ふつうっぽい日記
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2005年05月22日(日) 避難訓練

非難ではない(笑)

2週間くらい前、今日実施される通知があった。
70世帯はある、我らの住宅。
理事会の役員は7人だっただろうか。

避難訓練の開始時刻は10時。
1分くらい前に、廊下に出た。
そんな気配はなかった。
あれ?
非常階段から、下を見た。消防車が止まっていた。
実施されるのはホンマらしい。
非常階段から、別の階の様子をみた。
パラパラと人がやはり、不安げに下をのぞいていた。
不安げに彼等は下の階に降りていたので、私も足を進めた。
でも、1階分降りてから、また戻った。
たしか実施要領では、役員の指示にしたがって、1階に集合とあった。
なので、遅刻をしている訳ではないので、それらしい動きがあるまで廊下でダラダラしていた(一人で)

すると、隣の部屋のオバちゃんが出てきた。
オバちゃんの娘が役員。心強い。
「エレベーターが止まったら、避難開始なんだって」とオバちゃんが言った。エレベーターは動いていた。
10時5分くらいになって、とくに整列して移動ということもなく、オバちゃんと娘さんと一緒に非常階段で降りた。
雨天の場合の集合場所である、エントランスに行くと、すでに30人くらいの人が集まっていた。
我らは遅かったらしい。
消防署の人も3名ほど来ていて、「たしかに訓練ですが、本当に火事が起こったら、今日のようにタラタラ移動していては犠牲者が出ます!」と言われた。
書面で訓練の要領は分かっていたつもりだけど、火災報知器の音が鳴った訳じゃないし、やっぱり、なかなか臨場感は持ちにくい。
雨ということもあり、次は集会室に移動して、参考映像を観た。

この映像が古い。
昭和であることは間違いない。
それに、映写機なのだ。
それに、署員が準備の際にあやまってテープを切ってしまうということをやっていて(別に観た分は支障はなかったが)スクリーンに映された映像は古いだけでなくピンぼけが激しく、乱視になったような感じだった。
ここの住宅は約1年半前に建ったモノであり、耐火性、耐震性にも昭和の時代からすると改善されていると思う。だからこそ、油断するというのもたしかにある。家電製品だって、進化している。進化している上での事故現象だってあるはずだ。
でも、消防署から参考に見せられる映像は古い。
なるべく「今」に近い、映像を見たかったと思った人は多かっただろう。
それに、古いその映像は一戸建てで、夫婦と子どもが一人という世帯を中心にベタな演技をしながら、防災の必要性を伝えようとしていた。
せめて、集合住宅であることと、高齢者に登場していてほしかった。

映像を見てから、この1年の火災件数や救急車の出動状況などの説明を聞いた。火災よりも、救命救急の出番が多いらしく、1年で1万4千件とか言っていただろうか。

それから、再びエントランスに集合して、消火器の使い方の実践(中身は水の訓練用のものを使って)をした。
誰がするか?ということで、全体的に一歩後退していたが、隣のオバちゃんが名乗りを上げた。時間の都合もあるし、全員というのは無理だということで「じゃ、2人でしようか?!」と私の腕をつついた。
しかし、一人じゃないと意味がないという指摘で、私はひとまず撤退。(ホッ)
しかし、2番手として、オバちゃんからと理事長から指名されてしまい実施。3番目は理事長の奥さんで、緊張していたのか、ぎこちなかった。さらに、消防の人から「一人でそんなんしてたら、何やっとんねん?って感じだから、声を出さないと!火事です!誰か〜!と言わないと」と。
4番目の人は、さらにドキドキだったが、立候補があり、女性がちゃんと声も出してちゃんと操作もできて、拍手喝采。
その後、3人くらいしてから理事長が「やはり、見ておって、目標物を狙わないと本番は時間がないんじゃないかと思う」とか少し偉そうなことを言ってたが、最後に理事長が実施したが、動揺して、ホースを抜く時から妙な方向へ水が噴射され、ちょっとぎこちなかった。
観衆(笑)からは少しどよめきが起きた。
「やってみないと分からないものですな」と。
それはそうですよ。

次に管理人室の監視盤なるものの機能などの説明があり、11時半くらいに解散。
オバちゃんと階段で部屋に戻ったが。部屋の前で15分くらい立ち話。

「あまり音がしないけど、部屋にいてるのぉ?仕事で遅いの?」

まぁね、そういうのって聞いてしまうよね。
一人だし、子どもや動物がいる訳じゃないので,そんなに物音はないと思うのよね。それに、うるさいと思われたくないと思っているし、洗濯物だって、そんなに多くないから、ベランダに出てバンバン音をさせて気配ムンムンで干したりとかほとんどしないし。
これからはどうか分からないけど、窓だって、開けてないし。
防音効果優れているし。
隣の部屋に隣接している部屋は和室とリビングだけど、和室は洗濯物を畳んだり、アイロンをかけたり、一時的な荷物を置いたりする時に使っているし、リビングはまぁ、いる確率は高いけど、ダイニングテーブルのあたりかソファーに座るかと、Mac(パソコン)と電子ピアノをたまに弾くかくらい。
テレビの音だって、窓を開けている時は気を使うし。
浴室やキッチン、自室や寝室は反対側(隣接されていない)にかたまっている。あ、トイレは隣室側ではあるけど。

いちいち、コッチの行動スケジュールを報告する必要はないし…と思うのは冷たいのだろうか?
とりあえず、今週末に、福岡に行くことは言った。
実はその次の週末から次の週末にかけても外出するんだけど、そこまでは言わなかった。
お隣のオバちゃんの世帯も女2人暮しで、オバちゃんは80歳近く。
昨日までポリープだか腫瘍ができて、寝込んでいたとか言っていた。
自分がいることのアピールもしたかったんだろうと思った。
我が家が主人が単身ということで、さらに、状況が少し似ていると思ってくれたのかもしれない。
オバちゃんが別れ際に「また、珈琲誘いにくるからー」と言っていた…


2005年05月20日(金) 今月も早いなぁ(思い出しつれづれ紀行)

正確には、紀行っていうもんじゃないだろう。
でも「午後6時過ぎたので」許して下さい。
(夕方になると、ちょっと思考が…)

ちょっといま、お腹の調子がよくないです。
多分、それは、お昼に激辛ラーメンを食べたからだと思います。
子どもだったら、「お尻が辛い」っていうのかな。
激辛というか酸っぱいに近い。
といっても、腐っていたわけじゃない。
トムヤムクン風味っていうんですか。
タマゴを落としたので(麺に、ね)マイルドになって、スープものみほしてしまった。(夫がいると、それはしないだろうか…)
そう、近くに夫がいると、母性というのか(違うかも)「スープ残しなさいよ!」とか「ちゃんと手洗った?」とかお母ちゃんみたいな私になるときがある。やっぱり、20代後半とか30代とかっていうのは、お母さんになるのに適しているのだろうか。(根拠がないかもしれない)


先週の「今」は夫とテレビを見ていたなぁと思い出した。
距離があることに慣れてきて、不思議な感覚。
距離がないことが普通だったのにね。

今週は、「そんなぁー…トホホ」な幕開けだった。いや、週の半ばからだったからか?(忘れちゃった)
私が重宝して使っている食洗機がおかしくなったのだ。
それは、夫との電話が終わってからそうなった。
「ゲッ…」
取説を持ってきて、あれこれと試す。
復活しなかった。
「明日、業者に電話しないかんのか…もし、修理に来ることになったら、いつになるんだろう…」と手帳とにらめっこ。
使えないんだから,ブレーカを落としておこうってその時は考えなかった。
「停電した時は」という現象に似ていたので、書いてある通りのことをやってはみたけど、それは正確には違った。
ブレーカを一旦落として入れ直すという作業。
したことはした。
それが、マッハなスピードだったんだ…

翌日、昼過ぎに、ため息をつきながら、フリーダイヤルに問い合わせ。
例によって元気なお兄さんもしくはオッチャンやったら、嫌やなぁ〜とか緊張した。
ところが電話の声は女性だった。
でも、女性でも、先日のことがあるので(どこかの日記に書いた気がする)気が気ではなかった。

う…

差し込みだ…

(一時中断)


「お尻が辛い」

失敬。


話を戻して、その電話の声は裏切ることはなかった。
今の状態を報告すると、「では、次の通りにお手数ですがやってみていただけますか?」それはブレーカを落として入れ直すというものだった。
「それは昨晩したんですけど」というと、「もう一度やっていただいてよろしいですか」と。
電話の声の人はよさそうな感じだったので、言う通りにした(こらこら)
「しばらくたってから、そうですね、30秒くらい経ってから、再びブレーカを入れて下さい」と言われた。

ハッ!
昨晩は30秒も待たなかった。
マッハだった!

入れ直すと、どうしたことでしょう。
食洗機が運転再開したではありませんか。
解決した。
もう、感動だった。
心から電話口のお姉さんに「ありがとうございました。復活しました、助かりました」と言った。お姉さんは説明してくれた。
「キッチン周りには電子レンジですとか、携帯電話など電磁波が結構飛んでいるんですね。食洗機も電気を使いますから,電磁波の影響で、自動的に運転が止まることがあるんです。たびたび、起こるものではないとは思われますが、何度かそういった現象がありましたら、今日のように復旧を試していただいて、それでも頻繁に発生するようでしたら、またお知らせいただけたらと思います。」すごく丁寧だった。



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正露丸を飲みました。
今日はこの辺で。
お見苦しい表現を一部に使ってしまってます。
これにこりずに、また、よろしくお願いいたします。


2005年05月06日(金) 聞こえた言葉

連休は、あっという間に終わった。
昨日の今は、まだ二人だった。
でも、時間は悲しくても楽しくても同じ間隔で過ぎていく。
分かってはいるけど、必然なのか条件反応なのか、大粒の涙は流れてしまう。


連休中に拾った言葉。
23歳とか25歳とかの男同士(おそらく独身)が居酒屋の隣のカウンターに座っていた。
二人とも、会社を辞めたことがあるようだ。
「俺等は早い内に、知ることができたから、まだエエほうなんやと思う。サラリーマンっていうのは…男っていうのは…結婚したら…子どもがいたら…」とか聞こえてきた。

「男っていうのは、所詮、嫁さん子どものために働くようになってんねんやろうな?俺は結婚してへんけど、これだけ譲れないことがあんねん。結婚前には絶対に同棲すんねん。同棲したら、嫌なモンも絶対に見えてくる。それでアカンかったら、結婚したら絶対別れてまう。そして、ヤッパ、嫁さんには料理をちゃんと作ってほしいって思う。やから、仕事がするのが楽しいっていうヤツじゃないほうがいいねん。専業主婦じゃなくてもエエネンけど、例えば、幼稚園やったら3時、保育園やったら5時までには絶対に終わる仕事について、コッチが汗水たらして働いて帰ってからウマイ料理食いたいし。」
「俺はこう思うンス。子どもができるまで、共働き。やから、家事は分担もエエかなって」
「俺は、絶対、子どもがおったら別れへんと思うわ。絶対。子どもがおったら。それとな、言ったっケ?俺のオヤジが死んだ話。」
「エエ?!そうなんスか?!」
「やっぱな、先祖供養ってやつ?あれって、大切って思ったわ。オヤジが死ぬまでまったくそんなもん関係ないやって思っててんけど。マジで。」
「え?なんか、ソレって、何か信じ過ぎてルンちゃいますの?」
「俺もな、そう思っててんって。法事とかもウザいし、めんどくさいし、一回も行ったことなかってん。でもな、なんかついてないこと多かったし、オヤジが死んだのもそうやけど、悪いことばかり続いててんな。なんで、俺ばっかりそうなんや?って気持ち悪いくらいに。そんなときに、ほら、○木数子が出てきてんやんかーオヤジが死んだ後に後からそうやったんやって俺の場合は思ったんやけど、先祖供養って大切らしい。」
「占いっていえば…」


私の従妹も○木さんを尊敬している。たしかに、本屋でも数多くの著書を見かける。先祖供養の仕方関連の本もあった。
作法や、昔からの言い伝えに関してはかなり説得力を感じた。
知識も豊富なのだと思った。


生活環境も、一昔(10年前)と比べてかなり変わっている。
10年前に流行っていた歌をカラオケで歌った時に、たまに、リアルに映像まで当時の雰囲気が出ているのがあって、こんなんだったな…と思い出したりする。テレビでも懐かしの映像というか、かつてのアイドルなんかが出ると流行っていたよな〜このヘアースタイルとか。
その時はその時で、イライラしたり、過去を懐かしく振り返っていたり、未来に夢見ていたはずで。


***

ある引越会社のホームページに単身赴任に関する考察が載っていた。
昔と今とでは考え方が変わってきているとあった。前向きに。
「次は単身赴任と決めていた」と、夫側の意思。
転勤毎に、家族が移動していく。それも、成長していく子どもを伴っていく。となると、子どもの転校や受験や、妻側のストレス、心の不安定が出てくる。お互いに家族のことを考えると、そのカタチになるらしく。
そして、離れていても、食生活や健康のことをお互いに心配する。
転勤になるのは、昇進(出世)へのステップなのであって、一通過点。
なんてものあったか。

たまたま、1年半前にマイホームを取得してしまったから、直面している今の現状。
いざ、マイホームへの移転という寸前に転勤が決まった世帯だって多くあるはず。そして、同じようにこれから家族を増やしていけたらいいなと計画している世帯も多くあるはず。

今日は、まだ強い雨は降っていない。
強い雨が降り始める前に、買い物に出かけようか、考え中。


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