一日いっぱい仕事。研究授業の準備。遅れていた仕事の挽回。新たなプロジェクトの文献読み。今日もめいっぱい。それでもやり残しがあり、明日の朝に残す。
2002年06月29日(土) |
フィールドワーク計画 |
いくつもの公的な用事であちこちに行く。(平日はなかなか行けないので、いきおい土曜日に集中してしまうことになる。)そのうちの一つは、市の埋蔵文化センターの所長さんへの夏の市教育研究会社会部会のフィールドワークのお願いである。 10年以上も前に江刺市の社会科部会でご一緒に事務局をさせていただき、お世話になった先生である。いろいろなところで今までの縁を感じる。アテルイと古代のフィールドワークを計画。
総合メールマガジン編集、総合の準備とめいっぱい。
研究授業の「さぐろう!水の世界」をスタート。今まで自分が感じていた水の世界をウェビングによって広げる。班ごとにやったが、わいわいがやがやと連想をしていった。感想は「楽しかった」「広がった」と大好評。これから先が楽しみ。
一通り指導案完成。ただ、明日から単元に入るので、子供たちの興味・関心の方向によって修正していく部分が出てくるであろう。日曜日まで自分自身がフィールドワークしたり、文献を読んでチャレンジである。
前日に続き、指導案。本時と単元の流れを書く。書きながらアイデアと疑問が湧いてくる。残りの部分は明日。
あさTOSS社会原稿を推敲、送る。次は指導案にすぐに着手。金曜日の朝が締め切り。おおよそは頭にあるが、今後の部会のために何を指導案に盛り込むかがポイント。夜、地区懇談会。
いつもより早く学校より帰る。5時台は久々。原稿を仕上げたいためだ。朝の頭より、帰りの頭の方が当然フル回転している。元気なうちに帰って元気なうちに重要な仕事をするのがベストなのだ。何とか一通り仕上げをする。あとは明日推敲。
次の原稿は「TOSS社会」。昨日の原稿に時間がかかり、今日構想を立てる。同時に研究授業の総合の構想も立てる。総合は「水・川」についての活動例をネットで情報収集。しかしながら、課題設定までの例を見つけることができなかった。実践上ではこのような情報が貴重なのに。
「ネットワーク」9月号原稿を時間をかけて推敲。「粘った」という感じは久しぶりである。他の仕事にも影響がでるが仕方なし。夜学級懇親会。
「水」の総合の授業構想に着手しはじめる。とりあえずは関連文献から。ネットで本を注文。検索して翌日には届く。ちなみに研究授業は7月5日である。
2002年06月20日(木) |
ネットワーク原稿執筆 |
「ネットワーク」誌9月号の原稿を推敲。以前執筆しておいたものを修正したものである。8月号を除き、ずっと掲載させてもらっている。ありがたいことである。今月7月号は「発見!ヘルシー野菜炒め」である。これは、昨年度の大会に持っていったものである。何とか今年も大会に持っていくレポートを作らねば。
ようやく7月号の雑誌を斜め読み。一流の人はいい言葉で書いているなあ。今、本当に学校でしなければいけないことは何かがよくわかる。改めて我が学級目標「力をつける」の大切さを感じる。学級目標であるとともに、教師自身の目標でもあるのだ。
好きな読書も今日まで。また原稿を明日から再開。
昨晩ぎりぎりで「社会科教育」の原稿を送る。それにしてもおもしろいテーマだ。「これを止めるとよくなるトップ3 教科書の扱い」。これをやるとよいというものではなく、「止めるとよい」だからだ。一流の編集者の発想法、いろいろなところに通じる。
今朝はメールマガジンを発行。この10日で4つの原稿。ここで一段落。今日ぐらいは休んで、好きな本を読もう。校外学習も無事に終わったので。
今日、衝撃的な連絡が入った。 昨年の12月に8年前に担任した子が、交通事故でなくなっていたというものだ。私が宮古にいたので、連絡が遅くなってしまったようである。
5年生の途中で転校して、最初は学級になじめない子であった。日記に困り事をよく書いていたことを思い出す。途中で私のアメリカ研修もあり、親御さんが心配していた。それでも、無事卒業し、中学校で元気に部活をしているということだった。ソフトボールのユニフォーム姿が似合っていた。
この学級では卒業する時に私とひとつの約束をしていた。「20才の自分への手紙を書き、それを佐藤先生がみんなが20才になった時に送る」というものだ。その20才の手紙を送るのが、この8月であった。改めてその子の「20才の自分への手紙」を読んだ。「20才の自分はどうなんだろう。20才になるまであえないけどね。それまでさようなら。20才になったらあえるから。」
今となってはこの言葉は天にしか届かない。無念である。この手紙を読みながら、つくづく人生の不公平さを感じる。もっともっと生きてほしかった。親御さんにはのちほど、直接この手紙を届けにいくつもりだ。それが自分の使命だ。
午前中はメールマガジン編集。HP更新。午後は「社会科教育」の原稿に取り組む。原稿は明日が締め切り。ぎりぎりになってからの取り組み。明日が勝負。
朝、連載メールマガジンの原稿を仕上げる。すぐに4学年レク。今年から土曜日が休みとなったため、各学級とも欠席者何人か。仕方のないことであろう。それにしても300人近くのイベントは大変なものと実感。
学校の戸締りを他の先生にお願いして、すぐに教え子の結婚式に向かう。K君。私が初任の時に受け持った子供だ。あの頃は教師としては未熟そのもので、K君にもよく叱咤したものであった。(激励もしたのかな・・・)そんな彼が、直接自宅に来て「結婚式に出てくれ」と言ったのは1ヶ月前。もう、小学校の時のK君ではなく、凛々しい若者だ。
チャペルでの式のあと、披露宴を待っていると、13年前に担任した子の保護者にばったり。「先生のように、しっかりと生活習慣を身につけてくれた先生はいなかった」と言われる。初めて1年生を担任した時の親御さんである。リップサービスもあろうが、有難いことと感じた。K君たちを卒業させた後の1年生担任。当時も未熟だった。若いだけの時代。それでもこのように評価してくださる方もいらっしゃるのだ。
いよいよ結婚披露宴。今回も1年前のJ君と同じように、乾杯前の祝辞を頼まれている。身に余る光栄である。昨日まで、小学校時代の学級通信を眺めていた。眺めているうちに、その時におきたいろいろな出来事が思い出された。このような会に出るということは当時の思い出と今をつなぐことなのだ。
祝辞は小学校時代のエピソード、作文紹介と具体的に話した。聴衆反応を見ると決していい反応はしていなかったが、教え子たちからは「先生、うまいなあ」と言われる。うまくはなくても、子供たちをよく知っているのはやはり担任だからだ。
華やかな雰囲気、若者らしいパフォーマンス、泣かせる一言と宴は続く。教え子たちと談笑。「先生、先生」と話しかけてくる。有難いことだ。つくづく教師 という仕事についている幸せを感じた日であった。
「ホープ21」は市教育委員会が主催する事業。学校単位で講師が講話をしてくださる。講師は岩手の社会科教育の先達佐瀬氏。原典を読むことの大切を説いていたのが印象的。ご退職されているのに、文献のフィールドの広さにも感心。以前雑誌の紹介で、お世話になった時に礼状を出したらすぐに返信が来た。一流の証である。
プール開き。しかし、気温・水温とも不足で入れず。学年ではパフォーマンスということで「水の神」に扮して話をした。大受け。休み時間は他学級からそのことを言われる。こんな遊び心も時にはよし。
連載メールマガジン原稿に取り掛かる。
楽しい家庭訪問終了。子供たちのよさを知ったと同時に、親御さんの私の評価も間接的に聞いた感じ。校外学習のしおり作り、胆沢地区図工研事務局の仕事、そして授業研究」誌原稿推敲。図工の事務局は初めてであるが本校でずっと行ってきたものとのこと。校務分掌の一つである。
「授業研究」誌の執筆。一気にする。
家庭訪問3日目。好意的に迎えられる。どのお家も事前にお願いしていた「いいところ3つ」を準備されていることに感心。「見つけるのが大変でした」と言いながらも、表情は笑顔である。学級で紹介をする時は一人一人がヒーローになっている。いい場面である。
「授業研究」誌、メールマガジン原稿の構想をする。「授業研究」誌は、ノート指導がテーマである。4年前にまとめた冊子が役に立つ。この冊子は結局陽の目を見なかったのであるが、本一冊分の量を執筆したことは自分にとって大きな力になった。当時は意識しなかったが。
午前中に「教材開発」誌の原稿完成し、送る。HP更新。午後から次の原稿に向けて文献を探す。再来週の校外学習に向けての準備も少々。久々に充実。これから一週間あまりは原稿ウイークである。このリズムで行きたいものだ。
終日「教材開発」誌の原稿に取り組む。なかなか一気に書けるものではないなあ。
教え子ではないものの、初任校の時の他学年の子の死を知る。まだ20代前半。3月には、やはり初任校で担任した子の弟が亡くなっている。同じくまだ20代前半。親御さんは無念の思いでいっぱいであろう。合掌。
「教材開発」誌原稿の構想のために、バックナンバーの有田氏のコメントを読み返す。至言ばかりである。教材開発の楽しさが本当に伝わってくる。
家庭訪問1日目。自転車で回る。皆さん、好意的。ただ、「その子だけに通用する言葉かけ」をもっとしなくちゃ!と感じる。
2002年06月06日(木) |
久々、公開研究会に参加 |
宮教附小の公開研究会に参加。隣の県といえども宮古よりはるかに近い。総合、社会を中心に参観。本校のテーマ、意図している部分に近く参考になる。英語活動で子供たちが張り切っていたのが印象的。
学校を一日あけたが、クマが市街地に出没し集団下校したとのこと。珍しいこともあるものだ。ネットワークの原稿、8割方完成。締め切り日が延びたので、「教材開発」の原稿に取り掛かる。
日高火防祭の発表会。150人がポスターセッションで行う。聞く時間の確保のため、各学級6グループずつ×4を行う。今まで保護者に公開はしていないということだったが、学年で「今年の総合の発表会は原則として公開」ということにして案内を出しておいた。平日の午前ということで、20名も集まれば十分と思っていたが、40〜50名はいたと思われる。(なんと3割!)
これで親御さんへの布石はできた。総合でこれから「スクールボランティア」を依頼しようと考えていたので、扉が開かれた感じ。開かれた学校にももちろん通じる。
情報教育を担当しているのでこの会議で情報交換。我が校は22台のパソコン。1クラス分にすると2人に1人分であるが、全校の900人近くにしたら少ない台数であろう。おまけに我がクラスは移動が一番かかる。その点、学級に1台あれば別なのだが、そのような時代はまだまだであろう。それまで工夫して授業に生かしていくしかない。 また、今回はパソコンのみの情報交換であったが、メディアリテラシー教育といった部分も情報教育の分野で大切と考える。その面で学校に広めていく作戦を考えよう。
指導案を立てた社会の授業を地区学校経営研で行う。まちの消防施設調べに関わっての授業である。思いのほか、地図からの気づいたことが子供たちにとっては難しかったようである。教師の予想の通りいかないのが授業と実感。
メディアリテラシー教育で一つの課題をいただく。ありがたいことである。このような機会があるからこそ、自分も修業できるのだ。
HP更新。総合メールマガジン編集。明日の地区学校経営研の授業の準備。いくつかの文書処理。そして、「ネットワーク」原稿執筆開始。今回は「ビデオ撮影、編集、発表での活用」がテーマ。「体験!メディアのABC」の世界である。この分野に関しては文献豊富と思いきや、意外と少ない。これからの世界と改めて実感。
注文した情報教育関連の本4冊を読む。数多くのアイデアに自分も実践したくなる。情報教育担当者として通信の発行も視野に入れたい。同時に次の総合実践の下調べ。今回は研究授業も関わる。「水」で攻めてみよう。
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