日々雑感
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2003年10月31日(金) ハロウィン

ハロウィン。パン屋にていつもの黒パンを買うと「ちょっと待ってね」と言い、かぼちゃのクッキーを袋に入れてくれた。ちゃんとかぼちゃ型になって、目や鼻や口もついているやつだ。

外からは爆竹を鳴らす音がひっきりなしに聞こえる。寮にはまさか来ないだろうと思っていたら、ちゃんと子どもたちの集団が現れた。運悪く、部屋の中には甘いもの皆無。仕方ないな、この日本人とでも思われたかもしれない。隣りの部屋の子はちゃんとお菓子を用意しており、皆にこにこ顔で次の階へと向かっていった。地元の「なまはげ」を少しだけ思い出す。

夜、ルイボス茶とかぼちゃクッキー。頭の部分から食べた。


2003年10月30日(木) まなざし

ここにいると、なぜだか「なつかしい」と感じることが多い。日暮れた街を人びとが行き交う感じだとか、日曜日の午後、トラムに乗りながらぼんやりと外を眺めているときだとか、道沿いに並ぶお店の窓をのぞきながら歩くときだとか。風景に対してというよりも、そのとき、そこにある空気そのものへの既視感か。

いったい何だろうと思っていたが、これはたぶん、すべてが自分にとって知らないもの、はじめてのものであった、子どもの頃の感覚なのだ。緊張しながら、知らない場所へと踏み込んでいった。目の前に現れる、ひとつひとつのものをじっと見ていた。世界は広く、果ては見えず、心細さと好奇心とを同居させながら、ずんずんと歩いていた頃だ。

学校帰り、街にあふれかえるハロウィンの飾りつけを前に、急にかぼちゃのケーキが食べたくなり、パン屋に寄り道(パン屋にケーキ類も置いてあることが多い)。笑顔にて機嫌よく相手してくれる、お店のお姉さんの優しさが胸にしみる。何も、いつも他の人に冷たくされているわけではないのだが。


2003年10月29日(水) 昼下がり

図書館にいると眠くなるのはどこでも同じ。よく晴れた午後ならば、なおさら。


2003年10月28日(火) 迷子

冬の森の中にて迷う夢見る。来た道を戻ろうと振り返ると、足跡は既に雪に消されてしまっていたのだ。日は沈み、どんどん暗くなってくる。頭の上では裸の木の枝がぴしぴしと音をたてる。そのとき、遠くから音楽が聞こえてきた。音の先には小さな灯りがあった。雪をこいでその方向へ急ぐと、こちらを見て手を振る人びとがいる。どんなに安心したことだろう。取り返しのつかないことになるところだったのだ。

夕方から留学生向けの授業。スロベニアから来ている女の子は、ホームシックに耐えかねて先週いったん帰ってきたという。スロベニアはもう雪が積もっていたらしい。ここも、きっともうじき雪だ。


2003年10月27日(月) 冬時間

夏時間が終わるということで、昨日、時計の針を一時間戻したのだが、まだ慣れない。どうしても「ほんとはもう一時間進んでるのに」と思ってしまう。時間といえば、日本との時差。夜、今頃日本は朝かと考えながら眠り、目が覚めたときに「もう午後だ」と思うと、何もせずに一日を過ごしてしまったような気分になる。「時刻」とはいったい何ぞや。もうしばらく足元のふわふわした状態が続きそうだ。

講義が終わり、外に出ると真っ暗。帰り道を急ぐ人びとの足音が響く。寒い夜、足を早めながら家に向かうときの感じが好きだ。空気も既に冬の匂いする。


2003年10月25日(土) 乗客

日曜日は店が全部閉まるので、土曜日は買い出しの日だ。マフラーをぐるぐる巻いて、あるいはポケットに手をつっこんで、道いっぱいに広がった落葉を踏みしめながら皆歩いてゆく。霜が降りている。指先や耳が冷たくて痛い。

いつもは街の中心部へ向かうのだが、今日は逆方向の店へ行ってみる。郊外であるせいか、車で来ているような家族連れ多し。その中に混じって、野菜やら豆やら少しずつ買う。店の一角には文具売り場。もう来年度のカレンダーが並んでいる。

バスにて帰る。バスにしても、汽車にしても、そこに乗っている間はただの「乗客」としていられる。どこに属しているかを問われない状況はとても楽で、心おきなくぼんやりできる。おまけに車内は暖かい。しばし、このままでいたいと思いつつも、買い物袋の中には生物もあり。気合を入れて下車。

夜、さらに冷え込む。セーターなど何枚も重ねて着ていたら「玉ねぎみたい」と言われる。


2003年10月23日(木) 冬支度

うすぐもり、のち晴れ。今日見かけたもの。

教室の机の上に落書き。大きな文字で「ボルシア・ドルトムント」、さらにその下に「バイエルン・ミュンヘン」。サッカーで頭が一杯だったか(ちょっと親近感)。

大学図書館の中にシェパード。緑色の絨毯の上に寝そべっている。あまりにも立派な体格に一瞬剥製かと思ったら、本物。バスでも本屋でもスーパーでも、皆普通に犬を連れているけれども、こんなところにまで同伴とは。

デパートの入り口にサンタクロースの人形。それと、もみの木の葉っぱに電飾。

日はどんどん短くなってきた。最近はタートルネックのセーターばかり着ている。それでも、寒くなってゆくその先にクリスマスがあると思うと、クリスチャンではない自分でさえ、それだけで何か嬉しい気分になる。「クリスマスは一年でいちばん大切な日」とドイツ人の女の子は言っていたけれども、長くて寒い冬の中、そこだけ温かな灯りがともっているような感じなのかもしれない。

その日に向けて、街中がいそいそと準備を進めてゆく。その灯りを頼りに冬を過ごし、やがて来る春を待つのだ。


2003年10月22日(水) ホームチーム

この街にはサッカークラブがある。2部リーグの中でもぱっとしない位置をうろうろしているけれども、ユニフォームなどを売るファンショップもちゃんとある。

ということはスタジアムもあるはず、いったい何処なのかと思っていたところ、帰り道のバスの中から偶然発見。何といつも使っているバス停の真裏。ほんとに小さく、日本で「スタジアム」と聞いたときに受ける印象とはあまりに違っていたため気づかなかったのだ。ここに来る前、語学研修を受けていた街でも、寮はスタジアムのすぐそばだった。これはもう「心してサッカーを観るべし」というメッセージとしか思えない。

その地元チーム、最近のあまりのふがいなさ故か「どうしてこんなに弱いのか」という記事が今日の新聞に載っている。一度この目で確かめに行かねば。ユニフォームも買ってしまおうかと少しだけ考えている。


2003年10月21日(火) 和食ってすばらしい

実家から荷物届く。セーターや頼んでいた本に混じって、新米の小さな袋が入っている。それにおかき。目の前にして初めて気づいた。どうやら和食が恋しかったらしい。鍋にていそいそとご飯を炊き、夕食。食後のおやつはおかき。充実感。

寒い。山間部ではもう雪が積もったらしい。街中では、ゆっくりと冬ごもりの準備を始めている。


2003年10月19日(日) ホーム

週末は川を下ったところにある街にいた。とある行事に参加せねばならなかったのだ。そこには昨夏知り合った家族が住んでいて、空き時間にでも会えたら、と思いながら汽車に乗った。

小さい街である。駅から会場へと向かう道すがら、お父さんにばったり。一瞬驚いた顔をしたあと、ニコニコしながらやって来てぶんぶん握手をする。今日はホテルに泊まるつもりなのだと言うと、何を馬鹿なことをと憤慨し「家に泊まりなさい」。結局お世話になる。

そんな週末のあと、寮の部屋にひとり戻ってきて、日本を発って以来皆無だったホームシックのようなものを、あの家族に対して感じているのに気づいた。人が寄り添い、互いに大事にしあいながら暮らす、そんな「ホーム」に対して里心がついたんだろう。そして、血のつながった家族だけが「ホーム」とは限らない。

夜、熱いお茶飲む。明日から天気が崩れるらしい。



2003年10月15日(水) 駅にて

明日から遠出するため、駅まで切符を買いに行く。切符売り場には大きなリュックを背負った若者たちの列。何か話しては、皆でしきりに笑っている。ここからどこかへ向かうのか、あるいは旅の通過点か。それぞれのリュックには寝袋もぶら下がる。

通過点だと思った場所が、出発点、終着点になることもあるだろう。いつか振り返ってみたときどんな地図が出来ているのか、想像もできぬままにふらふらと歩いている気がする。

帰り道、頭の上にどんぐりの実が落ちてくる。双子の小さなどんぐりである。


2003年10月14日(火) 川べりの夕景

あまりによい天気なので、バスを途中下車。橋を渡って向こう岸まで歩く。今日は川の流れがいつもより速い。番いの鴨が(それでも離れずに)どんどん流されてゆく。空気は冷たいが、川岸のお店では屋外の席にてビールを飲む人多数。西日に目をほそめながら大きなグラスを手にしている。

夕方、時刻を告げる鐘の音が鳴る。街中に点在する数え切れないほどの教会から、それぞれ違う響きでもって川を渡ってくる。


2003年10月13日(月) 秋深し

最近よく道を聞かれる。スーパーへ行けば、買い物中のおばあさんに「これは何か」などと尋ねられる。顔つきからして見るからに「外国人」だと思うのだが、まるで気にせず、皆ふつうに声をかけてくる。今日もバス停にて、「文房具店はどこか知ってるか」と、高校生らしき女の子。「わからない」と答えると、世にも悲しそうな顔をして行ってしまった。

今日はりんごのケーキのおすそわけあり。食欲の秋である。



2003年10月12日(日) スズカの日

晴れた。何の予定もない日曜日はうれしい。昨日、そして今日と、ラジオからは「スズカ」という言葉ばかり聞こえてくる。そういえば、昨日会ったおじさんは「明日は鈴鹿を観るから早起きしなければ」と言っていた。

寮のどこかの部屋で、誰かがギターを弾いている。窓から入ってくる風は、もうずいぶん冷たい。


2003年10月11日(土) 男の仕事

土曜日の午前中には市が立つ。市場には、花柄やチェックの布がはられたカゴを抱えたおじさんたちの姿が多い。皆ひとりでやって来ては「買い物は男の仕事だぜ」と言わんばかりに、真面目な顔して野菜を選んだり、お店の人と交渉したりしている。帰り道は、カゴいっぱいにパンやチーズや果物。ときどきお菓子らしきものをのぞかせている人もいる。

黒パンと、りんごをふたつ買って帰る。そばに住む人より、トマトスープのおすそわけあり。温かくて美味しい。


2003年10月10日(金) 迷子

今日も道に迷う。まだ通ったことのない路地を見つけたので入ってゆくと、どんどんと道は細くなり、最後には小さな広場に出た。広場を取り囲む家々の窓は閉まっている。少し古ぼけたレースのカーテン越しに、鉢植えのシクラメンが見える。

迷う余地のある街にいるのは嬉しい。毎日、よろこんで迷子になっている。


2003年10月09日(木) ハルキ・ムラカミ

風強し。葉っぱがどんどん落ちてくる。

大学構内の本屋では、村上春樹の本が平積み。タイトルが原題とかけはなれているので表紙だけではどの作品かわからないけれども、目次や登場人物の名前から何とか判断できる。各国の作家に混じって普通に「Haruki Murakami」が並んでいるのは、やっぱりすごい。イタリア人の女の子は『ねじまき鳥クロニクル』を読んだばかりだと言っていた。

夕方、近所のスーパーにて瓶ビールを買って帰宅。ビールのほうが水より安い。常飲してしまいそうで怖い。


2003年10月08日(水) 川のほとり

毎日、バスに乗って大学へ通っている。バスは旧市街を抜けて川沿いを走る。ときどき、大きな船がとまっているのを見かける。国境を越えてゆく船である。

大学には東欧からの留学生が多い。チェコ、ブルガリア、セルビア、ルーマニア。ここはもうほとんどバルカンなのだと、街外れに住むドイツ人夫妻は言う。今まで訪れたことのあるどの街とも違う独特なこの空気は、無数の人びとが交差した、その轍ゆえか。

夜、雨の音する。大きな傘を買わなければ。


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