ふつうっぽい日記
もくじ過去未来


2003年01月31日(金) 日付けが変わる前に

日付けが変わる前に更新しようと思っていたけど、今はすでに2月1日が1時間半くらい経ってる。
不思議は時間の境界線。1日は「歴史」を感じるのに、一秒一秒にはあまり感覚がない。そのまた一秒と最初の一秒でもやっぱり、鼻で笑ったらあっという間だし。

ちょっと、頭グルグル。一秒一秒隣接する時間をさりげなく、でも、できるなら楽しく過ごしたいね。


なかなか大人って難しい。(ナゾ)


2003年01月30日(木) バタバタ

今日は郵パックを出しに郵便局方面に行ったのに、肝心の送り状を自宅に忘れたことを思い出した。引き返して取りに帰ったら間に合わない。その場で住所を書こうにも手帳を持ってきてない。よって、送りものは明日に…

昨日今日、実は弁当を作っていない(我が夫の)なぜかというと、弁当を食べる場所がないからという理由。さらに、デジカメを仕事場に持っていかれたので私のお昼ご飯の記録もできてない(ざんねーん)

明日は少し気を張ることがあるけど、楽しいこともある。
頑張れワタシ!!!!!!!!!!!!(←気合いを入れたつもり)
さて、今晩はハヤシライス。


2003年01月29日(水) 肌荒れ指数100

今日は、吉凶混合という感じの日だった。
でも、凶というほどの大げさでもないけど、予期せぬトラブルに顔がひきつる程度だ。
去年の12月あたりから、肌の調子が不安定なお客さんがいて、「もう大丈夫だから」という声に何の疑いもせずいつものように美顔をしてさしあげた。ところが、かぶれた〜という悲鳴のメールが飛び込んできた。
直接の原因は不明だが、肌荒れの前歴があるのは事実で、なんだかの理由でそれが再発したような感じらしかった。夜10時過ぎだっただろうか。「明日顔を見に伺います」とメールを返したところ、「今からでも主人もまだだし大丈夫!」という返事が来た。速攻でお客さまのお宅へ駆け付けた。たしかにかぶれていて、ほっぺたの下のあたり、口の周りに熱を持っていて、目がうるんでいたように思われた。「もうなんで、私だけ?前はなんともなかったのに…」と悔しさもあったようだ。「敏感なんですね」と言ったら「そうよ〜ココロもカラダもね〜」とちょっぴり笑顔が出てきた。前の症状よりも軽めらしく、一日経てば落ち着くだろうと本人。
「どうしてこんなになっちゃったんだろう」と本当に切実に言っておられた。寒さや暖房という環境に対するストレスも手伝ったのかもしれない。要因の切り分けができていない状態なので何の影響なのかは分からない。ただ、私の反省すべき点は、「大丈夫」という声に安心し過ぎたことだ。デリケートな仕事であるという自覚を忘れずに、彼女を見守りたいと思う。

「肌荒れ」で検索したら、肌荒れ指数というのが出てきた。それによると、大阪地方の今日の肌荒れ指数は100だった。ちなみに明日は90。これからは、そのあたりの情報も前もって確認しておかねば!と学習になった。


2003年01月28日(火) 玉散り(笑)

うちの浴槽の中には、トルマリンボールが浮いている。
小さな穴がプツプツ空いたプラスチックのボールの中にトルマリンの粒(うさぎのウン○みたいな‥)がごろごろと入っているのだ。
その存在を忘れ、乳白色の入浴剤の入った浴槽に足を突っ込んだら‥異物感があった。そう、トルマリンボールを踏みつけてしまったのだった。ん?と思ったら浮きの発泡スチロールの玉が現れたかと思うと、穴がブツブツあいたプラスチックの半球が現れ‥小さなトルマリンの粒は浴槽の底面に飛び散ったのだった‥
明日は洗濯をするし、始末はすぐにしなくてもよかったのだけど、やっぱり気になって浴槽に浸かりながら手を使い足を使い(笑)ほとんどつかまえた(・・;)
足で粒を捕獲しながら、小学校の時の水泳の時間を思い出した。「ゴルフボール拾い」っていうのがあって、先生がプールに放ったボールを潜って取るというものだったのだけど、私はほとんど潜って取らず、足技(爆)を使っていたなぁ。

こんなこと、そんなこと、まぁ、いいでしょ!(^o^)丿


2003年01月27日(月) 緊張、そして、緩和。

先週の土曜日は美顔の仕事だった。
10時半から1時半。
いつものコースではなくて、一手間多いコースで、さらに二人の方のお手入れだった。一人の方は、「化粧品合わなくて…」と年明けて一週間ぐらい経った後につぶやいており、私のココロは「いろいろ言われるかも…」という不安でいっぱいだった。その方を先にお手入れすることになり、もうドキドキだったのだ。美顔の機器を持つ手は少し震えていた。自分でも分かるほどに。しかし、時間が経つにつれて、手も動きになれてきたらしく、会話もいつものような雰囲気になってきて、少しずつ緊張は解けていった。前日、金曜日は就寝前に急な頭痛があり、土曜日の体調が不安だったのだけど、すこぶる快調だった。「身体の方は大丈夫やから、緊張するだろうけど頑張って!!」と、言っているような感じ。
予定どおりに二人の美顔で3時間。しかも、最後の20分くらいはコーヒーとお菓子まで用意してくださり、主婦的な会話でなんだか穏やかな空気が漂っていた。次回の予約はお客さまの方の仕事が忙しいということで、様子をみることになった。始まりの緊張とは打って変わって、気持ちはかなり緩和され、充実した一日を送ることができた。

緊張もドキドキも大切。あの無事に過ごせた時の解放感がたまらない。今週もマイペースで頑張ろう。


2003年01月24日(金) 不覚!!(><;)

ヒトゴミの中に出ていったからか、
昼のビールで悪酔いしてしまったからなのか、
熱はないけど、頭痛に悩まされている。
明日は仕事なのに…
嫌な予感的中しないでほしい。
朝起きて高熱なんてことになってませんように…(祈)

昨日インフルエンザ予防接種を受けた人間より。
覚えていれば、また日記を更新したいと思ってます。
イロイロと今日は思いが巡ることがあったので。


2003年01月23日(木) 昨日のあれやこれや

昨日水曜日は英会話の日だった。ここ最近、英会話の日は朝からとても眠い。
なので30分くらい仮眠をしてから臨むことが多い。
昨日もそうだった。また、午後から予防接種を受けることを覚悟していたこともあって、気合を入れていたのだが‥
予防接種を受けようと思っていた病院は休診日でもないのに閉っていた。結びつけることが好きな私ときたら「これは行くなということだな」と自分に言い聞かせてその足でスーパーに買い物にいった。
予防注射をすることに関して、英会話の雑談で「これからの予定」として公言してきたのだけど、さて、どうしようかなと今も迷っている。
だいたい抗体ができるのに3週間くらいかかるのだそうで、注射をしたからといって即日免疫ができるという訳ではないらしい。そういわれると納得。我が夫が「会社のヤツの嫁さんが予防接種をした次の日に感染したってさ」という話。
思い込みなのか、なんだか今朝はくしゃみ連発、鼻水も流れ(*いつもなら気にしない程度)「もしかして、すでに私は感染したか?」とちょいと不安もある。おでこに手をあててみると、なんか熱が実はあるのかも‥‥とも思われてきて、体温計を手にいざ検温。結果、6度4分の超平熱。
こんなに不安になるのであれば、昨日、別の病院をあたるんだったなぁと。別に今日でも遅くないのだけど、外は雨だし、寒そうだし、外出意欲は低下しているのも素直なところだ。昨日は英会話の時はざっくりとしたセーター姿だったのだけど病院に行き注射をされるというシュミレーションをした結果、セーターではアカンことがわかり、さらっと腕まくりがしやすいシャツに着替えたりしたんだけど。
明日は街に出て人ごみと接することになっているし、土曜日は子どものいる家庭に訪問してお二人の奥様の美顔の仕事もある。やっぱり、守ることを考えねばならないようだ。
ひとまず、今日は午前中、ゆっくりと過ごし、午後は予防接種を受けることを前提に動いてみようと思っている。

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昨日の夜、HP作成端末のシステムアップグレード作戦を思いつきで開始したのであるが、思ったよりも障害が少なく、前使っていた環境もちゃんと呼び出せることが確認できた。システム乗り換えに関する記事が書かれた雑誌には「不具合が生じる場合があるかもしれない」とビビらせるコメントがあって、私の中でも「初期化せざるを得ない状態になってもしゃーない‥」とある程度の覚悟をしていた。たしかに、手順を間違い、てこずったところもあった。でも、ちゃんと戻って作業を再開できた。私もだいぶ、パソコンのこと分かってきたなぁと我ながらしみじみと、新しいシステムが起動される画面をみて浸らずにはおれなかった。
やっぱ、新しいシステムはキレイだ。文字もはっきりしていて、見やすい。しばらくは、探索しながら進めることになるので、大きな更新(日記以外の)は後回しになると思う。ひとまず、アップグレードは成功ってことで。


2003年01月21日(火) トロロに縁がある日

今日の昼ご飯はパスタにしようか、ラーメンにしようか迷った挙げ句、開きの中の干し椎茸の袋の視角に隠されていた「素麺」を食することに決まった。アレの存在がなかったら素麺は浮かばなかったであろう。

では、アレとは何か?ずばり、「山芋」である。某氏のメッセンジャーのカスタマイズが「お昼は麦トロご飯♪」になっていたのも私を加速させた。私のカスタマイズは「麦トロいいなぁ〜」になった。すると、それを見ていた実家の妹が「昨日とろろご飯だったよ。山芋摺り過ぎて今日もとろろだよ。」とメッセージを飛ばしてきた。もう、「トロロ」に決まりである。前日の晩、そして朝食に「うなぎ」を食べたので丼は、ちょっと抵抗があって、そういえば素麺があったなと結びつけたのであった。無事に、トロロ素麺を食べ、やっと動作が安定したWINマシンでタイピングソフト「トロとタイピング」に浸った。その中で「トロロサンバ」なるイベントがった。(←タイピングソフトの中のカラオケ遊びで歌詞を打ち込むモードである。マジに取り組む人には不向きなので注意)ここでも「トロロ」であった。今日はトロロに縁がある日だったのだろう。

明日は英会話。そして、予防注射を実施するかもしれない日である。


2003年01月20日(月) 人間をレコードに例える

「多分反っている」何日か前に実妹からそんな携帯メールがきた。レコードの話である。気にしていつつも、なかなかレコードの再生状態の確認は後回しになっていて、レコードプレイヤーはかけていつつも、その該当レコードの存在を忘れ続けて1週間くらいたった。
今、その問題のレコードを流しているが、たしかに、見た目はやや反り気味であった。しかし、針はマイペースに音を拾っていて、そんなことは忘れさせた。

さて、週末、PCのちょっとした問題に振り回されながらも(ウィルスとか深刻な問題ではない)油断した時にひさびさに私のデリケートな部分を刺激するようなある言葉に支配されてしまった。でも、それは、とても身近な人間からこれまたある言葉によって救われ、私を支配していた発作的な不安不満(笑)は早くも落ち着こうとしている。

人間をレコードに例えると(*普通例えない)豊富な経験や年を重ねることによって、味わいのある音や奥行きのある音、そして安らぎを感じるような音になっていくのだろうと思う。そんな風に見ると、人生の新たなスタートに位置付けられている「還暦」というモンは自分のレコードを裏返す日に思える。初めらしき部分からちょっと進んだ部分なんかは何やら傷だらけかもしれないし、いったい何を伝えたいのかナゾで埋め尽くされているんだろう。でも、人間という名のレコードはとにかく刻み続け、やがてある程度の限界でエンディングになってしまう(多分)。でも、多くはエンディングなんて意識はないはずだ。そこに始まりという分かりやすい意識がないように。新しいレコードはレコードを今も尚、更新している二人の大人によって、愛の形としてつくり出される(ここはできるだけさらりと流す)。それは、ある時は意識的に、また、ある時は無意識的に?無意識なんてないよね。「そんなつもりはなかったんだけど」という言葉は後から取ってつけた都合のいい言い訳なのだけど、ペダルでぼかした実は的外れな音がなんとなくソレっぽく聞こえるように私たちの耳は他のその言葉をサラリと流す。そこには、音として認識のない冷たい空気が代わりに漂っていることに気付かないふりをして。自分の刻んできたレコードを聞きなおすことはできても、再び同じ場所に修正した音を言葉を埋めることはできない。聞きなおしの自分のレコードの後悔やいろんな余韻を同じそのレコードの続きなんかに刻むことができたら、幸いなのだろう。

今は、きっとそういう微妙な振り返りの余韻を刻んでいる時なんだろうな、と自分を考察。偶然にも30歳という何やら節目っぽい歳が、遠くない将来やってくる私だから、ということにしておくか。

こういう人の生きざまや、人間関係を形あるナニカに置き換えたり、強引につなぎ合わせたりする癖が思春期あたりから私にはある。それが醜いと思った時期もあったが、今は、そのひとときに酔っていたりもする。嗚呼、私って何モン?ま、いっか。

人間を強引にレコードに例えるというこの思考がこの1時間ほど私のなかを楽し気に駆け回って(ちゃんと家事も並行していたりするので自分でもスゴイ)、ふと思った。「じゃぁ、プレイヤーの針の部分は何?」って。実際に音をレコードに刻んでいる現場を私は見たことは、ない。やはり、再生する時の「針」みたいなので音を練り混む(笑)のかしら?細かいことは、さておき、自分のレコードを刻む“録音針”や、“再生針”はやっぱり、自分の中にある命くらい大切な、それでいてやさしいモノなんだと思う。ついでに「じゃぁ、レコードプレイヤー本体は?」っていうのに広がっていって、それは、自分そのものなんだろうな。他の誰かの生きざまを「聞く」時は、一回めんどくさくても自分のレコードの中に落とさなきゃ聞けない。だから他の誰かの生きざまを真似ても今までの自分やこれからの自分が刻むレコードあるから、「らしく」なるのかもしれないね。

レコードが反っても、気にならない強くて柔軟な再生針と、自分を振り返った時に生まれる声やつぶやきを敏感にやさしく刻む録音針なくさないようにしなきゃ。


2003年01月17日(金) 起きた時間はご想像におまかせ

今日は、主人がダウンで会社を休んだ。私もどさくさに紛れて大量に睡眠。起きた時間はご想像におまかせ。ゴミ捨てを来週に潔く見送った(^^;)

ひとまず、早めの入浴タイムとしよう。今晩は海老と焼豚入りのグラタンだ。病人に夕食リクエストをすると、「もう病人はどっかに行った」というので、通常のメニューに。今日は金曜日うまいぐあいに休みをとりましたね?と言ったら、渋い顔をしていた。

ただいま、深夜12時半を回った。もう日付けは変わった。今もう少ししたら就寝するのだが、今、寝室ではあるマシンが活躍している。それは、ナニカと言うと布団乾燥機である。年末に福岡の私の実家に帰った時に、客間の布団が乾燥機にかけられていて、寒い冬にはなんとも心地よい嬉しい温かさが冷えきった身体を包み込んでくれた。乾燥機は主人が独身時代から持っていたもので、梅雨の時期に何度か使ったことがあるが冬に作動させたことはなかったような気がする。主人は「乾燥機で布団を温めるのはジャドウだね」なんて言っていたのだけど3日前、「寒気がする(T-T)」と頼りない顔で帰宅してきた時に思いがけず、布団がホカホカしていて素直に嬉しい顔をした。「お風呂に入っているようだ〜(≧∇≦)」と。それから3日連続して、寝る前の30分〜1時間くらい乾燥機で布団を温めているのだった。寝室にはエアコンがあって、初めての冬と2年目の冬は何日か暖房を入れていたのだった。前の冬とこの冬は寝室の暖房を入れることなく、いけそうだ。

今、何時間か前まで病人だった我が夫がジョッキ2杯のビール、ワイン1本(←コレは二人でシェア)の後に1杯だけだからと懇願したはずの焼酎のお湯割り3杯目に突入!!妻はこの後、ちょっとつんけんした表情で歯を磨き、さっさと温い布団に入り、読書の時間を満喫するであろう。明日はちょっと早めに起きたいと思っている、ちょっと乱れた金曜の夜だった。


2003年01月16日(木) 「おばちゃん」

昨日、久々に保険の「おばちゃん」がカレンダーを持ってやって来た。「おばちゃん」といっても、叔母でも伯母でもない。今はまだ関わってないけど、某イベントに疑いもなく顔を出したのがきっかけでその「おばちゃん」は、定期的に現われるようになった。私が夕方のバイトをしていた時も実は寄ったと言ったが、「おばちゃん」の顔を見るのは半年以上前のような気がする。「おばちゃん」と表現するのは親し気だか適当だか曖昧にするため、ただそれだけだ。

「おばちゃん」は、初めの頃は少しうざったかった。そして、パワフルな助っ人を引き連れてやってきた時、超うざったくなった。居留守を使うことを私は実行した。しばらく、「おばちゃん」の姿を見ずに済んだ。でも、忘れた頃に、友達と約束している微妙な時間に偶然やってきたりして、対応しなきゃならなくて疲れたこともあった。少しずつ、私の気質や状況(子どもまだ?と言われるのがムカつくこと。気にしていること)が分かるようになってきているように「おばちゃん」は、変わってきたような感じがするなぁと私は思い始めていた。

昨日、「保険の仕事しない?」と軽く“いつものように”「おばちゃん」は言ってきた。私はここ半年くらいの間にエステ関係の仕事やら工場のバイトと関わってきたことを正直に語った。すると、「ちゃんとKAZUさんも忙しく動いてはるんやね」と言ってきた。「美容関係ってもともと興味があったの?」とツッコミを入れてきたので「苦手だったんですよ」と。すると「おばちゃん」は「販売活動をしたりすることが?」と。「そんなんじゃなくて、眉カットしたりとかいう技術とかが苦手で」と私。すると「なんか、感じが違うな〜って思ったら眉の違いか〜どうりで〜(^ー^* )綺麗ネ♪」と「おばちゃん」。私は「おばちゃん」にエステや化粧品を勧めるなんてちっとも考えてなかったし、それどころかいかに早く自然にお帰りいただくかということばかり考えていた。「おばちゃん」は「私のお手入れなんて超テキトウよ。メイクもマスカラなんてしないし、チャッチャって感じ。多分、どの化粧品使ってもこの肌は手遅れやと思うわ。」なんて言ってきた。思わず「訪問の仕事をしている立場なのに?」なんて素直に言ってしまった。めんどくさいのだと言っていた。まるで私が保険の話を聞くことをなんだかめんどくさいと思うのと同じじゃん。

ふと、思った。もしも、契約するしないはさておき、少し歩み寄りをしたら彼女も私のしている仕事のことに「女性」として耳を傾けてくれるかな?とか。タイミングがいいのか偶然か、私の入っている保険会社はちょっと経営が悪化してきているようだ。いや、ちょっとではないかも。彼女は私が今どこのどんな保険に加入しているか把握している。1年くらい前に今加入している保険と比べてくださいと見積もり設計書を持ってきたが、その時は正直魅力を感じなかった。すでに加入している保険が気に入っていた。でも、今は、自分のこれからを守るためにも、前向きに候補の一つとして考えてみるか?と思い始めた。前に不覚にも参加してしまった某イベントのような集いには、行かないとは思うけど(参加のほとんどが子どもをもつママさんであり、主としてセールスレディをしないかという勧誘が狙いであり、支部長という人がやけに慣れ慣れしくて吐きそうだったのだ)

「おばちゃん」が一女性として「美容」のことにちょっとでも身を乗り出してくれたら、きっと、私はすっごい嬉しいんだろうな。ちょっと、甘い期待を描いた、そんな今日である。少し、頑張れ!ワタシ。


2003年01月15日(水) 小林明子のレコードを聴きながら

今、小林明子のレコードを聴きながらPCを触っている。レコードプレイヤーの環境があるという方はどれくらいいるだろうか?我が家のソレは、正月4日あたりに新規でいらっしゃった(笑)去年から購入計画はあったのだ。ただレコードが私の分はまだ実家にあったので実家から無事に連れて帰ってからにしようと言っていたのだった。希望の機種は在庫がなくて、取り寄せになると言われたので、在庫のあるちょっと高めのものに即決めた。もちろん即お持ち帰りである。今あるコンポに接続すればよいのでその日の深夜には我が家にはレコードの音が流れていたのだった。

私の実家から引き上げてきたレコードの中には父や妹のモノが含まれていて、実家には環境がないので特に持っているだけでは意味のない(思い入れのない)レコードは、私のモノと便乗されたのである。私はあまりレコードの手入れなんてやってなかった。父のレコードは子ども時代の私の指紋がつきまくっているし、故意に傷つけたであろうギザギザの跡も見受けられた。小学低学年の時のピアノの発表会の時のレコードというのもあったが見るからに悲惨だ。聴いて未熟なのは分かっているけど、状態がもうバリバリなので怖くて聴いていない。多分、針は何も音を拾わずジ・エンドとなることだろう。主人のレコードはそれそれは綺麗に保存されていて、それもそのはずバイト代で買ったモノで中古ばかりの私のレコードとは格が違うという感じだ。私のレコードはこの年末年始に持ち帰ってきたが、夫のは去年の夏過ぎにはもうすでに我が家にあったのだが、時代の流れが感じられジャケットを見るだけでも素直にオモシロかった。私のレコードは、9割中古品だが、数は彼よりも多い。まぁ、妹や父の所有物も含まれていたからしょうがないけど。私のコレクション(笑)もそれなりに「時代」を感じるところがあったが、何と言ってもひれ伏したい程の感動のレコードは父のレコードだ。もっとあったように思うが引越しなどのゴタゴタでどこかへ消えたみたいだった。私の記憶では「四谷怪談」が強烈に頭に残っていたのだけど、残念ながらソレはなかった。今回ありがたくも持って帰れた父のレコードは映画音楽集だ。懐メロも1枚あったかな。ジャケットがなんというか渋い味がする。我が夫も、おォおおおおお〜!と絶賛(爆)していた。いや、絶叫か。綺麗に保存されていたらプレミアつくか?なんて言っていたが、肝心のレコードは傷が目立ちまくっていた。でも、今のところ聴いた分(一気には聴いていない)はちゃんと針は音をプチプチ言いつつも拾っている。

レコードは収納スペースをとるし、適当に置こうものならそってしまうし、傷がつきやすいから、気をつかう。でも、「よさ」もちゃんと持ってる。今のCDにくらべるとレコードは音質は劣るけど、なんか独特の心地よい空気を感じるというか、臨場感というか、味を感じる。レコードの針から今自分がいる空気をも、奏でているというか。たまにはいいなぁと思った。

CDはコンパクトになって、扱いやすくなったけど、色褪せていく、レコードのジャケットの変化や芳醇になっていく香り(古本が時間の流れとともに味のある香りを放つように)をふと、感じるのもなかなかエエモンである。ちょっと欲を言えば、あと1曲分くらい収録されていてもいいかなぁとか。まぁ、今の音楽の1曲が長くなったという見方もあるが。この日記を書いている間にLPのSide Aの演奏が終わった。さて、裏返すとするか。


2003年01月14日(火) 私の「気」は?

今週から夕方のバイトの時間はなくなった。ほっとして、反動でやはり(思った通り)疲れがどっと出てきそうな気配を感じている。できるならば、その妙な「気」を別のことに向けたい。向けるべき、材料はたくさんあるのだけど。一昨日の晩から、実験用の端末(Macではないヤツ)を初期化したり、バージョンアップしたりという作業を進めている。初めの大きな一歩は主人にやってもらった。これから、ちょこちょこと必要なソフトをインストールしたりすることになる。今朝も、ちょこっとインストール作業などを進めた。が、ちょこちょことエラーが出たり、眉が下がるような画面になったりして悩ませてくれる。でも、PCの悩みはなんとしてでも解決するように、私を動かしてくれるチカラがあるような気がする。(改善されてきている?もしかして、私の「気」は?)


2003年01月12日(日) 楽しい心地よい時間

この日は(も)昼前まで眠ってしまった。この日のスケジュールとしては午後4時から某イベント会場へ向かうことと、肉屋に行くことだった。外出できる準備ができたのは2時半。微妙な時間だったけど、肉屋には余裕で到着できて、家に戻ってきたのも3時半前だった。4時の出発には充分に時間があるけど、30分とはいえ、例えばPCの前に座ったりなんかしてしまうとあっという間すぎるし、かといって、まったりとコーヒータイムというのもなんだし、と少し考え、早めに家を出発し(電車での移動だ)少し街を散策し、お茶タイムをして会場に向かうことに決まった。夫のひいきにしているPC部品屋をさらりと回り、イベントが終わってからの宴会会場(笑)の下見をして、スタバに入った。時間は4時10分くらいだっただろうか。夫は冷たいコーヒーが飲みたいというので、私も冷たいモノをオーダー。キャラメルソースのかかった生クリームがモリモリのったやつ。時間をちょっと気にしつつ、定刻4時半の5分くらい前には会場に着いた。

ちょうど人の入れ代わりなのか、ホールのドアからパラパラと人が出てきた。イベントというのは、ちょっとしたコンサートなのだ(o^∇^o)ノなんどかお邪魔した美容院の店長さんが4時半から歌うということと、5時から5時半くらいに某隣人さんのゴスペルがあるということを聞いたので行ってみようかなと思ったのだった。しかし…時間が押すのとは反対に、プログラムは軽やかに進行したらしくて、4時半には次のゴスペルのステージの準備が開始されていた。これに気付いたのは4時45分くらいだった(;´▽`A`美容師さんの発表がプログラムではたしかに4時30分と書いてはあるが…いやはや、タイミングが遅かった(T-T)さらに、オバカなことに、4時27分くらい(つまり4時半前)に美容師さんのお母さまに声をかけられて、「4時半からなんですよね?ちょうどいい時に来ました♪初めて観るので楽しみです」なんて言った私。そしてお母さまは「しかし、ウマイよね〜私もビデオでしか観た事なかったのよ」と。噛み合ってない会話だという認識も4時45分くらいだった。いやはや、残念。準備の30分の間、主人は小説を読み、私も初めの数分、小説を読んでいたけど、プログラムを観たり、周りを観察したりして時間を過ごした。5時、じゃじゃーんとステージは始まった。自然な感じで。かわいらしい振り、そして、ひきられるリードボーカルさんの声。某隣人さんがリードボーカルをするというのは知らなくて(というか、ほとんど私は予備知識がない)とても知った顔がよく通る声で歌う姿は感動モノだった。我が夫も某隣人さんのことは歌声は知らないけど素性は知っているので「ウマイじゃん(o^∇^o)ノ」と何度も言っていた。あっという間に楽しい心地よい時間は流れていった。

イベント鑑賞を終えて、チェックしていた居酒屋に向かった。そこは創作和食の店。蓮のマークのある店だ。なんだか高そうだと今まで遠巻きにしていたのだけど、「せっかくだし」ということと「思ったほど高くない」という夫の声で決まった。この店での勘定担当は家計費ではなく私だ。バイトも頑張ったし、見守ってくれた夫への感謝とこれからもヨロシクをこめて(*記念日とかではない)店の中はジャズが静かに流れていて、イベントもジャズ系だったので「今日はジャズの日だね」なんて言いながら、スムースに運ばれて来る料理を堪能した。食器もこじゃれていて食材をひきたてていて、味もなかなかよかった。私達のテーブルは4人がけの大きめのテーブルで周りのテーブルもほとんど二人客でゆったりと座っていた。夫の後ろの二人連れの席をふと見ると、女性が肩もみマッサージをうけていた。お友達から肩をもんでもらっているというのではなくて、「ちゃんとした」マッサージ師さんのようだった。白いスモックみたいなのを来て、肩にはタオルをあてて。

そこで、私は想像した。この女性は女優とか作家とかエライ方で、男性はマネージャーとかでサービスを依頼したんだろうな、と。横目で「いいなぁ〜」と見つめつつ、でも、ココは食べるところだし、有料だろうし、と「ふふふぅ〜ん」とため息をついていた私。次に、何気に、ふと、スリガラス越しの店の玄関を見ると、救急車が止まっているのに気付いた。もっと観察していると、ストレッチャーが店の中へ運び込まれた( ̄○ ̄;)!何だ??マッサージのお姉さんも気になりつつ、救急車も気になりつつ、でも、しっかりと箸を進める私の姿は妙だっただろう。救急車は二階のお客2名を搬送していった。おそらく、急性アルコール中毒か何かだろう。または、湯あたりか何か。私の記憶ではたしかこの創作和食の店は二階にお風呂があって、食事付き予約コースとかいうのがあった気がするのだ。救急車騒ぎが落ち着いた頃に、なんとウチのテーブルにもマッサージのお姉さんがやってきた。「今、サービスで行っているんで、よかったらいかがですか?」と。「サービス?」と3度位確認念おしをして、なんとなんと私も女優気分を堪能しちゃったのである(o^∇^o)ノ私は今まで一回もマッサージの専門の方にマッサージをしてもらったことがなかった。これは、感動だった。美味しい料理も食べた上に、この心地よさ。「よかったら首のあたりもしましょうか?」というので「お願いします」ともちろんお頼みした。500円くらいなら払ってもいいわ〜なんて思った。美顔でもそうだけど、人様に身体をまかせ(なんか変な表現だが)癒されるというのは贅沢だけど、キモチいい。たまには自分にご褒美してあげるのも悪くないらしい。帰りの勘定には「マッサージ料」なんていうのはなかったけど、見なれぬ「S料」という文字が。おそらくサービス料金ということだろう。ま、300円くらいだから、気にしない気にしない。


2003年01月11日(土) 夫は悲し気に

この日は昼前まで眠り、昼過ぎから西宮戎に参拝してきた。「えべっさん」呼ばれているやつだ。最終日は「追い戎」だっけ?ココからは1時間くらいかかるかな(もっとかな?)帰りに三宮方面へ行こうという計画もあって、公共機関を使っての移動だ。梅田とか神戸にはほとんど車で行くことはない。なぜか?それは混むからだ。えべっさんには、3時半くらいに着いただろうか?思ったよりも人は少なかったけど、でも、少ないっていってもスゴイ現実。旧い飾りを納札所へ持って行き、お賽銭をあげて、お神酒をいただき、露店でたこ焼きを食べた。すごく大きなたこが入っていて、丸い形はことごとく乱れていた(笑)我が夫は貴重な大ダコをいきなり道路に落下させた。それも私のコートに爪痕を残して(笑)6個入っていたたこ。もちろん、私は落とさずに完食。夫は悲し気に落としたたこを少しの間見つめていた。(しゃーない。これを覆水盆に返らずという)三宮では、雑貨屋を周り、新しいキッチンタイマーを購入した。それから、中華街へ行き、食べ歩き〜ではなく、ちゃんとした中華料理屋に入って、3000円のコース料理を堪能した。中華といえば、食べ歩き、そして、ラーメンチャーハンセットとか餃子定食とか(餃子の○将とか〜)今までのパターンだったのだけど、初めて二人でコース料理を食したのだった。まぁ、お互いによく働いてきたし(私は激短だが)しっかりと食を楽しむことも必要だと思ったのだ。夕食を終えると大人しく、帰宅した。


2003年01月06日(月) ココロ温まる時間

寒さが一段と身にしみるようになってきた。今まで張っていた気がプチプチと途切れてきているような気さえする時もある。去年はちまちまと頑張ったもの。だから、病気という病気にもならずに済んだのかもしれない。年明け早々に、体調を崩したのはバランスを取るためゆえに仕方がなかったということにしておこうじゃないか(何?この強き)

今日はまだ午前中はエンジンがかからず、昼あたりになってエプロンを着用し、家事的なことを細々と、でも、楽しくやってみた。相変わらずすること山積み状態の私であるが、気持ちは少し落ち着いてきたかな。でも、明日からの4日間の夕方のバイトを考えると、眉毛も下がり気味だ。だが、今日の夕方、5時前くらいから作成した野菜スープは味見をしたけどすごく美味しかった。そうそう、コレよ。この気持ちの余裕よ。やっぱり、夕方5時6時はまったりとキッチンに立って料理を作るのが落ち着く。たまに、ペースは歪むけど。この安堵感を忘れていた。不器用な料理の腕だけど、前向きに楽しく。家にいて、息をしているヒトは私だけの時間だけど、二人分の食事を作る、ココロ温まる時間。

主人の実家に帰省した時に「来年の干支はサル。サル年生まれの子どもの顔が見れるかな?」と言われた。姑さんの干支もサル、我が夫の干支もサル。モンチッチ計画か?もしかして、そのウケねらいで小さな声は、沈黙を守っているのだろうか?なんて軽く考えられるようになった私がいる。今年は、本当にまったりと冷静に和みのココロで過ごしたい(^ー^* )


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