もんすん日記

2007年09月30日(日) kiva

昼間にBSで見た番組(再放送?)で、kivaというサイトが紹介されていた。
http://www.kiva.org/
世界中から、発展途上国のビジネスを始めたいと願う人たちに、小口融資ができるシステム。(一口25ドルから)
マイクロクレジットも発想の転換だなあと思ったけど、こちらは自分が支援したいと思う個人にごく少額から融資できるということで、なんか見ていてわくわくしてしまった。

KivaのCEO Matt Flannery氏はまだ31歳で、アフリカ旅行を経験した奥さんの発想でこのビジネスを始めたそう。(あくまで慈善事業ではなくビジネスという発想)
自分と同年代の若い人が、ありそうでなかったシステムを構築して、小さな革命を起こしていくのは嬉しいことだなあ。
飲み会一回分の金額の融資で、地球の向こう側では起業して人生を変えられる可能性のあるひとたちがいる。そういうことが実現していくのを見ると、ネットがあってよかったな〜と素直に思います。

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毎日毎日乳製造業で日が暮れていきます。産科の先生に、授乳後ちゃんと絞りきるように言われているので、授乳→搾乳エンドレス生活。
自分の乳ばかり見ているよー。
はっちゃんは夕方生まれのせいか、夜10持〜明け方まで絶好調で暴れまわっている。腹減った、おむつ濡れた、かゆい、暑い寒い、なんかむしゃくしゃする、ちょっとひま(?)、と泣きまくってかあちゃん疲労困憊。



2007年09月26日(水) おばさまと猫

産後実家に帰らず、母親も仕事でほとんど来れないので、退院後はけっこうフラフラ。
だんながかなり手伝ってくれてるけど、今日から仕事に戻ったので、NPOから産後の家事サポートヘルパーさんを派遣してもらうことになった。

二人のおばさまが平日午前中交代で来てくれるんだけど、ひとりのおばさまの顔になんだか懐かしい既視感が・・・。色々話してみると、同じ時期に同じ団地に住んでたことがわかった。
多分あの狭い団地界隈でしょっちゅう顔を合わせてたんだろうなあ。おばさまというよりおばあちゃまなんだけど、あれこれ面倒見てくれてほんとありがたい。
産婦人科の助産師さんも、実家近所のスーパーでいつも見かける人だったし、世の中どこで誰にお世話になるかわかんないもんですね。でもって、お世話になった分、自分も将来お返ししないかんなあとしみじみ。

子供、特に赤ん坊が大の苦手なチーにちゃん。ペットがストレスではげになることもあると聞いて心配していたけど、もうすっかり赤子の存在に慣れたみたい。
初日はおびえていたものの、3日目くらいから彼なりに家族だと認識したみたいで、今は髪や足のにおいをかいで、そのうち添い寝でもしそうな勢い。
夜中に疲労困憊しているときは、私の首元でくるんとまるまって励ましてくれるし、猫がいてほんと良かった。
これもまたしみじみ。



2007年09月22日(土) 出産レポート

9/15は朝8:00から促進剤投与開始。
二日目なので若干慣れてきて、今日こそ産んだるでー!!とやる気満々。(といっても点滴されるだけやけど)
40週お腹においてあげられず、外の世界に突然出される赤子は可愛そうだけど、ここは一つチビッコにも頑張ってもらわないかん。

昨日の経験で、私の場合ご飯を食べないと、体力が落ちて陣痛が弱まることがわかったので、朝ごはんをしっかり食べて臨む。すると、10時ごろからいい感じで陣痛の波が来て、折々に先生が内診でがばっと子宮口を開いてくれるので(もう先生が手で開けてるって感じ(笑)、7センチ超え。この時点でけっこう痛みがヤバめになってきた。
もう麻酔いいんじゃない?と思い、痛みをアピールしたら、次の内診で分娩室へ移動し、まずはテストで麻酔を投入してくれた。
すると、ものの10分ほどで痛みが緩和されていく。生理痛の酷いとき程度。これは助かる、と思ったが、私の場合、痛みとともに陣痛まで微弱になってしまうことが発覚。(硬膜外麻酔ではよくあるらしい)あまり量は投与できないので、少しずつ足してもらう。

そうこうしているうちに、先生が人工破膜。
痛みも緩和されていたので、なんだか感慨深く
「今のが、ジンパってやつですよね?」
「一瞬でしたね、プロの技って感じですね!」
等々先生に話しかけて呆れられる。

そういえばだんなの立合い・・・と思い出しかけたころ、同じ分娩室に急患らしき人が運ばれ、隣の分娩台でバルーンの処置が始まった。
ほえー部屋は個室だけど、分娩は相部屋??などと考えながら、ジンパの後はさすがに陣痛が強まってきたので、呼吸法などを頑張っていたら、そのバルーンの人がやたら話しかけてくる。
バルーンって相当痛いと聞くのに「私すんごい痛みに強いの」と言いながら、今回は3人目のお産であること、それから過去二回のお産の武勇伝を聞かせてくれたが、私はさすがに子宮口も前回に近く、相槌を打つのもやっと。
しまいには「そんな呼吸じゃだめよ」等だめだししてきて、私が無痛とわかるやいなや、あれこれ質問攻めに。正直うざい。

15時過ぎには先生に「よし、17時までには産もう」と言われ、さすがにその人も話しかけるのをやめてくれた・・・。

先生はそのオバサンのバルーン処置もしながら、内診で刺激し、とうとう子宮口は全開。最後いきむために、麻酔もストップし、とうとうクライマックスに。
「深呼吸して、いきんで!!」と先生と助産師さんに励まされ、あとは前回の日記にも書いたとおり、無我夢中でいきんだら、休憩入れて3回ほどのいきみで出てきてくれた。助産師さんもお腹を押してだいぶ助けてくれたけどね。
あとで先生に「もっといきむのへったくそかと思ったけど、案外うまくいきめたな!」と珍しく誉められた。

赤子と対面したときには、感動より先に本当に人間がはいっていたんだ〜という驚きでいっぱいでした。
じわじわと感動したのは、部屋にかえって独りになって、くるりのジュビリーをオーディオプレイヤーで聞いたとき。(この曲は私のお産ソングとなった)
あらゆるものへの感謝で胸がいっぱいになりました。

なんだか生々しいレポートになりましたが、やっぱり貴重な経験ができたなーとほんとに色んな人に感謝してもしたりないです。



2007年09月21日(金) 出産レポート

本日晴れて退院!忘れないうちに出産体験記をまとめてみます。シモの痛い表現も多いので、特に男性の方はご注意くださいませ。

まず、私は「計画無痛分娩」という方法で出産しました。無痛は当初からの希望だったんですが、なぜ出産日を決めたかというと、赤子の位置が悪く(背骨の位置の関係で頭がうまく骨盤にはまらない)、これ以上大きくなると下から出せない可能性があったので、早めに産みたいと申し出たのです。(38w4dで出産)あとは、先生が私の予定日あたりにゴルフ旅行入れてたし・・・。「お産が入ったら戻ってくるし」といってたけど、先生幹事やし・・・。てな事情もあって、日程を決めました。

実際、出産のときは赤子が斜めに降りてきた上、へその緒が二重に首に巻きついていたので、うまく回旋できず、会陰は切れるどころか奥のほうまでずるむけ。(会陰切開ももちろんしたけど)無痛で陣痛の痛みは緩和されたけど、産後のシモの痛みがたまらんです。トホホー。
でも、こんな状態で出てきたため、健康状態を危ぶまれた割には、赤子は今のところ健康に異常なし!へその緒が長かったのが幸いしたそう。
これはほんと幸運でした。あと、無痛にしたのもほんとに良かった。

下記、当日のレポート

★9/14午前

9:00すぎ病院に到着。早速入院手続きをして、病院着に着替える。
促進剤の前に、31才にして初めての浣腸。
しなくてもいいと勝手に思っていたので、若干動揺するも、やってみると案外スッキリ!
5分我慢している間、男友達がすごい美人の彼女と同棲を解消したときに、部屋を片付けていたら押入れから彼女が残していった大量のいちじく浣腸をみつけたという話を思い出す。

浣腸後、促進剤の点滴開始。うまく陣痛をつけて、子宮口がうまく開けば、もしかして今日中に産めるかも、とのこと。頑張りようがないけど、頑張りますと言って読書しながら陣痛さんを待つ。
持参本は昔感動した「ダライラマ自伝」。「女性セブン」にすればよかったとすぐに後悔する。

午前中は最初に陣痛らしきいい波が来たけど、子宮口も4センチ程度しか開かず、イマイチ進行しない。
陣痛が来なくなるので、ランチは小さいおにぎり2個。ひもじい。

★9/14午後

引き続き促進剤投与。たまーに陣痛のビックウェーブは来るが、持続しない。時々先生に内診で刺激をもらいつつ(激痛)痛)続けると、子宮口は5センチ、6センチと徐々に開いてきた。陣痛のビックウェーブが来ると確かに苦しいけど、それより長時間なのがつらい。でも先生に言わせると初産の平均所要時間は18時間程度なので、7時間で根をあげるようじゃいかんらしい。は〜。

私は陣痛が耐えられなくなった時点での麻酔投与を希望していたので、急激に陣痛が強まったときのために、夕方4時くらいに硬膜外麻酔のチューブを装着してもらった。これが相当痛いと聞いていたが、最初に筋肉麻酔?がチクっとした程度で全然痛くなかった。

夕方6時ごろ、陣痛が少しついてきて、子宮口もいい感じで開いてきたので、先生に「このまま続けたら深夜2時過ぎに生まれるかもしれんけど、どうする?」と聞かれたが、正直痛みより疲労が辛い。明日朝から開始したいと申し出て、この日は19時で点滴終了。
18時から19時まで、それでも子宮口をもうちょっと開いておくため点滴を続けたが、かなり辛くて付き添いの母親に八つ当たりしてしまったかも。

19時にようやく点滴をはずして、夕食。みんなに励まされ、21時には就寝。でもなんだか不安で、夜中何度も目を覚ましてしまった。明日は頑張るぞと決意を新たにする。



2007年09月16日(日) 生まれました

15日 16時2分、無事2990gの男の子が産まれました。
いきむときに、看護師さんに「ええか!ここが1番大事なとこやで!」と言われて、無我夢中で三回くらいいきんででてきてくれました。
おかげでエインの傷が痛くて腰曲げて歩いてますが、あしたから母子同室。
今はまだホイクキにいるので、なんかまだ不思議な感じ。落ち着いたらお産レポート書きます。



2007年09月08日(土) まだまだ

注:若干「痛い話」が含まれていますので、ご注意ください。

37W4D
結局先週は前駆陣痛らしきものがあっただけで、平和に過ぎ去った。ま、30パーだものね〜。

で、今日は朝イチから、胎盤機能、ごく微量の陣痛促進剤点滴、お腹の張り具合の検査。
この中で一番重要なのは陣痛促進剤のテストらしく、微量ではあるものの、子宮の感受性が強い場合はそのまま陣痛に繋がることもあるらしい。
そんなわけで、緊張してのぞむも、まあそこまでは至らず。

家で「ヤンキー座りをしながら新聞を読む」「ニルヴァーナでエアギター」等の努力もしたので、もうちょっと開いてきたかな?と期待していたが、まだまだ4センチ弱くらいらしい。
赤さんはしっかり下がっているものの、問題は前から言われている背骨の位置。
 
尖腹と呼ぶらしく、逆子ではないものの、下がるときにまっすぐ下がらなかったため、頭がうまく骨盤にはいらない状態になりやすいみたい。看護師さんにも「このままだとちょっと辛いかもねえ」と言われる。ヒョーン難産?

体勢が変わらないまま、からだだけ大きくなったら下から出ない可能性もあるらしいので、こりゃーなんとか早く陣痛きてもらわにゃならん。(帝王切開がどうしてもイヤってわけじゃないけどね。)
てことで、明日から家中雑巾がけや、長時間散歩を薦められる。

一応、14日に今度はちゃんと陣痛をおこす目的で促進剤を試すことになったけど、病院ではごくごく微量しか使わないみたいでうまくいくかは微妙。

「あんたみたいな、一見まともな感じでベラベラよく喋るタイプの方が、実際お産ではパニックになりやすいので早く麻酔うーとおっと」と先生は言ってたけど、それ合ってる合ってる!![m:5]

まあ、何とかなるよね。
もうちょっと先だと思ったら、その前にカラオケと映画と漫画喫茶にいっときたいな・・・。



2007年09月02日(日) もげそう

昨日は36W5Dの検診日。

最近内診が痛くて恐怖なんだけど、昨日の痛さは尋常じゃなかった!
イターという声も出なくて、ひたすら冷や汗かいちゃった・・・。
内臓でもだされるのかと思ったヨー(大袈裟)

で、先生終わってから
「子宮口3センチまで広げて、X*!?#$しといたから(よく聞き取れなかった)、もしかしたら1週間以内に陣痛くるかも」
とおっしゃる。
ご親切にもX*!?#$しといてくれたので(たぶん卵膜剥離?) 、30%の確率で陣痛がくる可能性があるとのこと。

エーーーーー

月曜から1週間だんなは出張だし、
おかんも毎日仕事やし、
毎日のように友達とランチの約束とか、
そういえば歯医者のアポも入ってるし、

今来たら困るな〜としばらくパニクってしまった。

とりあえず先生には
「痛みにはとっても弱い方で、大変気も小さい人間なので、すぐ電話するかもしれませんが、おねがいしま〜す」
とアピっておいた。

「そんなに心配せんでも、入ったモンやから、後は出すだけや!」と言われたけど。

肝心の麻酔は、個人差があって、子宮口4〜6センチで希望する人が多いとのこと。
ただ、まだ大丈夫かも?と言ってるうちに、結局麻酔なしで産んじゃう人もいるみたい・・・。

パニクりながら、だんなと箕谷の日曜舎(とっても美味です)に行ってランチしてたら「ま〜でも30%だからまだ来ない確率高いわけだし」とだんだん落ち着いてきた。

今までも早産ぎみと言われてここまでもったので、「なんだかんだ言ってまだ先かも?」と希望的観測でいるが、そりゃー臨月だしいつきてもおかしくないわな。

母親学級も行ってないし、そろそろいただきものの(もらいものばっかし)「出産大百科」を再度読み込んでおかないとなー。

あ〜それにしても正直怖いわ。


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