見つめる日々

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2010年03月31日(水) 
びっしょりと寝汗をかいている。ちょっと動くと冷気が忍び込んで、瞬く間に体が冷えてゆく。それは、こんなに寝汗をかくのはどのくらいぶりだろう、というくらい、酷かった。自分ではそこまで疲れているつもりはなかったのだが。体が声を上げている、そんな感じだ。隣では娘がぐーすか寝息を立てて眠っている。昨夜、久しぶりに一緒に寝ると言い出した娘は、私の体に足を絡み付けて寝入った。今彼女は大の字になって眠っている。天下泰平といったところか。いや、どうなんだろう、格好はそう見えるけれども、もうそれなりの年齢だ、彼女の心の中には私には思いもよらない何かが渦巻いているのかもしれない。私にも計り知れない、彼女の秘密。でも、そうやって子供は秘密を育てながら、大きくなっていくような気がする。
ぶるぶる震える体を何とか布団から出して、すぐに着替える。とにかく何でもいいから着替えた方がいいだろう、そんな具合で。目に映ったシャツを手にとって、とりあえずそれに着替える。もう全身鳥肌。汗をかくのはいやじゃないけれど、この後始末に冬は特に困る。
窓を開けてベランダに出る。昨日より少し曇っているだろうか。でも空は明るい。今日も雨の心配はないだろう。帰ってきたら洗濯をしようと頭にメモする。足元でイフェイオンが咲いている。ぱっと開いたその花びらは、風に揺れるとしゃんしゃんという鈴の音が聴こえてきそうな気配。そして見つめていると、彼女らの元気がこちらにも伝染してきそうな、そんな勢い。
ミミエデンの新芽にまた粉の噴いたものを見つける。私は摘む。この追いかけっこ。いつまで続くか分からないが、諦めてなるものか、と思う。本当なら今頃、きっと葉が茂っていたはずなんだろう、それなのに、私が摘むから彼女はいまだにほとんど裸ん坊。寒々としたその姿が、かわいそうでならない。もうちょっと、もうちょっと、と、私は樹を励ます。きっと治るから、頑張ろうね、と励ます。
部屋に戻り、顔を洗う。あれほどびっしょりと寝汗をかいたおかげとでもいうんだろうか、鏡の中の顔はさっぱりとした様相で。私は目を閉じる。そして体の内奥を辿ってみる。胃のあたりの穴ぼこは、なんだか今日はちょっと歪んでいるようで。眠っているようないないような、それよりも、その穴の歪みが。私は手を伸ばそうとして、引っ込める。なんだか触ってはいけないような気がする。だから私は声を掛けてみる。どうしたの、痛いの? 痛いわけではないらしい。私にはしこりが感じられるが、確かに痛みはない。じゃぁ何だろう。居心地が悪いのね? 返事はないが、そんな気がする。どうして居心地が悪いのだろう。きっとそれは、私が彼女と親しくなろうとしているからだ。そんな気がする。彼女は親しい間柄というものをきっと知らないでここまで来たんだ。だから、人に近寄られるのが怖くて仕方がないんだ。そう思えた。だから私は、黙ってそこに居ることにする。長いことひとりで居たから、ちゃんとした距離をもって誰かとつきあうことなんて、きっと彼女にはなかったことだから、彼女が姿を歪ませるという仕草で拒絶反応を見せるのは、至極当たり前のことのように感じる。そういえば私は昔、ハリネズミのようだった気がする。すべてのものが敵のように見えて、すべてのものに対して針を立てて、突進していくしか、術を知らなかった、そんな気がする。今その姿を思い描くと、ちょっと笑える。だってそんなことをしたって、相手も自分も傷つくだけなのだから。今はそれが分かっている。だから、ただここに、じっとして居る。彼女を見つめながら。
しばらくして、歪みがびよんびよんと動くのを確かめて、私は一旦離れることにする。また来るね、と挨拶して、彼女にほんの一瞬だけ触れて、手を振る。また明日来るね。そう挨拶して。
そうして私はまたさらに体の中を探索する。昨日の「サミシイ」におはようを言う。「サミシイ」は、小さなアメーバのような姿を現し始め。どくんどくんと脈打っているのだった。どうしてそんなにサミシイの? 私は尋ねてみる。彼女は泣いているようで。ずっと泣いているようで。どんどんひとりになっていくような気がしてサミシイの、と、小さな声が返ってくる。そうなのね、あなたは自分がどんどんひとりになっていく気がしてサミシイのね、私は返事をする。それが我侭で自分勝手なことは分かっているのだけれど、それでもサミシイの。辛いの。「サミシイ」がそう言ってさめざめと泣く。私はだから、ただそこに居ることにする。あなたは自分が置いてきぼりにされていくような気がして、だからたまらない思いがして泣いてしまうのね、と、小さい声で応える。すると「サミシイ」はわっとさらに声を上げて泣く。私だけなんでこんなにひとりぼっちなのかしら、どうしてこんなにひとりぼっちなのかしら、どうして、どうして。「サミシイ」がそう言ってただひたすら泣いている。だから私はそれに寄り添って、ただそこに居る。
どのくらい時間が経ったろう、泣きつかれたのか、小さく丸くなって、それでもどくんどくんと脈打ちながら小さく丸くなってゆく「サミシイ」。だから私は、立ち上がって、また来るね、と挨拶する。すると彼女は切なそうな、またあなたも私を取り残すのね、というような目を私に向ける。だから私は言ってみる。私はまた必ずここに来るから。だから大丈夫なのよ、と。それでも信じてはいないのだろう。いや、あなたはそう言いながら私を置き去りにしていくんだわ、という目をしている。私はにっこり笑って、手を振る。
目を開けてもしばらく、「サミシイ」の残像が私の中に残っている。「サミシイ」の言いたいことが、これでもかというほど分かる気がした。あなたもやっぱりそうなのね、と、彼女が言う気持ちが、嫌というほど分かる気がした。私の中にそういうものが在るのは、当然な気がした。ずっと私の中に在ったんだろうと思う。まさに、置き去りにされていたんだろうと思う、私によって。そのことを思うと、何ともいえない気持ちがした。私はそうやってそれを置き去りにすることによって、何とか生きてくることができた。でも置き去りにされた側はどうだったんだろう。それを思うと、たまらない気がした。
お湯を沸かし、お茶を入れる。今朝はレモングラスのハーブティーにしてみる。ゴロもココアも起きてきて、こちらを見上げている。おはようゴロ、おはようココア。私は声を掛ける。娘が帰ってきたのがきっと嬉しいのだと思う。だから、早く相手してよ、と出てきてるんだろう。娘が起きるまであと少し待っていてね、と、私は声を掛ける。

彼女と川で撮影するのは、これが初めてだ。晴れ渡った空の下、私たちは川に向かう。しかし、川の大半が岸の工事中で。ここもだめ、あそこもだめ、ということで、私たちはひたすら川を上り続ける。すると、川の水が少ないせいで、底が干上がっている場所に出くわす。あぁ、もうここで撮ろう、ということに決める。
私が何故機会があれば彼女を撮ろうと思うのかといえば、彼女は写真に対して、いや、カメラに対して媚びないからだ。それはきっと、彼女のカメラに対する様々な思いが関係しているんだと思う。
彼女の育ってきた家庭、それから彼女が受けてきた様々な傷。それらは、彼女をカメラや写真から遠ざけていった。だから彼女には写真があまり残っていないということを聴いたことがある。実際私も、彼女から、彼女の入った写真を見せられたことが、ほとんどない。
三年前だったか四年前だったか、正直正確な時間は忘れたが、そのくらい前に、私は「あの場所から」の撮影を始めた。その初回に、彼女はまず参加してくれたのだった。どういう心の変化があってそうなったのか、私は詳しくは聴いていない。が、彼女はわざわざ遠い西の町から、参加してくれたのだった。
その時彼女は、あぁ大丈夫だ、この人のカメラの前でなら自由に動ける、と思ったのだという。そしてまた、あぁ私は写真に写ってももう大丈夫なのだ、とも思えたのだという。
以来、「あの場所から」の撮影には必ず彼女は参加してくれる。また、折々に上京しては、私の写真のモデルになってくれる。
カメラに対して媚びない、と最初に言った。彼女は、私がカメラを向けても、彼女の世界を崩そうとはしない。彼女の世界をそこにちゃんと見せてくれる。同時に、自分が自分が、という主張もない。だから私は、彼女という人を通して、世界をそこに見ることができる。だから私はそこで、シャッターを切ることができる。
川はちょうど、季節の変わり目で。枯れて種を飛ばそうとしているものもあれば、その傍らで今から花開こうとしているものもあったり。まさに季節の、繋ぎ目なのだということが、ありありと感じられた。
私たちはヘドロに足を取られながら、それでも何とか川の中央まで辿り着いた。走ったりしゃがみこんだり、もう好きなように動き回った。
私たちの上、空は澄み渡り。燦々と降り注ぐ陽光は、これでもかというほど眩しくて。冷たい風が渡ってゆくのを、私たちは肌で感じていた。冷たい風とあたたかい陽光と、そのどちらをも。

帰り道、電車がいきなり止まる。止まるべき場所じゃないところで電車が止まる。私たちは一瞬にしてそれがどういう意味なのかを察する。私にも彼女にも、そうやって電車に飛び込んで目の前で逝った友人が在た。そういうのを何度も見てきた。だから私たちは、自分の肌が粟立つのを感じる。
でも私たちが何よりショックだったのは。ホームにいる何人かがそれを見ても笑って過ごしていることだった。何なんだろう、この反応は。その脇を、シートをかけられた担架が運ばれてゆく。そのカバーの下から青い手がでろりと出ていた。救急車はもう来ない。消防と警察だけが、あちこちを闊歩している。
ようやく電車のドアが開けられ、私たちは這うようにして出る。でも何だろう、私より明らかに具合の悪い彼女の前で、私はショックを受けてはならない、というようなものが私の中で働いていた。しっかりしなければ、というような。私のモノは後でいい、今は私が、冷静に事態に対処しなければいけないんだな、というような。
結局私たちはそこから、タクシーに乗って家に帰る。他に何も術はなかった。強張る体を必死で支えようとしている彼女の隣で、私はただ黙々と、自分が為すべきことについて考えていた。呑みこまれてはいけない、と、ただそれだけを、考えて、いた。

帰宅した娘と友人が遊んでいる部屋。嬌声が飛び交う。私はそれを、ちょっと離れたところから眺めている。そういえば私はいつも、こうやってちょっと離れたところから眺めているなぁということを、改めて思う。中に入って、遊ぶということを、私はあまりしない。眺めているのが好きなのだ。確かに、中に入って一緒に遊べたらそれはそれでまた楽しいんだろうなと思う。でも何だろう、今この場は、私は眺めている方が私に合っている、というような、そんな気持ちが私の中に在ることに気づく。いつから私はそんなふうに自分を枠組みしていたんだろう。ちょっと不思議。
夜行バスで帰っていった友人を見送るとき、娘は走り出すバスに並走して、手を振っていた。そして戻ってきた娘が言う。私ね、Oのこととっても好きなの。だって嘘つかないし、ごまかさないでしょ。うんうん、そうだね。どんな小さなことも絶対ごまかしたり嘘ついたりしないから、私、大好き! うん、そうかそうか。子供だからといって侮ってはならない。子供だからこそ、見えるものが、敏感に感じ取れるものがそこに、在る。

今日から娘は春期講習。昼過ぎまであるため、私は急いで弁当を作る。彼女のリクエストに応えて、生姜焼きとブロッコリーと苺とうずらの卵。それからおにぎり。
じゃぁね、それじゃぁね、手を振って別れる。ママ、自転車気をつけてね! 通りの向こうから娘の声が飛んでくる。だから私も、あなたも気をつけてね! と返す。
公園の桜はもう満開といった風情。そういえばこの近所に住んでいた頃は、この季節になると夜がとても賑やかだった。普段静かな住宅地なのに、この季節だけは、花見客が賑わいを見せた。そして朝になると、その残骸が横たわっているのだった。思い出すと懐かしい。
薄い桃色の花の渦の向こうは、薄い灰色の空。いつの間にか雲が広がった。陽射しは雲の向こうに遮られている。風が冷たい。
大通りを突っ切り、高架下を潜り、埋立地へ。銀杏の樹の新芽は、芽吹くのを今か今かと待っている。
海と川とが繋がる場所。鴎が数羽、集っているのが見える。静かに水面に浮かぶ姿は、白く輝く宝石のようで。私はしばし見惚れてしまう。
さぁ今日もまた一日が始まる。私は再びペダルを漕ぐ足に、力を込める。


2010年03月30日(火) 
目を覚ますと、がり、がりがり、という音が聴こえる。誰の音だろうと籠に近寄れば、ココアが籠の入り口に齧りついているところ。おはようココア。私は声を掛ける。するとココアは気づいたらしく、ぱっと顔を上げ、私を見つめる。くりくりとした濡れた黒い瞳がなんともいえずかわいらしい。私がその鼻先をちょんちょんと指で触れると、小さな両手で私の指を挟みこむ。あぁそういえば昔々、娘がまだ赤子だった頃、こんな光景があったなぁと思い出す。眠りから覚めたばかりの彼女の鼻をちょんちょんとやると、こうして小さな手を差し出してくるのだった。なんだかとても懐かしい。ひとしきりそうして遊んだ後、私は窓に近寄る。ぐんぐんと冷えてゆく気温。窓の内側にいるのにそれが分かる。私が窓を開けると、ぐわんと冷気が私を包み込む。あぁ今朝もこんなに冷えているのかと、私は粟立つ両腕をさすりながらベランダに出る。午前五時だというのにもうずいぶんと明るい。私は南東の空を見上げる。雲ひとつない空がそこに在った。
足元のプランター、イフェイオンが勢い良く次々咲いている。そういえば公園の桜も次々咲いてきていたっけ、と思い出す。薄い桃色の、あたたかな色だった。儚げな、それでいて生気溢れる色だった。この天気なら、今日また一層花は開いてゆくんだろう。
イフェイオンの隣で、ムスカリはもうそろそろ終わりかかっている。ずいぶん頑張って咲いてくれたと思う。咲き始めのあの小さな花は、ひとまわり、ふたまわりは大きくなった。今、円錐形の下の方が、だいぶ形が崩れてきている。それでも色は健在だ。紫と青とをちょうどよく混ぜた色。
振り返れば、マリリン・モンローとベビー・ロマンティカが新芽をわさわさ茂らせている。マリリン・モンローの新芽が赤い縁をともなった暗緑色なら、ベビー・ロマンティカのそれはまさに萌黄色。やわらかいやわらかい萌黄色。同じ薔薇でもこんなに違う。そしてその横で、病気のミミエデンが、ひっそりと立っている。次々新芽を摘まなければならないから、まだまだ裸の状態だ。かわいそうに。でも、取らないわけには、いかない。
パスカリも向こうの鉢の中、ずいぶん葉を出してきた。小さな茂みを頭に載せたかのような形になっている。ちょっと不恰好。まぁそんなことはどうってことはない。格好なんて、どうだっていいのだ。生きていてくれれば。
すっかり冷えた体を部屋の中に運ぶ。ぶるぶると勝手に体が震えるのがなんだかおかしくて笑ってしまう。そのまま洗面台に行き、顔を洗う。冷たいはずの水がほんのりあたたかく感じられるほど。鏡を覗くと、まぁまぁだなというような顔がそこに在る。横になるのは遅かったが、すとんと眠りに入れたおかげかもしれない。私はそのまま目を閉じ、体の内側に意識を向ける。おはよう穴ぼこさん、と言いかけて、はっとした。穴ぼこが眠っているのだ。今まで、眠っているような、という感じはあったが、そうじゃない、今朝はちゃんと眠っていることがこちらに伝わってくる。びっくりした。驚いて、挨拶をすることも一瞬忘れた。忍び足で穴ぼこに近づいて、穴の中を覗いてみる。ブラックホールのようなその穴ぼこさ加減は変わらないけれども、でも、その穴ぼこはちゃんと今、眠っているのだった。私はじゃぁまた来るね、と挨拶をして、再び忍び足でその場を立ち去る。
そのまま体の中を探索する。右胸と肩の、つなぎ辺りの部分でちょっと立ち止まる。何となく違和感を覚える。しこり、が在るわけではない。ただ、もやもやっと、いつもと違う何かがそこに在る、という感じ。私はしばらく耳を澄まして、目を澄まして、みる。もやもやという違和感はやはり、小さいながらそこに在る。おはようもやもやさん、と私は挨拶をしてみる。もやもやは一瞬びくんとなり、それからこちらを見やる。なんでそこにあなたがいるの、といった感じ。私はだから、もう一度挨拶してみる。
もやもやは、なんというかこう、サミシイというような何かを醸し出していた。寂しいでも淋しいでもない、それは「サミシイ」だった。私が何かをおざなりにしてきたのだろうか。そんなつもりはなかったのだが、私が気づいてないもの、或いは見て見ぬふりをしてきたものがあるんだろうか。私はちょっと首を傾げる。でも、そこに「サミシイ」というもやもやが在ることは間違いがないのだ。
ねぇあなたは私に何か言いたいことはない? 尋ねてみる。何も返事は返ってこない。もう諦めているといったふうな目つきがそこに在った。誰に言っても何も伝わらないのだ、というような、そんな諦めだ。どうしてあなたはそんな目をしてるんだろうか、それは私が今まであなたのことに気づけなかったからなの? 私は重ねて尋ねてみる。返事はない。私は彼女にもう諦めさせてしまったんだろうか。そんなにも私は彼女を放っておいたんだろうか。なんだかすさまじい罪悪感が浮かんでくる。ごめんね、私は言ってみる。そうだとしたらごめんね。放っておいてごめんね。伝わるかどうか分からないけれども、私はそう言ってみる。そうして、しばらくそこに居続けたが、サミシイはとうとう何も話してはくれなかった。私は、また来るね、と挨拶して、その場を離れる。
目を開けると、蛍光灯が眩しい。でも私の目の中に、あの「サミシイ」が残っていた。
テーブルの上、まだ咲いていてくれる白薔薇を水切りする。花は今まさに咲ききったというところで。内側に残る芯がすっかり見て取れる。それでもまだ、花は瑞々しく。それを眺めていると、嬉しくなる。
お湯を沸かし、生姜茶を入れる。さぁ朝の一仕事が待っている。

「私たちを音楽に、美に執着させるものは感覚への欲望です。外部の方式や形態への依存は、たんに私たち自身の存在の空虚さを示すだけです。それ〔=自分の生活〕を私たちは音楽や芸術、意図的な沈黙で満たします。げんにあるものへの、あるがままの自分への終わることのない恐怖が存在するのは、この変わることのない空虚さのためです。感覚〔の喜び〕は始まりと終わりをもっています。それは繰り返し、拡大することができます。しかし刻々の体験experiencingは、時間の限界の内側にはありません。大事なのは体験することです。それは感覚の追求の中では否定されてしまいます。感覚は限定されており、個人的なものです。それらは葛藤とみじめさをつくり出します。しかし生きた体験は、それは経験〔記憶の中のそれ〕の反復とは全くちがったものですが、継続性をもちません。瞬間毎の体験の中にだけ、新しいものが、変容があるのです」
「大切なのは快感を理解することです。それを取り除くことではなくて―――それはあまりに愚かなことです。誰も快感を取り除くことはできません。しかし、快感の性質と構造を理解することは不可欠です。なぜなら、もしも生が快楽なら、そしてそれが私たちの求めるものなら、そのときには快楽と共にみじめさが、混乱が、幻想と、私たちが創り出した偽りの価値観がやってきて、そこには明澄さ〔明晰さ〕というものはなくなるからです」「ご存じのように、二種類の空虚さがあります。一つは、精神が自らを見て「私は空虚だ」と言うときのそれです。そしてそれが本当の空虚さです。もう一つは、私がその空虚さを、寂しさ、孤立感を、完全に他のすべてから切り離されているという感覚を好まないがゆえに、満たしたいと思うときの空虚さです。私たちはめいめいそうした感覚を、表面的、一時的であれ、または非常に強いものとしてであれ、もったことがあるにちがいありません。そしてその感情に気づくと、人は明らかに逃げ出します」「だから、人はまずこの尽きることのないさびしさの感覚、自らを空虚なものと見る精神によってつくり出されるこの空虚さがあるところに、満たしたい、それを覆い隠してくれる何かを獲得したいという衝動、つよい衝迫もまたあるのだということを見出すことから始めるのです」

友人が描いてくれた家族の絵。父親は上半身しかなく、ぼんやりと端の方に浮かんでいる。反対側の端の方に彼女が俯いてしゃがみこみ、その後ろには弟が仁王立ちになっている。彼女と弟の周りには薄いカプセルのような膜が張っており。その膜の外側を、びゅんびゅんと母親の顔が飛び回っている。その顔は怒りに任せて大きくなったり伸びたりする。飛び回りながらたまにカプセルの内側に手を伸ばし、彼女を傷つける。その手は爪が伸び、その爪にはマニキュアが塗られ。そういう手が彼女をひたすら傷つける。だから彼女はどんどん俯いて小さくなってゆく。それを弟が必死に守ろうとしている。
それともう一つ、彼女が今の、そしてこれから在りたい家族を描いてくれた。恋人と恋人のお子さんとが並んで立っており。娘さんと彼女とは手を繋いでいる。その手は力が込められたりもすれば、時折弱くなったりもするが、それでも結ばれている。そしてその向こうに立つ恋人の手は、結ばれたり結ばれなかったりすることがあるという。それでも、つながっている感じはちゃんとあるのだという。絵を描いていて彼女が自ら気づいたのは、自己評価の低さだった。お子さんと恋人とは同じ大きさで同じ高さに描かれているのに、彼女はとても低い位置に描かれている。それを見て彼女が、私は自己評価を上げていくことが目標のひとつなのかもしれないと言う。私はそういった彼女の話にただ耳を傾ける。
再び最初の絵に戻った彼女が、このお母さんの怒った顔の亡霊を、そろそろ箱に閉じ込めてしまいたいと言う。もうそれは過去のものなのだと、閉じ込めて、大丈夫になりたいのだ、と。そして弟は弟で、弟の家族の絆を育んでいってほしい、私はもうその輪に割って入ったりしないようにしたい、とも。
あんなにふらふらだった彼女が今、懸命に、家族というものを新しく築いていこうとしていることが、痛いほど分かった。私はただそれに、耳を傾けていた。

バスに飛び乗り、駅へ。そこから地下道を潜り、海と川とがつながる場所へ。晴れ渡る朝だからなのだろうか、写真を撮る人が何人か橋に立ってカメラを構えている。川に今朝海鳥たちは一羽もいない。ただ、遠くの風車がここからでも分かるほど、くっきりと浮かび上がっている。水色の絵の具をしゃっと白い画用紙にひろげたなら、こんな色になるんだろう。それにしても空気が冷たい。
さぁ今日も一日が始まる。私は鞄とカメラを背負い直し、さらにまた足を進める。


2010年03月29日(月) 
ココアの回し車の音で目を覚ます。からら、から、からら。軽やかにその音が響いてくる。おはようココア。私は声を掛ける。掛けるとすぐ、彼女は籠の入り口に張り付いてきた。そして入り口のところをがりがりと齧る。娘が留守にしているから、遊んでくれる人がいなくて寂しいのかもしれない。私は手のひらに彼女を乗せてやる。乗せてやるときココアはいつも、挨拶のような仕草をする。ちょこねんと頭を下げるのだ。下げて、どうしようかといった風情でこちらを見上げる。だから私はお尻を軽く押して、手のひらに乗せてやる。ココアは手のひらの上、ぴくぴくと手足を動かす。お尻がそれに合わせてぷりぷり動くのが何ともかわいらしい。
窓に近づいて、体温がぐんと奪われるのを感じる。窓を開けると、ぐんと冷気が部屋の中に滑り込む。唖然とする。こんなに寒くなっていたのか、今朝は。しかも雨まで降っている。小ぶりだけれども降っている。私は空に向かって手を伸ばす。ぽつ、ぽつ、と落ちてくる雨粒。まだアスファルトに雨の痕がないということは、降りだしたばかりということだろうか。でも、この雨が昨日じゃぁなくて、本当によかった。つくづく思う。
部屋に戻ると、友人の規則正しい寝息が聴こえる。疲れたのだろう、微動だにせず夕方からずっと眠っている。私は彼女を起こさぬようにしながら、顔を洗う。鏡の中、自分の顔を覗くと、ちょっと疲れているような顔。でも、さほどではない、と思う。思いながら目を閉じ、自分の体の内奥に耳を傾けてみる。胃の辺りの穴ぼこは、今朝はまるで眠っているかのようで。黙って耳を澄ましていると、まるで彼女の鼓動が聴こえてくるようで。どくん、どくん、どくん。そんな音が、する。起こしては悪いかもしれないと、私はじゃぁまたねと挨拶だけして、その場を去る。そうしてさらに辿ってゆくと、肩と首がつながる辺りからこめかみにかけて鈍い痛みがあるのに気づく。まるでそこに横たわっているかのような、そんな鈍い痛み。だるい痛み。おはよう。私は挨拶してみる。ぼそぼそと喋る声がするのでさらに耳を傾けてみる。すると、仕方ないのよ、仕方ないのよ、と呟いているようで。何が仕方ないの、と尋ねてみる。悪気があってここに在るわけじゃないんだけど、仕方ないのよ、と言う。そうなのね、そういうつもりでここに在るわけじゃないのね、と私は伝え返す。試しに聴いてみる。昨日ちょっと頑張りすぎたのかしら、と。すると、そうじゃなくて、私たちはここに在るように言われて、それで在るのよ。と。なるほど、誰かに頼まれて、あなたたちはここに在る、ということね、と言うと、そうそう、と返事が返ってくる。それを頼んだ人を教えてくれる? と尋ねると、それはちょっと、と口ごもる。じゃぁ言わなくてもいいわ、と返事する。ただその人に伝えておいてほしいのだけれども、できれば私はあなたと話がしたいわ、と、そう伝えておいてくれる? と頼む。返事はなくなる。私もだから、じっと黙って、ただその痛みに寄り添っていることにする。しばらくそうして、じゃぁまた来るね、と挨拶し、私は目を開ける。
食卓のテーブルの上、白薔薇がふわりと咲いている。もうずいぶんと開いてきた。今、芯の方が見え出したところだ。私は鼻を近づけてみる。涼やかな香りがふわんと私の鼻をくすぐる。香りが分かるということに、私は感謝をする。
お湯を沸かし、ハーブティを入れる。オレンジスパイスというブレンドのハーブティーだ。友人から貰ったもの。初めて飲むのだが、これが結構おいしい。爽やかなオレンジの味の後ろ側に、スパイスの味がちょこちょこと在る、というような感じで、なんともいえず気持ちがいい。その紅茶のマグカップを持って椅子に座る。友人が起きる前に朝の仕事を済ませてしまいたい。私は早速仕事に取り掛かる。

土曜日夕方。友人と待ち合わせて新幹線に乗る。混み合う新幹線、今多分、京都から友人もこちらに向かっているはずだ。そしてもうひとりの友人は、同じこの新幹線の中に乗っているはず。
浜松で合流し、とりあえず夕飯をということでファミリーレストランへ向かう。めいめい注文し、わいわいがやがや夕食をとる。
午前二時、店がしまるのを契機に、私たちはタクシーに乗る。タクシーで向かった先は、真っ暗な、まさに真っ暗な場所で。
街灯など一つもないところを、ただ歩く。道しるべも何もない。ただ私たちは、勘で歩いていく。きっとこっちが海の方向のはず、と。
砂に足を取られ、体が斜めになったりもする。私たちは歩きながら、落ちている木切れを集めている。
ようやく海辺にたどり着き、私たちはまず小さな穴を掘る。そこに持ってきた新聞紙で火をつけ、集めてきた木切れを立てかけて、そう、焚き火だ。ぶわっと点いた火が、やっと暗闇の中、めいめいの顔を照らし出す。
真っ暗。闇というのはこんなにも深いものだったのか、と、改めて思う。私たちの普段の生活が、どれほど灯りに満ち満ちているものなのかを痛感する。焚き火を囲みながら、空を見上げれば、紺よりもずっと濃い、でも黒ではない色がそこに広がっている。そう、黒ではないのだ、どんなに闇が深くても、それは黒ではなかった。今改めて思う。
月もぼんやりと雲の向こう、やがてその雲が厚くなり、すっかり月の姿は消えた。在るのは唯一この焚き火の火の灯りと、そして私たち。
打ち寄せる波飛沫が白く闇の中浮かび上がる。どどう、どどう、と音が響いてくる。私たちが沈黙すると、波の音はひときわ高くなり、そうして私たちを呑み込んでゆく。
喋り続けている人もあれば、黙ってそれに耳を傾けている人もいる。たった四人でも、私たちは多分、その場所で何かを共有していた。
薪が足りなくなれば、誰かしらが探しに行き、集めて戻ってくる。そしてまた新しい木切れをくべて、暖をとる。砂に吸い込まれてゆく体温、奪われてゆく体温を、そうして私たちは守っていた。
沖の方にちらほらと漁船の灯り。あぁもうじき朝になるのだ、と、その揺れる明かりが知らせてくれる。
残念ながら朝日を浴びることは叶わなかった。でも。
突然目の前に現れる水平線。真っ直ぐに、視界全部真っ直ぐに伸びる水平線。それがいつだったのか、正確にはわからない。気づいたら水平線がそこに、在った。水平線が現れた途端、波の模様もくっきりと私たちの目の前に現れた。いつもより穏やかな波だ。風もそういえばいつもより強くはない。
ただひたすら火を守り、私たちは丸くなって、朝を待った。光が現れるのを待った。火はただ轟々と風に煽られながら、それでも私たちを守っていた。
砂の上に描かれる砂紋や、僅かに生える草の姿たちがだんだんと露になってゆく。海岸はずいぶんこの数年で変化した。今回来て思ったのは、とにかく石の姿が多いこと。ごろごろと砂浜に転がっている。これじゃぁ裸足で走るわけにはいかない。じゃぁどうするか。私たちは着替えて、丘に上がった。丘に上がると一気に、視界が開けた。目の前に開ける砂の姿たち。これでもかというほどひたすら砂が広がっている。そして私たちは、撮影を開始する。
砂の上、歩き、走り、止まり。ただひたすら思うままに、私たちは動いた。やわらかい砂にずぼっと足を取られ、身動きがままならなくなることがあるかと思えば、砂の温度がやわらかく足の裏を撫でてくることもあった。そうしてただ砂を感じ、風を感じ、海を感じていた。
海の中はやはり、あたたかかった。海の表面は冷たいけれど、内側はいつだって、こう、あたたかいのだ。石に足をとられながらそれでも、私たちは海に触れた。その瞬間だった。振り向いた空にぱっくり、穴が開いた。
いまだ、と、私たちは走り出し、再び丘に上がった。糸状に広がる雲と空とをバックに、私たちはただそこに立った。そして、それをひたすらフィルムに刻んだ。
どのくらい時間が経ったのだろう。そうして私たちは再び、焚き火の場所に戻ってくる。足は気づけば、紅くなり、かじかんでいた。でも何だろう、動き回った後の、充実感のようなものが私たちにはあった。同時に、もっと動いていたいような気持ちもあった。
闇はもう消え、そこには朝があった。そうして私たちは朝を、深く吸い込んだ。

帰りの電車の中、二人ずつに分かれて座る。眠る人、起きて話している人、それぞれに思い思いの時間を過ごす。
あの焚き火はもう、記憶の中だ。轟々と音を立てて燃える火は、結局いっときも絶えることなく、私たちを守ってくれた。大きさにしてみれば小さな火だったかもしれない。でも、それは私たちを守ってくれる、大切な大切な火であった。
友人のひとりが、自分の歪さについて話をしてくれる。私はそれに耳を傾ける。鏡になって娘たちに思いを返してやりたいが、でも自分は歪だ、と。ふと気づく。友人の心に在るのは、完璧な「鏡」なのではなかろうか、と。
鏡も使い込めば、その分だけ四隅が欠けてゆく。鏡としての機能を果たさなくなる。それでも私たちは、鏡の、鏡として使える部分を磨いて、自分を映し込み、身づくろいするのだ。水鏡だって、風が吹けばただそれだけで崩れる。完璧な「鏡」なんて、実は、何処にもないんじゃないか。歪だろうと何だろうと、実はそんなこと、たいした問題にならないんじゃないか。そのことを、思い浮かぶ言葉でもって友人に伝える。そこに在ることが何より、大切なことなんじゃなかろうか、と。

一日半という時間を私たちは共有し、それぞれ帰路に着く。今それぞれの胸のうちには、どんな思いが去来しているのだろう。またの再会を約束して別れた。その余韻を私は、胸の中で転がしている。

イフェイオンが寒そうに、それでも咲いているベランダへ再び出てみる。三本ほど切って一輪挿しに飾ってみる。それだけで部屋がぐんと、明るくなった。
バスに乗り、駅へ。そこから電車に乗り換える。橋を渡る電車の中から、川をじっと見つめる。黒褐色の川面が、そこに在った。静かに静かに流れ続ける川。
さぁ、今日もまた一日が、始まろうとしている。


2010年03月27日(土) 
窓に近寄るほど、空気がぐんぐん冷え込んでいくのが分かる。その窓を思い切り開ける。ぐいっと冷気の中押し出されるかのような感覚を味わう。実際には私は動いていない。でも、冷気の中に押し出されるような、いや、冷気がぐいとこちらに入り込んできたような、そんな感覚。とたんに全身鳥肌が立つ。雨はとりあえず止んだ。止んだだけでもよかった。明日朝一番に撮影がある。その天候が心配でならなかった。曇りであっても、雨さえ降っていなければカメラを持って走り回ることができる。もうそれだけで、とりあえず、よし、だ。
しばらくベランダに突っ立っていると、指先がかじかんでくる。その指でイフェイオンを弾いてみる。しゃんしゃんと、鈴の音が聴こえてきそうな気がする。ここに引っ越してきて気づいたのだが、私の家から郵便局に行くまでの坂道にも、イフェイオンが咲いている。今まさに花盛りなのだが、なんというか、色がちょっと薄い。うちの青味がかった色に、白を混ぜたような、そんな色だ。土の違いなんだろうか、それとも、長年咲いて来て年をとったんだろうか。うちのイフェイオンもいつか、ああした色になるんだろうか。
イフェイオンの向かい側、ミミエデンが植わっているのだが、今朝も新芽に粉を噴いたものを見つける。私はただ摘む。粉を落とさぬよう気遣いながら、根元から摘む。
ベランダの端の方、パスカリが、ようやくうどんこ病から脱したようで、新芽を次々出している。でも油断はならない。いつまた病気が復活するか誰にも分からない。
部屋に戻り、顔を洗う。鏡の中、少し疲れたような顔。目を閉じ、体の中を探索する。今朝も穴ぼこが静かだ。おはよう、穴ぼこさん。私は挨拶をする。しゅるり、というような音がしたようなしなかったような。でも、まだ言葉を喋ってくれるほどじゃぁない。まだ私たちはそこまで親しくはなっていない。長いこと私が放置しておいたのだ。それが当たり前だろう。でも、何だろう、穴ぼこは確かに在ることは在るのだが、出会った最初のときのような、恐ろしい何かを感じることはなくなった。ただそこに在る、といった感じ。しばらくその穴ぼこのそばに腰を下ろし、寄り添ってみる。今私にできることは、そのくらいだろう。しばらくそうして寄り添って、また来るねと挨拶をしてから、私は別のところも探索してみる。胸と胸の、ちょうど間、真ん中に、違和感を覚える。小さな違和感。何だろう、これは。私はしばらく耳を傾けてみる。少し前にも、そう、昨日だったか一昨日だったかの昼間も、そんな違和感を覚えたことを思い出す。あの時すぐに耳を澄ましておけばよかったと少し後悔。でも今更遅い。私は耳を澄まし、ただ、その違和感が何か言ってくるのを待ってみる。何も言わない。でも何だろう、しくしく、しくしく、泣いているような気がする。それはとてもとても小さなしこりで、見落とすことは至極簡単で。でも、泣いているのだと今気づいた。もしかしたら君は、昔の私の一部ですか、と尋ねてみる。返事はない。返事はないが、一瞬沈黙が走る。あぁ、そうなのかもしれない、と思う。そうだとしたら、今すぐ返事はないだろう。長い時間をそこで過ごしてきたしこりなのだ。しかも私がきっと、ケアしてこなかったしこりなのだ。言葉を発してくれるようになるまでには長い時間がかかるだろう。でも、君がそこに在ることは、ちゃんと分かったよ、と、私は声を掛ける。そうしてまたしばらく時間を過ごし、私はまた来るねと言って、瞼を開ける。
食堂のテーブルの上、白薔薇がきれいにまだ咲いていてくれている。でも水仙は、昨日の夕方から突然、くしゃくしゃと萎れ始めた。満開になってしまってから切ったから、早かったのかもしれない。まだ数本、残っているものもあるのだが。私はその数本を残して、くしゃくしゃになったものたちをビニール袋に入れる。ありがとうね、今日まで。そう声を掛けながら入れる。約一週間、私の目と心を楽しませてくれた水仙だもの。本当にありがとう。
白薔薇を水切りしながら、私はお湯を沸かす。いつものように生姜茶を入れる。たちのぼる湯気が、暗い部屋の中、ひときわ濃く見える。
さぁ、とりあえず朝の仕事だ。私は椅子に座り、準備を整える。

授業の日。アートセラピーの二回目。動的家族描画法だ。実際に自分たちも描くということで、スケッチブックと色鉛筆、サインペンを持参する。正直、絵など描きたくない。その気持ちが先週の今頃、色濃く在った。でも、ナタリー・ロジャーズの著書を読み始め、あぁ、そんなこと気にしていてもしかたないな、という気持ちにもなった。
そもそも、自分が描きたくなくなったのには、明らかな原因がある。私はもともとは、絵本作家になりたいという夢をもつ子供だった。そのくらい、絵を描くことが大好きだった。絵を描いていると自分を忘れた、時間を忘れた、ただ無我夢中になることができた。大好きな作業だった。幸運なことに、私は、絵のコンクールで表彰されることが多々あった。当時、区や市の巡回展などがあると、必ずその候補に選ばれた。自分の絵が他の人の絵に混じってあちこちを巡回して回る、それがなんだか誇らしくて、嬉しくて、たまらなかったことを覚えている。
それが或る時、そう、小学五年生のときだ。担任は、特定の生徒を苛めるようなところがあった。勉強ができない子などがその対象だった。正義感に溢れる子供だった私にとって、それは、赦せない行為だった。いくら先生であっても、オトナであっても、そんなことが赦されるはずがない、という気持ちがあった。そのため、先生に抗議した。
その途端、先生は今度、私を苛めの標的にした。雪の日屋上に閉じ込められてぶるぶる震えながら何時間も過ごしたこともあった。みんなの前で吊るし上げを食らったこともあった。そうして或る日。先生は私の目の前で、私の絵を、ゴミ箱に棄てた。
それはシクラメンを描いた絵だった。母の大好きなシクラメンを、描いた絵だった。それは、巡回展に参加するはずの絵でもあった。それを、先生は私の目の前で、ゴミ箱に棄てた。こんな絵なんて、とそう言って、棄てた。
以来、絵を描くことを、私は極力避けた。二度と描きたくないと思った。あんなふうに、大事な絵を棄てられるくらいなら、もう二度と描くものかと思った。
同時に、絵本作家になりたいという夢も泡のように消えた。
そういうことがあったから、私はなおさら、描くということに、抵抗を持っていた。今もまだ、あの傷は、生々しく残っている。過去のもの、と分かってはいるが、できるならあまり思い出したくない出来事の一つ、だ。
でも、授業で、描かないわけにはいかない。描かないでいたら、次に進めない。
それでは、描いてみてくださいね、と講師に言われ、私はしばし、画用紙と向き合う。そして、えいやっとばかりにサインペンを走らせてみる。
動的家族描画法。それは、何かをしている家族の絵を描く、というものだ。そこで困ったのは。私の、かつての父母との家族を思い浮かべたとき、共に何かをしている、というところが全く浮かばないことだった。浮かぶのは。後ろを向いて今にも出掛けていきそうな父と、そっぽを向いている母、そしてしゃがみこんでいる弟。その真ん中に、私がぽつり。そんな具合だった。何かを共にしている、という絵は描けそうにないな、と思った。だから、ありのままを描くことにした。描きながら、同時に、今の、娘との姿が思い浮かんだ。踊っている娘を、眺めている私。そんな構図。私はこちらも描いてみることにした。娘の周りには、黄色や赤や橙色といった、明るいエネルギーを表す色がオーラのように広がっており。私はそれを、外側から眺めている、といった具合。娘は鮮やかに色を持ってそこに在るのだが、私には色はなく。だから、それをできるだけありのままに描いた。一段落ついて、再び過去の家族の絵に戻る。色をつけようとして困った。色が浮かばないのだ。唯一浮かぶのは、父や母の間にぽつんと立っている自分自身のスカートの色だけ。しかもそれは、私が履いたことのない真っ赤なスカートで。ちょっと躊躇した。でも、思い浮かんだのだから描いてしまえと、描くことにする。
絵を描くのに与えられた五十分という時間は瞬く間に過ぎ。分かち合いの時間がやって来た。みんなそれぞれの絵を持っている。家族全員で自転車に乗る練習をしている風景を描いたものもあれば、バトミントンをしている絵もある。ただ歩いてゆく光景を絵にしたものもあれば、居間でそれぞればらばらに寛ぐ姿を絵にしたものもある。
絵に表れるものを、それぞれがそれぞれの口で説明してゆく。私は三番目に説明を行なうことになっていたのだが。それをする前にもう、自分の絵が、どれだけ問題ありな絵であるのかがありありと分かって、ちょっと苦笑する。
過去の、父母との姿を描いたものは。どれほど家族がばらばらで、不安定で、私がそこから寂寥を感じていたのかが、ありありと分かる絵。一方、娘との絵は、私が娘を守りたいと思っていることがありありと分かる絵。
やりながら思った。今度娘に、まず、ダンスを踊ってもらってから、絵ではなくコラージュをやってみよう、ということ。コラージュなら、私も遠慮なくできるような気がする。娘のダンスを見たらなおさら、気持ちがほぐれるような気もする。ナタリー・ロジャーズの著書にあった方法を、やってみよう。
帰り道、ひとり、ぼんやりと思う。あの時先生はどんな気持ちでゴミ箱に私の絵を棄てたのだろう。まさか子供が、それほどショックを受けるとは思わないでしたことなんだろう。まさか生涯それを引きずることになるなんて、思ってもみなかったんだろう。もういい加減私も、あそこから卒業したい。
来週は、円枠家族描画法が待っている。

「なぜ自分が特定の軌道に則って考えているのか、どんな動機から行動するのか、それに気づくことです」「あなたが条件付けが作用するどんな反応もなしに、全的に、深く、あなたの存在のこの全体性に気づいているときだけ〔可能になるの〕だと。それが自己からの本当の自由です」「私たちが悟らねばならないのは、自分が環境によって条件づけられているだけではなく、私たちが他でもないその環境だということ、自分がそれと分離したものではないということです。私たちの思考と反応は、私たちがその一部であるところの社会が私たちに強いた価値観によって、条件づけられているのです」「この全プロセスに気づくこと、意識と無意識双方のそれに気づくこと、それが瞑想です。そしてこの瞑想を通じて、欲望と葛藤をもつ自己は超越されるのです。もしも人が自己に避難所を提供する諸々の影響や価値観から自由になりたいのなら、自己理解が必要です。そしてこの自由の中にだけ、創造や真理、神、あるいはあなたがそのようなものとして呼ぶものが存在します」「問題は私たちが何を考えるかであって、他の人たちが私たちに考えてもらいたがっていることではありません」「知恵は恐怖や抑圧を通してはやってきません。それは人間関係…の中の日々の出来事の観察と理解を通じてやってくるのです」「自己理解と自分の〔思考や感情の〕全プロセスについての深い理解があるときにだけ、英知があります」「私たちは集合的にも個人的にも、自らの条件付けとそれに対する反応に気づいていなければなりません。セルフを超えた地平に出られるのは、人がその互いに矛盾した欲望欲求、その希望と恐怖もろとも、セルフの活動に十分なほど気づいているときだけです」「愛と正しく考えることだけが、真の革命、自己内部における真の革命をもたらすでしょう」

娘と共に図書館へ。図書委員をやったことがある娘だが、学校以外の図書館を利用するのは初めてだ。まず図書カードを作るのが、彼女にとって楽しみだったらしい。
しかし。私が本を選び終えて彼女のところへ行くと、彼女は一冊も本を持っていない。それどころか、不満げな顔をしている。どうしたの? 欲しい本が一冊もない。どうやって探したの? 検索システム使って探してみた。自分の手と足で、あちこち歩いて本を眺めてはみなかったの? うん。面倒くさい。いやぁ、それじゃぁ何も始まらないよ。
私は早速、手近にあった本を取って、こんなのがあるよ、と彼女に差し出す。ちょうど彼女がかわいがっているハムスターが主人公らしい。へぇ、こういう本もあるんだぁ、と彼女が覗き込む。ほらね、実際に開いてみないとさ、分からないんだよ。だって、題名とか入れても、何も出てこなかったんだもん。そりゃそうかもしれないなぁ、だって、私たちが知ってる題名なんて、たかが知れてるじゃない。そりゃそうかもしれないけど…。まずは手に取ってみることが先決だよ、こういう場所では。そうなんだ…。
そうしてさらに一時間、彼女につきあって本棚をうろうろする。二人とも、借りることができるぎりぎりの六冊まで借りて、図書館を出る。もうだいぶ日が傾き始めた。

家に戻り、私が台所仕事を始めようとすると、待ったがかかった。何、どうしたの。私が尋ねると、自分が洗い物をやるのだ、と言う。私は彼女に任せてみることにする。
しばらく放っておいて、ふと見てぎょっとした。彼女が台所のシンクに乗っかって、何やらごしごしタワシで磨いている。な、何やってんの? 私が尋ねると、油で汚れたところとか掃除してんの!と返ってきた。ママ、私がいなくなったらどうするつもり? こういうところもちゃんと掃除しなくちゃだめじゃない! あ、はい、分かりました…私は一応おとなしく返事をしておく。頭に浮かんだのは、今日授業で描いた彼女との絵。その絵の中で、私は彼女を守りたいと思うと同時に、どこかで束縛したいとも思っているのではないかというようなサインが出ていた。だから、彼女のすることにできるだけ、介入しないように試みる。彼女がしてくれることは、彼女がしたいようにさせておくことにする。といっても、まだお尻がむずむずして、口出ししたくなったりするのだが。
あぁ終わった! ママ、ご飯、それからお小遣い頂戴ね! え、ご飯って、これから作るんじゃん。ええーー、さっさと作ってよ! おなかすいた! …全く、勝手なもんだ、と思うのだが、せっかくしてくれた仕事だ、何も言わずにいよう。私はぴかぴかになった台所で、早速夕飯を作り始める。

じゃぁね、それじゃぁね。手を振り合って別れる。娘は今日から火曜日まで留守だ。じじばばと旅行に行くことになっている。そして私はこの週末、撮影だ。
電車に乗っているのだろう娘から早速メールが届く。「ママ、ケガしないようにね! だめだよ、あんまり無茶しちゃ!」。そう書いてある。私の性格をよく分かっているらしい。私は苦笑しながら返事を打つ。「旅行楽しんで行ってきてね! お土産楽しみにしてるよー!」。
公園の桜が咲き始めた。この寒い中でも咲く桜。けなげな姿だ。灰色の空を背景に浮かび上がるその薄桃色の姿を、私は見上げながら思う。
さぁ今日もまた、一日が始まる。


2010年03月26日(金) 
暗い、重たげな雲。空一面に広がっている。それでも雨は何とか止んだようで、アスファルトの所々が濡れているだけ。街灯の光の輪の中、雨粒の姿はない。ベランダの、柵に手を置いて立つ。まだ雨粒を残していたのか、手のひらが濡れる。今点る灯りは四つ。その点を結ぶとちょうど、平行四辺形を描くことができる。この描線の中、誰が一体どんなことをして今を過ごしているんだろう。
イフェイオンはたくさんの雨粒を茂った葉の間に残している。指で弾くとぱらぱらと雨粒が零れ落ちる。花にもついた雨粒をぱちん、指で弾く。ぱらり、ぱらり、雨粒が落ちてゆく。でも、このイフェイオンの青味がかった色に、雨粒はなんて似合うのだろう。それはムスカリも同じく。この青という色が、雨粒を恋しいものにしているのかもしれない。
ミミエデンにまた粉の噴いた新芽を見つける。私は粉を落とさぬよう指で摘む。新芽が出るたび摘んでいるようなものだから、ミミエデンの樹はまだまだほとんど裸の状態のまま。その隣で、ベビーロマンティカとマリリン・モンローは茂りに茂っているというのに。なんだかとてもかわいそう。枝をそっと撫でてみる。撫でたからとてうどんこ病が治るわけではないのだが、それでも撫でずにはいられない。早く回復してほしい。脱して欲しい。そう思う。
部屋に戻ると、ミルクとゴロが起きている。おはようミルク、おはようゴロ。私は声を掛ける。ミルクは一心に餌を食べているところで。彼女の、丸々と太った背中とお尻が、でーんと餌箱の中に入っていると、もうそれだけでいっぱいいっぱいという感じがする。それでもはぐはぐ食べ続けるミルク。もしかして、ミルクの中にも穴ぼこがあるんだろうか、なんて、私は首を傾げてしまう。そのくらい、彼女の食いつきはいつだっていい。一方ゴロも餌箱に入っているのだが、彼女の体は餌箱の半分くらいを占める程度。そしてとうもろこしを食べている。はぐはぐと両手で持って食べる姿は、なんともいえずかわいらしい。頭をこにょこにょと撫でてやりたい気持ちに駆られるが、食べるのを邪魔しては悪いと止めておく。
顔を洗い、鏡を覗く。今朝一番に感じたのは、腰の鈍い痛みだった。荷物を背負って歩きすぎた、というような、そんな鈍い痛み。伸ばそうとしてもうまく腰を伸ばせない。そんな具合。私はしばらく洗面台に手を置いて、体を支えてみる。支えながら目を閉じ、自分の内奥に潜ってみる。こんにちは穴ぼこさん。挨拶すると、ひゅるりと音がしたような気がする。風が啼くほどの穴があるということなのだろうか。現実にそんな深い穴を見たことがないから、良く分からない。分からないが、穴はそこに在る。私は手を伸ばそうとして、途中で止める。なんだか拒絶されたような気がしたからだ。手を伸ばさないで、私に触れないで、そう言われているような気がした。触れられただけで痛む傷もあるから、私はとりあえず止めて、そうしてそばに座っているだけにする。すると、穴の姿が黒い渦の中に消えてゆくのを感じた。穴が消えたというわけではないのだが、穴の姿が黒い渦の中に溶け込んでいった、そんな具合。そうして代わりに、黒い渦がそこに現れた。
こんにちは渦さん。こちらにも私は挨拶してみる。ゆっくりゆっくりと左回りに回ってゆく渦は、ただそこに在り。だから私もそこに寄り添うように座り。渦は回り続けていた。私はただそれを、眺めていた。
無言の時間がそうして過ぎる。過ぎてゆく。私はてこてこ体の中を歩き回り始め、あちこちに耳を澄まして回ったが、他には今日は現れるものはなく。ようやく私は目を開ける。蛍光灯の光が目に眩しい。
食堂のテーブルの上、水仙と白薔薇が今朝もきれいに咲いている。水仙は、少し色が薄らいだように見える。外側の花弁の黄色が、薄くなってきた、そんな気がする。気のせいだろうか。分からない。内側の黄身がかった濃い黄色が、くっきりはっきりと闇の中に浮かぶ。くっきりはっきりと浮かび上がりながらも、その色は何処か、闇に溶け出してしまいそうな気配を持っている。黄色というのは、もしかしたら闇と親しい色なのだろうか。一瞬そんな気がした。
その隣で、白い薔薇が凛々と咲いている。しんしん、凛々と、という言葉がこれほど似合う花も他にはあるまい。頂いたときの花の大きさからひとまわり大きくなって、香りを辺りに零しながら咲いている。その微妙な香りが、私にはほんの少ししか分からない、そのことが残念でならない。きっと、本当なら、闇の中でもその香りと色とで存在を主張しているのだろうなと思う。
お湯を沸かし、お茶を入れる。今朝も同じく生姜茶。この生姜茶はもう、私にとって、朝のパートナーとなっているかのような気がする。これを一杯飲まないと、朝が始まった気がしない。季節によってそれは変化するのかもしれないが、今のこの季節は間違いなく、この生姜茶だ。昨夜、眠る前に、最後のコーディアルティーを飲んでみたのだが、何処か違った。おいしいことはおいしいのだが、もう季節外れ、そんな気がした。コーディアルティーはまた冬がやってくるまで、さよならだな、と思った。
マグカップを両手に持って、机へ。とりあえず朝の仕事を始めないと。私は椅子に座り、準備を始める。

娘の学校が終了式を迎えた。とうとう四年生が終わったか。慌しい一年だった。骨折で一学期間をふいにし、その後は悔しい思いを何度か呑み込み、そうして向かえた終了式。さてどんな顔をして帰ってくるだろうと出迎えれば、さっぱりした顔。
どうだった? さっぱりしたよ、やっと終わった。そかそか。もうあの先生には当たりたくない。どうして? だって生徒との約束、平気で反故にするから、もういやだ。そうかそうか。来年はどんな先生がいいの? うーん、わかんないけど、やさしい先生がいい。やさしい先生かぁ、漠然としてるなぁ。遊ぶときは遊ぶ、勉強するときは勉強するってさ、ちゃんと切り替えができる先生がいい。そうなんだ、そかそか。それよりさ、クラス替えだよね。うん、そうだね。クラス替え、どうなるかなぁ。そうだねぇ。
久しぶりに外食をしようということになって、ファミリーレストランへ行く。ご飯を食べ終わる直前、別の団体客が入ってきたのだが、それに娘が顔をしかめた。
どうしたの? うん、うるさいと思って。あぁ、子供いっぱいだからねぇ。ってかさ、なんで子供にちゃんと親が教えないの? あ… ここは走り回っていいところじゃないでしょ、そういうの、なんで親が怒らないの? うん、そうだね。私、思うんだけどね、子供できたって、あのくらいの小さいときにこういう店絶対連れてこない。ははは、そうか。ちゃんと座ってられるくらいにならなきゃ、絶対連れてこないんだ。そうかそうか、あなたはそう思うんだね、じゃぁそうするのがいいよ。ママはどうしてた? そうだね、ママも連れてこなかったな、あんまり。連れて来ると、私、どうしてた? 静かにしてたよ。ふぅん、そうなんだ。私が悪いことするとちゃんと怒ってた? 怒ってたと思うよ。ならいいや。ははは。私、絶対しないんだ。うんうん、わかった。
結局私たちは、お茶も早々に、店を出た。娘は最後まで、騒がしい母子たちの群れを見つめていた。

「幸福は、追い求められるべきものではないのです。それはやってきます。しかしあなたがそれを追い求めるなら、それはあなたの手から逃れ去るのです」「私たちは喜びと呼ぶセンセーション〔感覚の刺激〕をもちます。しかし、喜びはもっと深いもので、理解され、〔その内部に〕入り込まなければなりません」「精神がその〈私〉から自由でいるとき、そこに幸福があります。それはあなたの探究なしに、瞬間毎にやってきます。その中には幸福の収集や蓄積などはありません。それはあなたがしがみつけるようなものではないのです」「他者に関する心理的な安全はありません。なぜなら彼は人間だからであり、あなたもそうだからです。彼は自由だし、あなたもそうです」「安全は存在しないという事実を悟ること…は、途方もなくシンプル、明晰な、調和のとれた生活を必要とします」「だから〔なすべき〕最初のことは、探さないことです」
「指向は一つのレベル、日常生活のレベルで―――物理的、技術的に―――知識とともに―――自然に、正常に機能しなければなりません。しかし、思考がリアリティを全くもたない他の領域にまであふれ出してはなりません。もしも思考をもたないなら、私は話すことができないでしょう。しかし、人間としての私内部の根底的な変化は思考を通じてはもたらされないのです。なぜなら、思考は対立〔葛藤〕に関してだけ機能しうるからです。思考は対立を生み出すだけなのです」「あなたはそれを見るのです。そして見ることはその観察に干渉する〔それを妨害する〕〈私〉という感覚が存在しないときにのみ可能なのです」「あるがままのものとは事実です」「人がなすべきことは何なのでしょう? なすべきことは事実の観察―――いかなる翻訳、解釈、非難、評価もなく観察すること―――ただ観察することだけです」「正しく考えることは瞬間から瞬間への自己理解の運動です」「だから私たちは、私たちの思考が記憶の応答であり、その記憶は機械的なものであることをはっきりと理解しなければなりません」「従って、思考の自由というものはありません。しかし私たちは、思考のプロセスではない自由、その中で精神がそれがもつ葛藤のすべて、それに衝突するすべての影響力に明確に気づいているような自由を発見し始めることができるのです」

ある手続きをするために赴く。しかし、それが思った以上にかかり。気づけば二時間近くが経過している。手続きを取る、というだけで負担なのに、新たにその場で決めなければならないことも出てきて、頭の中はてんやわんや。途中でもう、ふらふらして来る。それに気づいたらいし娘が、私の背中を撫でに来る。撫でられて、気づく。これじゃぁいけない、しっかり気をもっていかないと。
娘は私のパニックに気づいていたのだろう。だから背中を撫でたのだろうと、その事が全部済んだ帰り道、思う。娘にそういう気遣いをさせてしまうところ、まだまだだなと思う。同時に、そういうことが分かっている娘がそばにいてくれること、本当に感謝する。
雨の中、ただひたすら歩く。粉のような雨とはいえ、徐々にGパンが濡れてゆく。ただ歩くのに飽きて、私は娘に提案する。公園に寄って行こうか。
公園はもちろん砂地だから、もう水溜りどころの騒ぎじゃなく。でもそれを見た途端、娘はきゃぁきゃぁはしゃぎ始める。ブーツを履いていた彼女は、遠慮なく水溜りにどぼんどぼんとはまってゆく。私もそれがしたいと思いつつ、穴の開いた靴を履いていることを思い出し、残念ながらやめておく。それができたらどんなに楽しいだろうにと思う。
公園の遊具はすべて、当然のことながら濡れており。砂場の中にあるライオンの置物も、パンダの置物も、みんな、しんと眠っているかのよう。考えてみれば、ライオンとパンダが並んで置いてあるという不思議。何ともいえない感じ。ブランコが、大きな雫を垂らしながらそこに佇んでいる。少し揺らすと、ばらばらと雨粒が落ちてきた。
そろそろ帰ろうか。もうブーツを泥だらけにした娘に声を掛ける。うん! 大きな返事が返ってきた。私たちは並んで、坂道をのぼり始める。

じゃぁね、それじゃぁね、ママ、勉強中に寝ちゃだめだよ! わかってるよぉ。
階段を駆け下り、やってきたバスに乗る。まだ暗い空の下、バスががたごとと走ってゆく。明日明後日の撮影の天候が気になる。晴れてくれないと、困る。
ただひたすら晴れてくれることを祈りながら歩く私の上で、空がぱっくり割れた。瞬く間に降りてくる光の洪水。あぁ雲の向こうはこんなにも光が溢れているのか。そのことを改めて思う。一瞬割れた雲は、またくっつき、流れてゆく。よし、今日一日は曇っていても、明日晴れてくれればそれでいい。私は空を見上げながら思う。
川を渡るところで立ち止まる。暗緑色の水を湛えて、朗々と流れる川。すべてを洗い流し、止まることなく、流れ続ける川。その姿に、憧れる。
さぁ今日も一日が始まる。私は重たい鞄を肩にかけ直し、再び歩き出す。


2010年03月25日(木) 
窓際に立つと、雨の気配をありありと感じることができる。窓を開け、ベランダに出れば、粉のような雨がひっきりなしに降っている。隙間なくそれは、辺りを覆い尽くしている。冷たい雨だ。昨日よりもさらに冷え込んでいる。粟立つ腕を手のひらでさすりながら、私は雨を眺めている。街灯の灯りの輪の中、それは泳ぐように降りしきる。
顔を洗い、鏡を覗く。鏡の中、少し黒ずんだ肌。昨夜は寝入ることがなかなかできず、何度か体の位置を直した。娘の規則正しい寝息を聴きながら、何処まで行ったら眠れるんだろうなぁと思ったことを覚えている。
目を閉じ、耳を澄ます。体の声に耳を澄ます。胃の辺りの穴ぼこは、今朝もおとなしい。私が気づいたことで、少し慰められたのだろうか。私はその穴ぼこに向かって挨拶してみる。穴ぼこは何も返事をしない。具合はどう、と尋ねてみる。穴ぼこはただひゅうひゅうと風の通るときに出るような音を出すばかりで、言葉としては応えない。私はしばらくその音のなる方に、寄り添ってみる。
考えてみれば、この穴ぼこがいつ生まれたのかはまだ分からないけれども、こんなふうに寄り添ったことがあっただろうか。いつも気づかないか見て見ぬふりを私はしてきたのではないだろうか。そのせいで、穴ぼこは余計に、大きく育っていったのかもしれない。そんな気がする。
寄り添い、耳を澄ましていると、記憶の中から幾つかの声がする。おまえさえいなければ。おまえは一体誰に似たんだか。おまえなんて。それらはすべて、父や母の言葉だった。そういった言葉を食べて、この穴ぼこは生きてきたのかもしれない。
そうしてしばらくすると、今度は右腕に違和感を覚えた。何だろう。私は耳を澄ましてみる。じくじく、じくじくと痛みがあるようだ。私を切り刻まないで。腕はそうして泣いている。大丈夫、もうあなたを切り刻むことはないよ、と私は応える。左腕は傷でいっぱい、右腕は、数えられる程度の傷が残る私の腕。酷使してきたなぁと今なら思う。この腕たちがなかったら、私はあの頃を生き延びてくることはできなかったろう。この腕たちが犠牲になってくれたから、私はあの頃を生き延びることができたんだ。そう思う。
試しに左腕にも耳を傾けてみる。でも左腕は何も言わない。まるで、もはや何かを発することを諦めきっているかのようだ。そりゃそうだろう、これほど傷だらけにされたら、もう諦めてしまいたくなる気持ちも分かる。私は左腕をそっとさすってみる。その感触は分かるけれども、手のひらの温度は分からない。そういう腕になってしまった。私はごめんねと謝ってみる。左腕はまだ、何も言わない。
またねと挨拶をして、私は瞼を開ける。そうして大きく伸びをして、食堂に戻る。テーブルの上には水仙と白薔薇がそれぞれ花瓶に生けてある。水仙は相変わらずぱっくりと口を開け、燦々と歌を歌うかのように咲いている。黄色という色は一体誰が選んだのだろう。こんな元気になる色も他にない気がする。
白薔薇は昨日ぐんと短くなった。迷った挙句、挿し木することにしたからだ。丈の短くなった薔薇は、それでもしゃんと背筋を伸ばして咲いている。凛々という音がこれほど似合う花も他にあるまい。
お湯を沸かし、お茶を入れる。湯気がふうふうと立ち上る部屋の中。それだけ温度が下がっているということか。私は再び窓を見やる。今日は一日きっと雨模様なのだろう。空がちっとも明るくならない。鼠色の絵の具を水で伸ばして、びっしり空を埋め尽くしたらこんなふうになるんじゃなかろうか。隙間がこれっぽっちもない。なんだかちょっと、寂しい。
プレイヤーのスイッチを入れると、流れてきたのは有元利夫のロンド。その音に耳を傾けながら、私はとりあえず、朝の仕事に取り掛かる。

娘の通う塾へ出掛ける。今日は担任との面談があるのだ。そういえば去年、娘が骨折した折は、ほとんど毎日のように彼女の送り迎えをしていたんだっけと思い出す。雨の日は傘がさせず、私の傘に二人寄り添うようにして入りながら、一歩一歩進んだ。それでも娘はつるりんと滑って転ぶことが多々あった。そのたびお尻を強く打ちつけ、泣いていたっけ。彼女を塾に送り届け、それから喫茶店で塾が終わるまで時間を潰し、彼女を迎えに行っていた。今思うと、よくあんなにできたなと思う。また、降りる駅も乗る駅もどちらも、松葉杖や車椅子で行くには不便なつくりであることを、その時痛感させられたのだった。それでもよく、彼女は通った。足が痛いと嘆いたことはほとんどなかった。よく頑張ったなと改めて思う。
ようやく名前を呼ばれ、部屋に入ると、今年の担任だという女性の先生が、あれやこれや話し出す。よく娘の性格を捉えているなと感心させられる。だから私も、今年に入ってからの様子などを、できるだけ先生に伝える。そうして、方針が決まり、挨拶をして出る。先生に見送られて塾を後にして、ふと気づく。以前だったらここで、ぐったり疲れ果てていただろうに、今日私はそこまで疲れてはいない。この変化は何だろう。以前は慣れない人と会うというだけで、それだけで負担だったのだと思う。でも今、こうして事を終えて出て歩いているわけだが、私は少なくとも、周りの景色をぼんやり眺める程度の気力は残っている。大きな変化だ。
そうこうしているところに、友人から電話が入る。出ると、生き方を考え直そうかと思うと彼女が言う。これまでの生き方を今後も続けていかなくても、いいんじゃないかと思えてきたのだという。自律したい、ということか。私は彼女の話に耳を傾けながらそう思う。どういう動機があったとしても、自律したいと思って試みることは、素敵なことだと思う。私たちの人生がもしも八十年だったとしたら、もう半分生きようとしているということだ。半分生きてきて、そうして自分の生き方を省みる。そして何か違うなと思うなら、修正してみる。まだまだ時間はある。トライしてみるといい。そう思う。
電話を切って、改めて、八十年という時間を考える。もし、私の人生が八十年じゃなく七十年や六十年だったら、もう半分はすでに生きたことになる。よくもまぁここまで生きてきたものだ。そして、同時に、ここから先、あと半分もないことを思うと、結構慌てる。まだしたいこと、やりたいこと、山積みのような気がする。

「自分自身を知るには、人は動きの中にある自分、つまり関係に気づいていなければなりません。あなたは自分自身を孤立や引きこもりの中にではなく、関係の中に発見するのです」「あなたや私が私たちの相互の関係の中でそれをつくり出したのです。あなたの内部にあるものが外部に、社会に投影されるのです。げんにあるあなた、あなたが日々の生活の中で考え、感じ、行なうことが、外部に投影されるのです。そしてそれが世界を構成します」「あなた自身と私自身との関係、私自身と他の人との関係が社会だからです」「私たちは足元から始めねばなりません。つまり、日々の生活に自分を結びつけ、生計の立て方や考え、信念との自分の関係の中で明らかにされる、自分の日常の考え方や感じ方に関心をもたなければならないのです」「あなたは自分自身を瞬間毎に他者との関係の中で発見しているがゆえに、関係は全く違った意味をもつようになるのです。関係はその時、一つの革命、たえまない自己発見のプロセスとなり、この自己発見から行動が起こるのです」「自己理解は関係を通じてのみやってくるのであって、孤立から生まれるのではありません。関係はアクションであり、自己理解はアクションに気づいていることの結果なのです」「生は深い水をたたえた井戸のようなものです」「非難や正当化なしにセルフの活動に気づいていること―――ただ気づいていること―――で十分です」「精神の活動が存在するかぎり、そこに愛はありえません。愛があるとき、私たちは社会的な問題をもたなくなるでしょう」。

塾に出掛ける娘とすれ違いに帰宅すると、玄関を入ったところで電話が鳴った。娘からだ。どうしたのだろう。出ると、ごめんなさい、と言っている。お弁当をあたためようと思って電子レンジにかけたら、蓋をしっぱなしでやったため、ヒビが入ってしまったのだという。自分でやっちゃったから、買い換えなくていいからね。娘が言う。それより、怪我とかしなかった? 私が尋ねると、うん、でも本当にごめんなさい、と娘が言う。怪我なかったならよかった、何事もやってみて初めて気がつくようなもの、まぁヒビが入った程度で済んだなら、それでよし、だ。じゃ、頑張ってね、うん、それじゃぁね。電話が切れる。
薔薇の枝を手にとって、葉のあるところでぱつんと切る。そうしてベランダの、挿し木だけを集めた小さなプランターに挿してみる。さぁ、根付くだろうか。どうだろうか。
こうして挿し木をしていて思う。妊娠に似ているな、と。私に何ができるわけでもないのだが、こうしてプランターの中、育つかどうかまだ分からない挿し木を、毎日眺め、水を遣り、世話をする。新芽がとりあえず出たとしても、そこで立ち枯れる枝もある。だから油断はならない。ひたすら気持ちを向けていてやらないと、それはそこで駄目になる。
切花というのは、それを楽しんで終わり、というようなところが確かにある。でも、こうして挿してその先を楽しむ方法もまた、あったりする。挿し木ができる薔薇の花が好きだという自分に、なんだか運命のようなものを感じるのは、気のせいだろうか。花が終わっても、その先がある、その先こそ、実は、命の繋がる場所だったりする。
私は挿したばかりの枝をしばらく見つめている。その隣は、新芽がせっかく出たのに、その新芽から枯れ始めている。でもまだ取り除くことが躊躇われ。もう枯れたことは分かっているのだが。切ない。その隣のものはぐいぐいと新芽を広げ始めている。こちらは無事にこれから育つかもしれない。でもまだ分からない。気を抜くことはできない。毎日こうして見ていてやらないと。そう思う。
これをくれた友人の顔がふと浮かぶ。もし花が咲いたら。もし根付いて花が咲いたら、彼女にそれをプレゼントしようと思う。それがいつになるか分からないけれども。それでもきっと。

未来少年コナンのDVDを見ていた娘がふと、もう2000年なんて過ぎてるし、と言い出す。私もはっと気づく。そうか、もうコナンは未来少年じゃぁなくなっていたのだ、ということ。私たちが子供の頃、それは遥か彼方の時間だった。だから本当に、将来こんな世界がやってくるのではないかと思ってそれを見ていた。だからこそ、未来少年コナンの姿は、鮮やかで、これでもかというほど生き生きとしていた。
今見てどう思う? 私は試しに娘に尋ねてみる。私、コナン好きだよ。どこが好き? だってさぁ、こんなのあり得ないってことコナンがやると、それもありなのかなって思えるし、何より、信じれば叶う、みたいなとこがあるじゃん。あぁ、なるほどぉ。信じていれば絶対に叶う、みたいなさ。そういうところ、好き。そかそか、それならいいや。ママはコナン嫌いなの? え、好きだよ、っていうか、アニメの中で特に好きな部類だよ。よかった。なんで? ママ、嫌いなのかと思ったから。
そう言われて、私ははたと思い至る。彼女の、私と一緒じゃなくちゃいけないんじゃないかというような感覚。だから私は言ってみる。ママが好きでも嫌いでも、そんなこと関係ないんだよ、あなたが好きかどうか、やりたいかどうか、それが一番大事なんだよ。うん、分かってるよ。それならいいんだけど。ママはさ、ママと一緒だからいいなんて思わないよ、あなたはあなた、ママはママ、別々の人間なんだから、別々のものを好きで当たり前なんだよ。ね? ふーん。みんなそれぞれだよ。それでいいんだよ。ふーん。

じゃぁね、それじゃぁね、雨だから気をつけてね。うん、気をつける、あなたもね。
玄関を出ると、粉のような雨が降りしきっている。その中をひたすら歩く。自転車で走れないのがちょっと寂しい。しかも土曜日日曜日と撮影を予定している。それまでに晴れてくれるだろうか。いや、晴れてくれないと困る。そのためにも今のうち、思い切り降りしきればいい。
公園を横切り、大通りを走って渡り、埋立地へ。銀杏の樹たちがびっしり濡れて、そそり立っている。その横を通ってまた横断歩道を渡る。自転車で走るのと歩くのとではこんなに違うのか、と、改めて思う。長い道程だ。
もう一つ横断歩道を渡ったところで、千鳥と出会う。雨の中だというのに、彼女はひっきりなしに地面を突付いている。何かいるんだろうか。そうしてぱっと飛び立った。雨雲の下、その姿はくっきりと浮かび上がり。
やがてビルの影に消えていった。
さぁまた一日が始まる。今日という一日が。


2010年03月24日(水) 
娘に、本をそっと取り上げられたところまで覚えている。それに対して「ありがとう」と言ったのだった。でもその後、かくりと寝入ってしまったらしい。目を覚ますと、隣にぴたっとくっついて、娘が眠っていた。娘より早く寝入ってしまうとは何という不覚。
起き上がり窓際に立つ。雨だ。しとしとと雨が降っている。昨日の夜は風とあいまって右に左にと降っていた。細かな雨粒であったが、目を閉じると、くっきりとその音が耳に響いてきたのだった。アスファルトの上で弾ける雨粒が、白く輝いていたのを思い出す。
今雨はだいぶ小降りになってきたのか、まさにしとしとという具合。ベランダに出て手を差し出す。手のひらに落ちてくる小さな雨粒。ぽちゃっという音さえ聴こえてこないほどの小さな雨粒。私の手のひらの上でその粒は潰れ、瞬く間に私の手のひらの温度と同じになってゆく。
テーブルの上には白薔薇と黄色い水仙。花それ自体が灯りのように、ほんのり点っている。今少し迷っているのは、白薔薇を挿し木にするかどうか。するなら早くしないといけないと分かっているのだが。友人は、できるだけ茎の長い状態で、薔薇を贈ってくれた。でも、残念ながら葉は三枚きり。そのところを挿し木してやらないといけない。そうなると、ずいぶん首が短くなってしまう。それが、迷いどころ。短くしたからとて花を楽しめないわけではないのだけれども。さて、どうしよう。今日一日、迷うことにしよう。
ゴロが今朝も起きている。巣箱にぽてっと体を入れて、とうもろこしを齧っている。おはようゴロ。私は声を掛ける。とうもろこしを齧る仕草がかわいくて、しばらくそれを見つめている。すると、気配に気づいたのか、ゴロがこちらに手を伸ばし始める。食べてていいんだよ、と言ってみるのだが、もう彼女の興味はこちらに移ってしまったらしい。悪いことをした、と思う。食事の邪魔をしてしまったか。ただでさえ食の細いゴロ。食べてくれると嬉しいのだけれども。
顔を洗い、鏡を覗く。鏡の中、白っぽい顔がぼうっと浮かんでいる。目を閉じてからだの内側に意識を向けてみる。こんにちは、穴ぼこ。今朝も会ったね。私は穴ぼこに向かって挨拶をする。穴ぼこは、でも、静かで、ざわざわとした感じもなく、ただそこに在るといった具合だった。まだ動き出す前なのだろうか。私はただその感じをじっと味わう。それから、微妙な耳鳴りがすることに気づく。耳の中できぃんという音が、まっすぐに伸びている。この音は何処からやってくるのだろう。不思議な感じ、ここしばらく忘れていた、そんな感じ。
そうして十分、十五分、感じを味わった後、私はお湯を沸かしに部屋に戻る。自然に手が伸びていたのは生姜茶。選ぶ前に手が伸びていた。生姜の香りがよく分からないが、口に含むと、生姜の味とほんのり甘い甜茶の味が口の中に広がってゆく。
雨は降り続いている。今日一日、雨なのかもしれない。そんなことを思いながら、私は椅子に座り、朝の仕事に取り掛かる。

図書館に行きたい。娘が突然言い出す。図書カードを作りたいんだという。それじゃぁということで、私たちは自転車を飛ばして坂を上って下って図書館へ向かう。しかし。今日は休館日だった。がっくり。娘は見るからにがっくりと肩を落とし、へこんでいる。それじゃぁ古本屋さんへ行こうか、ということになり、さらに坂を下って川を渡る。川を渡るところで私たちは一瞬自転車を止める。川を渡ったところにすぐ、小さな三角形をした公園がある。そこには鳩がこれでもかというほど集っており。娘が言い出す。ママ、鳩だよ。うん。ママ、やでしょ。うん。じゃ、私が先に走っていってあげるから、ついておいで! 分かったー。いや、娘が先に走ったからとて鳩がどうにかなるわけではないのだが、私はそういう娘の気持ちが嬉しくて楽しくて、娘の言うとおりにしてみる。娘は、公園の鳩の群れの真ん中をわざわざ突っ切って走る。こりゃ公園に集って休んでいる人にとっては迷惑至極だと思いつつ、止める間もなく彼女は突っ切る。私は慌てて彼女の後について走る。鳩の群れは見事、空に散っていった。
豆腐屋は一仕事を終えた後らしい、白い割烹着を来た主人が裏口で煙草をふかしている。肉屋の裏口は忙しく出入りする人たちでごった返しており。その隣の画廊では、花束がちょうど届けられたところ。
そんな光景を横目に、私たちは走り続ける。そうして辿りついた古本屋。娘は早速児童書のところへ。一方私は、古本屋ではなくその近くの本屋に入る。心理学関係の著書の棚へ。あまり充実しているとは言い難い棚なのだが、ないよりはまし。何冊か手に取ってみる。カール・ロジャース関係の本をぱらぱらとめくる。でも一番気になったのは、フォーカシング指向のアートセラピーの著書。立ち読みはいけないと思いつつも、ぱらぱらと開き、目に付くところを読んでみる。気になる。気になるが、これは、フォーカシングについてまずしっかり抑えてないと、読んでも意味がないかもしれない。しかもこの本はかなり高い。欲しい、でも高い、そのところをぐるぐる回り、結局、しぶしぶ棚に戻す。今のお財布状態では、とても買える代物じゃぁない。また今度縁があれば出会うだろう、ということで。
でも。このところちょっと活字拒絶の状態に陥っている自分がいる。それが気がかり。その状態から早く脱したい。脱するためにも、全く関係ない本を読んでみるのもいいかもしれない、と、文庫本のコーナーに移動する。少し来なかった間に、どんちゃか新刊が出ているのだなぁと、平積みしてある本を見て思う。いつも読む作家の新刊が、次々出ているようだ。数冊手にとってぱらぱらとめくってみる。めくってはみるのだが、やっぱり、思うような速度で活字が入ってこない。本が読みたい時に限って、こういうことになる。困った。
結局、何も買わず、本屋を出る。娘を呼ぶと、娘にも目的の本は何も見つからなかったらしい。二人して収穫なし。このまま帰るのももったいないねぇと言いながら、通りを歩く。平日だが、この通りは相変わらずの賑わい。でも何だろう、みんな思い思いにゆったりとしているから、人が多くても苦にはならない。
老舗の和菓子屋の隣に、ペットショップがしばらく前から出来た。そこに立ち寄り、私たちはこの子がいい、あの子がいいと言い合う。娘は犬、私は猫。好みが微妙に異なる。
そうしてひとしきり散歩をした後、私たちは坂をひぃふぅいいながらのぼって家に帰る。図書館はまたの機会に。きっと。

ねぇママ、ママってなんで勉強するの? なんでって? だってさぁ、Sちゃんのお母さんもAちゃんのお母さんも、勉強なんてしてないよ。ふぅん、そうなんだぁ。なんでママはするの? ママは勉強したいからするの。大人になっても勉強ってやらないといけないの? 別にそんなこともないんじゃない? ママはしたいからしてるだけだよ。私、大人になってまで勉強したくないよ。そうなんだぁ、まぁ今は、何でもかんでも勉強しないといけない状況だから、そういう状況でやる勉強ってあんまり楽しくないかもしれないね。ママは楽しいの? うん、楽しい。自分でしたい勉強をしてるから、楽しいよ。そういうもんなの? そういうもんだね、うん。変なのー。
そうして私たちは、それぞれにノートをひろげ、勉強を続ける。彼女は理科の、星座のところ。私はアートセラピーの、さわりの部分。

塾に出掛けた娘から、途中でメールが入る。「あのね、前に話した、にらんでくる男の子がね、舌打ちするから、なんか言おうかと思ったけど、やっぱりやめて放っておいたよ」。そういえば以前、娘が話してくれた。隣の席の男の子が、やたらに睨んでくるのだ、と。気になるけど、今のところは放っておいてるんだ、と。
ぼんやり思いめぐらす。娘は眼光が鋭いところがある。彼女は全く睨んでいるつもりはないのだが、相手からすると睨まれていると取られることが多々ある。もしかしたらその男の子にとってもそうなのかもしれない。もしくは別の理由があるのか。それとも、その男の子も娘のように、ただじっと見つめているだけの話なのか。
分からないから、私は、そかそか、とだけ返事する。娘が自分で決めて自分でそうするなら、それが一番いい。その結果どうなるかはまた別。自分で決めて自分でする、というところが、大切なところ。それを私がどうこう言って左右するのは、なんだかおかしい。
すると帰り道の時間、再びメールが入る。なんかね、がんって肩にぶつかってくるんだよね、ぶつかってきても何も言わないの。だから私も何も言わないで無視した。私は思わず苦笑する。どっちにしても、それは娘の世界で起こっている出来事。私はただ、それに寄り添うだけ。
傘を持たずに出掛けた娘は、少し髪の毛を濡らして帰ってきた。バス停がすぐ近くでよかったと思う。沸かしておいた風呂にすぐ入れる。風呂場からは、とてつもなく大きな歌声が響いてくる。風呂場は彼女にとって一つのステージのようなもの。自分の思うとおりに演じ、披露できる場。私はただ、それに耳を傾けている。

娘の塾用にお弁当を作る。昨日のうちに揚げておいた唐揚げとブロッコリー、苺をお弁当箱に詰め込んで、あとは雑穀米おにぎりとゆで卵。ちゃんと持っていくんだよ、と娘に声を掛けると、ココアを頭の上に乗せて娘がはーいと応える。
ふと見ると、ベランダの手すりに珍しく雀が止まっている。雨宿りだろうか。私はその姿にじっと見入る。ちょうど雨の当たらないところを彼らはちゃんと知っているようで。毛づくろいを始める雀二羽。
友人からメッセージが入っている。娘さんを病院に連れて行ったら、もう病院の必要はないし、もちろん薬も必要ないといわれたとのこと。今娘さんとの関係が思うようにスムーズにはいっていない彼女にとって、それは頼りにしていたところを一つ失ったかのように思えると。辛い、と記されている。
私は彼女のメッセージを繰り返し何度も読んだあと、頭をまっさらにして考えてみる。病院が必要ないといわれたことは、娘さんにとってどれほど嬉しいことだろう。まずそのことを思った。もともと病院や服薬に対して抵抗を抱いている娘さんだった。その娘さんにとって、もう必要ないですよと言われたことは、とても嬉しいことだったんじゃぁなかろうか。それからもうひとつ考えた。自分がその娘さんの年頃、親とどういう関係を築いていただろう、と。
もうその頃、私は、父母とほとんど話をしなかった。ようやく言葉を交わしたかと思うと、それはお互いを傷つける言葉ばかりで。今思うと、どれほど父や母を私の言葉の刃によって傷つけただろうと思う。父母の言葉で傷ついた私ももちろんいたわけだが、同時に、私の言葉によって傷ついた父母がそこに在ただろう、と。そういう年頃だった。言葉を刃としてしか振り回せない、そういう時期だった。そんな気がする。
生まれてきたこと、生きていること、死というものに対して意識的になっていた時期でもあっただろう。大袈裟に言えば、世界中のすべてが敵に近かったような気がする。慄くハリネズミのように、全身の毛を逆立てて、世界に対峙していた。そんな頃だった気がする。
それを考えると、今、彼女が娘さんとスムーズな関係でないことは、ごくごく自然なことのようにも思える。そういう時期も、あるんだ、と、思う。それを、すべて自分の責任だと取る必要はない。決してそんなことではない。今はそういう時期なのだ、と捉えられたら、少し変わるんじゃなかろうか。
人との関係なんて、どうとでも変化してゆくもの。いいときもあれば、悪いときもある。スムーズにいくばかりの関係なんて、あり得ないんだと思う。

じゃぁね、それじゃぁね。手を振って別れる。傘をさす間もなくバスがやって来て、私は飛び乗る。雨が朝一番の頃より少し強くなってきたかもしれない。
埋立地、雨にけぶる景色を窓の向こうに眺めながら、思う。世界中が敵だった、その中でも父母は最も強力な、目の前の、明らかな敵だった。いとしくていとしくて、いとしいからこそ憎悪もし。そういう存在だった。
私の娘にとっても、私がそういう存在になる時期が来るんだろう。やがてそういう時期も来るんだろう。その時私はどんなふうにそれを受け止めてゆくだろうか。
しとしとぱつぱつ降る雨の中、私は歩く。空は薄い鼠色で。新緑も今日は何処か眠っているような、そんな色で。
さぁ今日も一日が始まってゆく。しっかり歩いてゆかねば。


2010年03月23日(火) 
窓を開けると、冷気が一気に私を呑み込む。張り詰めてはいるけれど、どこか萌芽を感じさせる、そんな冷気。大きく伸びをして空を見上げる。薄い雲が広がる空はもうすでに明るくなり始めている。紺の水彩絵の具に少し灰色を足して水で伸ばしたら、こんな色になるのかもしれない。
足元でイフェイオンが花開かせている。一つ二つ、三つ四つ…もう十を越えるほどに咲いている。隣の鉢でも二つばかり花が咲いた。相変わらず葉は生い茂り、花芽は直前までその葉の下に隠れている。その向こう側、ムスカリが大きく花を咲かせており。そうしてくるり振り向けば、マリリン・モンローが新芽をこれでもかというほど生い茂らせており。なんだか緑がぐんと増えた。マリリン・モンローの葉が濃く暗い緑色だとしたら、ベビー・ロマンティカは明るい萌黄色だ。同じ薔薇でも、こんなに違う。ミミエデンは相変わらず粉を噴いている。私はひとつずつ摘んでゆく。
挿し木している小さな鉢。また新たに枯れ始めたものが二本。私はそっとそれだけを引き抜く。今新芽を出しているものが四つあるが、果たしてどうなるだろう。新芽を出したからとてそれで大丈夫なわけじゃない。新芽を出しながら立ち枯れるもののなんと多いことか。こうして挿し木してるとそのことを思い知らされる。それはどこか、人間の姿とよく似ている。大丈夫大丈夫と見えて、実はその中はもう痛んで枯れている、というような。本当に大丈夫かどうかなんて、すぐには分からないものだ。
お湯を沸かし、ハーブティを入れる。レモングラスとペパーミントのハーブティ。薄い檸檬色がお湯を注いだ途端ガラスのカップに広がる。今日はちょっとペパーミントの分量が多かったんだろうか、つんとする匂いがカップから立ち上っている。
足元でココアがかたかたと籠を鳴らしている。籠の入り口にがっしとかぶりついているのだ。おはようココア。私は声を掛ける。が、彼女はそんな私の声に関係なく、ただひたすら、籠に齧りついている。がしがしがし、がしがしがし。音が部屋中に響き渡るほど。試しに手のひらに乗せてみる。彼女は途端に静かになって、私の手のひらの上から徐々に腕の方へ、肩の方へとのぼってくる。私は、彼女を落とさないようにしながらお茶を啜る。
テーブルには、薔薇の花と水仙の花がそれぞれ花瓶に生けてある。薔薇は昨日会った友人から頂いたもの。恐らくこれはパスカリだろうと思う。真っ白な薔薇。真っ直ぐ天を向いて咲いている。うっすらと香るパスカリの香りは涼しげで、吸い込むと、背筋をすっと伸ばしたくなる。その隣、昨日母から貰った水仙の花が十本ほど。くっきりとしたその黄色は、灯りを点していない部屋の中、まるで発光しているかのような輝き。白薔薇よりずっと甘い香りがする。こういうとき、鼻が利かないことが悔やまれる。もしちゃんと匂いを嗅ぎ取れたなら、これらの花はずっとずっと強い香りを放ってそこに在るんだろうに。それが残念でならない。
しばらくそうしてテーブルの上の花を眺めた後、私はココアを肩から下ろす。ゴロが起きてきた。おはようゴロ。私は声を掛ける。ゴロは最初ちょこまかと籠の中動き回っていたが、ぴたりと止まってこちらを見上げてくる。私はココアに手を差し出す。ココアは匂いを嗅いで、なんか違うと思ったらしい。娘の手の匂いと私の手の匂いとを嗅ぎ分けたのだろうか。乗ってはこない。私は苦笑しながら籠を閉じる。それでもまだ、彼女はこちらを見上げている。
再びテーブルの上を眺め、うっとりする。花があるってそれだけでいいものだ。こちらの心をほぐしてくれる。そんな気がする。

待ち合わせより早めに着いて、私はノートの整理をする。繰り返し繰り返し、来談者中心療法について記しているのが今なら分かる。最初書いていたときは、夢中でとにかく記していたが、これらは全部、来談者中心療法についての記述だ。技法のない療法だと言われるが、その分、人格が求められていることが、ありありと分かる。ノートを整理しながら、私は何処までそれを高めてゆけるんだろうと、途方に暮れた。
一息つこうと珈琲を飲みながら、ふと気づく。今日会う友人と、ゆっくりふたりきりで話すというのは、これが実は初めてなんじゃぁなかろうか。友人と知り合ったのはもうずいぶん前になるけれど、その後疎遠になった時期もあった。そうした時期を経て、今、在る。
やってきた彼女は、明るいコートに春らしいスカートをはいており、ちょっと緊張したような、疲れたような顔をしていた。それでも彼女は、いつもの彼女らしく、明るくはきはきと喋り始めるのだった。きっとそれは、彼女の習慣なのだろう。人前では決して自分の疲れたところや暗いところを見せない、というような、彼女の習慣なのだろう。私にはそう感じられた。
ぽつりぽつり、彼女が語ってくれる彼女の過去は、とても辛いものだった。両親による肉体的虐待、精神的虐待は、どれほど彼女を追い詰めただろう。どれほど幼い彼女を傷つけ痛めつけただろう。それでも、幼い彼女は、負けるものかと決意する。その決意がどれほどのものだったか、痛いほど伝わってくる。
その虐待は、或る日突然終わりを告げる。それは両親の都合によって、突如として訪れる。それがきっかけになって彼女は発病する。幼い頃と思春期の頃と、それぞれ性犯罪被害に巻き込まれながら、それでも彼女は生き延びてきた。幸せになろう、幸せになろうと、彼女がその時その時、必死になって手を伸ばし、現実に立ち向かってきた姿がありありと浮かぶ。
そうして彼女は、結婚や離婚を経ながら、今、また一つの岐路に立っている。

眠っている間に夢を見て、魘されて、泣きながら目が覚めることがある、という。彼女は残念ながら信頼関係を築ける医者やカウンセラーとの出会いがなかった。それもあって、彼女は、吐露する作業をずっとしないできた。自分の中の膿を、抑えに抑え、そうしてここまで生き延びてきた。だからこそ意識の境界が薄れた夢の中で、うわっと湧き出てしまうのだろう。
またそれは、多分に、彼女の性格が影響しているように感じられる。人前では自分の弱音を見せないという、彼女の必死の覚悟が、彼女を余計に追い詰めているように思えた。
自分より他人を優先する。自分の本当の気持ちは差し置いても、他人にとってどうであるかを優先する彼女の性質が、彼女をさらに追い詰めている、というような。
私にとって性犯罪被害に巻き込まれたことよりも、親との関係が何より重い、と、彼女がぽつり、呟く。私はただ耳を傾ける。
彼女が描いてくれた絵があった。こんな樹があって、この樹の作る根の洞穴で、愛犬と一緒に暮らす、というものだった。この絵がさらにここからどんなふうになったらいいなと思う?と尋ねると、辺りに花が咲いて、鳥がやってきたり、日が燦々と降り注いでいたりしたら、いいなぁって思う、と彼女は応えてくれた。
自分の思いにもっと正直になっていいと思うよ、と伝える。私に今伝えられることは、そのくらいしかなかった。そんな自分が歯がゆくて仕方なかった。たまらなかった。でも。それ以上の何が言えるだろう。私はただ、彼女の語ってくれることに、耳を傾けていることしか、できない。
彼女がぽつり、尋ねてくる。両親に愛されたいと思ったことはない? ある、それは、ある、私はそう応える。でも、自分が思うようには、彼らは決して愛してくれることはないことも、もう分かっている。そんな今の自分にできることは、まず、これまでずっとおざなりにしてきた自分自身を愛すること、大切にすることなんじゃぁなかろうか、と、私はそう応える。これは私だけかもしれないが、それがほんのちょっとでもできると、抱えている荷物がぐんと軽くなったよ、と、そう伝える。
日が傾き出すまで、私たちはそうして、ずっと語り合っていた。また会おうと約束し、別れる。彼女が別れ際にくれた花が、私の腕の中で、さやさやと揺れていた。

私は本当に、恵まれていたんだと思う。自分はもう狂ってしまったと思って飛び込んだ病院で、あの医者と出会った。医者は言った、あなたの話が聴きたいのよ、と。その言葉が、私を支えた。私が病にどっぷり呑み込まれ、ふらふらになっている時期には、次会うときまで生き延びてくれればいいから、と、私に言った。私はその言葉を支えに、必死に生き延びた。
彼女とのやりとりの中で、私はこれでもかというほど自分の中の膿を吐き出した。これでもか、これでもか、というほどに。それは医者にとって、どれほどしんどい作業だったろう、と、今なら思う。でもそれに、彼女は付き合ってくれた。
今その彼女はもう、私のそばにはいない。私も彼女と再び会うことはないだろうと思う。それでも。
あの時期、彼女がいてくれたことは、本当に大きかった。彼女という器がなければ、私は安全に吐露することもできず、膿は膿のまま、いや、さらに膿んで膿んで、私を呑み込んでしまっていたかもしれない。私は今ここに、いなかったかもしれない。
吐き出す、或いは掻き出す作業は、とてもとても、大切なことなんだなと思う。そうすることでようやく、傷と向き合えるようになることができるのかもしれない。痛いばかりの傷とひとり向き合うなんて、そうそうできるもんじゃぁない。安全な場で膿を吐き出し、掻き出して、炎症の治まった傷とようやく、向き合うことができるようになる、のかもしれない。

娘が帰ってくると共に、父と母とがやって来た。父は相変わらず、人の家に上がることが苦手ならしい。自分でやって来ておきながら、娘の荷物を置くとさっさと車に去ってゆく。残った母は、コンピューターの電源の入れ方、切り方が分からないから教えてくれと言い出す。
慌しくやって来て、そして去っていった父母の残り香が部屋に充満している。私はそれを思い切り深呼吸した後、めいいっぱい窓を開ける。やわらかい残照が、西の空を照らし出している。

録画したアニメ番組を見ながら、娘が突然踊り出す。ママ、見てて! え、見てるの? うん、見てて! 音にあわせて踊るから! もう腰を振り、腕を振り、彼女は激しく踊る。よくもまぁこんなに表現できるものだと感心する。
思うんだけどさぁ。何? ママもじじもばばも、嬉しいとか楽しいっていうのを表現するのが下手だよね。え?!
私はどきっとする。確かに、我が家でそういったものを表現することは、禁止のようなところがあった。
そういうのこそ表現しなくちゃいけないんじゃないの? う、うん、そうだよね。悲しいとか寂しいより、嬉しいとか楽しいの方が、いいじゃん。うん、そりゃそうだ。そういうのこそこれでもかってほど表現できる方がいいんじゃないの? …。
父母の血を継いだ私の元で、彼女はそんなことを考え、そして今、そうして踊っていたのかと思うと、なんだか不思議な気がした。
虐待の連鎖に怯えた時期が、どれほどあったろう。自分も父母と同じことをしてしまうのではないかと、そのことに怯え慄いたことがどれほどあったろう。そうして私は彼女を産んだ。
新しく流れ始めた曲にあわせ、再び彼女が踊り出す。右に左に、前に後ろに、自由自在に体を動かす彼女を眺めながら、私は思う。虐待の連鎖って、何だろう。

それじゃぁね、じゃぁね、あ、もう給食ないからね、昼で帰ってくるよ! あ、了解。
娘に送り出されて玄関を出る。自転車に跨り、思い切りペダルを踏み込む。
ぐいと流れ始める風景。次々流れ去ってゆく。通りを曲がろうとして、向かってきた自動車を慌てて避ける。危ない危ない。
大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。陽射しが急に翳る。自転車を止めて空を見やれば、一面薄曇。太陽のある箇所だけ、雲の向こう、燃えているのが分かるのだけれども。そうして美術館の横を通り抜け、海の方へ。飛び交う鴎の、劈くような啼き声が一声響く。その声を聴きながら、私は昨日の友人の、別れ際の顔を思い出している。
さぁ、今日もまた一日が始まる。私はくるりと海に背を向け、再び走り出す。


2010年03月22日(月) 
ぱっちりと目を覚ます。欠片さえ夢を見ずに眠ることができた。足の疲れも一気に抜けた。さっぱりとした気持ち。眠ることがほとんどできなかった時期には味わうことのなかった感覚。
もう外はずいぶん明るくなってきている。きれいに晴れた空。水彩絵の具の、青を深めた紺色を伸ばしたような、そんな空の色。美しい色。その空に薄く、広がる雲。ここから見るとちょうど手のひらサイズ。ふわりと、まるでレースを敷いたように広がっている。それにしても冷えている。空がこんなに美しいのは、そのせいなのかと思える。冷え込んだ空の色は、しんしんと静まって、凛と張り詰めている。
その空の色に紫色を少し混ぜたような具合で、イフェイオンが咲いている。花盛りの鉢の隣、ようやく一つ、花がついた。これで二つの鉢とも花咲いた。なんだか嬉しい。まだ花びらを開いていない、首を折り曲げた花芽。今日にも咲くんだろう、そんな気配。その向こうでムスカリが咲いている。もうそろそろ花の盛りも終わりなのかもしれない。思い切り咲いている。
ミミエデンの新芽を凝視する。やはりまだ粉を噴いている。私はまた指でそれを摘む。ただひたすらに摘む。ごめんね、という思いと、ほんの少し、またかという思いと両方を持って。でも諦めない。彼女が生きている限り、諦めない。いつか花芽をつけてくれることを、いつかこの病が治ってくれることを祈って。
ゴロと、それから珍しくミルクが起きている。おはようミルク、おはようゴロ。私は声を掛ける。ゴロはその声を合図に、回し車を思い切り回し始める。音もなく回る回し車。音もなく走るゴロ。こういうとき、彼女は一体何を思っているんだろう。喋らないゴロたちの心を、いつも思う。どんなことを思っているんだろう、どんなことを感じているんだろう。不思議でならない。言葉が交わせないって、こういうことなんだな、と、改めて思う。娘が言葉を交わすことのできる相手で、本当によかった。
ミルクは扉の入り口にがっしと齧りついて、がしがし音を鳴らしている。私は扉を開けてやる。彼女は自分で出てくるから、それに任せる。出てきた彼女を手のひらに乗せ、背中を撫でてやる。ほんのりと、手のひらに乗るぬくもり。
お湯を沸かし、お茶を入れる。今朝も生姜茶。この後で、紅茶を飲もうと決める。先日買ってきた、紅茶葉にローズマリイやラヴェンダーの混ざったもの。香りが気に入って買ってみた。どんな味がするんだろう。楽しみだ。

学校のノートの整理に勤しむ。もうすでに記憶の彼方に消えているものが幾つも出てきて焦る。覚えたつもりだったのに、すっかり忘れていた。見て書いてみれば、すぐに思い出せはするのだが、それでも。
あわせて、新たに届いた本を開いてみる。交流分析の本を二冊と表現アートセラピーの本。どちらもそれぞれ、最初の部分を読んでみる。交流分析はさすがにすっと入ってくるのだが、表現アートセラピーの方がちょっとつっかえる。まだまだこれからだなと思う。

友人の言葉がふと心に浮かぶ。あなたは強いんじゃなくて、いつも強くあろうとしてるんだよね、と、そう言っていた。
そう、強いなんて冗談でも言えない。私は弱い。いつだってびくびくおどおどしている。そういう自分が分かっているから、そしてできるなら強くありたいと思うから、そう在ろうと努力はしている。
それなのに、どうしてあなたの周りの人は、あなたをねえさんとか姐御って呼ぶ人が多いのかしら。彼女はそうも言っていた。そう言って笑っていた。
確かにそうだなぁと思う。どうしてだろう、どうしてそう言われるのだろう。不思議だ。私が年上だからなんだろうか。多分そうなんだろう。
同時によく、あなたは強いねと言われる。それも事実だ。一時期、そう言われることに抵抗を持った。どうしてそんなこと言われなくちゃならないのと思った。その言葉に対して嫌悪感さえ抱いた。でも。
なんだかもう、そんなこと、どうってことないように思える。おかしなものだ。
なんというか、人にそう見られることが、辛かったのだ。あの頃は。私は努力してこうしているのに、それをまるで当たり前にやっているように言われることが、辛かった。しんどかった。きっとどうして分かってくれないのという思いもあったんだろう。
でも何だろう、そんなこと、どうってことないように思えてきた。思ってもらえることもまた、何か意味があるんだろう。そう思えるようになってきた。分かってもらわなくてもいい、というわけじゃない。分かってもらえたらもちろんそれはとても嬉しい。でも。
そういうことばかりじゃぁないよなぁとも思う。伝わらないことのなんと多いことか。伝わらなくて或る意味当たり前、だから伝わったとき、とても嬉しい。そんな具合、か。
分かってもらいたい、と、努力はするけれど、それで伝わらなかったからとて、どうして相手を責められよう。そもそもが違う、異なる人間同士なのだ。培ってきたものが違うのだ。だからこそ、伝わったそのときが、嬉しいのだ。
彼女に言われた言葉を思い出しながら、そんなことを思う。そして、少なくとも彼女がそうして見ていてくれることを、本当にありがたいと思う。そういう人がひとりでもそばにいてくれるということ、本当に幸せなことだと、思う。

明日為す、交流分析の、エゴグラムをコピーする。私はこれを何処までちゃんと伝えることができるだろう。そのことが心にあって、或る意味緊張する。でも、きちんと相手に伝えられるといい。役立てられるといい。

お財布と相談し、ついでに自分の体調と相談し、結局、午後、友人の見舞いに出掛けることにする。駅に着くと、強風のため一部の電車が運休とのこと。ちょうどそれに乗ろうと思っていたから困った。さて。遠回りになるけれども、別のルートで行くしかない。
電車の中本を読もうと思ったのだが、うまく活字が入ってこない。こういうことが時折ある。活字が全く読めなくなるのだ。字があることは分かる。字がそこに在ることは識別できる。しかし、文章としてそれを理解することが全くできなくなるのだ。
こうなると、しばらく活字を辿ることは無理。諦めて本を閉じる。そうして外の景色を見やる。ぐいぐい流れ往く車窓の景色。ふと、見慣れた街景を見つける。昔本屋の営業をしていた頃、この街にはさんざん来た。これでもかというほど歩いて回った。そしてまたここは、自分が産まれた街でもある。
駅前に建つ大学病院は、いつだったか建て替えられて、あの古いぼろぼろの建物じゃぁなくなってしまったのがちょっと寂しい。もう私の産まれた場所はないのか、と、そんなことをふと思う。
ホームに沿って、川が流れている。川は暗緑色をして、滔々と流れている。私がよく見る川とは川幅も違えば流れる様も違う。この川はゆっくりゆっくりと、呟くように流れている。
ようやく辿りついた病院。私は近くのコンビニで飲み物と食べ物を適当に見繕い、病室へ向かう。彼女はちょうどコンピューターに向かっているところだった。
脛を骨折したといっていたから、あぁ娘と同じで太腿から全部ギブスをしているのかと思っていたら、そうじゃぁなかった。膝下を巻くだけで済んでいるらしい。よかった。それだけでもよかった。太腿からのギブスじゃぁ、トイレに行くのも本当に難儀だ。
最近あったことを、ちらほらと交わす。彼女は、先日電話で話したときよりずっと落ち着いており。私は安心する。怪我をしたのは大変なことだったけれど、ちょうどいい休憩になっているんじゃないか、と、そんなことを思う。走り続けることなんてできない。鳥が飛び続けることができないように。飛び続けるためにもどこかで休まなければ無理なんだ。それはきっと人も同じ。
二十年、探し続けてきた友人と、ようやく再会できたのだという彼女は、その友人の話をあれこれ聴かせてくれる。私はその話に相槌をうちながら耳を傾ける。
二十年。そう、私たちの人生はもう、そういう単位を数えられるほどになっている。早いものだ。二十年前私たちは学生だった。まだ青々とした学生だった。まさに思春期と呼ばれるような時期だった。あれから二十年、私たちはちゃんと年の分だけ時間を重ねてくることができているだろうか。ふと思う。
娘がそうであったように、家に帰ってから、友人も大変だろう。退院が決まったらまた連絡をと言葉を交わし、別れる。

夜、ひとりで時間を過ごしながら、あれやこれや思いめぐらす。そしてふと笑う。「恋してないの?」。友人の言葉だ。そういえば恋してないねぇと応え、私も笑ったのだが。自分にこんな時期があるとは、想像もしてなかった。独りで居ることが、全然苦じゃないのだ。むしろ楽しい。独りを寂しいなんて思っていた頃は何処へいったのか。
安売りしていた苺をはぐはぐ食べながら、自分の中の穴ぼこについて思う。私のこの穴ぼこはいつ頃できたんだろう。多分それは思春期のあの頃で。大きく亀裂が入ったのは多分、あの母の言葉で。あれやこれや数珠繋ぎに思い出される出来事。走馬灯のように脳裏を巡る。
穴ぼこは生涯穴ぼこのままかもしれないが。それもそれで、いいのかもしれない。穴ぼこがここにあることを、私はもう知っている。そしてそれに寄り添うことが必要なことももうわかった。四六時中それを見つめることはできないけれど、自分の調子を見計らって、それと向き合うことは、多分、できる。
サミシイカナシイを食べて生きているようなその穴ぼこ。私の一部。これらとも私は、つきあっていくんだ、と、改めて思う。

朝の仕事を早々に切り上げ、家を出る。待ち合わせにはまだ遠いけれど、できれば早めについて、準備をしておきたい。
バス停に立つと、南東からの朝日が真っ直ぐ伸びてくる。眩しい陽射し。向こうには高い、埋立地のビル群が見える。まだ朝の喧騒には早い時間、彼らはしんと静まり返っている。
バス停から小さく音楽が流れ、バスがやって来ることを知らせる。バスに乗っているのはたった三人。考えてみれば今日は祝日。
窓の向こう、見慣れた景色が流れてゆく。そういえば、行きつけの喫茶店のアルバイトさんが、来月でアルバイトを辞めるんだと言っていた。学校の先生になるためにも、大学院で勉強を続けたいのだそうだ。その勉強のため、アルバイトを辞めるのだという。小学校の先生か。大変だろう。でも。今小学生の娘を持って思う、先生というものがどれほど大きい存在か、を。いい先生に出会えれば、それだけ世界が広がる。子供にとって、言ってみれば、先生というのはひとつの、世界への扉だ。素敵な先生になってくれるといい。そう思う。
バスを降りて電車に乗り換える。ホームは閑散としており。冷たい冷気に首をちぢこませている人たち。でもきっと、今日は昼間はあたたかくなるんだろう。空は高く高く。澄み渡り。
さぁ今日も一日が始まる。


2010年03月21日(日) 
雷鳴で目を覚ます。何だろう何だろうと外を見やれば、とても窓を開けられるような状況ではなく。唖然とする。何だこの風は、何だこの雨は。あまりの勢いのよさに私はただ呆然とする。見事としかいいようがない。確かに昨日の昼間から風は強かった。でも夜ちょっと眠っている間にこんな具合になるとは誰が想像しただろう。
顔を洗っている最中にも、雷鳴が轟く。私は視界に入る白い光に一瞬びっくりし、でもその直後響く雷鳴に、うっとりする。実は私は雷鳴がとても好きなのだ。光そのものより、その後響く音が、好きなのだ。
音に耳を済ませながら、お湯を沸かす。生姜茶を入れる。お茶というのはどうしてこうも目が覚めるのだろう。それがあたたかいお茶だと、まさに体中を駆け巡るといった具合で。すっと目が覚める。気持ちがすっきりする。
とりあえず朝の仕事を終わらせなければ。そう思いながら椅子に座る。が、本当は外が気になって気になって仕方がない。本当は外をずっと眺めていたい。そんな気分。

友人が突如、言う。私はあなたと会いたいと思うのだけれども、あなたにとって私と会うメリットって何? 吃驚した。何を言い出すのかと思ったら。そんなことは考えたことがなかった。どういうメリットがあるのか、と問われても、だから正直困る。彼女と会いたいと思うことに、そんな、メリットデメリットなど考えたことはない。
それを正直に伝えると、彼女がとつとつと話し出す。親密な関係を持ったことがこれまでほとんどなかったから、よく分からないの。だから私が言う。私は、あなたがあなたであってくれればそれでいいんだよ、と。それ以上でもそれ以下でもない、あなたがあなたであってくれること、それでいいんだ、と。
彼女は、役割を与えられて生きてくる場面が多かったのかもしれない。たとえば両親との間での仲裁の役目、たとえば友人といるときには冷静な判断をもつ大人としての役目、など。だから、役割など何もない、まっさらなあなたであればいいということが、逆に伝わらないのかもしれない。しっくりこないのかもしれない。
そもそも、あなたに赦してもらえる、受け容れてもらえるとは、思ってもみなかった、ただあの時、それまでずっと謝りたいと思っていたから、せめて自分の中の区切りとして、今しかないと思ってあなたに謝った、と彼女が言い出す。だからあなたに突っぱねられることを想定して声を掛けたんだ、と。それが、あなたが受け容れてくれてしまったから、逆に驚いたんだ、と。
確かに。彼女と私との間には、いろいろなことがあった。でも、何だろう、かつての彼女を私は知っていたけれども、その彼女が謝ってくるということは、彼女が営んできたこれまでの時間があったわけで、その中でどんな思いで私に謝ろうと思ったのか、私は聴くことができるなら聴いてみたいと思った。離れていた時間、彼女がどんな時間を過ごしてきたのか、私は知りたいと思った。その上で、それでもだめなら、その時改めて考えればいい、と。
謝る、ということは、そんなたやすいことじゃぁない。しかも、彼女と私の間で、謝る、ということは、本当に、簡単なことじゃぁなかった。だからこそ、それでも彼女があの時口にしたごめんねという言葉は、私には大切に思えた。だから私は、今大事に思えるということを、まず大切にしようと思った。
彼女がぽつぽつと話し続けている。私は、自分が性犯罪被害者なんだと思うことができなかった。あの体験を経ても、自分が悪い、自分に非が在るとしか思えずにずっと長いこと来たんだ、と。今もまだ、心からそう思うことができないでいる、と。
私は、自分も同じであったことを思う。長いこと、自分が悪いとしか思えなかった。誰が何をどう言ってくれても、結局のところ私が悪いのだ、と、そう思い続けてきた。自分が被害者だとは、堂々と言ってのけられなかった。すんなり自分が被害者だとは、思えなかった。
今思うと、そう考えることの方が、私には親しかったのだ。相手を責め罵るよりも、自分を責め罵ることの方がずっと、私には親しいやり方だった。その方が楽だったんだと思う。だから私は、気づいたらもう、そうして自分を責めていた。
でも。
それでは何も解決はしなかった。泥沼に嵌るだけだった。自分を消去したいと自分自身を切り刻み、でもそれで実際自分を消去できるわけでもなかった。そうは問屋が卸さなかった。
そして、ずたぼろになって、もう血みどろになって、そうしてようやく改めてあの出来事を省みたとき、ようやく、あぁ私は被害者だったのだ、と、間違いなく性犯罪被害者だった、と、思うことができるようになった。それまでになんと、長い時間がかかっただろう。
そうなった今だって、不安定になると、ふとしたときに、私は被害者だけれど、でも、やっぱり私にも悪いところがあったんじゃぁないか、と思うことが、在る。そうやって何処までも何処までも自分を責めて、自分を苛めて、自分をどうにか納得させようとしているところが、在る。多分私が生きている限り、その堂々巡りは続くんだろう、とも思う。
彼女は、こんなこと話したら、あなたに軽蔑されるのではないかと思った、と言う。だから、軽蔑なんてしないし、間違いなくあなたは被害者なんだよ、と伝える。私も長いこと、自分が悪いと自分を責めていた時期があったよ、と。そう伝える。
言えることを言えるだけ言って、脱力した彼女の表情は、ぽかんとしていた。私はただ、それを見つめていた。
受け容れられるようになるまでには、受け止められるようになるまでには、まだまだ時間がかかるかもしれない。でも、今そうやって長い時間を経てそこに辿り着いたことは、とてもとても意味のあることだよ、きっと、と、私は心の中、呟く。

「宗教的な精神とは、その中に何の恐怖もなく、それゆえどんな信念もない、あるのはあるがままの実際のものだけという精神の状態のことです」
「観察者が観察されるものであるとき、その中に時間の間隙が全くないとき、そのエネルギーは最高のレベルにまで高められます。そのときそこには動機をもたないエネルギーがあり、それはそれ自身の行動の水路を見出すでしょう。なぜなら、そのとき「私」は存在しないからです」「私たちが年を取っていても若くても、生の全プロセスを異なった次元へと変容させることができるのは、今です」「あなたの人生、あなた自身、あなたの卑小さ、あなたの浅薄さ、あなたの冷酷さ、あなたの暴力、あなたの貪欲さ、あなたの野心、あなたの日々の苦悩と果てしもなく続く悲しみ―――それがあなたが理解しなければならない当のものであり、地上の、あるいは天上の誰も、あなたをそこから救い出すことはないのです。あなた自身以外には誰も」
「あなたがあるがままの自分を知るとき、あなたは人間の努力、欺瞞、偽善、探求の全構造を理解するのです。これを行なうためには、あなたは骨の髄まで自分自身に正直でなければなりません」「どうかそのシンプルな事実そのものを理解してください。それは差し招くことも追い求めることもできないものなのです」
「完全な否定―――それは情熱の最高の形態です―――を通じてのみ、愛であるそのものは姿を現します。謙虚さと同じく、あなたは愛を培うことはできません。謙虚さは葛藤が完全に終わるとき出現します。そのときあなたは謙虚であるとはどういうことかを決して知らないでしょう」「あなたが自分の精神とハート、神経と目、あなたの存在全体を、生き方を発見し、実際にあるものとそれを超えるものとを見ることに捧げ、あなたが今生きている生を完全に、全的に否定するなら、醜悪なもの、残忍なもののまさにその否定の中に、他のものthe otherが姿を現すのです。そしてあなたは決してそれを知ることはないでしょう。自分が静まっている、自分が愛していると知る〔=意識している〕人は、愛とは何であるか、沈黙とは何であるかを、知ってはいないのです」

短い眠りから覚めた友人が、言う。やっぱり人のぬくもりや息遣いがそばにあるっていいね。私も応える。そうだね。
バスに乗る彼女を見送り、私は自転車を走らせる。雨は上がった。風もずいぶん止んだ。もう太陽が現れ、陽射しが燦々と辺りに降り注がれている。
あちこちにできた水溜りを避けて走る。公園に立ち寄ると、雨で水量が増えたのだろう、池がたぷたぷと揺れている。風によって生まれる波紋が、次々と浮かんでは消えてゆく。一瞬たりとも同じ文様は、ない。
大通りを渡り、埋立地へ。昨日訪れた美術館はしんとそこに横たわり。私はその脇を走る。モミジフウの樹もまだ大きく揺れ動いている。上空の方が風が強いのだろうか。
海と川とが繋がる場所で、鴎が何羽も大きく旋回している。輝く白い体躯、さんざめく波の文様。眩暈がしそうなほど眩しい。
さぁ今日も一日が始まる。今日という一日を思い切り、呼吸してゆこう。


2010年03月20日(土) 
目を覚ますと午前四時。また少し早い。でも起きてしまったのだからと体を起こす。大きく伸びをしてみる。眠っている間に強張っていた体がいっぺんにぎゅうっと伸ばされる感じ。ばきばきと背中が鳴るわけじゃぁなかったけれど、何となく気持ちがいい。そのまま窓を開け、私は外に出てみる。朝夕はまだまだ寒いけれど、きっと今日もいい天気になるのだろう。昨夜見た薄い月を思い出す。爪の先で空に穴をあけたような、そんな形をしていた。美しい、凛とした月だった。
ベランダではイフェイオンが次々花を開かせている。まだ開いたばかりの、ぴんと花びらの張っていないものもある。これから咲きますよと合図しているかのように、首がほんのり曲がっている。でも最初から花弁の色をいっぱいに見せているところがイフェイオンらしいというか。私はここよと言っているかのよう。それは叫んでいるのでも呟いているのでもなく、ゆったりと、でもはっきりとした声音で。
昨夕、ミミエデンの周りにだけ、石灰を改めて撒いてみた。これで少しだけでもよくならないだろうか。うどん粉病は本当にしつこい。こちらが追いかけたら追いかけた分だけ逃げてゆく感じがする。でも、これで諦めてはいられない。せっかく生きている樹なのだもの、花開かせてやらなければ。私はこのミミエデンの花咲くところが見てみたい。
お湯を沸かしていると、ゴロが砂浴びに出てくる。ころりんと砂の上でひっくり返ったかと思うと、器用に短い手足を動かして砂を浴びている。おはようゴロ。私はそっと、砂浴びが終わったところで声を掛ける。彼女はぴょんと砂浴び場から出てきて、こちらを見やる。ゴロは臆病だ。遠慮がちともいう。私の手のひらに乗せても、ぴくぴくぴくと背中を震わせて、おっかなびっくりといった様相。それでも、鼻面を私の手のひらにくいくい押し付けてきてくれるのだからかわいい。
顔を洗い、鏡を覗く。そうして目を瞑り、深呼吸してから、体の感じを辿ってみる。昨日もあった胃の辺りのしこり。今朝もまだ残っているが、それでも昨日よりは薄れた気がする。胃のしこりと、穴ぼこと、両方に私は挨拶してみる。まだ君たちをしっかり見ることができるほどの余力は私にはないけれど、君たちがそこに在ることはちゃんと分かっているよと伝えておく。穴ぼこを覗いて、それがまだ深遠であることを確かめる。いつか底は現れるんだろうか。
私が朝の仕事をどうしようか迷っていると、いつの間に起きたのか、娘が、早くやんなよと言ってくる。私がおはようと返すと、おはようございますと返ってくる。まだ半分寝ぼけているようだ。生姜茶を入れ、私はとりあえず椅子に座ってみる。やるか。自分に言い聞かせるようにそう呟いてみる。そうだ、やらなきゃ何も始まらない。

授業の日。今日から六回、アートセラピーを扱う。今日はとりあえずさわりの部分のみの講義。
講義を聴きながら、私にとって写真がどういうものだったかを改めて思い返している。今思えば、あの頃私は、言葉にならないものをどうしようもなく言葉にできない、でも溢れ出す何かを持っていたのかもしれないと思う。あの勢いは本当に止めようがなかった。どうしてもこれを表現したい、というものがあった。それを表現するためになら、何をしようと厭わないというような、そんな勢いだった。
たまたま本屋で見つけた、森山大道氏の写真集で、私は見つけた。この感触だ、と。この画面が欲しい、と。ざらりとした感触。それが、自分に欲しいと思った。
それが契機になって、一気に、写真嫌いの私が、写真を撮るんだという立ち位置に変わった。こんな画面をあらわすためには、何が必要なのかを、知人という知人に訊いて回った。偶然にも、写真をやったことのある知人が、私に、フィルムから何から、紹介してくれた。さぁ道具は揃った。あとはやるだけ。
知人がハウツー本も揃えてくれていたのだが、それを読んでいるのさえ惜しかった。私は見よう見真似で、とにもかくにもやり始めた。まず思いつくまま撮り、それをプリントする。それだけの作業だったのだが、四苦八苦もいいところだった。これまで拒絶していた、大嫌いだった写真というものに取り組むことも、プリントすることも、何もかもが初めてで。何が何だかという感じだった。でも。
暗闇の中、印画紙に浮かび上がる像を見たとき。あぁ、ここからだ、と思った。暗闇の中で私は、万歳をしたい気持ちだった。
そうして私は、自分の手足を、これでもかというほど撮った。私は確認したかったのだ。自分の手足は果たして何者なのか、ということを。考えてみれば、撮り始めの頃、まだ私はリストカットをしていなかった。だからあの頃の私の腕は、のっぺりと滑らかだった。まだ本当に、滑らかだった。
その頃の私には、自分の体が別物のように思えてならなかった。自分の体は借り物で、もうどうしようもなく借り物で、だから私の物じゃぁなくて。私の心と体とは、これでもかというほど離れていた。それを、できることなら少しでも近づけたかった。自分の体を、あぁこれが自分の体なのだと納得したかった。
だから、私の写真は、自分を確かめるというところから始まっているといっていいのかもしれない。自分を確かめる作業として、私は写真という術を選んだ、それだけのことだ。
それはやがて、世界と自分との絆を取り戻す作業へと移ってゆく。私にとって、病を患うと共に色を失った世界は、これまでの世界とは全く異なるものだった。人という人がすべてのっぺらぼうに見え、音という音がきんきんとしたこれまでにない音を奏で、物という物すべてが、私を拒絶しているように見えた。世界と私との絆は、ぷっつり切れていた。それを、何とかして取り戻したかった。
そうしてカメラは外に向かう。次々に、撮れるものは何でも撮った。自分の琴線に触れるものは何でも。そうやって、私の足元にはフィルムが次々溜まっていった。
写真の中で忘れてならないのは、焼くという作業だろう。この作業が私にもたらしたものの大きさははかりしれない。
暗闇の中、ただ一点に集中し、焼いていく。その作業は、私を何度生き返らせただろう。生き延びさせただろう。この夜をもう越えられないというとき、どれほどに私を支えただろう。
あの時期、あの作業があったから、私は生き延びたといっても過言ではないと、思う。
知らぬうちに、そうやって続けてきた写真というもの。今ではまるで呼吸するように、そこに在る。以前のように、まるでかじりつくかのような関係では、なくなった。私は私としてここに在り、写真は写真としてそこに在る。そういう関係になった。
これからも関係は変化していくのかもしれないが。
多分死ぬまで、私はカメラを傍らに置いているのだろうと思う。親しい友達のように。

「毎日、私たちは人間の中の暴力の結果として世界中で起きているぞっとするような出来事を見たり、それについて読んだりしています。あなたは言うかもしれません。「私はそれについて何もできない」あるいは「どうやって私が世界に影響を及ぼすことができるのだ?」と。思うに、あなたは世界にものすごく大きな影響を及ぼすことができます―――もしも自分自身の中であなたが暴力的でなく、もしもあなたが実際に毎日平和な生活を送るのなら―――競争的でも野心的でも、ねたみ深いものでもない、不和をつくり出さない生活を送るならば。小さな火が大きな炎となります。私たちは世界を、私たちの自己中心的な活動や偏見、憎悪、ナショナリズムによって今あるような混乱状態に陥れてしまいました。そしてそれに対して何もできないと言うとき、私たちは自分自身の中の無秩序を不可避のものとして受け入れているのです。私たちは世界を分裂させてバラバラの断片にしてしまいました。そしてもしも私たち自身がこわれた、断片化したものなら、私たちの世界との関係もまたこわれてしまうのです。しかしもしも、私たちが行動する際、〔内的に分裂し断片化した混乱状態からではなく〕全体として行動するなら、そのとき私たちの世界との関係は大きな革命を経ることになるのです」「価値のあるどんな運動も、何らかの深い意義をもつどんな行動でも、私たち一人ひとりから始まらなければなりません。私がまず変わらなければならないのです。私は世界との自分の関係がどのような性質と構造のものなのかを見なければなりません。そしてその見ることそのものの中に行なうことthe doingがあるのです。それゆえ私は、世界に生きる一人の人間として、異なった性質のものをもたらすのですが、その性質が宗教的な精神がもつ性質なのだと、私には思われるのです」

娘が突然言う。ママ、もうパパって会えないの? うーん、会えないかもしれないな。どうして? 会えるのかと思ってた。そっかぁ。ねぇママ、次のパパっていないの? え? 次にパパになってくれる人っていないの? うん、今のところいないね。なんだぁ、つまんない。早くパパ作ってよ。そんなこと言われたってねぇ、相手がいなきゃ、パパも何もないんだよなぁ。ママってもてないの? へ? ママ、男にもてないのかってことだよ。もてないのかもしれないねぇ、うん。だめじゃん! だめだねぇ。私、パパ欲しいんだけど。い、いや、そう言われても。周りに男がいないさね。もうっ! だめだめっ! しっかりしてよ、ママ! うーん、困ったなぁ、そう言われてもなぁ、今ママ、恋愛するって感じでもないしなぁ。あぁもうっ、ママねぇ、私のこともちょっとは考えてよね。え? 考えるって? 私にパパがいないのってかわいそうだと思わないの?! う、うん、そりゃまぁ、それは…。あなたはどういうパパさんがいいわけ? そりゃ、私といっぱい遊んでくれるパパがいい。それから? かっこいいパパがいいなぁ。 それから? それからそれからって、その前に、相手見つけてよっ! はいはい。

それじゃぁね、じゃぁね、月曜日の夜帰ってくるよ。うん、分かってる。メールちょうだいね。分かった。
それにしても。昨日のあの、パパ攻撃は何だったんだろう。何かあったんだろうか。ちょっと気になる。いや、結構気になる。でも。
こうやって何だかんだと言い合える相手がいること、おはようと言い合える相手がいるって、幸せなことなんだなとつくづく思う。ありがたいことだ。
海と川とが繋がる場所を渡る。ふと立ち止まる。橋の下に集う海鳥たちの姿がちらほら。毛づくろいをしているもの、ふんわりと浮かんでいるもの、それぞれに。燦々と降り注ぐ陽射しを浴びて、彼らの体躯は白く輝く。
さぁ今日もまた一日が始まる。私はまた歩き出す。


2010年03月19日(金) 
目を覚ます。時計を見れば午前四時。まだ早いなぁと思いつつ、どうしようか迷う。隣の布団で寝ていたはずの娘は、いつの間にか私にくっついて眠っている。彼女の体に触れないように、そっと自分の体の位置をずらして起き上がる。
窓を開けると、外では天気予報の通り、雨が降っている。でもこの雨はじきに止みそうだ。そんな気がする。手を差し出して雨粒を確かめる。ぽたぽたと空から堕ちて来る雨粒。小さな粒。手のひらに二つ三つ、それは私の手のひらに堕ちた途端、ぺしゃりと潰れて星型のように広がる。
ベランダの柵に沿って置いてあるプランターの中、イフェイオンの花がたくさんの雨粒をつけている。試しに指で花を弾いてみる。ぽろろん、と、雨粒が落ちてゆく。もう一度。ぽろぽろろん。なんだか楽しい。私は今咲いている花全部を指で弾く。
ムスカリはどうだろう。三角錐の花の、下のほうに雨粒が溜まっている。指で弾くと、ぽてん、と雨粒が土に落ちた。同じように花についている雨粒だというのに、イフェイオンとムスカリとでは大きく落ちる様が異なる。ぽろんとぽてん。私はムスカリの花も全部、指で弾いて遊んでみる。ぽてん、ぽてぽてん、ぽてん。何だか朝から音の洪水。
昨夜は風がそんなに強くなかったのだろうか、ベランダの内側には吹き込んでいない。薔薇の樹の根元の土に触れてみて思う。よかった。ほっとする。特にミミエデンは、これ以上病気をひどくさせたくない。だから水も、必要最小限の量しか遣りたくない。ミミエデンの新芽は次々、粉を纏ってしまう。産まれたその瞬間に、粉を纏っているのか、それとも産まれる前にすでに粉を纏っているのか、それは分からないけれども。どうしたらいいんだろう。また石灰を土に混ぜた方がいいんだろうか。少し悩む。
顔を洗い、鏡を覗く。もうすっかり目の覚めた顔がそこに在る。おはよう、とりあえず自分に言ってみる。胃の辺りに違和感を覚える。何だろう。しばらくその違和感を辿ってみる。しこりのようだ。僅かだけれども、じくじくと痛む。でも同時に、穴が開いているようにも思える。それは底のない穴のようで。その穴を私はあまり見たくないと思う。穴に吸い込まれてしまいそうな気がするから。そうするとまた、過食嘔吐の発作が出てしまいそうな気がするから。穴を埋めるために食べてるのかもしれない、そのときふと思った。こうした穴ぼこが私の体の中にはいくつもあって、その穴ぼこを私は埋めたい埋めたいと無意識に思っているのかもしれない、と。そういえば昔、親しい知人にも、言われたことがある。おまえは穴ぼこだらけだなぁ、と。あれはいつだったか、確か大学生の頃だった。しみじみと言われたのだった。あの頃空いていた穴ぼこは、埋まったのだろうか。それとも今もまだ空いたままなのだろうか。自分では、少しは少なくなったように思うのだけれど、どうなのだろう。
そうした胃の辺りの違和感を感じながら、私は化粧水を叩き込む。そして日焼け止めを塗って、今日はそれで終わり。
お湯を沸かし、生姜茶を入れる。お茶っ葉がそろそろなくなってきた。買い足しに行きたいけれどもまだ売っているだろうか。先日訪れた店には、生姜紅茶はあったけれども、生姜黒茶はなかった。黒茶の方が好みなのだけれども。もしなかったら、生姜紅茶でも買おうか、どうしようか。とりあえず、買える分だけお財布にお金が入っているかどうかを確かめる。大丈夫、今月はジリ貧だけれど、お茶くらいは買えそうだ。よかった。
お茶を飲みながら、この時間をどう過ごそうか考える。本を読むか。ノートを整理するか。いや、その前に煙草を一服でしょう、やっぱり。

今読んでいる「来談者中心療法」という本の中には、事例がたくさん掲載されている。その中の、梢の事例、遊戯療法のところを読んでいて、もう少しで涙が出そうになった。自分が入り込みすぎたことはもちろん分かっている。クライアントである梢の、遊び方に、胸をぎゅぅっと鷲掴みにされたのだ。なんて切ない遊びをするんだろう、と。そしてまた、ここで繰り広げられる、セラピストとクライアントの関係に、胸を打たれた。あぁもしこんな関係を持つことができたら、どんなに救いになるだろう、と。
私は遊戯療法についてまだほとんど知らない。そういうものが在る、という程度しかまだ知らない。だから専門的なことは何も分からないが。こんなふうな相手が自分にもいたら、とさえ思った。そうしたらどれほど救われただろう、と。
私は、自分が、カウンセラーとのラポールを築くことに失敗したせいか、カウンセリングに対してもしかしたら強度の偏見を持っているのかもしれない。自らカウンセリングの勉強をしていながら、私はどこかで、どうせ、と思っているのかもしれない。

つくづく思う。私は今のカウンセラーとは、信頼関係を築けなかった。私がカウンセリングを辞退した理由はそれだ。医者は、単なるおしゃべり相手として見ればいいと言ったが、単なるおしゃべり相手にしたって、ある程度の信頼関係がなければ私には無理だ。今気づいた、もしかしたら医者は、単なる社交を私にやらせたかったのかもしれない。でも、単なる社交のやりとりをするなら、わざわざお金を払ってカウンセリングの時間をとらなくても為そうと思えばできる。いや、しなければならない場面が多々あるわけで。そんなものにお金を払いたいと思う人がいるんだろうか。私は少なくとも、そうは思えない。
こんなことがありました、一週間こんなふうに過ごしました、と話すだけにしても、その相手に話したいと思わなければ私には無理だ。でも、そういう、話したいと思える相手にはならなかった。
もしカウンセリングを再開させるとしたら。私がこれまでの彼女に対する違和感をすべて、私が洗い流すことができたときなんだろう。そうでなければ、別のカウンセラーを探すしかないと思う。
学校で勉強すればするほど、今自分が受けているカウンセリングとの違いを、感じてしまうのだ。そして、私はわざわざお金を払ってまで時間を割いている、この場で、何をやっているんだろうと思えてしまう。
こういう気持ちを洗い流すことができなければ、こうした偏見のようなものを拭い去ることができなければ、私は再び、あのカウンセラーとのカウンセリングの場に戻ることはできないんだろうと思う。そのくらい、信頼関係というのは大切なのだと、改めて思う。それがなければ、何も始まらないのだ。
自分に対する戒めとして、このことはしかと覚えておこうと思う。

「あなたが真理またはリアリティの体験を求めるとき、まさにその欲求が現にあるものに対するあなたの不満から生まれているのです。だから、要求がその反対物をつくり出すのです。そしてその反対物の中にこれまであったものがあります。ですから人はこの執拗な要求から自由でなければならないのです。さもなければ二元性の回廊に終わりはないことになります。このことが意味するのは、精神がもはや探し求めることがなくなるまでに、完全にあなた自身を知らなければならないということです」「あなたがなすべきことは、精神がどこをさまよっていようと、その各瞬間の動きにつねに注意を払っているということです。あなたの精神がさまよい出てしまうなら、それはあなたが他のことに関心をもっているということなのですから」
「瞑想はあらゆる思考と感情に気づいていることです。正しいとか間違っているとかは決して言わず、ただ見守り、それと共に動くことです。その観察の中であなたは思考と感情の動き全体を理解し始めるのです。そしてこの気づきの中から、沈黙がやってきます。思考によって〔意図的に〕つくられた沈黙はよどみであり、死んでいます。しかし、思考がそれ自身の始まり、それ自身の性質を理解したときにやってくる沈黙、なぜすべての思考は自由ではありえず、つねに古いのかということを理解したときにやってくる沈黙は―――この沈黙が瞑想なのです。それは瞑想者が不在の瞑想です。というのも、精神はそれ自身を過去からすっかり空っぽにしてしまっているからです」
「あなたが自分自身について学ぶとき、自分自身を見守るとき、自分の歩き方、食べ方、口にする言葉、ゴシップ、憎悪、嫉妬を観察するとき―――もしもあなたが自分の中のそうしたすべてに無選択に気づいているなら、それが瞑想の一部なのです」「瞑想の理解の中に、愛があります。そして愛はシステムや習慣、メソッドに従うことの産物ではありません。愛は思考によっては育成できません。完全な沈黙があるとき、瞑想者が完全に不在の沈黙があるとき、愛はたぶん出現するのです。そして精神は、それが思考や感情としてのそれ自身の動きを理解するときにだけ、静まることができるのです。思考と感情のこの動きを理解するためには、それを観察する際に非難があってはなりません。そんなやり方〔非難も正当化もない〕で観察するのが規律であり、そしてその種の規律は滑らか、自由であって、適応の規律とは異なっているのです」

ママ、なんか機嫌悪い? え、悪くないよ。いや、悪いよ。なんで? 声が低い。いや、今、ご飯作ってるから静かなだけだよ。じゃ、こっち見て。何? んーーー(変な顔)! ぷっ、何やってんの、あんたは。あー、笑ったー! そりゃ笑うでしょ、そんな変な顔されたら。だからさー、もっとにこにこしなよ。何もないのににこにこしないよ、ママは。生きてるだけで楽しいじゃん。い、いや、そうでもないよ。えー、そうなの? う、うん、別に、生きてるだけで楽しくはない。損してるねぇ、ママ。笑ったもん勝ちだよ、人生なんて。え、あ、はい、人生なんて、ね、まぁ確かにね、笑ったもん勝ちですね、はい。そう思います。でしょ? ママの顔はさぁ、きつい顔なんだからさー、普段、にこにこしてないと、みんなびびっちゃうよ。は、はい、分かりました。よろしいっ。
確かに。このところ、なんとなく目尻が上がってきた気がする。どうしてなんだろう。別にきつい顔をしている覚えはないのだけれども。顔って、こんな年齢になってまで変化するもんなのか、と、改めて思う。
それにしても。十歳の娘に、「人生なんて」「笑った者勝ち」だと言われるなんて。思ってもみなかった。いや、年齢関係ないな、こういうのは。つくづく思う。

じゃぁね、それじゃぁね、今日授業だから戻るの遅くなるよ。分かってる。私たちは手を振り合って別れる。階段をたかたか降りて、バス停へ。雨はいつの間にか止んでいる。これなら傘を持って行かなくても大丈夫だろう。
バス停が少し前から変わった。今バスがどの辺りを走っているのかが、表示されるようになったのだ。今ちょうどバス停で数えると三つ前のところを走っているらしい。程なくバスがやって来た。こういう表示はすごく助かる。
バスの中からぼんやり流れる景色を眺める。今日からアートセラピーに入る。早いもので、もう授業のカリキュラム半分が過ぎた。あっという間だ。これから半年はますますあっという間なんだろうと思う。
駅を渡って反対側へ。川を渡るところで立ち止まる。暗緑色の水面。今日の川はいつもよりゆっくりと流れているのか、所々に澱みが見られる。不思議だ。同じ川だというのに、一刻も同じ顔がない。ちょうど射してきた陽射しが、水面に突き刺さる。途端にぷわぁっと光り輝く川。
さぁ、今日も一日が始まる。私は重たい鞄を肩にかけ直し、再び歩き出す。


2010年03月18日(木) 
目を覚まし窓を開ける。冷たい大気が私を一瞬にして呑み込む。薄いシャツ一枚しか着ていない私の肌は途端に粟立つ。でもそれが気持ちいい。私は大きく深呼吸してみる。ひゅううっと胸に入ってくる冷気。でもそれはもう、冬の終わり。
仕事に必要な代物の調子がおかしい。電源を入れて気づいた。何度試してもだめ。たまにこういうことが起こる。以前ならこの状態に陥ったというだけで半泣きになっていた自分だが、今更もう慌てることもない。根気強くトライし続けるしか術はない。とりあえず他の繋ぎの部分をチェックし、異常がないことを確かめ、もう一度トライ。どうも機嫌が悪いらしい。まだこれっぽっちの反応さえ示さない。仕方ない。五分放置してみるか。私はその間に顔を洗うことにする。
鏡の中顔を覗くと、昨日寝汗をぐっしょりかいたせいか、ちょっと疲れた顔をしている。まぁこんな日もあるさと思うことにして、私はさっさと化粧水を叩き込む。それにしても昨夜は妙に汗をかいた。途中で着替えようかと思うくらいだった。別に夢を見ていたわけでもない。ただ、体がそう反応したというだけなのだが。どこか疲れているんだろうか、体のどこか。今日またフォーカシングしてみようか。そんなことを思う。
窓を開け、ベランダに再び出てみる。イフェイオンは花盛り。しかし、二つある鉢のうち、一方だけ。残りの方はうんともすんとも言わない。花芽の気配さえない。同じ条件の下で育っているはずなのに、こんなにも違いが出るのかと不思議に思う。
ムスカリは日に日に元気になってゆく。一度首を伸ばしたら、もっともっとというふうに。やっぱり陽射しを浴びていたいのだろう。ぐいぐい伸びてくる。私はこのムスカリや、イフェイオンの花の色が大好きだ。空の色をぎゅっと濃縮させたような色。ちょっと緊張感のある、凛としていて、それでいて華やかな色。
さて、と。私はもう一度電源を入れてみる。すると、すんなり繋がった。なんだ、やっぱりちょっと機嫌が悪かっただけなんだ、と、納得する。
お湯を沸かし、お茶を入れる。もうほんのちょっとしか残っていないコーディアルのエキスを紅茶に垂らす。あと飲めても二、三杯か。また冬までしばらくさよならだな、と思う。別に夏に飲んでもおかしくない代物なのだが、何故だろう、私には、このコーディアルティーは冬の飲み物に思える。あたたかくてほんのり甘酸っぱい、そんな味。

三冊の本、同時に読み終える。フォーカシング関連の本と脚本分析の本、それからクリシュナムルティの本。
さぁ次何を読もうか、と思って、気づいた。なんだか今、めいいっぱいになっているな、と。私は車の運転ができないのだが、もし車に譬えるなら、常にエンジンをふかしている、そんな感じかもしれない。さて、どうしよう。
休もうか、と思って、さらに気づく。休み方がよく分からない。私はよくこれがある。休むということが分からなくなるのだ。常に何かをしていなければならない、というような強迫観念にも似た何かに追い立てられていて、これをし終えたら次これ、これが終わったらまた次これ、という具合に自分を次々追い込んでしまう。いざ休もうと思っても、休むそのやり方が全然わからない。
さて困った。でもなんだか自分があっぷあっぷしている感じがする。こう、心のタンクが満杯に近いような。息抜きが必要だ。でも、じゃぁどうやって息抜きすればいいんだろう。分からない。
その間にも私は目で本棚を探している。読みたいと思える本はないか、と。いやいや、これじゃいけないと思う。思うのだが、手が伸びている。これかもしれない、いや、こっちかもしれない。とりあえず手に取ってみる。何となく違和感を覚える。本当に読みたいのかというと、そうでもない気がする。読まなければいけない気がするという方が大きい。読みたいわけじゃぁないのだ、読まなければならないだろうと思って読むのだ、と思った。今はむしろ、何もしたくないという方が近い気がする。
でもそれでは不安なのだ。何もしていないというのが不安なのだ。置いてきぼりにされてしまうような、そんな気がするから。それは誰に、と問うても答なんてない。だって、私を置いてきぼりにするような対象はいないのだから。私が勝手に私の中に作り上げているのだ、そういう対象を。
結局部屋を何周したんだろう。ぐるぐる回っていることに気がついてとりあえず座り込んでみる。床にぺたり。足元に、一度読んだ本がころり、置いてある。気づけば目が探している。こちらの机の上の棚にも読もうと思って読んでいない本を見つけてしまう。仕方ない、とりあえず手に取ってみよう。もしかしたら今本当に読みたいわけじゃぁないかもしれないが。
でもせめて、今開くのはやめよう。そうして私はそれらの本を鞄にしまい込んでみる。そうして自分にもう一度尋ねてみる。あなたのそうしたところって、一体どこから来ているのかしら、と。

考えてみれば。我が家で止まっている人はいなかった。父は常に働いて働いて、これでもかというほど仕事漬けになっていたし、母は母で、具合が悪いとき以外は何だかんだと動き回っていた。母が具合が悪く横になっているときだけだった。止まっている人がいたのは。私はそれをいつも、恐る恐る見つめていた。母が具合が悪いとき、それは心配なときでもあったが、同時に怖かった。何が怖かったんだろう。私のせいで母が具合が悪くなっているようで、それは母を失うことにも繋がっていて、それがとてつもなく怖かった。何故私のせいなのだろうと思うが、その頃の私はそう思っている節があった。何か具合の悪いことが家に起こると、それはすべて自分のせいなのだと、私は思っていた。
だから、私は必死だった。心も体もフル回転させていた。そうしなければいけない気がした。自分は望まれて生まれたわけじゃない、ここにいさせてもらっているのだから、だから私は必死にならなければいけない、と。そんなふうに思っていた。休むなんて冗談じゃぁなかった。そんなこと決して赦されることじゃぁなかった。私は疑うことなく、一寸の隙もなく、ただそう思っていた。
寝ることさえ惜しかった。寝ている暇があったら何かしろ、という具合に私の心が喚いていた。私はその喚きに負けて、しょっちゅう寝床から這い出し、出窓に座ってひたすら何か考えていた。することがあるならそれをしていた。そうでもしなければ、私はここに居られない、そんな気がした。
今私は別に実家にいるわけじゃぁない。娘と二人で暮らしている。その暮らしの中で、別に私を急き立てる人など存在しない。むしろ娘にさっさと寝ろだとかたまには休めと言われる。それなのに、やっぱり、休めない。
幼い頃にインプットされたものから、私はいまだに脱け出せずにいるのだ、と、改めてそのことを思う。
せめて五分くらい、いいじゃないか、十分くらいどうってことない、そう思うのだが。心と体が喚くのだ。嫌だ、嫌だ嫌だ、と。私はここに存在していたいのだ、と。別に休んだからとて私がいなくなるわけじゃぁあるまいし、と頭では思う。頭では思うのだが、心と体は喚き散らす。果てには泣き出す。いなくなりたくない、と。
あぁもうあかん、私、果てた、と、床にぱたんと倒れ込んでみることにする。眠れるか分からないが、目を閉じてみる。娘が帰って来る時間まであと二十分。私はただ、じっとしていることにする。ぐわんぐわんと耳の内奥で、心と体の叫ぶ声が響いている。

「私たちはつねに重荷を持ち運んでいます。私たちは決してそれに対して死なない、それらを背後に置き去りにすることがないのです。孤独があるのは、私たちが問題に完全な注意を払い、それをその場で解決し、それを決して翌日に、次の瞬間に持ち越すことがなくなったときだけです」「そしてその孤独が新鮮な精神、無垢な精神を示しているのです」
「内的な孤独と空間をもつことは非常に重要です。なぜならそれは在る、行く、機能する自由、飛ぶ自由を含意するからです。結局、善性は徳が自由の中でのみ花開くのとちょうど同じように、空間の中でだけかかすることができるのです」「内部のこの広大な空間なしには、価値のあるどんな美徳、どんな性質も働いたり成長したりすることはできません。そして精神が何か全く新しいものに出会えるのは、それが独りで、何の影響も受けず、訓練されておらず、無数の様々な経験に縛られていないときだけなので、空間と沈黙は必要なのです」「人生における最も大きな躓きの石のひとつは、この到達しよう、成し遂げよう、獲得しようという絶え間ない苦闘であるように、私には思われます」「自由は終わりにではなく、まさにその始めにあるのです。この自由が、それは規律への順応からの自由ですが、規律それ自体なのです。学びのまさにその行為が規律です(結局、規律という言葉の元の意味が「学ぶこと」なのです)。学びの行為そのものが明澄さになります。コントロール、抑圧、放縦の性質と構造を全体として理解するには、注意が要求されます。あなたはそれを学ぶために規律を押しつける必要はありません。しかし学びの行為そのものが、その中にどんな抑圧もない、それ自身の規律をもたらすのです」

朝だというのに娘がノリノリで踊っている。ねぇ何がそんなに楽しいの? 試しに私は訊いてみる。ママ、楽しくないの? え、あぁ、うーん、別に今楽しいわけじゃぁない。えー、朝だよ、朝、朝って楽しくない? うーん、なんで楽しいの? 別に、朝っていうだけで楽しいじゃん。そういうもんかぁ、そういうもんだよ、ママも踊んなよ。い、いや、それは遠慮する。そういうところがだめなんだなぁ、ママは。え? こうさぁ、遊ぶっていうこともしないと、楽しいなら楽しいで、思いっきり踊ったり笑ったりすればいいじゃん。まぁ、そうともいう、うん。表現しないと、逃げちゃうよ。逃げちゃう? うん、そう思ったときやらないと、それって逃げていっちゃうと思う。…。
逃げてっちゃう、それは確かにそうかもしれない。いや、本当にそうだと思う。娘の言った言葉が妙に胸にぐさりときた。

私の自転車の、傷つけられた様を見て、娘が言う。気にすることないよ、このくらい、どうってことないよ。そうかなぁ。いや、破られちゃったけどさ、だから何だっていうの、自転車乗れるし。ママ、大事にしてたんだよ。うん、知ってる。でもさ、これで自転車との絆が切れたわけじゃないじゃん。まぁ、それはそうだけど。自転車だって分かってるさ、ママがやったんじゃないんだから。ママはさぁ、守ってあげられなかったのが嫌なのかもしれない。それは無理じゃん。いや、分かってるんだけど。
あれこれ話しながら登校班の集合場所へ。集まっている子供らにおはようと声を掛ける。声を出して返事をしてくれる子、頭だけぴょこんと下げる子、後ろを向いている子、みんなそれぞれ。
じゃぁね、それじゃぁね。私たちは手を振って別れる。子供らを見送り、私は自転車に跨る。今日は公園には立ち寄らず、一気に埋立地へ。
陽光がきらきら弾けている。午後から雨が降るかもしれないと天気予報は言っていたが、本当なんだろうか。こんなことなら洗濯物を外に出してくるんだったと少し後悔。信号が青に変わったのを合図に、思い切りペダルを踏み込む。
鴎の飛び交う海と川との繋がる場所で立ち止まる。海が青々としている。紺碧だ。何処にも澱みがない。コンクリートに囲まれた港、砂浜など何処にもないこの場所。それでもこの季節、多くの鳥たちの、帰る場所になっている。
鴎の劈くような啼き声が響いた。一瞬空を切り裂いたかのような声だった。私は再び自転車に跨る。
さぁ今日もまた、一日が始まる。


2010年03月17日(水) 
昨日の勢いで窓を開けたら、寒い。驚いた。こんなにも気温に違いが出るとは。肌が粟立つ。両手で両腕をこすりながら、ベランダに立つ。でも何だろう、私はこのくらいの温度の方が実感がある。自分と世界との間を感じることができる。ぬるいと自分の体温を実感することがなかなかできなくて困る。粟立つ肌に構わず、私は大きく伸びをしてみる。夜明けはまだだけれども、もう緩んできた空の色は、藍色を水で溶かしたかのような色。穏やかでいながら、しんしんと張り詰めた色。
昨日のあたたかさのおかげで、イフェイオンが次々花開いている。しゃんしゃんという鈴の音が聞こえてきそうな雰囲気に、私は元気付けられる。そうしてムスカリも、昨日のあたたかさのおかげなんだろう、首をぐーんと伸ばしてきた。ようやく葉の茂みより高い位置に花がやってきた。花は小さいけれども、これなら「ムスカリ」と呼んで差し支えない姿になってきた。ちょっと前まではあまりにちびっこい花で、その姿はずんぐりむっくりのきのこのようだったのだけれども。
もうだいぶ前になるけれども、生姜の蜂蜜漬けを買った。それはそれでおいしい代物だったのだけれども、私には甘すぎて、なかなか飲めなかった。そこで檸檬を一個分スライスして入れてみた。もうそれなりに日にちは経っているはず。今朝その蓋を開けてみる。ぷわんと私好みの匂いがする。スプーンでマグカップに掬って一杯、二杯。そこにお湯を注いで。飲んでみれば、なんともまぁいい感じ。檸檬と生姜のそれぞれの刺激が、蜂蜜の甘さを緩和してくれる。これなら私でも飲める。
珍しくゴロではなくココアが起きてきている。おはようココア。私は声を掛ける。ココアは鼻をひくひくさせてこちらを振り向く。私は右手の人差し指で彼女の頭をこにょこにょ撫でてやる。彼女は気持ちよさそうに目を細めている。だから私はついでに背中も撫でてやる。するとすっと体を交わして、回し車に飛び乗るココア。
天気予報をつけると、北海道に暴風雪注意報が出ているという。北海道に住む友人はどうしているんだろう。椅子に座って窓の外を見やりながら、そんなことを思う。

どのくらいぶりだろう。友人と会った。多分年末にちょっと会ったきりなんじゃぁなかろうか。数少ない、昔を知っている友人の一人だ。
彼の友人たちと、私は高校生の頃に自主制作で映画を作った。それがきっかけで知り合った。それは今考えても奇妙な縁で、私が自主退学した高校に在学していた彼らから、映画に出てくれないかと話が回ってきたのだった。一体何処からどうしてそういう話になるのか訊いた覚えがある。当時私が演劇をやっていたことを、共通の知人から聞いたらしい。たまたま主演を打診していた子から断られたために、私に声が掛かることになった、ということらしい。映画作りには参加したい、でも、その舞台はよりによって私が辞めた学校なのだという。私は迷った。どうしようかかなり悩んだ。悩んだ結果、受けることにした。
奇妙な映画だった。学校というか社会にあまり適応していない女の子が繰り広げる、奇妙な映画だった。私が一番覚えているのは、三階から飛び降りるシーンだ。もちろんフィルムを繋げるという作業があったわけだが、三階だか四階だかの窓枠に立つときは、すごく気分がよかった。私は高いところが大好きだった。その窓枠に立って辺りを見下ろすと、すべてのものが小さく見えた。それまでこだわっていたものたちも何もかもが、これっぽっちの小さな粒に見えた。私はできるなら、本当にここから飛び降りたい気持ちだった。それができないのがひどく残念でならなかった。
そういえばあのフィルムは、今は何処にあるのだろう。私は出来上がりを二度ほど見たきりだと思う。今見たいわけじゃない。正直見たくはない。恥ずかしくて見れたものじゃぁない。でも。懐かしい。
そんな縁のある友人の話す声に耳を傾ける。友人の声はいつでも落ち着いている。同時に弾んでもいる。適度に弾み、適度に穏やかで、といった具合か。だから聴いていてこちらも穏やかになれる。
そんな友人も、そろそろ転勤の時期だ。今度飛ぶとしたら、北海道か新潟か、その辺りだという。そんなところに友人が飛んでしまったら、さぞ寂しくなるだろうなぁと思う。それは私だけじゃぁない。遊び相手になってもらっている娘にとっても同じだろう。しかも友人は、私の、でこぼこ道をずっと見てきてくれている。そんな相手が遠くにいってしまうことは、とても、寂しい。仕方のないことと分かっていても。離れたからといって縁が切れるわけではないと分かっていても。

「観察者が観察されるものなのです」「観察者が観察するものであることを明らかにするのは、気づきそれ自体なのです」
「観察者が観察されるものであるというこの気づきは、観察されるものへの自己同一化のプロセスではありません」
「観察者の側のどんな動きも、もしも彼が観察者が観察されるものであるということを悟っていないなら、別の一連のイメージをつくり出すだけに終わり、またしてもその中に捕らえられてしまうのです。しかしその観察者が、観察者が観察されるものであるということに気づいたとき、どんなことが起こるでしょう?」「観察者は全く活動していません」「観察者が自分が働きかけているそのものが彼自身であるということを悟るとき、彼自身とそのイメージとの間の対立・葛藤はありません。彼がそれなのです」「観察者が自分がそれであることを悟るとき、そこに好悪はなく、葛藤は終わるのです」「そのときあなたは、とてつもなく生き生きとしたものになる気づきがそこにあるのに気づくでしょう。それはどんな中心的問題にも、どんなイメージにも縛られていません。そしてその気づきの強烈さから、異なった性質の注意が生まれ、それゆえに精神は―――その精神がこの気づきなので―――並外れて鋭敏で、高度に英知に満ちたものになるのです」

ママ、ココアとゴロとミルクと、誰が一番好き? みんなだよ。だめ、それじゃぁだめ、ちゃんと一番ってつけて。じゃぁ、ココア。どうして? ミルクは? ミルクはでぶちゃんだよ。じゃぁゴロは? うーん、やっぱりココア。あ、分かった、ゴロはゆるゆるうんちするからでしょう? 当たりー。でもね、そのうんち、治るよ。そうなの? うん、餌をね、ひまわりの種を多めにあげるといいって本に書いてあった。あらまぁそうなんだ。うんちがゆるゆるじゃなくなったら、ココアとゴロ、どっちがいい? うーん、でもやっぱりココアがいい。えー、そうなの? ははは。みんな好きだから、決めようがないんだよ、ママは。みんな好きなんて、ずるいよなぁ。絶対一番好きっていうのがあるはずなんだよ。なんでそう思うの? だってさ、誰にだって好き嫌いあるじゃん、いい悪いもあるし。うーん、そうかなぁ。確かに好き嫌いだけで言ったら世界中のすべてに順番がつけられるのかもしれないけれども。でしょう? でもママは、単純に好きか嫌いかだけじゃぁないなぁ。ママに合う合わないはあるかもしれないけれども、好き嫌いだけで決めるってのはどうなのかなぁ。なんで? いいところもあれば悪いところもあるってのが生きてる証拠みたいなものでしょう? いいところだけの人間はいないし、悪いところだけの人間もいないと思うよ。それ、奇麗事じゃないの? うーん、そうなのかなぁ。でもママ、一瞬嫌いと思った人との縁も、長い目で見れば、そんなことはないなぁ、この人にもこんないいところあるしなぁって思うよ。変なのー。そうかなぁ、そうなのかなぁ。私、嫌いなものは嫌いだし、好きなものは好き。ええー、あなただって、昨日嫌いって言ってた子と今日遊んでたりするじゃない。え、あ、まぁ、それはあるかもしんないけど、でも、好きと普通は違うよ。はっはっは。

「思考は観念であり、脳細胞に蓄積された記憶に対する応答です」「私たちは観念を行為から分けてきました。なぜなら、観念はいつも過去のものであり、行為はつねに現在だからです。つまり、生きることはつねに現在なのです。私たちは生きることを恐れています。そしてそれゆえ、観念としての過去が私たちにとっては非常に重要なものとなったのです」
「私たちはなぜ奉仕したがるのでしょう?」「助ける、与える、奉仕するといったそれらの言葉は何を意味するのでしょう? それはそもそも何のためなのですか? 美と光と愛らしさに満ちた花が「私は与えている、助けている、奉仕している」と言うでしょうか? 〔言うはずがないので〕それはあるのです! そして何もしようとしないがゆえに、それは大地を覆うのです」
「もしもあなたが自分がどんなふうに考え、なぜ考えるのか、どんな言葉を使い、日常どんなふるまいをしているのか、人にどんな口の利き方をしているのか、どんな応接の仕方をしているのか、どんなふうに歩き、どんな食べ方をしているのか、その構造全体を理解するなら―――もしもこうしたことすべてに気づいているなら―――、そのときあなたの精神はあなたを欺くことはなくなるでしょう。そのとき欺かれるものは何も存在しないからです。精神はそのとき、要求し、服従させるものはなくなっています。それは並外れて静かで、柔軟、鋭敏なものに、独りになるのです。そしてその状態の中には、どんなものであれ、欺瞞は存在しないのです」「あなたは気づいたことがありますか?―――自分が完全な注意の状態の中にいるとき、観察者、思考者、中心、「私」が終わるということに。注意のその状態の中で、思考は萎えしぼみ始めるのです」「もしも人がものを非常に明確に見たいと思うなら、精神は非常に静かでなければなりません。どんな先入観、おしゃべり、対話、イメージ、画像も、そこにあってはならないのです。見るためには、こうしたすべてを脇にどけておかねばなりません。そしてあなたが思考の始まりを観察することができるのは、沈黙の中にいるときだけなのです―――あなたが探し求め、質問し、答を待っているときではなくて。ですから、その沈黙の中から思考がどのようにしてかたちづくられるのかを見始めるのは、あなたがあなたの存在すべてにおいて完全に静まり、「思考の始まりとは何か?」という問いを発するときだけなのです」

お茶を飲んでいるところに友人から連絡が入る。今日手術を受けることになったという。私は、ちょうど去年、娘が骨折したときのことを思い出す。似通った場所を骨折したという友人。さぞ生活に不自由しているだろうと思う。でも同時に、友人にとっていい休憩時間になったら、とも思う。
手術が終わって、数日したら退院になるそうだ。落ち着いたらお見舞いに行こうかと思う。

寒い寒いと言いながら娘がシャツ一枚パンツ一枚で歩いている。どうもこの辺が、女所帯の悪しきところとでもいうべきか。もうこの春で五年生にもなるのだから、多少恥じらいが出てきてもいいだろうと思うのだが、彼女は遠慮がない、恥じらいがない。恥じらいの「は」の字さえ、頭にはないんだろうと思う。
少し前から来談者中心療法の関連著書を読んでいるのだが、事例がたくさん載っていて、読むほどに、唸ってしまう。来談者中心療法は、技法がないと言われるが、とんでもない、これほどカウンセラーの人格を問われる療法はないだろうと思う。そして思う、今勉強していることは、どれだけ自己を省み、受け容れてゆけるか、その土壌を作っているようなものだ、と。道は遠い。

じゃぁね、それじゃぁね、ママもしっかり勉強するんだよ、あなたもね。手を振り合って別れる。南東から伸びる陽光が目に眩しい。私は思わず手を翳す。
寒いと思いながら、昨日とほとんど同じ格好で出てきてしまった。今更着替えに戻るというのもなんだか。私はそのまま自転車に乗る。が。
サドルの皮が切られている。見て、私はかなりショックを受けた。大事にしている自転車なのに。どうして。たまらない気持ちになった。同時に頭は別のところで動いている。いざとなったらサドルを買い換えれば、この自転車自体は生かし続けることができるだろう。大丈夫、大丈夫、大丈夫。自分に言い聞かせる。怒っても今更どうにもならない。為されてしまったことが消えるわけでも戻るわけでもない。
公園の前で、大型犬三頭を連れた老婦人が立ち止まっている。三頭とも見事な毛並みで。黒、白、茶。おだやかな目をしている。私はその脇をすり抜けて走る。大通りを渡るところで、信号無視してきたトラックと鉢合わせする。自転車が傷つけられたことが心にひっかかっていたのだろう、思わず、馬鹿者!と心の中で悪態をついてしまう。ついてから、私は自分を笑ってしまった。何をしているんだろう、私は。人の心ってほんと、おかしなものだ。
高架下を潜り、埋立地へ。銀杏並木が陽光を受け、黒々として見える。大丈夫、傷つけられたからといって君を棄てるようなことはないよ、大事な自転車だからね、ちゃんと使い続けるよ。私は誰にともなく言ってみる。
モミジフウにも新芽の気配。その大きな大きな立ち姿は、いつ来ても見惚れてしまう。すっくと立ったその姿。なんて力強く、それでいて静かなのだろう。こんなふうに、立っていられたら。つくづく思う。
海と川とが繋がる場所に、鴎が集っている。啼き声が鋭く辺りに響き渡る。彼らの白い体躯が、陽光を受けてきらきらと輝く。
さぁ今日も一日が始まる。


2010年03月16日(火) 
夜通し雨が降っていた。さらさらとした雨が。強い風に煽られて窓ガラスをぱたぱたと叩く音が響いていた。午前三時目を覚ました折にも、まだ降っていたのを覚えている。
そうして午前五時。目を覚ますと、雨はすっかり止んでおり。窓を開けると、なんとあたたかいことだろう。驚いた。シャツ一枚でも、我慢すれば過ごしていられそうなほどあたたかい。
ベランダではイフェイオンが雨粒をつけて咲いている。雨粒のところだけきらきらと輝き、それは万華鏡のよう、小さな世界を映している。窓際のプランター、薔薇たちも、すっかり濡れて、葉の至るところに雫を乗せている。うどん粉病が心配だけれど、今は、その美しさに息を呑む。つやつやと輝く葉、特にマリリン・モンローとベビーロマンティカの美しさといったら。二度とないその姿を、私はしかと目に焼き付ける。
私は窓を開けたまま、顔を洗いにゆく。水までもがずいぶんとぬるく感じられる。あまりにぬるくて、まるでぬるま湯で洗っているかのような錯覚を覚える。朝一番顔を洗う水は、やっぱりこれでもかというほど冷たい水がいい、なんて、贅沢なことを思う。
お湯を沸かし、お茶を入れる。生姜茶を自然に入れてしまっていたけれども、こんな日はハーブティーの方がよかったかもしれないと、ちょっと思う。まぁもう入れてしまったのだからこれを飲むとしよう。足元ではゴロがちょこちょこ籠の中を動いて回っている。おはようゴロ。私はいつものように声を掛ける。彼女のこちらを見上げる目がたまらなくかわいい。まん丸な黒い瞳は潤んでおり、ぽっと開いた口がなんとも愛らしい。私は人差し指でこにょこにょと彼女の頭を撫でてやる。とぼけたような顔をするゴロ。満足したのか、しばらくすると小屋の中に入っていった。
私は窓際に立ち、街景を眺める。しっとりと濡れた街は、これからやってくる朝に向けてしんと静まり返っている。そんな中、僅かな光を受けて濡れたトタン屋根が光っている。街灯の光の中、アスファルトも黒々と輝き。私は深呼吸してみる。吐く息は白く染まることなく、空にのぼってゆく。

病院の日。いつものように川を渡り最寄の駅へ。学生が少ないせいか、降りる人も少なく、駅はいつもよりずっと空いている。私は薄着になった人たちの姿をぼんやりと眺める。季節の変わり目はいつも何処か忙しない。
二番目に呼ばれ、診察室に入る。何も変わることなく、いつものようにいつもの会話を交わす。ただ最近ちょっと憂鬱だという話をする。この季節になるとクラス替えという行事がある。それがしんどいのだ。いくら学校側も事情を知っているとはいえ、娘の学年は二クラスしかない。配慮してくれるだろうとは思うけれども、それでも、もしかつての加害者と同じクラスになったら、と。それが気がかりで。それを考えると、正直夜も眠れなくなる。娘が何か言っているわけではない。むしろ何も言わない。だからこそ逆に考えてしまうのだ、もしも、と。考えても詮無い事と分かっている。分かっているけれど、でも。
そのことを先生にちらっと話す。話したからとて何か変わるわけではないことも分かっているから、あくまでちらりと話すだけに留める。それ以上この話題を話しても、何にもならない。
処方箋を貰い、薬局へ。長いこと分包してもらっていたのを、しばらく前からシートのままにしてもらうことにした。そのことを、薬剤師さんはずいぶん気にしていた。大丈夫か、と。どうなんだろう、でも、もう分包にしてもらわなくても、自分なりに管理できるようになっている気がする。何をどれだけ飲んでいるのか、自分で意識した方がいいような気がする。分からないままじゃ、減らそうにも減らせない。
薬局を出ると、ちょうど信号が青に変わったのか、勢い良く行き交う車の列。私はその間を抜けてぼんやりと歩く。

やってきた友人と連れ立って埋立地まで電車で出掛ける。彼女は最近、前頭部にしこりを感じているらしい。外からの刺激が多くて、それがストレスになっているのかもしれないという。
長いこと自ら引きこもりを選んで為してきた彼女にとって、この環境の変化はなかなか大変なものがあるんだろうなと思う。それはもしかしたら、自然界で言うところの大地震に近いかもしれない、そのくらいの振動だろうと思う。出会った当初の彼女なら、もうこれだけで、ふらりと倒れていたかもしれない。それを思うと、よく踏ん張っていると思う。
あなたはどうやって、バランスを取っているの、というようなことを問われ、改めて考えてみる。私もやはり、自分なりの自分の時間というものを取ることで、バランスを取っているんだろうなと思う。外側へ開いたままでは私は生きていけない。自分に立ち返る時間がないと、外へ開くこともできない。だから必ずそういう時間を持つ。たとえば今こうして日記を記すというような時間のように。
自分と向き合うことについて、あれこれ話す。何か言葉を発せられたとき、その言葉が何処から来たのか、どういうものを背景に投げかけられたものなのか、どんな意味を込めて投げかけられたものなのか、そういったことを瞬時に考える。それは彼女や私にとって、当たり前のことであり。何ら特別なことではなく。
別れる頃、空は曇天で。一面雲に覆われた空は重たげにしなっており。私たちは手を振り合って別れる。

「私たちが生活の中で何かと直接触れ合うことができるのは、私たちがどんな先入観、イメージももたないでそれを見るときだけです」「私があなたを知っているというとき、それは昨日のあなたを知っているということです。私は今の実際のあなたは知らないのです。私が知っていることはすべて、あなたについてのイメージに他なりません」「私たちはすでに問題は時間の中に存在するということを見てきました。つまり、不完全に出会うから問題になるのです。だから私たちは、その問題の性質と構造に気づいてそれを完全に見るだけでなく、それが生起するのに応じて出会い、それをその場で解決しなければならないのです。そうしてそれが精神に根づかないようにするのです。もし人が一ヶ月、一日、あるいは数分間でさえ問題が持続するのを赦せば、それは精神を歪めます。ですから、どんな歪曲もなしに問題とその場で向き合い、即座かつ完全に、それから自由になり、精神に記憶の痕跡すら残さないようにすることは可能でしょうか? こうした記憶は私たちが引きずっているイメージであり、生と呼ばれるこの途方もないものに出会っているのはこれらのイメージなのです。だからこそ矛盾があり、そこに葛藤が生じることになるのです。生は非常にリアルです。それは抽象的なものではありません。あなたがイメージと共にそれに出会うとき、そこに問題が生まれるのです」
「中心も周辺もないとき、そこに愛があります。そしてあなたが愛するとき、あなたがすなわち美なのです」「もしもたえず自分のしていることに気づいているなら、あなたは気づきを空手手、その気づきの中から、快楽と欲望、悲しみの本質を、人間のひどい寂しさと砂を噛むような味気なさを理解し始めるでしょう。そのときあなたは、「空the space」と呼ばれるあのものに出会い始めるのです」

娘が、塾のテストの点数があまりに悪く、ショックを受けている。涙をぽろぽろ流し始める。正直驚いた。勉強を特に一生懸命やっているわけではなかった。だから私から見ると、この点数もいたしかたがないと思えた。どうも勉強の仕方が分からないらしい。
私は試しに、ノートの取り方を教えてやる。授業の後、こうやってまとめるといいよ、と教えてみる。彼女は泣きながら、言われた通りにノートを作り始める。いや、こういうところは、自分なりに自分の言葉でまとめてみるといいんだよ、と私は合わせて教えてやる。どうも彼女はそれが分からないらしい。自分なりの言葉でまとめるという作業ができないらしい。
じゃぁとにかく、自分が思うようにまずはやってごらん、と私は言ってみる。彼女はこくんと頷き作業を続ける。
その後姿を眺めながら、私は自分を省みて見る。私には、こんなふうに泣いたことがあっただろうか、と。なかったように思う。別に勉強が好きな子供だったわけではない。でも、何だろう、幼い頃体が弱かったせいもあるのかもしれないが、独りで部屋でしこしこ作業するというそのことが、楽しかった。黙々と作業する、それが楽しかったのだった。それは多分、今もあまり変わらない。
でもそういう楽しさは、人に教えられたからとて分かるものではない。自分で掴んでゆくしかないこと。今多分娘は、仕方なくやっているだろう。やらなければならないと思ってやっているんだろう。それが、自らやりたいという気持ちに変わるかどうか、それが、多分分かれ道の一つなんだと思う。
でもこればかりは助けようがない。私は見守るしか術がない。だから黙っている。黙って彼女を見守っている。とにかくやってごらん。やってみて、だめならまたそのとき考えよう。私は心の中、そう言ってみる。

開け放した窓にそよ風がさやさやとやって来る。私はそのたび、窓の外を見やる。窓の向こう広がる街景が、きらきらと輝いている。雨上がりの朝。
それじゃぁね、じゃぁね、手を振って別れる。今日は薄い上着一枚で出掛けてみることにする。少し肌寒いけれど、このくらいがちょうどいいのかもしれない。
公園の木々は昨日の雨でぐんと芽を伸ばしたらしい。茶褐色の枝々に膨らみ始めた芽が茫々と萌えている。それはこれでもかというほどの勢いで。私は思わず目を細める。あぁ春だ、春がもうここに在る。
大通りを渡って高架下を潜り埋立地へ。先日掘っていた躑躅の脇には、すでに標識が立てられており。今コンクリートを固めている最中なのだろう。支え木で囲われている。想像する。今土の中ではどんなことが起きているんだろう。躑躅の根は結局どうなったのだろう。想像しても仕方ないことと知りつつ、それでも。枯れたりすることなく、どうか躑躅がそのまま生き延びてくれますよう。私は祈るように思う。
信号が青に変わった。私は勢い良く飛び出す。眩しい空、その上空には鳶が大きく羽を広げ。
さぁまた一日が始まる。今日という日が。


2010年03月15日(月) 
回し車をひとしきり回した後、すっと回し車から降りたゴロは自分の顔を一心に洗っている。おはようゴロ。私は声を掛ける。その声に反応して、ゴロがこちらを向く。つぶらな瞳がじっとこちらを見つめている。ふと思う。ハムスターの視力というのはどのくらいなんだろう。私はしっかり彼女を見て捉えているけれど、彼女から見たとき、私はどんなふうになっているんだろう。以前恩師が妙なことを言っていたのを思い出す。俺は乱視になりたい、と。一つの月が二つにも三つにも見えるなんて世界、素敵じゃないか、ぜひその世界の住人になりたい、と。そんな贅沢なこと、言うもんじゃないよ先生、とその時私は心の中で笑ったが、果たして、実は私も一瞬なら味わってみたいなんて思うのだった。でも、きっと頼りないんだろうな、すべてがだぶって見える世界というのは。私はきっと怖くなる、そんな気がする。そういえば以前眼科で乱視気味ですねと言われたのだった。でも今のところ、よほど目が疲れない限りは、像がだぶって見えることはない。いつかそうなるんだろうか。ちょっと心配。
顔を洗い、ついでに前髪も濡らす。癖で跳ね上がった前髪をそれで何とか落ち着ける。鏡の中自分の顔を覗いてみる。昨日の疲れは、眠って何とかとれたようだ。顔にはそんなに出ていないと思う。化粧水を叩き込み、日焼け止めを塗って口紅を引く。それだけの作業なのだが、朝だという気がする。
窓を開け、ベランダに出る。寒いといえば寒いのだが、それでも、ずいぶんぬるくなってきた。鳥肌などは立たない。足元でイフェイオンが微風に揺れている。しゃんしゃんと鈴の音が聞こえてきそうな佇まいがなんとも愛らしい。ムスカリはこれ以上首を伸ばすことはないのかもしれない。長く伸びすぎた葉の陰でひっそり咲いている。小さな小さな青と紫の間の色合い。
薔薇の新芽の様子に目を凝らす。また粉を噴いているものたちを見つけ、私は摘む。ありがとう、と言って摘む。ごめんね、と言って摘む。空はもうずいぶん明るい。日がどんどんと長くなってゆく。
お湯を沸かし、お茶を入れる。生姜茶のぴりっとしていながらほんのり甘い味が口の中に広がる。さぁ朝だ。

その美術館はもともと、障害者の表現の発表の場として作られたことを、私は今回訪れるまで知らなかった。そこでもらったプリントに、そのことが記されていた。前回来たのが夏の終わり。その時、ニキの展示が為されていた。古い古い木造校舎の四つの教室に、それぞれ作品が展示されている。小さな教室の中、ニキの作品が生き生きと輝いて見えたことを私は思い出す。
今回、東京近郊の障害者数名の作品が展示してあった。簡単なプロフィールが添えられ、作品たちがみっしり並んでいる。別に、障害者だとか健常者だとか、そんな括りは私には関係ない。どっちだっていい。自分がいいと思える作品に出会えれば、それで十分。
木造校舎という場所だからだろうか、光がとても柔らかく感じられる。それは前回来たときもそうだった。ニキの鮮烈な色彩を、柔らかく光が包み込んでいた。ひたすらに時計を描いた作品たちが並んでいるかと思えば、鮮やかな色彩で抽象的な事物を描いたものもある。そのどれもが、まるで、この小さな教室の中で笑い声をたてて遊んでいるかのようだった。
帰り、ショップに立ち寄り、何枚かのポストカードと、前回来たとき買いそびれたお地蔵さんのようなペーパーウェイトを購入する。昇降口を出ると、枝垂桜が咲いており。風がそよよと吹いて行くのだった。

「私たちが抱える最大の困難の一つは、自分の目で本当にはっきりと、外部の事象だけでなく内部の生も見ることだと、私には思われます。私たちが木や花、または人を見ると言うとき、実際にそれらを見ているのでしょうか? それとも私たちは、その言葉がつくり出すイメージを見ているだけなのでしょうか? たとえばあなたが一本の木や、美しい夕焼け空に浮かんだ雲を見るとき、あなたは実際にそれを見ていますか? 自分の目と知性を用いてだけではなく、全体として、完全に見ているか、ということです」「その木をあなたの全存在で、あなたのエネルギーすべてを傾けて観察するとき、何が起こるか試してみなさい。その強烈さの中では観察者は全く存在しないということに、あるのは注意だけだということに、あなたは気づくでしょう。観察者と観察されるものが存在するのは、不注意なときだけです。あなたが何かを完全な注意と共に見るとき、そこに観念や決まった方式、記憶が入り込む余地はありません」「美とは何かを知るのは、完全な自己放棄をもって木や夜空の星、川の流れのきらめきなどを見る精神だけです。そして本当に見ているとき、私たちは愛の状態にいるのです」

テレビの中、デコ弁なるものが紹介されている。デコ弁を作るためのグッズを紹介しているのだが、それを見ていた娘が一言。無駄だよ。
え、何が無駄なの? だってさ、どうせ食べちゃうんだよ。え、でも、お弁当開けたとき、かわいい絵が描いてあったり、色が賑やかだったりしたら、嬉しくない? えー、食べづらいよ。え、そうなの? うん。どうせおなかの中に入ったら一緒じゃん。おなかん中で、みんな一緒になるんだよ。いや、まぁ、そうなんだけど。じゃぁママ、デコ弁とか作らなくていいの? 要らないよ、全然要らない。食べればみんな一緒。…。
そんなもんなのか? 私はまぁ、楽でいいけれども、結構これでも悩んだ時期があった。世のお母様方は、一生懸命子供のためにお弁当を作っている。色とりどりのお弁当。自分にはとうてい作れない代物。それは結構なコンプレックスだった。娘に申し訳なく思っていた。しかし。そんなもの作る必要はないらしい。気にする必要はないらしい。
これは娘が私に気を使って言ってくれてることなんだろうか? それとも彼女の本心なんだろうか? 分からない。全く分からない。が。
赤黄緑。この三色がとりあえず揃っているなら。それでいいや、もういいや。難しく考えることはやめた。おいしいお弁当ならそれでいい。娘よ、ありがとう。母、嬉しい。

寝る前に、二人でお握りを握ろうとご飯を炊いた。しかし。娘は、ミルクを抱いたまま、一向に握ろうとしない。ねぇ握ってよ。私が言う。やだよ、と娘。どうして、一緒に握ろうよ。やだ、無理、熱いもん。平気だよ、タオル持っておいで、それに包んで握ったらいいよ。えー、やだ。そんなんじゃママがいなくなったとき大変だよ。そのときはそのときだよ、そうなったらやるからさ、ね、ミルク? いや、ミルク関係ないし。いいじゃん、今は今、そのときはそのとき。おにぎりぐらいなんとかなるさ! …。
結局、四合分のご飯全部、おしゃべりをしながら私が握った。塩の加減だけ娘が見てくれた。まぁ今はそれでいいのかもしれない。と思うことにする。

「美は観察者と観察されるものの完全な放棄の中に存在します。そして自己放棄が可能になるのは、全的な簡素さ―――厳格さや許認可、規律や服従に縛られた聖職者の簡素さや、衣服や考え、食べ物や態度上の簡素さではなく、完全な謙虚さを意味する、全的にシンプルであることがもつ簡素さ―――があるときだけです。そのときは何の達成も、登るべきどんな梯子もありません。あるのは最初の一歩だけであり、その最初の一歩が永遠の一歩なのです」「あるのは全体的で、完全な、単独の精神の状態だけです。それは独り―――孤立ではなく―――です。精神は静寂の中に独りあり、そしてその静寂が美なのです。あなたが愛するとき、そこに観察者がいるでしょうか? 愛が欲望や快楽であるときにだけ、観察者が存在するのです。欲望や快楽が愛に関与しないとき、愛は強烈です。それは美のように、日々新しいものです。すでに申し上げたように、それは昨日も明日ももたないのです」

ねぇママ、これって私が悪いの? ―――最近娘は私にそういう尋ね方をよくする。これこれこんなことがあったんだけれど、これって私が悪いの? という具合。だから私は逆に尋ねる。あなたはどう思っているの?
たいてい彼女は、私は自分は悪くないと思う、と応える。そういうときに彼女は私に尋ねてくるのだと思う。自分は悪くないと思うけれど、どうなの? というような。
だから私はできるだけ丁寧に、それを紐解くことにしている。こんなことがあったんだね、それであなたはこうしたんだけれども、相手はこうだったんだね、あなたはこんな気持ちでやったわけなんだけれども、じゃぁ相手はどんな気持ちでそれをしたんだろう?
どっちがいいとか悪いとか、判断するのは、その場にいたわけでもないのだから正直私にはできない。だから訊いてみる。彼女から見て相手はどういう気持ちだったと思える? と。
いいとか悪いとか、そんなことよりも、もしかしたら大切なことが見落とされてるかもしれないよ、と。
彼女はそういうとき、口を一文字に結んで考えている。いくらでも考えてみればいい。考えて考えて、もしそこで気づけることがあるなら。

じゃぁね、それじゃぁね、私たちは手を振って別れる。バスに飛び乗ろうとした瞬間、娘の声が響いてくる。通りの向こう、ベランダに出て娘が手を振っている。私は思い切り振り返す。
電車に乗り、がたごと揺られながら私はぼんやり流れ往く景色を眺める。私はこの景色をあと何度見るのだろう。あと何度見たら、ここから離れることができるんだろう。まだまだ先かもしれないけれど、いつか、この景色を見なくても済むようになれたらいい。
電車が川に差し掛かる。川は朗々と流れ。一時も止まることなく流れ続け。陽光を受けてきらきらと輝くその光は、川と戯れ遊んでいる。
さぁ今日もまた一日が始まる。


2010年03月13日(土) 
四時に目が覚める。しばらく体の声に耳を傾けてみる。何となく胸の辺りがざわざわする。落ち着かない、というか、落ち着かないのともちょっと違うような。何ともいえないざわざわ感。イガイガしているわけではない。ただざわざわする。しばらくそれを眺めていると、ほんのり形が浮かぶ。あぁこれは、昨日授業で書いた童話のせいだ、と思い至る。気にしていないつもりだったのだが、やっぱり何処か、心の奥にひっかかっていたのかもしれない。
窓を開けると、少しぬるい風。強い風。びゅうびゅう吹き付けてくる。イフェイオンがその風に吹かれて揺れている。しゃら、しゃららと、音が聴こえてきそうな気配がする。
部屋に戻ってお湯を沸かそうとして気づく。ゴロが回し車を回している。本当にこの子は、音なくして回る子だなぁと思う。そうして彼女はひとしきり回し車を回し終え、こちらに気づく。おはようゴロ。私は声を掛ける。鼻を上に向け、ひくひくさせてこちらに近づいてくる。私が手に乗せてやると、早々に粗相をしてくれる。
お湯を沸かし、お茶を入れる。今日はほうじ茶。何となくそんな気分。娘の規則正しい寝息を微かに聴きながら、私は椅子に座る。どんどん明るくなってゆく窓の外。今日は高らかに晴れるのだろう。でもこういう時期、何を着たらいいのか本当に分からなくなる。体はまだ冬を残しており。でもそういえば、昨日の授業に来ていた大勢が、だいぶ薄着になっていたっけ。冬のままなのは私だけだったかもしれない。

授業の日。脚本分析について学ぶ。人生脚本という、何度も繰り返していくパターンに、今ここで気づき、書き換えてゆくというもの。禁止令の十二項目が読み上げられ、講師が細かく説明してくれる。それを聴きながら、改めて自分に当てはめてみるのだが、どう少なく見積もっても、九つには確実に丸がついてしまう。そんな自分に少し、苦笑する。
人生や社会に対する基本的構えと、その代表的なエゴグラムを講師がホワイトボードに記してゆく。それを記しながら、先日会って話した友人のエゴグラムが浮かぶ。ちょうどきれいなN型をしていた。ここでいうところの、自己否定、他者肯定のエゴグラムだ。彼女にとってどんなことがどんなものたちが内奥に積もっているのだろう。そんなことをふと考えていると、授業は次へ進んでいる。自分の一番嫌な体験を思い出し、それを童話式に書き換える、という作業だ。
童話式、といわれても、正直何も浮かばない。困っていると、講師が、自分はこんなものを以前書いたことがあると紹介してくれる。あるところに小さな女の子がお手伝いさんと犬と一緒に暮らしていました。或る日犬がいなくなってしまいました。女の子はお手伝いさんに尋ねました。犬は何処へ行ったの? するとお手伝いさんが応えました。犬は遠い街に行ったのよ、でも今とても安心できる場所にいるからあなたは安心してここで暮らしていいのよ、と。そこで女の子はとても安心して、ご飯をおいしく食べました。
と、そんな感じのものだった。講師は母子家庭に育ったのだが、父親が出て行って一週間くらいした頃、母親に尋ねたのだそうだ、お父さんは何処へ行ったの? すると母親は、無碍に、出てったわよ、と言ったのだそうだ。その時少女だった講師は、あぁそう、そうなんだ、別にいいわよ、と反応したのだが、本当は、とても傷ついたのだそうだ。そしてその日から、彼女はお父さんがいないのだからとしっかりしたいい子を演じるようになったという。その、契機になった経験を、この童話で、お父さんを犬、お母さんをお手伝いさんとすることで書き換えた。書き換えることで、講師は、ようやくほっとできたという。お父さんはお父さんで、安心できる場所で生き生きと生きているのだから、私は私で安心してここで生きていていいのだ、と、思えるようになった、と。
さて、私は、一体どう書いたらいいのだろう。ノートを前にして、私は少し迷った。当て所もなく心の中を彷徨った。そうして、とにかく書こうと思って書いてみた。
「昔々あるところに、小さな女の子がおばあちゃんと一緒に暮らしていました。女の子は以前、お父さんとお母さんから、おまえなんかもういらない、と、棄てられたのです。だから女の子はいつも思っていました。私なんてもういらないんだ。その言葉どおり、女の子は、或る日、おばあちゃんの家の屋根から飛び降りました。目を覚ますと、おばあちゃんが言いました。あぁよかった、おまえは私にとってとても大切な子なんだよ、生きていてくれてよかった。女の子はそれを聴いてわんわん泣いて、おばあちゃんと抱き合いました。そうして女の子はおばあちゃんと笑いあいながら一緒にご飯を食べました」。
私にとって、覚えている母の最初の印象は、「おまえさえいなければ私は」というものだ。それは、もう当たり前にそこに在って、だから私はいつでも、いなければいい存在、存在してはいけない存在、というような考えが横たわっている。もうそれは、無条件に私にとって存在する前提、というような。でも。
時折思った。もし私を肯定してくれる人がいたら。私の存在を喜んでくれる人がいたら、私はどれだけ嬉しかっただろう、と。
自分が最初に自殺未遂した折、数日後目を覚ましたとき、最初に響いたのは母の、一体どういうつもりでこんなことするの、迷惑よ、という言葉だった。そこで私は、その言葉をそのまま鵜呑みにしてしまった。その結果私は、生き残ることをさせられてしまった、というような姿勢を持つことになった。
それらのことを、書き換えるなら。書き換えられるなら、こんな言葉が欲しかったな、と。そう思って、書いてみた。
書いて気づく。あぁこれはインナーチャイルドセラピーワークとほぼ同じことなんだな、と。至極重なり合うものがある。こうやって書き換えてゆくことで、過去の重大な出来事を、受け容れ、重大な凹みだったものをささやかなものに変えてゆく。そのような作業。書き換えて、さて。次は。私がその、自分が理想とした形を生きてゆくことなのだと提示される。はてさて。そんなことできるんだろうか、と思う。これまで強烈にそこに在ったものを、変えてゆけるんだろうか。
でも。今気づけたのだから、今書き換えることができるチャンスなのだから、それをしていくことが大切なのだろう。書き換えはいつだってできる。今がチャンスなら、今それを為せばいいのだ。

娘が電話口で、さっき私すんごい怒ったの、と言い出す。どうしたの? と尋ねると、後で話すね、と言う。何があったんだろうなぁと彼女の帰宅を待っていると、けろっとした顔をして帰って来る。何あったの? 私が尋ねてみると、え? 何? と言う。え、だってさっき、すごく怒ったの、って言ってたでしょう? え? 言ったっけ? 忘れた。と言う。それどころか、お弁当の残りを食べながら、漫画を読んで笑っている。
何があったんだろうなぁと思うのだが、彼女にとってすっと忘れられるくらいのことだったのかもしれないとも思う。こういうとき、本当はどうするべきなんだろうとも思う。彼女の話を引っ張り出して、聴くことが大切なのか、それともそっとしておくことが大切なのか。結局私は、無理に話を聴いても逆効果なのかもしれないと、彼女が為すままにしておく。もしかしたらこれも、彼女なりの解決方法なのかもしれない、とも思ったりする。気にしすぎといえば気にしすぎなのかもしれないが。
私がうだうだ考えているところに、娘が突如話し出す。ねぇママ、ママは再婚しないの? へ? 再婚だよ、しないの? うーん、そりゃ相手がいればするかもしれないけど、今のところ相手いないからしない。つまんないのー。えぇっ、つまんないわけ? かっこいいお父さんがいいなー、あのドラマのお父さんとか。あー、無理だね、無理。じゃ、いっぱい遊んでくれるお父さんとか? そういう人がいたらいいんだけどなぁ。誰かいない? 紹介してよ。えー、私、言っとくけど、自分だけで手いっぱいだから。あ…そ。

「愛は完全な自己放棄があるときにだけ出現する」「探し求めている精神は情熱的な精神ではありません。そして愛を探し求めることなく愛と出会うことが、それを見出す唯一の方法です。知らないうちにそれと出会うので、それは何らかの努力や経験の結果ではありません。あなたが見出すであろうそのような愛は、時間の中にはありません。そのような愛は個人的でもなければ非個人的なものでもあり、一であると同時に多です、芳香をもつ花のように、あなたはその匂いをかぐか、そばを通り過ぎるかします。その花は万人のためにあり、同時に立ち止まってその香りを深く味わい、喜びをもってそれを眺める一人の人のためにあるのです。庭でそのすぐそばにいようと、遠く離れたところにいようと、その花にとっては同じです。なぜならそれは香りに満ちており、それゆえすべての人とそれを分かち合っているからです」「愛は新たで新鮮な、生き生きとしたものです。それは昨日も明日ももちません。それは思考の騒乱を超えています。愛が何かを知るのは無垢な精神だけです。そしてその無垢な精神だけが、無垢でない世界に生きられるのです。犠牲や崇拝、関係やセックス、あらゆる種類の快楽や苦痛を通じて人が際限もなく探し求めてきたこの途方もないものを見出すことは、思考がそれ自らを理解し、その結果、自然に終わりを迎えるときにだけ可能になります。そのとき愛は反対物をもちません。何の葛藤ももちません」
「あなたは、どうやってこの途方もない源泉に到達すればいいのか知りません。それであなたはどうするでしょう? もしもどうすればいいのかわからないなら、何もしないことです。断じて何もしないのです。そのとき、内的にあなたは完全に静まります。これが何を意味するか、おわかりですか? それはあなたが探していないことを、求めていないことを、追求していないことを意味するのです。そこには中心が全くありません。そのとき、そこに愛があるのです」

私たちはバスに乗り、駅へ。じゃぁね、それじゃぁね、また日曜日ね。手を振って別れる。娘は右へ、私は左へ。
ホームに立てば、ぬるい風がひょうひょうと私に吹き付けてくる。薄い上着を着てくればよかったと、今更ながら思う。
私にかかった呪縛のひとつひとつを、解きほぐしていけたらいいと、改めて思う。書き換えてゆけたらいい。書き換えて、そして今私が、そこからまた始めるのだ。
ホームに迷い込んだ千鳥が、人の間を行き来している。この鳥は本当に、人を人だと思っていない節がある。怖がるということが何処か欠けている。私はなんとなしに笑いながら、千鳥の歩く様を眺めている。
娘のホームに電車が滑り込んできた。娘が大きくこちらに手を振ってくる。私は振り返す。しばしの別れ。
さぁまた一日が始まってゆく。見上げれば空は、晴れ渡り。風が往く。


2010年03月12日(金) 
起き上がり、窓を開ける。しんしんと空気が冷えてはいるが、これも春の前触れなんだろう。そんな気がする。冬の、こう、張り詰めた空気とはまた何処か違う。冷たい中にも、息吹が感じられる。空は覆われる雲もなくすっと広がっており。だから余計に、この空気の冷たさが気持ちがいい。
顔を洗い、鏡を覗く。昨日の夜仕事をしようと思っていたのにへばってしまった。娘に笑われ、めげると慰められた、そんなことを思い出す。その娘は、布団に潜って何をやっているかと思いきや、ゲームだった。私に見つかって、まずいと思ったらしい。あれやこれや言い訳をしていた。そういう言い訳は聞き流すことにしている。一言、目が悪くなるからそういうやり方はやめてね、と言ったきりでやめておいた。本当は、ごまんと小言を言いたかったのだが。言われることは、きっと娘もわかっているだろうと思った。
こうしてみると、私は、鏡を覗きながら、自分の顔を観察するというより、昨日のあれこれをちょこっと思い出して思い返している、といった方が当たっているかもしれない。そう思って、改めて自分の顔を見直す。眠ったのか眠らなかったのか、分からないくらい、すっと眠ってすっと起きたせいか、顔が何となく何処かよそを向いている。まだここに戻ってきていないらしい。これじゃあかん、と、頬を二度ほど叩いてみる。
ベランダではイフェイオンが咲いている。もう四つ、五つとその姿が増えてきた。六つの花弁がぴっと開いて、それは子供たちの行進を思わせるような、かわいらしい元気溢れる姿。そこから少し離れたプランターにはムスカリ。こちらは、本当に小さな花になってしまって、葉よりも下手すると丈が低く、こじんまりと遠慮がちに咲いている。
薔薇のうどん粉病、まだよくはならない。今日もまた新芽に粉が噴いているものを見つける。私は摘む。摘んで摘んで、粉を落とさぬよう部屋のゴミ箱に棄てる。せっかくここまで出てきたのに、申し訳ないような悲しいような、そんな気持ちになる。本当ならここからさらに葉を開かせ、陽光を燦々と受けるはずだったのに。それが悲しい。でも仕方がない。
お湯を沸かし、お茶を入れる。久しぶりにハーブティを入れてみた。レモングラスとペパーミントのハーブティ。ぴりっとしたペパーミントの味が、レモングラスの爽やかな味とあいまってなんともいい感じ。

脚本分析の著書を読みながら、かりたてるもの、についてあれこれ思いめぐらす。「完全であれ」「もっと努力しろ」「他人を喜ばせろ」「急げ」「強くあれ」。このどれも、私には常についてまわっている気がする。何をするにしても、それが小さなことであっても、たとえば、しっかりやれ、もっともっと、もっと完璧にやって親を喜ばせろ、というふうに。そして私はいつでも、強くあらなければならなかった、そんな気がする。どんな選択をするにしろ。
禁止令を読めば読むほど、正直胸に痛い。存在してはならない。子供のように楽しんではいけない。成功してはいけない。実行してはいけない。重要な人物になってはいけない。皆の仲間入りをしてはいけない。信用してはいけない。考えてはいけない。自然に感じてはいけない…。それらのどれもが思い当たる。
もちろん父母は、そんなつもりがあってそうしてきたわけじゃぁないことも、今なら分かっている。自分が信じるように、必死になって彼らだって子育てしてきたのだろう、と。分かっている。
でも、今の私はそれが分かっているけれども、当時の私にはそれは分からなかった。ただ無条件に、禁止令をつきつけられ、少ない選択肢の中から、必死に、生き延びることのできる方向へ進んできただけだ。
私も父母も、それぞれに、必死だっただけだ。
今私は、ここに立って、それらを眺めている。見つめている。さてここから、私はどうすることができるんだろうと、改めて、考えている。
また同時に、私は、今、自分が母親となってみて、を、考えてみる。今私は母親だ。しかも我が家に父親はいない。娘にとって親は私だけだ。
そんな私は、彼女にどんなふうに接しているんだろう。これからどんなふうに接すればいいんだろう。

友人の言葉から、ふと、昔のことを思い出す。私と主治医とはどういう関係にあったのだろう、と。
私はまるで、生まれたての雛だった。あの診察室で、倒れ意識を失ってゆく中で、先生の言葉だけが響いていた。あなたの話が聴きたいのよ、と。
私は自分がもう狂ってしまったのだと思って、病院に連れて行ってくれと友人に頼んだ。そうして行った病院だったが、もうここが最後の場所だ、というような意識もあった。だから薬を飲んだ。ここに居ることしかできないくせに、ここに居ることさえできないとも思っていた。だからすべてを終わらせようと、薬を飲んだ。
意識が戻ったとき、最初に思い出したのは、薄れゆく中で響いた主治医の言葉だった。あなたの話が聴きたいのよ。ただそれだけだった。
それから主治医との関係は始まった。先生は私の話をとにかく聴いた。そして、たいてい、先生は言うのだった。次回まで生き延びてちょうだいね、と。
私はただその言葉を頼りに、支えに、次まで生き延びればもうそれで十分だ、と、それだけで必死に生き延びた。
主治医から逃げ出したこともあった。いや、今思えばそれは、主治医から、ではない。病気から私が逃げ出そうとしたのだった。もう嫌だ、こんな状態もういやだ、と。
でも、逃げられるものなんかではなかった。病気は病気として、そこに在った。私のすべてではなかったけれど、私の一部として、それは明らかにそこに在った。逃げる術など、何処にもなかった。
最終的に、主治医は自ら去っていった。病院を去るという形で、私の目の前から去っていった。
当時は、裏切られたような、そんな気持ちがしたものだった。どうしようもなく、取り残されてしまったという、そんな気持ちに苛まれた。
でも。
今はそれでよかったんだと思う。確かに、主治医を慕っていた。主治医にだからこそ話せることがあった。主治医の言葉だからこそ、聴けることがあった。
でも今はそうじゃない。私と今の医者との距離は、とてつもなく離れている。必要最小限のことを診察室で話し、薬をもらう、ただそれだけの関係だ。
でも。
何だろう、私にはそれで、よかったのかもしれない、とも、最近は思うようになった。
うまくいえないが、自分で向き合うしかない、という構えができたとでもいおうか。ここからは自分が自分をケアしていくのだ、というような、構えができたとでもいおうか。そんな気がする。
今私にとって病院は、救いの場でも癒しの場でも逃げの場でも何でもない。ただ、通院する場、だ。今生活するのに必要な、診断と薬とをもらう場。
これまでに私が培ったものを、これからは私が私自身にしていくのだな、と。そう思う。SOSを出すことも、休むことも、進むことも、当たり前だが、私が決める。私が私と相談して決める。医者は医者であり、私のパートナーではない。私が生きるうえでの私のパートナーは、私、だ。
そのことを、主治医と別れることで、私は改めて知った。気づいた。
今主治医が営んでいる病院が、そう遠くない場所にあるが、通うには私には遠い。だからもう二度と、主治医と会うこともないだろう。
ありがとう、と言いたい。今までありがとう、と。そして、さようなら、と。

ママ、どうしたの?! 忘れ物したっ。戻ってきたの? うん、忘れ物したんじゃどうしようもない。戻ってきた。急がないと、遅れるよ! 分かってるってばー。私は思う。朝、娘と一緒にDVDなんて見ていたのがいけなかった、あれにいつの間にか夢中になってしまって、朝の支度がなってなかった。後悔してももう遅い。
それは、一組の夫婦が離婚するかしないかの物語で。娘はどうもその間にいる子供の立場になって見ているらしく。いたるところで「そうじゃないじゃん! だめじゃん、お父さん」とか「違うよ、もっと話聴いてやんなよ、お母さん!」と言いながら見ている。私は正直、そういう娘を、見つめている。彼女がどういうところでそう思うのか、どういうところで何を感じるのか、そっちの方が気になっている。
ママ、しっかり勉強してきなよ! あなたもね、しっかりやんなよ。じゃぁね、それじゃぁね! 手を振って別れる。私は階段を駆け下り、バス停へ。息を切らしてバスに乗り、教科書を開く。そしてそこには、禁止令がだだだっと書いてあるのだった。あぁ、痛い。読むのが痛い。でも今読まなくてどうする、という気もする。今勉強するせっかくの機会なのだから、しかと目を見開いて見ておかなければ。後悔する。
川を渡るところではたと立ち止まる。川の真ん中に妙な船が。工事をしているらしい。その船に沿って波紋が広がってゆく。きらきらと陽光を受けて輝く川面だけれど、どこか歪。
さぁ、気持ちを切り替えて、次に進まねば。今日もまた一日が始まってゆく。


2010年03月11日(木) 
目を覚ます午前五時。起きることは起きたのだが頭がすっきり働かない。とりあえずいつもの動作をやってみる。顔を洗い、化粧水を叩き、窓を開ける。髪を梳かしながら空をぼんやり見上げる。冷え込みは厳しいが、今日は晴れるのだろう。空に雲があまりかかっていない。そもそも空がすでに明るい。私は鳥肌になりながらも、じっと空を見つめる。そういえば昔、まだ学生だった頃、よく始発に乗ったものだった。始発に乗って家から逃げ出す。ただそれだけで、私は解放された気持ちになったものだった。まず海へ出、砂浜を歩き、灯台まで登った。そうして見下ろす海原は、朗々と広がっており、私の心にまでそれは寄せてくるようで。それが何よりも私には心地よかった。そこから学校まで上りの電車に乗る。窮屈な座席、小さくなりながら座った。本を広げ、ただそれを凝視していた。何も寄せつけず、何ものにも寄らず。そんなところがあの頃はありありと在った。今頃始発の電車が駅を出た頃だろうか。どんな人が乗っているのだろう。あの頃の私のような人も、中にはいるのだろうか。
お湯を沸かしていると、ミルクが起きてくる。おはようミルク。ミルクはでっぷりとした体をどしんと餌箱の中に入れて、おもむろにひまわりの種を食べ始める。おまえはいつ見ても何か食べているねぇ。私は苦笑する。このミルクの食べ方が何とも愛嬌があっていいのだ。一心不乱に食べる。種に齧りついている。その仕草がかわいい。それでも最近、娘に、餌を少なめにされているミルク。満足できているんだろうか。ちょっと心配。
生姜茶を入れ、机に座る。ようやく意識がはっきりしてきた。部屋の中が見えるようになってきた。電気をまだ点けていなかったことに気づく。
昨日は、夜になるともう疲れ果てており。ネガティブに働きそうになる思考回路を何とか納めて、早々に横になったのを思い出す。友人から受け取ったメールにも、明日返事をするからと返したのだった。それほど何も考える余裕がなかった。でもまぁそれも過ぎたこと。
気を取り直し、昨日の必要なメモを作成する。昨日会いエゴグラムを間に挟んであれこれ話した彼女とは、これからもまた会うことになりそうだ。そのためにもきちんとメモを作成しておかないと。覚えている限りのことをとにかく箇条書きにまず書き出してみる。読み直し、足りないところ、重複しているところを整理する。そして最後に、私から見えたものをそのまま書いておく。
瞬く間に朝の時間は過ぎてゆく。もう娘を起こす時間。私は娘に声を掛ける。おはよう! もう時間だよ!

友人から連絡が入る。病状が反転したとのこと。そのために今思うように自由がきかないとのこと。私はただ彼女の話を聴いている。
最近特に思う。自分にできることは何だろう、と。自分にできることなどたかが知れていて、ただこうして話を聴くことだけなのだということがありありと分かる。それ以上もそれ以下も、何もできない。
その間に日が傾いてゆく。朝の雨が嘘のように晴れ上がった夕暮れ。空は高く澄んで、やがて茜色に染まってゆく。

霧雨の中、自転車で出掛けた。朝の霧雨というのはどうしてこう気持ちがいいのだろう。粉のようなシャワーを浴びている気持ちになる。乾いていた心が潤ってゆく、そんな気さえする。
脚本分析の著書を読みながら、私には、再決断ができるだろうか、と自問自答してみる。私の中に沈んでいる、どっしりと沈んでいるこの呪縛のようなものから、自由になることはできるんだろうか、と。
そうして自問自答しながら、ふと気づく。あの時どうして私はあの場所をあの時間を生き延びることができたのだろう、と。あの転換は、どこからやってきたのだろう、と。
あの時期、私はもう自分には死ぬことしか残されていないと思っていた。ただそれに向かっていくしかないのだ、と思い込んでいた。誰もいない部屋で、だから何度も自分を切り刻み、嬲り倒していた。もう誰の手もここには要らない、私は死んでゆくだけなのだから、と。そう思っていた。いろんな縁を切り刻んでいったのも、あの時期だった。
そんな中でとことんんところまで落ち込んで思ったのはこのことだった。生きたい、でももうこれ以上どうやって生きたらいいのか分からない。そう、もうこれ以上どうやって生きたらいいのか、それが分からない。
私はそういえば、死んでゆく物語を多数読んできた。その多くは自ら命を捨てるものだったように思う。今振り返ればそれは、私が自分の中に、「存在してはならない」という命題を持っていたからなのではないかと思える。まぁそれは今こうして振り返っているから思うことなのかもしれないが。
そうやって命を棄ててゆく姿に、惹かれていたのかもしれない。生きたい、でももう私など生きていてはいけない。生きる資格はない、生きている価値もない、私はそもそも存在してはならなかったのだ、と。その狭間で、私は揺れ動いていたのかもしれない。
父と母、どちらだったかもう忘れてしまった。父か母かが、或る日、私たちはおまえのことを理解できないと言った。その時、何かが弾けた。
あぁ、この人たちは、私を理解できないということを理解しているのだ、と。
おかしなことかもしれないが、それが私を解き放った。
この人たちと私は血が繋がっている。血が繋がっている者同士、理解し合わなければならないと思っていた。理解しなければいけないと思っていた。理解できるものと思っていた。しかし。理解などできるわけがないのだ。一個の、別個の人間同士。そんな丸ごと理解できるわけがない。それはたとえ血が繋がっていようとも。
自由に自分で感じることを抑えられて過ごしたことが、私をずっと抑えつけていた。私は理解されなければならない者なんだ、理解の範疇を超えてはいけないものなんだ、というような。そんな呪縛にも私は取り付かれていた。私に自由などないのだ、と。自由に感じてはいけないし、自由に考えてもいけないのだ、と。
でも。父母が言った。私たちはおまえを理解することはできない。そう、理解することなんてできなくていいんだ。私は別に、父母に理解されなくても、されないからといって、存在していてはいけないなんて術はないのだ。理解されないというところで生きていてもいいのだ、と。
そんなことが、一気に頭を駆け巡った瞬間だった。
私がもしあの時、自分に、生きていてもいいのだと声を掛けてやれなかったら、私は今ここにもういなかったかもしれない。
そしてそれは、父母の言葉によって、生まれたものだったんだと思う。
今こうして思い返せば、なんだかおかしな思考回路だ。笑えてしまう。理解できないと言われて、理解することができないと言われて、それが嬉しかった、解放のきっかけだったなど、ちょっと笑える。でも。
でもそうだったのだ。
私はもう、死んで復讐する必要もなければ、存在を誇示する必要もない。ただ、生きていればいい。そう思えた。
私は或る意味、あの時、自分を赦すことができたのかもしれない。
とは言っても、私は多分まだまだ、いろいろな呪縛にとりつかれている。そんな気はする。見えない蜘蛛の糸のようなものだ。見えていないから知らずに手を伸ばし、知らぬうちに絡め取られている。そんな感じだ。
でも。
父も母もやがて、死ぬ。私に呪縛をかけた相手はやがて死ぬ。そこで途方に暮れるよりは、今足掻いてみる方がいい。
私はどんな呪縛にとりつかれているのか。そしてそれはどうやったら抜けられるのか、いや、どうやったら私はそれを緩め赦すことができるのか。
注意深く見よ。私を取り囲むこの世界全体を。

「人が愛するとき、そこには自由が、相手からの自由だけでなく、自分自身からの自由もなければならないのです」「愛は過去である思考の産物ではありません。思考はどうやっても愛を培うことはできません。愛はその周りを囲ったり、嫉妬に捕らえられてしまうことはありません。嫉妬は過去から生まれるものだからです。愛はつねに生きた今の中にあります。それは「私は愛するだろう」とか「私は愛した」ではないのです。愛を知るなら、あなたは誰にも従うことはないでしょう。愛は服従しません。あなたが愛するとき、そこには尊敬も侮蔑もないのです」「愛があるところに、比較はあるでしょうか? あなたが全身全霊を傾けて、あなたの全存在をもって誰かを愛するとき、そこに比較があるでしょうか? あなたがその愛のために完全に自分自身を捨て去るとき、他者は存在しません」「愛があるとき、そこには何の義務も責任もありません」「真に配慮するとは、あなたが木や植物のために配慮し、水をやり、それが必要としているものは何かを考え、それに最良の土壌を与え、優しさと思いやりをもって世話をするときのように、心を配ることです」「自分自身のために泣くとき―――自分が一人ぼっちになってしまった、取り残されてしまった、もはや強力ではなくなってしまったというので泣くとき―――それは愛でしょうか? あなたは自分の運命を、境遇をこぼします。泣くのはいつもあなたのためなのではありませんか? もしもあなたがこのことを理解するなら、それは木や柱に触れるのと同じように直接それに触れることを意味しますが、そのときあなたは悲しみが自己がつくり出したものであることを、悲しみが思考によってつくり出される、時間の産物であることを理解するでしょう」「あなたはそれを余すところなく完全に、分析するのに時間をかけることなく、一目で見ることができます。あなたは一瞬のうちに、「私」と呼ばれる、私の涙、私の家族、私の国、私の新年、私の宗教と呼ばれる、この見掛け倒しのちっぽけなものの構造と性質全体を見ることができるのです。この醜悪さのすべて―――それはあなた自身の中にあるのです。あなたがそれを精神ではなくハートをもって見るとき、それを文字通り心底から見るとき、あなたは悲しみを終わらせる鍵を手にすることになるでしょう」
「だから、愛とは何かをたずねるとき、あなたは恐ろしがるあまり、その答を見出すことができないかも知れません。それは〔地殻変動のような〕全面的な激変を意味するかもしれません」「しかしそれでもなお見出したいと思うなら、あなたは恐怖は愛ではないことを、依存は愛ではないこと、嫉妬は愛ではないこと、所有や支配は愛ではないこと、責任と義務は愛ではないこと、自己憐憫は愛ではないこと、愛されていないという苦悩は愛ではないこと、謙遜が虚栄の反対物でないのと同様、愛は憎しみの反対物ではないこと、を理解するでしょう。ですから、無理強いによってではなく、雨が木の葉から何日も降り積もった土埃を洗い流してしまうようにそれらを洗い流すことによって、こうしたすべてを消し去ってしまうことができるなら、そのときあなたはたぶん、人がつねに恋焦がれてきたこの不思議な花に出会うでしょう」

今日は緑のおばさんの日。私と娘はぎりぎりまでミルクを囲んで遊んでいる。ミルクの顔を両方から挟んで、ぶしゅっとした顔にしたときが一番かわいいと娘は言う。この肉感がたまらないんだよねぇ! と形相を崩して笑っている。そして突然、娘が私の頬を両側から挟んで潰した。な、何すんの?! あー、こうやるとママもかわいい! どこがっ! ミルクだけじゃないんだぁ、ほっぺた潰すとみんなかわいいんだぁ! かわいくないよ、もうっ。っていうか、そこに吹き出物できてるから、押されると痛いんだよね。え、あ、ごめん。うん。ってか、もう一回! いやー、やめて。かわいい、ママ! かわいくない! そして突然娘が私にキスをする。ねぇママ。何? 多分ね、ママの生涯で、一番ママとキスしてるのは私だよ。は? 男じゃないね、ママのキスは、私とが一番多いよ。何それ。私は大笑いしてしまう。
まぁ確かにそうかもしれない。合計したら、男とのキスの数より、確実に娘とのキスの数が多いだろう。そんなものだ。多分。
ママ、そろそろ男と恋愛した方がいいね。へ? でないと男とのキス、忘れるよ! なによー、人にキスしといてっ! はっはっはー。
笑いながら私たちは階段を駆け下りる。朝日の燦々と降り注ぐ中、私たちは通りを駆けてゆく。
じゃぁね、それじゃぁね。また後でね! 手を振り合って別れる。みんな学校へ向かっていく。私は大通りを逸れて裏道へ入る。自転車をぐいぐい漕いで、信号を渡ろうとしてふと止まる。今まで躑躅の並木だったところを、掘り返している人がいる。その隣に看板が。通りの名称を記した看板をここに立てるために掘り返しているらしい。躑躅の、太い根をざくざくとシャベルで切り刻んでいる。痛い、と思った。見ていると痛い。躑躅の悲鳴が聴こえてきそうな気がする。私は目をそらし、信号を渡る。
ただ看板を立てるためだけに、せっかく伸びた躑躅の根っこをああやって切り刻んでゆくのかと思ったら、たまらない気がした。それで私たちの世界は多少便利になるのかもしれないが、躑躅たちはどうなるのだろう。
空は高く高く、澄み渡り。強い風が吹き抜けてゆく。冷たい風だ。でも陽光は間違いなく、もう春のそれだ。
冬と春との交叉する場所なのだな、と思う。そしてやがて、春がどおっと押し寄せてくるのだ。
さぁまた一日が始まる。私は、思い切りペダルを踏む足に力を込める。


2010年03月10日(水) 
窓を開け、手を伸ばす。細かい霧のような雨が降っている。空を覆う雲には濃淡の色合いが表れており、その向こうには朝がやってきていることが伝わってくる。ベランダの柵に沿って置いてあったイフェイオンのプランターたちは、すっかり濡れている。雨に濡れた茂みをかき分けてみると、花芽が幾つ。数え出すとわくわくしてくるくらいに出ている。冷たい雨雪だったけれども、イフェイオンにとってはそれはまるで合図だったかのように。ちょっと遅い気もするけれども、でも、こうして咲いてくれることが、私にはとても嬉しい。ムスカリもまた、葉に雫をつけている。でもあの青味がかった花は小さく小さく、それでもちゃんと咲いている。
薔薇の土も濡れている。窓際に寄せておいたのだけれども、昨日の雨雪は、風が強かったからきっと、吹き込んだのだろう。せっかく乾かした土だったのだけれども。まぁこれも仕方がない。新芽をじっと見つめる。粉が噴いているものはいないか、凝視する。二つ、三つ、四つ、見つける。私はただそれを摘む。それしか私にはできない。これ以上拡がらないようにただ目を凝らすくらいしか。
部屋に戻ると、ゴロが回し車を回している。おはようゴロ。私は声を掛ける。ゴロはくいっと首をこちらに向け、私を見上げる。ふと思う。彼女の目から見える私は、一体どんな姿をしているのだろう。きっと巨人なんだろうな。怖い顔をしていないだろうか。彼女にとって私や娘が、恐ろしい姿をしていなければいいのだけれども。
顔を洗い、鏡を覗く。ちょっと疲れた顔をしている。昨日は早々に横になった。なんだか疲れていたのだ。日中特別に何かをしたというわけでもなかったのだけれども、何となく疲れた。娘にそう言うと、さっさと布団に入れと促されたっけ。でも、雪の中塾に出掛けていった娘にそんなことを言わせることが、とても申し訳なく、ちょっとどうしていいのか分からなくなったのだった。帰ってきてすぐ彼女の手を握ると、冷たくて冷たくて、氷のようだった。でも不思議だ。握っていたらすぐ、彼女の手はあたたかくなって、私の手よりあたたかくなって。そういうものなのか、と、思ったのだった。
お湯を沸かし、生姜茶を入れる。マグカップを持って机に座り、膝掛けの代わりに毛布を掛ける。暖房を入れればそれで済むのかもしれないが、温風に当たるのがちょっとしんどい。もう使い古した、ぼろぼろになった毛布がこういうときは役に立つ。
先日泊まりに来た友人が言っていた。毎朝決まった時間に仕事を始めるっていいね、と。でないとつい、夜型になってしまうよね、と言っていた。確かにそうだ。私もずっと夜型だった。この、朝早くに仕事を始めるというパターンを作ってから、それが変わった。がらりと変わった。重心が朝になった。娘が今居るせいもあるかもしれない。娘の生活リズムに合わせて、朝ご飯を用意したり弁当を用意したり、と、何かと昼間やらなければならないことがある。朝に重心を持ってくることで、よかったなと思うのは、気持ちの切り替えが早くなったということかもしれない。朝起きる、顔を洗う、お茶を入れる、その間に、昨日あった出来事がすっと過去になる。後ろに飛び去ってゆく。だから私は、新しい一日をその都度呼吸することができる。昨日のことを思い出して日記を毎朝書いているが、一日という時間を過ごしているおかげで、出来事に対して距離ができる。そのおかげなのか、俯瞰できる。距離をもって、その出来事を見やることができる。
鏡に映る顔を覗き込みながら、口紅を引いてみる。さぁ仕事に取り掛かろう。

ゲーム分析と脚本分析の関連著書をあれこれ読んでいる。ゲーム分析はだいぶ掴めて来た。ゲーム分析を勉強していけばしていくほど、ストローク、陽性のストロークの大切さを痛感する。そして思う。私は娘との間で、それをどれだけ出すことができているのか、ということを。また、娘が、それが足りないがために否定的なストロークまでもを欲していやしないか、と。
でも、こういう著書を読めば読むほど、母親というものの重さを思い知らされ、ぐぅっと重圧を感じる。自分はかつて娘だった。そして今母親になっている。私が母との間で一番思い出す言葉は、「おまえさえいなければ私は…!」という言葉だ。この言葉は私にとってどんなものだったろう。それを思うとき胸がぎゅうと痛くなる。でも今ならもう分かる。母なりの思いがあったことを。ただあの当時の私には、選択肢はなかった。おまえさえいなければ、と繰り返す母の元で、それでも母の娘で在り続けるしか、術はなかった。おまえなんか存在しなければいい、存在してはいけない、という言葉に、それは置き換わり、私の中に存在し続けた。私が長いこと、早死にする物語に惹かれていたのは、そのせいなのかもしれないと今なら思う。とっとと死んでしまえ、と思っていた。おまえなんてとっとと死んでしまえ、と。だから私の時間はとっとと切り落とさなければならないものと私は思い込んでいた。そうでなければいけない、と。
そして思う。そういう言葉を、私は娘に向かって吐いていやしないか、と。そのことを思う。正直自信がない。全くない。こんな、責任重大の役柄を、私はしっかりこなしていけるんだろうか。
多分、私は幾つになっても、自信なんてもてないんだろう。自信なんてもてなくて、だから手探りで、懸命に探して探して探して、いくんだろう。
見本なんて何処にもない。私と娘との関係は、もうそれだけで、唯一無二なのだから。

いつのまにか雨が雪に変わる。その中を出掛けていった娘から電話が入る。どうしたのだろうと出てみると、学校のことだった。
学校でちょっといざこざがあったらしい。彼女に悪意があってしたわけでも何でもない出来事。偶発的な出来事。それには何人かが関わっており。でも、吊るし上げを食らったのは彼女だけで。それが彼女には納得がいかないらしい。このままだとまた、明日学校に行くときみんなが門の前で待ってて、睨まれる、と言い出す。そんなことがあるのかと驚いたが、それは言わず、私はただ耳を傾けていた。そして、尋ねてみた。あなたはどう思うの? と。
私はそうされるのは嫌だけど、自分が悪いとは思えない、と言う。それなら自分が信じるようにやってみたらいい、と私は応える。すると、彼女が突然、私、本当の友達なんていないや、と言い出す。そうなの? と私が問いかけると、うん、と言う。Kちゃんでしょ、MちゃんでしょSでしょ…それしかいないや! ええっ、それだけいればもう充分じゃない。本当の友達なんて、そんなにたくさんいるもんじゃないよ。私は応える。そうなの? そうだよ、本当の友達、親友って呼べる友達なんて、そうそう見つかるもんじゃぁないよ、今あなたにはそんなに名前が挙がるほどいるんでしょう? 充分じゃない。そうなんだぁ、そういうもんかぁ。そういうもんだよぉ。
彼女は話が尽きたのか、じゃ、電話切るねと言って電話を切った。私はしばらく受話器を眺めていた。
親友、と、本当に呼べる相手なんて、一人いればいいもんだ、と思う。うわべの友達がたくさんいるより、本当に心を割って話せる相手が一人二人いる、そのことの方が大切だと思う。娘よ、焦るな。ゆっくりいけばいい。納得するまで足掻けばいい。私はちゃんとここに在るから。

「私たちは生を死から分離してきました。そして生と死の間のそのインターバルが恐怖なのです。そのインターバル、時間は、恐怖によってつくり出されます。生は私たちの日々の苦しみ、日々の屈辱、悲しみ、混乱であり、ときたま窓が開いて向こうに魅惑的な海が見えるといったようなものです。それが私たちが生と呼ぶものであり、私たちは死を恐れていますが、それはこのみじめさの終わりなのです。私たちは未知のものに面と向き合うより、既知のものに執着する方を好みます。その既知のものとは私たちは家、私たちの家具、私たちの家族、私たちのキャラクター〔個性〕、私たちの仕事、私たちの知識、私たちの名声、私たちのさびしさ、私たちの神々―――要するに、それ固有の苦しさに満ちた存在の限定されたパターンと共にそれ自身の内部でひっきりなしに動き回る、取るに足りないあのものなのです」「どのように生きるべきか―――喜びと共に、魅惑と共に、美しい日々と共にどう生きるか」「あなたは死ぬことなしに生きることはできません。各瞬間ごとに心理的に死ぬのでなければ、あなたは生きられないのです。これは知的なパラドックスではありません。あたかもそれが新たな魅惑であるかのように、毎日を完全に、全体的に生きるためには、昨日のすべてのものに対する死がなければなりません。さもなければあなたは機械的に生きることになり、そして機械的な精神は決して愛が何であるか、自由が何であるかを知ることができないのです」
「葛藤なしに生きる、美と愛と共に生きる人は、死を恐れません。なぜなら愛することは死ぬことだからです」「あなたが死ぬときに何が起こるかを実際に発見するには、あなたは死ななければなりません。これはジョークではないのです。あなたは死ななければならない―――肉体的にではなく、心理的、内的に、あなたが大事に抱えてきたものに対して、あなたが苦しんでいるものに対して死ななければならないのです。最も小さなものであれ最も大きなものであれ、あなたが自分の快楽の一つに対して自然に、どんな無理強いも理由づけもなく死んだとすれば、そのときあなたは死ぬことが何を意味するかを知ることになるでしょう。死ぬということは、それ自身から完全に空になった、それがもつ日々の願望や快楽、苦悩から空っぽになった精神をもつということです。死は新生であり、一個の突然変異です。その中では思考は全く働きません。なぜなら思考は古いものだからです。死があるとき、何か完全に新しいものがあります。既知のものからの自由は死です。そしてそのとき、あなたは生きているのです」

朝、父に電話をする。用件を伝えると、父がこんなことを言う。「こういうことは、事前にいつでも連絡して来いよ」。
驚いた。父からそんな言葉を受け取るとは、思ってもみなかった。私は電話が切れた後も、しばらく受話器を見つめてしまった。こんなことが起こるなんて。
人との関係というのは、本当に分からない。私の心持が違うせいなのかもしれないが、それにしたって。私たちの今までの関係は何だったんだろうと笑ってしまうほどの驚き。
そんな私を見て、娘が一言。ママ、口が開いてる。いや、口が開いちゃうほどママは今驚いてるんだってば。どうして? うーん、うーん、じじが優しい言葉言ったから。そうなの? うん、そうだね。ママにとっては、とてつもない優しい言葉に聴こえたよ。そうなんだー。じじもそんなこと言うんだー。じじ、雪が降ったんで頭がどうかしちゃったんじゃないの? え?! じじ、熱でも出てるんじゃないの? …。
娘らしい、辛らつなお言葉。はい、そうかもしれませんが。私は笑ってしまった。笑いながら、何となく目尻に涙が滲んだ。

お弁当、そこに置いておいたからね。うん、分かってる。ちゃんと食べるんだよ。うんうん。それじゃぁね、じゃぁねー。
娘の手のひらに乗っていたココアをぐしゃぐしゃと撫でて、私は家を出る。霧のような雨が降ってはいるが、自転車で出掛けてしまおう。雨がざぁざぁ降りだしたら、またその時考えればいい。
坂を一気に駆け下りて、青の信号を渡る。細かな雨粒が私の頬を濡らしてゆく。それでも何だろう、気分がいい。雨の中こうして走るのは、実は結構好きだ。
高架下を潜り埋立地へ。十本の銀杏の樹は、濡れて黒々とした幹を見せている。でもその枝の先には。新芽がふくふくとついている。これが膨らんで、いつか割れる。割れると赤子の手のような萌葉が見られる。
さぁ今日も一日が始まる。


2010年03月09日(火) 
目を覚ます時刻。隣では娘がすぅすぅと寝息を立てている。昨日彼女は私の布団には入ってこず、彼女が友人と一緒に眠った布団を頭から被って寝ていた。頭から被ると友人の匂いがまだ残っているのだそうだ。なるほどと思った。その布団から今は、片足ががばりと出ている。私は布団を掛け直してやる。
もうゴロが起きている。おはようゴロ。私は声を掛ける。彼女はあっちこっち、籠の中を走り回っていたのだが、私の声に反応してぴたりと止まる。そうしてこちらを見上げ、かしかしと前足で扉を叩く。ちょっとだけだよと断って、私は手のひらに彼女を乗せてやる。
窓が今日も曇っている。開けると冷気がぶわりと私の体に当たる。寒い。今日もまた冷え込んでいる。空を見上げるとどんより曇っている。あぁそういえば今日は雨が降ると天気予報が言っていたことを思い出す。その言葉の通り、重だるい雲が空を覆い隠している。雲というのは本当に不思議だ。空全体を覆いながらも、空の明るさを決して損なわないところがある。雲の向こうに青空が広がっていることを、必ず思い出させてくれる。
私の手の中でゴロがぶるりと体を震わす。私は慌てて部屋に戻り、ゴロを籠に戻してやる。籠の中はあたたかいはず。巣の下には温熱シートが敷いてあるのだから。
顔を洗いながら、少し前のあの腹部に走った激痛を思い出す。あれは一体何だったんだろう。ボルタレンを二回使用して、その後は楽になった。痛みが抜けた。一時的なものだったんだろう。それにしたってあんな痛み、久しぶりだった。
お湯を沸かし、お茶を入れる。カップにお湯を注ぐと、ほんわりと生姜の香りが漂ってくる。口に含めば仄かに甘い。私は、生姜ゆえに体があたたまる、というところまでは全く感じられないけれども、それでもこのお茶はおいしい。今飲んでいるのは黒茶生姜茶だが、店には紅茶生姜茶も置いてあった。いずれ機会があったら飲んでみよう。
唇の、ちょっと内側に、何か違和感がある。鏡を覗いてみるのだが、ぽつりと小さな何かがあるようなないような。口内炎のできそこないだろうか? よくは分からない。昨日の夜まではこんなもの感じられなかったのだが。眠っている間に現れたのだろうか。不思議なものだ、人の体というのは。

友人と合流する前に、ひたすら参考文献を整理する。ノートに書き写しながらああでもないこうでもないとやってみる。あなたのせいでこんなになった、や、キック・ミーについて記していて、ふと、弟のことが浮かぶ。弟にも荒れた時期があった。小さいものではあったが、家庭内暴力らしきことがあった。あれは、彼のサインだったんだと思う。そうすることでしか、父親との間でのストローク交換ができなかったんだと思う。今思い返せばそれは或る意味懐かしい。今もう、彼が殴りつけて穴を開けた壁は、実家には残っていない。彼が拳でへこませた私の部屋の扉ももう残ってはいない。でも、そういうことが確かにあった。
基本的構えについてまとめているとき、ふと娘のことが浮かぶ。娘はもうすでに十歳だ。彼女の中でもこの「構え」は出来上がっているといえる。彼女にとっての構えはどんなものだろう。しかも彼女にとって、親は私しかいなかった。私とのふれあいが主体となって培われたその姿勢は、どんなものになってしまっているんだろう。少し不安を覚える。私には全く自信などというものは存在しない。いつだって手探りだ。足掻いている。それがどうか否定的なものではありませんよう、ただ祈るしか、ない。

「私たちは自分の中の変化は時間の中でもたらされると考えます。自分の中の秩序は少しずつ、日を追って形成され、増大すると考えるのです。しかし、時間は秩序も平和ももたらしません。だから私たちは段階〔=時間〕の観点から考えることをやめなければならないのです。このことが意味するのは、私たちが平和に生きるのに、明日というものをあてにすることはできないということです。私たちは今この場で秩序あるものにならなければならないのです」「真の危険があるとき、時間は消えてしまうのではありませんか? そのとき即座の行動があります。しかし私たちは、自分が抱えている多くの問題がもつ危険を見ないのです。だから私たちはそれを克服する手段としての時間を発明するのです。時間は私たちの中に変化をもたらす上で何ら助けにはならないので、人を欺くものです。時間は、人が過去と現在、未来に分割してきた一つの運動ですが、それを分けているかぎり、人はつねに葛藤の中にいることになるでしょう」
「最初に理解されなければならないことは、私たちは時間を、これまで見てきたような新鮮で無垢な精神でのみ、見ることができるということです。私たちは自分たちが抱えている多くの問題について混乱しており、その混乱の中で途方に暮れています。仮に森で迷ったとすれば、最初にすることは何でしょう? 立ち止まることではありませんか? 立ち止まって、周りを見回すのです。しかし私たちが生の中で混乱し、どうしていいかわからなくなればなるほど、私たちはよけいに追いかけ、探し回り、要求し、懇願するのです。だから示唆させていただくなら、なすべき最初のことは、内的に完全に停止することです。そして内的、心理的に止まるなら、あなたの精神は非常に静かに、非常に明澄になるでしょう。そのときあなたは本当にこの時間の問題を見ることができるのです」

友人と合流。友人はもうフィルム二本分撮影してきたという。相変わらずフットワークの軽い友人。私たちは珈琲を挟んであれこれおしゃべりをする。
もう七年くらい前になるだろうか、友人は私たちの今の部屋に一度来たことがある。その時のことを友人は鮮明に記憶しており、私が驚くようなことを次々話してくれる。正直、その頃のことを私はほとんど覚えていない。記憶がない。
記憶がないということがこんなに不安定なものなのかと、改めて思う。立つ場所がないのだ。寄る辺がないといえばいいのだろうか。私は友人の言葉をひとつひとつ噛み締めながら、自分の中に折り畳んでしまいこんでゆく。そういうことがあったのだな、と、自分に言って聞かせる。
今友人は、ひとつの転機に差し掛かっている。ここからどうするか、という場所なのだろう。これまでやってきたこと、そしてこれからやりたいこと、それにともなって向き合わなければならない自分自身。友人の中で渦巻いている。
泥臭さ、という話になる。その人ならではの匂い、徴。それをどれだけ掬い上げて形にできるか。言葉で言うと簡単だが、とても難しい。

「時間とは何か、おわかりですか? 時計によって計られるものでも、年代順の時間でもない、心理的な時間のことです。それは考えることと行動との間にある間隙です。考え〔観念〕は明らかに自己防衛のためにあります。それは安全という観念です。行動はつねに即座です。それには過去も未来もありません。行為することはつねに現在にあります。しかし行動はあまりに危険で不確かなので、私たちは一定の安全を与えてくれるだろうと期待する観念にすがりつくのです」
「時間は観察者と観察されるものとの間のインターバルです」「永続的なものは何もないということを発見するのは途方もなく重要なことです。というのも、そのときだけ精神は自由になり、あなたは見ることができるようになって、そこに大きな喜びがあるからです」「あなたは未知のものを恐れることはできません。なぜなら、あなたは未知のものを知らず、だからそこに恐れるようなものは何もないからです。死はたんなる言葉です。そして恐怖をつくり出すのはその言葉、イメージなのです」

夕方、娘と共に私も机に向かい勉強していると、いきなり娘が尋ねてくる。ねぇママ、どうしてママは勉強してるの? え? 勉強したいからだよ。オトナって勉強しないものなんじゃないの? えー、どうして? だってさぁ、友達のお母さんとかで勉強してる人いないよ。そうなんだぁ、でもママは、今、勉強したいからしてるの。子供のとき勉強しなかったの? えぇっ? いや、そんなことはないけど。私、オトナになってからまで勉強したくないよ。ははは。まぁママもあなたくらいのときは、勉強が好きなわけじゃぁなかった気がする。じゃ、ママはいつから勉強が好きになったの? うーん、それはよく分からない。でも、今は勉強したいからしてて、勉強していろんなことに気がつけるのが楽しいよ。ママってやっぱ変人だ。えぇっ?! ママってB型? な、なんで? 変人だから。いや、違うけど。私、みんなに絶対おまえってB型だって言われる。あ、それは違うな、あなたはAかOだよ。なんで? ママとばばがA型だし、じじとおじちゃんはO型で、B型はいないよ、うちには。えーーー、そうなの?! うん。つまんなーい、じゃ、私、中身だけB型ってことにしよう。な、なんじゃ、それ? 私もヘンジンだもーん。…。

それじゃぁね、じゃぁね、あ、ママ、お弁当作ってね。了解。
そうして私たちは手を振って別れる。娘に言われたとおり、仕方なく傘を持って出たが。自転車に乗れないのがちょっと悔しい。
バスに乗り駅へ。込み合うバスの中、私は少し俯きながら立っている。ふと昨日ノートに書き写した、A的姿勢のことを思い出す。試しに背筋を伸ばし、頭を上げて、あごと床とを平行にしてみる。それで何が変わったというわけでもないが、何となく、地に足が着いているような感覚に陥る。
地に足を着けて…。そう、地に足を着けて歩いていけたらいい。どんなときも、両足だけは踏ん張って、大地に根を張って、歩いていけたらいい。
海と川とが繋がる場所に、水鳥たちが集っている。橋の辺りに大勢の水鳥。黒と白の体の色が、暗緑色の水面に映えて浮かび上がる。彼らは何処から来て、そして何処へゆくのだろう。
信号が青に変わった。強い海風が私の髪を翻して過ぎてゆく。


2010年03月08日(月) 
いつ寝入ったのか全く覚えていない。目を覚ますと、友人と娘の規則正しい寝息が響いている。しばしその音に耳を傾け、そうして体を起こす。灯りの点いていない部屋の中、他にも物音がしている。かさこそ、かさかさ。ミルクが餌箱の中、でぶんと座って何かを食べている。ゴロはゴロで、水飲み場と入り口のところを往復している。眠っているのはココアだけ。ハムスターは夜行性のはずなのだが、特にゴロは、朝必ず起きてくる。不思議だ。
顔を洗い、鏡の中を覗く。一体自分はいつ寝入ったのか。本を読んでいたのは覚えている。読みながら線を引いたのも覚えている。しかし、友人がお風呂から上がったところは覚えていない。その間に私が寝入ってしまったということなんだろうか。そんなに疲れていたんだろうか、私は。首を傾げる。どうも納得がいかない。
お湯を沸かし、お茶を入れる。それにしても寒い。そう思って窓を見やると、窓はすっかり曇っている。部屋に暖房が入っているわけではない。それなのに曇っているということは、それだけ外が冷えているということ。私は窓をそっと小さめに開けてみる。寒い。ぐんと冷え込んでいる。でもこの凛と張り詰めた空気。私には心地よい。空を見上げると、雲ひとつなく晴れ渡っている。あぁ久しぶりの晴れ間。そんな気がする。街灯の少ない街はまだ闇の中に沈んでいる。が、南東の空はもうすでに明るくなり始めた。地平の辺りにさえ雲がない。昨日の雨雲は何処へ行った。そう思いながらも、心がわくわくしてくるのを私は止められない。晴れるというそのことが、それだけのことなのに、私にはとても嬉しい。雨が嫌いなわけではない。ただ、何となく、心が躍る。
しかし、この数日の雨で、薔薇のうどんこ病はまた拡がった。出てくる新芽のほとんどが粉を噴いている。しかも、それが他にも広がり、すでに在った葉の幾つかまでが粉をつけてしまった。私は、参ったなぁと声に出しながら、それをひとつずつ摘んでゆく。摘めども摘めども、止まない病葉。それでも摘むしかない。飽きずに懲りずに摘むしかない。
ムスカリの小さな小さな花。でも色はとても鮮やかで。青味の強い紫色。緑色の細い葉の間からすっくと立ち上がっている。そしてイフェイオンもまた、茂みの中から頭一つ分顔を出して咲いている。寒さに向かって凛々と。
そっと指の腹で触ってみる。薔薇の新芽。挿し木したものから出てきた新芽は、まさに萌黄色。今生まれたばかりの柔らかさをもってそこに在る。

澱みなく降り続く雨。海と川とが繋がる場所でふと立ち止まる。水墨画のようなけぶる景色の中、そこだけが鮮やかな色あい。鴎たちが集っているのだ。時折鈍い啼き声を響かせ、三羽だけが飛び交っている。水に点々と浮かぶその姿は、白い滑らかな陶器のようで。思わず手を伸ばしたくなる。届くわけはないのだけれど。

朝からひたすら本を読む。チーム医療が出版している交流分析に関する本二冊。ゲームが思い浮かばないと思っていたが、何のことはない、私がゲームそのものを捉えかねていただけのことだった。
代表的なゲームの中の、「はい、でも」などは、私自身何度も演じたことがあるではないかと気づき、苦笑してしまう。そう、以前の主治医との間で、似たゲームを私は何度も演じてきた気がする。はい、でも、でも、でも…。そう繰り返してきた気がする。「あなたをなんとかしてあげたいと思っているだけなんだ」もまた、日常のいろんな場面で出会うものだった。そして、「義足」も、以前は演じたことがある気がする。辛うじてそれらすべてが以前の私にあった側面だが、さぁ果たして、これを過去といえるのか。今だって環境さえ違えば、私は同じことを繰り返しやしないのか。それを思ったら、恥ずかしくなった。
大学で心理学を少し舐めた頃、こんなことは思わなかった。心理学というものを学ぶので手一杯で、学びながら自分を省みるなどという作業はついてこなかった。だから、今改めて私は自分と向き合わなければならないことを思う。学ぶほど、目隠しを取られていく気がする。ひとつ、またひとつ取られて、自分と否応なく向き合わざるを得ない状況に追いやられている。そんな気さえする。
でもそれをしなければ、何のために学んでいるのか分かりやしないというもの。今向き合わないでいつ向き合うのかということもある。今がチャンスなら、そうするだけだ。

実家に電話をすると、娘が半べそで電話に出る。どうしたの? 尋ねてもなかなか応えが返ってこない。電話を変わった父や母が、交互に、状況を話してくる。どうも復習が追いついていっていないらしい。ノートはちゃんととってある、教科書に線も引いてある、じゃぁちゃんと覚えているのかというと、全く暗記はできていない、という状況らしい。書いて終わり、読んで終わり、になってしまっていたのだろう。その中で、私も子供の頃さんざん言われた、父の決め台詞が出てきていた。それを聴いて私は小さく苦笑する。それを言われると、黙るか泣くしか術がないのだ、言われた方は。そのことをありありと思い出す。娘はぼろぼろと大粒の涙を零して泣いたらしい。
結局娘が実家を出たのは午後四時過ぎになった。横浜まで迎えに行こうか、と尋ねると、これまた返事がない。どっちでもいいと言い出す。だから私は敢えて尋ねる。どっちがいい? 三度ほどそのやりとりをして、最後、娘が、やっぱり迎えに来て、と言う。分かった、待ってるね、と私は応える。
雨は降り続いてはいたが、粉のような細かさに変わってきている。でもその粉のような雨は、何処までも何処までも続いていきそうな雰囲気を漂わせており。私は思わず空を見上げる。雨雲は切れることなく、空を覆い尽くしている。

「自由はある精神の状態です―――何かからの自由ではなくて、自由の感覚、あらゆることを疑い問う自由、それゆえ強烈、活動的で、活力にあふれているので、それはあらゆる形態の依存、隷従、適応、受容を投げ捨ててしまうのです。そのような自由は完全に独りaloneであることを含意しています」「この孤独solitudeは、どんな刺激、どんな知識にも依存しない、そしてどんな経験や結論の結果でもない精神の内的な状態です。私たちの大部分は、内的には決して独りではありません。自分自身を〔社会から〕切り離してしまうという意味での孤立isolationと、独り在ることaloneness、孤独は違ったものです」
「独りであるためには、あなたは過去に向かって死ななければなりません。あなたが独りでいるとき、完全に独りで、どんな家族、どんな国家〔民族〕、どんな文化、どんな特定の大陸にも属さないとき、そこに一個のアウトサイダーであるという感覚があるのです。このように完全に独りでいる人は無垢であり、そして精神を悲しみから自由にするのはこの無垢なのです」「私たちは何千年も人々が言い続けてきたことや、過去のあらゆる災厄の記憶といった重荷を引きずっています。それら一切合財を完全に捨ててしまうことが独りになるということであり、独りある精神は無垢であるのみならず、若々しいのです。これは年齢の話ではなくて、いくつになっても若く、無垢で、生き生きしているということなので、そのような精神だけが真理であるもの、言葉では測れないものを見ることができるのです」「この孤独の中であなたは、あなたが考えるあるべき自分や、これまであった自分とではなく、あるがままの自分と共に生きる必要性を理解し始めるでしょう。どんな気おくれも、どんな偽りの謙遜も、どんな恐怖、どんな正当化や非難もなく、自分自身を見られるか試してみなさい―――あるがままの実際の自分と共にただ生きられるかどうかを」「あなたが何かを理解し始めるのは、あなたがそれと共に親密に生きるようになったときだけです。しかし、それに慣れてしまったとたん―――あなた固有の不安やねたみ等々、何であれそれに慣れてしまったとたんに―――あなたはもうそれと共に生きてはいないのです」「非難したり、正当化したりするのではなく、それを気遣うのです。そうしてあなたはそれを愛し始めます。気遣うとき、あなたはそれを愛し始めるのです」「注意深く見る」「自由は願望や欲求、憧憬を通じてやってくるのではなく、自然にやってくるのです。あなたはこれが自由だとあなたが考えるイメージをつくり出すことによって、それを発見するのでもありません。それと出会うには、精神は生を見ることを学ばなければなりません。それは時間の境界をもたない一個の広大な運動です。自由は意識の領域を超えたところに横たわっているからです」

夕方、西の町に住む友人から緊急電話が入る。彼女の声を聴いた途端、何かあったんだなと私は感じる。気づいたら薬を馬鹿飲みしていたのだという。
自分でも分かっている、今は違う、今は今、過去は過去、頭では分かっている。なのに、頭の中で声がするんだ、だめだだめだって声がするんだ。おまえを消去してしまえという声がするんだ、と。そうして気づいたら、薬を飲んでいた、という。
彼女が陥っている場所がどんな場所か、私にも馴染みがある。かつて私もそういう場所に陥って、出てくるのに長い時間がかかった。消去しようとしたって、消去できないことが分かっているのに、存在そのものを滅することなど、できやしないと分かっているのに、それでもしてしまう。死にたいわけではない、そうではないのだけれども、自分を消去しなければもうどうにもならない、と、そう思えてしまうのだ。
私はただ彼女の声に耳を傾ける。その気配を察したのか、娘がこちらを見ている。電話の主が誰かも、多分彼女はもう察知しているのだろう。彼女の目も真っ直ぐだ。
私は、もうそういうことはやめろ、などという言葉を吐くことはできない。もし私がそんなことを声にしたって、嘘になる。私だってさんざんそういう場所を潜ってきたのだ。そういう最中に、やめろと他人に言われたからとてすぐに止められるものではない。そんなことなら苦労もない。
だからただ、今は、SOSを出そうね、とだけ伝える。また同じパターンに自分が捕まってしまいそうになったら、そのときはすぐ、SOSを外に出そうね、と。
あの頃の私には、SOSを出すことさえ遠かった。今の彼女にとってだってそうだろう。それでも、今こうやって電話をかけてきてくれた彼女を、私は信じる。

じゃぁね、それじゃぁね、友人と娘と別れ、私は自転車を走らせる。首を竦めるほど冷たい風が私を突っぱねるように吹いている。でもそれが妙に心地よい。途中公園に立ち寄る。池全体に氷が張っているわけではないが、池の端にちょこちょこと、氷の欠片が見られる。それだけ冷え込んだということか。水面に映る空は青く青く澄んでいる。樹々の枝がくっきりと浮かび上がる。
信号が青に変わった。私は思い切りペダルを踏み込む。高架下を潜り埋立地へ。風は一層強くなり。
銀杏の樹が右に左に小さく揺れている。信号機も揺れている。そんな風吹く街に、陽光はただひたすら降り注ぐ。燦々と。
さぁまた一日が始まる。新しい一日の始まりだ。


2010年03月07日(日) 
腹部の激痛で目が覚める。痛い。とにかく痛い。時計を見ると午前四時。腹部を抑えて痛みから逃れようとするのだが、うまくいかない。何だろうこれは。以前、似通った痛みに襲われたことがある。そのときは熱も四十度を越え、どうしようもなくなって救急車を呼んだ。しばらく布団の中、ばたんばたんと寝返りを打ってみる。一向に良くなりそうにない。仕方ない。痛み止めを飲もう。起き上がり、薬入れに手を伸ばす。一回に一錠が規定量なのだが、この痛みを止めなければどうにもならない。二錠飲んでしまうことにする。再び布団へ。しばらくばったんばったんと暴れていたのだが、暴れているのもこれまたしんどい。目を瞑って数を数えることにする。一、二、三、四…。
一時間ほどして、ようやく多少なり効いてきた薬。私は起き上がる。いつもの起きる時間には間に合った。この程度の痛みなら、動くことはできる。私は顔を洗い、鏡の中を覗き込む。大丈夫、何とかなる。自分に言い聞かせる。実際に声に出して「大丈夫」と言ってみると、ずいぶん違う。おかしなもので、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
お湯を沸かし、マグカップにお茶っ葉を入れてお湯を注ぐ。生姜の匂いが今朝は全く分からない。仕方ない。そんなことでめげてもいられない。私は気を取り直してお茶を口に含む。微かではあるけれども、生姜茶のいつもの味が口の中に広がる。これくらいでも感じられれば上等、上等。私は自分に言い聞かす。
昨日洗って伏せておいたカップを棚にしまっていく。娘と話をしてみると言って帰っていった友人。帰宅して、娘さんとなんらかでも話をすることができただろうか。気にかかる。少しでも話ができていたら、いい。
窓の外は雨。しんしんと降り続く雨。窓を開けて、私は手を伸ばす。雨粒がぽてぽてと手のひらに当たる。少し粒の大きい雨だ。そんな雨を受けてイフェイオンは咲いている。そして、昨日気づいた。ムスカリが小さな小さな花をつけたのだ。本当に小柄な花。それでも咲いたのだ。花を見つけたときは本当に嬉しかった。あぁよかったと思った。そしてムスカリに感謝した。これほど放置しておいたというのに、そんな私の元で再び咲いてくれたことに。感謝した。
腹部の痛みがじわじわと立ち上ってくる。できるだけそれに気をとられぬように気をつけながら、私は朝の支度を続ける。マグカップを持って机の前に座る。朝の仕事に取り掛からないと。私は頭をぶるんと振って、意識を仕事に集中させる。

朝、ノートを整理したりテキストを書いたりしているところに友人がやって来る。友人に、これまで整理したノートを手渡し、少し読んでもらう。ジョハリの窓や、無条件の受容のところで彼女の目が立ち止まり、そのことについてあれこれ話す。また、時間の構造化のところで、自分にはどんな傾向があるかについても少し話す。
友人の話を聴きながら、まだまだ私には勉強が足りないことを痛感する。夕方、ゲーム分析と脚本分析の本が届く。早速読んでみようと思う。

「あなたはドグマから、それを分析することによって、それを閉め出すことによって、いともかんたんに自由になれます。しかし、ドグマからの自由を求めるその動機は、それ自身のリアクションをもっています」「もしもあなたが何かから自由だと言うとしても、それは一つのリアクションで、そのリアクションは別の適応、別の型の支配をもたらすことになる、さらに別種のリアクションを生み出すことになるのです。こうしてあなたはリアクションの連鎖をもつことになり、それぞれのリアクションを自由として受け取るのですが、それは自由ではありません。それは精神が執着する、修正された過去のたんなる継続に過ぎないからです」
「自由はあなたが見て行為するときにだけやってくるので、反抗を通じてではありません。見ることが行為することであり、そのような行為はあなたが危険を前にしたときと同様、即時のものです。そのときそこには思考の働きも、議論も、ためらいもありません。危険それ自体が行動を強いるからで、それゆえ見ることが行動することであり、自由であることなのです」

友人がいきなり言う。こんな話をしてていいのかな?と。どうして、と問うと、人といるときどんな話をしたらいいのか分からなくて。みんな普通はどんな話をしているんだろう? そんなこと気にする必要はないんじゃないの。話したいことを話せばそれでいいと思うよ。聴いてて楽しい? 私は楽しいよ。あぁ、じゃぁよかった。
そうして彼女は再び、いろいろな、思いつくことをあれこれ話してくれる。
彼女は長いこと引きこもっていた。それは、精神的にも肉体的にも、だ。そうしてここに来てようやく、彼女のベクトルが外に向き始めた。だからこそ今、そんな言葉が出てきてしまうのだろう。こんな話していていいのかな、みんなは普通どんなことを話しているんだろう、といったような言葉が。
みんなが普通どういう話をしているのか、私にはよく分からない。だから、自分がこの相手に話したいと思うことを素直に話せば、それでいいんじゃないだろうか、と思う。みんながどうとかこうとか、そんなことははっきりいって関係はない。自分にとって相手がどういう相手であるのかを見極めて、その上で話をすれば、もうそれでいいんじゃないのか、と思う。
ひとしきりそうしておしゃべりをし、私たちは別れる。再会を約束して。

娘に電話をかけると、今お風呂入ってたのにぃと言われる。あらごめんね、掛け直そうか、と言うと、お風呂の中に入って電話に出るからこのままでいいと言う。便利になったものだ。私が子供の頃は黒電話、コードがついているのが当たり前だった。今娘に、黒電話の話をしても、きっとイメージさえ沸かないだろう。
どんな具合? まぁまぁだよ。そっか。ねぇねぇ、生ハムは? みんな元気過ぎて困るよ。さっきミルクを抱いたら、早速セーター噛み噛みされたよ。はっはっは。他愛のない話を交わす。じゃぁまた明日電話するから。うん。じゃ、また明日ね。うん!

昨日届いた二冊の本と、ノートを持って外に出る。雨は降り続いている。冷たい雨だ。昨日の雨とはまた違う。
少し離れた町に住む友人から電話が入る。共依存の話をする。共依存症からの回復のプロセスを説明しながら、自分の自律、相手の自律についてあれこれ話をする。
自分に向き合うという作業は、自分を受け容れてゆくという作業は、どうしてこうも難しいんだろう。でも、それを自分がしなければ、誰が代わりにやってくれるわけでもない。逃げていても始まらない。向き合ってみないと。
怒りについても少し話をする。怒りを出すということの大切さについて。爆発させるのではなく、小出しにしながら、自分なりに客観的にそれを捉えてゆくことの大切さについて。
そうして、今を生きるのは自分だということ、自分自身を生きることができるのは自分だけなのだということについても少し話をする。
自分を大切にする、愛することの大切さ。でもそれは決して、自分に溺れることでは、ない。

窓の外、交叉する雨傘の粒を眺めながら、思う。今私にできることは何か。そういう今をひとつずつひとつずつ、味わってゆこう。自分のこれまで培った尺度にも何にも揺るがない、毎瞬毎瞬新しい自分を、味わってゆこう。
さぁ、今日という日が始まってゆく。


2010年03月06日(土) 
目を覚ますと、しっとりとした気配。空気が濡れている。窓を開ければしとしとと降る雨。細かな粒が辺りに散っている。でも、さほど寒くはない。春が近いんだなぁと思う。
雨の中、イフェイオンが咲いている。花びらについた雫が重たそうだ。この重たげな空の下、その花の色味がくっきりと浮かんでいる。
薔薇の樹の新芽の幾つかが、やはり粉を噴いている。私は早速それを摘む。一粒も一欠けらも落とさぬよう気をつけながら。この時間でもずいぶん空は明るい。もちろん雨雲は広がっているのだが、それでも明るい。なんだかそれがとても嬉しい。日が長くなるのは当たり前のことといえば当たり前のことなのだけれども、それでも。
お湯を沸かし、生姜茶を入れる。今日はいつもより濃い目に。足元でかさりと音がして私は目を落とす。ゴロだ。巣から出てきたゴロは、前足を上げてこちらを見上げている。おはようゴロ。私は声を掛ける。鼻をひくひくさせて入り口に近寄ってくるゴロ。私はとりあえず肩に乗せる。
あまりにも前髪の癖がひどいので、水でじゃばりと濡らしてみる。こうすれば癖はとれるのだが、なんともまぁ毎朝それをやるのは面倒くさい。これが年を重ねるということのひとつなのだともう分かってはいるが、鏡の中、映る自分を覗き込みながら思う。必要以上に急いで年をとることはないわよ、と言ってみる。それなり、それなりに、年は重ねてゆけばいい。

授業の日。交流パターン分析の復習を軽くした後、授業はゲーム分析へ進む。時間の構造化、といわれてもぴんと来ない。一生という長い時間を、どのように他者とストローク交換して構造化していくのか、そのパターンを知るものだと言われ、ようやく納得する。
ゲーム、と言われて、すぐ思いつくのは、母と娘だった私のやりとりだった。そして省みる。母はこの時、どんな気持ちだったのだろう、本当は、第一次感情と呼ばれるそれは、どんなものだったのだろう、と。
そしてまた気づく。今の私の環境の中で、ゲームをする必要があまりないのだな、ということに。駆け引きをする必要がどこにもないのだ。それがいいのか悪いのか良く分からないが、とりあえず、ない。
ゲーム分析に関しては、まだ実感できないことが多すぎる。もっと他に関連著書を読んで勉強しないと埋まらないかもしれない。

花屋に立ち寄って驚く。ちょっと見ない間に、なんて色とりどりになっているんだろう。花の種類も山ほどだ。あぁここもやっぱり春なんだなぁと思う。あまりの色の洪水に気後れし、買うことが躊躇われる。こういうときはすごすご逃げ帰るのがいい。また今度にしよう。
本屋に立ち寄り、心理学関係の棚を漁る。目的の著書はあまり見つからない。ネットで注文するしかないらしい。ここでも私はすごすご逃げ帰ることにする。
そういえば娘が、欲しい本が一冊あると言っていた。近いうちまた二人で本屋に来よう。何が欲しいのか教えてもらわないと。

ここ最近、娘が、布団を整えるたび、十円頂戴とやって来る。それを貯めて、本を買うんだそうだ。それを見ながら自分の子供の頃のことを思い出す。
うちはお小遣いが労働制だった。たとえば、鰹節を削って十円、靴を磨いて五十円、お風呂掃除をして百円、といった具合。そうやってお小遣いを稼いだ。決まったお小遣いというのは、かなり大きくなってからだった。
娘がどういうつもりで、布団を整えたり掃除をしてみたりしているのか分からないが、自分が欲しいものがあって、それにはお金がかかって、お金というのは働かないと貰うことが出来ない、稼ぐことができない、そのために今自分には何ができるか、と考えてのことなんだろう。
娘がいそいそと布団を整える姿を見ながら、私はかつての自分をそこに見つけている。

「イメージに基づく関係が、その関係の中に和合をもたらすことが決してないのは明白です。なぜならイメージは虚構であり、人は抽象観念の中には生きられないからです。けれども、それが私たち皆がやっていることなのです。観念、理論、シンボルの中に生き、私たちが自分自身と他者についてつくり上げた、現実のものでは全くないイメージの中に生きているのです。私たちの関係すべては、財産に関するものであろうと、思想や人々に関するものであろうと、本質的にこのイメージ形成に基づいているので、だからこそそこにはつねに対立・葛藤があるのです」「生とは関係の中における運動です」「私たちの大部分は社会がもつものをたくさん身につけています。社会が私たちの中につくり上げてきたものと、私たちが自分自身の中につくり出してきたもの、それは貪欲さ、ねたみであり、怒り、憎悪、嫉妬、不安です。そしてこうしたものすべてで、私たちは充満しているのです」「貧しさとは社会から完全に自由であることです」「貧しさは精神が社会から自由になるとき、たとえようもなく美しいものになります。人は内的に貧しくならねばなりません。そのとき、何かを追い求めることも、たずねることも、願望も、何も―――全く何も!―――なくなるからです。葛藤の全くない生の真実を見ることができるのは、この内的な貧しさだけです。そのような生はどんな教会、どんな寺院にも見出すことができない祝福です」
「あなたがありのままの事実としてそれを見るなら―――何か具体的な対象物を見るときのようにしてそれを見るなら―――明晰、直接的に見るなら―――、そのときあなたは葛藤が全く存在しない生の真実とはどういうものであるかを、本質的に理解するでしょう」「別の言い方をしてみましょう。私たちはつねにあるがままの自分をあるべき自分と比較しています。そのあるべき姿とは私たちがこうありたいと願うものの投影です。比較があるときには矛盾・相剋が存在します。何かまたは他の誰かと比較するときだけでなく、機能の自分と比較するときにも、げんにあるものとこれまであったものとの間の葛藤が存在するのです。比較がないときにだけ、あるがままのものが存在します。そしてあるがままのものと共に生きることが、平和でいられるということなのです。そのときあなたは、いかなる歪曲もなしに、あなた自身の中にあるものに―――それが絶望であれ、醜さであれ、残忍さであれ、恐怖、不安であれ、寂しさであれ―――全注意をそそぐことができます。そしてそれと共に完全に生きられるようになるのです。そのときそこには矛盾は何もなく、従って葛藤も存在しないのです」

夜、友人がやって来る。北海道から出てきた友人は、少し憂いを漂わせている。それもそうだろう、友人の大切な祖父が先日亡くなったばかりなのだ。私はできるだけそのことに触れないようにする。友人が話してくれることだけに、耳を傾けることにする。
友人と話していると、自分にとっての写真の位置について、考えずにはいられなくなる。そういえば友人と知り合ったのは写真によってだった。そうして今に至る。友人にとっても私にとっても、写真を撮って焼くことは、自分が生きていくことの、大切な柱になっている。
娘が、その友人の前で、パンツ一丁で踊り狂っている。どうも客人が来てテンションが上がっているらしい。いつも以上にはしゃいでいる。友人も私も、この状態を十年後の彼女に話したら、赤面どころじゃすまないよねぇと笑う。
もう寝るよと言っているのに、娘は友人に齧りついている。布団の取り合いだ。せっかく自分が整えた布団だというのに、もったいないなぁと思いながら、私は笑ってそれを眺めている。しばらくして私が電気を消すと、それと共にことりと寝入った。まさに自由自在。やがて友人の寝息も響き始める。夜中はすぐそこ。

じゃぁね、それじゃあまた日曜日にね。手を振り合って別れる。雨はしとしと降っている。街がどこかけぶっている。この細かな雨粒のせいだろう。徐々に整備されていく埋立地の端っこを歩きながらふと見ると、鴎が一羽。こんな雨の中どうしたんだろうと思う。でもその姿はとても凛として。私は見惚れてしまう。
信号を渡り、友人と約束した場所へ。さぁまた一日が始まる。


2010年03月05日(金) 
空が明るい。いや、まだ闇の中なのだが明るい。澄んでいるのだ。昨日の雨で塵芥が洗い流されたのだろうか。すっきりと空気が張っている。そして、なんてあたたかいのだろう。まだこれから何度か寒さがぶり返すのかもしれないが、今日は今日、このあたたかさ、思わず感謝したくなる。イフェイオンが二つ咲いている。それは凛々と鈴の音が響いてきそうなほどはっきりとした様だ。三輪目の花芽がひょいっと茂みから顔を出している。うまくすれば今日中に咲くのかもしれない。ムスカリの葉も、小さな雨粒を乗せたまま佇んでいる。
薔薇の方にまでは雨は吹き込まなかったようだ。土は乾いたまま。よかった。せっかくここまで乾かし気味にしてきたのだ。病気が多少なり治まるまで、この状態を保っていたい。石灰がどこまで効果を発揮してくれるかまだ分からないが、今のところ新芽に粉を噴いている気配はない。今日帰ってきたらまた新芽がぐいと伸びているはず。そのときに見れば明らかになるんだろう。
お湯を沸かし、お茶を入れる。手が勝手に生姜茶を選んで入れていた。そろそろまた、ハーブの葉も買い足しておかなければならないかもしれない。いや、それより先に、昨日友人から聴いた、生姜の蜂蜜漬けが欲しい。お湯で溶いて飲んだら、さぞかしおいしいことだろう。
テーブルの上、空になった花瓶が幾つか並んでいる。お金に余裕があれば花を買って来たいところなのだが、どうだろう。そもそも、最近の花屋には薔薇の花ばかりで、それより他の花があまり見当たらない。薔薇より今は、もっと可憐な花が欲しい、そんな気がする。いや、薔薇を自分で買う、というのが、なんとなく気が引けるのだ。薔薇たちがすでにベランダにいるのに、花を買ってくるというのが申し訳ない、そんな気がして。もし今日時間があったら花屋に一応寄ってはみよう。私は心の中にそうメモする。
昨日洗い立ての髪に枝毛コートを久しぶりにつけてみた。そのおかげか、今朝髪の毛の具合がなんとなく良い。こんなことならさっさと以前からやっておくんだったとちょっと思う。昔はちゃんと私もそういう手入れをしていたのになぁ、いつからやらなくなったんだろう。もう忘れてしまった。そのくらい、時間が空いていた。これからはできるだけ、手入れしてやろうと思う。そのくらい、どうってことはない。
PCを立ち上げると、友人からのメッセージが一番に届く。それを読みながら、昨日のことをぼんやり思い出す。ちょっと痛い。

いつ雨が降りだしてもおかしくない中、自転車で出掛けた。自転車置き場の管理人さんと二言三言言葉を交わし、自転車を止める。念のためにサドルにコンビニ袋をかけておくことにする。
喫茶店で友人を待つ。その間、交流分析とエゴグラムの読み方と行動処方という本を読む。具体例がたくさんでているので助かる。その具体例を読みながら、実際に自分でエゴグラムを描いてみる。繰り返しやっているうちに、だいぶ概要が分かってきた気がする。ただこれを実際の、瞬間的な場面で私がすぐ頭に描くことができるかといえばそれは勿論まだまだで、こうやって神経を研ぎ澄ましていないとそれは到底叶わない。もっと慣れたいと思う。
やってきた友人と映画館へ。
最初、その映画の、ファンタジーな部分が私にはとっつきづらく、さて、どうしようと思っていた。が、気づけばどっぷり映画の中に浸かっていた。自然、涙がほろほろと零れていた。
食、生、母娘。それらのテーマが密に絡み合いながら映画は進んでゆく。そのどれもが、私にはいい意味で痛い。だから涙が零れる。
映画を見ながら、改めて、別の映画のことを思い出している。それもまた食を通じた映画だった。赤い薔薇ソースの伝説、というタイトルだったと思う。あれを見たのは一体いつだったか。もう十年以上前のはず。
映画館を出たときには、私たちは互いに無口だった。それはそうだろう、私たちには感じるものがそれぞれあったに違いない。共に、母親との関係でじぐざぐ歩いてきた者同士なのだから。
少なめの昼食を食べ終えて、私たちはぽつぽつと話し出す。でも何だろう、過去は変えようがないけれども、関係はその時その時、少しずつ変化してゆくもの。今の私たちの、母親との関係は、良好とは言えないまでも、昔と比べたら全く異なる色合いを見せている。そうした変化も含めて、今自分がどれほど向き合えるかなんだろう。受け容れてゆけるかなんだろう。
また、私たちは共に母親だったりする。しかも娘の母親。かつての自分の、母親との関係を、意識せざるを得ない場面にしょっちゅう出くわす。そのたび、自分の中のものを省みることになる。それがまだじくじくと疼いている傷跡であろうと、乾いた傷跡であろうとお構いなしに。そのたび思うのだ、繰り返したくはない、と。その思いがあるから、必死に手探りでやっていくのだ。相対していくのだ、子供たちと。
それにしても、映画の中で、共に暮らしていた豚や鳩を料理して食べるというところがよかった。ああして連綿と続いてゆくのだな、生命というものは、と、改めて思う。命が命を繋ぐのだ。その、とても当たり前なことを、改めて思う。

「何らかの社会に条件づけられて生きている一人の人間が、自分の内面から暴力をすっかり取り除くことは可能かどうか」「全体的な理解を与えてくれるのは、鋭敏さ、注意、真剣さのその性質なのです。人は一瞥で物事全体を見るような目をもっていません。こうしたまなざしの明晰さは、詳細な部分を見て同時にそれを飛び越えることができるときにだけ、可能です」「本当に真剣で、真実とは何か、愛とは何かを見出そうとする熱心さをもつ人は、概念を全くもちません。彼は現実にあるものの中にだけ生きているのです」「完全に、十分に今現在に生きるとは、どんな非難や正当化の感情ももたずにあるがままのもの、現実のものと共に生きることです。そのときあなたはそれを全体として理解するので、それを終わらせてしまえるのです。あなたが明晰に見るとき、問題は解決するのです」

帰宅してしばらくすると、娘が小声で、ココアがいないと言い出す。どうしてと尋ねると、さっきポケットに入れて、そのまま勉強していたらいなくなったのだと話す。私たちはそれぞれに思い思いの場所を探し始める。程なく彼女は見つかったのだが。
私は、ココアを籠に入れて戻ってきた娘の頬を叩いた。
あなたはココアを育てると言って飼ったのだ、生き物を育てるというのはその命に対して責任を持つということだ、この前ココアを脱走させたばかりだというのに同じことを繰り返して、あなたはココアを死なせるつもりなのか? ココアが死んでもいいなら同じことを何度でも繰り返しなさい。でも、そうじゃないならちゃんと命に対しての責任を考えなさい。あなたがしていることは自分の欲求を満たすだけの、無責任な自分勝手な行動なんだ!
気づけば、私はそんなことを彼女に向かって吐いていた。私は激昂していたわけでも何でもない、ひどく冷静だった。でも、今回のことを見過ごすことはできなかった。
ココアは生きている。命だ。それを、自分の欲望欲求だけでかわいがることは、無責任極まりないことだ、私にはそう思えた。かわいいからポケットに入れていた、そんなことは分かっている。好きだから一緒にいたかった、そんなことも分かっている。しかし。
ココアは私たち人間に向かってSOSを出すことの出来ないところで生きている。
娘は、何一つ言い訳しなかった。そしてトイレにしばらく閉じこもった。私も黙って、彼女の次の行動を待った。やがて娘はトイレから出てきて、ココアに近づき、ココアに謝っていた。そして、その後、私に謝りにやって来た。
分かったならいいよ。そう言うと、彼女は大粒の涙を零して泣き出した。私はしばらく彼女の泣くままにさせておいた。

彼女の頬を打ったこの手が痛い。大した力は入っていなかったけれど、そんなことは関係ないのだ、打ってしまったという事実が痛いのだ。
多分これが、二度目の張り手だった。彼女を産んでから今日まで、育ててくる中で、二度目の張り手。
考えてみれば、私は特に父から、拳骨や張り手はしょっちゅう食らっていた。それはとても痛くて、涙が零れるほど痛くて。でも、それが嫌だったわけではない。嫌だったわけではないが、私の中に、暴力はいけない、というような条文がある。むしろ暴力で辛かったのは、恋人から受けたDVだった。あれが私に、暴力だけは、というような思いを抱かせた。自分がされて辛かったから、たまらなかったから、体だけじゃない、心もぼろぼろになったから、もういやだ、というような。
娘にとって今日の張り手はどうだったんだろう。やっぱり痛かったんだろうか。でも、体よりきっと、心が痛んでいるに違いない。心が痛かったに違いない。
暴力を振るったことに、言い訳はいらない。ごめんよ、娘。それがどんな理由であろうと。ごめん。

じゃぁね、それじゃぁね。私は玄関を出る。玄関の外は光の洪水で。思わず手を翳す。なんという光の強さ。
やってきたバスに飛び乗り、駅へ。今日は学校だ。交流分析の、ゲーム分析を授業でやることになっている。その前に質問をいくつかさせてもらおう。分からないことが出てきている。後でメモを作らなければ。
川にさしかかる。川面がきらきらと輝いている。濃緑色の川面が、真っ白になるほどに輝いている。流れ続ける川は、一体何を見ているのだろう。何を思っているのだろう。
さぁ今日も一日が始まる。気持ちを切り替えて、私も今日を踏み出す。


2010年03月04日(木) 
目を覚ますと予定より三十分も遅い時刻。慌てて起き上がる。でもそういうときに限って、ミルクやゴロも一斉に起きているのだ。がしがしがし、がしがしがし。籠の入り口のところを噛む音がする。噛んでせがんでいるのだ。出して出して、と。あぁもう、どうしようと思いながら、それぞれの頭を撫でてやる。また後でゆっくり撫でてあげるから、それまで待ってね、と声を掛ける。
前髪がやっぱり今日も跳ねている。あっち向き、こっち向き、これでもかというほどあっちこっちに跳ねている。顔を洗うついでに前髪を濡らし、何とか整えてみる。鏡の中の自分の顔がかなり焦っている。いや、これで遅刻するとか何だとかいうわけじゃないのだから、落ち着けばいいのに、起きる時間がちゃんと守れないと、次がうまく転がっていかない気がして。
それでもお湯を沸かしお茶を入れようとするのはやめられず。それがないと朝が始まった気がしない、これもまた習慣か。とりあえず生姜茶を入れる。友人から手紙が届いていた。送った生姜茶が届いた、と。体がぽかぽかしますね、と書いてあったのだが、実は、私はそこまで実感できていない。体が鈍いのかもしれない。つくづくそういう自分の体が嫌になる。が、これもまた自分。香りと味だけでも充分に味わえれば、今のところはそれでよし、としよう。
慌しく支度したおかげか、いつもの半分以下で用意が整う。あぁよかった。ようやくほっとして、窓を開ける。もう窓の外はずいぶん明るくなり始めている。でも何だろう、空には一面薄い雲が張り出しており。明るいのだが、霞んでいる。そんな感じだ。そういえば今日は曇りのち雨と天気予報が告げていたことを思い出す。雨か、でも今日もまた自転車で出掛けたい。どうしよう。傘を持つべきかどうすべきか。迷うところだ。多少の降りなら自転車でもどうってことはないのだが。はてさて。
ベランダのイフェイオンはいつの間にか二輪に増えている。一体何処から花芽を出して来ているのだろう。茂った葉をかき分けないと分からないらしい。花が咲く直前、ひょろりとその花芽は伸び、茂みから一段高いところで花を咲かせる。菫色と水色の間のような色が花びら全身を覆っている。ぱっと花びらを広げるところは、まるで音を立てて割れる風船のようだ。その傍ら、ムスカリはまだ、花芽を持っていない。このまま本当に葉だけで終わってしまうんじゃないかと私は訝っているのだが、どうなるのだろう。
小さなプランター、挿し木したものだけを集めている。少し前から新芽がにょきにょき出始めている。今朝も彼らは無事だ。このまま育ってくれるといいのだが。でもそこで母の言葉が脳裏を過ぎる。薔薇は芽が出ても気を抜けない、根はなかなか出てこないのだから。そう、根付くのに薔薇は本当に時間がかかる。新芽が出てもそのまま立ち枯れてしまうことが多々ある。この子たちもまだまだ、気は抜けない。
カウチソファの上に、娘の脱いだ靴下がそのまま置いてある。全くもう。私はいつもなら洗濯物にそのまま持っていってしまうのだが、今日は置きっぱなしにしておくことにする。自分でやってもらわねば。脱いだものはすぐ洗濯籠へ。それができなきゃ洗濯しないよ、と言ってやろう。

友人たちと待ち合わせて映画館へ。一人の友人が以前から見たいと言っていた映画のひとつだ。この原作者の作品で、以前映画化されたものを見たことがある。時間軸が交叉して描かれた一品だった。でもそのときは、正直、映画より原作の方がいいなと思った。さて今回はどうだろう。
展開の速い映画で、ぐいぐい引き込まれていくのが自分でも分かる。主人公はいるのだが、果たしてその一人物だけを主人公と言っていいんだろうか。私は途中から疑問に思い始める。この映画では、出てくる主要人物すべてが、主人公になり得るんじゃなかろうか。そんな気がしてくるのだ。
そこでふと、前回見た原作者の作品を思い出す。折り重なって、交叉して描かれる時間や人物。そこから浮かび上がってくる像。
青春映画なのかもしれない、でも、極上の恋愛映画でもあるのかもしれない。そんな気がしてきた。
最後の最後、たいへんよくできましたの判子には、涙が出た。それは嫌な涙なんかじゃ決してなく。爽快な、それでいてどこか切ない涙だった。

夕方、遠い西の町に住む友人と話をする。以前話をした折に、フォーカシングのことを私は彼女に話した。友人は早速その関連書籍を読んでくれたようだ。自分の中にはたくさんのフェルトセンスが眠っていた、という。今まで放置して、長いこと放置しておいてしまったものたちに、今改めて声を掛けているところだという。でも、これは、独り言がすんごい多くなるね、という彼女の言葉に私は大笑いしてしまった。確かに、そうなってしまうところがあるかもしれない。最近は、全く動けない日もあるけれど、何とかなる日も増えてきた、という。私はそんな彼女の言葉たちに、耳を傾けている。
今月末、彼女とは或る場所に行くことになっている。何年ぶりの場所だろう、彼女とそこを訪れるのは二度目になる。一度目は、真夜中に集合し、焚き火をしながら朝を待った。その間一体何を話したろう。もうほとんど忘れてしまったが、初対面なのにも関わらず、私たちは一心に言葉を交わし続けたのだった。その間で、炎が風に嬲られながらも燃えていた。その火を絶やさぬよう、私たちは必死で守っていたのだった。
今年も夜にとりあえず集まることにした。そこは間違いなく私たちにとって非日常で。でもだからこそ話せることがきっとあるに違いない。そしてそこに新しいメンバーも加わる。どんな話が飛び出すんだろう。どんな話を分かち合えるだろう。そして、どんな時間を私たちは共有できるだろう。楽しみでならない。

「人は基本的に自分自身に関心がある、そして様々なイデオロギー的、伝統的理由によって、人はそれを間違ったことだと考えるのだと。しかし人がどう考えるかは重要ではありません」
「私たちは皆、何かについて恐れます。抽象的な恐怖というものは存在しません。それはつねに何かとの関係で存在するのです」「恐怖の主要な原因の一つは、私たちがあるがままの自分に向き合おうとしたがらないということにあります」「確実なものから不確実なものへのその運動が、私が恐怖と呼ぶものです」「恐怖はつねに思考の産物です」「私たちが恐れているものは古いものの繰り返しなのです。これまであったものについての思考が、未来への投影を行なっているのです。それゆえ、恐怖の原因は思考です」「あなたが何かにじかに直面するとき、そこに恐怖はありません。恐怖があるのは、思考が入り込んでくるときだけです」「精神が完全に、全体として、今に生きることは可能なのだろうか」
「それがどんなものであれ、他の人たちの理論は重要ではないのです。あなたがその問いかけをしなければならない相手はあなた自身です」「恐怖がそれ自らを様々なかたちで表現する一つの運動だということを理解するとき、そしてその運動は、その運動が向かう対象ではないということを理解するとき、あなたは途方もない問題に直面していることになります。どうやってあなたはそれを、精神がつくり出してきた分裂なしに見ることができるでしょうか?」「一つの全体的な恐怖だけがあります」「私たちは断片化した生を生きています」「私たちは思考の動きがないときにだけ、この全体としての恐怖を見ることができるのです」
「あなたは精神が静まり返っているときだけ見ることができます」
「観察者が恐怖なのです。そしてそれが理解されたとき、もはや恐怖を取り除こうとする努力の中でエネルギーが浪費されることはなくなります。そして観察者と観察されるものとの間の時間的・空間的ギャップは消え去るのです。あなたが自分は恐怖の一部であって、それと分離したものではない―――あなたが恐怖である―――ということを理解するとき、あなたはそれについて何もできません。そのとき、恐怖は完全に終わるのです」。

交流分析とエゴグラムの読み方などを書籍で辿る。実際に自分でもその具体例のエゴグラムを引いてみる。父母像と自己像との関連が実に面白い。反感を持っていながらもそれを引き継いでしまう場合もあれば、それゆえに正反対のグラフを描くものもある。それが何処からきているのかを、うまく掬い取れなければいけないんだろうなと思う。
自分の、十年くらい前の心持での父母像と、今の心持での父母像がずいぶん違っているのを見てちょっと笑えた。父母が変化しているところももちろんある。彼らもずいぶん年をとった。でもそれ以上に、私の見方が変化しているのだろう。彼らの行為に対する私の受け取り方の変化。
そういえば母から電話があった。投身自殺があったため、電車が止まっているのだという。以前なら、そういう電話にさえ私は過敏に反応した。すぐ同一化してしまい、パニックに陥るようなところがあった。でも今は。距離をもって見ることができるようになった。少なくとも、自分と関連して考えることはなくなった。他の人には当たり前にできることが、私にはその頃できていなかった。そういう自分を振り返ると、恥ずかしくなる。でもそれが事実だ。
喋っている自分に薄く透明な膜を張ってみる。決して外界と隔てられているわけではない、けれど、自分の膜をちゃんと持っている、そういうイメージを持ってみること。ちょっともどかしい気がしないわけじゃないのだが、それは多分、私には大切なこと。

娘が隣で踊っている。朝から元気だ。私のPCから流れてくる音楽に合わせて、体を自由自在に動かしている。それが創作ダンスだということは分かっているのだが、よくこうもまぁ次々思い浮かぶものだと思う。
何、ママ? 何って? だってさっきからずっと見てるから。うん、朝から元気だなぁと思って。っていうか、よくそんなダンス思い浮かぶよね。ママ思い浮かばないの? うん、全然浮かばない。そんなふうに体動かすこと思い浮かばない。えー、そんなの損じゃん! え、損なの?! うん、損だよ。そうかなぁ。っていうかさぁ、ママ、もっと頭軟らかくした方がいいんじゃん? えっ? もっとこう、笑えることやるとか。あー、ママの最も苦手な分野だな、それ。人が笑ってくれる方が嬉しくない? いや、確かにそれは嬉しい。でしょ、人が笑ってくれると自分も笑えるしさ、楽しい方がいいじゃん、そもそも。いやまぁ、そうなんだけど、それがうまくいかない人もいるんじゃないの? それがもったいないなぁってことなんだよ。…。ママ、もっとお笑い芸人のテレビ見て、勉強した方がいいよ、でないとじぃじみたいになっちゃうよ! …。

じゃぁね、それじゃぁね、手を振って別れる。坂を下り、公園に立ち寄り、池の端へ。微風が水面を揺らしている。さざなみ立つ水面。映り込む空と枝がそのたびに歪んでゆく。高架下を潜り埋立地へ。目の前を歩いてくる人は本を読んでおり、それは偶然にも自分がかつて読んだことのある本のタイトルで。それだけのこと、一瞬のすれ違いの出来事なのに、それがなんだかちょっと嬉しい。
モミジフウは黒々とした姿で天に向かって立っている。見上げれば空は曇天。昼過ぎには雨になるといっていたが、果たしてどうなんだろう。もう自転車に乗ってきてしまったのだから、どうしようもない。
海は暗緑色を湛えてそこに在り。イヤホンを外して、ただ海の波の音に耳を傾ける。何となく聴いているだけなら似通った音の連なりなのに、耳を欹てればそれは、ひとつひとつ異なる音なのだった。
さぁ今日も一日が始まる。私はまた自転車に跨り、走り出す。


2010年03月03日(水) 
目を覚ますと、空気の動く気配がしている。あぁきっとこれはゴロの回し車だ。体を起こしながらそう思う。音もなく回る回し車。それはゴロしかいない。籠に近寄ると、やはりゴロが、回し車を回していた。滑るように回る回し車、そこを走り続けるゴロ。いつも思うのだが、回し車に飽きて降りるとき、そのタイミングというのはどうやって掴むのだろう。なんなく降りているように見えるが、この動作にタイミングやコツはないんだろうか。ドジをして、こてんと転ぶハムスターというのはいないのだろうか。
そして思い出すのは、ぶらんこ。小さい頃、ぶらんこから飛び降りる上級生たちの姿に憧れた。でも、どうやってやるのか尋ねることもできず、びくびくしながら、でも毎日その姿を見ていた。夕暮れ、一人残った公園で、私はぶらんこを漕いで、試しに思い切り漕いでみた。そして飛び降りてみた。うまくいった、そう思った瞬間、後ろからぶらんこががーんと私の後頭部を叩いた。
しばらく頭ががんがんして、起き上がれなかったのを思い出す。あれは本当に痛かった。以来私は、ぶらんこは好きで大きく漕いでも、飛び降りるという動作をしなくなった。たった一度きりの、あの行為。今思い返せば懐かしく、ちょっと笑える。
おはようゴロ。私は声を掛ける。彼女がこちらをうかがいながら、あっちこっちを走り回る。いつもとちょっと違うなと思いながら私は彼女を見つめている。そうしてひとしきり籠の中を回った後、餌箱にこてんと入り、もぐもぐとひまわりの種を食べ出す。でも、本当に食べているんだろうか。ゴロのほっぺたがどんどん膨らんでゆくのを見ながら、私は思う。きっとほっぺたに溜め込んで、後で食べるんだろう。
テーブルの上の花は変わらず今日も咲いていてくれている。ドライフラワーにしてもきれいな形を残してくれるんだろうが、でも、ドライフラワーにするのは躊躇われる。からからに乾いて、何かの拍子にかさっと散り落ちてしまうくらいなら、今ここで散り落ちるまで萎れ枯れるまで咲いている方が本望なんじゃないか、そんなふうに思える。
ベランダのイフェイオンを見て驚く。花が咲いているじゃぁないか。たった一輪だが、咲いているのだ。去年より青さは薄く、菫色と水色の間くらいの色合い。あぁ、咲いてくれたんだ。私は花を眺めながらつくづく思う。花というのはなんて律儀な生き物なんだろう。黙って咲き、黙って散り落ちる。そうしてまた季節がくれば葉を茂らせ、そうしてまた花を咲かせる。誰に言われるまでもなく。そうした黙々とした営みが、私は好きだ。
ミミエデンの病葉を摘んで手のひらに乗せる。せっかく出てきてくれたのに、ごめんね。私は言ってみる。どこまで追いかけっこをすればどうにかなるのか、それさえ分からないけれど、でも、この追いかけっこをやめるわけにはいかず。私は舐めるように樹の葉を見つめる。他にはないか、それを辿る。
今朝の空には雲がほとんどない。晴れるのかもしれない。思いながら空を見上げている。久しぶりの晴れ間か。そんな気がする。気持ちよく晴れたらいい。
お湯を沸かし、久しぶりにコーディアルティーを入れてみる。ハーブの甘さが何とも体に優しく染み渡る。このハーブエキスももうじきなくなる。買い足そうか、それともしばらくやめておこうか。迷うところだ。コーディアルティーは大好きなお茶の一つだが、冬、という気がする。何故なんだろう、理由は分からないが、コーディアルティーの季節は冬、そんな雰囲気があるのだ。もう春はすぐそこ。

駅三つ分を自転車で走る。川を二つ渡り、その間に鴎とすれ違う。白い白いその体躯は、薄暗い空の下、鮮やかに浮かび上がっていた。そこだけまるで世界がくっきりしているかのような錯覚さえ覚えるものだった。
何人かの浮浪者とすれ違う。この辺りには昔から浮浪者が多く居る。川のそばでは寒いだろうにと思うのだが、それでもこの辺りに集まってくる。彼らとすれ違うたび、私の脳裏には鋭い言葉が浮かぶ。生活に行き詰まり、これからどうすると話し合ったときの、元夫の言葉だ。ホームレスになればいいじゃん。まだ二歳の子供をどうするのかと私が問うたら、一緒にホームレスになればいい、そう即答された。あの言葉は、私のその後を決定するものになった。今思い出しても、胸の辺りに痛みが走る。
久しぶりの美容院で、いつも担当してもらっている女性とおしゃべりをする。写真の話をしたり、子供の話をしたり、あっちこっちに話が飛ぶ。でも何だろう、彼女は本当に話を振るのがうまい。こちらの興味がありそうなところを、すっと掬ってくる。それが仕事の一つだとはいえ、私はいつもこの彼女の喋りに感心してしまう。かといって、ずっと喋り続けているわけではなく。私がほけっとしたいと思ったときには、すっと離れてゆく。そうしてまたタイミングを見計らって、近づいてきてくれる。その絶妙なタイミングが、たまらない。
それにしても。前髪の癖が強くなって、毎朝困るんですよ。あぁ、それ、私もそうですよ。出産した後なんて、なんだこれっていうほど癖が強くなって、最近ようやく少し収まってきたところなんです。えー、そうなんですか? だから私朝シャンプーするんですよ、でないと癖が酷くてとても人前に出れない。そっかぁ、私は毎朝前髪濡らして、何とか対処してるんですけど。年をとるほどにやっぱり強くなるんでしょうかねぇ、こういうのって。うーん、こればっかしはしょうがないですよねぇ。私たちはお互いの前髪を見せ合って引っ張り合いながら話をしている。やっぱり年をとるということは、こういう小さなところにまず現れ出てくるのだな、と、つくづく思う。
何だろう、私は歯も悪いし化粧ができるわけでもないし、だからかもしれないが、髪の毛に対する思い入れは強い。多分私の中で、自分の女の部分を表せるのが髪の毛だけしかないからかもしれない。ちょうど今腰のあたりまで伸びてきている。もう少し伸ばすかな、と思っている。そんなに伸ばしていられるのも、白髪が増える前だけだろうし。今のうち今のうち。
美容院を出る頃、空は薄暗く。いつ雨が落ちてきてもおかしくないくらいに薄暗く。空気は冷え込んでおり。私はその中をまた、自転車で走る。もう鴎の姿はない。代わりに三叉路のところにある公園に、これでもかというほど鳩が集っている。正直ここまで集まっていると私には怖い。ちょっと避けるようにして自転車を走らせる。

帰宅した娘にお弁当を渡す。彼女の言うとおりに作った、唐揚げ弁当。おにぎりは梅干し。それじゃぁね、じゃぁねと、マンションの前で別れる。娘はバス停へ、私はスーパーへ。すると、通りの向こう側、バス停に着いた娘が大声でこう言う。ママぁ、お弁当作ってくれてありがとうねー! 私は手を振って自転車を走らせる。照れるじゃないか、そんな大声で言われたら。そう思いながら、私は、スーパーに向かう。
ゴミ袋と卵。それだけ買って再び家に戻る。
二分の一成人式で、娘はこうスピーチしたそうだ。「十年間育ててくれてどうもありがとう。今まであんまりお手伝いとかしなくてごめんなさい。これからはちゃんとお手伝いしたいと思ってます。これからもどうぞよろしくお願いします」。彼女がそうスピーチするところを直に見たかったなと思う。他にはみんなで練習した歌を歌ったりリコーダーを吹いたりしてみせたのだそうだ。また、小さい頃の写真と今の写真とをスライドショーで見せたのだという。
あちゃ、と思った。私は正直、失くされても構わない、どうでもいい写真を手渡してしまった。確か保育園での写真だった。スライドショーで見せるなんてことになるなら、ちゃんと記念になりそうな写真を手渡してやるんだった。と、もう後の祭りである。あぁ。
また娘は、二分の一成人式に私が行けなかったことが引っかかっているらしい。その話になると、顔が曇る。
でも娘よ、見れなかったことは残念だけれども、でも、十歳おめでとう、ここからまた十年、よろしく。私は心の中、そう声を掛ける。

そういえば、今日というのは、娘の出産予定日だった。雛祭りが予定日なんて、これで男の子が産まれちゃったらどうなるんだろうと思ったものだった。また、年上の友人がわざわざ休みを取ってくれた日でもあった。私がもう産んじゃったよ、と言ったら、彼女は怒り狂ったのだった、だって三日が予定日って言ったじゃない! 大笑いした。それはあくまで予定日であって、ずれるのが当たり前なんだよぉ、と。
それにしても。七ヶ月目から、いつ生まれてもおかしくないという状況の中、よく保ったと思う。生命力が強かったんだろうか。そもそも切迫流産で入院したときから、彼女はしぶとかった。周囲がどれほど反対しようと、私のおなかにひっついて離れなかった。彼女の生命力がなかったら、私は途中で諦めてしまっていたかもしれない。そのくらい、彼女は強かった。
今、改めて思う。私には君がちょうど良かった。君じゃなきゃ、ここまでやってこれなかった。ありがとう、と。

じゃぁね、それじゃぁね、娘はミルクを連れて玄関に出てきた。ねぇミルク、また太ったんじゃないの? ほら、おなかがすんごいたるんでるよ。うーん、ご飯の量とか少なくしてるんだけど、ミルクって、あっちこっちに溜め込んでるんだよね、隠してるんだよ、ひまわりの種。あんまり太ると早死にしちゃうかもしれないよ、気をつけてあげないと。えー、やだよぉそんなの。ミルク、これからダイエットだ。分かったか?! そう言い聞かせる娘の声など、全く届いていないといったふうのミルクは、娘の手のひらの上、でーんと寝そべっている。本当に太った、間違いなく太ったよ、君。
そうして手を振って別れ、私は自転車に跨る。途中で公園に立ち寄ると、池にはくっきりと空と枝々とが映り込んでおり。あぁ今日はやっぱり晴れるんだ。私は空を見上げる。薄く雲のかかった空は、しんしんとそこに在り。
高架下を潜り埋立地へ。十本の銀杏の樹が出迎えてくれる。新芽を湛えた銀杏は、まっすぐに天へ伸び。私は走る。くっきりとした陽光の中。
さぁ今日も一日が始まる。


2010年03月02日(火) 
ぱっと目が覚める。午前五時。布団をぱんと上げて起き上がる。ゴロがちょうど砂浴びをしているところ。おはようゴロ。私は声を掛ける。ゴロが動作を止めてこちらを見上げる。砂浴び場から出てきた彼女は、早速扉のところに立って、出して出してとやっている。私はちょっと笑いながら、彼女を手のひらに乗せる。ちょっとだけだよ、と断って。首筋の辺りを撫でてやると、気持ちがいいのか、じっと目を閉じている。じゃ、また後でね、と、鼻をちょんちょんと触ってから小屋に下ろしてやる。
顔を洗い、鏡を覗く。顔色はいたって普通。特にいいわけでもないが悪いわけでもない。化粧水を叩き込み、日焼け止めを塗る。口紅をさっと引いて終わり。それだけ。
お湯を沸かし、生姜茶を入れる。コーディアルティーにすればよかったかな、と一瞬思ったが、でも生姜茶はおいしい。おいしい、と感じられることがまた、嬉しい。
窓を開けると、ついさっきまで雨が降っていたらしい。アスファルトがすっかり濡れている。そういえば昨日の夜洗濯物を出しっぱなしだったと気づき、慌てて洗濯物に触れてみる。軒下に干していたおかげなのか、濡れずに済んだようで。ほっとする。柵側に置いてあるプランターの、イフェイオンやムスカリがしっとり葉を濡らしている。生き生きとした明るい緑色が美しい。イフェイオンはすっかり葉が茂っており。花芽は全く見られないのだが、その緑は鮮やかで、目を射るかのよう。薔薇やムスカリの緑とは異なる、柔らかさを伴った緑だ。これで花芽が出てくれたらなおさらに嬉しいのだが。それは無理だろうか。
目を凝らして薔薇の葉を見つめる。新芽の幾つかがやっぱり、白い粉を噴いている。私はそれをひとつずつ指で摘み、手のひらに乗せる。ひとつも落とさぬよう、粉さえ落とさぬよう、気をつけながら摘んでゆく。これ以上病気を拡がらせるわけにはいかない。気をつけなければいけない。そういえば肥料をやることをすっかり忘れていた。液肥はやっているものの、薔薇の肥料を怠っていた。今日帰ってきたら早速やろう。私はそう心に決める。
少しぬるくなったマグカップを手に、部屋に戻り、椅子に座る。さぁ気持ちを切り替えて朝の仕事に取り掛かろうか。

病院の日。とりたててどうということもない、というか、何もない。変わらぬ診療。胃薬が効いていない気がする旨を話すと、漢方薬が新たに処方される。さて、どのくらいしたら効果が現れるんだろう。私は漢方薬を飲むのが正直苦手だ。あの独特な味が何とも。でもまぁ仕方がない。飲んでいくしかないんだろう。諦めることにする。
薬局から出ると、空はやっぱり曇天。少しは明るくなったかな、という程度。晴れるという噂もあるようだが、本当なんだろうか。少しでも晴れたらいい。そうしたら洗濯物ができる。

友人と喫茶店で待ち合わせる。慌しくいろんなことが削ぎ落とされたり決まったりしている友人は、少し疲れ気味のようだ。それでも、一年前より確実にタフになってきているんだろう。彼女はしゃんと立っている。
今の彼女を見ていると、私は時々、思い出すものがある。リストカットに狂っていた時期があった。これでもかというほど自分の腕を切り刻んで切り刻んで、もうこれ以上場所さえなくなって、私はさらに傷跡の上から切り刻んで、という具合だった。傷が絶えることがなかった。それにはたと気づいたときがあった。気づいて、立ち止まったあの時期。その時期を、思い出すのだ。
あのときほど、途方に暮れたことはなかった。私は一体どうしたらいいんだろうと途方に暮れたことはなかった。途方に暮れて途方に暮れて、そうして、私はとぼとぼと歩き出したんだった。そして、リストカットは徐々に、止んでいった。
あの、私にとっての分岐点のような時期を、思い出すのだ。いや、決して似通ってなどいない。何処も似ているものなどない。しかし、何故か私はその時期の自分を思い出す。
あの時期がなかったら、あの時がなかったら、今私たちはどうなっていただろう。私はまだリストカットの嵐の中にいたんだろうか。娘はそれをどう見ていたろう。そもそも私はこんなふうに生活してゆくことができただろうか。あの状態じゃぁできなかったろう。それが続いていたら、私はここにさえいなかったかもしれない。
途方に暮れた時は、私は一体どうなるんだろうと思った。どうしたらいいんだろう、に辿りつくまでにも時間がかかった。ただ、ひとつだけはっきりしていたのは、もうこれ以上切ることはできない、ってことだった。
切る場所などもうないのだ。いや、そもそも、切ることで多くの人を私は傷つけてきた。私は自分の腕を切っていたが、同時に多くの人の、周囲にいる多くの人の心も切ってきた。そのことにはたと、気づいたのだ。
愕然とした。
取り返しのつかないことを、したのだと悟った。自分がしてきたことは、自分を傷つけることだけじゃなかった、取り返しのつかないことだったんだ、と、気づいた。
娘はただ黙って、私を見つめていた。
大事な友人たちをその最中に、何人か失った。それは全部、私のせいだった。今考えてもそうだ。私のせいだったと思う。自分の衝動や絶望にしか目をやることができなかった、私のせいだったと思う。
あれから一体何年の時間が経ったろう。まだまだそんなに時間は経っていない。が、少なくとも私は今、また、リストカットに陥ることはないんだろう。そこまでは、歩いてきた。でも、失ったものはもう、戻らない。
そう、戻りはしないのだ。自分があの時散々傷つけてしまった誰かの心を、元に戻すことは、できないのだ。
そのことをしっかり背負っていかなければならないんだ、と思う。私はそれを背負う責任があるんだと、思う。

二分の一成人式が六時間目にあるから、必ず来てね。娘は数日前から繰り返しそう言っていた。だから時間通りに行った。が。
どうも様子がおかしい。これはもう終わりなんじゃないか? 私は状況がうまく飲み込めず、体育館に入っていった。が。
やはり終わりだった。近くにお母さんに話しかけ、事情をうかがう。どうも、先生が伝え間違えたらしい。六時間目じゃなくて五時間目だったのだ。午前中に急遽連絡網が回ったのだという。私は病院に行っていて、それを全く知らなかった。愕然とする。娘と目が合った。娘がその途端、大粒の涙をこぼし、泣き出した。
私に抱きついて、泣き続ける彼女の背中を、私はとんとんと叩き続けた。どれほど辛かったろう、お母さんが来ない、来ない、と、ずっと待っていたに違いない。私はごめんね、と謝った。謝ってももう取り返しはつかないのだけれども。事情を飲み込めていないらしい担任が、どうしたんですか、とやって来るので、連絡網回したそうですが、私は留守で、留守電にも入っていませんでした、と告げると、顔を赤くしてすみませんと応える。もう何も聴きたくなかった。どうせ言い訳だ。それより、まだ泣いている娘のことが私は気がかりだった。
夕方、校長先生から電話が入る。申し訳ありませんでしたと繰り返す声。私ははい、はい、とただ応える。娘は私のそばで、謝ってくれたってもう遅いよ、と一言呟いている。

夜、寝る間際になって、娘が私にノートを差し出す。何? 見て、ここ。何々? ここにほら、書いてある。何が? 読めば分かるよ。
それは、昔、娘としていた交換日記の、私が書いた部分だった。そこにはこう書いてあった。「本当に自分がこうしたいと思うなら、それをつらぬいてごらん。とことんまでやってごらん。後悔しないぐらいやってごらん。それでだめならその時また考えればいい。起こってしまった出来事や人のことは変えようがないんだよ。だから、自分が見方を変えたり考え方を変えてみたりするしかないよね。それはしんどいことかもしれないけど、やってみる価値はあると思うよ。ファイト!」
これがどうしたの? ママさ、朝話したこと覚えてる? あぁ、あれかぁ、うん、覚えてるよ。あのときさ、嫌なら放っちゃえばいいって私言ったけど、やっぱりそうじゃないかも。そうなの? ママが思うところまで、後悔しないところまでやってみればいいんだよ。ママがそう言ってる。ははは。そうかぁ。私もそのとき、そうすることにしようと思って、好きな人のこと諦めるのやめたんだよね。へぇ、そうだったんだぁ。だからさ、ママも、その子のことが大事と思うなら、とことんつきあってみればいいよ、でも、危ないと思ったらやめるんだよ。了解っ。
なんだか、娘にすっかり慰められてしまった。でも、何だろう、いい気分だ。

じゃぁね、それじゃぁね。あ、ママ、今日お弁当お願いね。分かってる、帰ってきたら急いで作るから。うん。
そうして私は家を飛び出す。自転車に跨り、ペダルを漕ぐ。坂を上り坂を下り。川を二つ渡って駅三つ分を一気に走る。
今にも雨粒が落ちてきそうな、そんな暗い空だけれども。そんな空の下でも川は浪々と流れ。鴎が三羽、飛び交っている。私はしばし立ち止まり、それを見つめる。
さぁ、今日がまた始まる。私はペダルを漕ぐ足に、勢い良く力を込める。


2010年03月01日(月) 
何となく起きたくない気分で目を覚ます。理由は分かっている。昨日をうまく洗い流すことができないまま眠ったからだ。だから目を覚ましたくない。
でもそんなこと言っていたって何も始まらないので起き上がる。溜息をつきそうになって、慌てて止める。溜息までついたら、もっと憂鬱になりそうだ。
足元でゴロが回し車を回している。が、音は全く聴こえてこない。彼女は音もなく、軽やかに回る。私の目の中で回し車が回り、見ている私の目がからからと音を立てている。おはようゴロ。私は声を掛ける。ゴロはぴたりと足を止め、こちらを見る。そしてひょこひょことこちらにやって来る。私は手を出して彼女をそこに乗せる。ゴロは鼻をひくひくさせながら私の手のひらの上、じっとしている。
お湯を沸かし、お茶を入れる。いつものように生姜茶。今日は香りがうまく伝わってこない。口にお茶を含んでみる。ほんのり生姜の味がするような、気がする。味だけでも少し分かってよかった。多分心に余裕がないのだろう。だからこんなにも大事なことが分からないのだろう。私は頭を振って雑念を追い払おうとしてみる。とりあえず振りからでも。やってみなくちゃ始まらない。
テーブルの上、白いレースフラワーと赤いぼんぼんがひっそりと咲いている。私は指でそっと触れてみる。ぱらぱらと落ちてくる花びら。あぁこれもまた終わりなのだと知る。そりゃぁそうか、一ヶ月もここで咲き続けているのだから、もういつ終わってもおかしくはないのだ。お疲れ様、ありがとうね、私は声を掛けてみる。

空が明るくなるのがだんだんと早くなってきている。窓を開けながら、そのことを改めて思う。今朝空気は冷たい。点る灯りは四つ。結ぶとちょうど平行四辺形が描ける。あの灯りのもと、人々は何を営んでいるのだろう。部屋の中はあたたかいのだろうか。
街路樹が街灯の灯りを受け、橙色に輝いている。鈍い光だ。まだ行き交う車は疎ら。街が起き出すにはまだ早い時刻。
ベランダに出て、母から昨日渡された石灰を薔薇のプランターに撒いてみる。うどんこ病にいいそうだ。私は全くそういうことを知らなかった。とりあえず撒くだけでもいいし、土に混ぜ込んでもいいとメモが添えてある。私は、表面の土を少し掘り返し、混ぜ込んでみることにする。
これで完治するとは思わないけれども。それでも、何とか少しでも軽くなればいい、そう思う。せっかくこれからの季節、たくさんの葉を出す頃だというのに、それが全部病葉だったらかわいそうだ。少しでもよくなりますように。
南東の空が徐々に徐々にぬるんできている。でも今朝朝焼けはのぞめそうにない。

「精神が断片化していないときだけ、自分自身の全体を見ることができるのです。全体の中にあなたが見るものが、真実なのです」「トータルに見るとき、あなたは全注意を、あなたの全存在を、あなたのすべて、あなたの目、耳、神経を、それに与えるのです。あなたは完全な自己放棄をもって臨みます。そしてそのとき、恐怖や対立が入り込む余地はありません。従ってそこには何の葛藤もないのです」「もしもあなたが鳥や飛び回る昆虫、木の葉、一人の人間の美しさを、そのすべての複雑さ共々理解したいと思うなら、あなたは自分の全注意(それが気づきです)をそれに捧げねばなりません」「私たちがふだん生きている次元、苦痛と快楽、恐怖に彩られた日々の生活は、精神を条件づけ、その性質に限定を加えてきました。そしてその苦痛、快楽、恐怖が消えてしまうとき(それはあなたがもはや喜びをもたないという意味ではありません。喜びは快楽とは全く異なったものです)、その時精神はどんな葛藤もない、「他otherness」の感覚が全くない、異なった次元で機能するのです」「言葉で説明できるのはここまでです。彼方にあるものは言葉では表現できません。なぜなら、言葉はその事象ではないからです。ここまでは描写し、説明できますが、言葉や説明はそのドアを開くことはできないのです。そのドアを開けてくれるものは、日々の気づきと注意―――自分がどんな話し方をしているか、何を言っているか、どんな歩き方をし、何を考えているか、等々についての気づき―――です」「そのドアを開けてくれるものは、あなたの意志の力や願望ではないのです。あなたはその「彼方にあるものother」を招くことは決してできません。あなたにできるのは部屋をきれいにしておくことだけです。それはそれ自体がよいことだからであり、それがもたらしてくれるであろうもののためではありません。正気で、理性的で、秩序立っていることです。そのときたぶん、もしもあなたが幸運なら、窓が開いてそよ風が入ってくるでしょう。あるいはそうならないかも知れません。それはあなたの精神状態によります。そしてその精神の状態は、あなた自身によってのみ、それを見守り、それを形づくろうとせず、見方をしたり反対したりせず、同意したり正当化したりせず、非難も裁くこともしないことによって―――それはどんな選択もなしに見守るということですが―――理解されるのです。そしてこの選択のない気づきの中で、たぶんドアが開き、葛藤も時間もないその時限がどんなものなのかを、あなたは知るでしょう」

ねぇ、どうして今こんなになっちゃってるんだと思う? わかんない。そうだよねぇ、わかんないよねぇ、ママにも分からない。あなただったらこういうときどうする? 私だったら、もうやだって放る。え、そうなの? うん、やだもん。約束守らない人は嫌い。あぁ、なるほど。でもそれで放っちゃうの? うん、そうする。嫌だもん。なんかどんどん嫌な気分になるじゃん、こっちが悪いわけじゃないのに。そっかぁ。ママは待ち過ぎなんだよ、きっと。それって、人が良すぎるってことだよ。そういうことやってるとさぁ、つけこまれるよっ。えっ、そ、それはそうなんだけど。嫌なものは嫌でいいじゃん。ま、まぁそうなんですが。でもそれで本当にいいの? そのまんまにしとくの? うん、だってこっちが悪いわけじゃないんだから、後は向こうがどうにかすればいい。そうなんだぁ、まぁ、そうかもしれないけど。向こうがどうにかしたら、その時また考えればいいんじゃないの。まぁ、そうかぁ。
私は苦笑しながら彼女とのやりとりに耳を傾けている。彼女の言うことは最もで。でも私はまだ躊躇っていて。でも彼女の言うことによれば、それは私が待ち過ぎているということで。嫌なものは嫌なのだから、ほかっとけばいい、という彼女の言い分は、至極ごもっとものような気がして。でも、それをやるのはやっぱり躊躇われて。
あぁ堂々巡り。でも、娘にこう言われたこと、娘がこう言っていたことは、しっかり覚えておこう。なんだかとてもひっかかることだから。

「交流分析とエゴグラム」を読む。一気に読んでしまった。具体例がたくさん出ていて、それがとても面白い。なるほどなぁと思う。このように活用されているものなのかと改めて知る。
横書きというのは、それだけで、ちょっととっつきにくい。私にとって本は縦書きのものだ。だから、読みづらいところがある。それでも一気に読めてしまったのは、それだけ面白かったからだろう。
犯罪者型、おっかさん型のエゴグラムなども例として出ており、それがちょっと笑えた。なんともまぁ、こんなふうにグラフになってしまうものなのかと不思議な気がする。
低い値を上げる方法も具体例がいろいろ出ていた。なるほど、このようにしてクライアントと共に取り組むのか、と知る。
もう一冊、取り寄せた本があるから、早速読んでみようと思っている。

できることはやった、それでもだめなとき、人はどうするんだろう。諦めるんだろうか。諦めることができればそれに越したことはないんだろう。それでも諦められない、というような葛藤が起こったりするから、厄介なんだと思う。
でも諦めて、次に進む時期なのかもしれない。過去と他人を変えることはできない、と誰かが言っていた。本当にそうだと思う。
自分を変えて対処してみても、それでも同じ結果しかでないのなら、それを置いて次に進むべきなのかもしれない。

ぼんやり考え事をしていたら、あっという間に電車は川を渡るところ。私は慌てて視線を窓の外に向ける。どんよりと曇った空の下、川は浪々と流れてゆく。中央に大きな木の枝が。何処から流れてきたのだろう。そしてここから何処へゆくのだろう。今は川底に引っかかって止まっているようだが、いつどうやって、川はこの木切れを押し流してゆくのだろう。
電車は病院の駅に止まった。人波にもまれながら私も降りる。裸の銀杏並木がそそり立っている。見上げる空は曇天。行き交うバス、車、人、誰もがどこか俯いて歩いている。足早に。
さぁまた一日が始まる。気持ちを切り替えていかないと。


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