ふつうっぽい日記
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2003年02月28日(金) 心地よい緊張感を持ち今にいたる

ずっと、頭の中にありつつ、何かにとりつかれてどん底という状態でもなかったのに、更新しなかった。できなかったといういい訳はしない。分かってはいたけど、気付いたらどんどん日が流れていた、そんな感じ。

2月14日から4泊5日の帰省は、充実していた。その間、夫は一人でお留守番である。もちろん、平日は遅くまで仕事で、寂しさに泣く日々だったという訳じゃない(笑)でも、土日を挟んだからか、戻ってきたら照れくさそうに「寂しかったんだカラネ〜」と言われた。

14日はチョコレートの日(正式には違う)だったが、特に愛のこもるモノを夫へ置いてきたりせず、「洗濯物をとりこむこと」「弁当箱を洗う事」「ポットのお湯の量に気をつけること」「納豆が残っているので食べてしまうこと」その他10項目くらいマジメに「することリスト」を書き置きして、私は旅立ったのであった。

今回の帰省は久々の新幹線での帰省。主な目的は16日の友人の披露宴参加だったのだ。少しばかり事情があり、披露宴参加者には親族が一人もいなかった。友達ばかりでワイワイと気ままかなと単純に考えていたけど、「友達」の中には親よりも年配であろう人も含まれており、宴のカタチはよくある披露宴スタイルだったので、祝辞の言葉には奥行きに制限があったような感じだ。無理も無い事だけど。自分で選んだスタイル、そして人生。頑張って歩んでほしいとひそかに願う。

高校時代の友人であったので、少しばかり知った顔がテーブルに並んだ。その顔たちは、「母」としての顔もあり、キツイ会話もあった。私が結婚しながらも子どもがいない状態であることを微妙に思い出した友人はこともあろうに「子どもがいない方が気楽だし、時間自由に使えるし、いいよね」なんて妊娠8週目だという二人目ご懐妊の「顔」にふっていた。もっとも、「母」的会話が繰り広げられている時も、私は聞いているような聞いてないような空気みたいな顔をしていたのだけど、さすがに「子どもがいないほうが…」というのには内心、敏感に反応した。そして、8週目の「母」は、少し何かのやりとりをしてから、「まだ二人目だからイイけど、一人目がそうだったら辛いよね」と。途中の会話は忘れたが、二人目がなかなかできない誰かの話をしていたらしい。「一人目がそう」な私は、辛いというよりも、なんだか女性としてちょっと残念な気持ちだった。うまく言えないけど。そんなやりとりを「一般女性更衣室」で聞いた後に、披露宴だったので、もやんもやんとした気持ちをしばらく引きずった。

披露宴が終わってから、私は二次会を丁寧に断って、次の宴の会場へ向かった。大学の友人との集まりである。たいがい福岡は天神か博多あたりでワイワイと騒ぐのだけど、私が披露宴後に会場に向かうこともあり、わがまま言って北九州で企画をしてもらった。メンバーは4人。
一人は宿泊はできるけど翌日出勤せねばならず、一人は宿泊はできないけ翌日は休める、一人は“偶然”に休みをとっていたので宿泊及び翌日オッケー。無理もない。日曜宿泊で月曜日も遊ぼう!と2週間前くらいに呼びかけをしてみんながみんな大丈夫!なんてそんなことは。しかし、私のために、忙しい時間をあけてもらえて感謝感謝である。宿泊はネットで予約をした。「激安。早いもの勝ち!残り一部屋トリプルルーム!」なんていうラッキーな企画がヒットし、「変なところだったらどうしよう」という不安がかなりあったが、実際、建物はキレイだったし、フロントの教育もしっかりしてあったし、満足だった。女性4人の宴も、あっという間に終わったが30歳になった者、これから30歳になる者という微妙なお年頃ってことで(?)話のネタはどれも深くて共感できるものがたくさんあった。
仕事の話も、お互い聞きあって、私も「美顔」について語り、やはり女性。身を乗り出して質問や疑問をつぶやいてくれた。下手すると「売ろうとしている」と受け取られかねないので、友情を裂かないように変な意味ではなく「気」を使った。周りにいる「美顔のお客さま」とは違って「友達」という親近感も手伝ってか、後日口紅とアイカラーの注文があった。嬉しいことだ。「身近に化粧品について知ってる人ができたから、嬉しい」という声と「KAZUがパレットもってメイクをしている姿がなんかオモシロイ」という声とどちらも私は嬉しかった。
たしかに、私は今ココにいるんだ…と実感できた熱いひとときだった。友情万歳!!


それから、家族と温泉に行ったり、ボウリングしたり、ほのぼのと時間は流れ、大阪に戻り、心地よい緊張感を持ち今にいたる。
緊張感については、来月の中旬くらいに深く語れるといいなと願う私だ。


2003年02月12日(水) 無理すんなよ

今日は、美顔関係の月例会だった。
ちょっぴりの不安を抱えて、30分遅刻して会場へ向かった。たいがい、5分前くらいに到着しているのだけど、今日はアクシデントがあったのだった。

自動車の事故とかそういうのではなく、我が夫が寝込んでしまったのであった。熱は微熱程度で、夕食後に思い当たる原因は何だろう?と訊ねたら「月曜日、いや、土曜日あたりから、体調が悪かった‥」と。先週末は私の方が公に(?)ダウンしていて、多分、主人は気遣ってくれて外に買い物に連れ出したり笑ったりしてくれていたのだと思う。嗚呼。(>_<)なんて妻だよ。うちの主人は、すっごいご機嫌な時としょぼーんと元気がない、気力が無い時の差が激しい。激しいというか、分かりやすいという表現がいいかな。だいたい、前日に明日の朝、目覚め悪いんじゃないか?と私の予感が働くのだけど、私自身が気力が上昇していた途中で周りが見えてなかったこともあって、大切なサインを見落としていたと今になって思う。
昨日の晩は、焼肉だったのだけど、ビールの後、ワイン(フルボトルだったかも)を二人であけて、その後、ペットボトルのワイン(1.5リッター入り)をグラスに何杯か注いで飲み、主人は最後のしあげにもしかしたら焼酎を飲んでいたかもしれない。寝る前に吐いていたらしかった。でも、私は昨日の夜、それに気づいてなかった。洗面所でなんかゴソゴソしているとは思ったけど「ヒゲソリ洗ってたの?」と訊ねたら「そうそう」と彼は答えていたので信じきっていたのだった‥
でも、今朝、「会社休む‥」と青い顔をしていて、そこで「もしかして?」と洗面所あたりを片付けていたら、苦しみの跡らしきものを見つけたのだった。
多分、私に心配をかけまいとしたのだと思う。
でも、気づいてしまった。
今年に入ってから、深夜帰宅が続き、仕事も自分の意思に反してリーダー的な立場になったりして、気をはるところがあったのだと思う。

男が実は弱いというのは知ってた。
でも、女の弱さに健気にだけど不器用に男が合わせてくれてたって気づいてしまうと違う意味で弱くなるもんだなって思った。たとえば、独り占めしようとしてた苺のチョコレートを分けてあげたくなっちゃうような。たとえば、食後に「おいしい?」ってあえて質問しないような。
私の中には、ちゃんと母性みたいなのがあるんだと実感した、そんな日だった。

明日、ケロっと元気になっているといいな‥
無理すんなよ、ご主人様。


2003年02月10日(月) 気楽とは、難しいものよ。

今日は、自己嫌悪に陥ったり、自信喪失になったり忙しい日だった。中途半端に反省をして、前向きになったり、後ろ向きになったり。
今日のバイオリズムはどんぞこか下降中じゃないかな。

じぃーっとしてては、もうどうにかなりそうだったので、3箇所の模様替えを並行して行う。捨てようかどうしようか迷っていて温めていたものを捨てられる都合のいい日ではあった。そうだ、やる気に満ち満ちている時や真っ向から気合いが入る日は、そういう迷うものは捨てられないような気がする。でも、時間がたつと、悶々としていたモノは解消されていったらしく、どうでもいいモノでもいっちょまえに(?)迷うものチームに考えずに移動された。おそらく、次に悶々とした時にあっさりと処分されるものだと思う。

初めから終わりまで同じ“気”で、物事が進めば“楽”なのかもしれない。気楽とは、難しいものよ。


2003年02月07日(金) ぐったり

今日は、ぐったりしていた。
夕方過ぎから、デジカメ写真をパソコンに読み込んだりしたけど、加工はまだやっていない。来週には、アップしたいと思っている。

頭痛と腹痛が一緒にやってくると、もう倒れるしかないね


2003年02月06日(木) もう立派な(笑)おばちゃんなのだけど

子どもは何歳くらいまでを言うのか。
そんな定義を児童学概論か何かの講義で聞いたようなきがする。親からすれば40歳だろうが50歳だろうが「子ども」にかわりはないのだけど。そういうのではなくて、「子どもに見せたくないテレビ」なんて言う時の「子ども」って何歳くらいまでだろう。未成年?18歳未満?15歳未満?

自分の「子ども」時代と今の「子ども」時代同じ月日の長さだけど、環境がまったく違っているので、比べるのはどんなものなのだろう。
私は、幼稚園、小学校で実習をしたことがある。また、中学生の家庭教師をしたこともある。さらに、高校の演劇部で偉そうに「指導」みたいなことをした時期もある。その時の自分はおそらく、それぞれの人間に対して同じ目の高さになろうと頑張って歩み寄りをしていたと思う。幼稚園実習は「ついで」というのがあったせいで、辛い時もあったけど、全体を通すと発達の違い(学習していく様子)が観察できて有意義であった。
それは私に「若さ」があったからかもしれない。

さて、来月末には30歳になる私。さらに、既婚。「子ども」の立場では「おばちゃん」であるだろう。結婚したての頃、従姉の家に行き「おばちゃん」って言われた時は正直ショックだった。でも、もう、今は気にはしないけど、微妙だ。「子ども」よりかは「子どもの母親」に近い年齢であるし、母親も若い場合も珍しくないのでもう立派な(笑)おばちゃんなのだけど。
「○○ちゃんのお母さん」「○○ちゃんのおばちゃん」とか、「子ども」が言うのを聞く。もしも、私に子どもがいたらそのように言われるのだろうな。たまに、自分を客観的に見つめる時がある。
たとえば、美顔で子持ちの主婦さんのところに行く。そこには彼女と同じように子持ちの主婦つながりの誰かがいる。そこにいる「子ども」は、私を「なんかママの顔を触っているおばちゃん」と見ているのだろうな、とか。
たまに、美顔機器に興味をしめして、「子ども」が近寄ってくる時がある。
「何してるの?」「なんでしてるの?」質問期の子どもによくある言葉。
気の利いた言葉がけのできない、返事のできない私がいる。
もしも、私が同じ子持ちの主婦であれば、何も悩むことなくサラ〜リと言葉を返すのだろうか。子どもとしゃべるのが好きであれば…

苦手だった幼稚園実習では、遊びを通して「子ども」とかかわって、お互い笑顔も出てた。でも、今は、「子ども」に対して可愛い〜という感情が減ってきているような気がする。


“このボタンを愛する二人で押すと子どもができます”なんてシステムがあったとしたら…いつ押す(押してた)だろう?(笑)

人間が縁あって生まれでてくるっていうのは、神秘だ。

腹痛にうなる今日の私は深夜にこんなことを考えるのであった。


2003年02月05日(水) 工場を出ると雨はすっかりあがっていた

今日は一月初めに辞めたバイトの最後の給料日で、辞めた理由が自己都合だったこともあって、少し重たい気持ちだった。
昨日の時点では、お昼くらいに行こう!と思っていたのだけど、朝起きて少しすると、緊張やら考え過ぎで気持ちが悪くなってしまった。それで、ちょっと(かなり?)横になっていたのだけど…

お昼過ぎに可愛い姿の某隣人さんがプリン持参で(笑)やってきて、コーヒー飲んだり、梅茶飲んだり、緑茶飲んだりしながらしゃべりまくって、なんか気持ちが落ち着いてきた。3時間くらい滞在していたのだろうか。4時過ぎくらいにバイト先の大奥様から(笑)催促の電話がかかってきた。催促というのは変な表現だけど、給料受け取りを忘れているのじゃないか?とおそらく心配してくださったのだと思う。「ハンコ忘れずに持ってきて下さい」と懐かしい声。某隣人さんと一緒に玄関を出ると、なんと雨が降り始めた!!某隣人さんは車だったので、そこでお別れをして私は傘を取りに戻った。そして、傘をさしてバイト先へと向かった。雨はどんどんひどくなっていった。でも、遠くの空は日差しが心地よくて、天気雨っぽかった。
小さな通用口から、入り「こんにちわ〜!」と挨拶をして、キョロキョロして大奥様を探す。その途中で社長さんの姿を発見し、めっちゃくちゃ作られた笑顔で挨拶をしてキョロキョロしてみた。すると、察したらしく社長さんは「お母さんは奥やで」みたいなことを言った。「お母さん」というのが私が探している大奥様である。社長夫人である。奥の方に行くのは気が引けていたのだけど、ちょうど大奥様が社長の声に気付いて近付いてきてくれた。ホッとした。バイト料が思ったよりもあって、すごく嬉しかったのだった。私の中では3日くらいしか働いてないと思ったのだけど、違っていた。
その嬉しさもそうだけど、思ったよりも工場の人間(社長が特に)の対応がよくて気持ちがよかったのだった。通用口から帰る間際に長男さんが「また手が回らなくなった時は声かけさせてもらってエエかな?お互いに都合が合えば」と言うのでギクッと思いつつも「え〜?しょうがないなぁ〜手伝ってやろうか?みたいな感じで?」なんてすごくふざけて返事をした私だ。長男さんは何言ってるんだコイツは的な表情をしつつ、ひきつりながら「そうそう」と言って笑っていた。工場ではあまり笑顔で会話をしたことがなかったので多分驚いただろうな。楽しい楽しい某隣人さんとのおしゃべりタイムのパワーもあって明るく応対できた自分にご褒美をあげたいくらい。
まぁ、連続的に労働提供はできないだろうけど、ココロの波が合えば「しゃあないな」と思いつつ手伝ってるかもしれないなんて考えたりもした。

工場を出ると雨はすっかりあがっていた


2003年02月04日(火) 最大のお得感の味わい方

「今日2時からAさんエステだけど、その前にBさんお願いできる?」

と、1時40分くらいに電話があった。今日のエステの仕事は2時から初めてさんを一人だったのだけど、一般で一人増えたということらしい。電話は会場を提供してくださるお宅の奥さんからだった(近所である)
「二人ってことですね?」と確認すると、「そう。それで、もう、Bさん来てるのよ。だから、KAZUさんさえよければ早く来てもらえるといいんだけど…」と来た。その時私はのんきにお茶漬けをすすっていたのだ。気持ち早く伺うことを告げて、一人追加の準備にとりかかる。カルテを探し、ジェルとコットンの準備、配布物の準備、そしてそして。考えると、あれこれと頭をめぐる。まぁ会場は近所なので、忘れたら取りに帰ればいいと開き直り、思い付いたものだけをバッグに詰めていざ訪問。ちょうど、Aさんがドアチャイムを鳴らそうとしていた。おそるおそる「Aさん、ですか?」と尋ねると、「そうです〜」と子どもを抱きかかえながら笑顔付きで返事をしてくれた。

順番は結局初めてさんであるAさんから始めた。軽くカウンセリングをして、洗顔に誘導。日頃、子育てに振り回されているらしく、まったりと洗顔をしていて素直に「泡立てお上手ですね!」とほめた。Aさんの子どもは他の奥さん(ママさん)が面倒をみてくれていて、スムースにAさんのエステの時間は流れていった。渡したサンプルや冊子も、丁寧に扱ってくれて、「ゆっくり見させていただきます」と言って下さり、私はとっても嬉しかったのだった。

さて、次はBさん。二度目のエステとなるが、洗顔ネットを使ってないのか(初回にプレゼントしたのだけど)手つきはぎこちなかった。使う使わないはお客さんの自由なのでもちろんそんなことは口に出して言わない。初めてさんのように、泡立て方を丁寧に指導(偉そうー)Bさんも子どもさんがいて、やはり、別のママさんが面倒をみてくれている。でも、Bさんのお子さんはとても元気っ子で、油断をすると、他の子どもを泣かせていたりしたので、Bさんは落ち着けなかったようだった。Bさんは初めてのお手入れの時に、高い美顔器を買ったことがあるけど、あまり使ってないなんてことを話してくれたのだった。正しく使おうと頑張れば、それなりに機械も頑張ってお仕事していたんじゃないかなぁと私は思ったのだった。
機械でなくとも、ちょっとしたこと、例えば洗顔をすること、泡立てをすることの「なぜ?」の答えが自分の中に浸透してればイイモノは自分の中にどんどん入ってくることに気付いてほしいな、と思った私だ。

どうしても主婦としては「料金」やら「価格」に敏感になって少し背伸びしてお高いモノを買うと、大切に使おうと思ってケチケチになってくるもんだ。それは分かる。でも。

5000円の化粧品を1000円で買えるという最大のお得感は、実は一度にたっぷりと使ってこそ味わえるってものだと私は思うのだけど、なかなか、実際、ムズカシイところなのだろうな。となると、5000円払ってでも使いたいというお客さん(実際にいらっしゃる)は、本当の意味のお得を知ってる素敵なセンスの持ち主だということになるだろうか。

モノの価値、そして、それを使う自分自身の価値を冷静に分析できるチカラそしてセンスを養っていきたいと思った今日であった。


2003年02月03日(月) 感謝感謝のマメである

今日は、少しだけ、朝寝をしてしまった。
ちゃんと、お弁当作成や主人の送り出し、洗濯をやってから。11時から12時くらいの1時間くらいの間、爆睡してしまった。玄関のポストに保険のちらしが入っていたので、多分ドアチャイムは鳴っただろう。保険オバチャンごめんなさい。

仕事は3時からで、なんかちまちまと雑事をしていると、あっという間に2時を回っていた。3時からの会場は近所だったこともあり、2時40分から買い物(第一弾)に出かけた。戻ってきたのは2時58分だった。買い物第一弾では、巻寿司1本と、たまごと、ねぎと茹でタケノコとささみを買った。節分の日に巻寿司を縁起のいい方角(今年は南南東だとか)を向いてまるかじり(正式には、まるかぶりと言う)する風習があるのは関西くらいだと私は思うのだけど、いかがなものなのだろうか。福岡ではそんな風習はたしかなかった(記憶が…)

3時からのお客さんは二人の子持ちのママさん。行くと、下の子が風邪で幼稚園を休んだらしく(でも、プチ元気っぽかった)部屋は暖かかった。この方のお手入れをするのは、3か月ぶりくらいだ。私は、忘れていた訳ではなかったけど、こっちからアプローチし過ぎても、ウザイと思われるだろうし、気になれば声をかけてくると待っていたのだった。ママさんは、「オイルマッサージだったかな、アレってしてくれるんですかね?」と聞いてきた。オイルマッサージなどというお手入れはないので、私は素直に不思議な顔をしてみせた。すると「ほらほら初めてお手入れしてもらった時に…」と誘導尋問(笑)をしてきて、それが「マッサージングパック」だということに私は気付いた。ソレは初めての方、そして、久しぶりの方に商品紹介を兼ねてやっているもので一般的なコースには特に位置づけてはいないのだった。3か月ブランクがあったので、もちろん私はソレを準備していたし、ソレを施そうと思っていた。そのことを話すとママさんはうれしそうな顔をした。夜のバイトを辞めようと決めたくらい---年末に近いある日---に、「初めてさん」を立て続けに二人お手入れした時のことを思い出した。5時からのバイトのことで頭がいっぱいで、初めてさんにすべきソレをしなかったのだった。今の私であれば、間違いなくやっていただろう。これを後悔と言うのだろうな。

ママさんのお手入れは1時間くらいで終わった。メイクはしなくていいというので、眉カットを少し念入りにした。メイクをしながらではなかったので私自身はあまり納得できてなかったのだけど、「どうもありがとう」と嬉しそうに言って下さった。そして、コーヒーを入れてくださり、クリーンチェックシートを使ってハンドアプローチなどしながら、美容や節分についてしゃべった。「巻寿司買わはりました?」と言うので「一本だけ買いました」と答えると「1本で足りますか?ウチは、子どもも1本。子どもは完食はできないけど、毎年そうです。だから、夕飯の準備楽なんですよ。巻寿司がメインだからあとちょちょっと作ればいいし」と。それを聞いて、私はもう1本巻寿司を買うことを決めたのだった。そんな話をしている内に、ママさんの上の子が帰ってきた。ポケットに何やらパンパンに詰めている。男の子は得意げに床に豆の入った小袋を巻きはじめた。近所のお寺で子どもを対象に豆まきのイベントがあったらしい。呆れながらも、楽しげにスーパーの袋にそれらを拾い収める母親。なんだかいい雰囲気だなぁと見ていると、ママさんが豆の入った小袋をいくつか私にくれた。「毎年、この豆に悩まされてます」と言っているママさん。家族って温かいなぁと自然に思えた今日だった。

感謝感謝のマメである。


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