引越し先のレイアウトを考えたり,MCPF論文に対するコメントについて考え込んだり,新たな推定(?カリブレーション?)を考えたりしてみました.あーあとは明日の準備ですね.意外と時間かかるんですよね.バートランド・ラッセル『自伝的回想』を読了.哲学と人物評論の部分はよくわかりませんでした(ということは半分以上よく分からなかったのです)が,「経済学は難しすぎる」と言ったとか言わなかったとか人物だけあって,良識に富んだ文章が多いように思いました.とエラソウに言うほども立場じゃないんですが.しかし,「平和への歩み」等の文章を書いたラッセルを生んだイギリスがいまやイラク攻撃を進めようとしていることは悲しい事実のように思われます. ええとまあそれ以外にも. 経済学の全体は,それが正しいものである限り,歴史的事実によって例証される因果法則から成り立っている.しかしだれでもすぐわかるように,経済学の想定された法則は100年前に考えられたよりもずっと一時的で地方的な正しさしか持たない.「芸術としての歴史学」205〜206ページ 私は若い教授たちに,彼らの最初の業績は,博学な少数の人のみに理解されるために,専門語で書かれるべきだといいたい.このことを背後にふまえてはじめて彼らは「大衆によくわかる」言葉でいうべきことをぴたりと表現することができるのだ.「私はいかに書くか」227ページ つねに「正しい」人は,いつも,あるいはほとんどいつも退屈である.……理論で生きることはすべてほこりっぽく,無味乾燥である.「幸福への道」232ページ 自分の好むグループに勝利をもたらすにはどういう手段をとるべきかについて学ぶべきではない.なぜかというと,このような手続きはもはや存在しないからである.自問しなければならない問題とは,軍事による抗争……を防ぐために,どういう手続きをとりうるかということである.「人間の危機」247ページ
思い出したように書いておくのですが,きのうは僕の誕生日でした.うっかり忘れるところでした.八兵衛みたいですが.昨日,某H大学の先生に「何か下さい.ぼくのかばんにはまだ若干の余裕があるのですが」とこん平風に迫ってみたところ,なにもくれませんでした.そんなもんでしょう.もう28だし.30歳まで学生計画を予期せず実行していることになります.いいんでしょうか.いいんでしょうが.来週は研究棟の引越しがあるのでその打合せ(自治委員会?)に出席したりしていると疲れてしまいました.5階にあるお茶部屋は廃止になってしまうらしいですし.「総合研究棟が農学部にあって離れているときにはともかく,ひとつの建物の中なのだからお茶部屋が二つもあるのはよくないのではないかという意見が出ているのですが…」とのことなんですが,こりゃ.だれが「意見を出した」のかはっきりせい.いかにも内生的に「出てきた」という日本語を使って主語を誤魔化すんじゃない.きみが廃止したいという至極結構な理想を掲げているからであろうが,と思っていたのですが,このての打合せは自分の意見が限界的に効果を持つことはほとんどないという極めて費用対効果に優れた行動を取った結果,お茶部屋は廃止になってしまいました.まあ4階のヒトには関係ないんですけどね. 大学院拡充という題目がどこかにかかっているらしく(たぶん文部科学省),定員は増えたのですが(合格者をそれほど増やさないという賢明なる判断をした大学もあるようですが),院生の場所も,院生の就職先もないというスバラシイ環境なので,お茶部屋なぞつぶして研究室にしちまえ,というのがぱっと見正しいだけに反対しづらいところです.お茶部屋で研究について話し合うことから何か生まれるのではないか,という発想はないんでしょうね.その実績がないという話もありますが.クダラナイ知識を披露する暇があったら自主的にセミナーでも開いて書いてる論文でも見せてみんかいこのスットコドッコイ,と思わないのでもないのですが,こっちもそんなに研究が進んでいるわけでもないので強く出られないところです.しまった.MCPFを見直すとしましょう.
結局,推定結果がよくわからないままに発表することになりました.発表したのは僕ではなくて共著者の先生なんですが.解釈が問題になるので,推定結果が不安定で,推計結果がいろいろと変わってしまうのでは困ったものなのですが.「やってみました」ではいかん,というのが指導教官からのコメントでした.まあたしかに.漸進的税制改革へのインプリケーションはあるのですが,それを言うには結果がまだ定まっていないのは困ったものです.なんとかしないと.なんとかって.夕方からはイギリスへいらっしゃる先生の壮行会にお邪魔しました.論文でしか名前を拝見したことのないいろいろな先生方がいらっしゃってどきどきしました.高級そうな中華料理をいただいたのですが,緊張のあまりよくわかりませんでした.惜しいことしたと思います.ううむ.これではいけませんね. で,おとといの続き.convertible dollarの話ですが,キューバ好きの優秀な後輩からわざわざメールをいただいてしまいました.ここで感謝いたします.ありがとう.で,彼によると,convertible dollarはおもに現地のキューバ人が使っていて,海外ではキューバペソを買うことも売ることもできず,国内でもペソをドルに交換することはできないんだそうです.キューバペソとアメリカドルは固定為替相場制を採っており,2002年は1ドル=26ペソです.観光客はよほどの人ではない限りドルで買い物ができるため,convertible dollarやキューバペソに出会うことはないんだそうです.で,その彼によれば,convertible dollarの存在意義はやはりマネーサプライの調節にあると考えているようです. しかし.彼の話が本当なら(本当なんでしょうが),なぜ2種類の通貨を持つ必要性があるのか定かではありません.金銀両本位制とかいうのがあったような気もしますが,あれも2種類の通貨ではないですよね(←かなり自信ない).たしかに,ドルとペソの2種類の通貨が流通しているとき,アメリカドルとconvertible dollarの和がマネーサプライとして意味があるとすれば,アメリカドルの流入を制御できない以上,convertible dollarによってマネーサプライはコントロールできますが.むむ.だいたい,「貨幣が出てくる」「国の数が2以上」という僕の苦手な条件が両方そろっているのでよくわかりません.うーむ.来年からA大学でオープンマクロを教える人にでも聞いてみましょうかねえ.
思いついて深夜にごぞごぞと計算というか作業というかをしていたので,やや昼夜逆転気味なうえ,Excelファイルを見直すたびに間違いが発見されるのでもういやになっちゃいます.で,何をしていたかといえば,Ahmad and Stern [1984, J Pub E] のinverse optimum problemを応用して日本の税制の背後にある(Bergson-Samuelson流の)社会厚生関数を推計しようということなんです.以前「ミンコフスキー・ファルカスの補題なんて知るか!」と書いて一部から不評だったやつですね.ですねって知るわけないですね.すいません.だがしかし.うむむ.というわけで,きょうから大学の入試が始まっているため,構内は18歳ちょいの若者がうろうろしております.構内に入るのも一苦労です.研究棟からは午後11時に追い出されてしまうし.しかし思うのですが,東京の高校生というのは大人びてますね.とくに女の子.10も下とは思えませんね.いま「じゅうもした」と読みました?僕は「とおもした」と書きながら読んでいたんですが.ここらへんで世代がわかりますね.そろそろ「一回り下」の受験生が登場しますな.むむむ.悩むことではありませんが. 受験生のあいだを縫って正門近くにご飯を食べに行ったのですが,正門前で自転車とオートバイの接触事故を目撃しました.大丈夫だったんでしょうかあの子は.受験生じゃなければいいのですが.
2003年02月24日(月) |
Convetible Dollar |
土曜日の話の続き.キューバにはconvertible dollarなる紙幣が流通していて,ドルと1対1で交換できるのですが,海外へ持って出てもドルとしてもキューバペソとしても通用しないというシロモノらしいです.おもしろいことに,キューバペソそのものもドルにペッグされているらしいです.実際のところ,海外でキューバペソをアメリカドルに交換することができるかどうかよくわからないので,そうすると,convertible dollarとは何のために存在するのかしらん?と思います.当初の目的は,海外から流入する現金ドルをキューバ国内に留め置くということ(外貨獲得というやつ?)らしいんですが,これではどうなんでしょうね.また,こういう仕組みが分かっていると,最初からドル(とくに高額紙幣)の利用が少なくなってしまうので実効性をともなわない気がするんですが.しかし,この話から「キューバ政府のマネーサプライがどうしたこうした」という話に持っていくあたり,おそるべしマクロ専攻の経済学者(のタマゴ).火曜日の話の続き.ワタクシ,貶されるとすぐに凹みます.子供は褒めると伸びます.なんでできればそっちの方向で.褒めてやってください.伸びるといってもタカが知れてますが.「ええいなにをこのっ!」という反発心から努力するタイプではありませんので.(>誰に言ってる?) なんでこんなくだらない話を書いてるかというと,なんとなくぼけぼけした日を過ごしたからです.AERの論文をひとつ読もうと思ったんですが,意外におもしろくなかったりとかして.Excel見ながら悩んではいたんですが. 雪が降りましたがいや寒い.明日あさってと入試です.下見の少年たちがうろうろしてました.あのなかの3分の2は落ちるのだと思うと感慨深いですね(←これこれ)
2003年02月23日(日) |
マイナスでもいいのか? |
1より少し大きい値が出るはずの計算をしたらマイナスになったのですが,たしかに,割り算で出した値なので片方がマイナスならすぐにマイナスになっちゃうんですよねえ.むぅ.いやだがしかし.発表は水曜日.どうなるんでしょうかねどきどき.
午前中ばたばたしたあと,午後から茅ヶ崎に出かけました.大学を移るというUくんのうちを訪ねて,酒を飲み写真を見ようという集いでした.男性の部屋とも思えない綺麗さでした.びっくり.
自転車通学のせいもあるのですが,だんだんと昼夜逆転が進行してきていてたいへんよくありません.というか,朝いったん起きてから新聞読んでご飯食べて本を読んでいると寝ちゃうんですが.いやよくない.というわけで,以前から気になっていたパン屋「パリット フワット」に行ってみました.ちょうど通学路に当たるのですが,小さい店でおいしそうな気がしていたのです.場所は地下鉄千駄木から徒歩10分,南北線本駒込から徒歩7分とありますが,本郷通りを三井住友銀行のところで日暮里方面に曲がり,まっすぐ行って駒込高校の目の前です.あるいは,東大地震研の前の道をまっすぐ進み,一路庵や日本医科大学病院の前を抜けていけば,駒込高校の角にあります.よもぎパンと黒豆パンを買って,とりあえずお昼によもぎパンを食べたのですが,なかなかもちもちしていてよろしいです.よもぎの主張も強いし.ただし,そんなに安いものではない(高いものでもない)ので,夕食に生協の半額セールを狙ってお弁当やパンを買い込んでいる学生さんには毎日はつらいかも.それって自分やん.で,夜行性の共著者から送られてきた原稿を検討し,計算をしているのですが,プラスに出るはずの値がマイナスで出ます.なんでだろう?なんでだろう?ななななんでだろう?(←テツ&トモ風に) なーんでか?なーんでか?それはね……(←堺すすむ風に)と解ければいいのですが.
エンピツというサービスを使ったことのある方なら分かると思うんですが,このサイトには簡易アクセス解析機能があります.基本的に孤独に耐えられないほうなので,しばしばこの機能を利用している(というか,昨日の分までしか表示してくれない)のですが,最近hitが多すぎる気がします.誰が見てるんでしょう.どこから見てるんでしょう.そのわりにリアクションがないのは何ででしょう.
地下鉄ってどこから入れるんでしょう.考えただけで夜も眠れなくなっちゃう(←春日三球・照代師匠の地下鉄漫才).えぇとまあそれはそれとして,来週発表予定の「○○下のXXXX(あえて伏字)」の計算をずーっとしておりました.もっとちゃちゃっとできてもよさそうなもんですが.くぅ.秋ごろに悩んでいたことをまた悩むというのもまた一興ですね.いやじっさい. 進まないのでwebで遊んでしまうのか,webで遊んでしまうのか進まないのか,そこら辺の因果関係はともかくとして,嘘屋本舗2000を見ていたら,こんなネタがありました.が,誰とこれを共有していいものやら.にやっとしてしまったヒト,連絡ください.
のろのろと学校に来て,校正して書類を書いて簡単な計算してました.昨日の続きでロジット回帰やって,ちょこっとシミュレーションして,所得の定義について悩んでいるところです.むぅ.
病院選択の論文をささっとまとめようとおもって,2つほど挑戦したのですがいずれも失敗に終わりました.がっかりです.ウカツに推定するもんじゃないですね.ひとつは,外生性の検定とそれへの対処です.Wooldridge [2002] で調べてみて,2項選択モデルの説明変数に内生性の疑いがあるときの検定をして,さらにそれに対処しようとしたのですが,考えてみれば当たり前のことで,操作変数が必要なのですね(操作変数という言い方ではないかもしれないが).現在の構造方程式を眺めてみるに,適当な操作変数(弱くない操作変数)を持ってくることは難しい気がします.なんつっても全部説明変数に使ってるから(ということは識別の問題が残るということですな).むぅ.というわけで,経済学上外生であるとちょろっと書いてごまかすしかないんでしょうかなあ.はあ.誰かここらへんに詳しかったら教えてくださいな.ふたつめは,Gertler et.al.[1987]で試みられている補償変分の推定です.さかのぼって調べてみると,Small and Rosen [1981, Econometrica] で開発された手法のほうなのですが,これが数値計算できる(closed formの解に値を放り込めばおしまいである)には,ロジット推定を行うべきだったのです.まあこれくらいならやり直せばいいのですが,Small and Rosenを読んでみると,効用水準を間接効用関数で表現できていなくてはいけないようです.僕の推定では効用水準の差だけを問題にしてるのですよね.できるんですかね.できてもそんなに面白いものじゃないような気もしてきましたが. などと考えていると,ゼミの後輩大学院の先輩であるTくんが登場したので考えるのを止めました.きょうは大学院の追い出しコンパだったからです.追いコンにも関わらず,幹事を追い出される側(と定義して一向に構わないと普通の人間なら考えるべき人間)に任せてしまったのはウカツでした.がっかり.それより,「べっしょくんは先輩にとことん嫌われているからね」とK大学に御就職遊ばされた先輩に言われてしまい,最後までブルーでした.けっこうよくしていただいているとおもって感謝ばかりしていたのですが. 2次会で馬鹿な話ばかりしていた(オープンマクロやマリリンについて)ので少し元気になりましたが.
あんまり期待していなかったのですが,ほんとうにH橋大学の方からメールがありました.あらびっくり.かなり優秀な方のようでお名前だけはいろいろと拝見したこともあるのですが.むむむ.どきどきしますね.とくにこれといって何もしなかった……となりそうな雰囲気が濃厚だったので,病院選択の推定についてごぞごぞといじくりました.結論はそんなに変化しないんですが,ちょっと変わりますね.むぅ.やる気になったところで眠くなったので止めます.ふぅ.
webでしか使えない言葉があるんですかねえ,とおもっていたら,やはり気にしているヒトはいるようで,CNNにこんな記事がありました.英語は漢字がないんで略したくなりますわなあ,というところですが,「テキスト・メッセージングを使う大人が増えてくると、略号は廃れてしまった」というのもなんとなく分かる気はしますね.CNNといえば,こういうのもありましたが,二人がお互いに違うほうへ顔を傾けるとすっごい気まずいんじゃないかとおもいますね.右向くなら右向くで揃えてあればそんな心配もないですし.コーディネーションしておいたらどうでしょうか.子供のころから.しかし「こっそり観察」っていうのはどうなんですかね.研究として認められるっつうのもすごいですが. っつうわけで再々投稿の準備完了.どうなることやら.
労働経済の勉強会だか研究会だかがあるらしい,とか,法と経済学会の発足がある,とか,医療経済の勉強会がある,とか,いろいろお声をいただいた日ではあるのですが,なんせ先週さぼってしまったツケが回ってきてしまい,6時間にわたって立ちっぱなしでした.詳細はとてもいえませんが.しかしこれが今週末・来週初へ必ず影響すると思うと飲まんとやっとられませんね(←それがいかんのだということに早く気付け.).全然関係ないのですが,「就活」とか「院友」とかいう表現は一般的なんでしょうかね(前者と後者では一般度合いがかなり違うと思うけど).べつに新しい概念でもないのでいまさら別の単語を作って,あるいは略して,使うということにそれほど同意はしないほうなんですけど.やっぱし「就職活動」とか「大学院の同級生」とか長い単語なんて使ってられませんよこのスピードの時代に!ということなんでしょうか.そういえば,「大学院の同級生」っつうのはヘンな表現なんですかね.「同僚」ってのはさすがになんか違うんじゃないかと思わないでもないんですが.ま,その単語が指しているものがわかれば表現なんてなんでもいいんですけどね.私は私芥子は芥子エンもユカリもないものを,というところですし.あ,「院友」で思い出しましたが,ネット上でしか使わない(書かない)単語というのがあるそうですが,そうなると言文一致という現代日本語の特性が失われてしまうということなんでしょうか.失われても構わないんですけど.さらに関係ないんですけど,テレビのテロップで「〜のため」「〜ような」「〜という」といった表現が「〜の為」「〜様な」「〜と言う」と漢字変換されることが多いようですが,これに違和感を感じるヒトは多くないんでしょうか.一文字でも少なくして一文字あたり情報量を増やす(あるいはフォントをでかくする)効果があるからなんだろうとおもうんですが,やっぱし接続詞っつうか助詞っつうか,は平仮名が分かりやすいと思うんですがね.そのうち「然し(しかし)」とか「それ故(それゆえ)」とか「所で(ところで)」とか「就中(なかんずく)」とか「而して(しこうして)」とか,漢字になったりして.
旧経済学部棟というか,赤門総合研究棟の改修工事のためにまた引越しをせにゃならんのだそうですが,旧総合研究棟(あーややこしい)のひとたちはもともと5つの部屋に分かれていたのが2つに統合されていた関係上,ふたたび5つに分割せにゃなりません.現M2のひとたちは5つに分かれていたことがないので,改めて5つに分かれてもらうんですが,それとはあんまり関係なく極秘プロジェクトが進行中.パレート改善であることを祈ってます.
午前中は霞ヶ関(ESRI)へ出かけて,指導教官と話をしたりしました.で,お昼ごはんのときにMG(宮城学院ではない)大学のH先生から伺ったのですが,H橋大学のMなる人物がこのサイトをよく見ているんだそうです.ははあ.僕は面識がないのですが…….学会などでお会いしたら御挨拶しなくちゃいけませんね.あとはかのH先生があることないこと話してないかが心配です.私淑する先生に限ってそんなことはないと思うんですが.誰がここを見ているかというのは気にならないこともないのですが,どっちかというと自分用のリンク集・備忘録になっている感もあります.旅行記とか.しかし「どこそこへ遊びに行った」とかいう記事が多いので,研究してない院生に思われてるんでしょうねえ(否定できないけど).精進せにゃ.しかし,「どこそこへ行ったんですよねお土産ください」とか堂々と言ってくる人物の人格は疑いますね.最初から疑ってるのでなにをいまさら,という気もしますが.Tくんの日記でも時々登場して人格を疑われているYくんのことですけどね.ははは.
昨日の帰りの「スーパーあずさ」の中で読んでいた宮部みゆき『理由』を深夜までかかって読み終えたせいもあったので非常に眠く,つい……でした.はあがっかり.『理由』はすっごいおもしろい,というほどではないですが,ふつうにおもしろいです.他に読んでないんですが,『蒲生邸事件』のほうがおもしろいのはおもしろかったと思います.むむ.ま,しかし,社会派(?)としてはこっちのほうがいいんでしょうか.ちょこっと引用.「家族とか,血のつながりとか,誰にとっても面倒くさくてやりきれないもんだよ.だけど,本気でそういうものをスパッと切り捨てて生きていこうって人たちがいるんだね」 「だけど,失敗したじゃん」 「ね,失敗だったんだね」 (中略) 「帰る場所も行くところもないってことと,自由ってことは,全然別だと思うけどね」 まあそれはそれとして,今日は送られてきた原稿を読んで返事を書いて,ぼけーっとしたあと,思いついて(?)累進税制下のMCPFの計算をしました.1996年と2001年と比較したところ,まあ大差ないやね,という感じです.検定の方法が分からないので印象に過ぎませんが.で.ほっと思い出したのですが,社会保険料率の推移のデータって意外と入手しにくいです.便覧だか社会保険庁の統計を見ればいいんですが.所得税制については財金月報ですぐweb上から入手できることを思えば…….がんばれ厚生労働省(と社会保険庁).
2003年02月11日(火) |
ネイチャースキー帰り |
帰るだけの日にしていたので,ル・コパンでパンを購入して乗鞍高原をあとにして,松本に戻りました.中途半端な時間をどこへ行こうか迷ったのですが,途中で浮世絵博物館を見つけたので,ここで寄ってしげしげと見てきました.重宣の東海道五十三次が出ていました.けっこう小さいものですなあ.帰りのスーパーあずさでは,持っていっていた素樹文生『上海の西・デリーの東』を読み終えていたので,ほかの文庫本を読んでいましたが,パンを食べて八王子を過ぎたあたりで急速に眠くなってしまいました.もっと早めに寝ておけばよかったんですが.そういえば,岡谷・諏訪あたりを通過したとき,来たときよりも雪が減っていたような気がしました.どうなんでしょうか.
2003年02月10日(月) |
ネイチャースキー2日目 |
2日目は朝から1日のガイドウォークに参加しました.昨日のコースのはしっこから一の瀬園地に入り,その奥のキャンプ場まで往復しました.ガイドさんはガイドさんらしくなくあんまり話すこともなく,ただがしがしと進んでいくので,いったいどうしたのであろうか,と不思議に思っていたのですが,話を聞いたところによると,単に話すことがないようです.一の瀬園地やその周りは白樺の林が広がっているのですが,それはむかし伐採したあとに種が飛んできたものだそうで,植生としては面白くないもののようです.むかし生物の授業でやった植生の変遷を思い出しました.そのうち日陰でも育つ植物が優勢になっていくんだそうです.動物の足跡もすくなかったし,そうすると確かに話すこともないですなあ,というところです.で,がしがしと進んでいたのですが,どうもこの日は快調に進んだらしく,とくに休憩が多いわけでもなく遠くまで回りました,とガイドさんが言ってました.ということはだいたい10キロくらい歩いたことになるようです.さすがに1日回るとくだびれてしまったので,3時に終わった後はお土産屋などまわり,アルコール度のやたらと低いブルーベリーワインやそば米など買いました.宿に帰ったら,夕食に馬刺しが出たので大いに喜びました.うろうろしたときにみた馬肉は非常に高価だったので,ほんとに出てくるとは思っていなかったのですが.じつは食べたことのある記憶がないので,興味深いものでした.とくに癖があるわけでもないなかなかものでした. 夜はぼけーっとテレビを見ていたのですが,長野県内の温泉の案内番組で,若い男性のレポーターが行く先々で社長や専務のおじさんたちと一緒に露天風呂にはいって話を聞いているのが印象的でした.そういうコンセプトだったんでしょうか?
2003年02月09日(日) |
ネイチャースキー1日目 |
昨日のほろ酔いが若干残るなか,乗鞍高原にネイチャースキーに出かけました.やや出発が遅いかなと思い直していたのですが,トレン太くんでは列車の変更が効かないので,そのまま「あずさ」に乗って松本まで行き,レンタカーを借りて国道158号線を東に進み(最初のうちは松本電鉄上高地線に沿って),乗鞍高原に向かいました.乗鞍高原についたときには14時を回っていたのですが,ODSSのカウンタでクロスカントリースキーセットを借りて,近くのコースについて話を伺いました.2時間で回れるかどうかちと自信がなかったのですが,がんばることにして,夏季はサイクリングコースになっているところを回りました.最初のうちは久しぶりのスキーだったのですべるのも覚束ない感じでしたが,歩くだけならなんとかできるようになりました.ルート上はスノーシューで歩いた跡もあってでこぼこしているところもありましたが,ふかふかの雪が多く,こけても痛くなくてがしがしと進みました.最初は寒かったのですが(当たり前),ゲレンデスキーと違って全身運動なので,すぐに体が温かくなって快適でした.途中でオリエンテーリングのコントロールのようなものを見つけたのですが,あれはなんだったんでしょう.林間の奥にあって確認してないのですが.ちょうど長方形のコースで,対角まできたあとの帰り道は比較的坂が急でした.やや焦っていた気もしますし,しかもところどころごりごりとした雪になっていて,そのうえクロスカントリースキーはエッジが効かないので,スピードの制御ができずに派手に転んでしまいました.おかげでサングラスが割れちゃいました.うぅ.まあでも,時間内に帰れたのでよしとしましょう.
宿はゲレンデ(テラインではない)があるあたりからは少し下ったところにある緑山荘でした.料理はおいしかったし,露天風呂は完成したばかりのようで快適できれいだったし,単純硫黄泉で体はあったまるし,非常にいいところでした.
2003年02月08日(土) |
2次会 at 椿山荘 |
大学院の先輩……というか同期……ではないなやっぱり先輩の結婚式の2次会がありました.Kプロデューサから指名を受けていたので幹事および司会を担当しました.場所はまたもや(?)椿山荘でございました.なんでも友引だったそうで,椿山荘に行ってみると結婚式関係者が佃煮にするほどうろうろしており(←先々月も同じ表現を使った気がする),目出度さばかりの雰囲気でした.はあ.披露宴には出ないので,2次会の準備として,鏡割用のマスを探して池袋をうろうろしたのですが,意外と売っていないものですね.梶原の商店街で酒屋のおばちゃんに言われたとおりでした.がっくし.まあなければないでなんとでもなるんですが.ちなみに,鏡割りセットの中にいれておいた日本酒は大那しぼりたて生酒です.余ってしまったのでうちでちゃんと飲みます.うまいので. 司会というのは初めてで,声がやや高くなって早口になるのは最初の学会発表と同じでした(たぶん).ま,しかし,新郎はずーっとにやけっぱなしでしたし,ゲームもそこそこ盛り上がったようですし,これといって特筆することもないめでたい2次会でした.しかし新婦はきれいでしたね.許せませんね.会社の先輩のS氏の結婚パーティでもそう思った覚えがあるところをみると,山登りをする女性には意外に(?)綺麗なヒトが多いのかもしれません.リンクを張っていいのかどうかよくわかりませんが,写真はこっち. 3次会は池袋でしたが,翌日以降を考えて早めに退散しました.今回幹事で知り合った方々とは交流を続けていきたいものです.向こうがどう思っているかは知りませんが.
ホントのへろへろは今日だったようです.次の次の日に疲れが出るあたりに…….まあいいですけど.そんなでもないし.追い出しコンパの季節になりました.就職なさる方や隣の棟に移られる方やいろいろです.こういうときにつまらない差異に着目して「追い出される資格」について云々いうのはほんとうに興ざめなことです.同室じゃなくてよかったです.昨日誕生日のTくんには申し訳ないけど.
日帰りの翌日はやっぱり動きません.成長理論のextra sessionに出て,話を聞いて,ぼけーっとしたあと,土曜日の準備をしました.そつがありすぎ.
うわさの阪大社研の先生のところに論文を見せがてら,授業(?)に出に行きました.5時半起き→新幹線→授業→茨木で飲み→新幹線→午前様,というツアーは体力的にはけっこうツライのですが(神戸の先生はエライ),それに見合った実りのあるものでした.やっぱりその道のヒトに見てもらうというのは重要ですね.阪大の優秀なM1ともお知り合いになれたし,おもしろいD1ともお知り合いになれたし.看護学科の話も聞いたし.しかし他の論文を先輩が発表しにいったことで意外に名前を知られていたのには驚きました.ウカツなことできませんね.そういえば,行き返りの新幹線の中で,ディアドラ・N. マクロスキー[2002]ノーベル賞経済学者の大罪を読みました.書評もあっちこっちにあるようなので,いまさら言うことでもないんですが,まあ正しいことを言っている部分もあると思うので注意する必要があるでしょうねえ(相手はちゃんとした経済学者ですし.).とくにマイクロデータが使えるようになると,有意になりやすい変数が必然的に増えるので,「有意だからいい」という論理展開だけではいかんのではないか,とは僕も「むむむ」的に思っていたところですし.まあでもそこまで言うことないじゃんかよ,というのと,経済学の教育を受けていないヒトが読んで「ほーらみろやっぱりだめなんじゃんかよ,だから日本の不況が収まんないんだろ」等と思わないことを祈るばかりですな.某Uくんは「こりゃひどい」と言っていたそうなので,賛否両論分かれるところでしょうが.JELにも論文があるらしいし,実証屋としてはそこらへんの統計の論文を読んだほうがいいかなあ,と思いました.それよか改訂しろよ,ということなんですがね.はい.
MCPFの再計算と,病院の論文の手直しをしました.あしたは大阪です.
私淑する先輩に「論文読んでくださいよぉ☆」と言って渡しておいたらほんとうに丁寧に読んでくださいました.ありがたいことです.ここまでちゃんと読んでくれるひとはあんまりいないので非常にタメになります.まあ日本語というのもあったかもしれないですが.しかし,同じくらいの年のひとの論文を丁寧に読んであげるというのは,読んでもらうほうも読むほうもいろいろ勉強になると思うのですが,あんまりそういう習慣はないんですかね.まあしかし,「ここがヘンだ,ダメだ」と言いやすいのはちょっと上の人なんで,ちょっと上の人に読んでもらうというのはいちばんよろしいかと思うんですがね.先生方になると忙しすぎるみたいだし.図書館でコピーをばばっと150枚近くとって,打ち込み作業をして,MCPFを計算しました.最初からこうすりゃよかったのかね.まったくもぅ. コロンビアが空中分解したそうで.たいへんなことになってしまいました.この失敗を乗り越えて……日本の宇宙政策はどうなるんでしょうかね?
読売ホールに立川志の輔を聴きに行きました.見たところ,「おばちゃん同士」「夫婦」「おっちゃん一人身」というパターンが多かったので,おそらくはおばちゃん比率(と平均年齢)がかなり高かったのではないかと推察されます.前座の牛ほめであんなに笑っちゃいかんですよ.たぶん.まあいいですけどね.徂徠豆腐は志の輔が落語化したもののようですが,人情噺というんですかね,よいものですね.前半のははんどたおるでした.ダメじゃん小出も来てました.びっくりしましたが.帰りにデパートによって銀のぶどうで白ららと炎のチョコレートを買いました.そーか,バレンタインが近いからか,と思いつつ,ちゃんと自分で買いました.おいしかったですよほんとに.ひとつでコーヒーが3杯くらい飲めそうですが.
午前は水道橋.午後は新宿で買い出し.人ごみは苦手だ.夜はちゃんこ鍋.うどんがうまい.さすが讃岐.
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