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■ 「ミルク。」第3話
久々のヒカ子SS「ミルク。」です。 ヒカ子書きたい病発症中。
「ミルク。」第3話。
緊張の糸が切れたのだ。アキラはそう思った。 そうでないのなら、自分が寝坊などするわけは無いのだ。
…遠くから、ドンドンという音が聞こえていたのは気がついていた。気がついてはいたけれど、まどろみは強くアキラをひきつけ、そのまぶたを開けることを拒むかのようだった。 なにせ、その夢の中で、ヒカルとアキラは甘い新婚生活を展開していた。ヒカルの作った食事を囲みながら、アキラは幸せに浸っているという、そんな夢。 だが、それはより激しくなった音によって覚醒へと光景が薄れ始める。 浮上しかけた意識の中で、すぐにその音はやみ、ほんの少しの静寂を間において、代わりに聞こえてきたものがあった。 「…や、塔矢…っ!」 声だ。声が聞こえる。 不思議だ、とアキラは思った。 夢を見ているのだろうか。すぐそばで、ヒカルの声が聞こえる。 おまけに、地震でもおきているのか、体がぐらぐらと揺れて…。
「おい、塔矢っ!今日は仕事なんだろっ!?こんな時間まで寝てていいのかよっ!」
意識の覚醒というものは、ここまで急激になされるものなのだろうか。人間というのは不思議なものだと変なところで感心する。 一瞬の何十分の一という時間で意識ははっきりと目覚め、アキラはがばりと起き上がる。 そしてその瞬間に、目の前に星が飛び散った。
「「…っ…」」
くらくらと眩暈がする。額に響く痛みの原因を理解したとき、アキラは今度こそ完全に覚醒した。
「…オマエ、石頭…」
涙目になったヒカルが、目の前にいた。 「し…進藤」 「おはよ、塔矢」 「おはよう…」 アキラを起こしに来たヒカルと、慌てて起き上がったせいで互いの頭をぶつけたらしい。赤くなった額に手を当てながら、ヒカルはもう一度言った。 「オマエ、今日仕事だって言ってたろ?時間、大丈夫なのかよ?」 「え?」 時計を見ると、すでに時刻は午前8時過ぎ。アキラが仕事に行くために出る時間まであと少しとなっていた。 「…っ!」 さあっと血の気が引くのが分かる。寝坊して遅刻などという事態は今まで演じたことが無い。碁の仕事に関しては、どんなことがあっても。 なのに。目の前の時計はすでに遅刻の可能性を示していた。 「オレが目を覚ましてからも、オマエ、起きてこないから、どうしようかと思ったんだけど…こういうのって、非常事態だろ?」 だから、オマエの部屋に入っちゃったけれど、いいよな。そういうヒカルに、アキラは「約束」を思い出した。 互いの部屋に入るときは、非常事態のみ。それ以外は、リビング等で打ったりして過ごすこと。間違い(?)をおこさないためにも。 もちろん、その手のコトは場所など関係ないのだが…アキラもヒカルもしょせん初心者。そういう方面まで考えは及びなどしない。 ヒカルの言っている「約束」の意味を理解したそのとき、ふとアキラはヒカルの姿に初めて意識をやった。 「……っ」 「塔矢?」 固まったアキラに、きょとんとヒカルが首を傾げるのに、アキラの体温が急上昇する。
…ヒカルは、パジャマ姿だった。 しかも、何故かフリルの白いエプロンをつけていた。それはヒカルの母が確かプレゼントしていたもの。控えめなフリルが、ヒカルに良く似合う。 きているのはアキラがプレゼントした、淡いオレンジのシルクのパジャマで、同系色の小さな花が模様として散っている。 その淡い色合いがヒカルの可愛らしさを強調している、値段も質も上質なそれはヒカルもとても気に入ってくれたらしい。(実はアキラも同じパジャマを着ているのだが、色の違いでヒカルには気がつかれていないらしい) そんな格好で、無防備に目の前に座られては…っ。 「わ、塔矢っ?!」 「え?」 何故ヒカルが目の前で慌てているのか、アキラには理解できなかったが、ヒカルがティッシュを手にとって差出し、アキラの顔に押し付けたことでようやく理解した。
「オマエ、何鼻血なんか出してんだよっ」
朝というのは、色々と弱いらしい。 きっとこの鼻血も血管が弱っているからなのだろう。それに先ほど、頭を打った。そのせいだ。そうでなければ、こんな。 アキラはそう思うことにした。強引といわれようが、それが塔矢アキラだ。 幸い、すぐに血は止まり、慌ててベッドから立ち上がる。上等な掛け布団に小さく赤いしみが出来ていたが、クリーニングに出して忘れることにしよう。それがいい。 「ほら、とにかく起きろよ!」 「あ、うん」 ヒカルに促され、仕事の用意をするべく、洗面所に向かった。朝食を一緒にとる約束は、今日は果たせそうに無い。 記念すべき、同棲一日目の朝がこんな情け無い始まりになるなんて、アキラにとっては痛い始まりだ。 だが、寝坊したのは自分だし、ヒカルは起こしてくれた。それでいい。 顔を洗い、急いで着替えながらそう思ったアキラの目の前に、広がった光景はまるで夢の続きのような光景だった。
「…美味しくないかもしれないけれど、一生懸命作ったんだ。食べてく時間、ある?」
エプロンをつけていたのは、そういうわけだったのか。 アキラは目の前に用意された朝食に、ひどく感激した。
「うん…もちろん!」
時間がなくても、食べていかずにいられるか。男が廃る。
時計はすでに出なくてはいけない時間をさしていたが、アキラはキッチンのテーブルに腰を下ろした。 「いただきます」 「うん、オレもいただきます〜」 ぱん、と手を合わせてヒカルも一緒に手を伸ばした。 ヒカルが作ってくれたのは、トーストと目玉焼き。コーヒーも入れてくれていた。和食派のアキラだったが、別にこだわりがあるわけではないし、何よりヒカルがアキラのために初めて作ってくれた食事。それだけで何よりも嬉しかった。 「…美味しいよ」 「良かった」 アキラの言葉に、にっこりとするヒカルに、アキラも微笑み返す。 トーストはただトースターに入れればいいし、コーヒーもインスタント。目玉焼きは少々焦げていて、塩をかけすぎたのか、しょっぱい。 それでも、それをヒカルがアキラのために用意してくれた。それだけで、アキラにとっては究極の幸せであった。 …たとえそれが、遅刻と引き換えであったとしても。
「じゃあ、行ってきます」 「うん、行ってらっしゃい」 食べ終えて、急いで出かけようとするアキラを玄関でパジャマのまま、ヒカルが見送ってくれた。 「今日は早く終わるから」 「うん」 「進藤は今日一日休みだっけ」 「ああ、今日は休み。買い物とか行くとは思うけれど」 「じゃあ、携帯に電話するね」 「うん」 「…えと…」 「?」 にこにこと見送るヒカルに、アキラが視線を泳がせる。 なかなか出かけようとしないアキラに、さすがのヒカルもじれてくる。ただでさえ遅刻決定状態なのに、何を迷っているのだろう。 「塔矢?早く出ないとこれ以上遅れるの、まずいだろ?」 「うん…あのさ」 「何?」 少し頬を赤くしたアキラに、問い返す。 「…『行ってらっしゃい』のキス、してくれる?」 「…は?」 アキラの言いたい事が何だかようやくわかって、ヒカルも真っ赤になった。 ヒカルからアキラにキスをしたことなど、まだ数えるほども無い。いや、数えても無いかもしれない。だが、アキラはヒカルからして欲しかったのだ。 まだコトをしてもいいのは先とはいえ、すっかり新婚さんといってもいいこの状況。甘い夢を見ているのは、アキラだけではない。ヒカルだって、口にはしなくても考えたことはある。 だからこそ…というのとは違うかもしれないが、今朝、アキラのために食事の用意をするのは、楽しかった。 だから。 ちらりと目をやると、アキラがじっとこっちを見ている。頬を赤く染めながらも、その瞳は期待に満ちていて。 時間も無いというのに、朝から玄関先で二人して真っ赤になって、照れていても仕方ない。ヒカルは覚悟を決めた。 「…ちょっとだけ、だぞ?」 そうつぶやいて、アキラが反応する間も与えず、その頬に触れるだけのキスをした。 「…し…っ」 「ほら、もう行けよ!」 ドアの外にアキラを追い出し、ヒカルは勢い良く閉めてしまった。 「…うん…行ってきます」 ゆでだこよりも赤くなったアキラが、夢心地でふらふらと足をエレベータの方に向けたらしいのを、ヒカルはドア越しに感じ、ふうっとため息をついた。 恥ずかしかったけれど、でも。 アキラと一緒にこうして朝を迎えられることが、嬉しくて、無意識に笑みがこぼれる。
それに。
完璧主義の固まりのように思えていたアキラの、意外な面を見られたようで、嬉しかった。
寝顔は思ったより幼くて、長めのまつげがとじられたその表情にちょっとだけ見とれていたのは、アキラには内緒である。
「…行ってらっしゃい」
もう一度、小さくつぶやいて、ヒカルは一人照れながら笑った。
頬に感じた小さな温かさに、片手を当てて思い返しながら仕事に行ったアキラが、塔矢アキラというイメージを壊すに十分な壊れっぷりを見せた、というのが、ヒカルの耳に入らなかったのは、アキラの根回しのよさの現れである。
続く。
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…はい、こんなんでました〜。
待たせた挙句にこんなのですいません。反省。
次はもっとまともなのを書きたい。
やはり1時間かそこらで急に書きたくなって書くのはねえ…。
BGMは「ミルク」です。KOTOKOさんの曲。
2004年02月05日(木)
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