョンが違ってくるというこです。

そのような訳で、今更ですが今日の議題となったわけです。

多くの委員の意見は多様性と積極性があり素晴らしかったです。また事務局がつくった原案も良かったです。

「この委員会でまとめた“合併の意義”は素晴らしいが、合併協議会本体のまとめと内容が乖離しては問題があるのでは」という私の意見については、「合併協議会では意義については議論していないし、そのまとめもないだろう」とのこと。

では合併協議会は一体何を議論しているのか?!



2004年10月03日(日) 掃除の会

「日本を美しくする会」が主催する、“神奈川掃除に学ぶ会”に出席しました。相武台中学校をトイレを中心に掃除をしながら、心を磨くという企画です。

先約があったため中途までの参加でしたが、確かに最近掃除をしないなあと思いました。

実は私は整頓好きで、学生時代下宿(3〜4年生の一時期杉並区のアパートに部屋を借りてました)に来た友人は「意外だ!」とびっくりしたものです。

ただ床やトイレを磨くことなどは、ほとんどしません。今日は貴重な機会でした。会社の研修の一環で来ている方が多かったようですが、主催者の皆さんの意気込みには感動いたしました。

ちなみに、この会の事務局は中田宏横浜市長の個人事務所です。そこに唯一いる男性職員は、学生時代に新生党学生塾で一緒にやった同級生で、彼に久しぶりに会えたことも嬉しい収穫でした。




2004年10月02日(土) てらさき雄介レディース

ご支援いただいている女性の皆様による食事会を開催いたしました。

席上これをひとつの“会”にすべきとのご意見をいただき、話し合いの結果「てらさき雄介レディース」を結成していただきました。

日本の政治の問題点のひとつは、女性の声が届きにくいことです。日頃からご意見をいただくことによって、不肖てらさき雄介が女性の声を代弁してまいります。

多くの方にご参加いただきありがとうございました。



2004年10月01日(金) 善意の皆さんと赤い羽根の意味

ダイエー上溝店に買い物に行ったら、地元有志の皆様が募金活動をされていました。日頃お世話になっている方々でもあり、募金をいたしました。そして赤い羽根をつけていただきました。「次は頑張ってね」と皆様から言っていただき、今日はこの一言で元気に過ごせました。

その後電車に乗るべくJR相模原駅に行ったところ、日中にも関わらず市幹部の皆様が同じく募金活動をされています。募金箱をもっているのは何と市長です。さっきダイエーでいただいた羽は捨ててしまったため、素通りもできず二度目の募金です。また赤い羽根をつけていただきました。

赤い羽根をつけて歩くのも恥ずかしいので、申し訳ないと思いながら再び捨ててしまいました。(すいません)

横浜線に乗って「しまった」と思ったのは、京王線に乗り換えるとき橋本駅で、また募金活動をされてるのでは・・・。

案の定、橋本駅でもお世話になっている方が募金されてます。これで三度目の募金です。

悪いことをしているわけではなく、また募金額が些少であったため、全く苦ではありません。むしろすがすがしい気持ちです。

しかし善意の象徴であるだけでなく、既に済ませましたという意味が赤い羽にあったとは、その日他の方から教えていただきました。





てらさき雄介 |MAILHomePage