見つめる日々

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2009年11月30日(月) 
眠る前、娘がきゃぁきゃぁ言いながら私に抱きついてきた。これ、やめなさい。やだー、やめない! 重たいよぉ、潰れるよぉ。いいじゃん、このくらいっ! 娘はなかなか抱きつくのをやめようとしない。本気で彼女の身体が重たくなってきた。そろそろどかしてよ。やだ。足、重たいよ。やだ。結局そのまま寝入ってしまった。眠ってしまった彼女の足はなおさら重い。私はよっこいしょとそれをどける。布団を掛け直しながら、彼女はどうやってこういう術を覚えてきたのだろうと不思議になる。確かに彼女が赤ん坊の頃、私は滅多やたらに彼女にキスをした。抱きしめた。ぎゅうぎゅうやった。でも、ある程度大きくなってからというもの、こちらに照れが出てきたこともあってやめた。キスは父母に止められてやめた。「誰にでもキスするような子供になったらどうするの?!」という父母の主張には閉口したが、でも、さすがに私も、小学生になってからの彼女には、こちらから進んでキスすることはしなくなった。まぁ彼女はそれでもしてくるのだが。私は、子供の頃、父母に自分から抱きついていくような子供ではなかった。抱き合うような「家」でもなかった。だから、小学四年生といったら、部屋で一人で眠って、相手といったらぬいぐるみで、それを抱きしめて眠っていた。そのせいかもしれないが、娘のこの、親愛の表現に、時々戸惑う。照れる。照れて、やめてーと言ってしまう。言いながら、なんか変だなぁとも思っている。変なのは私なのか、それとも娘なのか、どっちだろう。まぁどちらでも、いい。
まだ雨の降る中、ベランダに出て髪を梳く。マリリン・モンローが、ものすごく濃い色に染まっている。留守の間にますます色を深めたらしい。そして僅かずつだけれども綻んできている。今週中には咲くだろうか。
ミミエデンはまだ病葉を持っており。私は飽きずにその葉を摘む。隣のベビーロマンティカは元気だ。病葉もない。このくらいの雨なら吹き込んでこない場所に鉢を移したせいか、土がすっかり乾いている。そろそろ水をやらなければいけないかもしれない。

レモングラスの葉とペパーミントの葉。それぞれ2:1の割合で混ぜてお湯を入れる。ペパーミントは苦手だと思い込んでいたけれど、こうして混ぜると、胸がすぅっとすることに気づいた。おいしい。気持ちが窪んでしまった時には、ちょうどいいかもしれない。そんな気がする。
そのハーブティを飲みながら、とある作家のエッセイを開く。横書きの、絵本の作りになっており。彼女の作品は画廊で何度か見たことがあった。ここ数年画廊通いもしていないから、最近の作品は全く知らないけれども。私より年上の彼女が語る。まるで、ぬいぐるみのなかにくるまって、世界を見ているようだった、と。悲しいを初めて知った、と。人っていいなと初めて思ったと。ってことは自分も結構いいものかもしれないと思えた、と。
エッセイにいつの間にか入り込んでいて、私はそのエッセイに沿って自分を辿る。私は父母の「家」に沿うよう必死になってその「家」の子供を演じていた。演じているというより、それが全てだった。他のことなど知らなかった。私にとって「家」は大きかった。大きすぎた。世界の全てのようにさえ見えた。だから、そこからはみ出たら生きていけないんじゃないかと思っていた。
少しずつ外の世界を知るようになるにつれ、私は徐々に「家」からはみ出していった。はみ出しながら、とてつもなく不安に陥った。これでいいんだろうか、本当にいいんだろうかと何度も自分に問いかけた。問いかけながらも、はみ出さずにいられない自分がいた。気づいたらすっかりはみ出して、そうして自分から「家」を飛び出した。
今もやっぱり、「家」からははみ出している。でもまぁそれでもいいのかなとも思う。もはやはみ出したものは元に戻らないのだし。手足をちょん切ってまで元に戻ろうとは今更思えないし。こういう在り方も、あるのかなぁと。そう思う。
そもそも、演じていたと思うのは、今だから演じていたと思うのであって、あの当時は演じていたわけでも何でもなかっただろう。それが全てだったのだから。それしか知らなかったのだから。そして何より。
父母は化け物でも何でもない。ただちょっと普通とは異なっていたというだけで。そして間違いなくそれが、私の父母だというだけで。
今は、そう思う。

友人と、それぞれの学生の頃の話で盛り上がる。彼女はお酒が好きで、友人ともよく飲んでいたらしい。どちらかといったら潰れるタイプだったらしく、だから、逆に友人を潰すのが楽しくてしょうがなかったという。
私はといえば。たいてい会計係か世話係で。酔うということを殆ど知らずに過ごした気がする。夜のバイトを経験するまでは、自分は飲めないんだと思い込んで過ごしていたし、夜のバイトをしてからは、余計にセーブがかかった。酒を飲んでも飲まれるな、というような。酔っ払いをあまりに大勢見て過ごしたからかもしれない。酔っ払えるというのが少し羨ましくもありながら。
彼女の話を聴いていると、本当に可愛くて、そしてちょっと羨ましくなる。私には、そういう、何と言ったらいいんだろう、そうだ、女の子、として過ごした時間が、殆どなかった気がする。
ドスの効いた、よく通る声で、そもそも可愛いもへったくれもあったもんじゃない。それが私の持ち声だし、図体もでかければ仕草もでかい。かわいらしい、という言葉はだから、私にはどうやっても似合わない。
やっぱり、人には、役割みたいなものがあるのだなと思う。生まれ持った性質というか。私はかわいいと言われるより、姐御と言われる方が、多分、しっくり来るんだろう。
いや、それにしても。かわいい女の子はいい。頭を撫で撫でしたくなる。

雨が、止んだ。いつの間にか。私はバスに乗ろうと思っていたのを止めて、自転車に変更する。走り出せば、途端に凍える指先。でもそれは、気持ちいいとも背中合わせ。銀杏並木の道は、昨夜の雨で葉がすっかり散り落ち。絨毯のように葉が敷き詰められている。その上を自転車でそろそろと走る。なんだかただ走りすぎるのはもったいない気がして。
出掛けの娘の言葉が頭の中蘇る。ママ、いってらっしゃーい、ほら、ミルクにキスして! やだよぉ。してよぉ!
青空が見えたり隠れたり。雨が再び降り出さなければそれでいい。今朝一番で電話を掛けてきてくれた友人の上にも、できるなら青空を。

さぁ、今日も一日が始まる。


2009年11月28日(土) 
午前四時半。アラームで目が覚める。丁寧に顔を洗い、化粧水を叩き込み、ベランダに出て髪を梳く。いつもの動作。いつもの時間。それだけでちょっと安心する。
ベランダのマリリン・モンローはまだ咲こうとしない。まるでそこだけ時間が止まっているかのようだ。不思議だ。これほど膨らみ、先が綻んでいるというのに、咲かないなんて。私は目をミミエデンに移す。昨日思い切って病気の蕾も切り落とした。その分寂しくなったけれど、でも、病気が広がってどうしようもなくなってしまうよりずっといい。この時期に蕾を切り落としたからといって、大した問題はないだろう。季節が来ればまた、元気でいてくれるなら、再び蕾をつけてくれるはず。ベビーロマンティカとホワイトクリスマスの蕾は徐々に徐々に膨らんできている。このまま順調に育ってくれたら嬉しい。

何となくおかしかった。気持ちがどんどん堕ちていって、無闇に寂しくなった。切なくなった。たまらなくなった。そうしたらもっと気持ちが堕ちていった。どうしよう、このままじゃへたってしまう。私は窓際の席に座っていた。二階席。煙草を吸う気力もなくなるほど、私はきゅうきゅうになっていた。このまま倒れこんで、何も見ず、何も聴かず、丸くなっていたい、そんな気分だった。
でも、授業の時間が迫っている。とても授業を受けられる心境ではないけれど、このまま授業を受けずに逃げ帰るのはもっといやだった。あっちこっちに散らばる自分の思いに、私は半ば、疲れていた。
こういうときは。電話をかけてみる。繋がった。西の街、遠くの街に住む年上の友人。どうしたー、疲れてるねー。うん、疲れてるみたい。へたってるねぇ。うん、へたってるみたい。だいじょぶかー。うん、まぁまぁ。これから授業でしょ? うん。金もったいないからしっかり受けてくるんだよ。うん。分かってる。
そうだ、私は自分で選んでこの授業を選択し、金を払ってまで授業を受けようと決めたんだった。うだうだ言っている暇はない。私は立ち上がって支度をする。急いで店を出て、教室に向かう。

帰宅した私は、とりあえず横になってみる。眠れなくてもいい、とにかく横になろう、そう決めて。横になっていると、ここ何日かの記憶がどどっと私に押し寄せてくる。特に何があったわけではない。そういったもののあれこれから、少しずつ少しずつ私が疲れてきていたことに気づく。今更だけれども。そうして私は目を瞑ってみる。
うとうとしかけたところで、呼び鈴が鳴る。宅急便。それは、サンタさんの手紙の申込書だ。娘が、サンタさんからの手紙を今年も欲しいと言っていた。迷った挙句、私はインターネットでそれを探し出し、エアメールで届くサンタからの手紙を申し込んだのだった。喜んでくれるかどうか分からない。言ってみればもう娘は、サンタなんていない、と主張するような年頃だ。それでも手紙が欲しいと言った彼女。
三十字以内でメッセージを添えられるという。迷いに迷った挙句、「ママやじじばばとずっと仲良くね!勉強も遊びも頑張ってね!」と添えることにする。
それを持って早速郵便局へ。早く出さないとエアメールじゃなくなってしまうんだそうで。だから私は自転車で急ぐ。ポストに投函。ほっとする。これでひとつ仕事は終えた。あとは届くのを待つのみ。

私は自分でも気がつかないうちに疲れ、傷ついていたのかもしれない。うまく休むタイミングをとれない自分だから、いつだって後になってその状態に気づくのだが。今回もそうだったのかもしれない。
でも。疲れた、とはっきり言ってしまうと、本当に疲れてしまったかのようで。認めたくなかったのだ。疲れていてもまだ大丈夫と思いたかったんだと思う。悪足掻き、だろうが。私は大丈夫、私だったら大丈夫、何とかなる。そう思っていたんだ、いつものごとく。でも。
疲れたなぁ。ちょっと疲れた。切ないし哀しいし虚しいし、マイナスの気がずいぶん心に溜まってきてしまっていたんだなぁ。
今更だけど、そう思う。

込み合う電車の中から見た朝日は、燃え上がり、川面に金色の道を描いていた。一瞬の風景だったけれど、私の心に確かに刻まれた。
扉に寄りかかりながら昇ったばかりの太陽をしばらく見つめている。視界はじんじんと太陽に冒されてゆく。それでも私はじっと見つめる。

思い煩っていても仕方がない。何も変わらないし何も始まらない。それならそういった煩いをすべてかなぐり捨てて、別の位置から物事を見てみればいい。それでもダメなら、一旦保留棚に入れてしまえばいい。
山の稜線に沿って漂う雲の色は、まだ灰色のものばかり。でも今日はきっと晴れる。だから大丈夫。
ママ、ボタン取れちゃったの。出掛ける間際、そう言ってきた娘。急いで針と糸を出して縫い付けてやった。あの時の彼女の笑顔を思い出す。すまなそうな、でもうれしそうな、ないまぜになった表情。
今度はもっとすかんと、笑顔にさせてやろう。そう思う。そして私もそうであれるよう。二人ともがそうであれるよう。

もうじき駅に着く。


2009年11月27日(金) 
朝七時に起きる。起きてしばらくしてどちらともなく言う。やっぱり朝五時に起きるのがいいみたい。二人して肯く。
朝の仕事がないから寝坊できるよ、と言ったのが昨日。わーいと喜んだのも昨日。しかし。いざ寝坊してみると、身体がだるい。思うように思考が回らない。よくないことだらけである。私たちはぐったりしながら朝ごはんを食べる。よくないね、うん、よくない。やっぱり早起きしよう。それが私たちの結論。
急いで顔を洗い、急いで髪を梳かし、お湯を沸かしている間に薔薇を見つめる。やはりミミエデンの蕾は切り落とした方がいいのかもしれない。蕾自体がうどんこ病にやられている。今日帰宅したらその時点で切ってやろう。そう決める。残念だけれども。きっとまた蕾はつく。そう信じて。
お湯を沸かしてお茶を入れたものの、ゆっくり飲んでいる時間も無い。私は椅子に座ってみても落ち着かない自分に痺れを切らして、結局立ち上がる。じゃぁママもう行くね。うん。窓、閉めてから出掛けるんだよ。電気も消してね。うん、分かってる。じゃぁね、それじゃぁね。

晴れ上がった空の下、自転車を走らせる。黄金色の銀杏はまっすぐに天に向かって手を伸ばしている。美術館そばのモミジフウも、もうその独特な乾いた実をぶらさげてしんしんと立っている。一年ぶりに見るそうした風景が、私の心をくすぐる。また巡ってきた季節に、再び会えたことに私は深く感謝する。
いつもの喫茶店で友人を待つ。待ちながら、私は映画館の方を見やる。今日は混んでいる。迷った挙句友人の分も昼からの回の席を取ろうと映画館に向かってみる。すごい人。私は気圧される。なんでこんなに人がいるんだろう、平日の昼間だというのに。私は呆気にとられる。並んでみて分かった。みな、私たちが観ようとしているものを観たくて並んでいるのだということ。結局初回と最後の回は早々に売り切れ。私がカウンターに辿り着いた頃には二回目の回も殆ど席が残っていない始末。並んでよかった。でなければ私も友人もこの映画を観れずじまいになっていた。
再び喫茶店で友人を待つ。私は鞄の中に入れた、彼女に今日渡すつもりの一冊の本を眺める。喜んでくれるだろうか。受け取ってくれるだろうか。それは、私がかつて撮った彼女の写真を一冊にまとめたものだった。彼女を撮影したのは二回。一回目はもう十年くらい前になる。事件に巻き込まれた際、写真を撮られていたという彼女は、カメラが怖くて小刻みに震えていた。まるで凍えた小鳥のようだった。そうして二回目は確か今年の二月だ。ふと思いついて、彼女に私のワンピースを渡し、川辺で撮ろうと誘った。少し距離を持って私は彼女を撮った。できるだけ彼女にカメラを意識させないような距離をもとう、そう思っていた。でも、撮り始めると彼女はゆったりとカメラの前で動き始めた。ちょうど私の呼吸とそれは合っていた。最後の一枚は、まるで空と溶け合うような彼女を収めることができた。その時撮影したものたちに、私は、川縁の睡という名をつけた。
彼女にしても私にしても、PTSDを背負ってからの時間はとても長い。どうしようもなく堕ちた時期があった。何度もあった。揺り返しにもう絶望しかけたこともあった。このまま堕ちていくしか術はないんじゃないかと思えた時期もあった。でも。
そうやって何度も堕ちて何度も堕ちて、そうしながらも、私たちは確実に一歩一歩、登ってもきていたんだと思う。そうでなければ私たちは、とうの昔に、この世の向こう側に行っていたはずだ。私たちは自分を何度も傷つけながらも、それでも生きるということに必死にしがみついてここまできた。だから今ここに生きて在る。
彼女との時間のあれこれを思い浮かべているところに、彼女がやって来た。そうして私は彼女にその一冊を手渡す。

その映画は。何だろう、私にはとてつもなく切なかった。このライブを実現して欲しかった、それをこの目で見たかった、という気持ちがまず生まれた。でもその次には。
哀しかった。切なかった。この人はどこまで純粋に音楽に生きていたのだろうと思ったら、たまらなくなった。音楽に対して誠実であるように、彼は人に対してもとてつもなく誠実だった。映像からは私にそう伝わってきた。もちろん映像は作られたものだ。誰かの手によって作られたものだ。でも。それでも。
こんなに誠実で繊細な心をもっていたら、もし音楽がこの人になかったら、この人は間違いなく。そう思ったら、たまらなくなった。
友人と映画館を出てしばらく、二人とも言葉がなかった。彼女はこの映画を見ることができた幸福感に酔っていた。私はというと。あまりの切なさに心がちぎれそうだった。

思い出したことがある。最後のピアノの発表会だ。
私はそれを棄権せざるをえなくなった。それは、発表会の直前、手が動かなくなったからだ。オクターヴ軽々と開いていた指が、全く開かなくなってしまった。動かなくなってしまった。何をどうやっても、指は開かなかった。どうして。どうして今になって。私は泣きながら何度もピアノに向かった。指をこじあけようと、動く右手で左手を叩いたりひっぱったりした。でも。
開かなかった。硬直したまま、手は動かなかった。そうしているうちに、右手も動かなくなった。大学の授業もだから、その時のノートはさんざんな、蚯蚓が這うような字で記していたことを思い出す。手が動かないことがこんなにも辛いことだなんて、両手が動かないことがこんなにもたまらないことだなんて、思ってもみなかった。ピアノの発表会を棄権し、それから数ヶ月、手はそのままだった。箸も握れない、そういう状態がずっと続いた。そうしてある日突然、それは動くようになった。
動いて気づいた。あぁ私は、プレッシャーに負けたんだ、ということに。
自分にとって多分最後の発表会になるだろうと私は思っていた。だからこそあの曲を選んだ。自分で選んだ。練習した。発表会が近づいてくる。でも、納得のいくようにはまだ弾きこなせない。どうしよう、どうしよう。そんな思いが、多分、私の手を止めたんだ。そう気づいた。無意識の中で、この手が動かなければ、動かなくなれば、発表会に出なくて済む、私はそう考えていたのかもしれない。発表会に出て晴れ晴れとこの曲を弾きたいという思いと、もう逃げ出したいという思いとの間で、私は潰れたんだ、と、その時知った。
私はようやく泣いた。ようやくそこで、自分の情けなさに泣いた。ひとりで部屋にこもって、声を上げずに泣いた。自分の弱さに、これでもかというほど泣いた。
映画を観終わった後、そんなことを私は、思い出していた。

ゼロにすることなど、できないんだなと思った。帳消しにすることなど、誰にもできないことなんだなと改めて思った。起きてしまったことを帳消しにすることなど、できない。ならどうするか。背負って受け容れて、共に歩いていくしかない。
できるならゼロにしたかった。なかったことにしたかった。それが起きる前に戻りたかった。でも。戻ることなどできない。なかったことにすることもできない。ゼロにすることも勿論できない。
生き延びるには、背負って受け容れて、共に歩いていくしか術はないんだ。

今日はもう金曜日。学校の日だ。今目の前に広がる窓から見える風景は、足早に行き交う人たちの影と、犇めき合って立つ高層ビル、そしてその間から見える僅かな空。常緑樹は何処か寂しく感じられる。葉が散り落ちないということが寂しい。色づかないことも寂しい。いつでも緑がそこにある、それは確かにそうなのだが、四季というものから外れている気がしてならない。まるで自然の巡りを無視してそこに在るような気がしてしまう。
空をゆく薄い雲は速く速く流れゆく。私はいつもの煙草を家に忘れ、仕方なく適当に買った煙草を吸う。正直おいしくない。やっぱりいつもの煙草がいい。自分のどじさ加減がいやになる。やっぱり早起きがいい。時間はたっぷり余裕を持って、の方が私には合っている。
今日からもう授業は実践に入る。まだ私の気持ちはそこまでついていっていない。小さく溜息が出る。自分で選んで自分から学びたいと言って始めたことなのに、何なんだこの状況は。自分が心底嫌になる。でも、嫌になったからって時間は待ってはくれない。この数時間後、授業は始まる。それが現実。
やるしかないのだ、やるしか。やっていくしかない。

まだ私の中にはあの切なさが残っている。たまらなさが残っている。だからどうしても、世界がそう見えてきてしまう。でもそれは錯覚。単に私の心の色をもって世界を見ているだけの話。ありのままを見なければ。
橋の上に立ち、私は水面をじっと見つめる。決してとどまることなく、流れ続ける川。動き続ける川。まるで時間のようだと思う。私はその時間という流れをじっと見つめる。私はこの川の、今どの辺にいるんだろう。どこを泳いでいるんだろう。
雲間からさぁっと降り落ちてきた陽光が川面を照らす。きらきら、きらきらと輝く川。まるで飛び跳ねているかのように喜び勇んで流れる川。とどまることは、決して、ない。

さぁ私も行こう。とどまっていることは、できない。


2009年11月26日(木) 
眠る前、珍しく寒い寒いと言っていた娘だったが、寝入って一時間もしないうちに布団をばんばん蹴っている。そのたび掛け直すのだが、掛け直せば掛け直しただけ蹴り倒す。私はもう諦めて、腹の部分にだけ毛布を掛けてやる。その隣に私は、毛布と掛け布団を両方しっかり掛けて横になる。この違い。
口元にひとつにきびができてしまった。それが数日前から気に懸かって気に懸かって仕方がない。いつもより念入りに洗顔し、化粧水をやわらかめに叩き込む。できるならぎゅっと押し潰したい気分。それを何とか宥めて、鏡の中を覗かないようにして、日焼け止めを塗る。今日はもう口紅はやめた。リップクリームで誤魔化す。
ベランダに出て髪を梳く。梳きながら薔薇を見つめる。特にミミエデンの葉をじっと見つめる。やはり病葉が。私は見つけたものから順にすべて摘んでゆく。あぁミミエデンにも蕾がついたのか、と気づく。しかしそれも病葉のまさにその間から生まれ出ている。どうしよう。残そうか、切り落とそうか。私は迷う。結局、もう少し大きくなるまで様子を見ることにする。
マリリン・モンローの蕾はもうこれでもかというほど太っているのに先も綻んでいるのに、それでもまだ開かない。一体いつ開いてくれるんだろう。今日明日は天気がいいと天気予報が言っていた。その間に開いてくれればいいのだけれども。その隣のホワイトクリスマスの蕾は順調に大きくなってきている。でもそのホワイトクリスマスにも病葉を数枚見つける。私は容赦なくそれを摘む。
パスカリなどのプランターに目を移す。そちらはもうずいぶんと刈り込んでしまったから、病葉もなにもない。唯一不安な株をじっくりと見つめるが、今のところ新芽も大丈夫なようだ。私は安心する。
空を見上げる。何となく町全体が霞がかって見えるけれども、それは昨日の天気の延長だろう。今日は晴れる。もうすでに東の空が割れてきている。

病院、診察の日だった。いつもと同じように医者は娘のことをまず尋ねてくる。そして父母のこと、最後にほんの少し私のこと。それで終わり。
処方箋を薬局で受け取った後、喫茶店へ。友人を待つ。カフェオレを啜りながら、私は本を捲ったり葉書を書いたりしながら待つ。
友人が、娘さんが高校に合格したのだということを話してくれる。よかった、本当によかった。でも。娘さんが今置かれている環境は劣悪らしい。施設で、あることないこと先生方から言われ、娘さんはもう精神的にかなり参ってしまっているようだ。その施設は、役所の人からぜひにと言われて決めた場所だったらしい。でも現実は。知れば知るほど友人にとっても娘さんにとってもたまらない場所だった。その役所の担当者を問い質そうにも、今その担当者はもういないのだという。引継ぎはなされなかったんだろうか。そうだとしたら無責任すぎる。
この後、彼女はもう一件病院に行くのだと言う。私も知っている場所だった。でももう私には関わりはない。少しざわつく胸を私は抑え込む。そう、もう今の私には関わりはない。
できるなら。彼女がそこで得られるものがありますよう。彼女にとってそれが頼りになる場所でありますよう。今は祈るばかり。

娘を見送った後、急に衝動に襲われる。過食の衝動。気づけば幾つものおにぎりを私は目の前に置いており。
その時、突然メールが届く。今過食嘔吐してしまいました、とそこにはある。私は吃驚する。今まさに自分がしようとしていることは何なのか。過食嘔吐じゃぁないか。愕然とする。急いでそのメールに返事を打つ。何とか彼女の気が紛れないかと言葉を探す。
彼女にメールを打ち終わった後も、まだ私の心はざわついており。このままじゃ本当に過食嘔吐してしまう、そう思った。何とかならないものか、私は部屋をぐるぐる歩き回りながら考える。そうしているうちにぐったり疲れてしまった。横になることにする。横になって、目を瞑る。呪文のように、眠ってしまえ、眠ってしまえと自分に言い聞かせる。
気づけば一時間ほど時間が経っていた。もうすっかり辺りは闇の中。私はその間どうしていたんだろう。記憶が無い。寝入ってしまったんだろうか。覚えていない。でも覚えていないってことは多分眠ってしまったんだろうと自分を納得させる。そうして友人にもう一度メールをうつ。大丈夫?と。

記憶がぼやけているのは、いつものことだ。でもそこが全くの空白のままだと本当に不安になる。自分は一体何をやっていたんだろう、その間何をしていたんだろう、自分を責め苛んでしまう。何故自分は覚えていないのだろう、どうして覚えていないのだろう、何故、どうして。
自分の時間軸がまるで歪んでいるかのような錯覚を覚える。またあの頃に舞い戻ってしまったのか。そんな気さえする。だから余計に不安になる。どうしようもなく不安になる。もう戻りたくない、あの頃には戻りたくない。そう思うから。

このまま家の中にいたらどんどん私は自分を責め苛んでしまう。そう思い、鞄を肩にひっかけ部屋を飛び出す。バスに乗り、数時間後娘が戻ってくるはずの場所に逃げ込む。
本を読もうにも読めない。頭の中がぐちゃぐちゃだ。文字が文字として認識できない。試しに文字を自分で書いてみる。書きながら、自分が今何を書こうとしているのかが分からない。思いつく言葉を片っ端から書いてみる。それでも、自分の立ち位置が把握できない。私は泣きそうになる。
注文したアイスピーチティは今の私には冷たすぎて。余計に泣けてくる。ぽろぽろと零れ出す涙。何とかハンカチで押さえて誤魔化す。髪の毛を垂らしていれば、周囲には多分見えないんじゃないか。そう思って結わいていた髪を解く。

ママ、昨日ね、給食なかなか食べさせてもらえなかったの。なんで? なんかね、友達が私が睨んでるって言って、それを先生に言いつけて、そしたら先生が怒って、お説教されて。それでなかなか食べさせてもらえなかった。そうだったんだ。私、睨んでなんかいないよ。ちらって見たりもしてないのに。睨んだって言われるんだよ、いつも。うーん、そうかぁ、それはママもよくあったよ。そうなの? うん。目が大きくて強いせいなのかなぁ、ママがぼーっとして前見てただけなのに、またこっち睨んでる、怖いってよく言われた。おんなじだぁ、なんでそんなこと言われなくちゃならないの? うーん、何でだろう。ママにもよく分からない。ママの目もあなたの目も、大きくて強いから、みんなそれを見て誤解しちゃうのかもしれないね。それであなたはちゃんと給食食べることできたの? あったりまえじゃん、悔しいからおかわりした。ははは。じゃぁよかった。

じゃぁママは自転車ね、どっちが早く着くか競争だよ! 娘は駆け出す。私はまだ鍵を解いてないというのに。慌てて鍵を差し込んで、自転車に跨る。が、もうすでに彼女は集合場所に到着し、やーい、と手を挙げている。私は苦笑しながらゆっくり自転車を漕ぐ。
おはよう。声をかける。珍しく女の子がおはようございますと小さな声で返してくれる。なんだかちょっと嬉しくなる。おはよう、おはよう、おはよう。私は順々に声を掛ける。
まだアスファルトは斑に濡れているけれど、この陽光、今日はやっぱり晴れる。私は目を細めながら空を見上げる。隣で娘も同じ仕草をする。この目のせいで、あんたもやっぱり損をするんだなぁと心の中で思いながら。でも、損なことばかりじゃないよ、この目だからこそ見えるものも在る、絶対に。私はそう思う。
じゃぁいってらっしゃい。はーい。またあとでねぇ。そう言って手を振り合いながら別れる。別れた途端、私は忘れ物をしたことを思い出す。慌てて逆戻り。そう、今日は友人に大切なものを渡す日だった。ちょっと遅れた誕生日プレゼント。これを忘れたら何にもならない。
公園を横切るとき、中央の池を覗き込む。散り落ちた落ち葉が陽光を受けてまるで虹色に輝いている。私はいっときうっとりする。赤く染まって水面に浮かぶ桜の葉。きらきらと満面の笑みを浮かべて輝く葉。落ちた木の実を啄ばみにたくさんの鳥が集っている。
そうして黄金色の銀杏並木を抜け、私は海の方へ海の方へ。雲の裂け目からさぁっと日が堕ちてくる。あぁ階段だ、天国への階段。
大丈夫、今日はきっと大丈夫。昨日の衝動はもう収まった。今日は今日。私はべダルを漕ぐ足にいっそう力を込める。


2009年11月25日(水) 
静かな雨が降っている。耳を澄ましても降り落ちる雨音が響いてこないほどにしんしんと雨が降っている。ただ空気がしっとりと濡れ、辺りが雨の気配に満ちているばかりだ。そして昨日よりずっとあたたかい。起き上がった時の肌の感じが全く違う。
五時に起こして、と娘から言われていた。その通り五時に声を掛ける。びくともしない。もう一度声を掛ける。まだだめ。仕方なく脱いだ寝巻きを彼女の顔にぽいっと投げてみる。もぞもぞと動く。でもまだ起きない。最後はミルクに登場してもらう。まだ眠っているミルクに謝りながら、ミルクを娘のおでこに乗せる。ひゃぁっ。ようやく起きた。
何をしたくてそんなに早く起きるのかと思いきや、私の漫画を読みたかったらしい。といっても本当にもう古い漫画だ。スワンというタイトルのそれは、もうすっかり日に焼けて、茶色く色づいている。二十数巻あるそれにこの間から手をつけたらしい。読み出したら止まらないと娘が言う。本当にあの話を理解して読んでいるんだろうか、私は首を傾げる。ちょっと娘には早いんじゃなかろうか。そんな気がするのだが。
私が実家から持って出た漫画はそのスワンとあと数種類。数えるほどだ。小学生の時漫画を買うと、父に窓から棄てられた。土曜日学校から帰ってくると、二階の私の部屋の窓から棄てたのだろう、庭に漫画が散乱していたものだった。泥だらけになったそれを、私は丁寧に拾った。悔しくて哀しくてたまらなかった。でも、一度棄てられたものを家に持って入ることは厳禁だった。仕方なく裏のゴミ箱に棄てに行く。なんで本を棄てなければならないのだろうといつも思った。漫画だって一冊の本じゃないか、と思っていた。
そうしているうちに、私は古本屋に通うことを覚え、本は漫画より文庫本や線の引かれた新刊になっていった。少ない小遣いを遣り繰りして、そうやって本を集めた。
離婚した後、にっちもさっちもいかなくなった時、本を売って生活を何とか支えた。大事な美術本をそうやって何冊も売ってしまった。今思っても惜しい本が何冊もある。でももう遅い。一度手放した本はそう易々と戻ってきてはくれない。

娘が勉強するその後ろで、私も机を広げノートを整理する。ノートを整理しながら頭の中も整理する。自己一致、無条件の受容、共感、転移、逆転移、様々なことをそういえば先週学んだのだなぁとノートを整理しながら思う。でも頭に残っているのはこれっぽっち。まったくもっていただけない。たった二時間の授業なのに、その二時間ずっと集中していることが私にはまだできない。自分で選んで勉強していることだというのに、集中力が途切れてしまう。
ママ、まだ終わらないの? 娘に言われ、そっちはどうなの?と尋ねる。あとは国語だけだよ。あらまぁ、じゃぁ採点しなくちゃ。算数は自分でできるから社会丸つけて。分かった。ねぇママ、桃の生産地って山梨でいいんだよね。そうだと思うんだけど。桃と葡萄と、どっちが一番なの? うーん、調べた? うん。地図に記入しないといけないんだよね。どれ、あ、これ、ここに書いてあるじゃない。あれ、ほんとだ。
ノートを記しながら、私はこれをどれだけ実践できるんだろうと考える。身近なところから考えて、まず娘だが、果たして私は娘の話をどれだけちゃんと聴いてやっているだろう。はなはだ疑問だ。恥ずかしいが。
ねぇママ、その図、何? あぁこれはね、誰かの話を聴く時に、できれば心の中をこうやって空っぽにしてその人の話をそのまま受け止めてあげようねってことなんだよ。心を空っぽになんてできないよ。ははは。そうだよねぇ、うんうん。心空っぽになったら何にも考えられないじゃん。うーん、なんていうのかなぁ、そういうのって、誰かの思ってることじゃないでしょ、あなたが思うこと、感じることがあなたの心の中にあるってことでしょ。うん、そうだよ。そうじゃなくてさ、なんていうかこう、相手の立場に立って相手ならどう考えるかなどう感じるかなって想像力を働かせるんだよ。ふぅーん。なんか面倒くさいね。ははは。そっか。面倒くさいか。でも、あなたもよく言うじゃない、ママは私の話聴いてないでしょ、って。そういう時、いやじゃない? あー、別に平気だけど。あれまぁ、そうなの? だってそういうもんでしょ? うーん、ははは。でも、もしママが、あなたの話を、うんうん、そういうことがあったのかぁって聴いてあげることができたら、あなた嬉しくない? だってママそういうふうに聴いてるじゃん。え、あぁ、うーん。違うの? それならいいんだけど。いろんな人にいろんな感じ方があって当たり前だって言ったのママだよ。あー、まぁ、そうです、はい。
どうも私はまだ説明がよくできないらしい。勉強のし直しだな、これは。
というか。娘はもしかしたら、すごく健全なのかもしれない。

展示替えの日。会場に着く頃にはすっかり疲れてしまっている。緊張が私を雁字搦めにしているらしい。世界がだぶって見え始める。仕方なく頓服を飲んでみる。
一点、また一点、作品を替えてゆく。御苦労様、そしてこれからよろしく。そういう思いを込めて、一点、また一点。以前、展示替えの際、どじを踏んでガラスを割ってしまったことがあった。たまたま近所にガラス屋があってそこで額縁の大きさにガラスを切ってもらえたから対処できたものの、あの時はもう顔面蒼白だった。それを思い出すと指先が小さく震える。
そうして十二点、ようやく展示替えを済ませる。済ませた後はもう、疲れがピークに達したらしく、お茶を飲みながらうとうと眠ってしまう始末。あぁ。
何はともあれ展示替えは済んだ。さぁこれから後期だ。年末まで一気に駆け抜けるばかり。
帰りがけ、百円ショップをちらりと覗く。クリスマス一色。そうだ、十二月に入ったら、また部屋の飾り付けをしなければ。せめて娘にそのくらいしてやらないと申し訳ない。といってもツリーを飾れる隙間などなく。壁にあれこれ貼り付けるだけなのだが。

バスを降りたところで娘から電話が入る。泣声だ。どうしたのと聴くと、ママ、テレビが壊れた、と言う。何しちゃったの? ゲームやってて、アンテナが落ちそうになったから拾ったら、電気が切れちゃった。んー、ママ、今分からないよ。なんか変な音もしてるよ。変な音? この前ママが五月蝿いなぁって言って消してたやつ。どういう音? あぁそれはステレオが勝手に作動したんだよ、電源を切ればいい。どこ? 一番上。これか。消えた? うん、消えた、あ、テレビもついた。はい? テレビ、ついた。一体何したの? わかんない。
結局、消えたのもついたのも原因は分からずじまいだが、まぁ何とかなったらしい。病院だからと早く出てきたのがいけなかったのか。それとも、彼女が相当に暴れながらゲームをやっていたということか? まさかな。まぁ何とかなったならそれでよし。
そう、今日は病院の日。診察の日だ。
最寄の駅で降りる。雨は降り続いている。幾つもの傘の花が咲いている。まるでモノトーンの世界。その中で少し灰色がかかった桃色の傘をさす自分が、少し恥ずかしい。でもまぁ、私の顔が見えなければ、明るい色ということだけで過ぎてゆくだけの話。
母からメールが届いている。何だろうと思って見ると、お土産ありがとう、と書いてある。なんとなくこそばゆくなる。
行き交う傘の間から空を見上げる。どんよりと垂れ込める雲が一面。何処までも何処までも。あぁこの雲の向こうの、空が今、見たい。


2009年11月24日(火) 
まだ夜は明けない。ミルクの、籠を噛む音が部屋に響いている。私はその音を聞きながら、朝の支度を始める。今日はいつもの支度以外にもしなければならないことがある。展示替えの日だ。作品とテープと作品集と。昨日のうちに鞄に入れたけれども、それを再度確かめる。これらがなくては何も始まらない。
ベランダで髪を梳かしながら薔薇を見つめる。昨日のうちに病葉は一通り摘んだ。また増えていないか、それが気懸かりでひたすら葉を目で辿ってゆく。あやしいものは全て摘む。もしかしたらただ汚れているだけかもしれない葉でも、白い斑点に見えたら全て摘む。でないと病気は広がってしまうから。一方、数少ないながらもついた蕾は順調だ。少しずつ少しずつ膨らんできている。唯一、マリリン・モンローの蕾が開こうとしない。これだけ膨らんでいるのにどうしたというのだろう。やはり天気のせいなのだろうか。立ち枯れたなんてことはないだろうか。それだけが不安。

ふと思い出す。先日出掛けた折、林の中で栗鼠たちを見つけた。二匹じゃれて遊んでいるのかと思って眺めていると、いや違う、喧嘩の真っ最中なのだということが伝わってきた。二匹、お互いに全く譲ろうとしない。全身の毛を逆立て、きぃっと甲高い声を上げながら追いかけ追いかけられしている。もう終わるのかと思っても一向に終わる気配が無い。私はしゃがみこみ、じっと彼らを見つめている。でももはや、人の気配など感じる余裕はないのかもしれない。それほどに彼らは荒れ狂って、相手をやり込めることだけを考えているようだった。結局十分、十五分しても止むことはなかった。栗鼠というのがこんなにも執念深い動物だったとは知らなかった。私は立ち上がり、彼らにちょこっと手を振る。彼らはやっぱり気づかない。きぃっ、ふぅっ、手前の木に駆け上ったと思ったら相手は隣の木、それを見つけると再び追いかけてゆく。どこまでもどこまでも。
そんな栗鼠たちを、木々たちは黙ってしんしんと、見守っている。

洋菓子よりも和菓子に目が行く。今回も、懐かしい代物を見つけ、土産にした。栗羊羹だ。父に渡すと、目を細め、懐かしそうな顔を少しだけした。そうして帰っていった父。帰宅して、母と一緒に食べるだろうか。それともしばらく取っておくんだろうか。
その昔、まだ私も弟も幼かった頃、父母はその栗羊羹や栗金団を買ってきては、私や弟の手の届かないところにしまいこんだ。それを私はいつでも見つけ出し、真夜中こっそり味見する。ばれたときはとんでもなく怒られたが、でも、私はその誘惑にいつも負けた。それほど私にとってはおいしい代物だった。
あの頃のことを覚えていますか、そんな気持ちで、私は栗羊羹を買って来た。父母は気づいているだろうか。二人だけになったとき、そんなこともあったねと話しているだろうか。できるなら、思い出していてほしいと思う。できることなら。
栗金団は母が、栗羊羹は父が、好んで食べていた。私は両方好きだ。だからいつも、両方をちょこっとずつ食んだ。本当にちょこっとずつ、こっそり戴いた。でもいつだって、じきにばれた。烈火のごとく怒る父の前で小さくなって、拳骨をもらい、それでも謝ることができずに私はいつも俯いていた。それさえも今は懐かしい。

娘を連れて映画館へ。娘が観たい観たいと言っていた映画はすでに二回分とも満席でどうしようもない。結局手近な映画を観ることにする。
映画館での娘の集中力には、いつも驚かされる。正直、子供というと、映画館でちょこまか動いたり喋ったり眠ったりと忙しいイメージがあった。しかし、映画館に初めて連れて来たときから、娘はどうも違う。大きなスクリーンを一心に見つめ、じっと映画を観察している。私が退屈でうとうとしてしまっているときでも、娘はじっとスクリーンを見つめている。そして、それがどんな大人向きな映画であっても、映画が終わって感想を聞くと、彼女なりの感想をこちらに伝えてくる。しっかり観てるのだ、彼女には伝わっているのだと、私は少々舌を巻く。
今回も、どうだったと聞くと、今回は女優に対しての感想が出てきた。自分はあの女優さんが一番よかった。どうしてと聞くと、あんまり目立たないんだけどなんかこう溢れてくるものがあって、それがよかったよとしっかり返事が返ってくる。だから、ママはこっちの女優さんが一番好きなんだよねと言うと、娘は、ママ、この人は怖かったよ、本当に狂っちゃうのかと思って怖かった、と言う。ママはそこがいいと思うんだけど、と言うと、娘は、私はそこが怖いんだけど、と笑う。
子供だからといって侮ってはいけないのだ。つくづく思う。

洗濯機を二回まわす。その大半が娘の洋服だ。そしてその殆どが友人のお嬢さんからのお下がりだ。これらの服に私はどれほど助けてもらったろう。
外に買い物に出ることが難しい。買い物に行っても行った先でどうしていいか分からなくなる。そんな私にとって、彼女から届くそのお古着は、大切な大切な代物だった。娘はそのお嬢さんよりちょいと太めで、だからジーンズなどは太ももが危ういものもあったりする。そうすると、ママ、私って太っちょなの?と娘が尋ねてくる。うーん、まぁママも太っちょだったからそうなのかも。今ママ太っちょじゃないじゃん。いや、あなたくらいの頃は太っちょだったよ。っていうか、あなたと同じ、健康優良児そのものだった。太もももぱーんとしてて、お尻もぱーんとしてて、ずいぶん恥ずかしかった。私もそうなんだよねぇ、だってクラスには20キロしかない子もいるんだよ、私より10キロ以上少ないよ。いやになっちゃう。ははは。今の子供はみんながりがりだからなぁ。でもいいじゃない、多少ぷりんとしてる方がかわいいってもんだよ。なんか全然慰めになってないんだけど、ママ。そう? そんな会話も、彼女から送られてくる服があってこそ、だった。本当に、いくら感謝しても足りない。
干し終わった洗濯物が、ベランダでひらひらと風に揺れる。

朝の仕事がうまくいかずへこんでいると、娘が言う、そういう時はさっさと出掛けちゃえばいいんだよ、16分にバスがあるよ。え? そうなの? なんで知ってるの? この前時刻表見て覚えた。ほら、上着着ちゃいなよ。
そうして娘に背中を押され、私は家を出る。玄関でココアを掌に乗せた娘が、いってらっしゃーい、がんばってねーと笑顔を見せる。今日に限っては何となく照れくさくて、私はうん、いってくる、とだけ言い、ココアをくしゃくしゃ撫でて玄関を出る。
何だろう、やっぱり落ち着かない。うまくいくだろうか。ちゃんと展示できるんだろうか。いや、できなきゃ困るわけなんだけれども。だからどうやってもしっかりやり終えるわけなんだけれども。それでもやっぱり落ち着かない。
これは私だけの展覧会じゃない。それが私に圧し掛かってくる。ここに参加してくれた人たちの声が、わんわんと私の内奥で響いている。どれほど彼女らが血反吐を吐きながら今を生きているか、それがいやというほど分かるから、私は心がぎゅっとなる。できるなら心臓を引っ張り出して、ぎゅっと握り潰したいくらいの気持ちにかられる。
混み合う電車、長い長い距離、それが余計に私を押し潰す。気持ちがもう、ぺしゃんこになりそうになる。だから私は敢えて、深呼吸をする。そうしてひとり、またひとり、親しい人の顔を思い浮かべる。
大丈夫、やれる。
駅を降り空を見上げると、曇天。のったりとした灰色の雲がゆっくりと流れてゆくのが分かる。行き交う人はみな、コートの襟を立てて歩いてゆく。空気がぴりりと冷たい。色の変わり始めた桜の樹の葉が、ぷるぷると震えている。
でもきっと、この雲の向こうには水色の空が広がっている。青々とした空が。僅かに雲の割れ目から降りてくる光を信じて、私は一歩、また一歩歩く。

耳元ではシークレットガーデンのRaise your voiceが流れ始める。
もう大丈夫。ちゃんとやれる。


2009年11月23日(月) 
何度も娘の寝返りに起こされる。腕が飛んでくるのだ。ぼすっぼすっと私の顔や肩にそれが当たる。そのたび起こされる。溜息をつく暇もなくまた次が飛んでくる。寒いのに彼女にはそれは関係ないらしい。私は布団を被っているので精一杯だというのに。つくづく感心しながら彼女を眺める。ぷりっとしたほっぺたを、突っついてみる。広いおでこを撫でてみる。ちょこっとつぶれた鼻を突っついてみる。びくともしない。私は苦笑しながら、再び寝入る。
そうして目覚めれば、ミルクのがしがしと籠を噛む音。また日常が戻ってきた。そんな感じがする。こうした音や動作が多分、私の日常の一部なんだと思う。
私は寒い寒いと思いながらもベランダで髪を梳かす。今日は空が高い。これなら晴れる。そんな気がする。地平線を漂う雲も、やがて消えてなくなるんだろう。流れが速い。
マリリン・モンローの蕾は、綻び始めているというのにそこから一歩も動かない。この寒さのせいかもしれない。が、気になる。気になって何度も蕾を撫でてみる。早く咲け、咲いておくれ、そんな思いを込めて。他に、ベビーロマンティカやホワイトクリスマスの蕾も順調だ。他のものはみなもうすでに切り詰められているけれど。この週末にイフェイオンやムスカリはぐんぐん生気を養っていたらしい。緑がいっそう艶やかになっている。一体何処まで伸びるのかと思うほど、葉も伸びてきてしまった。ちょっと切った方がいいんだろうか。

娘が、梨木香歩の「りかさん」と「ミケルの庭」を読んでくれたらしい。彼女は「ミケルの庭」が気に入ったという。気に入ったというより感動したと言っていた。文庫本の、全く絵のない本を何処まで彼女が読みきるんだろうと思っていたが、これなら大丈夫かもしれない。なんとなく嬉しくなる。国語の苦手な彼女が、それでも本は好き、ということに、私は喜びを感じている。それは多分、私が教えられないこと伝えられないことを、彼女自身が本から感じ取ったりすることができるということだから。

黒井健の絵本ハウスへ足を運ぶ。こじんまりとした建物の中はとても温かく、それはまるで彼の描く絵のようだった。ちょうど赤いポストとはいしゃさんの絵が飾ってあり、私はそういえば自分がこの絵本を持っていなかったことに気づく。ちょうどいいから娘のお土産にとそれを選んで買う。彼女はどんな顔をするだろう。どんな想いでこれを読むんだろう。今と、それからまた大人になってからと、それぞれ読んで、どんなことを感じるんだろう。
そこからそのまま回って、絵本美術館にも立ち寄る。私の好きな作家の原画が何点か飾ってあり、私はそれをじっと見つめる。この作家の絵本を最初に読んだ時、切なくて切なくて、でも心があったかくなって、たまらなかった。娘にそれをプレゼントしたら、彼女も話が気に入ったらしく、何度もたどたどしい声で読み上げていた。彼女の絵本はどちらかといったら、ちょっと大人向きかもしれない。他の絵本を読みながらそう思う。絵も多分そうだ。子供が喜んで眺める絵とはちょっと違う。

帰りがけ、ちらつく雨の中、私は物思いに耽る。弟がようやく就職が叶いそうなところまで来ているらしい。彼の望む仕事ではないにしろ、それでも職がある、働くことができる場所があるというのは幸せなことだ。そう思う。
事件に遭って、働くことが全く叶わなくなった時、私はまるで自分が社会から除け者になってしまったような気持ちになった。落ちこぼれた、というのともちょっと違う、まさしく除け者になってしまった、そんな気がした。もう私は必要がないのだ、ここにいてはいけない存在なのだ、そんなふうに感じられた。全く働くことができない時期がそれから一体何年続いたろう。薬漬けなんじゃないかと思えるような大量の薬を飲み、一日一日をどうにか乗越え、そうして生き延びて来た。
今、ほんの少しであっても、糧を自分で得ることができるということ、それは、私をとても大きく支えている。これがまた再びなくなったらと思うと、正直恐ろしい。私はまた、除け者になってしまったのかと、思うかもしれない。もう年も年だ。しかもうちは母子家庭。私が稼がなくてどうする。そんな気がしている。全く蓄えのない今の生活に、不安も覚える。でもまだそれは贅沢なのかもしれない。もうちょっと、もうちょっとでもいい、元気になって、娘を支えていきたい。

ねぇ、ママ、早く体温書いて! 娘が朝私にそう言ってくる。え、今日、学校休みだよ? へ? そうなの? え? 違うの?
娘は今日が祝日だということをすっかり忘れていたらしい。私は大笑いする。娘は飛び跳ねて喜ぶ。今日何する? 何する? 途端に私に纏わりついてくる。映画でも見に行こうか? うん!
昨日のうちにじいじの家で予習まで済ませてきた娘だ。今日映画を見ることくらい構わないだろう。そのくらい楽しみがなくてどうする。

アメリカン・ブルーの隣、ラヴェンダーの挿し木の一本が、少し萎れてきている。もう一本はとても元気なのだが。こちらはもしかしたらダメかもしれない。そう思いながら、葉を撫でる。何とかついてくれないものか。そうして春になって、新芽を次々出してくれないものか。そう祈る。

さぁ出掛けるよ。娘に声を掛ける。うん! 勢いよく玄関を飛び出す娘。それに続いて私も出る。校庭では、雨後にもかかわらず少年野球のチームが練習を始めている。
自転車を漕ぎながら、私は首を竦める。なんて冷たい空気。でも気持ちがいい。私は空を見上げる。目の前には黄金色の銀杏。海に続く真っ直ぐな道を私たちは走る。新しく建ったビルの、植えられたばかりの木々に雀が集っている。私たちの音に気づいて、一斉に舞い上がる。

きっと今日は、いいことがある。


2009年11月22日(日) 
木の枝々の在り処さえ分からぬほどの深い闇が少しずつ明けてきている。今窓を見上げると、木の枝が空の脈目のようにそこに在る。葉はもう散り落ち、数えるほどしか残ってはいない。
昨日富士はあまりにもくっきりと私の目の前に姿を現し、私は一瞬目を疑った。もう白く白く染まった富士の、稜線はまるで一本の線ですっと描かれており、滲むところなど何処にもなかった。紅葉する山と山との間に白く白く、すっと立って、こちらを見ていた。富士を美しいと思ったことは多分、これが初めてだった。

訪れた美術館までの道程、松ぼっくりを拾って歩く。拾っては形を確かめ、かわいらしいものだけ鞄に入れる。娘や友人へのお土産にしよう。そう思うと、あれやこれや拾いたくなるから不思議だ。
枯葉を踏んで踏んで、現われた建物はなんだかおかしな形をしており。扉は重く、全身の体重をかけなければ開けられないほどで。ようやく辿り着いたその場所で、私は深呼吸をひとつした。
彼の作品を間近に、これだけの数見るのは初めてだった。てこてこと画面から歩いてこちらに出てきそうなヒトガタ、それは私の夢の中にもよく出てくるヒトガタと似ていた。ヒトガタが喋っている。声なき声で話している。そんな空間が三つ。私はその三つを順々に歩いてゆく。闇の中から光の中へ出て行くような作りで、私は最後の広い広い空間で、天を見上げたくなった。
その日は町民への無料解放の日で、子供たちも館内に集っていた。子供らにはきっと、私などよりもっと直接、彼のメッセージが伝わるんじゃないだろうか、そんなふうに思えた。子供がそのまま大きくなって、でも大人と呼ばれる代物になったときまた世界がちょっと違って見えてきてしまった、そんな彼の絵だった。あまりに若くして亡くなった彼の絵は、それでも間違いなく、今、生きている。

そこからまた少し林の中を歩いたところに、もう一つ美術館が在った。そこで今、ガンダーラ展が催されており。
薄暗い館内に、所狭しと置かれた立像、坐像。私はその存在感に圧倒される。息をするのも忘れながらそれらの像の間を縫って歩く。ふと不思議になり立ち止まる。これらの像は一体どうやってここに、誰の手によって拾われてここにやってきたんだろう。まるで今も息づくこの像は、どれほどの時間生きてここに在るんだろう。目を閉じて、まだ見ぬ異国に思いを馳せる。
どうして人は像を彫るんだろう。どうして人はこうやって物を遺すんだろう。そんな当たり前のことを、改めて考える。人は何処まで、生きていたかったんだろう、と。生きていたいと長い時間思うことができないで生きてきた私には、その純粋な欲望は少し眩しすぎる。
美術館を出る頃にはもう夕暮れだった。もうじき日が落ちる。気温は一挙に落ちるだろう。空を見上げれば、白く細い月が浮かんでいた。

薬を飲み忘れていた。歩きながら気づいて、私は慌てて鞄を探る。薬を飲み込みながら、ふと思う。薬を飲まないでいたら、私はどうなるんだろう。薬を今突然止めたら、私はどうなるんだろう。
友人が言った言葉が思い出される。私の人生の大半はもう狂っていた。また別の友人が言った言葉を思い出す。もはやPTSDは私の体の一部で、そしてあまりに日常で。
そうなのだ。私の、これまで生きてきた人生の大半も、狂っていた。そして今、PTSDは私の日常のもはや一部だ。切り離して考えようとしても、それは無理なのだ。
受け容れるしかない。分かっている。すべてを受け容れて初めて、そこからまた新たな道が始まる。そのことも分かっている。分かっているけれど、できるならあんな時間はなかったことにしたい、そうも思う。
誰が望んで事件になど遭いたいと思ったろう。誰が自分の人生に事件など起きると予想しただろう。誰もそんなこと望んでいなかったし、誰もそんなこと予想してもいなかった。まったく寝耳に水だった。それでも。起きてしまった。
起きたこと、そのこと自体で何度自分を責めただろう。自分のせいで、自分のせいでこんなことが起きたのだと。すべて自分のせいなのだ、と。そうやって何度自分を責め苛んだだろう。
でも。やっぱり違う。私のせいじゃない。私はそんなことこれっぽっちも望んでいなかった。自分の人生にそんなことが在り得るなどと、これっぽっちも思ったことなど無かった。私にも隙があったのかもしれない。でも。やっぱり事件が起きたのは、そのことは、私のせいじゃない。
もうその呪縛から、自分を解放してやろう。今改めて思う。せめてその呪縛くらいからは、自分を解放してやろう。そう、私のせいじゃない。
私の人生は狂った。あの日を境にして狂ってしまった。そしてPTSDはあの日から私の一部になったんだ。パニックもフラッシュバックも、それまでの私の人生で考えられなかったいろいろなことは、もはや私の一部。
それでも、私は生きている。最も酷かった時期は多分越えた。PTSDが私の全てになってしまった頃からは、私は変化しているはず。少なくとも今、それは私のあくまで一部であり、全てではない。そうだ、全てでは、ない。

夜、娘に電話を掛ける。どう、調子は? ママがいないのに楽しいわけないでしょ。と娘が言う。私は言われて吃驚する。そんなことを臆面も無く言うことができる娘に吃驚する。私は言うことができなかった。寂しくても寂しいと言えなかった。辛くても辛いなどと口にすることはできなかった。今娘は、どんな心持ちなんだろう。言いながら何を心に描いているんだろう。
じゃ、また明日ね。うん、明日ね。そう言って電話を切る。切った後、私はしばらく電話を見つめる。ママも、あなたがいないとつまんないよ。

東の空がぬるんできた。雲が筋のように横たわっている。木の幹の模様も、光の中、少しずつ少しずつ浮かび上がってきた。鳥たちの声も響き始める。
私は朝の薬を飲む。この処方もいつか減っていくんだろうか。そういう日もまた来るんだろうか。いつか、来る。きっと、来る。

見上げれば、空は高く高く。今、一羽の鳥が空を横切る。


2009年11月21日(土) 
仕事を終えて横になろうとしたら、飛んでくる娘の足。避けようとしたが、彼女の足にがっぷり挟まれる。あたたかい。いや、熱い。なんでこんなに熱いんだ、この子の身体は。私はびっくりする。びっくりしながらも、これならちょうど、湯たんぽ代わりになってくれるかもしれないとも思う。寝づらいことは寝づらいが、まぁそのくらい仕方がない。
朝起きると一番にミルクの出迎え。がしがしと籠の入り口を齧っている。齧っては、こちらを見つめている。ごめんね、今日は大忙しなんだよ、ごめんね、私は声をかけながら支度を始める。
薔薇たちの土は、昨日水を遣ったからまだ湿っている。これなら留守にしても大丈夫。アメリカン・ブルーの土も大丈夫だ。でも何だろう、やっぱりちょっと元気が無い。帰ってきたらよくよく見てやらないと。ベビー・ロマンティカの蕾のほかに、ホワイトクリスマスも今小さな小さな蕾をつけ始めた。他は、先日剪定してしまったから、花が咲くことはない。しかもうどんこ病になったものは、さらに切り詰められているから、今、はっきりいって丸坊主、といった具合。まぁそれでも、病気に晒されるよりはいい。
髪を梳かしながら空を見上げる。雲がぐいぐい流れてゆく。これなら今日は晴れるかも。私はちょっと嬉しくなる。

学校は、今日がちょうど山場の授業。しかし、何故だろう、今日に限って欠席者が多い。半数ぐらいが休んでいる。どうしたのだろう、代替授業をとっているんだろうか。私は余計な心配をしてみる。まぁそんなことより、二時間私がもつかどうか、その方が問題なのだが。
やはり、後半、居眠りをしてしまう。集中力が続かないのだ。ぷっつりと切れるときがある。切れると、かくんと眠りに落ちてしまう。私は、ノートをとる姿勢のまま、ちょっとの間うとうとする。講師に当てられ、しどろもどろになってしまう。恥ずかしい。しかし、これが私の現実。
かかわり行動、かかわり技術、傾聴、その他もろもろ。必要な項目が次々板書されてゆく。私は神経を絞って、何とか追いついていこうとする。するのだが、完全に堕ち零れている、そんな気持ちになる。
授業が終わった頃には私はへとへとになっていた。見上げる空、陽光が眩しい。

友人から電話がかかってくる。どうも様子がおかしい。パニックをおこしているらしい。私は受話器を握り直し、彼女の名前を繰り返す。私、こうしたいのに、これがしたいのに、パニック起こしちゃって、どうにもならない。彼女は泣きながら私に訴えてくる。とにかくまずパニックを収めることが大事だよ、横になりなよ、時間見計らってまた電話するから。とにかく横になって、ね。うん。
それから二時間後、私は電話をする。繋がらない。時間を置いてまたかけてみる。繋がらない。また時間をおいてかけてみる。いっこうに繋がらない。
私は電話を諦めて、メールを送る。

相手に、自分を重ね合わせたら、だめだ。自分と相手とを混同してはだめだ。自分とその人とはあくまで別物、別物であって、決して重なり合うことはない。そのことを、心にしっかりとどめておかないと、見誤る。
酷い体験を経てくると、その体験に引きずられて、よくこの距離感を見失ってしまうことがあるが、それを見失うと、とんでもなく自分が苦しくなる。それだけじゃない、相手もしんどくなる。
そのことを忘れてはいけない。

花を買って帰ろう、そして花の写真を撮ろう、そう思って教室を出たのだが、花屋の前で私は首を傾げる。どうして薔薇の花しかないんだろう。本当に見事に、その花屋には薔薇の花しかなかった。何種類もの薔薇。薔薇好きにとっては嬉しい限りだが、今日は喜んでもいられない。私はいろんな花を撮りたかった。薔薇だけではだめなのだ。結局、私は花を買うのを諦める。もっと種類がたくさんあるときに、ごそっと買って、写真を撮ろう。そう決める。
来年の六月の個展に向けての準備だ。展示する作品はもう仕上がっている。じゃぁ他に何をということなのだが、それだけで終わってしまうのはなんだかもったいない気がするのだ。このシリーズをもっと広げることはできないか。そう思っている。

昨年催した二人展の作品群を一冊にまとめることにした。ついでに、来年一月の二人展の作品群たちも、まとめてみる。これまでいつもハードカバーで製作していたが、今回はソフトカバーでやってみることにする。
一点一点、見つめ直すと、いろんな想いが交差する。この写真を作った頃、私はどんなだっただろう。そんなことを思う。まだリストカットの嵐に揺さぶられ、腕を血みどろにしていたこともあった。パニックを起こし後ろに倒れ頭を勢いよく打ちながら、それでも作品を焼いたこともあった。胃液がせりあがってきて、それでも食いしばりながらシャッターを切ったこともあった。そういう時間がぽるぽろと、詰まっている。

電車の中、外を見やればちょうど夜明け。燃えるような太陽が東からちょうど上がってきているところ。私は思わず声をあげ、席を立ってしまう。それはちょうど川を渡るところで。流れる川面に、きらきらと陽光が降り注ぐ。水は陽光をいっしんに受け、まるではしゃいでいるかのような輝きを見せる。一瞬の光景。
雲はその燃える太陽を隠したり流れたりしながら浮かんでいる。太陽はそんな雲にお構いなしに、ひたすら燃え続けている。

始発のバスに乗るため、娘と二人、準備をする。私がゴミをまとめている横で、娘がミルクとココアの世話をする。さぁ準備完了。
バス停に立ったものの、寒い寒い。そこで私たちはおしくらまんじゅうをすることにする。えいや、よっと、えいや、よいしょっと。押し合いへし合い、私たちは笑い声を上げる。まだ通りをゆく人など殆どいない午前六時。バス停から真っ直ぐに見える埋立地の高層ビルは、まさに聳えるという言葉がぴったりな貫禄でそこに立っている。私たちは、おしくらまんじゅうをしながらも、周囲を見やる。ねぇママ、雲の勢いがすごいね。そうだね、どんどん流れていくね。そうそう、印刷に出してた年賀状、届いたよ。今年のは何? あの時撮ったあなたの顔のアップだよ。えー、あの変な顔? いや、変な顔はさすがにかわいそうだと思ったから、かっこいい奴にした。そんなのあったっけ? あったの、ママにとってはあれはいい写真なんだ。ふぅーん。
ようやくやってきたバスに乗り込み、私たちは小さい声で歌を歌う。昨日から突然娘が歌い始めたのは、ガッツだぜ。なんでこのような昔の歌を、彼女が気に入ったのか、理由はしらない。でも、気に入ったらしい。身体を揺らしながら、彼女は今も歌っている。

東京駅で、友人が見送りに来てくれていた。こんな早い時間に大丈夫なの? うんうん。そうして僅かな時間、お茶をする。次々入れ替わってゆく客。私はその様子を何となく見やりながら、今週末の忙しさを思う。
娘にも見送られ、友にもそうして見送られ、私は出掛けてゆく。ちょっと煙草を吸うのを我慢すれば、あっという間に仕事は終わるはず。そうだ、あっという間だ。その間、どれだけのものを私は見つめることができるだろう。なんとなくちょっと、わくわくする。普段なら見落としてしまうだろうようなことに、ひとつでも気づけたら、いい。

さぁ気合を入れて。


2009年11月20日(金) 
習慣とは恐ろしいもので、どんなに遅く眠ろうと、やっぱりこの時間には一旦目が覚める。今日は眠気も何も残っている気配が無い。眠ったのは何時だったか。午前0時をゆうに回っていたはず。私はぱっかりと起き上がり、顔を洗う。このところ水がぐんと冷たくなった。祖母の家の井戸は逆だった。夏は冷たく、冬になるとぬくく感じられた。そんなことをふと思い出す。
がりがりという音に振り向くと、ミルクが籠を齧っている。齧ってもそれ穴開かないよ、と声をかけてみる。途端に後ろ足で立って前足をこっちに寄越す。ごめんねぇ、今無理だよぉ、と彼女に詫びる。それでも諦めきれないのか、彼女はがしがしと籠を齧っている。
昨日の雨は止んだ。アスファルトはまだ斑に濡れている。空を見上げ、雲の動きを見つめる。大丈夫、これなら晴れる。私は昨夜洗濯機にかけた洗濯物を、部屋の中から外に出す。そうしてベランダに出、髪を梳かす。
昨夜は仕事を終え眠ろうとしても、身体が冷え切って眠れなかった。ふと思いついて、隣に眠る娘の身体に触れてみる。あたたかい。くっついてみる。あったかい。もっとくっついてみる。もっとあったかい。しばらくそうしてべたーっと彼女の背中にくっついて彼女から熱を奪ってみる。あたたかいことはあたたかいのだが。この体勢ではどうにも眠れそうにない。仕方なく、足だけを彼女の布団の中に潜り込ませ、いつもの体勢で眠ることにする。仰向けの位置。そういえば仰向けになって眠れるようになるまで、どのくらいかかったろう。仰向けで眠るのが怖かった。ずっと怖かった。この部屋に越してきてもずっと丸まって眠っていた。それが一年くらい前から、仰向けで眠れるようになった。今ではしがみつくための枕もいらない。

西の街に住む友人から久しぶりに電話が来る。出た途端に、あぁ彼女は調子が悪いのだなと声の調子で分かった。ん、なんかちょっとピンチな気がする。彼女が応える。最近久しぶりに発作を起こしたよ。ちょっと疲れが溜まっていたのかもしれない。うんうん。でも、何があったわけでもないんだよね、なんかこう、うまく言えないんだけど。
しばらく話していて、ふと思いつき、彼女に問うてみる。もしかして、トラウマの再演、しようとしてる? あ。そうかもしれない。うん、この穏やかな生活は長く続かないっていうか、こんなふうに笑っていたら絶対私死ぬ、みたいな、絶対こんなのおかしい、みたいな。そんな気がする。
その気持ちには、私にも覚えがある。穏やかになり始めた時は、あぁこんな生活もあるのかと嬉しくなる。でもそれがちょっと続くと、だんだん不安になる。どんどん不安になる。自分の生活はこれとは違う、これは間違ってる、こんなんじゃない、そう思えて来るのだ。自分のあの、地獄のような生活が絶対再び舞い戻ってくる、私はそこにいるべき人間のはず、というような。
石橋を叩いて渡るって言うけど、叩きすぎて割ったら意味ないよ。うん。分かってる、私いつも叩きすぎて割るんだ。そうそう、私もそうだよ、自分で散々叩きすぎて、それで割れたら、ほらやっぱり割れたじゃない、ってそう思うんだよね。自分で叩き割ってるのに。うんうん、自分はこうじゃない、これじゃぁいけない、そんな気がするんだよね。
そういえば彼に、おまえは今を生きなきゃだめだ、っていうようなこと言われた。あぁそれ、すごくよく分かるよ。うまく言えないけど、過去の出来事の衝撃が大きすぎて、それに引きずられてしまうんだよね、どこまでもどこまでも。だから、何度でも石橋を叩き割っちゃうんだよね。うんうん。だって私なんて三歳くらいからそうだから、その時間の方が長すぎて。
習慣って怖いよね、変えるの大変だよね。うんうん。私たちまだ、生きてきた大半が、しんどい時間だったから、その習慣の方が大きすぎるんだよ。あぁそうかもしれない。多分、こういう揺り返しはこれからもまだまだ続くんだよね。きっと。でもやっぱり、石橋を叩き割っちゃったら意味ないからさ、せっかく紡いだ穏やかな時間が無駄になっちゃうから。うんうん。無駄になっちゃう。だから、少しずつでも習慣を変えていくしかないのかもしれないね。うんうん。
私さぁ、こういう状態になると、信頼できる人から順に片っ端から電話かけちゃうんだ。そうやって大事な人にばかり迷惑をかける結果になっちゃう。彼に迷惑かけたくないのに、どんどん重くなっていってしまう気がする。じゃぁそういう時は、とりあえず私に電話しなよ。それでひととおり話してから、彼に電話したら? そっかぁ。そういう手があるね。うんうん。じゃぁ今度はそうする。うんうん。
私、今、花を手向けたい気持ちになってるのかもしれない。過去の出来事に。そうして笑い飛ばしたい、みたいな。そっかぁ、その時は付き合うよ。遠いよ? いいじゃん。付き合うよ。
こういう話ってさぁ、多分普通に見たら、しんどいんだろうよ。そうだね。だから引かれちゃうんだよね。私、そうやってたくさんの友達失った。あぁ私もそうだ。私たちにとってはこれが普通でも、そういった種類の体験を経てない人たちにとっては普通じゃない。だから引かれちゃう。うんうん。話す相手をよく選ばないといけないんだろうね。うん、そうかもしれない。あぁ、私まだ、滅多やたらに電話かけて話しちゃうところあるからなぁ。まぁ、だからそういう時は、仲間に掛けるしかないよね。うんうん。
そっかぁ、今のこのしんどさは、また揺り返しが来てるからなんだなぁ。じゃぁまたしばらくすれば、収まるかなぁ。うんうん、時間かかるよ。時間かかるけどさ、永遠に終わらないわけじゃない。そうだよね。そういうの繰り返して、少しずつ穏やかな時間の時期を、長くしていけばいいんだよ。うんうん。
そんなことを彼女と話し続ける。夜はこんこんと更けてゆく。彼女の部屋は今暖かいだろうか。

多分、私には、娘がいたから、だから今、こうしていられるんだ、と、痛いほど私は感じる。娘がいるから、今ここにこんなふうにして在ることができるのだ、と。
娘は今を生きている。間違いなく今を生きている。私が過去を生きようとすれば、彼女は私を引き戻す。私が過去を引きずろうとすれば、彼女はそれを見破る。私がそれでもあのことを思い出して発作を起こせば、そっと背中に手を置いて、私を支えてくれる。そんな彼女がいるから、私はここまで歩いてくることができているんだな、と。強く強く、そう感じる。
「今」の塊がすぐ隣に息づいていることで、私は、否応無く今を見つめることができる。私の習慣をそうやって、少しずつ少しずつ変化させているのは、だから、私ではなくきっと、娘の力だ。

小さな小さなオルゴールを、この間娘にプレゼントした。ナウシカレクイエムという曲のワンフレーズが入っている。彼女はそのねじを思いついては回し、耳にくっつけて聴いている。そうして身体を動かし、メロディに合わせてランランランと歌っている。きっと歌も踊りも彼女は好きなんだろう。本当はそういうことをもっともっとやらせてやりたい。それには私の今の財布の状況では全く足りない。だから心の中で彼女に小さく詫びる。もっと稼げるようになったら。その時は。でもその時って、いつ来るんだろう? 私は机に突っ伏す。あぁ、まったく、頼りなさ過ぎる親だこと。情けない。とほほほほ。

今日は学校の日。気づけばもう出掛ける時間になっている。ほら、ママ、時間だよ、ココアに挨拶して、ミルクにも挨拶して! 娘がそれぞれの手に乗せたココアとミルクを私の前に突き出す。私はミルクとココアに鼻キッスをする。それじゃぁね、またあとでね。
玄関を出れば光の洪水。あぁ久しぶりだ、太陽の光。アメリカン・ブルーが玄関脇、ひっそり佇んでいる。今日帰ってきたら、そこの萎れてる部分、切ってあげるからね。そう声をかけて、私は階段を駆け下りる。
今日学ぶ部分を昨日数度読んでみたが、とにかく量が多い。これを一度に理解しきれるか。かなり心配だが、それでもやるしかない。私はバスに乗り、最寄の駅へ向かう。
駅には人がもうごった返しており。
まだシャッターの下りた花屋の前を通って思いつく。帰りに花を買って帰ろうか。今なら花の写真が撮れそうな気がする。

川を渡る小さな橋の上で立ち止まる。見上げる空は水色。雲がぐいぐいと流れている。今、鴎が数羽、川を渡ってゆく。


2009年11月19日(木) 
母からメールが届く。散布薬はないの? ないなら、とにかく摘むしかないのよ。病葉を土に落とさなければ、その後ちゃんと新芽がでるから。とにかく摘むのよ。そう書いてあった。薔薇のうどんこ病のことだ。起きて早々、そのメールをもう一度読み直す。そして私はベランダに出、薔薇の葉たちをじっと見つめる。病気にかかっているものはいないか、とにかく探す。見つけた。私は丁寧に摘む。粉を落とさないように落とさないように気をつけながら。また見つける。私は摘む。もう一枚見つける。私は摘む。とにかくそれの繰り返し。左手にたまった病葉を改めて見つめる。せっかく手を広げたところだったのに、ごめんね、と謝る。そうしてさっとゴミ袋に入れる。
アメリカン・ブルーは、一株がちょっと弱っているのか、広がりかけた芽が萎れている。私は迷う。帰ってきてもこうだったら切ってやろう。そう決める。
この数日の雨を受けて、際に置いてあったイフェイオンたちは一挙に元気になった。緑をこれでもかというほど茂らせている。今が冬という季節だなんて、信じられないくらいの勢いだ。ムスカリも元気。そろそろ水をやってもいいかもしれない。
部屋に戻るとぶるりと身体が震える。私は早速お湯を沸かす。今日は何を飲もうか。友人から貰った中国茶、最後の一杯が残っているはず。私はカップを用意する。

娘の音楽会。プログラム一番で演じられる。私は娘を見送った後、早速支度を始める。
学校へ向かうと、もう大勢の親たちが来ていた。でもその中から、娘は早々に私を見つける。ママ! 私も手を振り返す。
かえるの歌、それからスマイルなんとかという歌だと書いてある。リコーダーをみな首に下げて、ちょっと緊張した面持ちで壇上に並んでゆく。最前列に並んだ娘を私はじっと見つめる。先生の指揮に合わせて演奏が始まり。練習を重ねたのだろう、たどたどしくも、それでもちゃんと合唱になっている。輪唱部分もあったりして結構面白い。と、突然演奏が止まり、どうするのかと思ったら、例の劇だ。「ボタンがない、ボタンがない!」。少しまだ照れの残る娘の、それでも大きな声が体育館に響く。「見つけました! これでしょう?」。カエルのお面を被った別の子供が娘に声をかける。「違う違う、それは僕のボタンじゃない。僕のボタンはもっと大きいんだ!」「違う違う、それは僕のボタンじゃない、僕のボタンはもっと丸いんだ!」。見つめていると、何となく口元が緩んでしまう。真剣にやっている子供たちの姿が、とても素敵だ。どんな年齢であっても、一生懸命な姿というのはいい。人の心を惹きつける。
そうして歌の合間合間に劇を挟み、かえるの歌は終わった。スマイルなんとかも無事に終わる。私は早々に会場を立ち去ろうとして、でも名残惜しくて、振り返る。ママ! 口元の動きだけで分かる。娘は私を見つけた。そうして投げキッスをよこす。私は笑ってしまった。こんなことをしてくれるのも、あとどのくらい? もしかしたらこれが最後? そう思いながら、私は思い切り手を振り返す。

きれいに晴れた。でも寒い。とっても寒い。ぴゅうぴゅう吹く風が冷たいのだ。私はその中を自転車で、風を切って走る。ほっぺたが冷たさできゅうきゅうする。それでも走る。久しぶりに走るので、走ること自体が楽しくて仕方がない。
少し遅れてやってきた友人と合流し、お茶をする。二人して、寒いね、寒いね、と言いながらカフェオレを啜る。窓の外は水色の空。あっという間に時間が過ぎる。喫茶店に懐かしい曲が次々流れる。あぁこれ、私大好きだったんだ。私も好きだった。ドーナツ盤買ってね、何度も何度も繰り返し聞いた。その頃まだ、フランス語を習っていなかったんだけど、この歌を歌いたくて必死になってフランス語の辞書を引いて調べたりした。そこまでしたの? うん。成人してからの彼女のアルバムも、二、三枚持ってるよ。へぇ、そこまで好きだったんだ。
考えてみれば、私が外国語に目覚めたのは、音楽や映画からだった。フランス映画、ギリシャ映画、ドイツ映画、様々な国の映画を見てきた。その中で、フランス語が一番、私にはしっくりきた。意味も何も分からないのに、寂れた映画館にテープを持ち込んで、幾本ものテープにこっそり音源を撮り、家で繰り返し聞いた。管弦楽の音響を背景に、流れるフランス語は、心地いい以外の何者でもなかった。私が大学生になって、フランス語やラテン語、古典ギリシャ語を選択するようになったのも、ああいう時間があったからだ。わざわざフランスのラジオ放送のテープを手に入れ、それを繰り返し聴いたりもしていたっけ。本当に懐かしい。
それともう一つ。私のフランス語熱に拍車をかけたのは。母の古いノートだった。本棚にひっそり隠れていた二冊のノート。母が為替課に勤めていた頃必死に勉強したのだろう、そのノート。フランス語がびっしり書かれていた。英語のノートもあったが、私は母のフランス語のノートに魅入られた。ひそかに、母を追い越してやる、と思ったりしたのを覚えている。英語やドイツ語がべらべらな父への反発もあったんだろう。私はそうして、フランス熱にすっかりうかされていた。もう遠い昔、学生の頃のことだ。
今、私は改めて、日本語を知りたいと思っている。日本人なのに、私はまだまだ日本語を操れずにいる。ちょっとしたところで躓く。もっともっと、正確な日本語を操れるようになりたい。娘と話しながら、友人と話しながら、なおさらにそう思う。

去年催した二人展心跡の作品たちを、何とか一つにまとめられないか。そんなことをふと思いついた。思いついたらもう、作業するしかない。私は作業を始める。一点一点、展覧会のデータを確認しながら、順番に作品を並べてゆく。点数がかなり多い。これを一冊にまとめることができるんだろうか。それでも、思いついたが最後、やらずにはいられない。

夜遅く、ようやく宅急便が届く。注文していた作品集たちだ。私は一冊一冊中を確かめ、袋詰めしてゆく。宛名を書いて、礼状を書いて、ひとつひとつまとめてゆく。ようやく届けられる。その嬉しさが私の心に沸いて来る。どんなふうに受け取ってくれるんだろう。顔の見えないその人たちのことを思い浮かべる。どんなところで、どんなふうにこの作品集をひろげてくれるんだろう。どんなことを感じてくれるんだろう。いつか会えることがあるなら、その時、ぜひ聞いてみたい。
そんなことを思いながら私は封を閉じる。さぁ、あとは明日出すだけ。

塾の帰り道の娘から、メールが届く。ママ、今日、カエルうまくできた? それから今日のご飯は何ですか? 私は短く返事をする。よかったよぉ! 上手だった。ごはんはおかかと明太子のおにぎりです。ついでに薄皮饅頭があります。
しばらく待っていると、娘が駆けてくる。ママ! バス停まで競争! 私たちは人ごみを縫って走る。あー! バス行っちゃった…。あーあっ…
結局私たちは次のバスで家に帰る。バスの中、娘はおにぎりを頬張りながらあれこれ話しかけてくる。本当はね、主役はひとりのはずだったんだけど、演りたい人がたくさんいたから、前半と後半とに分けてやることになったの。でもさぁ、それだと分かりにくいよね、あれ、突然主役が変わった、って、ママ、びっくりしたよ。うんうん、でも、それ、先生のアイディアだから。そうなんだぁ。歌、うまかったよ、ちゃんと声出てたじゃない。練習したもん! だねぇ。きれいだったよ、輪唱も。
そうしてあっという間にバス停に到着。私たちは降りてすぐ、玄関まで競争!と走り出す。

おはよう! 返事が無くても私はいつも子供らに声をかける。ひとりずつ、ひとりずつ、おはよう、おはよう、と。今日はそのおはように、寒いね、がくっついた。班長が朝練でいないから副班長が代理。そうして出発。
それじゃぁね、いってらっしゃい、いってきます! 手を振って娘と別れる。娘は学校へ。私は私の場所へ。昨日まとめた荷物を前籠に乗せて、私は走る。
空は灰色。雲はまだ切れない。


2009年11月18日(水) 
一番にベランダの薔薇を見やる。病葉を幾つか見つけ、それらを全て摘む。マリリン・モンローの蕾は、開きかけたところで止まってしまったようだ。まるで凍りついたかのよう、綻びだしたところのまま。これからますます寒くなると天気予報が言っていた、無事開いてくれるのはいつになるんだろう。そして、ミミエデンの横、ベビーロマンティカが小さな小さな蕾を二つ、つけている。あぁ孕んでしまったんだなぁという気分でその小さな蕾をじっと見つめる。無事に咲いてくれるといいのだが。そうして私は空を見上げる。もこもことした雲が空をまだ覆ってはいるけれど、今日は多分、晴れてくれそうだ。

娘が帰宅するのを待って、私は机にノートを広げる。ママ、何するの? ん? あなたと一緒にママも勉強しようと思って。そうなの? うん。ママも勉強するの。ふーーーん。そうして娘の横で、私は先週勉強したところのノート整理を始める。こうしていると懐かしい。私は授業用ノート、清書ノートとそれぞれ分けていた。清書ノートも、一冊目、二冊目、三冊目とそれぞれあった。書いていけば書いていくほど覚えるし、書いていけば書いていくほど知りたいことは増えていく。そうして延々、ノートを記しているのが好きだった。高校や大学では、いつもノート係だったっけ。そんなことも思いだす。
ママ、お茶は? ママ、おやつは? 娘が勉強している私を気にしてあれこれ聞いてくる。そのたび返事して、最後は、あなたも一緒に勉強やろうよ、と促す。
これがいいのかどうか分からない。でも、塾の面談の時、彼女をひとりだちさせてやってくださいと講師に云われた言葉が強く私の中に残っている。勉強の仕方をどうやって教えたらいいのか私には分からない。だから、一緒に彼女と勉強することにした。
ねぇママ、それ、何? これはね、無条件の受容ってどういうものだかを記してるの。どういう意味? たとえばさぁ、あなたがママに話をするでしょ、その時ママはどういう心持ちであなたの言葉や気持ちを受け取るかってことかな。ママ、からっぽ? そうだねぇある意味そうかもしれないねぇ、ママにも普段気持ちがいっぱいあるし、あなたの話を聞けばあなたの話に対していろいろ思うことはあるんだけれども、あなたが真剣に話をしてくれるとき、ママはこうやって、いったん自分の気持ちを外に出して、あなたの気持ちや言葉をそのまんま受け止めてみるっていうようなことかな。そんなことできるの? うーん、やってみなくちゃわからない。
ママ、ここ、わかんない。どこ? ここ。うーん、これ、教科書に載ってないの? うーん。ここで1足せばいいの?それとも足さないの? 試しに一度、数えてごらんよ、これなら数えられる範囲だから、数えてごらん、それで、こういうときは1を足したらいいのかどうかが分かるでしょ。そうかぁ、じゃぁやってみる。
ママ、これ、分かんない。主語述語かぁ、あぁ形容動詞とか形容詞も出てくるのね。じゃぁこれの主語と述語に印つけてみて。この時の述語は何? 名詞。じゃぁこっちのは? 動詞。こっちのは? うーん。形容動詞? そうそう。そうしたら、それと同じことをこの問題でやればいいんだよ。うーん。とりあえずやってごらん。
ママ、そのノート、何? これは、授業のノート。じゃぁ今書いてるのは何? これは清書するノート。なんでノートが違うの? 授業の時は汚い字でどんどん先生の云うこと書いてるから、ママ、そういう汚いままでいるのがいやなのね、だから清書するの。えー、変なの。そうかなぁ、でもママ、こうやると、授業のことよく思い出せるから復習になるんだよね。清書ノート書いてちょうどいいって感じだよ。ふーん。
いつもより時間はかかるが、そうやって彼女と会話しながら、それぞれに勉強を進めていく。できる量も少し減るが、それでも、彼女に勉強の方法を教えてやるのに、この方法しか私には今のところ思いつかない。

雨の中、出かける。駅三つ向こうまで。普段なら自転車でぴゅーっと走るのだが、雨ではそうはいかない。仕方なくバスと電車を乗り継いで歩く。町にぽつぽつ傘の花が咲いている。何故だろう今日は、その花がみんなしょんぼりして見える。あぁ、くすんだ色が多いからか、と私は納得する。鮮やかな色をさしているのは、もしかしたら私だけかもしれないと思えるほどだ。ちょっと恥ずかしくなる。でもちょっと、嬉しくなったりもする。
彼女がちょっと口元を緩める。でもそれは、表情がそんなに大きくはない彼女の、笑顔なのだと私は知っている。今日はトリートメントと…。あと前髪ですねぇ、また短く切っちゃいますか? はい、短くしてください。目に入るのどうしても嫌なので。じゃぁまたばっさりいっちゃいましょう。そうして彼女はあれこれ私の髪をいじり始める。
白髪でもいいわーって開き直れるのって、一体幾つからなんでしょうねぇ。うーんでも、私最近思うんですが、最後まで開き直れないのもありかな、と。いや、前は、早く開き直っちゃった方が楽なのにって思ってたんですけどね。あー、私もそう思ってました、でもいざ白髪がちょこっと現れ始めると、なんか足掻きたくなっちゃったんですよねぇ。ははははは。あ、鎮痛剤たくさん飲んでると、白髪になりやすいって。ほんとですか? いや、母が言ってたんですけど。ははは。じゃぁ私大丈夫かなぁ、私、鎮痛剤とか一切飲まないんですよ。えー! ほんとですか?! はい。すごいなぁ、私、しょっちゅう頭痛くなったりして、それを放っておくと吐いちゃったりするんで、いつも飲んでる…。あ、この前看護婦の友人に聞いたんですけど、インフルエンザの薬とロキソニンって相性悪いらしいですよ。
話は次から次に移っていく。ひとところにとどまらず、まるで流れるように。そうしているうちに、トリートメントも前髪のカットも終わった。今回は、サダコをイメージしちゃいました、ははははは。笑う彼女が差し出す鏡を私は覗き込む。サダコといっても怖いサダコじゃないらしい。真夜中にやっているアニメに出てくる主人公だとか。今度見てみてくださいねぇと言われながら私は送り出される。まだ外は雨。私は洗いたての髪を濡らさないように、駅までの道を歩く。

あ、ママ、太陽出てきた! 娘が起きぬけにそう云う。云われて振り返れば、窓の外、雲がぱっくり割れて、そこから太陽の光が漏れ出ている。あぁ、これならやっぱり晴れるねぇ。うんうん、今日音楽会だもんね。見に来てよ。分かってるよー。
そうして娘は早速、ミルクとココアに朝の挨拶をしに行く。それぞれ手のひらに乗せては撫でてやり、私より長生きするんだもんねぇと言っている。私は心の中、ちょっと不安になる。ハムスターの寿命はたったの二年くらいだという。それは娘も知っているはず。でも。いざ彼女らが死んでしまったら。娘はどうするんだろう。どんな思いをするんだろう。私はちらりと娘の横顔を見やる。うっとりしながら、夢中でミルクとココアに話しかけている。今は何も云うまい。その時が来れば嫌でも味合わなければならなくなるのだ、死というものがどういうものか。その時私は、ただ彼女に寄り添うだけだ。

アメリカン・ブルーの鉢が乾いている。私は早速水をやる。薔薇は。乾いているプランターもあるけれど、私は躊躇う。あと一日二日、置いた方がいいかもしれない。今やったら、うどんこ病がまた酷くなるかもしれない。
それじゃぁね、またあとでね。見に来てよ! はいはい。そうして娘は駆けてゆく。私は部屋に戻り、作業を続ける。
音楽会まであともう少し。そろそろ出かける準備を始めようか。


2009年11月17日(火) 
また雨が降っている。どうしてこうも降ってほしくない時に雨は降るんだろう。ベランダを眺めながら思う。降っているものはもうどうしようもない。止んで欲しいと願ったからって雨がすうっと消えてなくなってくれるわけでもない。私は溜息をひとつつき、またひとつつき、暗く重たい空を見やる。
朝の仕事もうまくいかなくて、何となく苛々している。こういう時はハーブティを飲むのに限る。私はお湯を沸かし、熱いレモン&ジンジャーティを入れてみる。

カウンセリングの日。でも頭が重い。どんどん重くなる。重くて重くて首に頭を乗せているのが辛くなってくる。結局、カウンセリングは、机に突っ伏したまま受けた。世界がだぶって見えるんです。そんな話をちらほらとして部屋を出る。出ようと思ってふらついて、ドアを開けたら挟まって、なんだか散々なカウンセリングだった。カウンセラーの顔もだぶって見えた。鞄もだぶって見えた。焦点が合っているのか合っていないのか、いや、合っていないからだぶってみえるんだろうけれども、世界全体がだぶっているのではなく、視界の一部が、だぶって見えるのだ。だから昔の、全体がぐらぐらと揺れていた、あのだぶり方ではなくて。また違う、そんなだぶり方なのだ。だから疲れる。

家とは逆方向の電車に延々と乗る。そうして着いた書簡集。いつもとかわらず穏やかで静かな空間。私は温かいミルクティとチーズケーキを頼む。古本屋で買った文庫本を開き、つらつらと読み始める。最初活字が目に入ってこない。心に届かない。だから飛ばし飛ばし読んでみる。徐々に徐々に文字に慣れてきて、半分ほど過ぎた辺りから気持ちもついてくるようになる。思い込み、思いつめる父親が、小説の大半を駆け抜けてゆく。彼がようやく気づき号泣する場面では、何となく心が引きずられた。このシリーズの主人公が最初、私はあまり好きになれなかった。読む本がなくて手にしたといってもいいシリーズだった。でも、何だろう、主人公の周囲の人間がとてもとても人間臭くて、それが私は好きになった。結局これで三冊目。続きはあるんだろうか。
とある人と話をする。子供の話。子供に、私には自尊心がないのよと言われた時には、愕然とした、と彼女が言った。自分を大切にすることが分からないという子供に愕然としたのだと彼女は語った。でも私にはそれが痛いほど分かった。私にも自尊心なんてものはなかった。そんなもの、想像もできなかった。
優等生、何でもできる子、しっかりした子、そういうレッテルに、いつのまにか自分も必死についていこうとする。自分に必死になるのではなく、そういうレッテルを守ることに必死になっていく。そして気づいたら、自分が空っぽで、愕然とする。自分が無いわけはないのだけれども、自分が何か全く感じられなくて、そのことに愕然とするのだ。
周囲の期待に沿わなければと必死になっていた自分だった。何処までもいい子でいなければならないと信じてやまなかった自分だった。でも。何処までもいい子でいることなんて、できやしないということにぶつかって。それまで抑え込んでいた自分の内奥の何かが破裂する音に気づいて。呆然とするのだ。
どうやって折り合いをつけたの、折り合いをつけるまでにどのくらいの時間がかかったの、と彼女が尋ねてくる。私は思い返してみる。結構長い時間がかかったように思う。家を飛び出し、親の呪縛からも逃れたはずなのに、そこでもなお親や周囲の期待に応えようとする自分を見出し、一体じゃぁ自分はどうすればいいのだと足掻く。その繰り返しだったように思う。親と絶縁した時期もあった。足掻いても足掻いても泥に足を取られる、そんなことの繰り返しだった。
結局、なんといったらいいのだろう、適度の諦めと、それから、そうやって走ってきた自分を受け容れることができて初めて、自尊心って何だろうと考えることができたように思う。受け容れると言葉で言えば一言だが、その作業は実に長くかかった。
まだまだ私自身、自尊心というものを掴んではいない。手に入れてはいない。自分を大切にするという術がまだまだ分からない。分からないけれども、そういう自分もひっくるめて、自分自身なのだなとは思える。
多分、ここまでくる道筋に、私には多くの友がいてくれたことが大きいんだと思う。私がひしゃげるたび、何やってんの、そんなこととおの昔に分かってたよ、気づいてたよ、と笑って私に手を差し伸べてくれる友がいた。曲がり角ごとに、必ずといっていいほど誰かがいた。そのおかげで、今の私は在る。
人はひとりで生まれ、ひとりで死んでいくけれど、生きている間どれほど絡み合っているか。まるで太い糸のように。布のように。織り込まれ、編み込まれ、お互いに支えあいながら生きている。

夕方、友人と会う。東京が苦手な私を気遣って、彼女があらかじめ店を探しておいてくれる。彼女はビール、私はカフェオレを注文し、向き合って座る。食欲がないという彼女が少し気に懸かる。普段きちんと食べる人だから余計に気に懸かる。
私はお酒を飲んでいる彼女が結構好きだ。お酒がとても好きなのだろう、顔がいつでも柔らかくなる。でも、その時の彼女は、多分私を気遣ってなんだろう、いつもに比べて殆ど飲まず、私の帰りの時間を気にしてくれている。そして気づいた、私は多分とても疲れた顔をしていたんだろう、と。とてもとても申し訳なくなる。
彼女と別れて電車に乗ると、私はすっかり寝入ってしまった。大勢人が降りる気配で目を覚まし、慌てて電車を降りる。まだ目が覚めなくて、階段で本を落としてしまう。改札を出、しばらく歩いて、ようやく目が覚めた。彼女にお礼のメールを送る。

ママー! 上着を脱いで、半袖の娘が駆けてくる。おかえり、新しいクラスどうだった? ん、まぁまぁ。おにぎりは? はい、明太子とわかめごはんのおにぎり。あ、ママ、冷凍庫のおにぎり、少なくなってきたよ。分かった、明日作るね。今度こういう混ぜご飯のおにぎりがいいなぁ。分かった分かった。じゃぁバス停まで競争! 勝ったらどうなるの? 勝った方がアイスおごり! よーし! 私たちはそうして人ごみを駆け抜けてゆく。
通りに傘の花が咲く。みな襟を立てて、背中を軽く丸めて足早に歩いてゆく。こんな雨の中では立ち話している人もいない。私はバスに乗り、駅へ。
そういえば明日は娘の学校の音楽会だ。ママ、絶対見に来てよ。うんうん、分かってる。劇もやるからね。うんうん。
そんな娘もいずれ、反抗期に入るんだろう。そうなったらママとも呼んでくれなくなるかもしれない。母が笑いながら言っていた、自分がしたこと全部子供に仕返しされるわよ、よく覚えておきなさいね、と。そうだとしたら、彼女の反抗期は相当なものになるに違いない。ママ、ママ、と呼んでくっついてきてくれるのも今のうちなんだろうな、と、私は心の中、思ったりする。今のうち、今のうち。そう、今のうち。
電車がどんどん人を吐き出してゆく。私もその人に揉まれながら、階段をおりてゆく。一日はもう、始まっている。


2009年11月16日(月) 
夢の中で鈴の音が鳴り響いていた。それだけ覚えている。あれは何だったんだろう。身体を起こしながら私は首を傾げる。うまく思い出せない。ただ、祖母がいつも持ち歩いていた小銭入れについていた鈴の音に、それはとてもよく似ていた。顔を洗いながら、やっぱり耳の中には鈴の音がまだ残っていて。水の音さえ鈴の音に聞こえてきそうな気配だった。
顔が少し浮腫んでいる。寝方が悪かったんだろうか。それともいつもより横になっている時間が長かったせいなんだろうか。分からない。私は化粧水をいつもより勢いよく叩き込む。それで顔が小さくなるわけでもないのだが、まぁそれは気休めということで。そうして日焼け止めを塗り、口紅をさっと引いてとりあえずできあがり。
一日留守にしただけで、薔薇の様相が変わっている。ミミエデンがうどんこ病に冒されている。私は慌てて病葉を摘む。摘んで摘んで摘んで、それでもまだ残っているような気がする。私は空を仰ぎながら、今日の天気が気に懸かる。晴れるんだろうか。それともまた雨になるんだろうか。頼むから晴れて欲しい。そうでないと病気はどんどん広がってしまう。せっかく育て始めた苗なのに、早々に病気に冒されたのでは可哀想だ。私はしゃがみこんで、もう一度ミミエデンを見つめる。この場所に置いたのが余計にいけなかったんだろうか。ここは雨が当たる場所。今更後悔してももう遅いのだが。そうしてぐるり、周囲を見回してみる。他にもあちこちに病葉を見つける。私はもう、溜息をつくのも忘れ、片っ端から摘んでゆく。

弟夫婦の息子たちがちょうど、七五三を迎えた。どうするのかと心配していたが、彼らはお参りに行ったらしい。着物に身を包んで現われた息子たちは、娘曰く「かなりカッコいいけど腕白すぎる」様子。そんな息子たちの様子に無心で目を細められたらいいのだろうが、私は正直それよりも、弟のことが気に懸かる。大丈夫なんだろうか。でも何も尋ねられない。
父と二人きりになった折、少し話す。にっちもさっちも行かないとはこのことなんだろうな、と父がぼそりと言う。それでも父は、多分ぎりぎりになるまで、手を貸さないんだろう。いや、ぎりぎりになっても手を貸さないのかもしれない。それは冷たいと言われるのかもしれないが、父は、弟を、一人前の人間と認めているからそうするのだ。私にはそれが分かっている。だから父に何も言えない。私は結局、何もできない。

私は好んで日本画というものを見てこなかった。大学で美術史を一通り習った折にも、日本美術史は好まなかった。派閥があまりにありすぎて、私は閉口するばかりだった。でもそこに所狭しと並べられた日本画は、これが日本画なのかと首を傾げたくなるほど私のイメージとは違っていた。小さく書かれた文字を見ると、超日本画宣言、と書かれているものもある。思わず学芸員を引きとめ、尋ねてしまう。これも日本画というのですか? ええ、そうなんです。岩絵の具を使っているので日本画なんです。絵の具で分類するんですか。そうなんですよ。モチーフはもうこれなどは日本画とはいえないですよね。そうですね、それでも日本画なんです。
日本画と西洋画と。何処に線引きが在るんだろう。今更ながら私は考える。
絵のことを何も知らないという友人が、ぽつり、この絵が好きだなと言う。私もそれは気になるものの一つだった。何処が好き? このがらんどうの教室の、がらんどうなのにどこまでもまとわりつく気配が好き。じゃぁ他のものはどう? 他のものはぼんやりしていてよく分からない。そうかぁ。私は絵のことはよく分からない、分からないからただ見るだけ、見るだけだけど、この絵は気になる。そうだね、うん。
見るだけだけど、この絵は気になる、という友人の言葉が心に残る。結局はすべてそこに集約されるんだろう。どういう技法で、どんな材料で描かれていようと関係ない、その人の琴線に引っかかるかひっかからないか、それだけなんだろう。
帰りがけ、何枚かのポストカードを選んで買って帰る。

歩いていてふと見つける。レコード館。オルゴール美術館の隣の、ガラス張りの建物がそれだった。ちょっと覗いてみる。両脇にずらりとレコードが並んでいて、中央には大きなスピーカーとレコードプレイヤーが置かれている。私以外に誰もまだいなくて、私はどうしたらいいのか分からずぽつねんと立ってみる。店の人らしい人が、私に声をかけてくる。好きなレコードがありましたらかけますから、言ってくださいね。
私は順繰り見て回る。その中に、今はもう持っていない、昔集めたものたちがたくさんあった。懐かしい。そうだ、レコードしかなかった時代があった。そういう時代を私は少なくとも生きていたんだった。それを思い出す。そして、一枚、選び出す。
この三曲目、かけてもらえますか? いいですよ。
流れ出した曲は、もうさんざん聴いてきた、歌詞も何も覚えているような曲だった。学生の一時期、この曲にずいぶん助けられた。片道二時間はかかる通学路、満員電車の毎日、それでも、この曲を口ずさみながら、私は心だけ満員電車から逃れていた。押され押されて窓にへばりつきながら見る車窓の光景は、学校に近くなればなるほど灰色になり、冷たくなり、それが私の心を窮屈にさせた。そんな時この歌を口ずさむと、力が出た。まだ負けない、まだ負けてはいられない、そんな気持ちになった。
どうもレコード針の販売で、この会場が設けられているらしい。あぁこんなことなら、レコードプレイヤーを売るんではなかった、そんなことを私は思う。レコードの、時々ぷつっぷつっと鳴るあの音さえもが懐かしかった。

おはようございます。娘が起きてくる。最近娘は、おはようではなくおはようございますとよく言う。何故なんだろう、ふざけてるのかな、と最初は思っていたが、最近はようやくその言い方にも慣れた。だから私も、おはようございます、と勢いよく返す。なんかミルクの様子がおかしかったよ。そうなの? うん、入り口のところで丸くなって、抱いてくれるの待ってるみたいだった。ありゃ。娘は途端に籠に駆け寄る。そして、ミルクを抱きながら、冷凍庫に常備されたおにぎりを温める。ママ、ミルクに挨拶は? え、あ、おはよう。抱いてあげなよ。やだよ、昨日噛まれたばっかりだもん。大丈夫だよ、もう、私がいるから。えー、出がけにおしっこされたら困るもん。そんなこと言ってるとこうだよ! 娘が私の頭にミルクを乗せて来る。途端に私は動けなくなる。ミルクはでーんと私の頭の上、乗っかって、顔を洗っている。
ねぇママ、水曜日の音楽会、来てくれる? うん、行くつもりだよ。ここは絶対来てね。うんうん。あ、給食の白衣洗っておいたから、ちゃんとたたんで持って行きなさいね。分かったー。

いつもよりちょっと早めに家を出る。今日は病院だ。確かカウンセリングの日。その前に家賃の振り込みもしなければ。私は掌に、今日やらなければならないことをボールペンでメモする。バスは揺れながら駅に向かう。
電車の中、思い切り足を踏まれ、思わず痛いと声を上げてしまう。しかしその学生は何も言わない。本を読んでいる顔を上げようともしない。私は正直、面食らった。人の足を踏んでおきながら詫びの一言もないのか。しかし。その子の様子をしばらく見ていて、気がついた。心の病気だ。私は、もう何も、彼女について思うことを止めた。
病院が終わって余力があったら、国立まで向かおう。もし今日余力がなければ、金曜日には行かなければ。先週葬式やら何やらで行けなかったのだから、今週は。
空を見上げる。どんよりと曇っている。一瞬射した光は、瞬く間に灰色の雲に隠れてしまう。
どうか雨だけは降りませんように。私の瞼の裏にミミエデンの病葉が浮かぶ。帰ったら、場所を変えてやろうか。
突然救急車のサイレンが響いてくる。今日もまた。私は俯いて、先を急ぐ。


2009年11月14日(土) 
淡雪のような雨が降っている。差し出した掌に、ふわふわと触れる雨。雨粒にさえなりそうにないその儚さ。街路樹も薔薇も、しっとりと濡れている。
マリリン・モンローの蕾が開き始めた。ほんのり染まった花びらが、少しずつ少しずつ綻び出している。灰色の空の下でも、迷わず真っ直ぐ天を向くのは何故なんだろう。もしこれが人だったら、迷い道に入り込んでしまいそうなものなのに。彼らは迷わず、真っ直ぐに天を向く。どんな荒れた天気に晒されようと、彼らに迷いはない。
顔を洗い、化粧水をたたきこむ。少し寝不足な目は腫れぼったい。ちょっと念入りに目元をマッサージしながら、日焼け止めを塗る。鏡の中、自分を見つめながら髪を梳かす。他に気になることはないか、確かめながら髪を梳かす。ここを離れたら、多分一日鏡を見る暇はない。
窓を開けながら、娘を起こす。ほら、起きて、ほら。起きない。いっこうに起きない。仕方なく私はミルクに登場していただくことにする。ミルクをそっと娘の顔の上に運ぶ。昨日娘が言っていたのだ。もし起きなかったらミルクで起こして。さて、どうなることやら。顔に乗せる、娘がぎょっとして起きる。ミルクはわけもわからずちまちまと動いている。ほら、じじばばの家に行かなくちゃ。支度して。ねぇママ、昨日地震あったよ。え? 夜中に地震あった。ほんと? ママ、気がつかなかったよ。えー、結構大きかったよ。夢じゃなくって? 夢じゃない、ニュースでやってない? やってないけど。おかしいなぁ、結構揺れたんだよ、私起きちゃったんだもん。あらまぁ。果たして地震は現実に起きたんだろうか? それとも彼女の夢の中で起きたんだろうか? どちらだろう?

人の話に耳を傾けることの大切さ。積極的な聴き方。同時に相手の話を阻む12の障害。講師が一生懸命説明してくれる。みな、懸命にノートを取っている。私もそれについていこうとするのだが、どうも波に乗れない。気づくとうとうとしてしまう。はっと気づいて、シャーペンの先で指の付け根を突付いてみる。隣の人のノートがちらりと見える。どう見ても、私が記している内容とそれとは違っていて。私、一体何やってるんだろうと、正直焦る。
集中力が続かないのだ。没頭できない。人に囲まれている、大勢の人に囲まれているというだけで、過度な緊張が圧し掛かってくる。椅子に座っているのに眩暈を起こす。指先が痺れてきて、果ては頭痛も始まる。
勉強を始めるのは早かったんだろうか。まだ時期尚早だったのだろうか。私はそこまで回復していないんだろうか。でも。
今をなくして一体いつ勉強するというんだろう。チャンスは今しかないと、そう思ったから今回始めたのに。私はついていききれていない。完全に呑まれている。
グループディスカッションでも、何を言ったらいいのか分からない。次々誰かが何かしらを発言してゆくなかで、私はただにこにこ笑っているのが精一杯だったりする。ようやく授業が終わると、私はもうくたくただ。たった二時間、それだけの時間なのに、私にはその倍以上の時間に思える。歩きながら、気づく、爪先まで痺れていたことに。何故こんなにも身体に症状が現われてしまうんだろう。つくづく情けない。

辿り着いた家で、私はただぼおっとする。そうしているうちに娘が帰ってくる。あぁそうだ、今日は塾の日だ、しかもテストの日だ。大慌てでおにぎりを用意し、娘に渡す。ママ、あとでメールするから、ちゃんと返事ちょうだいよ! それだけ言って玄関を飛び出してゆく。
しばらくして届いたメールは。ミルクの写真を送ってください、だった。今寝てるよ、と返事をする。すると、起こしていいから、早く写真送って!テストのお守りにするんだから!と。
私はごめんねごめんねと言いながらミルクを起こす。そして、何とか携帯のカメラで二枚、写真を撮る。これでいい?という言葉を添えて、急いでとにかくメールを送る。しばらくして、ありがとう、届いた、との返事。突然何故ミルクをお守りになどと彼女は言い出したのだろう。何を思いついたんだろう。私には分からない。分からないが、とても大事なことだったらしい。私はようやく一息つく。

何かあると声が出なくなる、そういう症状を持つ友人と連絡が取れる。しかし今も再び彼女は声が出ないのだという。文字でのやりとりがゆっくりと続く。途中何度か、間が空く。しばらく待って、私は、大丈夫?と文字を打つ。するとそこに、うん、と返事が返ってくる。だから私は再び待つ。彼女が話したくなるまで。

父に電話をすると、いきなり怒鳴られる。私は一体何が起きたんだか分からず、面食らう。でも私が何かを言う前に、父は言うだけのことを言って電話を切ってしまった。私は呆然と、切れた電話を見つめる。
時々、こういうことが、ある。
私の何が悪かったんだろう。私の何がいけなかったんだろう。考えても考えても思いつかない。結局私は諦めた。考えても、何にもならない。それならもう、この気持ちを切り替えて、心を切り替えて、次に進むしかない。
それでも。
思わず涙が零れた。

ねぇさんは大丈夫だよ、強いから。ねぇさんなら大丈夫だよ、強いから。
強いって何だ? 弱いって何だ? 強そうに見えるのと、強いこととは違うよ。

だめだな、こういうときは。つい下を向いてしまう。いじけてしまう。どんよりと心が澱んでしまう。
そこで、風呂場の掃除をしてみることにした。雨なのにお構いなしに洗濯機を回しながら、タイルの目地をたわしで擦る。浴槽をスポンジで磨く。娘のおもちゃで、いらなくなっただろうものをこっそり棄てて整理していく。ごしごしごし、きゅっきゅっきゅ。ただそういった音だけが部屋に響いている。ごしごし、きゅっきゅ。ただ、それだけ。
こういう時は、単純作業がとてもよく似合う。洗濯物を干し、風呂場も洗い終えた頃には、少し、心が軽くなっていた。寝逃げするとかできない私には、こういう作業がちょうどいい。よし、これで今度の休みには娘と二人できれいなお風呂に入れるというもの。といっても、もう彼女はあまり、私と一緒に入ってはくれなくなっているのだが。

そうか、私は少し、疲れているのかもしれない。だから何をしても、俯いたり涙こぼしそうになったりするのかもしれない。疲れているということをまず、受け容れてやろう。その上で、まだ頑張れるかどうか、自分に相談してみよう。多分ここのところ、自分さえもおざなりになっていたような気がする。
いろいろなことが気に懸かっていた。心煩わせていた。でも、疲れてる今はとりあえずそれらは保留棚にぽい。自分を少しでも軽くしてやろう。今日私ができたこと、とりあえず学校に行けたこと、なんとか授業を受けきれたこと、娘にミルクの写真を送ってやれたこと、風呂掃除をしたこと。とりあえず数えただけでも、幾つかあるじゃないか。もうそれで十分だ。
そこに電話が鳴る。ママ、あと少しでY駅に着くからね。迎えに着てね。うんうん。あのさ、写真ありがとう、効果あったよ。でもさぁ。何? 一枚目の写真、ぶれてたよ。へ? ははははは。ごめーん。いいよいいよ、効果あったから! 結果は後で言うね! うんうん、分かった。それじゃ、また後でね。
うまくいかないことは、よくあること。思うようにいかないこともよくあること。何も特別なことじゃない。そういう日もある、ってだけだ。
ママ! 娘が私を見つけて駆けてくる。しっかり抱きとめてやろう。まだ娘を抱きとめるくらいの余力は、ちゃんと残ってる。


2009年11月13日(金) 
気配に驚いて目を開けると、娘が立っている。どうしたの? なんかトイレ行きたくなった。珍しいこともあるものだ。一度寝たら起きたことのない娘なのに。ミルクとココアがまた回し車回してるね。うん、夜じゅう回してたよ。今見たら、ミルク、すごい勢いで回ってた。あれでおなかの肉も少し減るかなぁ。だといいねぇ。そこまで話している間に娘は再び寝付く。そして代わりに私が起き出す。午前四時半。まぁいい頃合だ。
まだ明けない空。それでも分かる。厚い雲が空全体を覆っていることが。私は丹念に顔を洗う。ベランダに出て髪を梳きながら、もう一度空を見やる。雨は降らないまでも、今日は一日曇りなのだろう。きっと。雲が動く気配が何処にもない。その間に指が勝手に動いていた。三つ編み。久しくしてなかった。学生の頃はよく三つ編みをしていた。長い髪をまとめようと思ったら、三つ編みが一番簡単だった。髪の毛の量が多い私は、一本で三つ編みを編むと太く太くなってしまうから、いつも二つに分けて結った。斜めに一本、三つ編みをしている人を見かけると、だからちょっと羨ましかった。懐かしい。
お湯を沸かしながら器を選ぶ。何となく青い器に手が伸びる。松島で手に入れたものだ。両手で包むとちょうどいい大きさ。寒い日にはとてもお似合いかもしれない。

ママ、おにぎりが足りなかったよ。帰宅して一番に娘が言った。大き目のおにぎりを一つ、中にたらこを入れて作ったのだが。おなかすいちゃった。おにぎり食べようかな。娘は冷凍庫から作り置きのおにぎりを出してきて電子レンジであたため始める。そんなにおなかすいたの? うん。いっぱい歩いた! ランドマークにも上った! それだけ話すと、彼女はもくもくとおにぎりに齧りつく。
ねぇママ、今日、ムロはなんて言ってた? ん、新しいクラスでも頑張れって言ってたよ。あと、字をきれいに書いてねって言ってた。ふーん。もぐもぐと噛みながら彼女は横を向く。

娘の塾の、面談があった。私は朝から何となく落ち着かなくて、早めに出掛けることにする。慣れない人に会うのは、いつでもやっぱり緊張する。喫茶店で頼んだカフェオレも、味がよく分からないまま飲んだ。
娘さんはいつでも元気はつらつでおおらかですね。開口一番、先生がそう言う。今回テストの結果が悪く、下のクラスに落ちることはもう明らかだった。そのことを最初に言われるかと思ったら。私はちょっと面食らった。そして夏期講習の時の話になった。夏期講習はそれまでの復習だったこともあってか、彼女はとてもいきいきとしていたんですよ。いつでも活発に授業に参加していた。でも、クラスが上がったら、そのクラスの雰囲気に完全に呑まれてしまったようで。萎縮してしまいました。授業で分からないことがあっても、家に帰ってからやればいいや、というような雰囲気が出てきてしまって。授業でちゃんと学ぶという勢いがなくなってしまったんですよね。手を上げることも殆どなくなってしまった。そうなんですか。授業外のところでは変わらず元気いっぱいなんですが、授業になると小さくなってる、そんな感じでした。
娘さんは男子とも堂々と渡り合う勢いがある。負けん気もかなり強い。それが、クラスが上がったことによってそうしたいいところが全部消えてしまった。もしかしたら、下のクラスの雰囲気の方が彼女に合っていたのかもしれない。はぁ、でも娘は、かなり焦っていたんです。上のクラスと下のクラスとではやることが全然違う、テストの内容も違う、だから下のクラスにいたら落ち零れになる、と。ははぁ、やっぱりそうでしたか、そんなことはないんですよ、本当は上のクラスの成績レベルの子なのに、自分には下のクラスの雰囲気の方が合うからと敢えて下のクラスにいる、という子供が何人か実際にいたりするんです。そうなんですか? はい。もしかしたら娘さんも、そのタイプなんじゃないかと思いました。はぁ。今回たくさんの子が上のクラスから下のクラスに移動になります。それに合わせて下のクラスのレベルも上げていかなければならないと思っています。そうやっていきますから、安心して授業を受けてみてください。はぁ。彼女の負けん気が、ここで再び発揮されてくれば、いいと思ってるんです、僕は。
お嬢さんは、塾で、お母さんやおじいさまに勉強を見てもらっていることについて、不平不満を言ったことが一度もありません。そうなんですか? ええ、普通なら、これだけみっちりやられたら、一度くらい、もうやだなぁくらい言うものです。でも彼女は言ったことがないんですね。はぁ。多分彼女は、勉強の時間に満足してるんだと思います。自分のことだけ見ていてくれる時間、というか。はぁ。私事になりますが、僕は父の顔を知りません。母は私が幼い頃に父と別れたそうで、気づいたら祖父母と母とが一つ屋根の下暮していて、僕は祖父のことを父だと思い込んで育ったんです。そうだったんですか。小学校四年の時でしたね、今でも覚えています、母に突然訊いたことがあったんです。ねぇうちってちょっと変じゃない?と。そこで初めて、母が父と別れたことを知ったんです。そうなんですか。お嬢さんとある意味、全く同じなんです。はい。だからといったら何ですが、僕は彼女に、頑張って欲しいと思ってるんです。あんなにおおらかで明るい子はいまどきなかなかいない。いい子に育ってますよ、お母さん。…。

娘の勉強を見ながら、私は敢えて、自分の勉強を始めた。ママ、何してるの? ん? ママの勉強。何それ。心理学の勉強だよ。あなたも大学生くらいになったら多分授業でやると思うよ。へぇぇ。ママも勉強するから、あなたも勉強頑張って。ふぅーん。
私は時折彼女の背中を見つめながら、ノートの整理を続ける。それが終わると、夕飯の用意をしながら、彼女の様子を見つめている。
理科はちょうど星座に入った。彼女の解答を採点しながら、こんなの私は全然覚えてなかったなぁと改めて思う。中学受験を私もしたが、果たして、こんなに勉強しただろうか。したなかったと思う。私は、自分で言うのは嫌だが、何でもたいてい器用にこなす子供だった。だから勉強で苦労したという記憶があまりない。算数くらいだ、算数の、流水算やらつるかめ算やら、そういった類だ、苦手だったのは。他はたいてい難なくこなした。そのせいか、受験が終われば受験のために勉強したことなどすっかり忘れた。今覚えていることなど全くもって残っていない。娘はどうなんだろう。娘は私と違って不器用だ。あっちこっちで躓く。躓いて、私に怒られたりじじに怒られたり。散々だ。それでも彼女が勉強を止めたいと言わない、その理由を、私はあまり考えたことがなかった。「学校の勉強は面白くない、塾の授業が楽しい」という彼女の言葉を額面どおり受け取るばかりだった。でも。塾の先生に言われた言葉を思い出す。お嬢さんはお母さんやおじいさんとの勉強の時間に満足しているんだと思いますよ、その時間だけは間違いなくお母さんやおじいさんが自分だけを見ていてくれる、という、そのことに、嬉しさを感じているんだと思いますよ。寂しいんですよ、本当は。
胸が痛む。娘にそんな思いをさせていることに、気づけなかったとは。私は台所で唇を噛む。

ママ、もう出掛ける時間じゃないの? 今日学校なんでしょ? あぁ、そうだ、うん、そろそろ出掛ける、ほら、布団畳んで。そこちゃんと整理しといてよ。わかったわかった。いってらっしゃい。いってきます、それじゃぁね。
玄関を開けると寒風がどっと私を包み込む。立て続けに三つくしゃみをする。私は襟を立てて、階段を降り始める。
バス停から空を見上げる。やはり雲が動く気配はない。このまま居座り、きっといずれ雨を降らすのだろう。
バスに揺られながら、やはり、昨日の塾の先生の言葉のあれこれが思い出される。あんなにも細かく娘を見ていてくれたのかという驚きと、自分が気づかなかった情けなさと。ふと思う。私は娘の長所をどれだけ挙げられるんだろう。
Y駅東口です。バスの中アナウンスが流れる。私は降り口に立ち、ドアが開くのを待つ。やはり今日は風が強い。バスの扉が開いた途端吹き込む寒風。娘は半袖で大丈夫なんだろうか。
川を渡り始める。中ほどで足を止め、流れ往く水面を見やる。見やりながら思う。あぁ、もう少し、もう少し娘を思いやることができたら。今改めて、そう思う。


2009年11月12日(木) 
いつもより少し早めに起き上がる。外はまだ雨。まだ明けない紺色の闇の中、ぼんやり点った街灯の灯りの環の中、斜めに降っているのが分かる。窓を細めに開け、風を部屋に入れながら、私は台所に立つ。
挽肉に下味はもう昨日のうちにつけておいた。鶉の卵も茹でてある。それを一つずつ、挽肉で包んでやる。ちょっと歪な丸形。沸かしておいた湯の中に、そっとそっと入れてゆく。浮いてきたものを菜箸でちょいちょいつつきながら、もう少し茹でる。かために茹でる。そうして水を切り、今度はフライパンへ。照り焼きソースを作って絡めてやれば、鶉卵入り肉団子の出来上がり。
ブロッコリーはもう昨日のうちに茹でておいた。ミニトマトもある。それらで弁当箱を彩りながら、私は同時にお茶を沸かす。沸かしてから、そういえば娘のリクエストはポカリスウェットだったと思い出す。ひとつ失敗。
パイナップルの缶を開けて、最後に弁当箱に詰めてやったらそれで終わり。あぁ、おにぎりを用意するのを忘れていた。いけないいけない。
そうして一通り用意を終えた私はようやく深呼吸。時間は五時過ぎ。まぁこんなもんか、と自分を慰める。娘ががつがつと食べてくれれば、それでいいのだけれど。ただそれだけを考えてみる。
少し緩んできた空の下、ベランダに出る。多分、うどんこ病の病葉があるはずだ。私は目を皿のようにしてただひたすら薔薇の樹の葉を見つめる。やはりあった。ここにも、そこにも。挿し木からようやく出てきた新芽の一部も。私は爪と爪で挟んでそれらをちぎる。このまま雨が続いたら、明日もまた、別の葉に病斑点は現われるのだろう。それでも飽きずに私は病葉を摘む。

激しく揺れるように降る雨の中、電車に乗る。揺られ揺られてS駅へ。私はこの駅のことを殆ど知らない。学生の頃何度か来たことはあったはずだが、覚えていない。ただ、なんて寂しい駅前なのだと思ったことは覚えている。そうして今もその寂しげな様は変わらないらしい。いや、店やビルは所狭しと並んでいる。私が言う寂しさは、緑のない寂しさだ。人でごったがえす横断歩道を俯いて渡りながらしみじみ思う。煤けた街だ。まるで排気ガスで塗りこめられたような街だ。
少し遅れて友人がやって来る。昨日パニックを起こし、夜通しその衝撃に揺れていた身体はその気配をそのまま連れていた。まだ焦点が微妙に定まらない、そんな感じだった。
彼女がチェリーパイを、私はチーズケーキを注文し、二人して向き合いながら珈琲を啜る。私は彼女が話すことよりも、彼女の体から醸し出される気配に耳を傾ける。

ゴム版の作品になったと友人から届いたDMには書いてあった。ゴム版と言われてイメージできることは、私にはたかが知れていた。そして実際に作品を前にして、目が覚めるようだった。ここまで緻密な、それでいて雰囲気のある絵ができるものなのか、と。四季をそれぞれイメージして作られた四点は、しんとして壁に掛かっていた。グループ展ゆえ何人かの人たちの作品もあったのだが、その中でもとりわけ彼女の作品は光っていた。見る者を決して強いらない、それでいてこちらを惹きつける、そういう力を彼女の作品はいつも持っている。それはきっと、いつでも彼女が祈りを込めて画を描くからだろう。その祈りが、ゆったりとした旋律にのって、こちらの心に届くのだ。
私は彼女の油絵も水彩画も銅版画もそれぞれに見知っている。その中でも私は彼女の銅版画が好きだった。細かく細かく描きこまれた線は何処までも何処までも続いてゆくようで、目を閉じても瞼の裏にその絵は浮かび、ゆったりと流れ動くのだった。
そんな、銅版の線とは異なる、もっと素朴な線が今回の作品の中にはあった。絵の中で祈りは、歌のように浪々と木霊していた。

ボタンがない、ボタンがない、それは僕のボタンじゃない、僕のボタンはもっと大きいんだ、それは僕のボタンじゃない、僕のボタンはもっと丸いんだ!
娘がバスの中、突然そんなことを言う。私は驚いて隣に座る彼女を見つめる。ど、どうしたの。え? 台詞の練習。台詞って? うん、学芸会でね、劇やるんだ、私、じゃんけんで一人勝ちして、この役やることになったの。娘が得意気にまた台詞を言おうとする。その口をおさえて、家でやろうよ、家で、バスの中ではちょっと、と止める。周囲からの視線に、私は縮こまり、最寄のバス停に着いた時には、半ば逃げるように駆け降りる。娘はそんな私にお構いなく、何度も何度も口の中、台詞を反芻している。
そして朝、おはようの後にやってきた、台詞の練習。ボタンがない、ボタンがない! 隣の部屋に絶対聴こえていると思うような、そんな大きな声で彼女が連呼する。これが学芸会が終わるまで続くのか、と、私は苦笑してしまう。一体どんな顔をして舞台に立つのだろう、娘は。
昔、二都物語を学芸祭の出し物に選んだ。その中の一役を、私は演じたことがあった。舞台には思わぬ魅力が山ほどあった。自分が演じれば演じただけ、返ってきた。できるなら、ずっと舞台に立っていたかった。あの頃を思い出すと、まだやはり、胸が痛む。できるならあまり、思い出したくはない。あの頃恋人からの暴力に晒されていた毎日だった。殴られてゴミ溜めに倒れこんだり、教会に逃げ込んだりしたこともあった。それでも、そんな暴力からどうやって逃げ出したらいいのかが分からなかった。逃げたら追われる、捕まる、それは私を無力にした。その人と共に歩くために、おのずから自分の足を折ったりもした。それは、長い長い時間だった。
もうあの位置には、戻りたくない。

家を出る頃には、雨は止んでいた。代わりに強い風が吹いている。でもこれなら何とか娘も社会科見学に行けるだろう。ランドセルの変わりに背負われたリュックが、ごっそごっそと娘の背中で揺れている。
アメリカン・ブルーはそんな風の中、ぴんと背を伸ばしている。小さく小さく芽吹かせた新芽が、風を避けるように縮こまっている。私たちはその脇を通り、階段を揃って駆け下りる。
おはよう、と声をかけても、答えてくれる子供は殆どいない。顔見知りでも、ちょこねんと頭を下げるか、聴こえなかった振りで下を向くか、それが殆どだ。何故みな挨拶をしないのだろう。正直それが不思議でならない。私がまだ子供だった頃は、こちらから挨拶をしなければ、ぽかりと大人に頭を叩かれたものだった。それとも今は挨拶をしない方が礼儀なんだろうか。私は時々、不思議に思う。
それじゃみんな揃ったね、いってらっしゃい。登校してゆく子供らをそうして見送る。そして私は通りを渡りバス停へ。
雲が、埋立地に聳える高層ビル群を巻き込んで、まるで渦巻くように流れてゆく。私はバスの中、その様をじっと、じっと見つめている。


2009年11月11日(水) 
雨の音で目が覚める。強い雨の音。窓を開ければ、その音はぐんと大きくなって私の鼓膜を揺らす。昨日から空気が湿っぽかった。やはり雨か。私はそう思いながら外を見やる。まだ点いている街灯の明かりの環の中、雨粒が激しく揺れている。
鏡の前で髪を梳く。梳きながら、抜けた髪を見下ろす。一本、また一本と長い髪が抜け落ちる。それがまるで母の髪のように思えてくる。母は今毎朝どんなふうに髪を梳かすのだろう。梳きながら抜ける髪をどんなふうに見下ろしているのだろう。女にとって髪はやはり、大切なものなのだなと、改めて思う。
降り続ける雨に、薔薇の樹が気になる。大丈夫だろうか。うどんこ病は酷くならないだろうか。それが心配だ。あれ以上広がらないように気づいたものは全て切り落としたつもりだが、もし残っているものがあったとしたら。きっと明日はとんでもないことになっているんだろう。窓際に立ちながら、薔薇に降りかかる雨を恨む。

娘の勉強に、だんだんと私がついていけなくなっている。特にそれは算数だ。国語や他の教科はどうということはない。しかし、算数の解き方に、私は戸惑う。算数と数学の違い。私は数学になって数字が好きになった。算数の時代は大嫌いだった。嫌いな科目を挙げろと言われたら、迷わず算数と言っていたものだった。それが今再び、目の前にある。
ねぇママ、これ分からない。どれ? この問題。うーんと…これ、教科書に載ってなかった? 覚えてない。じゃぁまず教科書見てごらん。解き方載ってたら、それに沿ってやってごらん。うーん。
教科書を一緒に眺める。心の中、こんな難しい問題、あったっけ、と呟く私。いちいちこんなことを求めなければならない算数って何だろう、と思わずやけっぱちになる。
答えが一つしかない。それが、私は好きじゃなかった。国語ももちろん主要な答えはあるのだけれども、その表現には幾つか術があったって許された。私はそれが面白かった。こんな表現もあるのか、あんな表現もあっていいのか、と、それが面白かったのだ。しかし。娘は、「答えが一つだから算数が好き」と言う。答えが幾つもあるなんて曖昧でいやだ、と言う。不思議なものだ。親子でもこんなに違う。

たった一枚のネガから、何通りもの絵が生ま得る。私はそんな写真が好きだ。気持ちによって、その時によって、たとえば単純に濃い絵にしたかったり、たとえば要らないものを全て排除した絵にしたかったり、いろいろある。そのたった一枚を、幾十枚の焼きの中から見つけ出す作業は、私を夢中にさせる。まるで心の澱の中から、宝石を見つけ出すかのような作業に思える。
ネガは楽譜、プリントは演奏。まさにその通りだと私も思う。

友人と靴を買いにゆく。靴を買うなんてどのくらいぶりだろう。隣の友人も、今履いている靴は実はもう小さな穴が開いているのだという。そういう私も、先日母にサインペンで色を塗られるくらい、靴の塗料が剥げている。
私は足のサイズが大きい。普通の女性サイズからはみ出ている。だから、かわいい靴を買うというのは夢のまた夢だ。いつもごつい靴になってしまう。今回も、サイズを店員に告げ、そのサイズがある靴はどれですか、と訊いてみる。やはり、最初ちらりと見ていた靴の中には全くなく、別の種類の靴を指さされる。仕方ない。そこから選ぶしかない。
結局、少しヒールのある紐靴になった。色も、もうそれしか残っていないという代物。友達が私を慰めるように、Gパンには似合うと思うよ、と言ってくれる。その言葉に励まされ、そうだそうだ、と自分を納得させる。
外に出ると、あまりにいい天気で。私たちは暑い暑いといいながら歩く。歩道橋の向こう、海の横たわる方の空はあまりに眩しくて、私は少し目を細める。

友人も私も同じPTSDを背負っている。そんな彼女と、ぼそぼそと話す。病気に逃げたくはないよね、と。もう私も彼女も十年以上この病気と付き合っている。それでもまだ、コントロールする術は模索している最中だ。かつての主治医が言っていた、PTSDは一生涯付き合っていく病ですよ、と。言われたあの時は、なんて残酷なことを告げるんだろうと思った。しかし、言われていてよかったと今は思う。そのおかげで、私は覚悟ができた。一生付き合っていかなければならないのなら、うまく付き合っていく術を見つけていこうと思うことができた。そうして今の私が在る。
そんな友人は今週末が誕生日だ。彼女にリクエストされ、象の置物をプレゼントする。でも。誕生日には間に合わないけれども、今手元で作っているものがある。それが多分、私の本当の贈り物。それまで待っていて欲しい。

真夜中、遠くの友人から電話がある。やはり来たか、と思った。その友人と共通の友人の、命日が近いのだ。友が電話の向こう、ぽそりと言う。今年もやって来るね。私も応える。そうだね。ねぇ今年はどうする? 墓参り、行く? 私は行かないよ。やっぱり行かないの? うん、私は行かないって決めてるの。死んでからいくらでも会えるから。今はいかない。ごめん。そっか。分かった。じゃぁ私は行ってくる。うん、わかった。電話は切れる。
私は基本的に、墓参りには行かない。よほどの気持ちと理由がなければ、行かない。病死したり事故死した場合は別だ、そういうところにはよく墓参りに行く。でも、自殺した友のところには、基本、行かない。
私がかつて、自分を消去したかったように、彼らもまた、自分を消去したくてしたくてしたくて、そうして遂にしてしまった。もしかしたらそうしながらも彼らは、自分を思い出してほしいと思うことがあったかもしれない。自分を思ってほしいと思うことがあったかもしれない。でも。
残酷なようだが。勝手に逝ったんだ。私の中には君たちの気配がありありとまだ残っている。君たちが消したのは君の命だけであって、君が存在していたそのことは、まだこうやって私の中にありありと残っている。
勝手すぎるよ。君は死ぬことを選んで、それでよかったかもしれない。納得できたかもしれない。でも、遺されて今を生きる私たちには、もう選びようがない。君はここの胸の中にいつまでもしこりのように残っている。居残っている。消えることは、ない。
だから、私は行かない。次に会うのは。私が死んだその時だ。そう思うから。だから部屋で真夜中ひっそりと、君を思って過ごすくらいで、やめておく。

ねぇママ、ハムスターの身体にはぶつぶつがいっぱいあるんだね。うん、なんでだろうね。ねぇ、ハムスターって冬眠するの? え? 冬眠? 本にはなんて書いてあった? 冬眠のこと書いてない。じゃぁ冬眠はしないんじゃないの? 寒がりだってよ。どうする? うーん、木屑を多めに敷いてあげるしかないよねぇ。そうかぁ。ハムスター用の湯たんぽとかないのかなぁ。見たことないなぁ。あったら買う? お小遣いで買いなさい。えーーー。ママのケチ! ははははは。

じゃぁね、それじゃぁね。またね! 手を振って雨の中別れる。私はバス停で、友人に電話をかける。近くまで行くからバースデーケーキ食べない? 昨日パニックを起こしたという友人。まだ具合の悪いのだろう彼女の声が小さく受話器から伝わってくる。じゃぁS駅まで行くから、そこの近くのケーキ屋さんで会おう。うん。じゃ、またあとで。
ちょうどバスがやって来る。雨のバスはこの前以来だ。私はすぐに動けるよう、出口近くに立つ。私の周囲には女性だけ。それを確かめ、ようやく少し安心する。大丈夫、そんな、災難は何度も何度も起こらない。自分に呪文をかける。大丈夫、大丈夫、私は大丈夫。
サイレンの音が後方から響いてくる。二台の救急車。そういえば救急車に私は何度お世話になったろう。もう覚えていない。
バスに乗って、電車に乗って。そうすればS駅なんてすぐに来る。大丈夫大丈夫。
まだ開店前の花屋の前で、私は立ち止まる。時間がもう少し遅かったら。花を買っていけたのに。それがちょっと残念。
でも友が待っている。急がないと。来週には今作っているプレゼントを手渡せるはず。

耳奥で、まだサイレンの音が響いている。


2009年11月10日(火) 
薔薇の樹を見て愕然とする。この時期にうどんこ病になるとは。ようやく赤色から緑色に変わり始めた葉がすべて、白い斑点を負っている。参った。私は思わずしゃがみこんで頭を抱える。こんなはずじゃなかった。ちょっと前まではこんな様子、微塵もなかった。私は何を何処で油断していたんだろう。思わず目の縁に涙が浮かぶ。薬を散布してみようか。それとも切り落とそうか。激しく頭の中、火花が散る。薬はないわけじゃない。ないわけじゃないが。気づけば私は台所から鋏を持ってきており、ぱつん、と枝を切っていた。一度切り始めるともう止まらない。ぱつん、ばつん、ばつん。次々枝を切り落としてゆく。どうせこれから冬だ。枝を詰めたからといって悪いわけじゃない。薬を撒くくらいなら、枝を切ってしまおう。ぱつん。
そうしてまた、ひとまわり、株が小さくなる。それでも、何もしないよりはいい。いい、はず。
朝一番から私は何をやっているんだろう。再びしゃがみこみ、空を見上げる。昨日の夕焼けはまさに燃えるようだった。濃い黄身色に、ぐわんぐわんと燃え上がりながら、西の地平線、堕ちていった。あの夕焼けなら今日は再び晴れるはず。そう思いながら空を見上げる。晴れてくれ、そうして少しでも風を吹かせてくれ。私の気持ちが晴れるように。

病院へ行く。いつもと変わらず何より先に娘の具合を訊いてくる医者。先生は私を診ているんですか、それとも他のものを診ているんですか、思わず訊きたくなるが、訊くのも馬鹿らしくて何も言わず黙り込む。そういえばこの間痴漢に遭われたんでしたね。医者が言う。私は言われて愕然とする。思い出させないでほしい。そう思うのは私だけなんだろうか。記憶からかき消していたはずの厭な感触が瞬く間に蘇る。そして私は吐き気を催す。お母さんの具合はどうですか。お父さんの具合はどうですか。弟さんは? 次々そうやって私の周辺のことを訊いてくる医者。肝心の私のことは何も訊かない。そんなもんか。そんなもんなのか。私はぼんやりしながら先生の肩あたりを見ている。来週はカウンセリングですね、じゃぁその次の週に予約とってくださいね。はい。
診察は終わる。

ママ、明日ね、クラブで図書館行って、図書委員の仕事やるんだよ。へぇ、図書委員かぁ。いいでしょう。うん、ママも中学の頃図書委員だったよ。え? そうなの? うん。ママの中学は図書館が校舎と別のところにあってね、いつでも図書館はこう、しんとしていた。ふぅーん。
そう、校舎と離れた場所にあった図書館。最初に足を踏み入れた時、空気がいきなり何度か下がったような気がした。まだ着慣れない制服に身を包み、本を一冊一冊眺めてゆく。大学の校舎をそのまま受け継いだ中学だったから、本棚はそれなりに豊富にあった。少し陰りのある図書館を、そうして順繰り回り、私は深呼吸をしたのを覚えている。先に来ていた先輩のことを、「先輩」と呼ぶということもまだ私は知らなかった。何と呼べばいいのか分からず、頭を下げた。掃除を手伝ってくれる?と言われるまま、箒を持って、本棚の間々を掃いてゆく。細かい塵が少しずつ集まって、山になる。それを先輩がきれいにちりとりに拾い上げてゆく。
図書館は別名、二号館と言われていた。いや、その別名の方がよく呼ばれる名前だった。だから、図書館へ行こう、ではなく、二号館へ行こう、だった。今だから告白するが、私はよく、貸し出しカードに記入もせず、本をこっそり借りて帰った。新刊が入ってくれば貪るようにして読んだ。それでも足りなければ古本屋に走った。本の中には、知らない世界がこれでもかというほど詰まっており。その頃の私には、必要不可欠な存在だった。入学して間もない頃から、生意気な顔だとかでいじめられ始めた私にとって、本はだから、大切な友人だった。二号館は私にとって、唯一学校でほっとできる場所でもあった。
いつでも夕暮れのような場所だった。陽射しが何処かゆるやかに差し込んできて、淡くぼやけているような空間だった。そこで私は大半の時間を過ごした。一年の終わり、突然、掌を返したようにみなが話しかけてくれるようになるまで、私は淡々と、時間をそこで過ごした。春も夏も秋も、そこに在った。
二号館までわざわざやってきて、本を借りてゆく人は、あまりいなかった。結構裕福な家庭の子供たちが集まる学校であったことも影響していたのだろう。本は借りるものではなく、さっさと買うものだった。だから二号館はいつでも、しんとしていた。
午後、二号館で過ごしていると、周囲の音が薄いフィルターをかけて届いてくる。校庭の、クラブ活動の声。テニスコートの、同好会の声。一階では卓球部や柔道部が活動している。というのに、二階の図書館はやっぱり、しんとしているのだった。
私はそこで本を読むより、あれこれ夢想するのが好きだった。本をぱらぱらと読みながら、そこから発して、いつの間にか私はすっかり夢の中にいた。頬杖をつきながら、ぼんやり、何処を見るでもなく眺めながら、夢の中を私は走り回っていた。
ママ、図書委員って偉いんだよ。へ? 偉いの? なんで? だってね、本を借りにくる人にちゃんと借りられるように手続きしてあげるからだよ。いや、それが図書委員の仕事なんじゃないの? でも偉いんだよ。ふぅぅん、そういうものかぁ。
娘は誇らしげに、胸を張る。しんしんと一人で過ごしていた私と、胸を張って図書委員をしようとしている娘と。それは多分正反対で。私はちょっと目を細める。娘が誇らしげに、本を渡す姿が浮かぶようだった。遠慮がちに本を差し出していた私とは、これまた正反対に。

友人が、今自傷の本を読み始めたのだという。これもあれも、あれもこれも、自傷に入るのかと、改めて知らされ、呆然としたという。私のしていたことも自傷になるのかと改めて知ってびっくりした、と友人は言っていた。私はちょうど昨日、読み終えた本のことを思い出す。それは、とても読みづらい本だったけれども、後半からぐんと変化し、私は貪るように読んだのだった。アダルトチルドレンという言葉がキーになっていた。その病に逃げ込むか、それとも向き合うか、それによって全くその後が異なってくる。その姿が、描かれていた。その病気に逃げ込んで何処までも逃げ込んで、その病気を正当化してゆくのか。それとも、向き合い、受け入れ、消化して、そのことを自ら乗越えてゆくのか。
私は自分のことを思い返す。私もその病名に逃げ込んだ時期があった。私はアダルトチルドレンだから、PTSDだから、と、そこに逃げ込んだ時期が長くあった。読みながら、頷ける箇所がだから、多々あった。でも。
強姦されたから何? アダルトチルドレンだから何? PTSDだから何?
それはそれ、私の一部。全部じゃない。
そこに逃げ込んだからってそれは一時の逃避にしかなり得ず。何も解決しない。それを解決させるには外に出て改めてその全容を自らの目で確かめなければ、次には進めない。逃げ込んで、見ないように見ないように自分の目を閉じたって、何も変わらない。
私の過食嘔吐も拒食も、一種の自傷だったろう。リストカットや薬の馬鹿飲みもひとつの自傷だ。そして、それら全部ひっくるめて、私が作られている。
腕を切り裂きながらも、その同じ腕で娘を抱きしめたくなる。それもまた、私だ。

切り落とした薔薇の枝をかきあつめ、ゴミ袋に入れる。今日はゴミの日。振り返れば、うどんこ病からは逃れたマリリン・モンローの蕾が、ゆらゆらと揺れている。
ママ、もう出る時間だよ。娘がミルクとココアを手に乗せながらやってくる。ねぇ見てて、ほら! あ! ミルクとココアがちゅーしている。いや、本当は、動物の間でこれはちゅーではなく、単なる警戒なのかもしれないが。それでも私たちは笑いあう。
じゃね、ちゃんと鍵閉めてね。うん、じゃぁまた後でねー! 娘と別れ、私は階段を下りる。そうして自転車に跨り街へ。
自転車が風を切って走り出す。私は漕いで漕いで漕いで。

もう銀杏並木も、うっすら黄緑の混ざった黄金色。


2009年11月09日(月) 
娘の頭突きで目が覚める。というより、目の中で火花が散る。相当勢いよく彼女にぶつかられたらしい。頭を振りながら起き上がると、娘は私の方向に頭を、布団のずっと端に足を放り投げて眠っている。あまりの痛さに彼女の鼻をつまんでやる。びくともしない。私は諦めて立ち上がる。
昨日娘に掃除をしてもらってすっきりしたらしい、ミルクもココアも調子を取り戻してくうかぁ寝ている。娘の手の中では全く噛む気配のない彼女らの姿に、ちょっと閉口したものだ。でも何よりショックだったのは、「ママ、これじゃぁストレスが溜まるに決まってるじゃない!」と娘に言われるほどになっていた巣の有様に、自分が全く気づいていなかったことだ。どうも、私の心の目には映っていなかったらしい。私がいないときにはそのくらい注意してあげてよね、と娘に言われる始末。生き物に対して私なりに注意を向けていたはずなのに。どうも自分のことにばかりかまけていたらしい。まったくもって、情けない。
ベランダに出て髪を梳く。辺りはまだ暗い闇の中。空気もすっかり冷え込んでいる。それでも多分、今日は天気がいいのだろう。空気が適度に乾き、風もやわらかい。空に雲はなく、ただ地平の辺りに少し、うねっているだけだ。
アメリカン・ブルーは、この週末に小さな新芽をたくさん出してくれた。薔薇と違ってその新芽は最初から萌黄色で柔らかい。決して赤くは染まらない。薔薇よりずっと植物らしいのかもしれない。薔薇は風の中、じっと佇んでいる。マリリン・モンローの蕾だけが時折ゆらりゆらりと揺れる。その脇で、全く水をやっていない鉢の中、ムスカリやイフェイオンが緑をつやつやと輝かせている。不思議だ。母のアドバイスに従って水を一切やっていないというのにこの艶やかさ。何故なんだろう。彼らは一体何処から養分を得ているのだろう。
少しずつ少しずつ東の空が明るくなってゆく。その明るみの中、私はお湯を沸かし、お茶を入れる。

友人が亡くなったという知らせを受けたのは、実家でだった。正直、彼の記憶はあまりない。そんなに親しい間柄ではなかった。そういう間柄ではなかったのに、友人代表で葬式に出てくれと電話が来る。そういう電話がちょっと不思議だった。
首を括ったのだという。詳しい事情は知らない。首を括ったということだけが、なんだか一人歩きしているようで、私は落ち着かなかった。そういう話はあまり、聞きたくなかった。どういう死に方をしたにしろ、死んでしまったことに変わりはない。
葬式にはどうして、こんなにも白い花が似合うのだろう。でもここに、もし、黄色やオレンジの花があってくれたら、どれほど救われるだろう。そんなことを思う。晩秋の空の下、それはあまりに寂しい葬式だった。張り詰めた葬式だった。
何処までも何処までも、寂しい葬式だった。

黄色く、または紅く、染まった木々の間を歩く。水面がまるで鏡のように光り輝く川が流れている。耳に突っ込んだヘッドフォンからは懐かしい歌が流れている。誰もいない。車が通る気配もない。そんな中、私はじっとしゃがみこんでいる。
父はこうした場所で暮していた時期があったのか、と、改めて思う。父の叔父がいつも話してくれたのは、競争で負けると父が棍棒を持って追いかけてきてばしばしと勝った奴らを叩きつけるという話だ。「負けるのがよほど嫌いだったんだなぁ」と笑いながらその叔父は話してくれたが、いかにも父にはあり得そうな話だった。まだ戦中、米がない時に、珍しく大きなおにぎりを持って山に行った時のこと、そのおにぎり四つを残らず一人でたいらげてしまった話もあった。黙々と食べ続ける父に、叔父は何も言えず、自分の分も差し出したのだという。
そんな叔父も、もう半ば呆けてしまった。私が誰だかなど、わからなくなってしまった。せいぜい覚えているのは、父の顔だけだという。そうして毎日のように、本家分家の墓参りに通っているのだという。
山々の陰はどこまでも続き、周囲をぐるり、囲っていた。いつも海を見慣れている私には、そうした風景は少し、窮屈で。何となく押しつぶされそうな圧倒されそうな気配さえ感じ。そうした中で父は幼少期をずっと過ごしていたのかと。父はこの自然の中で何を考え、何を思ったんだろう。

まだ弟は不安定なままだ。父や母のところにも何の連絡もないらしい。私のところにもここしばらく連絡はない。弟のところの長男が、ちょうど七五三の年だ、今年は。どうするんだろう。人並みのことをしてやりたいと義妹は言っていたが、その余裕はあるんだろうか。あれこれ考え始めると止まらない。私の娘の七五三は、一年遅らせて為した。私にそれだけの蓄えがなかったからだ。そうして為した七五三、まだ父も母もあの頃は元気だった。一緒に八幡宮へ行き、孫の七五三を祝ってくれたっけ。着物という窮屈な代物に閉口し、緊張していた娘も、途中からようやく笑顔が見られるようになり、その顔を父と一緒に、カメラで追いかけたんだっけ。懐かしい。そういう時間が、私たちにもあった。
弟は今、何を思っているんだろう。

ママ、裏山でね、あけびを見つけたんだよ。ほお、まだあったんだ、あけび。でも、おいしくないね、あれ、私、一口しか食べられなかった。ははは、まぁ好みがあるだろうね。ママは食べたの? ママ? ママは食べた。でも、ばぁばと裏山に行ったことはなかった、いつもママはひとりで裏山に行ってた。ええ、そうなの? うん。ばぁばと行けばよかったのに。ばぁば、いろんな鳥の名前も知ってるし、植物の名前も知ってるよ、教えてもらえばよかったのに。そうだよねぇ、今ならそう思うよ。
そう、私は、いつでも一人で裏山に行っていた。裏山は私にとって、一種、聖域のようなものだった。そこでなら泣いてもいい、というような。父母との関係でいつも悩んでいた私は、クラスメイトともあまり良好な関係は結べていなかったように思う。何でもできる子、いつも代表の子、そのような目で私は見られていた。そんな中、私はいつでも背筋を伸ばしていなければならないような気がして。だから、弱気を見せられるのは、ひとりきりのときだった。私は深呼吸するために、裏山に通っていた。
裏山では何をしようと私の自由だった。木に登ろうと、膝を抱えてそこで眠ろうと泣こうと、誰も何も言わなかった。お気に入りの本やリコーダーを持って行くこともあった。覚えたての歌をひたすら歌うこともあった。そうしてひとり、時間を過ごしていた。大事な大事な、あの頃の私には必要な場所だった。
ママ、裏山のね、ここら辺の入り口のところに、巣箱がとりつけられててね、多分あれ、リスが住むよ。へぇ、そうなの? うん、誰かがつけてくれたんだね。小さいこれくらいの巣箱。手作りだったよ。よかったねぇ。うんうん、だからね、これから毎週、見に行くんだ、ばぁばと。そっかぁ。
私にとっての、ひとりきりの裏山は、そうして娘に受け継がれてゆく。ばぁばと過ごす大事な裏山として。

葬式で、隣に座った人が、ぽつり、零していた。どうせいつか死ななきゃならないってのに、どうして自分で死ぬ必要があるんだろうなぁ。
どうしてだろう。分からない。
そういう私もかつて、自分を消去したいと願っていた。死にたいのとはちょっと違う。ただひたすら、自分の存在を消去したいと、そう願い続けていた。こんなに穢れた自分など、存在していてはいけないのだと、消去してしまわなければならないのだと、そう信じて疑わなかった時期があった。
でも私は。死ぬことはなかった。だから、分からない。彼がどんな気持ちでどんな想いで首を括ったかなど、私は知る由もない。
いつか死ななきゃならない時まで、待つことができなかった。そんなもの、見ることさえできなくなった。今この場で自分を、断つことしか考えられなかった。
だとしても。
死んで何になる? あんたが死んでも、あんたがここに在たことは消せないんだよ。ここに残った人たちはそんなあんたのことを、何処までもいつまでも覚えていくんだよ。そのこと、知ってる?
もし途中で命を断つなら、全てを消去してからにしてくれよ。おまえさんがここにいたこと、ここに存在していたこと丸ごと、消去してからにしてくれ。
私は、そう思う。
そして、そんなことは、不可能なんだってことも。

今日は病院だ。私は娘に手を振って、少し早めに家を出る。ココアを頭に、ミルクを手に乗せて娘は見送ってくれる。じゃぁね、またあとでね。
バスに揺られ、混み合う電車に揺られ、最寄の駅へ。あっという間に時間は過ぎてゆく。頼んだカフェオレも、瞬く間に冷たくなってゆく。
もうじき時間だ。
そうして一日が、また回ってゆく。私の上にも娘の上にも父や母の上にも平等に、その時間はやってくる。


2009年11月07日(土) 
夢を見る。薄いヴェールに包まれ、眠っているように漂っている。海の中には波も何もなく、ただぼんやりと漂う。魚も何もいない。私がそこに浮かんでいる、ただそれだけ。みんな何処へ行ってしまったんだろう。一匹の魚もいない海なんて。上も下もない、あるのはただこの海水のみ。でも私の目は開いているわけじゃない。海の中目を閉じている。閉じていても瞼を通して見えてくる。不思議な世界。そうして何処までも何処までも沈んでいる夢の中から目覚めると午前四時。辺りは夢の中より暗い、まだ闇の中。
マリリン・モンローがまた新しく蕾をつけている。膨らみ始めた蕾はまっすぐに天を向いている。あとどのくらいで咲くだろう。咲いたら一度、切り詰めてやろうか、どうしようか、私はマリリン・モンローの前で少し迷っている。新しく植えたミミエデンたちのプランターが少し乾いている。私は早速如雨露で水をやる。ぼんぼりのような桃色の小さな花を咲かせる株からようやく新芽が出始めた。まだ縁の赤い新芽は、明るい方へ明るい方へと手を伸ばしている。

自分で知っている自分、自分の知らない自分、他人が知っている自分、他人が知らない自分、それらを地図にしてそれぞれの領域を確認していく。また、メッセージの届け方として自分の気持ちをどう届けるか。そんなことがつらつらと書いてあるテキストを読む。読みながら私は線を引く。引くのだけれども、どうもまだ頭に入ってこない。私は一体何を学ぼうとしているんだろう。それがなんだか、よく分からなくなってくる。ノートにひとつひとつ書き出してみるのだが、それがうまく繋がらない。一通り読み終えた頃にはすっかり草臥れており、気づけば頭も肩も痛む。鞄から二錠の痛み止めを出して飲んでみる。効くといいのだけれども。

なんだか私は苛々しているらしい。隣に座った人が忙しなく新聞を閉じたり開いたりしている、それだけなのに妙に癇に障る。見ないよう見ないようにするのに、そういうときにかぎって気配がありありと伝わってくるのだ。結局私は席を立ち、窓際に立つ。この方がずっと気が楽だ。
流れてゆく景色に、少しぼんやりする。何も考えたくない、そんな気分なのかもしれない。乱立するビル群がやがて、住宅街に変わってゆく。もうじきK駅だ。降りたら今度はバスに乗る。私が実家に住んでいた頃、まだこのバスはなかった。だから駅まではひたすら歩くしか術がなかった。駅まで歩けばゆうに二十分。学生の頃、その距離を何度恨んだか知れない。長い長い坂を上りきったところにぽつねんとあるバス停で降りる。ここからだいたい五分。そうしてようやく実家に辿り着く。
ラヴェンダーの咲き誇る庭を通って玄関を開けると、しんとした空気が出迎えてくれる。あら、来たの、と言う母に、娘と約束したから、と、駅まで買ったドーナツを渡しながら答える。娘はちょうど食堂で父に算数を教えてもらっている最中だった。中断させては申し訳ないと、私はとりあえず居間の窓際に座る。その出窓には所狭しとランの鉢植えが置いてある。母はランが好きなのだ。それも、店で病気になり安売りしているような鉢を敢えて貰ってくる。それを元気にさせるのが、母は好きなのだ。私にはとうてい、できそうにない。ふと見れば、レモンの木に実が二つなっている。指をさすと、母が誇らしげに言う。無農薬のレモンなんていまどきなかなかないわよ、熟したら一つあげるわよ。来年からはもっとたくさん実ると思うわ。まだ緑色の実は、陽光を受けてきらきら輝いている。きっと母が言うとおり、来年はきっとたくさんの実が実るのだろう。でも。その頃母は元気でいるだろうか。私はふと、不安になる。来年も母は、レモンの実を、虫たちから守りながら育てるだけの体力が残っているだろうか。その不安を気取られないように、私は立ち上がり、娘に声をかける。これからプールに行くんだ、と、喜び勇んで娘が私に抱きついてくる。自己ベスト出すと先生からお菓子がもらえるんだ、と、娘はこれまで集めたお菓子を見せてくれる。その孫の姿を眺めながら、父母が笑っている。そんな父の目は今病んでいる。この冬手術をまた、受けなければならないかもしれない。年を取るというのは、そういうことなんだ、と、父母を見つめながら、強く思う。

列車の外、景色はいつのまにか、緑と土が多くなってきている。あれだけ背の高いビル群に囲まれていたのが嘘のようだ。そういえばほんの二ヶ月ほど前は、ここらあたりは黄金色だった。稲穂がたんわりと風に揺れていたのだった。今、こんもり茂る森の入り口に、稲荷が見える。私は心の中、そっと手を合わせる。

気づけば時計はもう、駅に着く頃合を指している。混み合う電車は、もう座る隙間など何処にもない。私がこの席を立った後、誰があそこに座るんだろう。ふと、そんなことを思う。誰かの歌にあった、おまえが逝った後、もう誰もおまえのあの席には座らせまいと心に決めていたのに、それを知らない人たちが次々、その席に座ってゆく、というような歌詞。父の席には、母の席には、私の席には。次に誰が座ってゆくんだろう。
誰が座ったとしても。誰が座ってゆくとしても。
それはやっぱり、永久欠番なんだ。あなたの代わりは誰もいない。あなたの代わりも、あなたの代わりも、何処を探したって、いない。そう、いないんだ。

今、トンネルを潜り抜け、光の中へ。


2009年11月06日(金) 
夜通しココアの回し車の音が響いている。からからというその音の中で、私は夢を見る。公園の、あの池に映る自分をじっと見つめる自分。池の中には自分のはずなのに夜叉のような顔が映っている。私は何度も池の水で顔を洗う。洗っては水面に映る自分の顔を見直す。それでもやはり、夜叉は夜叉。消えることはない。私は厭になって水面をばしんと叩く。叩いたその音で、目が覚める。午前三時。
少し迷ったが、そのまま起き上がり、顔を洗う。鏡の中映る自分の顔はあの顔ではなく、やはり自分の顔で。何処でどう間違って私は夜叉になどなったのだろう。分からない。
まだ明けない夜の中、私は昨日の夜届いた友人の写真集をめくる。そこには、五年間の彼の軌跡があった。間違いなくそれは彼の足跡で。時に折れたり時に倒れたりしながらも、ここまで歩いてきた、その彼の姿だった。粗い目の画像は私が彼の画と出会った瞬間受けた印象と変わらずそこに在り。私は彼の軌跡を辿りながら、まるで自分の時間を辿っているような気持ちになった。ここに辿り着くまでに、彼にどんな紆余曲折があったろう。私は知らない。知らないけれど、この一冊の重みが、全てを表してくれているように思えた。大切に大切に、本棚にしまう。
少しずつ明けてゆく空。そう、明けない夜はないのだ。時は残酷なほど正確に流れ続け、止まることはない。止まって欲しいと願おうと何だろうと、お構いなしに刻まれ続ける。
ベランダに出、薔薇をじっと見つめる。水の具合はどうか、挿し木の具合はどうか、新芽の具合はどうか、ひとつずつ見つめてゆく。気になるものが幾つか。でも、それを私は左右することなどできない。自然に生まれ出てきたもの、自然に死に絶えゆくものを、止めることはできない。ただ、そこに在るものを受け容れてゆくのみ。
水をやりながら、お茶を沸かす。先日友人がくれた中国茶だ。私はいまだに香りがあまり分からない。きっととてもいい香りがするのだろうお茶に鼻を近づけてみる。少しだけ、香りが伝わってくる。沸騰する寸前で止め、しばらく置く。そしてお気に入りのカップに入れてみる。冷気に包まれすっかり冷え切った体が、じわじわと温まるのが分かる。一口、また一口、やさしい味のするそのお茶を飲んでみる。一口、また一口、その間に、夜が明けてゆく。

待っていると、友人が髪を肩の辺りで揺らしながらやって来る。すっかり冬の装いなのに、彼女の手にあるのはアイスティー。私はあたたかいカフェオレを飲んでいる。
よくこの店で彼女と待ち合わせする。東京の人ごみが苦手な私を気遣って、彼女はいつもここまで足を運んでくれる。ありがたいことだ。少しずつ少しずつ、でも確実に回復の道を歩み始めた彼女の表情は、最近とても明るい。きぱきぱしていて、見ていて気持ちがいい。今年二度入院をした彼女。それでも、歩みを止めることはない。その入院の最中の彼女の表情を思い出せば、今とどれほど違っているか、至極明らかだ。煙草を持つ指先は震え、唇も小刻みに震え、視線がいつもあらぬ方を漂っていた。ちょっと肩を押したら、そのまま倒れてしまいそうだった。正直に言おう、一年に二度も入院できる彼女の身の上を、私は羨ましく思ったこともあった。でもそれももう、過去のことだ。今、彼女が私の目の前で、笑うその姿があれば、それでいい。
私が無意識のうちに腕を切ってしまうのに対し、彼女は常に意識あって自分を傷つけていたことを話してくれる。彼女の腕や胸元にも傷がある。今は白く、だいぶ薄れてはいるが、その傷をつけてしまったその時、彼女はどんな心持ちだったろう。それを思うと胸が潰れる。
彼女と出会ったのはもう十年は前になる。出会って、知り合って、疎遠になって、再び縁を紡ぎ。今に至る。
彼女は自分の目を、表情がないと時々言う。でも、私から見ると、いつもどんぐりのようにくりくりよく動く目に思える。それが哀しんでいる時もあれば喜んでいる時もあり、怯えている時もあれば安らかな時もある。目と口元に、とても露に気持ちが現われる。
傷つけるしかなかった時があったね。そうだったね。そうして今があるんだよね。うん。そんなことを、つらつらと話す。
別の傷つけ方をするしかない時もあった。彼女は過食、私は過食嘔吐に苦しんだ時期もあった。これもまた、一つの自傷行為だろう。薬の副作用でお互い体型が変わり、それに苛まれ、外出もままならない時期もあった。どんどん堕ちてゆくしかない時期があった。それでも今、私たちはここにこうして在る。
幸せなことだと思う。途中、逝ってしまった友人たちの顔が私の脳裏を過ぎる。彼らは当時のまま、年を取ることなく、そこに在る。一方、生きている私たちは、皺を刻み、年を重ね、ここに在る。なんという大きな違いだろう。

帰り道、自転車で駆けながら、私は歌を歌っていた。朝聞いていた中島みゆきの一人で生まれてきたのだから、という歌を。歌いながら、私は、一人でなど生きていくことはできないことを、痛感していた。一人で生まれ堕ち、一人で死んでゆく、それは間違いないけれど、生まれ堕ちた瞬間からもう、私は誰かとの関わりの中に在った。たとえば父母という存在。祖父母という存在。そして時間が経てば友人という存在。弟という存在。様々な関係の中に私は在った。どんなに落ちぶれて、ひとりぼっちだなんて嘯いても、それは所詮、私の勝手な思い込みだった。どんなに落ちぶれようと何だろうと、私に関わってくれる人がいた。そういう人たちに支えられ、後押しされながら、私は今、在る。
歌いながらだから、彼らにありがとうと私は心で言っていた。歌いながら、私は自分の手の中にある幾つもの緒を、感じていた。もしかしたらその緒の先は、もう切れてなくなっているかもいしれない。それでも私は、多分もう、手放すことはできない。何処までも何処までも持っていくんだろう。その人と関わりあった、そのことの証として。そして十年後、二十年後、もしかしたら戻ってくるかもしれない縁の目印として。
友人が、どんなになっても私はあなたの友達だからね、とにっこり笑って手を振って去ってゆく。私はそんな彼女を、ただじっと見送る。

朝一番の仕事を終えて、次は学校へ。何となく手放し難く、本棚からもう一回、友人の写真集を持ち出して鞄に入れる。これでよし、忘れ物は、ない。
ミルクが顔を上げて、こちらを見ている。ごめんね、今急いでいるから、帰ってきたら遊ぼうね。話しかけながら私は上着を着る。
電話が三回、立て続けに鳴る。一本は友人から、あとの二本は仕事の電話。私はメモをとりながら、出掛ける準備を続ける。
さぁ、時間だ。私は玄関を飛び出す。学校が終わったら、今日は娘に会いにゆく。ケーキでも買っていってやろうか、いや、彼女はシュークリームやドーナツの方がいいのかもしれない、どっちにしよう。私は頭であれこれ考えながら、バスに飛び乗る。
一日はもう始まっている。だから私は駆け出す。私の場所へ。


2009年11月05日(木) 
海の中で目が覚めた。長いこと海に沈んでいるのに苦しくも何もなかった。少し濁った海水の向こうに、たくさんの顔が見えた。あぁみんないる。みんなみんな、あそこにいる。
そう思った瞬間、目が覚めた。私は夢の中で夢を見ていたらしい。何故か頬が濡れていた。私は何を思って頬を濡らしたのだろう。思い出せない。
思い出せないまま、私はベランダに出る。毎日毎日少しずつ確実に冬が近づいてきているのが分かる。でも。あの夢の、海の中はちっとも冷たくも寒くもなかった。むしろあたたかかった。そう、冬の海はあたたかい。ぬくい。そして今私の肌は粟立っている。これが冬の朝。
昨日植え替えたふたつの株を確かめる。暗闇の中作業したわりにはちゃんと植わっている。一安心。プランターはみな湿っている。今日のところは水をやる必要はないようだ。私は玄関に回ってアメリカン・ブルーの鉢を確かめる。やっぱり鋏を入れてやってよかった。萎れていた先がみなぴんと立ち、朝焼けに向かって手を伸ばしている。昨夜の月は美しかった。ヴェールも何もかけていない、まっさらな月だった。そして今朝。東の空は赤く白く燃えている。

友人と連れ立って写真展の会場へ。それぞれにカレーと、彼女はマンデリン、私はフレンチの珈琲を注文する。彼女が写真を見つめてくれる。私はそれをただじっと見つめている。
彼女が先に話してくれた話があった。二人いる娘さんの、下の娘さんが、先日、ライターで腕を焼いてしまったという。傷が在ると安心する。傷がそこに在ると安心する、と彼女は話してくれたのだという。母親の目の前で、腕を焼いた、彼女の気持ちはどんなだったろう。私も友人の前で腕を切り裂いたことがあったっけ。思い出しながら私は彼女の言葉を聴く。娘さんは、こんなことをすればお母さんが哀しむことは分かっているのだけれどとも言っていたという。そうだろう。そんなことは分かっているのだ。それでも止められない時が、在る。
傷が在ると安心する、という気持ちも、私には痛いほど分かる。自分もそうだった。傷が消えかかると、不安に苛まれた。こんなこと赦されないと思った。どうやったって私は逃れられないのだ、逃げちゃいけないのだと思った。この罪を全て自分が背負わなければならないのだと思った。そうして気づけばまた、腕を切り裂いていた。滴る血で、無意識の中、絵を描いていたこともあった。血が止まるとどうしようもない罪悪感に苛まれ、傷をさらに押し広げたり刃を再度当てたりした。何とかして血を止めないで済む方法を探していた。血は止まっていけない、止めちゃいけない、そう思っていた。私はずっと血を流し続けていなければならない存在なのだと思った。そうでなければ存在していることさえ、今ここに在ることさえ赦されない、そんな気がしていた。
そもそも腕を切り裂き始めたのは、何故だったろう。いつだったろう。定かには思い出せない。気づいたら切っていた。自分を傷つけることで、自分を何とか保とうとしていた。自分を何とか赦そうとしていた。自分が存在することを、何もないままでは受け容れられなかった。そして。切るという行為は魔物だった。一度切り始めたら、止まらなくなった。止められなくなった。私の腕は瞬く間に傷だらけになり、皮膚はうねり、でこぼこになった。
一体何年かかったろう。何年の間私は切り続けたろう。分からない。それがようやく止まった。それで戦いは終わりだと思った。でも。
そこからさらに戦いが待っていた。傷を引き受けるという作業が、私を待っていた。

いつか消える程度の傷なら、まだよかったのかもしれない。でも私の傷は、もうどうしようもなく、皮膚が明らかにでこぼこになるほどに積もっていた。何処から見てもそれは、傷以外の何ものでもなかった。
保育園で娘がまず、おまえのママの腕は、と言われた。すぐさま保育士の方がそれに気づいて止めさせてくれたからよかったが、娘は私に訊いた。ママ、いつ怪我したの? どうして怪我したの? 何で怪我したの?
小学生になった娘の周辺で、またそういうことがあった。直接私に尋ねてくる子供になら、私は、昔ね、怪我をしちゃったんだ、と答える。しかし娘は。きっとどう答えてよいか分からなかっただろう。困っただろう。時折私の傷を撫でながら、痛い?と訊いた。
もし、私が独り者で、娘がいなかったら。傷痕をこんなにも引きずらないで済んだのかもしれない。しかし、現実はそうではなかった。私は母親になり、娘がいた。母一人、娘一人の家庭で、しかもその母親の腕はでこぼこの傷だらけで、そんな家庭で何が起こっているのか、気にする人は思った以上にいた。
私の傷はいつのまにか一人歩きしていた。噂が噂を呼び、まわりまわって私の元に戻ってくる。そんなことの繰り返しだった。
私はいい。自分が為したことなのだから、自分が背負えばいいことだ。当然のことだ。傷痕が残ろうと何だろうと、それは、その時期自分が越えるために必要なことだったのだと、自分を納得させることができる。
でも娘はどうだったろう。
何年かぶりに大きなパニックに襲われ、無意識のうちに腕を切ってしまったことがあった。今年の話だったか、去年の話だったか、正直思い出せない。しかし、そういうことがあった。その時、娘は私の傷を見つけ、私を問い質した。私は、ちょっと怪我しちゃった、と最初誤魔化した。しかし、私が親しい友人と話している話を垣間聞いた娘は、怒った。どうして最初から私にそう説明してくれないの、と。そう、解離を起こして無意識のうちに切ってしまっていたということを耳にした時、もう彼女はそれを即座に理解したのだった。そう言ってくれれば私にだって分かったのに、と。
彼女に事実を、ありのままに話すことを、私は何処かで躊躇っていた。でもその時知った。どれほど彼女が私の傷を心に留めてきたのか、を。それを自分なりにどうやって引き受けようかと考えていることを。
傷は。私が一人で為したものだ。しかし。今となってはもう、傷は一人のものではなくなってしまった。私が傷をつければ、娘もそれを背負おうとする。そんなこと私が望んでいなくとも、彼女はそうする。私と共に私の傷を背負おうとする。
そのことが、どうしようもなく伝わってきた。
泣けてきた。情けなくて泣けてきた。自分は一体何を見、何をしてきたのだろう、と。初めて、傷を見て、自分は何をやってるんだ、と思った。
一度身体が、自分を傷つけることを覚えてしまうと、そこから抜け出すことは難しくなる。傷つけることで救われるからだ。一瞬でも救われたい、赦されたい、そう思うから、繰り返してしまう。存在していたいと思うから繰り返してしまう。でもそうしてるうちに、身体はすっかり、自分の意志と関係なく、行為を習慣化させてしまうんだ。
だから、自分がやがて、傷つけるのを止めたい、と思うようになった時、どっと襲ってくる。その習慣化された行為から抜け出すことの苦しさが、どっと襲ってくる。まるで麻薬だ。そう、麻薬と同じだ、自傷行為は。
ねぇママ、痛い? ん? 痛くないよ。…そう、痛みを感じられたら、まだましだ。痛いうちに止めておけば、まだ止まる。でも、痛みがなくなったら、それはもう麻薬になってる。
日記を読み返さなければ、私が切り始めた正確な日時など分からない。しかし、十年くらいの時間はゆうに経っていると思う。
そして今だって、油断できないんだ。自分が意識していない時、ふと手が伸びる。苦しくて苦しくてしんどくて自分を赦せなくなる時、ふと手が伸びる。刃に。そして私は慄く。また手を伸ばしていた自分に。

そういえば。友人が私の刃に、油性ペンで、切るな切るな切るな、というようなことを黙って書いて置いていったことがあった。切ろうとして刃を開いたとき、その文字を初めて私は見た。呆然とした。愕然とした。そして、笑った。笑いながら、泣いた。
友人がどんな思いでそれを書き残していったのか。
それでも。私の行為は、繰り返された。長いこと繰り返された。

穢れた自分の体が赦せなかった。事件が起きてしまった、そのことが赦せなかった。もう自分は、ただでは存在できないのだと思った。自分をいつでも戒め、罰していないといけない気がした。そんな自分に、傷や血は、たまらなく魅力的だった。たまらない安心だった。まるで海の中沈んで何処までも守られているかのような錯覚を覚えた。こうしていればせめて、自分が存在していることは赦される、そんな気がしていた。
でも。
違うんだ。
どうあっても、人はこの世に生まれ堕ちた瞬間からもう、存在していなければならない者になっているんだ。存在する者になっているんだ。
それを、引き受けていかなくちゃ、ならないんだ。どんなにしんどくても。

自分を愛することは、なんて難しいのだろう。自分を抱きしめることはどうしてこんなに難しいんだろう。
それでも。
自分を愛して、抱きしめて、生きていかなくちゃならないんだ。
自分を愛して、抱きしめてくれる人が、本当はこんなにもたくさん、いるのだから。

大きな絶望の前で、小さな希望は木っ端微塵になる。もう消滅してしまったかのように見えさえする。でも。それは消えてなんかないんだ。小さく小さく砕かれても、踏みしだかれても、それでも、存在していることは消えないんだ。

もしかしたら私はまた、血に塗れるかもしれない。腕を切り裂いて血に塗れるかもしれない。
できるならそんなこと、もうあってほしくはないけれども、でももしかしたら、またそういうことがあるかもしれない。それでも。
私は多分、もう生きることからは、逃げないんだろう。生き延びることからは逃げないでいられるだろう。自分を引き受けて、何とか引き受けて、足が折れようと腕が折れようと、それでも這いずって、生きていくんだろう。
今は、そう思う。

あぁ、自分を愛することは、どうしてこんなにも難しいんだろう。自分を抱きしめることは、どうしてこんなにも難しいんだろう。
もしかしたら、生きている間中、私は、愛することを模索し続けていくのかもしれない。探し続け、足掻き続けて、いくのかもしれない。
でもそれもまた、いい。それならそれで、足掻き続けていけばいい。死ぬ瞬間に初めて、あぁこんなことだったか、と、分かり得るのだとしても。それならそれで、足掻いていけばいい。

ねぇママ、痛い? ん? 痛くないよ。どうして痛くないの? 痛いでしょ?
そうだね、傷は痛いんだよね。もし私が意識の中で痛みを感じていなかったとしても、身体は本当は悲鳴を上げていたのかもしれないね。私がその悲鳴に、ちっとも気づいてやれなかっただけで。
そしてその悲鳴の中に、おまえの悲鳴もあったんだね。
今更、そのことに、気づくよ。

冬が来る。やがて冬が来る。でも冬は春を孕んでいる。これでもかというほどに生を孕んでいる。
そのことにもう少し耳を傾けてやれるなら。

いつかきっとまた、花は咲くんだ、と。


2009年11月04日(水) 
お湯を浴びることも怠って横になった昨夜。夢がぐるぐると回る。もう朝なんて来ないんじゃないかと思ったって、やっぱり朝は来る。ちゃんと朝はやって来る。
水をやり損ねていたアメリカン・ブルーにたっぷりと水をやる。一度萎れてしまった葉はなかなか元に戻らない。今あまり枝に負担をかけるわけにはいかないから、鋏を持ってきて切ってやる。ごめんね、と言いながらぱちん、ぱちん、ぱちん。玄関先には、新しく植える予定の株が置いてある。今日帰宅したら植え替えてやらねば。そう思いながら、風呂場で水をやる。まだ暗い闇の中。でも東の空には、朝焼けの気配。
そう、どんな思いを味わったって、ちゃんと朝はやって来る。誰の上にも誰の元にもやって来る。それを呼吸しないで何を呼吸しろというのだろう。だから私はベランダに出て、思い切り息を吸い込む。冷たい冷たい空気。私の全身は鳥肌立つ。それでも構わず息を吸う。

ねぇママ、リスを見たんだよ。電話先で娘が言う。ばぁばと裏山に行ってリスを見つけた。そっかぁ、まだリスがいたんだ。うん、いるよ、たくさんいるんだよ、だってね、枝に登ったりどんぐり拾ったり、ミルクみたいに顔洗ったりしてたよ。そうなんだぁ。いいもの見たねぇ。私も受話器に向かって話しかける。だから明日の朝も散歩することになってるの。そっかそっか、いいじゃない、しておいで。

友人に連れられて、夕陽を見に行く。海に落ちる夕陽を。内房の海は思ったより穏やかで、私は少しがっかりする。もっと荒々しい海を見たかった。そういう期待をしていた。でも。
堕ち始めた夕陽の描く金の道は真っ直ぐに。私の足元に寄せる波にまで届くほど真っ直ぐに伸び。もし私が一歩踏み出したなら、そこを歩いて向こうまでいけそうな。それほどに確かな道だった。多くの人が海岸に集まり、一心に夕陽を見ていた。太陽の周りにだけ漂う雲。その雲の合間を太陽が堕ちてゆく。燃える橙色は、生まれたての黄身色のようで。打ち寄せる波が私の足を洗ってゆく。冷たいのに何故か私はそれを燃えていると感じる。金色に染まった部分だけが間違いなく燃えていて。私はただ、太陽を見つめている。

加害者に対する衝動は、消えることはなかった。今も私の中燻っている。もし今ふらふらとあの街に行ってしまったら、私はやっぱりあの場所へ行ってしまうのかもしれないと思うほど、それは燻っている。それでも。
私の中に在る私の愛する人たちの顔が。徐々に徐々に表情を持ち始め、動き始め。私に語りかけてくる。私の名前を、呼ぶ。そして気づいた。
私は今生きているんじゃない。生かされているのだと、はっきり思った。多くの人たちに生かされているのだと。
そう、衝動が消えることがないのなら、それとつきあっていけばいい。

友人が、アイスクリームを食べる私の顔を見て言う。ようやく笑ったね。言われて気づく。私は笑うことも忘れていたのか、と。多くを聞かない友人は、ただ私につきあい、夕陽を見せてくれた。
私の中の衝動を知らない娘は、今日あった出来事をばぁばに聴こえないようにそっと私に告げてくれた。ばぁばには秘密だよ、と言いながら、こそこそっと囁いてくれた。
私にもそういう衝動がありました、と、撮影を共にした友人が私に告げてくれた。でも今は、それも人生の醍醐味だと思えるようになりました、と、彼女は言っていた。いつか私にもそんな時が来るんだろうか。
何も知らない友人が、赤子を孕んだのだと電話をして来てくれた。私にも産めるだろうかと彼女は言う。だから、産みたいと思うのなら大丈夫だよと答える。
海の向こうの友人が、あなたに会うために今アルバイトを始めたんだと手紙をくれた。あなたとあなたの写真を見るために日本にゆくと、だから待っていてと。そう手紙は結んであった。
実家に娘の荷物を届けた折、母が苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、いってらっしゃいと私を送り出してくれた。

ひとつひとつ、私は思い返してみる。私の中から消えてなくならないように、辿りながら強く自分に刻み込んでゆく。ひとつひとつは、拙いことかもしれない、他愛ないことかもしれない、でも、そういったものたちが私の日常を確かに支えてくれているのだということを、忘れては、いけない。そういったものたちこそが、私を支えていてくれるのだということを。

加害者がこんなにも近くにいかなったら。私は気づかないで過ぎていたかもしれない。加害者がこんなにも明らかでなかったら、私は知らないでこの思いを通り過ぎていたかもしれない。もちろん、逆のことも言える。加害者がこんなにも明らかでなく、こんなにも近くにいなかったら、私はこんな衝動を味あわないで済んだかもしれない。でも、現実は残酷で、いつだって残酷で、私の加害者は私の近くに住み、誰かということも至極明らかで、いつだって手の届く距離にいる。
そういう現実を、私は生きている。その現実の中で、私はこれからも生きていかなければならない。それならば。
多分衝動が全く消えることはないんだろう。消えることがないのなら、つきあっていけばいい。どうつきあうか、それは、それこそが、私に任されたことなんだ。
私が選ぶ、ことなんだ。

朝、娘に電話をする。ミルクとココアのことはじじばばには内緒にしてあるから「生ハム」という合言葉で話す。生ハムが小屋によじ登って、がしがし金網噛んでるよ。それからね、巣の入り口に木屑をたくさん山積みにしてるから、出てくる時木屑だらけになって出て来るんだよ。ママは噛まれると怖いから、だっこしてないの、餌をやる時だけ、ちょこっと撫でてあげてるけど。えー、だめじゃん、ちゃんと抱っこしてあげてよ。やだよぉ、噛まれて流血するのやだもん。あはははは、ママは何でかわかんないけど噛まれるからなぁ。だから抱っこはあなたが帰ってくるまでお預けだね。かわいそー。
今週いっぱい、娘の学級閉鎖は続く。その間、彼女はじじばばの家で過ごす。私は一人になるが、もう大丈夫だ。きっと。

支度をして、玄関を出る。階段を駆け下り、バスに飛び乗る。いつもこの時間には車椅子の人が一人乗ってくる。運転手さんが手を貸さなくても、その方のお母様が全部セットしてバスは走りだす。明るい陽射しが、きらきらとバスの中に降り注いでいる。
私は、展覧会会場の喫茶店に向かっている。少し早いけれど、時間なんてあっという間に過ぎる。その間にやることだって山ほどある。
駅に着き、人がぞろぞろとバスを降りる。私もその波に乗ってバスを降りる。駅にはもう、多くの人が行き来しており。私はしばしその様を眺める。
一日はもう始まっているんだ。
私の耳元では、中島みゆきの、一人で生まれて来たのだから、が、延々と流れている。そう、人は一人で生まれ、一人で死んでゆく。でもその間に、なんと多くの人と関わってゆくことか。そしてその多くの人たちにどれほど私は生かされていることか。
多分私を作るのは、そうした人たちとの記憶なんだ。だから歩いてゆける。これまでも。これからも。


2009年11月03日(火) 
一人で目覚める朝はとても静かだ。でも、横に娘の体温がない分、寒い。私は思い切り窓を開ける。冷気がどっと部屋に雪崩れ込む。寒いならいっそどんどん寒くしてしまえ、というような心境。冷気に包まれながら着替えをする。顔もいつもより丹念に洗い、化粧水をはたく。そして日焼け止めと口紅一本。
少し風が強い。ベランダに出ると髪がなびく。髪をなびかせながら、そのまま梳いてゆく。まだ暗い闇の中。夜明けの気配もまだ遠い。
部屋の中、マリリン・モンローが咲いている。それは、仄かな明かりのようで。ぽっとついた蝋燭の炎のようで。あたたかくやさしく見える。今までこの花をそんなふうに見たことはなかった。新しい発見。

散文詩のような写真たちが並ぶ。私の写真にはない色味が、しずかに空間に漂っている。写真たちは、ひそひそと内緒話をしているようで。私はその内緒話にそっと耳を傾ける。傾けるだけでいい。それだけで、写真は多くを語ってくれる。大きな窓から降り注ぐはずの光は見えず、代わりに雨の筋が斜めによぎる。この写真たちにはこんなやわらかな雨が似合うのかもしれない、でも、光燦々と降る中で見たらまたきっと違ってくるのだろう。そんなことを思う。
そこからさらに電車に乗って、国立の書簡集へ。友人が見に来てくれるという。ありがたいこと。友人二人と囲むテーブル。淡々と時間が流れる。その間に雨は降ったりやんだりを繰り返している。昼過ぎの早い午後。

朝からずっと心がざわついている。どうしようもなくざわついている。カウンセリングでは机に突っ伏し、すみません、疲れ果ててます、と話す。本当は。もっと言わなければならないことがあった。でも、私はそれをまだ言葉にできなかった。言葉にしてしまったら、もうそれは明らかなことになってしまって、日の下に晒されることになってしまって、そうなったら私は、暴走しそうだったから。だから、その時まだ言えなかった。
でも。
分かっていたのだ、もう、すでに。その時には分かっていた。私の中に衝動が生まれていることなど、分かりきっていた。またあの衝動がやってきたのだと、分かっていた。

娘から電話が入る。学級閉鎖になったよ、と。急いで実家に連絡し、この数日をどうするかを話す。その間も私の心はざわざわとざわめいている。

加害者が誰かも分かっていて、その加害者が今現在何処に住んでいるかも分かっている時、あなたならどうするんだろう。私は一度、包丁を持ってふらふらとそこへ行ったことがあった。たまたま加害者が留守だったから何ともならなかったが、それでも私はそこへ行ったんだ。できるなら相手を殺し、自分も殺してしまおうと思っていた。でもそれは、実現されずに終わった。
その時と同じ衝動が、私の中に蘇ってくる。湧き上がってくる。殺してやりたい。いや、本当は、殺したって足りない。だからこそ殺してやりたい。
でも今の私には。娘もいて。友人らもいて。両親もいて。もし私がそれを実行してしまったら、どれほどの人たちを哀しませることになるか。特に娘は、どんな思いを味わうことか。その荷物を背負ってこれから長い人生生きていかなければならないなんて、そんな馬鹿なことあるだろうか。渦巻く衝動の向こうに、走馬灯のよう、私の愛する人たちの顔が浮かび流れる。私はただ、あぁ、と頭を抱える。
それでも。殺してやりたい。いや、滅多刺しにしてやりたい。殺してなんかやらない。ただ、滅多刺しにして、私が味わった地獄をあいつにも味合わせてやりたい。それだけ、ただそれだけなんだ。でも。
もしそれを私が為したら。
そう、私が為したら、もっと地獄を見る人たちが増えてゆく。

サミシイサミシイと泣いていたのは、私の心だ。本当は、サミシイなんかじゃない、ムナシイのだ。ムナシイムナシイと泣いていたのだ。あの時。

夕方になる頃、もう我慢ができなくなった。たまたま隣に座った友人が、私と同じ被害者という荷物を背負っている人だったがゆえ、私は吐露してしまった。殺してやりたいんだ、と。でも、と。
加害者なんて、誰だか知らない方がいい。誰が加害者か知ってしまったら、その個人をひたすら追いかけてしまうから。その個人をこそ、殺してやりたいと思ってしまうから。でも。
それを為したら、だめなんだ。すべて、おじゃんになる。これまで私が積み上げてきたもの、すべて、おじゃんになる。そして。
私も加害者になる。今度は私が加害者になってしまう。そんなこと、私は耐えられない。それが一番、耐えられない。

娘よ、どうか、私の心にどーんと居座ってくれ。そして私が衝動に負けそうになったら、その笑顔を私に燦々と降らせてくれ。おまえの笑顔が、私の衝動を唯一、押さえ込める力を持っている。
いつか言ったね、おまえは無限の力を持ってるんだよ、と。その時お前はふぅんと鼻を鳴らしただけだったけれど。本当にそうなんだよ。その力の一つが、このことなんだ。私のこの衝動を押さえ込めるのは、この世の中で、お前の笑顔、だけなんだよ。

久しぶりの朝焼けを、私はじっと見つめる。広がってゆく光の輪。燦々と降る光の環。無限に、今、広がってゆく。

まだ私の中に、衝動は燻っている。ちょっとすると暴れ出しそうな気配がしている。それでも。目を逸らすわけにはいかない。ちょっとでも手綱を緩めるわけにもいかない。ぴんと張り詰めた緊張感が、ずっと私の身体を貫いている。もう正直、体のあちこちがぎしぎし痛い。それでも。
私は決して、同じ位置になど立つものか。奴と同じ加害者という立ち位置になど立つものか。奴と同じにだけは、なりたくないんだ。

どす黒い血が、心の底から沸きあがって来るのを感じる。それも私の一部。どうどうと怒号をうねらせる衝動も、これも私の一部。間違いなく私。私以外の何者でもない。
それなら私はこれらを引き受けていくしかない。引き受けて、生きていくしかない。

赦す、とは、一体どういうことなのだろう。それはきっと、加害者を目の前にした時初めて分かるんだろう。その時私がどういう行動に出るのか。それが結論なんだろう。でも、今それを試みるわけにはいかない。まだ私は衝動をコントロールできてはいないし、私の中で蠢くどす黒い血を癒しきっていない。
いつか。そう、いつか、そういう機会がありえるのなら。その時に。

日は燦々と降り注ぎ。街は休日。私は実家へ向かう。娘に荷物を届けるため。これから数日、娘と離れて生活するのかもしれないから、その荷物を届けるため。
娘よ、離れている間も、私の心から、消えたりしないでおくれ。私をずっと見守っていておくれ。私が暴走なんてしないように。ずっといつも、見守っていておくれ。
荷物が重い。肩に食い込む。それを何度も背負い直しながら、私は歩く。いくらでも食い込めばいい。食い込んだらそれを背負い直して、それでも私は歩くから。
日は燦々と降り注ぎ。穏やかな休日が始まってゆく。街を往く人は強い風に襟を合わせ、俯きながら歩いてゆく。私はその間を、唇噛み締めながら、真っ直ぐに、歩いてゆく。


2009年11月02日(月) 
夢にうなされて何度か目が覚める。そのたび、枕元の時計を見る。まだ。まだまだ。夜明けまではまだ遠い。そうして何度寝返りを打っただろう。打ち疲れて私は起き上がる。
昨日買って来た一輪挿しに早速挿してみたマリリン・モンロー。陶器ととてもよく合っているように感じる。ほんのり染まった橙色。その花びらの色味と陶器の渋い色が、台所でふんわり浮かんで見える。マリリン・モンローは今まさに開いたというところで、芯は固くまだ閉ざされている。それでもこの芳醇な香り。花は一体何処からその香りを放っているのだろう。いつも不思議に思う。
空は濃灰色の雲で覆われており。今日は一日曇りだろうか。そんな気配。私は窓を開け、大きく息を吸い込む。冷たい空気が一気に身体に流れ込む。

サミシイ。サミシイサミシイサミシイ。心が泣いている。何故こんなに寂しいのだろう。理由はひとつ、分かっている。分かっているけれど私はそれを見ないようにしている。見ないようにして、見えないようにして、気づかないふりをしている。だから心が余計に喚く。サミシイヨ、サミシイヨ、サミシイヨ。私は耳を塞ぎ目を閉じて、その声を自分の中に貯めておく。放出したって何にもならない。貯めて貯めて、貯めておく。

ブラジャーを頑なに拒否する娘に、私はかわいい桃色のブラジャーを買ってきてみた。どういう反応をするんだろう。朝起きた娘に、枕元にあるブラジャー、プレゼントだよ、と言ってみる。娘、あっさり一言。これするのは、まだまだ先だね。ど、どうして。だってでかいよ、ママ、これ。そ、そうかな。でもすぐ胸なんて大きくなるよ。大きくなったらかわいいブラジャーの方がいいじゃん。今クラスで、ブラジャーしてる子、いじめられるんだよ。うん、そうだってね。別に今しろって言ってるわけじゃないし。ま、もらっとく。はいはい、もらっといて。
年頃の娘は、なかなか難しい。

益子の町に行く。ちょうど市の立つ日で、すさまじい人出。私はその端っこの方を選んで歩く。気になるものを幾つかチェックしながら、とにかく歩く。隅の方で、益子焼とはいってもちょっと毛色の変わった焼きを見つける。近寄り、手に取ってみる。何となく作家と話を始め、彼女が少し前まで東京にいたことを知る。自分の焼き物を極めたくて、この町に一人移ってきたのだとか。来年にでも東京の方で個展ができたらいいと考えているという。だから住所を交換することにした。彼女の陶器はある意味とても冷たく、薄い。けれど、存在感がある。伝統を踏まえながらも、自分の色を探しているのがありありと分かる。私は小さな皿二枚とマグカップ二つを買う。そのマグカップのうちの一つは、シリーズでやっていこうかと思っているものらしい。でも、私は違うものの方に惹かれた。だからその理由を彼女に告げる。彼女がなるほどなるほどと頷く。じゃぁこれもシリーズで広げてみます、と真っ直ぐな目で答えてくる。制作に本当に真摯なのだな、と思った。そういう作家が好きだ。手を振って別れる。
途中気になったものを幾つか。飲んだくれクダを巻いている作家もいた。俯きながらも必死に作品を守っている作家もいた。本当にひとそれぞれ。
手がじかに作り出す陶芸という作品。そしてそれは、日常の生活の中で使われてゆく。使われながら味が深まる。
最後、一輪挿しを二つ、買った。一つは置くタイプのもの、もう一つは壁にかけるタイプのもの。みな、多分、名前の残らない、小さな小さな作家たちの作品。それでも、私の部屋に置かれ、愛でられ、深みを増してゆくに違いない。

自分の部屋じゃない場所で目を覚ます。いつもよりずっと早い時間。だから私はカーテンを開け、窓の外をじっと見やる。
地平にたまっている雲はぐいぐいと東に流れ、あっという間に空一面を覆い、いつの間にか雨を降り出させている。一瞬の出来事。私は窓のこちら側からそれをじっと見つめている。あまりの急激な変貌ぶりに、私は半ば呆気にとられる。景色はいつのまにか霧に覆われ、しとしとと雨を滴らせ、もう空をゆく鳥の姿もない。朝焼けも一気に呑まれてしまった。時計はそんな天気に構わず時を刻む。チクタク、チクタク。
朝食を終えて私が外に出る頃には。今度は晴天。紅葉が美しく陽を受けて輝く。そんな天気。さっきの雨は何処へいったのだろう。さっきの霧はどこへ消えたのだろう。こんなことなら、霧の中、少しでも散歩しておくのだった。少しの後悔。

ねぇママ、私、好きな人、分からなくなっちゃった。あら、そうなの? うん。好きだと思ってた人が何となくそんなに好きじゃない感じがしてきて、それで、こんな人好きにならないと思っていた人のことが気になり始めちゃったんだよね。ふぅん、そういうのもあるよ。そうなの? だって、絶対好きになんかならないと思ってたんだよ、その子のこと。どうしてそう思ってたの? 友達だから。うーん、友達から好きな人に変わっていくことだってあるよ。そうなのかなぁ、なんか納得いかないんだよね。ふぅん。まぁ、自然に任せておけば、じきに本当に誰のことが好きなのか、分かるときがくるよ。ふぅん。

サミシイ。まだ心が泣いている。サミシイ、サミシイ、サミシイ。心が泣き続ける。いくら泣いたってどうにもならない、何にもならない、何も変わらないし、何も得るものもない。だから私は心に落ちてくる涙を次々拭う。拭って、泣いてなんかないよ、という顔をしてみる。いくら寂しくたって、それは私の勝手。どうにもならない。何にもならない。それならいっそ、にっと笑ってみる方がいい。笑って、なんでもないふりで笑って、めいいっぱい笑って過ごした方が、ずっといい。

じゃぁママ、病院行くね。うんうん、それじゃぁね。合唱コンクール頑張ってね。うん。手を振って娘と別れる。私はバスに乗り、電車に乗り、病院の最寄の駅へ。先週のことが頭をよぎる。いや、もうあれは過ぎたこと、過ぎてしまったこと、終わったこと、今週は今週、また別の日。同じことが起こるわけじゃない。増殖する不安を私は打ち消す。
ふと、薔薇の花を思い出す。今頃うちの台所で咲いているはずのあのマリリン・モンロー。凛として、しんとして、咲いていた。誰の力も借りず、ひとりで凛と。
そうだ、大丈夫、どんなことがあっても、私は私の力で私を支えてゆくしかないのだから。これがだめなら、また次。進めばいい。葛藤はあるけれど、それでも前に進めばいい。押し潰されることなく、這い上がればいい。ただ、それだけ。
灰色の街。今日は展覧会会場にも顔を出すことになっている。やることはたくさんある。ひとつずつひとつずつ、やれることを積み重ねていこう。私にできることは、それだけなんだ。
それだけだ。


遠藤みちる HOMEMAIL

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