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■ 「ミルク。」第4話
間が開くにもほどがある…の「ミルク。」でゴザイマス…。
言い訳なしで行きましょう!
「ミルク。」第4話。
いつもなら、仕事は楽しい。打つこと自体、楽しいし、厳しいこの棋士の世界で、それを生業と出来る事を幸せに思っている。
しかし、今、アキラには別の意味で楽しく幸せなことが出来た。 それはもう、愛しい人の前髪のように明るい幸せが。
ただ…それは必ずしも甘くは無い。
「ただいま!」 都心近くで開かれた囲碁ゼミナールに出席し、早々に仕事を終えて、アキラはマンションに帰ってきた。 迎えてくれるのは、明るい笑顔と声だと信じてドアを開けてみれば、そこは夕方の薄暗さに支配された、静かな玄関だった。 「…進藤?」 一瞬、まるで一昨日までの自分の部屋に帰ってきたようで、固まったものの、すぐにアキラはヒカルを呼んだ。 だが、答えは返ってこない。きっと、疲れが出て寝てしまっているのだろう。なら、夕飯はボクが作ってもいいけれど、今日はどこかに食べに出てもいい。 「進藤?」 廊下に明かりをつけ、そっと居間を覗き込む。居間にも明かりをつけた…そのとき。 「進藤?!」 てっきり部屋で寝ているのだろうと思っていたヒカルが、ソファに座り込んでいたのだ。 「進藤っ!!」 その、ぐったりした姿に急速に血の気が引いていく。背もたれに顔をうずめるようにして横たわるヒカルの姿は、まるで死人のように見えたのだ。 「進藤、進藤!!」 がくがくと揺さぶり、必死になって名前を呼んだ。 「…塔矢…」 「進藤…っ」 そっと目を開け、答えたヒカルに、心底ほっとした。 「どうした?具合でも悪いのかい?」 ついうっかりソファで寝てしまったのだろうかと思ったのだが、ううんと首を横に振るヒカルに、じゃあどうして、と目で聞いた。 「ごめん…」 暗い顔でそういうヒカルに、出来る限り優しい笑顔で問う。 「どうしたんだ?具合でも悪いのなら、夕飯はボクが作るから。熱は無いか?」 そんなアキラに、ヒカルはうつむいて…言った。
「ごめん…オレ、ここ出てくから…」
ヒカルに対してだけ、年相応の少年のように、アキラは感情をむき出しにして、けんかしたり言い争ったり、しまいには周囲まで巻き込んでの大騒動にまで発展することすらあった。 そんなアキラが、今、このヒカルの発言に、完全に声を失っていた。
「…ど…して…」 ほんの少し沈黙した後、ようやくアキラの喉から搾り出された単語は、それだけだった。 いったい何が嫌になったのだろう?今朝のキスが嫌だったのだろうか。それとも、ヒカルの下着を見てしまったことがばれたのだろうか。それとも…アキラが密かに収集していた「ヒカルコレクション」が見つかってしまったのだろうか。(コレクションといっても、パソコンにロックをかけてあるので見つかる心配の無い、ただの秘蔵写真ばかりなのだが) 呆然としているアキラに、ヒカルは申し訳無さそうに顔を上げた。 「ごめんな、オレ、オマエのために何かしたいって思って、そんで…」 静かにヒカルが指差す先に、まるでぜんまいで巻かれた人形のようにアキラが首を向けると、そこには。
「う…わあああああ?!」
ヒカルの爆弾発言にも出ることのなかった悲鳴が、アキラの口から飛び出した。 そこには、死屍累々と広がるアキラの服とおぼしき群れ。洗濯はアキラが昨夜のうちにしておいたのだが、下着以外をアイロンにかけるために乾燥機の横においていたので、それにヒカルがアイロンをかけようとしてくれたのだろう…見事に黒いまだら模様になって、そこにはシャツやスラックスが転がっていた。 あれは、オーダーメイドで作ったから…そう、全てをあわせたら数十万だ。そのくらいは余裕で収入はあるが、けして無駄遣いできるレベルではない。それに、明日から何を着ればいいのだろう。無いわけではないが…今目に入るその群れは、アキラのお気に入りばかりだった。 ヒカルがさす先を追うように見ると、キッチンは何か爆発したかのように汚れ、電気コンロには焦げたなべが二つ。 あれもまた、アキラの母が買ってきてくれた、どこかの高級品。あそこまで焦げたら、もう使えないだろう。床の掃除も、今日中にしないとにおいも染み付いてしまうだろう。 肩を震わせるアキラに、またヒカルの指が何かを指し示した。 もうここまでくると、怖いものはない。アキラはゆっくりと首を回した。
「…え?」
「ごめん…オレ、オマエが喜ぶかと思って…」
そこには。 ヒカルが買ってきたのだろう、たくさんの花々があった。 ただし、割れた花瓶と共に、床の上に。 「買ってきて…飾ろうと思って、花瓶探して、なんか収納棚の奥のほうに綺麗なのがあったから、それ使おうとしたら…その…」 アキラの脳裏には、その花瓶をもらったときの母の言葉がリフレインしていた。
(これは、伊万里焼といって、そのなかでもかなりの高級品だから、大事に使うのよ)
お母さん…すいません、後援会の方からの頂き物は、使う前になくなってしまいました…。 粉々に割れたそれを、呆然と眺めている間にアキラが帰ってきたのだとヒカルは言う。 「やっぱりオレ、こういうの駄目なんだよ。やったことないから、どうやったらいいのかとか考えながらしようと思ったんだけど…どれをやっても駄目だった。だから、オレ」
これ以上迷惑かけたくないから…帰るよ、家に。
そう告げられた瞬間、アキラに火がついた。 「…許さないよ」 そのあまりの剣幕に、ヒカルがびくりと震えるのにかまわず、アキラは続けた。 「許さない。家になんて帰すもんか」 「え?」 てっきり、ヒカルがしでかしたさまざまなことに非難を向けられるのかと思いきや、意外なアキラの言葉にヒカルは涙がにじみかけていた目を見張った。 「許さない。キミとこうして暮らすことを、ボクがどんなに望んでいたと思うんだ?別にボクはキミに家事や家の事を期待してるわけじゃない。もちろん、してくれるのは嬉しい。だけど、今までやってなかった事を急に器用に出来るわけないんだ。それが少し失敗したくらいで、家に帰るなんて許さない。出来ないのなら一緒に練習すればいいだろう」 「…塔矢…」 それまでの剣幕を、まるで感じさせない笑顔で、アキラは言った。 「大丈夫。ボクにとって大事なのはキミだ、キミといること、キミと打つことだ。それ以外のことはたいした事じゃないよ。キミの家がボクと同じ場所であって欲しいんだ」 しばし、涙がこぼれそうな瞳でアキラを見つめていたヒカルが、こくりとうなずいた。 「さあ、片付けようか。それから夕飯を食べに行こう。何がいい?」 「ラーメンがいいな」 「わかった」 微笑むアキラに、答える笑顔でヒカルは頷き、立ち上がった。
「そうだよな!うん、オレ、頑張るよ!」
…その後、ちゃっちゃとキッチンも割れた花瓶も片付けた。服はすくいようの無いものは諦め、それ以外はアキラが自分の部屋へと放り込んだ。 そうして、綺麗になった部屋を後にして、二人は近くの中華料理店へと仲良く足を運んだのだった。
それからすぐに、アキラは自分の言葉を少々後悔することになる。 やらなければ何事も上達しない、と信じているアキラだが、まさかヒカルがなかなか覚えないタイプだとは思わなかったのである。
…ヒカルが何かをしようとするたびに、犠牲になっていく服や食器の多さにあげたい悲鳴をヒカルに聞かせるわけにもいかず、アキラは自分の目の届かない場所でのヒカルの家事を禁止したのであった。
アキラがヒカルの手料理を味わい、アイロンをシャツにかけてもらい、掃除をした部屋で「おかえり」と迎えてもらえる日は、遠い。
続く。
…何だよ、お約束の「ヒカルは家事が苦手」かよ!とお怒りの方が多いかと…びくびくびく。
ヒカルはね、こつを覚えれば早いんですよ。アキラはそっちに関しては教えるのが上手ではないようで、ヒカルはなかなか上達しないんですね。
しっかし、アキラ太っ腹だなあ。 ベタ惚れゆえの思考回路。
ミルク。気に入ってくださってる方が多かったのですが…更新のあまりのなさに見捨てられてるかも…ごめんなさい…。
次はもう少し早く!
2004年10月26日(火)
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