見つめる日々

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2009年09月30日(水) 
濡れた空気が帳のように下りている。そんな気配に包まれて目を覚ます。窓を開ければ、しんしんとした雨。風もなく、まっすぐに降り落ちてくる。それは柔らかい棘のようで、でも五月のそれとは異なる色合いで。まだ表通りを走る車もいない。そんな時刻。ベランダで髪を梳かしながら雨に手を伸ばす。手のひらに降り落ちるそれはやはり柔らかく、でも何だろう、何処か切ない。
まだ暗くて薔薇の葉を確かめることができない。多分今日もまた病葉を見つけ切り落とさなければならないんだろう。しばらくそれは続くんだろう。それが少し憂鬱。そんな中咲き始めた白薔薇が唯一救いかもしれない。もう少し花開いたら、切り花にしよう。
部屋に戻ると、ミルクが鼻をくんくんさせながら待っている。どうしたの、と声をかけながら抱き上げる。珍しく手のひらの上でじっとしている。動くのは鼻だけ。私は指の腹でそっと頭を撫でる。

病院、診察の日。珍しく待合室に私のほか誰もいない。ほっとする。きいと鳴る椅子に座り、呼ばれるのを待つ。そういえば前の日のカウンセリングは滅茶苦茶だった。頭を机からあげることができなかったんだった。私は思い出す。まだ疲れは取れない。体の芯から染み出すように疲れが次から次へと湧き上がってくる。それがだるくて私は椅子にもたれかかる。
診察室に入ると、いつものように先生が待っている。最近はどうですか。お子さんは? ちゃんと眠れてますか? 一通りの質問が終わり、私は、昨日のカウンセリングのことを話す。すると突然先生が、そういえば授業参観なども始まる時期ですね、と言う。そうですね、そういえば、授業参観で立っていると私はどうしようもなく眠くなるんですよね、と答える。そう、私は授業参観に行くと眠くなる。立っているのに、手のひらをつねったりして何とか眠らないようにしようとするのに、かくんと眠くなる。それに気づいた娘が手で合図をしてくれて、それで私は急いで家に帰る。そのことを告げると先生が、緊張していたりすると、特に立っている時、そういう症状が出ることがあるんですよ、と言う。倒れたりはしませんか? ほら、朝礼で女の子がよく倒れたりするでしょう? あぁ、そうですねぇ、いえ、まだ倒れたりはしていません。緊張が極度に来るとそうやって倒れたりするんですよ、本当は座らせてもらうのがいいんですけどねぇ、そうすると目立ちますしねぇ。目立ちますねぇ、それはいやですねぇ、これ以上目立ちたくない。でも仕方ない症状なんですよ、それは。そうですかぁ。
納得がいったようないかないような宙ぶらりんの気分のまま、送り出される。私は重たい扉を押して開け、外に出る。外は天気雨。明るい中でぱらぱらと降る大粒の雨。

そこからもう一つ病院を回り、家路につく。あっという間に時間が過ぎてゆく。娘が帰ってくるまでどのくらい残っているだろう。そう思いながら、でも時計を確かめる余力もなく、私はそのまま横になる。どうしてこんなに疲れているのだろう。いくら横になっても足りないくらいだ。そう思うか思わないかするうちに、私は眠りに引き込まれる。
気づけば、娘がすでに帰宅しており、机に向かっている。あぁごめん、もうどのくらいできた? そこにあるよ。分かった、丸つけするね。私は赤ペンを用意して机に向かう。ねぇママ、今日は運動会のこと作文に書かなくちゃならないんだけど。いいんじゃない? 何書こうかなぁ。うーん。一番楽しかったこととか書けばいいんじゃないの? じゃ、ソーランのこと書こう。え? ソーランのこと書くの? どんなふうに? 一番頑張ったから。あれ、一番頑張ったのって障害物競争じゃないの? 違うよ、ソーランだよ。嬉しかったのが一位になった障害物競争なんだよ。あれ、そうだったんだ、ごめんごめん。両方書けばいいか。そうだね。両方書きなよ。
算数、国語、社会。塾の復習だけで時間はどんどん過ぎてゆく。私は丸つけをしながら、夕飯の支度にかかる。今日は餃子。具だくさんのお味噌汁。ひじきご飯。あとは小さなサラダをつけて終わり。
そういえば五年か六年に、Wって子いない? いるいる、三人兄弟なんだよ。へぇ。上が男で下が男女。双子なんだよ。へぇ、いいねぇ。でさ、そのお兄ちゃん、かっこいいよね。えー、ママ、ああいう人が好みなの? え? かっこよくない? まぁかっこいいけど。顔小さいし。うん、ママ、好み。えー、Rの方がかっこいいよ。あ、今一番好きな子はRなんだ。えー、あ、ママずるい! ひっかけたでしょ。うん、ひっかけた。一番好きな子は今Rなんだぁ。もうっママ、やだ! ははははは。
そうしてようやく夕飯。そしてお風呂。次から次へとやることがある。私たちは駆け足で時間を走る。
ふと弟たちの顔が脳裏に浮かぶ。今頃彼らはどうしているだろう。

雨は降り続けている。やむ気配は全くない。徐々に明るくなってきた窓の外、表通りを行き交う車の音が響いてくる。多分今の音はバスの音。今のは小さめの車の音。それぞれ違う響きが、窓辺に座っている私の耳に、届く。
朝の一仕事を早めに切り上げ、別の作業に移る。来年一月にある二人展の作品リストを作らなければならない。あと残り三ヶ月。その間に私は展覧会を控えている。きっと気づいたら目の前に二人展の時期が来ているに違いない。少し私は慌てる。きちんと今から準備しておかないと、後悔することになる。
そこにまた父から電話が入る。今日弟と会うことになっているらしい。少しでもいい方向に、話が傾くといいのだけれども。
資料がプリントアウトされていくカタカタという音を聞きながら、私はもう一度ベランダに出る。空に向かって咲く一輪の白薔薇。小さめの花だけれど、それでも凛と、凛々と咲いている。この灰色の空の下、雲の向こうの何かを信じて。
私は深呼吸する。花に顔を近づけて、思い切り息を吸う。微かだけれども白薔薇の香りが私の鼻腔をくすぐる。そう、何も見えない、見えない時だからこそ、信じていこう。その向こうに待つ何かを。
「ママ、バス、きっとそろそろ来るよ」。娘が声をかけてくる。私たちは急いで鞄を肩にかけ、玄関を飛び出す。娘に急かされながら階段を駆け下りると、その言葉どおり、バスがやってくるところ。「じゃぁね!」、互いに手を振り合いながら、娘は学校へ、私はバスへ飛び乗る。
そう、何も見えないときだからこそ信じていこう。その向こうに待つ何かを信じていこう。きっときっと、空は明けるから。


2009年09月29日(火) 
いつもの時間だと思い、起き上がり、明かりをつける。なんだか空気が濡れている、と思ったら、外は雨。時計を見ると、いつもの時間だと云うのは私の勝手な勘違いで、一時間以上早い時刻。どうりで外はまだ夜なわけだ、と納得する。ここでもう一度寝るか、それともこのまま起きているか、一瞬迷い、結局起きていることにする。
顔を洗い、化粧水をはたき、ベランダに出て髪を梳く。いつもの動作なのだけれども、最近の乾いた軽い空気が一気に雨粒の分だけ重くなったよう。しっとりと肌にまとわりついてくる空気。こんな日は、体に熱がこもる。重たい空気に遮られて、放熱できないかのように体の内側に熱がこもる。肩甲骨あたりに特にたまった熱が、私の頭をふらふらさせる。
昨日洗い残したコップやスプーンを洗い、脱ぎ散らかされた娘の服をたたみ、床を箒で掃いて回る。からがらら、がらららら。いつもの回し車の音がする。この勢いはココアだろう。見やればやはりココアが回り、ミルクは餌箱の中。ねぇミルク、君も回し車やったら? もう完全にメタボだよ、ねぇねぇ。私はしゃがみこんでミルクに話しかける。ミルクは一向に構わないといったふうに餌をがしがし食べている。
雨ながらも少しずつ明るくなってきた雲の下、私は薔薇を見やる。病葉がないかを、じっと見つめる。一度罹ると一気に増える。新芽のあちこちに白い粉が噴いているのを見つける。私は全て、容赦なく切り落とす。かわいいかわいい新芽でも、今は容赦なく切り落とす。
そんな病葉の間、白い蕾は付け根をぱんぱんに膨らまし、今にも弾けそうだ。綻びだした先の花びらの先端への曲線が、実に美しい。こんな形、よく思いついたものだと思う。
そうしている間もしとしと、雨は降る。

病院、カウンセリングの日。電車に運ばれてゆく中で、徐々に体が重たくなっていくのがわかる。周りを見れば、殆どの人たちが携帯を覗き込んでいる。一種異様な世界。右耳のところがさっきから痙攣を起こしている。私は頓服を口に放り込む。もう一度周りを見やる。みな手元の携帯を見つめている。女性専用車両。込み合った電車の中は、人の数と携帯の数がまるで同じだけ在るかのよう。なんだか目の前がくらくらしてくる。
そうして着いた病院。名前を呼ばれ、椅子に座った途端、頭ががくんと前に倒れてしまう。机にごつんとぶつかって、頭を上げようとするのだけれど、それが全く上がらない。「すみません、起き上がれません」「大丈夫ですか?」「はぁ、だいぶ疲れてるみたいです」「そうみたいですね」。
家族のこと、運動会のことなど聞かれるまま話しているうちに時間になる。立ち上がろうとするのだがうまく立ち上がれない。おかしいな、私はこんなに疲れていたのだったっけ、と、自問する。自分の身体と気持がばらばらに動いているかのようだ。壁を伝って受付に戻り、診察券を受け取る。そしてまた、この病院の扉が私には重たい。全体重を扉に乗せ掛けないと、うまく開けられない。
とにかく一度休もう。そう思い、階段で座り込む。どっと汗が噴き出してくる。固いコンクリートに腰を下ろしているはずなのに、そこからさらにずぶずぶと体が沈んでゆくような錯覚を覚える。
運動会、弟のこと、仕事のこと、その他諸々、ここのところ張りつめていたものが一挙に緩んでしまったかのようだ。怒涛のように疲労が流れになって私を呑み込もうとしている。右耳の痙攣は、鼓膜にまで広がり、聞こえる音が歪んでくる。ずぶずぶずぶ、ずぼずぼずぼ。どこまで沈んだら、私の身体は止まるだろう。泥沼に下半身をまきとられたかのような感覚が下から下から這い上がってくる。そのまま口まで埋まって窒息させられてしまいそうな、そんな気配を感じる。そして私はそれを、自分のことなのに傍観している。そんな構図が脳裏に浮かぶ。そういう自分がまた、さらに自分を見つめている。

徐々にそんな錯覚から覚めて、はっと気づく。時間は。慌てて電車に飛び乗る。急がなければ。友人が待っている。
髪の毛を少し切った友人が、いつもの席に座っている。ここで彼女と会うのはどのくらいぶりだろう。なんだかそれだけで私は嬉しくなる。また一回り彼女は痩せたんだろうか。短いスカートをはいた彼女は、とても秋らしい姿で私を迎えてくれる。
何を話す、というわけでもない。とりとめもなくあれやこれや話をする。思いついたことを思いついたままに話せること、そういう相手と時間を共有することは、とても幸せなことだなと思う。珈琲やお茶を何杯飲んだだろう。気づいたら二人ともすっかり話し疲れてしまっていた。気をつけて、そう言い合いながら別れる。
その直後、電話が入る。父からの電話。じっと聴く。聴けば聴くほどまた、ずぶずぶと泥沼にはまっていくような錯覚を覚える。これは錯覚、現実じゃぁない、そう思うのに、どんどん体が沈んでゆく。
即答したいけれど即答はできない自分がいる。これは即答できるような事柄じゃないことも分かっている。いくら気持が即答できたらと思っても、即答できるような事柄じゃぁない。
自分がしたいこと、自分ができること、自分にはできないこと、それらを瞬時に判断することはとても難しいことだということを、改めて実感する。

明太子味のおにぎりを頬張りながら、娘が昨日の夢の話をしてくれる。「手袋がいっぱいあって、それが全部解けて、ぐちゃぐちゃの糸になって絡まってきて、そしたらママが助けてくれるの」。
手袋がいっぱい。ぐちゃぐちゃの糸。
娘の言葉が私の中で弾けた。弾け、細かい粒になって、霧のように私の内奥に霧散していった。何だろう、何だろう、とても気になる。
ねぇ、その手袋はどんなのだった? 白いのだよ。糸はどうなっていくの? 最後ね、一本の糸になっていくの。ママが助けたら、糸はどうなるの? 糸はね、ミルクががちがち千切って巣の中に運んじゃった。
そこまで聞いて笑ってしまった。そうか、糸は最後ミルクが片付けてくれるのか。でも。
何故だろう、私の中で粉々になった言葉は、まだ木霊している。手袋がいっぱい、ぐちゃぐちゃの糸。
なんだかそれはまるで、今の状況を指し示しているようで。

玄関を出る頃、雨は止んでいた。私はちょうどやってきたバスに飛び乗る。娘が手を振って見送ってくれる。娘は学校へ。私は病院へ。
少し早く着いた病院の前で父に電話をする。そして昨日のうちに調べたことを告げる。少しでも父と弟たちの役に立てばいいけれども。
雨はとりあえず止んだ。見上げる空は一面灰色。それでも雨は止んだんだ。この雲の向こうには、青い青い空が広がっているはず。今も。
さぁ、今日も一日が始まる。大切な、唯一無二の一日が。


2009年09月28日(月) 
目覚めると四時。外はまだ夜。光は粒ほどもない。風も殆どなく、のったりと夜が横たわっている。ミルクは柵をがじがじと噛み、ココアは回し車をひっきりなしに回している。窓を開けるとその音が、外へ外へと響いていく。煙草に火をつければ、その白い煙もまた、窓の外へ外へと流れてゆく。
顔を洗い、化粧水をはたき、ベランダに出て髪を梳く。ただそれだけの動作なのに、私はその間に徐々に背筋が伸びてゆくのを感じる。毎日している同じ動作。同じ流れ。ただそれだけなのに、それが無事にできるということに私は安堵感を覚える。
少しずつ、ほんの少しずつ緩み始める空。私はその空の下、薔薇の樹を眺める。昨日、支柱に結んだ箇所は大丈夫か、うどんこ病は大丈夫か、蕾は大丈夫か、挿し木したものたちは元気かどうか。それらを順繰り眺めてゆく。付け根がどんどん膨らんできた白薔薇の蕾は、ひとつ、先が綻び始めた。もうじき咲くのだろう。私はその蕾を指でそっとなぞる。無事に花開いてくれたらいい。それでいい。

昨日訪ねた弟の家は、幼い息子がふたりいるだけあって、おもちゃだらけだった。やっぱり男の子と女の子とは違うのだなぁと、当たり前のことながら改めて感じる。うちはぬいぐるみだらけ、漫画だらけ、本だらけ。弟のところは変身ベルトやおもちゃの電話やウルトラマンだらけ。もうそれは、これでもかというほど。
最近あまり顔を合わせていなかったのに、ふたりの息子たちはもう私が何処へ行くんでもついてくる。おばちゃん、おばちゃん、ねぇおばちゃん。彼らの矢継ぎ早な言葉に、私は半ば閉口しながらも、笑ってしまう。
弟が帰ってくる前、少しだけ義妹と話をする。その最中突然、子供が「あのね、あのね、お引越しするかもしれないんだよ!」と言い出す。あぁ、もうそこまで事態は深刻化しているのか、と、私は実感する。まだ行き先の決まらない引越し。それでも引っ越さなければ次が続かない今の弟たちの状況。
弟が帰ってきた。気を使って私に夕飯を分けてくれる。油ものは食べないんだったよな、と言いながら、器用にうどんを分けてくれる。私はパソコンの設定を直しながら、うんうん、と返事をする。
弟とふたりになって。ようやく本音で話を始める。短い時間の中で、これからどうするつもりなのか、どうしていきたいのか、とりあえずどう動くつもりなのか、など話す。

私にできることは何だろう。私にできないことは何だろう。家に戻ってから、私もあれこれ考える。弟が別れ際にぼそりと言った。「今度は姉貴に助けてもらう番かもしれないな」。だから私は彼の頭をぽーんと叩きながら言った。「何弱気なこと言ってるの。大丈夫、何とかなる。できることは手伝うよ」。
今もあの声が耳から離れない。

実家にいる娘に電話をすると、今日は勉強はお休みの日で、一日まったりばばとふたりで過ごしたと言う。彼女にとって実に久しぶりの休日だろう。私は受話器を持ちながら微笑する。だから明日はちゃんと頑張るんだ。うんうん、頑張ってね。ただそれだけで切れた電話なのに、やっぱり、娘の元気な声を聞くと、私はとても安心するんだ。

朝の一仕事をしながら、昔を思う。その要所要所に弟がいる。マンションの10階の部屋に住んでいた頃、容赦なく腕を切り、どうしようもなく大量に薬を飲み、反吐を吐きながら床に倒れこんでいる私を見つけては、布団に運んでくれた。起きるまで待っていて、起きた私に、こんこんと説教をしてくれた。そんなとき、弟がぽつり、死んだからって何か解決するのか? と言った、あの言葉は何故か、今でも覚えている。あの頃は、そんなことどうだってよかった。死ねればそれでよかった。生きていることが苦痛だった。何もかもが苦痛だった。世界は残酷すぎて、私はそれに耐えられなかった。でも。
死んだからって何か解決するのか? そう、何も解決しないんだ。今なら、分かる。自分が死んでも問題はそこに存在し、なくなることはなく。延々とそれは存在し続けて。
あの頃は、遺される者の気持ちなど、考える余裕もなかった。だから私は繰り返し死へのダイブを試みた。何度失敗しても、やめられなかった。
でも。でも。今なら分かるんだ。遺される者の気持ちや、あれは単に逃げでしかなかったことも、あらゆることが明らかになって見えてくるんだ。
だから。
お前のSOSは、決して逃さないよ。そう、おまえが言うとおり、今度は私の番だね。そう思う。

いつもより早めに仕事を切り上げ、玄関を出ると、一輪のアメリカン・ブルーが私を迎えてくれる。まるで、行け、行くんだ、といわれてるような気がして、私は階段を勢いよく駆け下りる。
今日は病院だ。カウンセリングの日。何を話したらいいのだろう。なんだかたくさんありすぎてちっともまとまらない。一度話を切り出したら、きっと今日は怒涛のように言葉が溢れてくる気がする。
途中父から電話があり、もっと悪いニュースを聞く。でももううろたえることはない。ここまできたら、なるようになる、なんとかする。ただもうそれだけだ。
私は娘との生活を守り、守りつつできることは何かを探し、できないことは何かを判断し。ひとつひとつ積み重ねていくしかない。
さぁ、今日も一日が始まる。私はまた一歩、前に進む。


2009年09月27日(日) 
窓を開ける。昨日とはうってかわって空一面灰色の雲だ。今日は一日こんな天気なのかもしれない。髪を梳いていると、薔薇の葉の一枚が目に飛び込む。うどんこ病だ。私は慌てて部屋から鋏を持って再びベランダへ。見つけた葉を急いで切る。他にうどんこ病になっているものはいないか。じっと見つめる。一枚、二枚、他にもなりそうな気配の歪んだ新芽が三、四枚。全て切り込む。このところ土が乾くのが早くて、こまめに水を与えていた。でも与えすぎだったのかもしれない。これが広がったらとんでもないことになる。これからちょっと気をつけて見ておかないと。
ぷっくらと膨らんだ白薔薇の蕾が風に揺れる。ついでだからと思い、余計な枝を切り込むことにする。そして最後、挿し木したものたちを見やる。三本は何とかつきそうだ。でもこの一本は。もう茎が黒く変色している。仕方なく引き抜けば、土の中の茎もすっかり変色していた。あぁだめだったか、私は心の中で呟きながらそれを手のひらに乗せる。短い間だったけれどありがとうね、ごめんね、また何処かでね、そんなことを話しかける。
金魚に餌をやれば、またたくまにその口が餌を呑み込んでゆく。よくまぁそんな器用に餌を食べてゆけるものだなぁと、当たり前の仕草なのだろうけれども感心してしまう。
それからミルクとココアの水替えへ。今日は娘がいない。じじばばの家へ行っている。だから私の当番。小さい声で呼びかけながら水を替える。ふたりともぐっすり寝入っているのか、ぴくりとも気配がしない。今頃どんな夢を見ているのだろう、いやそもそもハムスターは夢を見るのだろうか? ひょんなことに気がついて、私はしばし首を傾げる。

二つの弁当箱をハンカチで包み、お茶も鞄に入れて出掛けた校庭は、もうすっかり人で埋まっていた。娘と待ち合わせたジャングルジムの前は紐で封鎖されていて、私は仕方なくその横で待つ。しばらくすると、顔を上気させた娘が走ってくる。どうしたの? 放送の器具がね、壊れたんだよ! あらら、で、どうするの? うーん、わかんない。それだけ言って、娘は入場門へと走っていく。私もとりあえず隙間にシートを敷き、カメラを用意する。
BGMなしで始まった運動会。子供たちの手拍子や掛け声が響き渡る。応援団長の声は、練習で使い果たしたのかもしれない、半ば嗄れており、でもそれは頑張りの結晶で、他の子供らもそれに応える。徒競走、障害物競走、ダンス、騎馬戦、いろいろな競技が披露されていく。娘はといえば、客席と放送席とを行ったり来たり。その間に出場種目に参加し、また行ったり来たり。私は、自分の幼い頃を思い出し、つい吹き出してしまう。そういえば。私もそうだった。同じだった。放送委員の手伝いをしたかと思えば保健委員の手伝いにもかり出され、はっと気づいて出場種目に参加するため入場門へ。そんな運動会だった。こういうところは親子似ているんだな、と、妙な感慨を覚える。しかし、カメラを向けると一転、彼女は私と違うところを見せる。私のカメラに気づくとすぐさま、それが聖火リレーの最中であっても、ポーズを作るのだ。参った。笑ってしまった。こういうところが私とは全然違うのだ、と、改めて思う。私はカメラから逃げ回る子だった。カメラが大嫌いだった。ぶすっとした顔しかカメラの前でできなかった。だから残っている写真といえば、みんな、むっつりした顔ばかりだ。娘のこんな、ひょうきんな笑顔など、一度たりともしたことがなかった。
彼女が放送担当の際、放送席の真後ろに立って私は見守っていた。あれだけ練習した台詞が思うように言えない。でも隣に座った先生が、一生懸命彼女にマイクを向け、台本を指差す。それに従い、彼女も懸命に台詞を棒読みする。六年生くらいになると、「あ、今赤組がリードしています」「いい勝負です、接戦です、赤組も白組も頑張ってください!」などと、アドリブの台詞を言えるようになるらしい。中でも一人の男の子が、必死に徒競走やリレーを中継するのを見ていて、思わず私は拍手を送ってしまう。
量が多いかもしれないと思っていたお弁当は、あっという間に彼女が平らげた。私はおにぎり半分も食べないで済んでしまった。それでも足りないというので、仕方なく近くのスーパーに彼女の注文品を買いにゆく。同じようなお母さんお父さんの姿がちらほら。私は走って帰る。彼女はジャングルジムにゆったりよりかかって、おかえりぃなどと言って私を迎えてくれる。唐揚げとアイスクリームも瞬く間になくなった。さぁそろそろ午後のプログラム開始だ。
親子競技も何とか済んだ。陣取りゲームで、じゃんけんをしてどんどん走っていけばいい、というもの。負けたらスタートに戻らなければならなかったのだが、娘が全勝してくれたおかげで、私たちは一番乗りで陣地に入ることができた。もう娘は得意気だ。
でも何よりも嬉しかったのは。彼女の障害物競走だった。フラフープで縄跳びをし、網をくぐり、ボールを使って前に進み、最後跳び箱を飛ぶ。その間、彼女は怯むことなく走ってくれた。今までのあの、ちょこちょことした遠慮深げな走りではなかった。一位でゴールした彼女は、高々と手を挙げていた。私はその姿をカメラに収めることも忘れ、大きな声援と拍手を送った。すぐ前に座っていた男の子に「おばちゃん、声でかすぎー!」と言われてしまうほどだった。でもそのくらい、私は嬉しかったのだ。久しぶりに思い切り走る彼女の姿を見ることができた。それが、何より何より、嬉しかったのだ。もう大丈夫、これなら大丈夫、そう思った。
運動会中、三度ほど、眩暈を起こした。でも幸い、すぐそばにもたれかかれるものがあり、助かった。二度ほど、そばにいた年配の方に、大丈夫? と言われたものの、何とかなった。やろうと思えばできるじゃない、と、私は自分で自分に言いたくなった。眩暈くらいどうってことない、でっかい発作がおきなければ、どうってことないのだ。
帰宅した娘はそのまま、迎えに来たじじの車で実家へ。今日は水泳がある日だった。夜電話をかけると「足が痛い…」と、さすがに泣きそうな声で言っていた。でも、それでもあなたは乗り切った。えらいよ、うん、えらい。頑張ったね。そう言うと、照れたように彼女は笑った。

久しぶりに会った弟は、だいぶ痩せていた。ふたりで最近の生活のことなどを話す。彼の思っていること、最近考えていること、ふとしたときに陥ってしまう闇が、痛いほど伝わってきた。彼が冗談めかして言う。「姉貴が死にたくなってたのとは種類は違うだろうけどさ、でも、その気持ち、なんか分かるなぁって思うことが時々あって困るよ」。だから言う。「そんなもん、分からなくていいからさ、冗談でも言うなよ、そんなこと」。弟が苦笑する。そりゃぁそうだろう、あの頃の私を十二分に知っている弟からすれば、あの姉貴からこんな台詞が出てこようとは、というところだろう。私も分かっている。分かっているけれど、彼と一緒に弱気になっていたら、どん底に落ちてしまう。できることはどんなことだって手伝うから、踏ん張れよ、ここぞと思って踏ん張ってくれ、弟よ。私は心の中、何度も何度もそう叫ぶ。

朝の一仕事をしながらも、弟のことを考える。今私にできることは何だろう。私にできることとできないこと、それは何だろう。
彼は、私にとって大切な大切な弟だ。戦友だ。失うわけにはいかない。失ってはならない。でも今の私にはできないこととできることとがある、それも分かっている。だったらそれを、私はしっかりまず見極めなければならない。それは何だろう。何だろう。
自転車を漕ぎ出した私に風が吹きつけてくる。逆風の中、それでも私はペダルを漕ぐ。大丈夫、きっと何とかなる。何とかする。今までだって何とかやってきたんだ、ここだって何とか乗り越えてみせる。私は誰にともなく、呟く。そうきっと、大丈夫、何とかしてみせる。
忘れてないよ、覚えてるよ、私が一番最初SOSを出したとき、お前だけが信じてくれて、そして始発で飛んできてくれた。付き添ってもくれた。あのときのこと、私は忘れてない。今私は娘がいるから、一番に、というわけにはいかないかもしれないけれど、それでも何かあったら、止め石くらいにはなれる。きっと。
今日の海は暗い。黒い波が飛沫を上げて堤防で割れてゆく様を見ながら、私は思わず手を伸ばす。伸ばした右腕が瞬く間に、飛沫で濡れてゆく。
こんな飛沫、あっという間に乾くもの。私は再び自転車にまたがる。そして私は私の場所へ。まずは自分のことをちゃんとしなければ。でなければ助けたい人に手を伸ばすこともできない。
今日はもう始まっている。さぁ急げ。私はまず私の為すべきことをこなしてゆこう。


2009年09月26日(土) 
目覚ましの音で目が覚める。いつもより早めの四時半。今日はお弁当を作らなければ。昨日のうちに下ごしらえしておいたつくね団子をフライパンに入れ、醤油と砂糖とみりんをふりかける。味がなじんだらそれでできあがり。次に浅漬けにしておいた胡瓜の水気を軽く切る。ミニトマトを洗って、うずら卵と一緒に三色でお弁当を飾る。おにぎりは鮭味にして、最後チーズと海苔でほうれん草を巻いたら、もうできあがり。実に簡単なお弁当だなぁと、できあがったものを見て思う。でも、あんまり手をかけすぎると自分が疲れるので今日はやめておく。いや、今日も、か。
薔薇の蕾の付け根の方が膨らみ始めて、緑の間から白い色がちらり見え始める。これはパスカリ。白の花。
そういえば、昨日母に笑われた。コガネムシを潰すと、どうしても自己嫌悪に陥るんだ、という話をしたら、まさにからからと笑われた。気持ちは分からないわけではないけどね、そんなことで落ち込んでたら生きていけないわよ。母はそう言って笑った。ごもっとも。そう思いつつ、それでも私は落ちるんだよなぁと苦笑する。コガネムシだけではない、アブラムシ、シャクトリムシ、他にもたくさん、私は殺生をしている。数えだしたら多分きりがない。その中でもコガネムシを潰す時とりわけ罪悪感を感じるのは、あの音と姿があるからなんだろう。乾いたあの音。くしゃりというあの音、そして潰れたあの姿。
東から伸びてきた陽光が、向こうの通りの建物に反射している。大丈夫、今日は晴れる。空にも雲はほとんどない。今日はそう、娘の運動会。

駅を三つ。それは、中学の頃から通い慣れた三つの駅。かつてはこの三つの駅の間を、しょっちゅう歩いていた。友人たちと歩くこともあれば、ひとり歩くこともあった。電車に乗ればあっという間、かもしれない。でも、この駅の間々に、寄りたい場所は山ほどあった。だから歩く。おかげで裏道も何も知りつくしている。この信号が青になったら次はどこが青になるか、ここを曲がるよりも朝はどこを曲がる方が早いか、手に取るように分かる。駅三つ分。自転車で突っ走れば15分。ゆっくり走っても20分あれば何とかなる。
そうして辿り着いた先は、ちょうどセールの真っ最中らしく、朝からすごい人出だ。私は少々うろたえる。
それでも、逃げ込むように階段をのぼり行った先で、もう見慣れた顔が笑みを浮かべて私を迎えてくれる。その笑みに、私は心底ほっとする。何ヵ月ぶりだろう。もう半年以上切っていない髪を、久しぶりに揃えてみることにした。担当の美容師さんはとてもかわいらしい色白の女性だ。もう長年通っているから何も言わなくても、任せておけば大丈夫、と私は思っている。
私が通っている間に、彼女は子供を産んだ。その子供の話で盛り上がる。途中、友達はたくさんいなくてもいい、本当に必要な人だけいてくれればそれでもう十分自分は幸せなのだという彼女の言葉に、私は深く頷く。
そして気づけば私はまた、うとうとしている。はっと目を覚まして、鏡の中、彼女が笑っているのに気づく。「なんか嬉しくなるんですよねぇ、うとうとされてると」。え、何故?と私が問うと、彼女が話してくれる。覚えてますか、最初にここにいらっしゃったとき怪我されてましたよね、ふらふらなさってもいて。なのにとても緊張なさっていて。美容院は苦手なんだっておっしゃっていて。それが、今こうやってうとうとしてくれたりすると、あぁ安心してくれてるんだなぁって思えて、それが嬉しいんです。
私は記憶を辿る。しかし、それは途中で止まってしまう。怪我をした自分がここに来たことなんて、全く私の記憶から消えている。確かに私は美容院が大の苦手で、だからいつも自分で髪を切っていた。それでもここに来たということは。あぁ、そうか、多分腕をざくざく切っていた頃で、自分では髪の毛を洗うことなどできなくて、それでここに来たんだと思い至る。だとしたら、彼女が当時の私がふらふらしていてなのに緊張していて、というのがとてもよく分かる気がした。あぁ、あの頃から私は、ここに来ていたのか。
そして終了。次の予約は取らない。私が体調のいいときに電話をすることになっているからだ。そういう彼女の気づかいも、私には嬉しい。
再び自転車に乗る。揃えたばかりの髪が風になびく。洗いたてのその髪が、さやさやと音を立て、嬉しがっているのが分かる。

私が家で作業をしていると、娘が「ママ―!」と言いながら帰ってくる。明日ね、六時に起こして、放送委員で早く行かなくちゃならないから! 娘は塾の仕度をしながらあれやこれやまくしたてる。水筒でしょ、タオルでしょ、黒のTシャツでしょ、それからね、あとビニール持ってこいって。わかったから、でも忘れちゃうかもしれないから、後でメモしてちょうだい。分かったぁ、じゃぁ行ってくる! いってらっしゃい。
あっという間に再び玄関を出ていた娘に手を振って、私は再び作業に戻る。十月末から始まる展覧会の、前期の作品はもう仕上げた。後期の作品はまだ、プリントを仕上げていない。作品を絞り込めないでいるのだ。もういっそ全部候補を焼いてしまって、そこから絞り込んだ方がいいのかもしれない。私はそう思い、作業を続ける。
先日北海道に住む友人と話をした折、彼も言っていた。暗室作業には魔力がある、と。そう、不思議な力があるのだ、そこには。暗い部屋の中、赤い小さな光だけで作業をする。ピントを合わせ、数秒光を当て…。そこには誰もいない。誰の力も借りられない。自分の力だけが全てだ。頼れるのはそう、自分だけ。
そうして浮かび上がってくる像はだから、宝物のようで。浮かび上がり、定着してくれたその像を見やるときには、緊張していた全神経がふわっと緩む。そしてまた、同じ作業を繰り返す。
私はたいてい、息をすることさえ忘れるくらいに集中する。でもその集中力が、自分にいつもにはない力を与えてくれることをもう知っている。もちろんプリント作業が終わって暗室を出たときには汗だくで、くたくたで、腕も膝ももうがたがたになっている。それでも。
気持良いのだ。全力を尽くして何かを為すことができるその気持よさ。これはもう、たまらない。他に代わるものは、ない。
それともう一つ。私にとってたまらないのは、暗室を出たときの光だ。それが真夜中であろうと何であろうと、真っ暗な中から出てきたとき、私は辺りに光が満ちるのを感じる。その光に包まれた時、あぁ、世界はなんてあたたかいのだろう、と思う。

そろそろ家を出る準備をしなければ。朝の時間はあっという間に過ぎてゆく。今日は運動会。娘はもうとうに家を出た。私は弁当をハンカチで包む。あとはカメラ。それから、敷物。飲み物。あとは?
今年はじじもばばも来ない。私たち二人だけでの運動会だ。ちょっと寂しい。でも。
「頑張るからね!」と言って娘は出て行った。そんな娘の姿を私はしっかり見届けなければ。
玄関を開ければ一斉に校庭から響いてくる子供らの声。空には一面うろこ雲。さぁ、私も出かけなければ。


2009年09月25日(金) 
おのずと目が覚める。耳を澄ましても今朝は回し車の音がしない。気になって近寄ってみる。ミルクもココアもぐっすり眠っているらしい。ミルクの足が巣からはみ出していて、時々ぴょこっぴょこっと動くのが見える。
ベランダに出ると、空は久しぶりにすかんと抜けている。夜のうちに誰かが空のてっぺんを掃除したかのようだ。地平に沿ってゆっくり流れる雲。それもきっと、じきに薄らいでゆくのだろう。私はいつものように櫛で髪を梳く。抜け落ちてゆく何本かの髪の毛を拾い集め、ゴミ箱に捨てる。髪の毛が長いと、どうしても抜ける量が多く見える。最近特にそれが気になっていたりする。はげたりしないだろうか、なんて時々思う。
微風に包まれた薔薇たちが、静かに立っている。蕾たちは徐々に徐々に膨らんでいる。私はそれらを一つずつ指で撫で、虫がついていないいか、傷ついていないかを確かめる。この場所は高台で、風が本当にきついから、すぐに擦れてしまうのだ。でも、今のところ大丈夫らしい。
季節を違えて早く芽を出しすぎたイフェイオンやムスカリの間に、どうも水仙らしき芽がある。参った。この葉はどうにも切れない。植えっぱなしにしてしまった報いか。しゃがみこんで私はじっとそれを見つめる。これ以上出てこないでくれと思わず祈ってしまう。無駄とは分かっているけれども。
金魚が気配を察し、私の影の方に近寄ってくる。尾鰭を器用に操って、水中でひとところにとどまるその様がなんだかかわいくて、私は水槽を指でちょんちょんと突付く。

自分の髪を梳いていて思い出すのは、母のことだ。母もずっと髪が長かった。若い頃の写真を見ると、いつでも三つ編み二つに結っていて、それは腰まで届くほどだった。どうしてそんなにいつも伸ばしていたのかを聞くと、父親が長い髪が好きで、ちょっとでも切ると口をきいてくれなくなるほどだったのだという。「だから結婚したときは、あぁこれで髪の毛を自由に切れると思ったものだったわ」と母は笑った。しかし、そうもいかなかったのが現実で、父親から言われなくなったと思ったら今度は夫から切るな切るなと言われ続けたらしい。結局、私を産んだ前後に何度か短くしてみたものの、それでも母の髪は黒く艶々と輝き、豊かにそのうなじを飾っていた。私は母の髪の毛を眺めながら、神話の中に出てくる女の神様はたいてい、こんな髪の毛を湛えているのではないだろうかと思い巡らしたものだった。
その母の髪が今はもうない。病のせいですっかり変わってしまった。昔は母を見つめる時何より先にその豊かな髪が目に付いたけれど、今は、その大きな目が飛び込んでくる。細くなった頬、顎、それらの中で、目ばかりが大きくなって。それが切ない。とても切ない。いくら病のせいだといっても、それでも切ない。
インターフェロンの治療が一段落ついた翌日、母は久しぶりに美容院に行った。そして髪の毛を耳の辺りで短く切りそろえた。母の髪は痩せて痛んで、今は風に揺れることもない。いつかまたあの豊かさが取り戻せることがあるのだろうか。母のあの黒髪は、私の憧れだったのだ。あの濡れたような黒髪は。

朝の一仕事をしながら、想いは母へと傾く。母の髪から母の寿命へ。
寿命がもう定まっているというのは、本当に一体どういう感覚なのだろう。あと何年、あと何日、と数えることができてしまう命とは、どういうものなのだろう。これほどに早く肝硬変が進んでゆく前、母は孫の花嫁姿や曾孫の姿をあれこれ心に描いては私に語っていた。しかし、インターフェロンの治療を受けると決めた直後から、その話は一切語られなくなった。父ももうその話をしない。それまであれほどに「親不孝なお前のが見られなかったんだからせめて、孫の花嫁姿くらい見たい」と言っていたふたりだったのに。
そして思う。納戸にしまわれた母のウェディングドレスのことを。
母は手作りのウェディングドレスで式を挙げた。総レースの、それは本当に細かな仕事だった。一度だけ見たことがある、母のそのドレスは、納戸の暗闇の中、仄白く、浮かび上がるように見えた。触れようとして、でもあまりにそれは神々しくて、触れられなかった。いつか着てみたい、そう思った。
でも結局私はそれを肩に当てることもなく、過ぎてしまった。だからこそ両親は夢見ていたのだろう、孫が、私の娘が、それを着て花嫁になる姿を。今の私にならその気持ちが痛いほど分かる。
でも、彼女の、母の時計はもう、逆向きにしか動かないのだ。私たちのように前に動くのではなく、定められた時から一刻一刻、減ってゆく、その方向にしか動かない。もし奇跡が起きてくれたとして、それでも母は父はきっと、数えていくんだろう、時間というものを。
いっそのこと。いっそのこと、十年十五年がひとっとびに過ぎてくれないだろうか。そして今寝床ですやすやと眠る娘の花嫁姿を、どうにか父母に見せてやれないものだろうか。私はそんな、どうしようもないことを考えてしまう。そんなことできっこないのに。分かっている。分かっているけれども。
そう、分かっている。時間はどうしようもなく残酷で、容赦なく、誰にもそれを歪ませることなんてできない。

水遣りをしている最中にコガネムシを次々見つける。特にアメリカン・ブルーの茂る枝の下に群れていた。私は無言でそれを潰してゆく。固いサンダルの底でくしゃり、と。それは乾いた音を立てて無残に潰れる。潰れた姿を思わず見てしまいそうになるのだけれど、見てしまったら足が止まってしまうと思い、見ないよう見ないようにする。くしゃり、かしゃり、くしゃり。音が響く。私は今一体、幾つの命を潰しただろう。自分の花たちを守るために幾つの命を潰しているんだろう。でもこの足を今止めたら、私の花は間違いなく倒れてしまう。枯れてしまう。
そうして潰した蟲たちの亡骸を、私は水をぶちまけて押し流す。もしかしたらもう遅かったかもしれない、卵は土に産み付けられてしまっていたかもしれない。それでも。
濡れた廊下で、私はしばしぼんやりする。まだ誰もいない校庭。しずまりかえったその空き地は、何も言わず私をただ、見つめている。

ゴリゴリゴリゴリゴリマッチョ。いきなり後ろで笑い声がする。何言ってんの、と尋ねると、どうも運動会でそういうダンスをするらしい。「それがさぁ、隣がちょうどKなんだよね、まさしくゴリラなんだよー!」と言って踊っている。私と違い、ユニークな格好をいくらでもしてみせてくれる彼女は、私の気持ちが落ちているときの救いになる。いくら落ちていても、彼女のその、誰かを笑わせようとする強い力が、私を引き上げてくれる。助かった、私は今日も、彼女の姿を見つめながら、そう思う。
娘と再び玄関を出る頃には、校庭は生徒たちの姿でいっぱいになっている。応援団の子、リレーの選手の子、それぞれがそれぞれの役目を全うしようと必死だ。その姿に後押しされるように、私は階段を駆け下りる。
じゃぁね、それじゃぁね、いってきます、いってらっしゃい。一度歩き出した娘が私のもとに戻ってきたかと思ったら、ハグをしてくる。私も小さくハグを返す。
さぁ、もう時間だ。私たちは手を振って別れる。娘は学校へ。私は私の場所へ。今日はちょっと遠出をしなければならない。駅を三つ分自転車で走らなければ。私はペダルを漕ぐ足に力を込める。
さぁ今日も、一日が始まる。


2009年09月24日(木) 
今日もココアの回し車の音で目が覚める。なんだか少しずつこの音にも慣れてきた。夢の中にまで入り込むところがちょっと困り者ではあるが、でもまぁ、彼女たちが元気であることの証拠と思えば、そのくらい、素通りできるというもの。私はおはようとココアに声をかけながら、そのままベランダに出て髪を梳く。適度な風がふぅふぅと吹いている。この時間はまだ肌寒いけれど、日中はきっと、ちょうどいい具合になるのだろう。うろこ雲に覆われた空もきっと、時間が来れば晴れ渡るに違いない。土曜日までこのまま晴れてくれればいい。娘の運動会は土曜日だ。
部屋に飾ったホワイトクリスマスとマリリン・モンローはあっという間に花開き、もう芯が見えてしまうほどだ。ホワイトクリスマスはずいぶんな大輪だったのだなぁとこうやって比べてみると思う。ホワイトクリスマスよりふたまわりほどマリリン・モンローが小さい。香りももちろんそれぞれ違っており、マリリン・モンローが濃厚な香りだとしたら、ホワイトクリスマスのそれは涼やかな香りだ。

昨日は娘の勉強に長いことつきあった。じじばばから出されたのだという宿題は、塾の勉強の復習。国語の慣用句や文章題はどうってことはない。しかし、算数の応用問題などになると、正直私は、答えを見ておかないと分からないときがある。ベンズといわれて、それって何、と言ったら娘が驚いて、ママ知らないの? だからじじばばも知らなかったんだ、と言う。それで見せてもらえば、なんてことはない、ベンズという言葉を習っていなかっただけで、その図は見慣れたものだったのだが。娘はそのベンズの問題や周期の問題、複雑な図形の角度の問題でひっかかる。少し放っておくと、そのまま何もせず遠くを見ている。何考えてるの、と尋ねると、何にも考えてない、とあっさり応える。じゃぁ何見てたの、と問うと、何も見てなかった、とひょうひょうと応える。果たして彼女の目には、何が映っていたのだろう。何も考えないことってあるのだろうかと、私は不思議に思う。でもまあ、風景を眺めながら何も考えず、ただそれを見つめるのではなく眺めているということがあるから、彼女もそうだったのかもしれない。
結局宿題を終えるまでに五時間も要した。教える私がくたくたになっているのだから、彼女もきっとくたくただったに違いない。それにしても、いまどきの塾の勉強はなんて難しいんだろう。今まだ彼女は小学四年生だ。こんな問題、本当にやらなくちゃいけないんだろうか。つくづく不思議に思う。そしてまた、これらをすらすら解いてしまう子たちが大勢いることも事実で、私にはそれこそが一番不思議でならない。
人の頭って、一体どうなっているんだろう。

港を回り、海の公園を抜け、私たちはサンドウィッチ屋さんに行った。そこはもう人だらけで、座る場所を見つけるのが大変なほど。ねぇママ、じじばばは絶対こういうところ来ないね。うん、来ないね。孫がどんなに行きたいっていっても行かないよ、じじばばは。ははは、そうだね、きっと。でもさ、たまにはいいよね。ま、たまにはね。私たちは他愛ない話をしながら、はぐはぐとサンドウィッチを頬張る。
帰り道、かつてさんざん通った池のある公園に寄り道してみる。このすぐそばに住んでいたことがあった。その頃は家族三人だった。まだ娘が、言葉を喋るか喋らないかの頃だ。そして私たちは、彼女をつれてよく、ここに遊びに来たのだった。私は私で、何かあればいつでもここに来た。そして池を眺め、樹を眺め、集う鳥や猫たちを眺めた。時に和み、時に涙し、時に唇を噛んだ。そんな時間が、ここにはいっぱいあった。
そしてまた、この公園は、彼女が骨折をした場所でもある。幼い頃さんざん遊んでいたことなどもう覚えていない彼女が、学校の友達とここに集い、遊び、そして骨折した。そこを今、再び自転車で通ろうとしている。
彼女はどんな顔をするかな、と思い振り返れば、坂道自転車を押すことに必死で、ふうふうと息を吐いている。必死の形相。あぁよかった、トラウマになっているわけではなさそうだ、と、私は少し安心をする。もちろん、今見えている彼女の姿が全てなわけではないだろう。それは分かっている。それでも私は、ほんのちょっとだけれど、ほっとしたのだ。もしトラウマになっているのなら、彼女は何処かで立ち竦み、もうそこから動けなくなっていたかもしれない。でも今彼女は、ちゃんとここを歩き、通っている。
後ろからひょいと声が飛んでくる。ママぁ、あそこだよ、あそこでね、ぶつかってね、泣いたんだよね。私はどきっとする。どうしようと思う。やっぱりここに来るのはまだ早かったか、一瞬そう思い、どうしようと立ち竦む。でもね、Nちゃんが足にハンカチかけてくれて、ママも自転車で飛んできてくれて、病院行けたんだよね。…そうだったね。あの病院の先生たちの中で、ママ、誰が一番好きだった? えー、覚えてないよ、もう忘れちゃった。私ねぇ、最初の先生はやだったけど、最後の方いつも見てもらってた先生はやさしくて好きだったなぁ。あぁ、あの先生かぁ、だってほら、あの先生が一番よさそうだっていうんで木曜日にいつも通うことにしたんじゃん。そうだったっけ? そうだよ。
話しながら、私たちはゆっくり公園を横切る。幼い子供たちを連れた父親の姿が目立つ。あぁそうか、今日は休日だったんだ、そのことに改めて気づかされる。娘にもう父親はいない。そう思ったとき、娘がいきなり尋ねてくる。ねぇママ、ママはなんでパパと別れたの? まるで私の心を見透かしたような問いで、私はまたどきりとする。それはねぇ、パパが全然働かなくなっちゃったから。そうなんだ。うん、だからあなたが小さい頃、ママが朝も昼も夜も働いてた。そういう時期があった。そうなんだ。それで別れたの? うーん、それだけじゃないなぁ、別れようって思ったのは、パパが、いくら待っても働こうとしないで、最後、三人でホームレスになればいいって言い出したときだな。ホームレスゥ? うん。ママは好きでパパと一緒になったんだからパパと一緒にホームレスになってもしょうがないかもしれないけど、あなたをホームレスにさせることなんて、ママはできないと思った。ホームレスかぁ、そしたら学校行けないね。うーん、そうなるなぁ。そしたら友達もいないんだ、やだなぁ、それ。ははは、やだねぇ…。結局そうしてママはパパと別れることにしたんだ。ふぅん。そうなんだぁ。そう。
それは簡単すぎる説明だったかもしれない。でも、今私が彼女にできる精一杯の説明だった。それ以上もそれ以下も、説明しようがなかった。
そうして私たちは、さらに急な坂を上り、家路を辿った。

娘を送り出した後、突如過食嘔吐の発作が襲ってくる。何故今? 私の心臓がばくんばくんと音を立てる。何とかとどめようと試みる。しかし。私は波に呑まれた。
気がつけば、食べ物をがつがつと口に入れている自分がいた。慌てて私はトイレに駆け込み、吐いた。次々に吐いた。水を飲んでさらに吐いた。吐いて吐いて。トイレの前、ぺしゃんこになって座り込む自分がいた。
疲れ果て、そのまま少し眠った。気づけば日は沈んでいた。私は大急ぎで身繕いし、玄関を出る。もう一瞬たりとも、そこにはいたくなかった。食べ物が容易に手に取れる場所にはいたくなかった。吐こうと思えばいくらでも吐ける場所にはいたくなかった。

朝の一仕事を終えようとする頃、目の前にいきなりにゅうと娘の手が伸びてくる。何かと思いきや、ミルクがそこに乗っている。ママ、ミルク、やっぱりでぶだね。ははは、大きすぎるよねぇ、もう余裕で10cm越えてるよね。次に娘はココアを手のひらに乗せてやってくる。こうして見ると、ミルクとココアの体の差が実に明らかになる。ココアは多分標準サイズなのだ。まだまだ身体は小さいし、おなかだってミルクのようにでっぷりしていない、ほっそりした体つきだ。同じ時期に生まれ、同じ時期にうちに来て、同じものを食べているというのに、この差は何なんだろう。私たちはどちらともなく吹き出して笑ってしまう。
ふたり揃って玄関を出る。そして登校班の集合場所へ。運動会直前の今日は特に子供たちの姿は少ない。大半の子供らが朝練でもう出掛けているからだ。結局普段10人ちょっとの登校班も集まったのは半数だった。
それじゃぁいってらっしゃい。いってきまぁす。手を振り合って別れる。子供たちは学校へ。私は私の場所へ。
思ったとおり空は高く澄み、風は心地よい。降り注ぐ陽光の間を縫って、私は自転車を走らせる。赤信号で止まった私は、思い切り空を見上げ、思わず目をつぶる。なんて眩しい。でもそれは間違いなく秋の陽光で、何処か涼しげで、寂しげで。
さぁ信号が今青に変わった。私はペダルに乗せた足に思い切り力を込める。今日も一日が、始まろうとしている。


2009年09月23日(水) 
夜通しココアの回し車の音が響く。結局朝までその音は続き、私はそれで目が覚める。ココアのそばににじり寄り、話しかける。よくもまぁ一晩中飽きずに回し車やってるね。疲れないの? 私、あなたの音でちょっと疲れ気味だよ。話しかけると、鼻をひくつかせて近寄ってくる。ひくひくひくひく、その小さな鼻は動き続け、でもふと思い出したように再び回し車に飛びつく。がらがらがら、がらららら。私は苦笑しながら立ち上がり、いつものようにベランダに出る。髪を梳きながら、空を見上げる。まだ雲が一面に広がっている。どんよりとした雲。今日は曇りなのだろうか。それとも晴れてくれるのだろうか。昨日のうちにホワイトクリスマスは開き始めたので早速切花にした。今、テーブルの上には二輪のマリリン・モンローと一輪のホワイトクリスマスが飾ってある。今ある蕾は他に、橙色のものと薄ピンク色のもの、それから白の薔薇。それぞれ、二つ、三つついている。唯一ついていないのが、ぼんぼりのような花を咲かせる薄橙色の株だ。大きなぼんぼり。最初にその花を見たとき、そう思った。ぼんぼりだから、上を向いて咲くのではなく、微かに俯きながら咲く。それが物思いに耽るかのようで可愛らしい。その折母にその写真を送ったら、あらこんな薔薇の花もあるのねぇと返事が来た。近々また肥料を買ってこようか。堆肥がいいかもしれない。
金魚は日に日に大きくなっていく。遠方に住みながらもよく泊まりに遊びに来てくれる友人が笑いながら言っていた。ねぇさんのところの植物や生き物は、とにかく太るか大きくなるよね、と。この家のエネルギーは何処か方向が変だよね、と。もういない三匹の金魚たちも、本当に大きく育った。彼女曰くそれは、餌をやるときばっしゃんばっしゃんと水が跳ね上がってちょっとびびるくらいだったそうだ。何となくもういないあの大きな金魚の姿を思い出す。大きな尾鰭をそよがせて泳ぐ様は、本当に美しかった。

そういえば昨夜遅く、電話が鳴ったのだった。私はココアの回し車の音で半ば起きており、その電話の音にすぐ反応できた。出ると、以前一度ここに遊びに来てくれたことのある友人からだった。
ねぇさん、最近ね、私、思うようになったの。そう言って話し出す彼女の声は、以前のものよりもずっとしゃんとしていて、背筋が通っていた。うんうん、と肯きながら耳を傾ける。彼女はとても大切なことに気づいたようで、私はそれが、自分のことのように嬉しくなる。真夜中ではあったけれど、できるなら彼女の話をずっと聞いていたかった。
私たちは。そう、私たちは被害者だ。世間で言うところのサバイバー、生き残りだ。病院と家とを行き来しながら毎日を過ごしている。でも。
被害者であることは、私たちの全体を作っているのではない。
また、被害者であることや病気であることに甘えたら、それで終わりだ。
そのことに、気づけるようになるには、本当に長い道程がある。長い時間がかかる。私もその闇の中でどれほど足掻いたか。その間にどれほどの人たちの心を踏みつけにしてきたか。はかり知れない。
でも、もし気づけたなら。その時、そこからまた新しい時間が始まる。周囲の存在に感謝しながら、自分と向き合い、見つめ、前を向こうとする力を持つことができるようになる。それは、過ぎてみれば小さな変化かもしれない、けれども、でも、確かな変化、なのだ。自分でそこに気づいたからこそ次が見えてくる、確かな変化。
彼女の声はだから、私の心にりんりんとよく響いた。私の心は澄み渡り、美しくおいしい空気に包まれているかのようだった。遠く隔たった場所に住んでいる者同士、会うことはなかなか叶わないけれども、いつかまた、会えるといい。その時はめいいっぱいのハグをして。
からからから、からからら。その間もずっと、ココアの回し車の音が響き渡っていた。でもその音はとても軽やかで、何となく微笑ましかった。

朝の一仕事をしながら、音楽をかけていると、懐かしい曲がかかる。シカゴのHard to say I'm sorry。中学の体育祭のプログラムに女子だけが踊るダンスがあった。新体操の延長のようなダンスで、毎年三年の体育委員がそれを創作するのだった。スローな曲とアップテンポの曲二曲で構成されるそのダンス。或る年の一曲が、シカゴのその曲だった。私がシカゴを聴くようになったきっかけは、だから体育祭にあった。
あの曲でダンスを作ってくれた体育委員の中に、私の憧れの人がいた。色白で、ほっぺたがぷっくりとしてほんのり桃色で、背が高く、肩につくくらいの髪型をしていた。私だけではない、たくさんの男女が、彼女のそんな姿を羨ましいと思っていたに違いない。そんな彼女の魅力の中で何が一番私の中に印象深く残っているかといえば、何よりも何よりもその瞳の色だった。薄い、光を透かしてしまいそうな茶色い色をしていた。その色はどこまでも澄んでいて、まるで清流のようだった。私は彼女に見つめられるとだから、いつも心がぽっと赤らんでしまったものだった。
懐かしい。中学の頃をこんなふうに思い出すのはどのくらいぶりだろう。もしかしたら、昨夜友人からいい話を聞かせてもらったおかげかもしれない。多分そうだ。そのおかげで私は、今、落ち着いた心持ちで心に浮かぶことをそのままに思い出すことができるのだろう。
人の心はまるで湖水の水面だ。あるがままその風景を映し出す。かと思えば強風に震えさざなみだって、何もかもを歪ませることもある。

娘のおはようという声がする。数日離れていただけなのに、その声がなんだか妙にこそばゆく私の鼓膜を震わせる。あぁ、日常がまた戻ってきたのだな、と実感する。ママ、今日のおにぎりは何味? ママ、今日は何するの? ママ、このメモ帳もらってもいい? ねぇママ…。彼女の声が部屋のあちこちで木霊する。
仕事に区切りをつけ、私は振り向き声をかける。さぁ行くよ。何処に? 外。何処行くの? 決めてないけど、自転車で行こう。
それぞれに思い思い荷物を鞄に詰め、玄関を飛び出す。今日も朝早くから校庭では野球部員が練習をしている。ふと見ると、空が青い。あぁ、これなら今日は晴れる。
私たちは自転車にまたがり、走り出す。きっと銀杏並木を通るとき、彼女は鼻をつまむだろう。銀杏の潰れた匂いが大の苦手な彼女。私は多分それを、笑いながら見やるのだろう。でもそこを抜けてちょっと走れば、もう海だ。
きっと今日は、輝きに満ち満ちた海に出会えるに違いない。きっと。


2009年09月22日(火) 
夢の中で雨が降っている。ざあざあと降るその雨は、辺りの緑も土もなぎ倒して流れ集まり、やがて河となってゆく。
そして目が覚めた。雨、雨。私は慌てて飛び起き、ベランダに出る。やっぱり。雨が降っている。バスタオルを干したまま眠ってしまった昨日。それが多分、心に引っかかっていたのだろう、雨の音が私の夢の中にも入ってきて、それで目が覚めたのだ。こりゃ、もう一度洗い直しだな、と、私は朝から溜息をつく。
でも。
その雨はとてもやわらかくて。夢の中のような豪雨ではなく。新芽のようなやわらかさを漂わせて降る雨で。私は思わずベランダから身を乗り出し雨へと手を伸ばす。しとしとでもざあざあでもない、まるでさらさらと降る雨だった。
雨雲は途切れ途切れ空を漂っているのだろう。雨は降ったり止んだりしている。こんな雨なら傘はいらない。実際空はどんどん明るくなってゆき、雨雲のないところは光溢れ、朝の声が辺りに響き渡る。
マリリン・モンローの一輪目が咲いた。肥料が足りなかったせいだろう、少し小さめの花だ。最初私はこの花があまり好きではなかった。白だと思って育て始めたのに、いざ咲いたら濃い目のクリーム色だったからだ。その時はなんだかがっくりした。でも。
今はもう大丈夫。この花はこの花で私は好きだ。真っ白とはまた違う、優しげな色合いでもって私を迎えてくれる。一時期、樹に虫がたくさんついてしまい、もうだめかと思った。思い切り切り詰めて、新芽が出てくるまでの間は、気が気ではなかった。今、樹はこんもりと茂り、小さいながら茂り、そして蕾を幾つも湛えている。
その隣のホワイトクリスマスが、今度は咲く番なのだろう。大きな大きな蕾の先が、綻び始めている。
慌ててベランダに出たため、裸足であったことをすっかり忘れていた。部屋に入る前、どうしようかと迷ったものの、もういいや、えいっと部屋にそのまま入ってしまった。それを見ていたかのように、ミルクがからからと回し車を回し始める。あまりのタイミングのよさに私は笑ってしまう。見てた? 娘には秘密にしてね。私はミルクにそっと囁く。

昨日の夢は懐かしい夢だった。久しぶりに亡き祖母と会った。祖母は亡くなった時の顔ではなく、まだ元気だった頃の、踊りの先生やお茶の先生をやっていた頃の、しゃきしゃきと話す祖母だった。でもそれは最初のうちだけで、祖母の顔が夜叉の顔に変わり、辺りは真っ暗になり、空から蟲が降ってくる。逃げ惑う私を狙うかのように降ってくる。そして、振り返ればそこは、ぱっくりと口を開けた闇。あぁこれに呑み込まれたら私は二度と這い上がってくることはできない、と思った。必死で逃げた。逃げて逃げて、何処までも逃げた。焼け焦げた野っ原に辿り着いたとき、そう、雨が降ってきたのだ。紅い雨が。いや、夢に色があったわけではない、ただ、私はその雨を、紅いと感じ取った、それだけの話なのだけれども。
まるでそれは、そう、血の雨だった。

母に電話をする。一応敬老の日だということで、のつもりだが、もちろん口には出さない。そこで、母が欲しがっていたCDを手に入れたことを告げる。基本クラシック音楽しか聴かない父母が欲しがっていたのは、盲目のピアニストのアルバム。封を開けていないからその中身がどんなものなのか私は知らない。だから想像する。彼にとって世界はどんなふうなのだろう。心の中どんなふうに音は広がるのだろう。奏でられる音で生まれる世界はどんな色合いをしているのだろう。
母がそういえば、と話し出す。あなたが送ってくれたメールの写真、開かないのよ。どうして開かないの? え? 見れないの? 見れないわよ、だからマリリン・モンローがどんなふうに咲くのか、私まだ知らないわよ。あらまぁ、もう一度送ってみるけど。いいわよ、今度調べるから。でもまぁ咲いたってことなのね。うん、咲いてるよ。香りは濃いけどいやな濃さじゃなくて包まれるような匂いだよ、花の色ととてもお似合いな香りがする。へぇ、そうなんだ、私は薔薇はあまり好きじゃないわねぇ。薔薇よりお母さんは草の方だよね。私は可憐な姿の植物が好きなのよ。ごっついのよりそっちの方がいいわ。薔薇、ごっついかなぁ。私のところにある植物より間違いなくごっついでしょ。まぁ、そうかもね。
途中笑い合いながら、そんなことを話す。
母の庭は。何となくイギリスの庭園に似ている。小さな花をたくさんつける草木が、所狭しと植えられており、歩くとまるで草原をあるいているような気持ちになるのだ。庭を持つことを羨ましいことと思ったのは、母の庭を見つめていたからかもしれない。こんなふうに地べたにじかに植えてやれたら、植物たちはどんなに生き生きとするだろう。そしていつも気にかけてもらって、手を入れてもらって、撫でてもらって。そうやって種から花へ、花から種へと順繰り回ってゆけたら、それこそ本望というものなのではないだろうか、と。
母がまだ元気だった頃、父と海外旅行に行くと必ず、種をハンカチにひそませて帰ってきた。これはどこそこの道端で見つけたもの、これはどこそこの庭先でちょっとつまませてもらったもの、これは…。そして母はそれらを庭に丁寧に撒くのだ。そして育てる。
今母の庭はまだ荒れている。母が病に臥せっている間に、すっかり荒れてしまった。手伝いたかったが、母が扱うようには母の草木を私は扱ってやれなくて。結局そうして今日に至る。母の庭はやはり、母の庭なのだ。他の誰も、母の代わりになれるものはいない。主があってこその庭。母の、庭。

ステレオのスイッチを入れると、シークレット・ガーデンのSonaが流れ出す。それを聞きながら、朝の仕事を始める。傍らには麦茶。夏の名残。そろそろまた、ハーブティを呑みたくなってきた。近いうち、店に買い込みに行こう。レモン&ジンジャーのティーパックが、あの店にもまた入荷されていた。そういう季節なんだ。
仕事をしながら昨日のことを少しずつ思い出す。友人と話したこと、本屋で久しぶりに読みたい本を見つけたこと、駅でのあまりの人ごみにくらくらしたこと、教科書を忘れたと言うから急いで飛んで帰り娘に届けると、そっけない顔で受け取り友達の後を追っていった娘のこと、絵葉書やちらしを整理していて見つけた木造校舎の写真とその中で撮った一脚のの木椅子…。
玄関を出る頃、雨はさらに小雨になっており。まるで微風にさらさらと乗って辺りを泳ぐかのような姿で。ふと見ると、久しぶりにアメリカン・ブルーの青い花が。鮮やかなその色に背中を押されるようにして、私は階段を下りる。
今日は自転車には乗らない。バスで出掛ける。と、見ればもう通りの向こうにバスの姿。私は慌てて大通りを横断する。
そうして今日もまた、私の一日が、始まってゆく。


2009年09月21日(月) 
回し車の音で目が覚める。からからから、からららら、からららら。部屋中にその音は響き渡っている。そばによってみると、ココアとミルクと、両方で回し車をそれぞれ回している。どうりで音が大きいわけだ。それにしても珍しい、ふたり揃って回し車だなんて。しばらく私はその様を見やる。
ベランダに出ると、一面灰色の雲。どんよりと隙間なく空を埋め尽くしている。今日は一日こんな天気なのだろうか。洗濯物をしようと思っていた気が削げる。でも。
髪を梳きながら横を見やれば、マリリン・モンローの、半分開いた蕾。そう、風は弱い。この高台にあって風が強い日には、薔薇の枝は棘に絡まりあって大変なことになる。しかも今こうして花が開こうとしている、そんなとき、曇りであっても風が弱いのは嬉しい。
部屋に戻り、金魚に餌をやり、それからミルクとココアの水を替えてやる。その音を聞きつけて、ふたりとも水を飲みにやってくる。ハムスターは物覚えが悪いといっていたが、こういうことはさすがに覚えるのだな。なんだか嬉しくなる。

もうひとつの、という名前から、一体どんな美術館なのだろうと思っていた。まさか、廃校を会場にしているとは思ってもみなかった。看板を辿り地図を辿り、ようやく辿りついたその場所に、呆気にとられる。今ちょうど、ニキ・ド・サンファルの展覧会をやっているのだ。
薄いクリーム色の布地のカーテンが張り巡らされた教室。思い思いに、懐かしいあの木の椅子が置いてある。こんなに小さかったっけ、と首を傾げるほどそれは小さくて、今の私のお尻ははみ出ること間違いなしだ。作品を順繰り眺める。三つの教室にそれぞれ展示されており、私は教室の扉を開け、閉め、そしてまた新しい扉をくぐる。長い年月を経てひずんだその木の扉は、うまく開かなかったり閉まらなかったりする。でもそれは、とてもあたたかく、作品を守っている。

私の大好きな絵本作家の一人、カエルさんの絵本も出してくれている作家の美術館へ。一体どうしてこの場所に作ったのだろうと思えるほど山深いところにあった。しかし、季節なのだろう、彼岸花があちこちに咲いている。紅色のその花は簪のように華やかで、それでいて切ない。
入場券が、大人と子供とそれぞれ絵柄が違うらしい。もうそれだけで私は楽しくなる。作家が月に二回ほど訪れるというその美術館の中はとても明るく、静かだった。原画は細部に至るまで丁寧に描かれており、見つめだしたら止まらなくなるほどそれは愛情に溢れているのだった。財布を振ってみたところ、ちょうどいい具合にお金が入っていたので、買い損ねていた絵本を一冊買うことにする。

以前訪れたことのある美術館に、再度行ってみる。企画展がちょうど、大学時代に勉強していたものと重なり合うものがあったからだ。さんざん授業でやった作品たちが、広い空間にゆったりと並べられている。音声ガイドに耳を傾ける人や、家族の日ということで幼い子供の姿も多く見られる。車椅子の老婦人が、じっと絵の前に佇んでいる姿もあった。私はその間を、思うまま作品を眺めながら歩く。
そういえば昔、絵の修復ができたらいいなぁなんて思った時期があった。担当教授の言葉の影響でそう思ったりしたのだが、それを思い出したら、なんだか絵をもう一度見直したくなって、今度は絵の全体よりも細部を、しかも修復できなかったのだろう部分ばかりを見て歩く。それは、その絵がどれほどの年月を経てきたのかを如実に物語っているのだった。
帰りがけ、カタログを求めようと思い立ち寄ったショップで、違うカタログを見つけてしまう。異邦人たちの夢、というタイトルで開かれた企画展のカタログで、中を見たら娘に教えたい作家の顔ばかりが並んでいる。思わずそれを手にレジに並んでしまう。

蔵を改造して作られた小さな美術館で、チェコの絵本作家を紹介する展覧会が為されていた。知っている名前は二つしかなく、でも、年代順に並んだその絵たちは、見つめて歩く私に、それぞれに声をかけてくる。私にチェコの言葉など読むことはできない。けれど、絵を見つめているだけで十分、その絵本の何かが伝わってくるのだから、絵本と言うのは本当にすばらしい文化だと思う。
一階から二階へ、そして再び一階へと順路に沿って歩く。日本人の絵とはまた異なるその絵から、それでも懐かしさを感じられるのは何故なんだろう。絵本とはそう、人の中に横たわる共通の何かを、かさこそと触ってくる。

そういえば、父が、孫の運動会に母を見に行かせると言っていた。でもそれは無理だろう。私は思う。孫が寂しがるからと言っていたが、今年は娘に我慢させるつもりだ。母に無理をさせて何かがあってからでは遅い。インフルエンザなどにかかった日には取り返しがつかない。
運動会。もう次の土曜日がそうだ。私にとって、ちょっとした試練の日でもある。かつての運動会で二度ほど、発作を起こしたことがあるからだ。発作を起こす私はまぁいい、娘もまぁ対処を知っているからいい、しかし。
人の目は、怖い。
がくがくと、体が震える発作を、はたから見てもあきらかに震えているのが分かってしまうほどの発作を起こすと、後で妙な噂が立ってしまう。それが、怖い。私は発作を起こす本人だから、何を言われても、仕方がない。でも娘は。
それが痛いのだ。たまらないのだ。だから、今年は何とか、発作を起こさず、最後まで運動会を見届けてやりたい。

今日もまた、あっという間に朝の時間は過ぎてゆく。瞬く間に出掛ける時刻になる。私は急いで再びベランダに出、開きだしたマリリン・モンローの香りを胸いっぱいに吸い込む。濃厚なその香りは、その名前に実に似合っている。
玄関を急いで出ると、目の前の校庭に集まっている野球部員たち。靴の紐を結ぶ子、素振りをする子、その間に父兄の姿も見える。あぁ今日は練習日なのだな。連休なのに大変だ。私はそれをちらと見ながら、階段を駆け下りる。
自転車にまたがればもう安心だ。あとは走るだけ。目的の場所へ行ってやることを為して片付けて、そうやっていけばまた一日は無事に終わる。
そう、一日一日を、そうやって越えてゆけば、いい。私の時間はそうやって、つながってゆく。明日へ、と。


2009年09月20日(日) 
妙な夢で目が覚める。不快な感触の残る夢だったので何より一番先に顔を洗う。時間をかけてばしゃばしゃと。それでもまだ感触が抜けない。巨大な蛞蝓に肌を這われたような、生々しい不快な感触。朝から早々、大きなため息が出てしまう。
髪を梳きながら、朝焼けを見やる。このところいつも横たわっていた雲がなく、地平線あたりまでもがすっきりとしている。あぁきっと今日も晴れ上がるのだ、と私は大きく伸びをする。背筋がきゅっと伸びて気持いい。さっきまでのあの不快感が少し拭われたよう。少しでも早くこの感触から抜け出たい。

実家の裏にある小さな山は今、芒と栗の実で溢れている。散歩して来た娘の両手に、その成果がどっさり。私も昨日歩いた。昔はもっと草深く、木も茂っていた。山に登っては、アケビの実を食べたりしたものだった。自分のとっておきの場所があって、そこでじっと時間を過ごすのが好きだった。今はもう、ない。
この連休は稲刈りの時期なのだろうか。裏の山の裾に広がる黄金色の海が、次々刈られてゆく。でも、面白いもので、刈る人によってその様は違ってくる。四方から回り回って中央へ攻めてゆく人、片側から順々に刈ってゆく人、一部だけをきれいに残したまま他を刈りこんでゆく人、これはきっとみんな、楽しんでやっているんだろうなぁなんて、気楽なことを考えてしまうほど、それは本当に様々で、眺めるのが実に楽しい。その合間合間にまだ緑の畑が横たわっている。
この山も、二号線が通ったことで本当に姿を変えてゆく。見るたび違う。いつかなくなってしまうという日も来るのかもしれない。娘が大人になるまで、せめて残っていてほしいなと思う。散歩する山が近くにあるってとても素敵なことだから。

先日の運動会の練習で、娘が背中を痛めて帰って来た。ピラミッドの際、一番下の担当で、でもその上に娘よりずっと大きな子が乗るのだそうで。その子の肘が思い切り背中に当たってしまったのだという。その日から娘の背中には湿布がぺたりと貼ってある。
どうして孫より大きな子が上に乗るのか、どうしても納得ができない父母が、何度も私に訴えてくる。大きな事になる前に何とかしてもらったら。
でももう運動会一週間前だ。正直、私はあの件以来、学校をさらに信用しなくなっている。訴えることは簡単だ。でも、それで娘の肩身が狭くなるようだったら意味がない。娘にそっと尋ねてみる。ママから先生に言ってみる? ううん、いい。もういい。
もういい、の意味がどういうもういいのか、私には今正直分からないが、彼女がそう云うなら今回は見守っているしかないのかもしれない。私は父母の訴えをするりするりと交わしながら、とりあえず黙っている。

バス停までの道で、かつての同級生とすれ違った。彼女は私に気づかなかったが、彼女は幼い頃の面影を大きく残して大人になったようで、私にはすぐに分かった。でも私は声をかけなかった。
こういうとき、ふつうはどうするのだろう。声をかけるべきなのだろうか。でも。
今の私には、小学生の頃の同級生と話したいことは見当たらない。今を生きることに精一杯で、思い出に浸っている時間はない。振り返れることは身近なことたちばかりで、長いこと隔たりのあった人を引きとめてまで話せる事柄など、今の私にはない。
そのことに気が付いて、小さく苦笑した。寂しいような切ないような、でもこれが今の私なのだなという納得のような、交差する思いが押し寄せて、消えた。
娘を置いて早めに実家を出る。
家にはミルクもココアもいる。やるべきことがある。私の帰る場所は、結局そこなのだ。

電車に揺られながら、西に傾いてきた日を見やる。眩しくて痛くて、それははり裂けそうな傷口のようだ。傾き始めた日の足は実に早く、あっという間に地平線に届く。私はそれを一瞬も見逃したくなくて、目を細め、ひたすら前を見やる。
家に帰ったらまず水やりをしよう。ミルクとココアにキャベツをやろう。金魚に餌もやらなければ。昨日ぷっくら膨らんでいたマリリン・モンローの蕾は今日一日でどうなっただろうか。もう綻び始めただろうか。それともホワイトクリスマスの方が先に綻んでいるだろうか。
耳につけたヘッドフォンからは、マイケル・ジャクソンのYou are not aloneが流れている。それが終わるとCoccoの絹ずれへ。
ちょうど曲が切り替わったところで電車のドアが開く。私は押し出されるようにしてホームに降り、階段を下りる。この駅はいつ通っても忙しい。それでも、ここは間違いなく私の駅だ。家に一番近い駅だ。だからほっとする。あとバスを乗り継げばもう我家なんだと。
大きな荷物を背負って歩く親子連れの横を俯きながら通る。私たち親子にも、あんな時間がいつかあるだろうか。
一日がやがて、終わろうとしている。


2009年09月19日(土) 
まだまだ外は暗い。明るくなる気配もない。窓を開け外に出る。昨日とはうって変わって、生温い風。私は洗いたての髪を梳く。
大通りをぽつりぽつり走り去る車のテールライトが、闇に流れ、溶ける。日が昇るのはどんどんと遅くなり、日が落ちるのはどんどんと早くなる毎日。向こうの風呂屋の煙突も、今は闇の中。

久しぶりに写真展を見に都内へ出る。いつもながらひどく揺れる電車に乗って、ただひたすら駅に着くのを待つ。最初の頃、新宿駅での乗り換えがなかなかできなかった。あまりに人が多すぎて頭がくわんとするのだ。人の波が幾重にも交差していて、自分が一体どこに流れていけばいいのか、分からなくなり、結局立ち止まる。ひとつひとつ掲示板の文字を確かめ、それでも時に間違えながら、何とか次の駅に辿り着く。今はもうだいぶ感覚が呑みこめてきた。ここにいる人たちはみな目的地を持って動いているのだからとにもかくにも迷わず進む。その波に多少外れようと、自分もだから、まっすぐ目的の場所へと急ぐ。のほほんと歩いていると人にぶつかられる。それもまた怖い。だから自分で自分を急かし、次へ次へと進む。それがここを渡り切るコツだと知った。何も考えず、ただ進む。
ようやく辿り着いた写真展の場所は喫茶店で、いつもと変わらぬ笑顔の店員さんが迎えてくれる。私と連れ合いはそれぞれに、思い思い、写真を見つめる。

写真とは、ただ撮ったものでありながら、なぜこんなにもそれぞれ違うんだろうといつも思う。撮られる者より、撮る者の在り様が浮き出てくる。撮られる者は、撮る者のフィルターによって、いかようにも姿を変えて浮かび上がってくる。
昔を思い出す。私がまだ街をまともに歩くことができなかった頃、それでも街に出て写真を撮ろうと、友人とともに何度か早朝の街に繰り出した。同じ道、同じ街角を撮っているにも関わらず、できあがった代物は全く異なるもので、私たちはそのあまりの違いに笑い合ったものだった。私は眼鏡をかけてはいないけれど、私の目というだけで、もうすでに私の眼鏡、私と云うフィルターをもってして世界を眺めているのだということを、その時改めて知った。
会場で四者四様の写真群を見つめ歩きながら、久しぶりにまた街に撮りに出かけたい気持になった。

朝の仕事をしながら、自分の来月からの展覧会のことを少し考える。並べる作品はもう絞り込んだものの、納得いくプリントがまだ出来上がっていない。DMは仕上げた。あとは住所を書き込みポストに落とすだけなのだが、それがまだ何も手をつけられていない。作品展に合わせて会場に並べる資料のうち、一部がまだ仕上がっていない。
あぁ、なんだ、まだまだやることが残っているじゃないか。私は頭を抱えたくなる。あっという間に時間と云うものは過ぎるのだ。のんびりしていると、作品展は目の前になってしまう。計画を立てて進まなければ。

珍しく朝からココアが回し車をまわしている。その音につられ、娘が起きてくる。ほら、おにぎり、今日は岩海苔のおにぎりだ。娘に手渡す。娘がまだ半分眠りながら、それでもはぐはぐとおにぎりを食べる。

そういえば昨日、珍しく弟から電話があった。父母に連絡がつかないと云うから、今朝話をしたよ、と告げる。それなら安心だな、と弟もほっとしたようだった。ひとしきり、子供の話や仕事の話をする。それに加え、それぞれの生活の不安定さを話す。
弟のところにはまだ幼いがもう二人の息子がいる。手のつけられない腕白坊主と、一方、人の笑いをとるのがうまいおちゃめな男の子だ。上の子は弟の幼い頃に瓜二つで、写真だけで見ると間違えそうになるほどだ。
「今の仕事、そろそろ限界かもしれないと思ってさ」弟が云う。でも弟の強いところは、次をもう考えているところだ。また切り札をいくつも持っている。「まぁ何とかするよ」弟が笑って云う。うん、頑張れ。私はそう答える。
まだ思春期の頃、私たちは親の目を盗んでは、お互いの部屋を行き来し、真夜中、あれやこれや話し通して過ごしたものだった。親のことでお互い悩んでおり、その話は尽きなかった。
もうあんな時間は戻ってこないけれど、私はありありと覚えている。あの時間があったからこそ、あの家に耐えていることができた。あの頃の私たちは、まさしく戦友だった。

徐々に徐々に空が明るくなってくる。でも今日は空一面に雲が広がっている。曇りなのだろうか。
「ねぇママ、この茎わかめちょうだい!」。娘が突然言い出す。先日友が送ってくれた宅急便の中に入っていたものだ。「やだぁ、半分ずつだよ」「えー、茎わかめは私のだよ」「どうしてー、ママだって好きだもん」「えー、やだぁ、私のだってばー!」。後ろではシークレットガーデンの、Raise Your Voicesが流れている。
さぁもう今日は出かけなければ。やることは山ほどある。そしてじじばばが、孫が来るのを、首を長くして待っている。


2009年09月18日(金) 
電話の音で目を覚ます。何だろう、こんな時間に。ふらふらしながら立ち上がり受話器を上げる。途端に切れる電話。呆気にとられる。わざわざこんな時間に電話をかけておきながら切ってしまうとは。何だったんだろう、一体。私は切れた電話をしばし見つめながら思う。何もなければいいのだけれども。
空はまだ暗い。窓を開けベランダに出ると一気に冷気が私を包み込む。あぁ風が強い。街路樹の葉が、白緑の裏側を見せながらひゅうひゅうとなびいている。一番端の薔薇が葉を棘に絡ませているのを見つけ、私は一枚一枚それを外す。傷ついた葉はもう元の姿には戻れない。かわいそうに。しかし、どうして薔薇には棘があるのだろう。鋭く太い棘を全身にまとって、薔薇は何を怯えているのだろう。その凛とした立ち姿からは怯えなど微塵も感じられないのだけれど。私には見えない何かと戦っているのだろうか。私にただ見えないというだけで。
餌箱の中にでんと座り餌を齧るミルク。ココアは眠っているのだろう、しんとしている。かりかりかり、かりかりかり。そういえば昨夜眠る前には回し車の音が延々と響いていた。元気なのはいいことだ。これが病気になどなって元気がなくなってしまったら、多分私はもう、いてもたってもいられない気持ちになるのだろうから。そんなことになるくらいなら多少うるさくても、元気でいてくれるのが一番いい。ミルクがようやく私に気づいたのか、首を後ろに回し私を見上げる。しかし、今は餌を食べるのが優先なのだろう。すぐにミルクは餌を齧ることに専念する。

開け放した窓からびゅうびゅうと風が吹き込み、カーテンが踊る。何度か抑えてみたものの無駄な抵抗。私は思い切ってカーテンも開けてしまう。すると、さっきまで暗かった空がほの赤く染まり、一面にうろこ雲が広がっているのが見えた。それは実に美しく、私はしばし見惚れる。刻一刻と変わりゆく空の色、雲の様。いつまでもどこまでも見つめていたい気持ちになる。もし今手を伸ばしたら届きそうな、そんな錯覚を覚える。きっとひんやりと冷たくて、同時にほんのり甘くて、それはちょうど泡菓子のようなんだろう。東の空からさぁっと光の帯が伸びる。今、夜が、明けた。

朝の仕事をしながら、自分の不安定な生活を思う。会社に保障されているわけでもない、まるで浮き草のような身分。それだって今私がぶつかることができるから為せているだけで、それができなくなったらそれで得ている仕事さえなくなる。それがなくなった時、私たちはどうなるんだろう。もし私が熱に倒れたりいつかの娘のように骨折でもしようものなら、それだけで生活は立ち行かなくなる。自分の年齢も重い。もういい年だ。いつ障害がでてもおかしくない年だ。誰が助けてくれるわけでもない。
父母が心配してあれこれいうのも最もだ、と、思う。言われれば勿論その時は面倒くさくて、聞き流してきたが、もう聞き流せる域ではないんだろう。水位でいえば、もう、私と娘の肩を越えているんだろう。それが、分かる。
いっそのことPTSDを治すことに専念したらどうだ、と、父があれこれ提案するのも、今は分かる。父ももう永くはない。だからこそ私に言うのだ。だからこそ。
私は、どうしたらいいんだろう。何を選択し、行動していったらいいのだろう。

ただ、もし今ここで動くのを止めてしまったら、という怖さもあるのだ。もっと動けなくなるんじゃなかろうか、と。だからずっと抵抗してきた。自分で動ける分は動いていたいと。
でも。
どうなんだろう。この勢いで私はあと一体どのくらい、やっていけるんだろう。娘を抱えて。

六時に起こしてと言った娘の意志に沿って、私は何度も娘に呼びかける。娘は、もう起きたよと一旦は返事するものの、すぐまた寝入る。こういう場合、どうしたらいいのだろうなぁと私は仕事をしながら思う。いつものように七時まで寝かせるのがいいのか、それとも彼女の意志を尊重してしつこく起こすのがいいのか。結局私は、十回ほど彼女を呼んで、止めた。
すると、七時を過ぎて、彼女がぷりぷり怒りながら起きてくる。どうして起こしてくれなかったの、と来る。だから何度も起こしたんだよと言い返すと、いや、起こしてないと怒る。どうしてそんなに起きたかったのかを尋ねると、担当した放送の言葉を練習したかったらしい。これじゃぁもう練習できないじゃない!と泣きそうな顔をされ、私は困ってしまう。とりあえず彼女の髪を結い、椅子に座らせ、おにぎりを渡す。

そういえば昨日、差出人不明の手紙が届いたのだった。今の私の住所を知っている誰かからなのだろうが、それが思い当たらない。お借りしているものがそのままになってしまい申し訳ございません。でも必ずお返ししますから。と、白い便箋にしたためてあった。誰だろう。私は何を貸したのだろう。覚えていない。多分きっと、縁遠くなった誰かなのだろうけれども。
そして思った。もう、いい。私が何を貸していたとしても、今はもういい。元気でいてください、と。思い出せない誰かに向かって、そう呟くしか、私にはもうできないから。私がここを引っ越したら、この手紙ももう届くことは、ない。
私たちは、いつここを動くことになるか、それさえも、定かではない。

娘を急かして玄関を出る。今日も朝練の音が響き渡っている。リレーの選手たちと鼓笛隊の音。それを背に私たちは急いで階段を駆け下りる。少し葉を丸めたアメリカン・ブルーが私たちを見送ってくれる。今日帰ったら必ず水遣りをしなければ。

自転車に乗っていると母から突然電話がくる。銀杏の木の下に自転車を止め、話を聞く。テレビで偶然見たのよ、私たちだけじゃないって、あなたたちの年代も、肝炎の疑いがあるらしいわ、検査受けなさい! 母が矢継ぎ早に言う。一ヶ月に一度になった検査を受けに行ったその待合室で、テレビを偶然見たらしい。母はもう、心配の嵐だ。あなたはよく歯医者に行っているけど、そこで血止めの薬とか使ってない? うーん、どうだろう、気にしてなかった。そういうのがよくないのよ、肝炎につながるのよ、検査、近いうち必ず受けてよ。分かった、約束するから、ね。私はもう寿命が決まってるようなものだし年も年だから諦めがつくけど、あなたにはまだ娘がいるんですからね、ちゃんとやってよ! 母の悲鳴がぐさぐさと心に刺さる。諦めたと言っても、母はそうやって自分を宥めているだけなのだということを、改めて痛感する。
そして母がぽつり、言う。うちの家系はほんと、みんな早死にだから。
確かにそうだ。祖母も叔父も68で亡くなった。二人とも癌だった。全身に癌が転移して、そして亡くなった。骸骨のようにやせ細って。大叔母も白血病で亡くなった。身体に水がたまり、ぼろぼろになりながら亡くなった。
年上の友達がみんな言ってたわ。65を過ぎると突然身体にがたが来るんですって。そこを越えられるか越えられないかで、70代を生きられるかどうかが決まるって。あなた、ちゃんと生きなくちゃだめよ。畳み掛けるように母が言う。
私は母が30の時の子供だ。そして私も30の時に娘を産んだ。母と私の年齢の差はそのまま、娘と私の年齢差にも当てはまる。母の年齢になったとき、私はどんな思いで娘を見つめているのだろう。私が母の年齢になった時…そこまで生きることなど私はこれっぽっちも考えていなかったけれども、でも、生きることができたとき、私はどんなふうになっているのだろう。

再び漕ぎ出した自転車は、風を切って進む。銀杏並木を瞬く間に過ぎ、今、モミジフウの場所も過ぎた。そして目の前に広がるのは、海、だ。
この近くから、ヘリコプターが港を周遊するのだという。一回約10分。でもそれは、飛行機とはまた違う光景を私たちに見せてくれるのだという。ねぇママ、全教科100点とったらヘリコプター乗せてね、と、言っていた娘の言葉を思い出す。もうかなり前のことだ。娘はもう忘れているかもしれない。
乗せてやることが、できるだろうか、いつか。別に点数を取る取らない関係なく、彼女をヘリコプターや船に乗せてやれるような身分になれるだろうか、いつか。
耳に挿したヘッドフォンから、シークレットガーデンの、エスケープという曲が丁度流れてくる。エスケープ、か。私はもし逃げるなら何処に逃げたい? でももう、逃げる場所なんてない。私はここから歩いていくしかない。
さぁ、ひとつ深呼吸、気持ちを変えて、今日も行こう。一日はもう、始まっている。


2009年09月17日(木) 
ミルクの回し車の音で目が覚める。朝からからからと忙しい。もっと走れ、もっと走れ、おまえはうちに来てからあっという間に太って、もはやそのおなかは間違いなくメタボとしか言えない様相になっているのだから。私はその音を聞きながらベランダに出て髪を梳く。今日は少し風が強い。薔薇の枝がこぞって揺れている。街路樹の緑がざわざわと揺れている。
空が徐々に徐々に明るくなってゆく。今日はこれならきれいに晴れるのだろう。地平線際に横たわっていた雲も風に押されてぐいぐい流れてゆく。ひとところにとどまっているものは誰もいない。
先日挿した薔薇の枝の中で、新芽を持ったものがやけに元気だ。他のものは少しずつ葉を垂れさせているのに、そのものだけがぴんと上を向いている。もしかしたらこれはいけるかもしれない。私はその新芽にそっと触れてみる。みずみずしい力強さが私の指の腹を跳ね返す。
明るい桃色の、丸々と咲く薔薇が、どうしてもきちんとは花開かない。まん丸に太り、花びらを三、四枚開いたところで止まっている。これは肥料が足りないのだろうか。私はじっとその花を見つめる。小さいながらもふわりと咲く様を見てみたいのだけれど。液肥がちゃんとささっているのを確かめて、私は部屋に戻る。
ステレオのスイッチを入れると、シークレットガーデンのプロミスという曲がかかる。私はその音を聞きながら、朝の仕事を始める。

最近、腕の傷跡が少し痛痒い。気づくとつい腕を掻いている。季節の変わり目はたいていそうだ。もう切らなくなってずいぶん経つのに、と思う。私の左腕には一面傷があって、それはもう隙間なくあって、だから目を閉じて腕を触っても、その傷跡がありありと分かる。よくもまぁここまで切ったものだと思う。いまさらではあるけれども。
私が腕をざくざくと切り始めた頃、その頃の主治医が私に言った。左腕は切ってもいい、でも、その腕以外のところは決して切らないで、約束してちょうだいね。どういう意図で医者がそう言ったのか、私には分からない。でも、その言葉があったから、私は長いこと左腕を切ることだけで何とか自分を押しとどめてこれた。今見ても、右腕にあるのは数えるほどの傷だけだ。それも左に比べたら全く浅く、今では白い傷跡になっている。左のような、へこんだぼこぼこの皮膚ではない。
あの言葉がなかったら。私はもしかしたら、体中を滅多切りにしていたかもしれない。実際何度、自分の胸や首に刃を向けたか知れない。けれど、向けるたび、あの声が蘇ってきたのだ。左腕以外は切ってはいけないよ、という声が。
切らなくなって、傷が治っても、私の皮膚のこのでこぼこさはもう戻らない。段々になったようなこの皮膚はもう元には戻らない。
そして時々思い出す。左腕以外は切らないで。あのときの主治医の声を。

多分、左腕は、私が生き延びるための犠牲になったんだと今は思う。あの頃私が時間を越えるための犠牲になってくれたのだ、と。
そして生き延びて、思うのだ、左腕だけでよかった、と。あそこからさらにこうして自分が今在ることなど、あの頃は想像もできなかったから、だからこそ容赦なく切りつけることができた。傷つけることができた。でも。
生き延びるということは、その傷を背負って、引き受けて、生きることだということを、私はあの頃知らなかった。そこを越えてもなお生き延びてゆこうとすることは、その傷跡と共に生きることなのだということを、私は知らなかった。

時々。本当に時々、重くなることがある。この腕が、この傷跡が。
見るに見かねた父母が、一度だけこんなことを言ったことがある。皮膚移植したらどうだろう、と。それほどに醜い腕だった。
言われて、気づいた。
この傷跡には、私が関わってきた人たちの生き血がこもっているのではないだろうか、と。
もちろんそれは私の錯覚で、私の勝手な想像で、現実ではないことは分かっている。でも。
私が夜を越えるために腕を切り裂き、血を滴らせていたあの頃、いろんな人たちがいろんな形で私を支えてくれた。その人たちの涙や呻きが、この傷跡になって残っているのではないか、と、そんなふうに私には思えたのだ。
私のあまりの血まみれの腕に、ショックを受け、それがトラウマになってしまった人も中にはいる。私は、そうやって多くの人たちを傷つけてきた。多くの人たちを泣かせてきた。私が生き延びていることは、その人たちの傷や涙の上に在る。
だから。父母に言った。それはいいよ、と。やめておく、と。もちろん、この傷を皮膚を新しいものに変えることができたら、それはそれでまた違う人生が待っているのかもしれない。けれど。
多分きっと私はこの傷がこの腕がここに在ったことを忘れることはできない。皮膚が美しくなったとしても、その向こうに、でこぼこの、傷だらけだった皮膚を思い出すだろう。それならば、正面切ってこの傷を引き受けて行く方がいい。そう思った。
時々この腕は重くなる。時々この腕は呻く。覚えているか、覚えているか、と。だから私は、そっと撫でてなだめる。ああ、覚えているよ、覚えている、忘れてなんていやしない、だから、眠っていい。私はちゃんと生き延びてゆくから、と。

少し前、友人の娘さんが言っていたという言葉を思い出す。傷だらけの腕でもちゃんと堂々と出して歩いてるんだね、という言葉。
いや、違う、そんな立派なものじゃない。でも、この腕は私の一部で、間違いなく私の一部で、だから私はそれを引き受けていたいだけなんだ。逃げたくないだけなんだ。この腕に関わった多くの人たちのあの目を忘れたくないだけなんだ。

寝癖だらけの髪の毛で娘が起きてくる。次に何をするのかと思いきや、金魚に餌をやりにいく姿。おお、ちゃんと金魚のことも構っているのか。すっかりミルクやココアの世話にかかりっきりになっているのかと思ったが、これなら大丈夫だなと私は安心する。ねぇママ、水草が邪魔なんだよね。うーん、なんか伸びすぎたね。これでもこの前水槽を掃除したとき半分に切ったんだけど。でも邪魔だよ。どうする? うーん。
朝から水槽の前、二人して頭を抱える。そんな私たちにお構いなしに、金魚は餌を忙しげに食べている。

娘は袖なし短パンで、私は半袖のポロシャツを着て、玄関を出る。玄関を開けると途端に耳に飛び込んでくる鼓笛隊の音。運動会の朝練だ。今日は応援団も練習に加わっている。歌声が右で弾け、リレーの選手の掛け声が左で弾け、校庭は子供らの息吹でいっぱいだ。放送係を担当する娘は、何の因果か、高学年のリレーの放送の担当にもなった。娘はそれについて何も言わない。他に担当する二種目についてはあれこれ説明してくれるのだが、リレーに関しては何も言わない。何も言わないということが、逆に本当はどれほど言いたいことを含んでいるかを思わせる。でも、私も、あえて何も言わない。
登校班も、今日のような日は、娘は同じ学年の仲間がひとりもいなくて、とぼとぼ歩いていく。その背中を見送りながら、私は心の中エールを送る。娘よ、負けるな、潰れるな、ママはちゃんとここであなたを見ているから。

風が強いせいだろう、今日は波が高い。きらきらきらきらと弾ける波間に、魚が時折ぴょーんと飛び跳ねる。白い飛沫があがっては弾ける。
ふと私は左腕を見やる。白い光に晒されて、腕はちょっと気持ちよさげだ。
今日やることは何だったか、母に捜して欲しいといわれたものも探しておかなければ。今日の娘の復習に必要な素材も用意しておかなければ。考えてみたらあれこれやらなくてはならないことがあるではないか。私は自転車を漕ぐ足にいっそう力を込める。
ぐずぐずしてはいられない、さぁ今日も一日が始まる。


2009年09月16日(水) 
どんよりした雲がまだ空を覆っている。けれど雨は止んだ。見下ろせばまだ濡れているアスファルト。どのくらいの時間まで降っていたのだろう。行き交う人は誰もいない。まだ殆ど動き出していない街をこうして眺めていると、箱庭を見ているような気持ちになる。じっとただ膝を抱えて、目の前に広がる箱庭を見つめている、そんな気持ちに。
思い切ってイフェイオンとムスカリの伸びてきた葉を短く切り詰めてみることにする。今から伸び始めてしまうと、葉がだらしなくびろりんと伸びるだけだからだ。心の中で、ちょっと痛いけど我慢してね、などと呟いてしまってから、苦笑する。植物は痛いのかな、どうなのかな、それとも人が髪の毛を切られるような感覚なのだろうか。いややっぱり、主要な葉を切られるのだもの、少なくとも擦り傷を負ったような感触はあるんじゃないだろうか、なんてあれこれ想像する。
あぁそうだ、口に出すか出さないか、その違いはなんて大きいのだろう。声にするかしないか、その違いはなんて大きいのだろう。今もし植物が一斉に声を持ったなら。街路樹たちは何をささやきだすのだろう。薔薇たちは何を叫びだすのだろう。声を持たないから私は知らないだけで、本当は。
そう思ったら、突然ちょっと怖くなった。申し訳なくなった。だから緑に向かって小さく頭を下げる。もしかしたら知らぬうちに君たちを私は踏みにじっていやしなかったか。ごめんね、いつもいつもありがとう。
人も、同じだ。その人が声にしていないから口に出していないから何も感じていない何も悩んでいないきっと元気でやっている、とつい思ってしまうことがある。けれど本当のところは誰も知らないんだ。本当の心の声を知っているのはその本人だけ。そう、他の誰にも、それはわからないんだ。

友人と話す。その友人は、多分、今私の近くにいる人のうちでとてもとても昔から私を知っている人だ。そう、昔から。だから、私が最も病に苦しんでいた時期をよく知っている。
彼女から、あの頃大変だったのよと笑われる。突然電話してきたかと思えば何を言っているのか分からない、呂律の回らない状態で、もちろん話も何がなんだか分からない状態で。そういうことが一体何度あったか分からない。そう言って彼女が笑う。
そう、それでも彼女はそんな私につきあってくれていたのだった。彼女が言う。もう忘れてるでしょ、こんなことがあったのよ、あんなことがあったのよ。そう話してくれる彼女がからからと笑ってくれる。ごめん、本当に覚えてない、と謝りながら私もそれに耳を傾ける。思い返してみれば確かに、彼女に電話をし、彼女に半ば説得されるような形で病院に駆け込んだことが何度あったことか。血だらけの腕で彼女に助けを求めたことが何度あったことか。もうそれは、数えられるものではない。
彼女と話しながら、あぁそれでも彼女は、今もこうしてそばにいてくれているのだなぁと切実に私は感じていた。それがどれほどにありがたいことか、今なら、分かる。
彼女が言う。今あなたの周りにいる多くの人は、その当時のことを知らないから、多分、あなたはもう大丈夫で、平気で、毎日を何なく過ごしているのだ、と思っているだろう、と。あなたが表に出すものだけを見たなら、そう受け取られるだろう、だから何を言っても平気だろう、何をしても大丈夫だろうと思われるんだろう、と。
私は。もう、そう言ってくれる人が、こうして今ひとり居るというそのことだけで、十分に救われた。私が何かを訴えることがなくても、私の気持ちをそっと黙って汲み取ってくれる人がいるということが、どれほど私の支えになることか。今これを書いていても涙がこみ上げてくるほど、それは嬉しいことなのだ。
本当に本当にありがとう。
眠りについた娘の隣で、私は彼女の顔を思い出す。そして、娘に向かってそっと呟く。ねぇ、友達はたくさんあればいいってものじゃないよ、たった一人でいい、本当に心を打ち明けられる相手がいれば、それで生きていけるんだよ、と。だからね、心の友を、たった一人でいい、一生にたった一人でもいい、作っておいき、娘よ。

電話が突然鳴る。出ると、声も虚ろな遠い西の街に住む友人からだった。彼女が今どれほど混乱しているのかがありありと伝わってくる。だから私はただじっとそれに耳を傾ける。
彼女が話せることを、話したいことを、私はどれだけ汲み取ってゆけるのか。耳を傾けられるのか。そのことを強く思った。今私にできることは何なのだろう。
少しずつ少しずつ、受話器の向こう、実体をともなってくる声に、私はほっとする。大丈夫、ここまで声が出れば、今は大丈夫。ねぇだから、今はゆっくりお休み。しばらくつながっていた電話をそっと戻しながら、私は祈る。

おはようより先に、トイレに言ってくると言って起き出す娘。梅を散らしたおにぎりを用意しながら私は待つ。ねぇママ、私ね、マイケル・ジャクソンおたくって言われた。何で? マイケル・ジャクソンのビデオとか見たことあるからだって。えー、それだけでおたくって言わないよ。そうなの? うん。でもさ、マイケル・ジャクソンが嫌いな人もいるんだね。そりゃいるでしょう、ママも中学生の頃は好きじゃなかった。そうなの?! うん、そう。その頃はピンク・フロイドとかドノバンとかが好きだった。何それ? えーっと。そういう人たちがいたの。ふーん。私はマイケル・ジャクソンにダンス習いたかったなぁ。すごいこと言うねぇ、まぁもし言ったら教えてくれたかもしれないけど。ママ、またビデオ見せて。
娘と二人、朝からコンピューターの前、あれがいい、これがいいと頭をつき合わせる。後ろではミルクが朝から回し車で遊ぶ音が響いている。

そう、書いてしまえば、ただそれだけの毎日。淡々と淡々と毎日を紡いでいる、私たちの記録。私が残そうとしているものは、ただそれだけだ。
荒れ狂う日もある。泣き崩れる日もある。毒を吐かずにはいられない日だってある。私は未熟な人間だから、当然そうした未熟な分だけ、半端な日がたとえようもなくたくさんある。いや、ほぼ毎日そうだ。でもだからといって。
それを嘆きたくはない。それを訴えたいとも思わない。外に向けて叫びたいとは思わない。今は、そういう自分がいる。

自転車にまたがり埋立地を走る頃、空は徐々に徐々に明るくなり始める。これならもう雨は降らないだろう。晴れてくれるかもしれない。海の方を見れば、青空がぱっくり、顔を見せているのに気づく。
今日もまた私は無事に乗り切れるだろうか。一瞬よぎる不安を私は即座に拭う。大丈夫、私は今日もまた越えてゆく。傷つけたり傷ついたりしながらも、それでも私はまた今日を越えてゆく。
腕をこれでもかというほど切りつけ血を流してしか越えられない夜があった。薬に溺れてしか越えられない夜があった。そんな私なのに今こうしてここに在れるのは、そういう私をそのたびそのたび手を差し伸べ支えてくれた多くの手があったからだ。もう今はそばにいない手がどれもど多くあるだろう。今そばになくとも、あの時私を救ってくれた支えてくれたこと、だからこそ私が今ここに在れること、それがどれほど尊いことであるのか、それを私は忘れてはならない。
彼女らがいたからこそ、今私は在る。もう死にたいと何度喚いて飛び込んできたかしれない私をそれでも支えてきてくれた彼女らの手があったからこそ、今私は在る。
だからもう私は言わない。死にたいなどと言うことはない。だって。
そう、今私は生きることが本当は好きなのだ。たとえようもないほど、生きることがそう、好きだから。


2009年09月15日(火) 
まだ夜は明けない。どんよりとした暗い空の下、私はベランダでひとり髪を梳く。風がずいぶんと冷たくなった。半袖では鳥肌が立つ。ベランダの手すりに寄りかかり、街をぼんやりと見やる。何処からともなく鴉の姿。電柱に一度止まった後、一直線にゴミ置き場に舞い降りる。そうだ、今日はゴミの日だったと思い出しながら、私は鴉を見つめる。私は鴉が苦手だ。学生の頃、目の前を歩いていた人の頭を鴉がその鋭い嘴で突付いたときの光景が思い出される。それは突然で、あまりに鮮烈だった。赤い血がぱっと辺りに散って、頭を抱えてその人がしゃがみこんだときには鴉はもう飛び去っていた。近くに巣があり、気が立っていたのだろう。そうだとしてもあの、太い鋭い嘴の印象は忘れられない。だから鴉が飛んでくると、どうしてもその行き先を確かめてしまう。好きだからではなく、怖いから、そうせずにはいられない。

そしてふと足元の、置きっぱなしにしておいた鉢を見、ぎょっとする。もう芽が出ているじゃないか。この葉はイフェイオンと、ムスカリだ。あぁ、油断していた。それにしたって、この鉢にはもう長いこと水をやっていない。それにも関わらず芽を出すとは。私は半ば呆れ、その鉢の傍らにしゃがみこむ。なんて強いのだろう。なんて逞しいのだろう。この生命力は一体、何処から来ているのだろう。
徐々に徐々に空が明るくなってくる。しかし、今日はどんよりした雲行き。いつ雨が落ちてきてもおかしくはない。今日は社会科見学があるのだと娘は言っていたが。大丈夫だろうか。見上げる空から、今にも雨粒が落ちてきそうだ。
今朝もまた、私は水槽を覗き込む。大丈夫、元気だ。色艶もいい。二匹の金魚をじっと見つめ、私は確かめる。自然、餌に手が伸び、気づいて止めた。これは娘の仕事だ。小さな仕事かもしれないが、娘の仕事は娘の仕事、私がやってはいけない。

昨日は病院だった。カウンセリングの日。聞かれるまま、応えてゆく。そして途中から私は、疑問を投げかける。カウンセリングと診察はリンクしていないのか、と。あまりにちぐはぐな診察とカウンセリングに挟まれて、正直私は辟易しているからだ。医者に言われるままに始めたカウンセリングだった。しかし話ができず、何度も医者に無理だと訴えた、しかし医者は、同じ女性同士話ができないでどうするの一点張りだった。そうして私はメモをカウンセラーに手渡すようになる。そのメモに沿って話を進めてもらう。そうやって少しずつカウンセリングにも慣れてきたが、慣れてくるにつれ、診察とカウンセリングの隔たりに悩むようになった。カウンセラーが応える。できるだけ連携をとれるように努力します、と。努力しますというのは、具体的にどのようにやるのか、と問う。返事が滞る。私も黙る。そうしてカウンセリングの時間が終わる。
薬はまだ必要だ。カウンセリングも多分、何かしら必要なのだろう。しかし、このままの形で診察とカウンセリングを平行して受け続けて、私はその先に何を見出せるだろう。私はPTSDを克服したいのだ。そのためにここに通っている。その目的が曖昧になってゆくのなら、別の方法なり別の道、別の手段も考慮に入れていかなければならないかもしれない。
次回のカウンセリングの予約票を何となく眺めながら、私は、自分は何処へ行こうとしているのだろうとぼんやり思う。

鞄が小さく震えた。携帯電話を見ると珍しく母からのメール。「花をありがとう。宿根草だから増えたらあげるわね。黄色は幸せを呼ぶ色なのよ…」。母らしいメールだ。あの花が実家の庭の一隅でふわふわと風に揺れる様を思った。そんな日が早く来ればいい。あの雲が東に流れゆく間にも、母の命は一刻一刻刻まれている。それを言ったらもちろん私や娘、父の命も同じだ。しかし。もう寿命を宣告されている者は。その命をどう生きるか。私はそのことを、母を思うときいつも考える。自分が寿命を宣告されたとしたら。どう生きることができるだろう。死への恐怖が勝ってしまうときだってあるだろうに、しかし母は今のところその様子を私に出したことはない。この年になれば寿命があと何年って言われても同じなのよとさらっと言うが、それでも。
黄色は幸せを呼ぶ色なのよ。死を前にしても、そう言って微笑めるような、そんな人間であれたら。母の姿を思い浮かべながら、私はそのことを思う。

朝の一仕事を早めに終え、ベランダの方から順々に水遣りをする。ホワイトクリスマスもマリリンモンローも、パスカリも諸々の薔薇たちがみなこぞって蕾をつけている。そして何より新芽だ。赤い赤い新芽があちこちから顔を出している。こういう姿を見るとき、私は本当に嬉しくなる。生きているのだな、呼吸しているのだなということがありありと分かって。
ステレオから、姫神の「大地はほの白く」が流れてくる。それと共に娘も起きてくる。
私が籠の前に座って、つまんないなぁと呟いていると、娘が、キャベツあげればいいじゃん、と言う。あぁそういえばそうだった、と、冷蔵庫からキャベツの葉をちぎって出す。巣の前に差し出ししばらくすると、くんくんと震える鼻が出てきた。ミルクもココアも起きてはいたらしい。名前をそれぞれ呼びながらしばらく待つと、両方でそれぞれにキャベツを食べ始めた。がりがりと大きな食べっぷりのミルクに、しゃりしゃりと小さく手で押さえて食べるココア。その食べ方の違いがあまりに明らかで、ちょっと笑ってしまう。

玄関を開けると、今日は応援団の朝練らしい、歌声が聞こえてきた。娘が少しうらやましそうにそれを見ている。応援団になれなかったのは残念だったねと、心の中で私は呟く。
じゃぁね、それじゃぁね、手を振り合ったところで、ぽつり、雨が降ってきた。あ、傘、と言いかけて止める。もう娘は歩き出している。私もそのまま自転車にまたがる。
重たげな雲の下、今日もまた一日が始まろうとしている。


2009年09月14日(月) 
空の裾に灰色の雲が横たわる。朝というのはたいていそうだ。空の裾野に雲が横たわっている。そして今日は。きっといい天気になるのだろう。のぼるほどに明るい色合い。東から伸びてこようとする陽光にもう空は応えている。
ベランダに立ちそうやって空を眺めながら、私は髪を梳く。微かな風がよぎる。薔薇の蕾たちが一斉にふるりんと揺れる。静かな時間だからこそ確かめられるその感触を、私はしばし楽しむ。
そうして振り返れば金魚の水槽。私はじっと覗き込む。今のところ大丈夫だ。新しくやってきた金魚は、すでに居た金魚と追いかけたり追いかけられたりして水草の間を泳いでいる。ペットショップの人の言葉で私はかなり心配していたのだ。水が違うだけですぐにだめになりますから。それは当たり前の言葉だったのだけれども、つい先日金魚の死に出会ったばかりの私には、鋭く響いた。今までだって受け取っている言葉だったけれども、それでもなお、その言葉は痛かった。だから昨夜夢にまで金魚が出てきた。死んだ金魚。ぬめる金魚。目の澱んだ金魚。
ミルクとココアは眠っているのだろう、ふたりとも巣に入っている。と思ったら、ミルクが鼻をひくつかせながら出てきた。私の姿を確かめると、途端に出入り口のところにやってくる。そして今か今かと待っている。朝は忙しいのだけれどもなぁと苦笑しながら、私はそっと抱き上げる。ちょっと手のひらで遊ぶと、すぐに飽きるのか、人の指を噛んでくる。私はそれに合わせてミルクを巣に戻す。
そうしている間にも東からの陽光はどんどん広がり、部屋の中も明るくなってくる。夜は明ける。静かに静かに。

昨日娘を迎えに電車に乗る直前、思いついて花を買う。リンドウに最初手が伸びるが、ちょっと迷った末、黄色い花を選ぶ。リンドウは私が大好きな花の一つだけれど、今の母には黄色の方が似合うかもしれない。そう思って。
敬老の日に以前花を贈ったら、父にむっとされた。おまえに老人扱いされる覚えはない、とのことだった。私は唖然とし、同時に苦笑したが、まぁ父らしい一言だった。なので、敬老の日そのものにプレゼントするのは、孫である娘の役目にまわし、私はその前後に何か贈ることにしている。今年はこの、可憐な小さな黄色い花。
電車に乗って30分弱、改札口に行くと娘が飛んできた。それを確かめて父が帰ろうとするのを引きとめ、黄色い花の鉢植えを渡す。あくまで父にでなく母へ、ということで。父に何かを贈ろうとすると、金もないくせに、とぶつぶつ言われるので、私は父には直接何かを贈らないようにしている。全く、気を使わせる親だな、とちょっと思いはするけれど、それが父らしいといえば父らしいのだ、だから、お母さんにね、と言って手渡す。何も言わず、ただ肯いて父は受け取る。
電車の中で娘とあれこれ話をする。朝のばばとのウォーキングの最中に、また栗をひろってきたのだ、という話。いがいがの栗を足で割るにはコツがいるのだという話。スイミングスクールで自己ベストが出た話、もうじじは何泳ぎでも自分に叶わないのだという話、あれやこれや娘の話は続く。そうしているうちに電車は、横浜に到着する。
行き交う人たちの間で、私たちは靴の話をする。ねぇママ、私ブーツがほしい。えー、ママだって持ってないのにもうブーツですか、それは無理ですよ。えー、ブーツ欲しいよぉ。お財布に相談して考えましょう。今は無理です、はい。じゃぁママの靴、何か買おうよ。見るのはいいけど、買うのは無理だね、うん。ほら、お財布はこんな具合です。あ、ない。うん、ない。そうして私たちは笑い合う。でも、一応見るだけねと言いながら私たちは靴屋を散策する。娘は小四ですでに23.5センチ、私は25.5センチという、二人ともでか足の持ち主。見るところは当然限られていて、LLサイズのコーナーだ。かわいいの全然ないねぇ。ないねぇ。でかいからねぇ、かわいいのはないんでしょう。ママ、これどう? ヤダ、絶対やだ、そんな派手な靴、はきたくない。えー、かわいいじゃん、ピンク。ママにピンクの靴なんて似合うと思う? 似合わないかも。でしょ、無理です。結局、納得できる靴はひとつもなく。私たちは早々に退散する。

朝の一仕事の最中、娘が突如、ママ、夢見た、と、泣きそうな顔で起きてくる。どうしたの、と聞くと、ミルクとココアが死ぬ夢を見た、という。大丈夫、ほら、見てごらん、ふたりとも元気だよ、と私が指さす。娘は恐る恐る籠に近づく。そして、ふたりの姿をそれぞれ確かめ、大きな安堵のため息をつく。夢かぁ。夢だよ。そっかぁ、よかったぁ。
昨日珍しく買ってみたパンで今日は朝食だ。娘は明太子ポテトのパン、私はきのこ入りのパン。それぞれむしゃむしゃ食べる。食べながら私は、ふと思いついて娘に言う。
ねぇ、ママ今日、少し早く出てもいい? なんで? お家賃とか振り込まなくちゃいけないから。いいよ。この前だってやったじゃん。自分で窓とか全部閉めて鍵しめてってできるよね? うん、できる。じゃぁ、ママ、出掛けるよ。
パンツ一丁の姿で見送りに出てこようとする娘を何とか押しとどめ、私は玄関で手を振る。頼んだよ、じゃぁね。うん、じゃぁねー。
大丈夫だろうか。不安はある。でも。これも練習。泥棒が入ったって、取っていけるようなものは大してないはず…。

電車に揺られ、私は病院の最寄り駅を目指す。今日はカウンセリングだ。話すことは山ほどありそうだけれども、私が果たして口にだすのかどうか。口に出すことがちょっとでも面倒になると、私はだんまりを決め込んでしまうところがあるから。カウンセラーにとっては扱いづらいだろうなぁと思う。でも、言葉が言葉として正確に形にならないまま口に出すことが、私にはどうしてもできない。曖昧な形で口に出すことが、どうしてもできない。本当は、カウンセリングという場だからこそ、多少曖昧でも口に出して、カウンセラーと共同作業でそれを明確にしてゆくのかもしれないのだけれど。まだ私には、それができない。

店に入るとき注文したカフェオレはもうすっかりぬるくなってしまった。気づけばこんな時間。銀行に寄ったらちょうどよく病院の時間になるだろう。娘は無事に、学校へ出掛けたろうか。鍵っ子、というものに我が子がなることなど、彼女を産んだときには想像もしなかった。でも、今それは現実だ。これからますます、そうなっていく可能性は高い。馴れていかないと、お互いに。私は自分で自分にそう言いきかせる。

空は高く高く、眩しいほど光渦巻いている。眉間にしわを寄せて歩いていく人、携帯の画面をひたすら見つめてゆく人、子供の手を引いて小走りに改札に飛び込んでゆく人。朝の時間は忙しい。
私もそろそろ、席を立とうか。
手を伸ばしてもとても届きそうにない高い空を仰ぎ、今日一日を思い描く。
さぁ今日も一日が始まる。二度とない、唯一無二の、今日という一日が。


2009年09月13日(日) 
窓を開けると一面朝靄が広がっている。あぁなんて柔らかい景色なんだろう。私はしばしその様子に見入ってしまう。少しずつ明るくなっていく空から薄いヴェールが降りているかのようだ。街の鋭い輪郭が、みんな仄かに浮かび上がって、まるで生まれたての芽のようだ。
金魚が死んだ。朝一番の覗き込んだ水槽の中、水草にひっかかって死んでいた。私はそっとビニールに遺体をくるむ。金魚の身体はぷよぷよしてやわく、ちょっと爪を立てたら破裂してしまいそうだ。そっとそっと遺体を運んで、土に還す。長い間ありがとう。おまえを、でかすぎるとかでぶすぎるとからかったりしたこともあったけれど、毎朝その長い尾ひれを眺めるのはとても楽しかった。美しい流線型にうっとりもした。朱文金という種にあたるおまえは、白銀の身体に黒や赤のぶちをつけていて、水草の間をするりと泳ぐときなど、その鮮やかな色の帯は目を見張るものがあった。本当に長いことありがとう。私は金魚といた時間を思い返しながら、土をそっとかける。そして、水槽にいつもの半分ほどの餌をまく。途端にぱくぱくと小さな口が餌を食べてゆく。小さな小さな、死んだ金魚の四分の一あるかないかの体の金魚。おまえはどこまで大きくなってくれるだろう。大きく育て。心の中でそう、私は呟く。

昨日病院でもらった目薬は、目に挿すと目尻がとてもかゆくなる。しばらく我慢しないと、掻き毟りたくなる。薬局でもらった効能を確かめれば、それは確かに、アレルギーの炎症を抑えるとあるのだが、本当にこれ効いているのだろうか、と疑いたくなる。しかし、まぁ医者を信じて私は目薬を指す。早くこの腫れや痒みが収まってくれますように。
ひとつ思いついたのは、目尻から零れる目薬を綿棒でそっとぬぐうこと。それだけで痒みが半減する。ぬぐっていいものなのかどうか分からないが、あまりの痒さに私はそうすることで掻き毟りたくなるのをしのいでいる。
夕方、疲れがどっと出たのか、うとうとしてしまう。気づけば娘に電話をかける時間をとおに過ぎている。慌てて電話をかける。母が出、娘はもううとうとしているからと返事が返ってくる。詫びに詫びて、明日またかけると言って電話を置く。ただそれだけなのだが、とてつもない失敗をした気がして、私はどっと汗が出る。参った、うとうとするなんて普段ないことだ。油断していた。私は目の前の時計に舌打ちし、目を伏せる。

そういえば昨日は雨だった。小雨が降ったり止んだり、かと思うと驟雨に変わったり。ちょうどその驟雨の中、私は自転車を飛ばして帰ってきたのだった。久しぶりにはいたスカートもポロシャツも、ぐっしょり濡れた。でも、私はとても楽しかった。
雨の中、傘をささずに自転車で走る。後先を考えなければ、これほど楽しいものはない。まさにざぁざぁと叩きつける雨の中突っ走っていると、まるで自分が一匹の獣になったかのような気分になれる。叩きつける雨をものともせず突っ切ってゆくことはだから、とても小気味よく、私の心に響いてくる。
でも私はあくまで人間であって獣ではない。家に帰ればぐっしょり濡れ雫の垂れる洋服や濡れそぼる髪を乾かさなければならない。これが面倒なのだ。これが面倒だから、仕方なく私は傘をさす。これさえなければ、私は傘なんて一本も持たないで過ごすかもしれない。そう、傘は便利な代物だけれど、雨の味を身体で味わえなくなるところがなんだかもったいなくて、私はいつもちょっとがっかりするのだ。何となく、どこか損をしている気持ちになるのだ。だから実は、幼子が母親に手をひかれながら雨合羽を着てちょこちょこ歩いているところなどに出会うと、ちょっとばかりうらやましくなっていたりする。

ふと母に愚痴をこぼしてみたくなり、今朝娘と話した後、ぼそりと声にしてみる。父のことだ。すると母は、からからと笑い、一言。「そりゃ無理よ、あの人にそれを分かれっていうのは。自分はいい時代に役員でやり通した人なんだから。無理無理!」。あまりのそのからりとした母の言い振りに、私も苦笑してしまう。確かに、今たとえば私が時給いくらかの仕事をしたとして、それをかつての父の時代の父の立場でのものと比べてしまったら、それは、「そんなもので働いているといえるのか?」となってしまうのだろう。それは私も頭では分かっている。そんな金しか得られないものは頑張っているなどと言えない、くだらない仕事としかみなせない、というのも、分からないわけじゃない。でも。そう、私はここで、でも、と思ってしまうのだ。流せないのだ、母は言う、「いいじゃない、流せば。そうねぇお父さんの時代はよかったわねぇ、私もその時代に生まれたかったわよくらい言い返せばいいのよ」と。そう考える思考回路が、どうも私には、ない。
「自分の人生なんだから、結局は自分がどれだけそれに満足できるか、しかないのよ」。母が言う。ここでそう切り返されるとは思っていなかった私は、どきりとする。
そう、自分の人生。自分以外の誰も生きることのできない、代わりになることのできない私の人生。私は今、自分の人生に納得しているだろうか?

朝の一仕事を少しばかり早く終え、私は早々に玄関を出る。アメリカン・ブルーの鉢に、いつものように朝陽が降り注いでいる。埋立地のビル群を見やれば、それもまた、淡い朝靄に包まれ、いつもより優しげに見えてくるから不思議だ。私はひとりきりなのに思い切り笑顔を浮かべたい気分になりつつ、自転車にまたがる。
さぁ、娘を迎えにゆくまでのあと数時間、めいいっぱい呼吸して過ごそう。まずは海まで。きっと今ならまだ間に合う。淡く光を乱反射させさざめく海に。


2009年09月12日(土) 
どんよりとした雲の下、目が覚める。何処を見ても雲だらけ。しかも灰色の。昨日の続きのように気持ちがどんよりする。しかし、それに呑まれるのは悔しいから、長い髪をばさりと振って、ベランダに出、髪を梳く。
ベランダから部屋を見やる。一番手前に金魚の水槽。その水槽を覗き込む。胸がじんじんする。大丈夫だろうか、まだあの金魚は大丈夫だろうか、じんじんと鳴る胸を抑えながら私は覗き込む。かろうじてまだ生きている。でも。昨日とはまた違う、もうほとんど口をぱくぱくもさせなければ、ただ水に浮かんでいるといった風情。こういう姿を見ると気持ちが参る。何も声をかけられないまま、私は水槽を離れ、流し場で水を一気に飲む。

ミルクとココアの様子を見る余裕もなく、朝の一仕事を始める。まだ娘は起きては来ない。しばし自分だけの時間。
昨日はそう、朝の時間だけが心地よかっただけで、その後はばたばた続きだった。仕事がひとつキャンセルになり、その後家に戻れば学校から呼び出し、それが終わったと思ったら父から暗い言葉。
今思い出しても憂鬱になる。

帰宅した娘に、大変だったね、と声をかける。娘は副校長をつれて帰ってきたから、私はとりあえず応対に出る。本当に申し訳ございませんでした、担任にはよくよく注意しておきますので、本当に申し訳ございません。それを繰り返すばかりの副校長。そりゃぁそうだろう、繰り返す以外、何の言葉があろうか。私はそれに、ハイ、ハイ、と応えつつ、これだけはと思う点を再度繰り返す。
部屋に戻ると、娘が明るい声で、ママ、副校長先生とお友達なの?と聞いてくる。何で?と聞くと、この前話したとき、副校長先生はママと友達になったって言ってた。そうなんだ、ふーん、じゃぁお友達かも。だから先生に何でも言いなさいって言われた。そうなんだ、そうだね、担任の先生に言いづらいようなことでも、副校長先生に言えばいいよ、何よりママに言ってね。それに対する返事はない。ね? 繰り返すと、うんうん、と適当な返事が返ってくる。分かっている。娘はすぐにどうこう口に出すタイプの子供ではない。溜め込んで溜め込んで、それでも自分で消化できないとなったとき、初めて口に出す、そういう子供だ。それだからなおさらに繰り返しそうになる。ねぇ、ママにくらい、何でも言ってよ、ね? でも私は、繰り返すことができなくて、ただ娘の背中を見つめる。

娘を塾に送り出すと、電話のベル。父からの電話。父が突然、思ってもみないことを言い出す。気持ちを落ち着けて話を聞かないと。そう思いながらも、まだ学校の出来事をひきずっている私は、落ち着いて彼の話を判断することができない。気持ちは分かる。こう言い出す気持ちも分かる。しかし、何故今?
小一時間。彼の話は続いた。彼がどれほど今、自分の年齢に対し心細くなっているかがとても伝わってきた。痛いほど伝わってきた。だから何とか応えたい。応えたいけれど。
「ごめん、ちょっと考えさせて。今すぐに返事できない」
私はそう応える。ごめん、父さん、私はこのことを、すぐに判断することができない。ちょっとでいいから時間をください。電話に向かって頭を下げる。心の中で、こんちくしょう、よわっちい自分、と自分を罵りながら。

いつの間にか雨が降り出した。まだ小雨だ。しかし、しっかり降っている。私は娘に声をかけ、おにぎりを用意する。娘が苦手なちりめんじゃこ入りのおにぎりだが、食べてもらおう。栄養はたっぷりのはず。
娘が起きたとたん、私の目をみやる。ママ、目、どうなった? ん、かゆい。上瞼も腫れてきた。だから言ったじゃない!掻いちゃダメって! 掻いてないってば。でも、痒いよ。どうするの? ん、今日、病院行く。
そう、昨日から右目がおかしかった。蚊に刺されたのかな、妙なところを蚊が刺すものだな、と思っていた。掻かないように気をつけていたものの、徐々に徐々に膨らんでくる。昨日の夜は痒くて痒くて、見かねた娘が濡れたハンカチを持ってきてくれたのだった。今朝、鏡を見たら、上瞼にまで赤みが広がっていた。なんだかここのところ、顔の右側が膿んだり腫れたり忙しい。

ゴミを出し、振り返るとバスが来ていた。娘と手をつないで通りを走って渡る。バスの飛び乗って私たちは駅へ向かう。娘は今日明日、じじばばの家で過ごす。
ねぇ、ママ、ちゃんと病院行かなくちゃだめだよ。分かってるって。娘はじっと私の目の縁を見つめ、繰り返し言う。私も、こんな顔であちこち歩きたくない。
ねぇ、金魚、もうだめかもしれないね。うん、そうかもしれない。長生きしたよね。そうだよね。それでも、死んじゃうのは哀しい。そうだね、哀しい。どこに埋めてあげるの? そうだなぁ、でも、まだ生きてるから、もしかしたら生き延びるかもしれないし。そうだよね。私が帰ってくるまで生きててくれるかなぁ。うん、そうお祈りしよう。
二人バスを降りる頃には、雨の粒が大きくなってきていた。このまま今日降るのだろうか。急いでいて、傘を持って出るのを忘れてしまった。
娘は雨の中、いっこうに構わずてこてこ歩く。しかし、階段になると、私の手に縋ってくる。骨折中、何度も滑って転んだ階段だ。怖くなるのは当たり前。私は彼女の手を握り返しながらゆっくり降りる。
じゃぁ日曜日ね!うん、日曜日にまたね!
手を振り合って私たちは別れる。しばしの別れ。その間に私は、考えることを考え、決めることを決めなければならない。あぁ。

雨がまた一段と強くなってきた。
いっそのこと、このまま、雨に打たれていようか。一瞬そんな考えが頭をよぎる。いやいや、私は頭を振って、その誘惑をかき消す。
やれることを、ひとつずつやっていこう。できることを、ひとつずつ積み重ねていこう。それしかできないのだから。ひとっとびに何かに至ることなんて、できることじゃないのだから。地道にひとつひとつ…。
私は自分にそう言い聞かせる。ちょっと下を向くと、憂鬱の波に飲まれそうだから、できるだけ上を向いて上を向いて私は歩く。
雨粒の飛沫が、目に、染みる。


2009年09月11日(金) 
目が覚める四時半。痛いなぁと思いながら横を見ると、娘が90度回転して、私の腰の辺りに頭突きしている。あぁこれのせいか、と納得し、私は寝床から立ち上がる。ふらりとして慌てて壁に手をつき身体を支える。最近このふらりが多い。今は朝だからというのもあるだろう。でもバスの中で、電車の中で、やたらにふらりと来るのは困る。栄養のあるものを食べていないのかしらなどと、最近のメニューを追ってみる。昨日は娘のリクエストで冷やし中華だった。私の冷やし中華はやたらに野菜が多くなる。昨日は、胡瓜とトマトの他に山芋とわかめも加わった。「ねぇ、ママ、具が多すぎるよ」と娘は文句を言いながら食べたんだっけ。苦笑しつつ私はベランダで髪の毛を梳かす。
薔薇のプランターたちを見やりながら、近々ここにもう一つ二つプランターが加わるんだと思い出す。さて、何処にどう置こうか。ベランダの半分はもうプランターで埋まっている。冬の球根の分もとっておかなければならない。さてさて、困った。もう一方のベランダにもプランターを運ぼうか、どうしようか。土も作っておかなければ。やらなければならないことが結構ある。

昨日の撮影は太陽光の変化にさんざん悩まされた。風がふいっと吹いただけで光の加減が変わる。モノクロならそれくらいごまかせるが、カラーになるとそうはいかない。だからカラーは苦手なんだと悪態をつきながら、私はカメラをあれこれ構え直す。それでも出来上がった代物は、撮り初めと撮り終わりの頃と微妙に背景の温度が変わっていて、調整が必要になる。あぁ自由に撮りたい、とつくづく思った。いまどき、仕事でモノクロなど殆どない。いや、全くないに等しい。カラーの、しかもデジタルになる。アナログ志向の私には撮影の仕事は合わないんだよ、などとぶつぶつ口の中で文句を言いながら、仕事を続ける。しかもここには時間も加わる。どれだけの時間内にやってのけられるかも。ひたすらじっと仕事をしていたら、なんだか体が痛痒くなってきた。錯覚だと分かっていても苛々してくる。あぁいやだ。カラーなんて嫌いだ。
モノクロ写真を焼いていると、私はほっとする。自由を感じる。ここで何をしてもいいよと励まされている気さえする。私の目は確かに色を映すけれども、私の頭はどうもモノクロでできていて、色味より輪郭に陰影に先に目が行く。もうこれは個人の習慣というか癖のようなものなのかもしれないが。

父母に電話がようやくつながる。電話口に出た父に、何も告げず一体何処で何をしていたのかとわざと問うてみる。わけの分からない、そうかそうかという言葉だけ残し、父がそそくさと母に電話を渡す。あの父がうろたえているさまが目に浮かび、思わず笑ってしまう。父にそうした仕草は似合わない。電話口に出た母が、ぶつぶつ文句を言いながら、私にちょっと出掛けてただけよと言い放つ。そうそう、こちらが心配しようが何しようが、文句言ってしかと背を伸ばして立っていて下さいよ、あなたたちは。そんなことを思う。どんな陰口を誰に叩かれようとびくともしない姿を貫いてください、それが私の父母です。陰でどんなに泣いていようと、そんな素振りちらとも見せず、その隙の無さに相手が苛々するほどの立ち姿で。
そんな、私が心配してかけた電話のはずなのに、孫のことばかり話す母。「一体夏休みどういう勉強をしていたの?」「何もできていないじゃない」「間違ったところを直すことだけしていたんでしょう、それじゃぁ勉強にならないのよ」「音読もこれでもかというほどひどくいい加減になってるの、あなた気がついてる?!」。小言は延々と続く。はいはい、ごめんなさい、分かりました、気をつけます、私は電話に向かって頭を下げる。
それでも。
居てくれるのだから、私の親はまだこうして生きていてくれているのだから、これほどありがたいものはないと思う。まだ生きていてくれている、それだけで、ありがたい。過去にどんなことがあったとしても。今は今。そう、今は今。過去は過去。

朝の一仕事を終えてふと籠を見ると、ミルクが一生懸命柵によじのぼっている。あなた、何やってるの、と声をかけて気づいた。軍手だ。籠のすぐそばに置いてある軍手に何とかして手を伸ばそうとしているのだ。それに気づいて、娘を呼ぶ。すると娘が、ねぇママ、ミルク、口に紐くっつけてる、と言う。どれ、と見ると、確かに、軍手にかぶりついたのだろう、軍手の解けた糸のはしきれがたらりと口から垂れている。娘にミルクを抱かせ、何とかその紐を引っ張り出そうとする。ミルクが何するんだといった顔で逃げ回る。私はしつこくこちらを向かせ、ようやく糸を引っ張り出す。五センチほどの長さの紐だった。こうやって軍手第一号は指が解けたわけか、とようやく納得する。ミルクはというと、あぁすっきり、といった様子で顔を洗っている。まったくもって、世話の焼けるヤツだ。その隣で、ココアは、ひょうひょうと、何食わぬ顔でひまわりの種を齧っている。

こんな朝は。何もかもがすんなり運ぶ気がしてくる。笑いながら、怒りながら、時々立ち止まりながらも、それでも一日がすんなり過ぎていきそうな気がする。

一瞬、割れた雲間からさぁっと朝日が降り注がれる。ちょうど玄関を出たところで、私たちは立ち止まる。アメリカン・ブルーの緑がきらきらと揺れる。向こうのビル群のガラス窓が、光を反射させ輝いている。少しずつ少しずつ、半袖では寒くなってきているなと思い振り返れば、娘はまだ、袖なしの、まさしく夏の格好でランドセルをしょっている。半袖同盟は今年も続くのだろうか。私は小さく笑いながらその後姿を眺める。

ハグしてキスして。手を振り合って。植木おじさんの朝顔も、もう残り一輪になった。その脇を娘は歩いて、私は自転車にまたがって通り過ぎる。さぁ、私たちの一日がまた、始まろうとしている。


2009年09月10日(木) 
涼やかな風がカーテンをそっと揺らしている。私はベランダに出て髪の毛を梳く。午前四時半。今日も目が覚めた。空はまだ雲に覆われ薄暗い。
薔薇の樹をぼんやり見やる。新たな新芽が幾つか。薔薇の新芽は赤子に似ている。生まれたばかりのときは縁が赤く赤く染まっているからだ。それが時間が経つにつれ徐々に緑色に変わってゆく。薔薇の芽も、生まれる瞬間、泣いているのだろうか。ふとそんなことを思う。声無き声。決して人には聞くことのかなわない声で。

昨夜はいつもより遅くまで起きて仕事をしていた。そのせいか、顔が腫れぼったい。私はいつもより勢いよく、ばしゃばしゃと顔を洗う。それなりの音を立てていたはずなのに、娘はぐうかぁ布団に包まって眠っている。
昨日から気になっていること。それは、大きな金魚のことだ。金魚鉢の前にかがみこみ、じっと中を見つめる。大きな金魚の動きがどうも気になる。いつものようにすいすい泳ごうとせず、ただひたすらじっとひとところに居る。口やえらが小さな金魚より激しくぱくぱく動く。
娘が、一言、寿命なのかな、と言っていた。もしかしたらそうなのかもしれない。一体この金魚は何年生きただろう。もうはっきり覚えていない。三、四年は間違いなく生きている。それ以上が思い出せないけれども。
ねぇ、大丈夫? 私は金魚に話しかける。私は大きな金魚に話しかけたのに、小さな金魚だけが寄ってくる。奥ではぁはぁしながらじっとしている大きな金魚。覚悟しておくべきなのだろうか。突然の死は哀しすぎる。辛すぎる。私は準備しておくべきなのだろうか。この子の死を。
実感がまだ、わかない。

後ろ髪を引かれながら、私は朝の一仕事にとりかかる。その間も風がカーテンを何度も揺らす。表通りを行き交う車の音が私の鼓膜を震わせる。

昨日会った友人が、共依存のことを気にしていた。人との距離感はこれで大丈夫だろうかというようなことも言っていたっけ。
共依存については、私にも苦い思い出が幾つか在る。その時は分からなかった。夢中だった。相手の求めることに応えること、相手の望みを一つでも多く叶えることに夢中だった。自分の足元がおぼつかなくなっているときでも構わず、その相手に応じた。そして結果は、共倒れなのだ。いつだって。
そういう苦い思いを幾つかしてみて、ようやく気がついた。それが共依存だということ。相手の為に、なんてことは結局、相手の為になどひとつもなっていなくて、むしろ相手の自律を妨げることにしかならないということも。
自分の癖のようになった代物を変えることは容易ではなかった。が、しかし、運のいいことに私には娘がいた。娘との生活を何より守るためには、自分がしっかり立っていなければならないということがあった。そのおかげで、私はなんとか方向転換できた。
そうして今の、私が在る。

目をこすりながら起きてきた娘もまた、金魚鉢の前に座っている。ねぇママ、やっぱりおかしいよね、この金魚。そうだね、おかしいね。寿命なのかな、死んじゃうのかな。娘は昨日と同じ言葉を繰り返す。そうかもしれないね。寿命なのかどうかは分からないけれども。私は返事をする。
今も水草の陰、口をぱくぱくさせながら、じっとしている大きな金魚。その周りを忙しげに泳ぎ回る小さい金魚。あまりに対照的で、それは少し、哀しい。

玄関を出ると今日も朝練の光景が目に飛び込んでくる。娘は昨日と打って変わって、ちらりとも見ようとしない。アメリカン・ブルーが朝の光と風を受けてゆらゆらと揺れている。今朝花は二つきり。さっさと階段を降り始める娘の後を追って、私も階段を下りてゆく。
今日は私も登校班を見送る係。娘の後に続いて自転車を押し、その場所へ行く。まだ誰もいない。すると、娘が私の腰に手を回してくる。ハグハグ。丸い小さな顔を胸元に押し付け、気持ちいいんだよねぇなどと言う。
横断歩道の向こうから同級生の姿が現れる。するとぱっと私から離れ、何食わぬ顔を始める娘。さっきまでの仕草と今の顔とがあまりに違いすぎて、私は思わず笑ってしまう。
それじゃぁいってらっしゃい。全員を見送る。そして私は自転車に足をかける。

銀杏並木の緑。まだ青々としている。でもこれもじきに薄くなって、やがては黄金色に変わるのだ。そして次はモミジフウの季節。褐色の、とげとげした、形の変わらぬ実を落とす。そうすればもう、私が待つ冬の到来だ。

今日は撮影の仕事がこの後控えている。その前に。海まで走ろう。そこで一本煙草が吸いたい。朝の贅沢。私は走りながら、今日の予定を頭の中で組み立てる。銀行、郵便局、撮影、画像処理、あぁそれから父母への電話も忘れないようにしなければ。あと他に何があったっけ。えぇっと…。
一日はあっという間に始まり終わる。さぁ急げ。波に乗り遅れないように。今頃海はきっと、朝の光を全身で受け、きらきらきらきらと輝いている。


2009年09月09日(水) 
もしかしたら四時半に起きることが癖になり始めているのかもしれない。今朝もその時刻に目が覚める。窓の向こうはどんよりと薄暗い。徐々に徐々に、日が昇る時刻も遅くなってきている。
ふと見るとミルクが小屋の中、一番狭苦しい場所に身体を挟んでいる。しばらく見ていても動く気配がない。ミルク、ミルク、どうしたの。読んでみると顔はこちらに向ける。もしかして挟まって出てこれないのだろうか。いや、あそこはそこまで狭い場所ではない。おかしいなぁ。ミルクミルク、どうしたの、何してるの。するとミルクは、ひょろっとその場所から出てきて、鼻をひくひくさせながら私の方に近づいてくる。なんだ、やっぱり挟まってるわけじゃなかったのか、心配したじゃない、何してるの、まったく。私が苦笑いしながら彼女に話しかけると、彼女は何言ってんの、挟まるわけないじゃない、といった顔つきで、後ろ足で立ちながらなおも鼻をひくつかせている。ちょっとだけ、と思い手を出すと、早速手に齧りつく。やめてくれぇ、とうめきながら私が手を引っ込める。
ベランダに出て髪の毛を梳かす。薔薇の樹を見やりながら。蕾だけになったかと思いきや、すっかり忘れていた、小さな小さな桃色の丸い花を咲かせる薔薇が、ちょこねんと二つ花を開かせ始めている。あらごめんなさい、すっかり忘れていた、あなたたちのこと。話しかけながらその花をそっと撫でる。一輪で咲くのではなく、二輪、三輪まとまって咲くこの薔薇は、開きかけた花のその周りに、すでにもう幾つかの蕾をたたえている。そういえば買ってきた液肥は何処においたっけ。私は部屋に戻り、慌てて液肥を袋から取り出す。このプランターには三本、このプランターには四本、順々に挿してゆくと、あっというまに液肥三箱はなくなっていく。その時ひとまわり強い風が吹いて、髪の毛がふわっと風になびく。

昨日はいつもの娘の塾の復習の後、突如思いついて映画館に走った。ちょうど三千円、お財布に入っていたこともあり、私たちは全力で走った。娘に何も告げず、とある映画を見る。
予備知識は殆どなく、思いつきでその映画を見たのだが、見ている最中、娘は突っ込む突っ込む、自分で突っ込みながら笑い転げる。かと思うと鼻をすする音がしたりもする。あっという間に映画は終わり、私たちは明りがついてから席を立つ。
ねぇママ、主人公の人の名前、あれ、何だっけ、えっと。又兵衛だっけか。そうそう、又兵衛とれん姫だよ。死んじゃうの、ずるいよねー、又兵衛が死ぬなられん姫も追いかけて死んじゃうとかならないのかな。そう来るか、うーん、二人とも死んじゃったら哀しいんじゃないの。あの男の子、自転車で最後転んで骨折したりしないかな。うーん…どうなんだろう、わかんない。
帰り道、自転車に乗りながら、後ろで、又兵衛れん姫又兵衛れん姫と歌う声が響く。多分年齢的に娘にちょうど合ったのだろう。連れて行ってよかった。普段遊ぶ時間など殆ど無い娘なのだから、これくらい楽しみがあっていい。
ようやく昇り始めた月が、私たちを細く長く見つめている。

朝の一仕事が少し早く切り上げられて、私は昨日残した洗い物にとりかかる。娘はココアとミルクの世話をしている。
そうだ、今日は娘の髪を三つ編みに編んでやろう。声をかけて彼女をベランダに立たせる。私と同じくらいの長さの髪を梳き、二つに分け、それをさらに三つに分けてきつめに編んでゆく。そういえば、私は母に、こうして髪を編んでもらった記憶はない。母が結ぶときはいつも、ただ二つに分けて結ぶだけだった。それも小学校に上がるまでで、それからは髪の毛はいつも自分で結った。母も幼い頃から髪が長くて、それは自分で管理するものだったのだろう。私にもそう教えた。私は時折、自分の髪をあれこれ結ったり解いたりしては、新しい髪形を考えたものだった。
娘は、どうもそういうところはないらしい。髪の毛を短く切るのはいやだけれども、あれこれ結び方を楽しむということはない。放っておくといつも後ろひとつ、ひっつめている。同じ子供でも、それぞれなのだなぁ、と、娘の髪の毛を結びながら、私は苦笑する。

玄関を出ると、とたんに校庭から声が飛んでくる。そうだ、もう朝練の時期だった。今日はちょうどリレーの練習。娘が、一文字に口を結びながら、じっとそれを見ている。今彼女は何を思っているのだろう。私は声をかけたくて、でもかけなかった。
アメリカン・ブルーが、ぷるぷると、風に震えている。

マンションを出ると、そのまま娘は登校班の集合場所へ。とことこ歩いてゆく。その後ろを私が自転車にまたがりついてゆく。と。
娘が小走りに走った。私は自転車を漕ぐ。娘が少し走る。私は自転車を漕ぐ。走る。漕ぐ。
あっという間に集合場所へ。まだ誰もいない。私たちはどちらからともなく顔を見合わせ、そしてちょっとだけ笑う。
じゃ、ママ、行ってくる。すると娘が両手を私の腰に回し、ゆるいハグをする。そして。
ママ。
唇をちょこねんと突き出してくる娘。軽くキスを返し、じゃぁねと手を振る。ばいばーい。娘の声が徐々に遠くなる。

娘にキスを教えたのは私だ。彼女が幼い頃、これでもかというほどキスをふりまいた。暇さえあればキスしていた。じじばばにはそのことで、しょっちゅう怒られた。そんなことしていると変な風に育っちゃうからやめなさい! じじばばが目を吊り上げてそう怒るのを、はいはいと聞き流していたのは私だ。そして今。
人前でも自分がキスしてほしければ唇を突き出してくる娘。私はさすがにちょっと恥ずかしくなっていたりする。まぁこれが、ツケというものか。苦笑しながら私はいつもキスを返す。
それでも。
何も無いよりいい。ハグもキスもなくなったら、つまんない。

雨が。細かい細かい雨が降ってきた。自転車で出てしまったというのに、と小さく舌打ちしつつ、でもこのくらい、まぁどうにかなるだろう。うん、まぁいい、このくらい。本降りになったらなったで、濡れて帰ればいい、それだけだ。
私は漕ぐ足に力を入れる。今日もまた一日が始まった。いったん走り出したら止まらない時間を追いかけて、何処までいけるか。さぁ、行こう。


2009年09月08日(火) 
今日もまた早くに目が覚める。時計を見れば四時半。外はまだ薄暗い。
ベランダに出て薔薇の樹を見やる。淡い杏色の花はもう開ききっており、その脇で白の薔薇も開いている。逡巡した後、私は鋏を持ってくる。パチン。鋭い音が響き、薔薇の花は落ちる。私はそれを、ガラスのコップに挿してみる。一度挿したものの、何か違和感を覚えしばらく見つめる。あぁ、もう新芽がここから出ているのか。私は枝を三つに切り分け、新芽が出ているところを潰さぬよう、挿し木をする。残った花だけを、ガラスの中の水に浮かべる。これでいい。
顔を洗って気がついた。一つ吹き出物ができている。何となく昨日から気配はあったものの、やっぱり出てきてしまったか。がっかりしながら私は化粧水をはたく。まぁもうできてしまったものは仕方がない。治るのをじっと待つしかない。
時間がいつもよりあるので、早々に水遣りを済ませることにする。アメリカン・ブルーはてろりんと枝葉を垂らし微風に揺れている。ラベンダーは、どうもだめだ。土が合わなかったのか、それともアメリカン・ブルーに勢いを全部持っていかれたのか。どっちか分からないけれども。再びベランダに戻り薔薇たちにも水をやる。マリリン・モンローとホワイトクリスマスに新しい蕾がまた生まれている。そうだ、いい加減そろそろ液肥をやらないと。蕾を撫でながら思い出す。今日出掛けた帰りにでも買って帰ろう。私は手のひらに、ボールペンで、液肥、と書いておく。これで多分忘れない。
ミルクが、人の気配を感じたのか、眠そうな目をしょぼしょぼさせながら巣から出てくる。おう、おはよう、声をかけると、とたんに目がきょろんと開く。私は噛まれるのがイヤなので、とりあえずかごの外から、あれやこれや話しかける。娘と間違えているのか、手に乗せてくれ、というような具合で一生懸命近寄ってくる。ごめんよ、私はこれから仕事。それだけ断って私は立ち上がる。ココアはまだしっかり眠っているらしい。

昨日は、診察の最中も、頭は娘のことでいっぱいだった。そう、前の日に聞いた林間学校の話、それから少し前に聞いた、奇妙な噂話。それらと娘とがぐるぐるぐるぐる頭の中を回っていた。
学校に相談しようか、それとも留めておこうか。どうしよう。その最後の決断が、なかなかできなかった。でも。
このままでいても何も変わらない。学校に相談したからといって結局何も変わらないかもしれないが、それでも、何もしないでいるよりはましかもしれない。
病院からそのまま私は学校へ向かう。呼び鈴を押し、名乗り、校長先生か副校長先生に話があるのだが、と切り出す。
実は。こんなことがあったのですが。
そう切り出して、私は、自分がひどく緊張しているのを感じる。でも、もうここまで来たのだ。全部話すしかない。自分を追い立てるようにして話を順々にしてゆく。校長の留守、副校長が話を聞いてくれた。副校長はメモをとりながら、私の目を見つめ、話を聞いている。
一通り話し終え、問題点を確認し合い、今後の対策を話し合う。
どのくらい時間が経っただろう。正直覚えていない。でも、11時半頃バスを降りたのだから、バス停の隣にある学校に入ったのもそのくらいの時間だろう。家に戻ったときには、一時近くになっていた。
家に戻り、椅子に座って、突然、涙が出てきた。

私は、幼少期の父母からの精神的虐待から、他人、特に大人、権力を持った人間と相対することがひどく苦手なのだ。向き合っただけで萎縮してしまうところがある。相手の顔に父母の当時の顔が重なり、それだけで恐ろしくなるのだ。
まだそれを克服していなかったか、と痛感する。わけもなくとにかく次々涙が出る。私は鼻をすすることも忘れ、ひたすらに泣いてみる。あぁ疲れた、そう、とても疲れた。私は疲れた。
それでも、憤ることもなく、目をそらすこともなく、話をうやむやに終わらせることもなく、きちんと話し合いができた。そのことをまず、自分に確認した。
そして、メモを取り出し、今日話したことを書き記す。
その中で、副校長が、担任が何を言い訳しようと娘さんにそういう記憶として残っている、傷が残っているということが何より問題ですよね、大切なことですよね、と、私に繰り返したその言葉が、ありありと蘇り、私は大きく息を吸う。
私は校長室に入る前まで、きっと担任の言い訳を聞かされるのだろうな、と思っていた。でも、副校長はそれよりも、娘にそう記憶されていること、それこそが重要なのだと言った。そのことは私を、ほっとさせた。あぁ少なくともこの人には、九歳の娘の話にちゃんと耳を傾けようとしてくれているのだ、と、それが何よりも私の救いになった。
そしてまた、娘はこれを話すことを決して望んでいなかったことも汲み取ってくれた。

これから事がどう動くのか、何も変わらないかもしれないし、何か変わるかもしれない。どちらにしても、私はしっかり見つめていよう、見守っていようと、強く思う。娘が帰ってきたら、改めて、話してくれてありがとうとえらかったよと言おう。これからもこういうことはちゃんと話してね、と言おう。
だから、だから今はちょっとだけ、私に休みをおくれ。私にはしんどかった。とてもとてもしんどかった。だからもうちょっとだけ泣かせておくれ。私の中のまだ傷ついている子供が泣き止むまで。

気づくと、私は床に倒れこんでおり。娘の呼び鈴を押す音ではっと目を覚ます。起き上がり鍵を開け、娘を迎える。運動会のパンフレットを貰ってきた娘は、こことここで自分が放送係をやるからちゃんと聞いていてねと繰り返す。うんうん、分かった。こことここね。印をつけながら話を聞く。そして、さっき言おうと思っていたことを彼女に告げる。
どう彼女が受け止めたかは分からない。でも、とにかく伝えた。これからも事あるごとに伝えなければならないことなんだろう。私はそのことを肝に銘じる。自分の中に溜め込んで溜め込んで、そうして黙ってしまう娘だからこそ、伝えてゆかなければ。主張することも大切なことなのだよということを。誰かを傷つけてもそれでも自己主張しなければならない場面もこれからでてくるんだよ、ということを。

塾に出掛ける彼女を見送り。再び私は倒れこむ。気づけば細い廊下に倒れて時計は五時半。こんなこと久しくなかった。少し慌てながら、私は頓服を飲み、身支度を整え、家を出る。
娘が帰ってくるのは八時半だけれども、それまでに自分を立て直さなければ。そう思い、思いつくことを次から次にやってみる。自分が落ち着くこと、自分が気分を立て直すきっかけになるようなこと、全部。
そうして気づけば午後八時。娘から息切れした声で電話が入る。電車に乗るよ。うん、分かった。いつもの場所でね。じゃぁね、あとでね。

そうして一日は終わった。

朝の仕事をしながら、私は昨日のことをあれこれ思いめぐらし、そして、自分の弱点の一つを改めて実感する。これはいつになったら克服できるのだろうな、と。そう思いながら。
父母の、言葉の暴力は容赦なかった。それに晒されて私は育った。ただそれだけのこと。ただそれだけのことなのに。
今の父母との関係はもう違う。そのことも、私はちゃんと分かっているはずなのに。
亡霊のようにまとわりつく過去の記憶、刻み込まれた記憶の強さを、私はこれでもかというほど実感する。

それでも私は、今回のようなことがあるたび、向きあっていくしかないのだ。
私は娘の母親。同時に娘の父親。父であり母である私は、向き合っていくしかないのだ。
朝の支度もいい加減なまま、ミルクとココアと戯れている娘の横顔を見ながら、私は自分にそう呟く。

さぁもう時間だよ。出るよ。娘に声をかける。娘が慌てて手を洗いにゆく。朝というのは不思議といつも忙しい。
じゃぁまたね。手を振り合って娘と別れる。娘は学校へ。私は埋立地の方へ。
空はどんより曇っている。すっかり涼やかになった風が私の髪を揺らし流れてゆく。信号が青に変わった。さぁ漕ぎ出そう、いつもの場所へ。


2009年09月07日(月) 
目覚ましのベルがなる前に目が覚める。娘の腕が私の胸の上にある。どうりで重たげな夢を見ていたはずだと納得する。娘の腕をそっとどけ、布団をかけなおし、私は寝床から起き上がる。午前四時半。いつもより少し早い。
アプリコット色の薔薇が、昨日から綻び始めている。それが気になってベランダに出ると、昨日より一回りふっくらとした蕾。先の方の綻びも二倍に広がって、もう花びらの襞が見え始めている。香りを確かめるように鼻を近づけ域を深く吸う。新鮮な薔薇の香りが一気に身体中に広がる。それが気持ちよくて、もう一回深呼吸をする。

昨晩横になってから、ガラガラガラと大きな音が響くから何かと思い飛び起きると、ココアが回し車を回す音だった。娘が喜び勇んで近づいてもいっこうに止める気配はない。ガラガラガラ、ガラガラガラ。「ねぇママ、もう20回回ってる!」。少し大げさな、と思ったものの、娘のその声にそうだねと肯く。結局、娘の換算でいくと、72回は回転したらしい。よく目が回らないものだなと思ったものの、人間でいうところのマラソンみたいなものなのかなと思い直す。私は学士時代、マラソンが大好きだった。前半はだめで、息切れがし、もう諦めたいと何度も思う、しかし、後半に入ると一気に体が楽になり、スピードが出始める。それが面白かった。この前半と後半の違い。それに魅せられて、何度もマラソンにトライしたものだった。
寝床で横になって娘とあれこれ話をする。ふとした時、娘が思い出したように、林間学校でのことを話し出す。そのくだりで、「就寝時間が過ぎてから自分だけ起こされて、先生に説教された」というものがあり、私はびっくりして、でもそれを悟られないように、どうしてなの、と尋ねる。「ほら、あの時、ギプスがとれてすぐだったでしょ、ウォーキングでうまく歩けなくて、みんなより遅くなってて、そしたら先生が、「自分のことが自分でできなきゃだめでしょ」ってずっと怒るんだよ。結局10時頃まで怒られた」。初耳だった。私はそのとたん、憤りがこみ上げるのを我慢できなかった。「明日、ママ、先生にそれ言いにいってもいい?」「えー・・・」「いやなの? なんで?」「そうするとさ、また呼び出されて、中休みとかいろんな休み時間が全部潰れる」「…先生そうやって怒ってるんだ、いつも」「うん」「だから帰ってくるのも遅いんだ」「うん、帰りの会とかいつも遅いよ」。
こういうとき、普通の親はどう対応するのだろう。物事をなかったことにするのだろうか。聞き流してそれで終わりにするんだろうか。私は? 私はどうしたい? 娘にとってはどうすることがいい?
結局、娘が眠っても、私はそのことを考え続け、なかなか寝付けなかった。今もまだ決めかねている。一学期終わりの三社面談で担任は延々と娘のいいところばかりを挙げていた。私が首を傾げるほどそれは不自然で、その光景が今ありありと思い出される。

ふと表通りを走る車の音が途切れたその時、虫の音が響いてくる。あぁ、と私はほっくりする。ここにもいたか、虫たちが。再びまた帰ってきたのか、虫の音が。そういう季節なのだ、と、改めて実感する。そうして夜は、しんしんとふけてゆく。

ベランダから戻り顔を洗う。化粧水をはたき、日焼け止めを塗り、口紅を一本ひいたところでコンピューターを立ち上げる。そこで、久しく連絡のとれていなかった友人に出会う。今起きているなんて、と不思議に思いながらもそっと声をかけると、答えが返ってくる。どうしたのかと聞くと、ぶっ倒れていたとの返事。やっぱりなぁと思いながら会話を続ける。とりあえず生存確認ができただけでもよかった。遠く離れた街に住む者同士、何かあったからと飛んで駆けつけることはできない、だからこそ、時々こうやって声をかける。生きているか、どうしているか、と声をかける。
そうしているうちに、あたりはすっかり朝の風景。せわしげに表通りを車が行き交う。途中から娘も話に入り、ハムスターの話や猫の話で盛り上がっている。私はその間に、やり残している朝の仕事を慌てて片付ける。

娘と手を振り合い、バスに飛び乗って、電車を乗り継いで病院へ。
急ぎながらも周りを見回し、唖然とした。たった一週間でこうも朝の風景は変わるのか、と。夏の装いはもう何処にもない。何処を見回しても黒や茶色の色の洪水。今年はからし色も多く見られるが、それでもほの暗い色模様。明るい色の服を着てしまっている自分が、まるで場違いな、罪悪感さえ覚えるほど場違いな、そんな気分にさせられる。私は秋は好きだけれど、こんなにも暗い色だったかしら、と少し首を傾げる。もっと柔らかで、やさしい色合いが秋ではなかったのかしら、と。これが今年の色なのかもしれないが、もしそうだとしたら、ちょっと寂しい。秋はもっと深く柔らかく、実り多い季節なのではなかったか。

そうして今、いつも立ち寄る喫茶店。いつも以上に混み合う様にちょっと勢いを押される。何とか空き席を見つけ、ちょこねんと座る。
窓から見える小さな空は、白と水色とを水でそっと溶いたような色合い。今日も一日晴れ渡るのだろう。
さて、私の一日は。娘の一日は。
温かいカフェオレを一口一口飲みながら、私はこれからの時間に思いを馳せる。


2009年09月06日(日) 
目が覚めたのはいつも起きている五時少し前。習慣とは恐ろしいものだ。今日はもう少し寝ていてもよかったのに、と思いつつ寝床から立ち上がる。時間がいつもより余分にあるのだからとシャワーを浴びることにする。泊った部屋は決して広い部屋ではないけれども、風呂場に小窓が幾つかついていてくれるのがありがたい。窓を開け放ち、外の空気を吸いながらお湯を浴びる。本当は頭から浴びてしまいたい気持なのだが、長い髪を乾かすのは面倒だ、顔だけじゃばじゃば洗って我慢する。
そういえば昨日の真夜中、お湯を浴びた時、外から虫の声がりんりんと響き渡っていた。この町はもうすっかり秋の装いなのだなとその音にしばし耳を傾ける。一年ぶりに聴くその声は、懐かしくやわらかく鼓膜に響く。

幾つかの美術館をかけめぐる一日。絵本美術館でやっているとある画家の個展や、現代美術の展覧会、そして最後、常設展示の、けれど若いカップルに人気があるという美術館へ。途中から足が棒のようになってくる。普段自転車で長距離を走り馴れているはずなのに、どうも靴で走るのは勝手が違う。自転車のように自由がきかないし、時間も足りない。焦りながら次々回る。
まだ思春期の頃好きだった画家がこんな場所でこんな展覧会を開いていたのか。小さな感動を覚えつつ薄暗い会場を順々に回る。原画の持つ力強さがひしひしと伝わってくる。女性が多いかと思いきや、意外と男性の姿が見られる。あぁそうか、最近の彼女の作品はこうした装丁にも使われることが多いからなのだな、と、展示を見て改めて彼女の作品の魅力を知る。
正直に告白すると私は現代美術を観賞するのが苦手だ。一体どこからとりかかったらいいのか何をきっかけにして絵をほどいていったらいいのかが自分にはよくわからないからだ。この広い展示場の中、さて、私は何からとっかかったらいいのだろう。少し途方に暮れながら回っていると、突然会場のある場所から奇妙な音が。驚いて駆け寄ると、鉄くずのアート。あれ、この人を私はどこかで見知っている。そう思い改めて名前を見て気づいた。あぁニキ・ド・サンファルのご主人だった。そこから急に、作品たちと私との距離が縮まる。とはいっても、ある程度縮まったというだけで、絵が目の前に現れてくれるわけではない。この作品を私はどう受け止めたらいいのだろう、どう感じたらいいのだろうと途方に暮れること百篇。結局、頭を抱えたままでの退場になる。
広い公園の端に位置するその小さな建物の中、没後10年を記念しての原画展。所狭しと並ぶ原画に、たくさんの若い人が見入っている。小さい子供が嬉しそうな顔をして絵を見上げていたりもする。そんなふうに人の心をほっこりさせる絵なのだ、この絵たちは。それを肌で実感しつつ会場を回る。そういえば外の風景と絵の雰囲気とがまるで重なり合うかのようにマッチしている。この建物をわざわざ呼び込んだ意味はここにあるのだろうかと感じながら、建物を後にする。
手許には幾つものメモ。それを大切に、私はかばんの奥底にしまう。

あっという間に日は落ちる。娘に電話をかけると、待ってましたとばかりにいきなりなぞなぞを出される。ばらばらこなごなになる花はなんだ?! 何それ、わからない。わからなきゃだめだよ。そう言われたって。薔薇ですか? ふーん。だめ。何でしょう? だめ、教えない。なにそれー、答えがないの? 答えはあるけどあたらなきゃ教えない。…。
ひとしきり娘と電話をした後、ふと、家に置いてきたミルクとココアや挿し木のことを思い出す。大丈夫だろうか、枯れていやしないだろうか、ばてていやしないだろうか。いくら心配してもどうにもできないのだけれど、それでも気になる。あぁこんなとき、娘と電話がつながるように、動物たちとも言葉が交わせたらいいのに。植物たちとも言葉が交わせたらいいのに。そんなことを思う。

そうして気づけば真夜中。いつの間にか寝入ってしまっていたようで。窓を開けると、雲の向こうに月の姿。耳を澄ませばそう、虫たちの声。

そうして急いで急いで家に辿り着き、まずミルクとココアに駆け寄る。昼寝を邪魔するな、という顔で、面倒くさそうに家から顔を出すミルクを見、一安心する私。次に挿し木だ。あぁ、アメリカン・ブルーは無理そうだ。残念。薔薇は? もしかしたら、もしかしたらかも。急いで水をやる。間に合ってくれますように。どうだろう。はてさて。

もう少しすれば娘も帰ってくる。今日はプールに行ってから戻ると言っていた。風呂の用意、ご飯の用意、次々やることが浮かんでくる。しかし。
今は一服。とりあえず一服。お願い、一杯のお茶くらい飲む時間は許してちょうだい、と、娘の笑顔を思い浮かべながら呟く。あぁ生活と云うのはなんて忙しいものなんだろう。私はその忙しさに、しょっちゅう躓く。情けないと思いつつ、それでも転ぶ。
そういえば明日は病院だ。医者の診察を受けなければならない。いきなり思い出されたそのことに少し憂鬱になる。病院に行くのが助けではなく憂鬱になるというのはどうしたものかと苦笑しつつ、今は仕方がないと声を呑む。ちゃんと向き合って話をしたうえで、それでもだめならそのとき次を考えよう。
そうしているうちに、あっという間に煙草は短くなる。さて、とりあえず用意だけはしておかなければ。仕事で留守にしたときくらい、ちゃんと娘を迎えたい。
西に傾いた太陽が、長い陽光を部屋に注ぎ込ませている。そう、明るいうちに。今のうちに。私は煙草の火を消して、立ち上がる。


2009年09月05日(土) 
窓を開けると、夜空にまんまるい月がぽっかり浮かんでいる。雲に交わるわけでもなく、空に交わるわけでもなく、まさにそこにぽっかりと。あまりのその煌々とした姿に、しばし私はうっとりする。それにしても、この時間はこんなにも肌寒くなっていたのか。寝姿のまま窓際に立った私の腕に、淡く鳥肌が立つ。

昨日、娘が帰宅する前に家に戻った私は、草木に手を入れた。すっかり咲き誇ったパスカリ二輪を枝深くから切り落とし、鉢からだらり垂れ下がったアメリカン・ブルーの枝を詰めた。さて、この枝をどうしよう、このまま捨ててしまうのはもったいない。気づいたら、それぞれ挿し木を始めていた。狭い鉢の端っこに、アメリカン・ブルー6本、パスカリ3本。これでよし、と思い立ち上がってはっと気付いた。あぁ、この週末私は留守にするんだった。私は改めて挿し木したそれらを見下ろす。水を足してあげられない。そのことにいまさら気づいた。挿し木は無駄かもしれない。早々に私はがっかりする。しかし、せっかく挿してしまったものを抜いてしまうのもどうなのか。さんざん迷った挙句、そのままにしておくことにした。この二日、生き延びてくれることを祈るばかり。ダメだったらまた、そのとき考えよう。うん。

ばたばたと足音がして娘が帰ってくる。真っ黒に日焼けした顔に、薄く汗をにじませながら。ミルクとココアをいじくりつつ、学校のことをあれこれ話してくれる。放送委員はね、五年生、六年生がほとんど全部やっちゃうんだって、でもね、悔しいから、二つは私がやれるようにしたんだ。来週サングラスが必要なんだって。理科の実験で使うって。ママ、買っておいてね。でね、友達がね…。
せわしなく続く彼女の言葉。でもそれもひとときで終わり、私たちはそれぞれ出かける準備を始める。
一枚の紙を彼女に渡し、ママは土日はこういうところに出かけてるからね、何かあったらいつでも携帯に連絡してね、とメモしたものだ。今迄口伝だけだったのを紙に書いてみた。しかし。彼女には全く興味がないらしい。ふぅーんと一言言ったきり、その紙を下手すれば丸めてぽいするところだった。危うくそれを止めて、一応持っておいてね、と頼んでみる。ここでもまた、ふぅーんという返事。おい娘、大丈夫か、心の中でそう声をかけつつも苦笑してしまう。

昨日のことを今思いだそうとして、思い出せることはそれだけ。あまりにも少なくて、私は頼りなくなる。不安になる。なぜつい昨日のことなのに、十数時間前のことなのに、思い出せないんだろう。自分の脳みそに向かって声をかけてみる。かんかんと頭を叩いてみる。もちろん叩いたからといって何も出てこないのはわかっているのだが。
それでも不安なのだ。記憶が途切れている何年もの時間を持っていたりすると、手元の記憶が曖昧であることにひどく不安になる。一体私はどうやって生きていたのか、そのことが、とてつもなく不安になる。

そうしている間にも月は西に堕ちゆき。徐々に地平線に近くなってゆく。それに合わせるように、雲が流れ流れ、月を隠してゆく。まるで黒猫の足跡のようだ。この空はまだ当分、明けそうに、ない。

途切れている記憶を辿ろうとするのを諦めて、私は荷物を確認する。もうそろそろ出かける時刻が迫ってきている。始発で出かける今日、時間を緩めるわけにはいかない。でも何だろう、落ち着かない。
仕方なく私は、お茶を入れてみることにする。何にしよう、一瞬迷って、えいやっとハーブティを入れる。レモン&ジンジャー。私の気付け薬だ。パニックになりかけの時、不安が嵩じている時に飲むと、これが不思議と頓服薬代わりになってくれる。
熱い熱いハーブティに、ふぅふぅ息をふきかけながら飲んでいる。やっぱりおいしいんだな。ほっとする。
週末の仕事の前にはそう、こんなふうに私は緊張してしまうのだ。失敗したら次はもうないから。その時ラフマニノフのピアノ曲がPCから流れ始めた。ちょうど、今の私に合うかもしれないなぁなどと耳を傾ける。

気持を切り換えて。そろそろ出かけなければ。バスがないこの時間、駅までの道は遠い。
ミルクとココアに挨拶をし、私は玄関を出よう。お守りのネックレスは今日も変わらず私の首に架かっている。忘れ物は、多分、ない。
飲みきったハーブティのカップを流し台に置く。ことっ。一人の部屋はやはり音が響く。一瞬、実家で眠っているのだろう娘やじじばばのことに思いを馳せる。
さぁ、もう時間だ。いってきます。私はしんとした部屋にそっと声をかけ、家を出る。


2009年09月04日(金) 
まだ夜明け前。音を立てないように玄関を開ける。目の前に広がるのは小学校の校庭。その向こうに、埋立地に建つ幾つもの背の高いビルが聳える。そのビルの間から、朝日は昇る。私はしばらくそのあたりを眺めている。やがて、ぱっくりと音を立てたかのように、まさにぱっくりと、陽が現れる。空に伸びる幾筋もの光。まだら模様の雲がくっきりと姿を現す。刻々と変化する空、雲、街、光。世界のあらゆるものが今まさに目覚め始めたかのような錯覚を覚える。ふと想像する。今海の底で深海魚は何を思っているのだろう。隣に沈む貝は何を夢見ているのだろう。
振り返れば、緑色の玄関扉の隣で、アメリカン・ブルーは今日も美しい蒼色の花を開かせようとしている。この花は正直だ。陽が昇ると共に開き、日が落ちると共に萎む。まさに陽光と共にある。

そっと部屋に戻ると、ココアがキャベツを貪っている。昨日差し出したときには、怖がって手を出さなかったココア。小さな小さな手と足でキャベツの葉を挟み抑えながら、これまた小さな歯でがじがじと齧っている。その様があまりにかわいくて娘に声をかける。もちろん娘はまだ眠っている。声をかけてもぴくりともしない。その安心しきった寝顔にちょっと笑い、私は朝の準備を始める。

昨夜娘とそれぞれに作業をしていると友人から電話。遠く離れた西の街に住むその友人が、調子はどう、と尋ねる。ぼちぼちかな、と答えると、私ちょっと落ちてるかも、と受話器の向こうで声がする。そういう時もあるよね、と、ぽつぽつ私たちは言葉を交わす。
裁判員制度が始まって、性犯罪被害にまつわる裁判も始まって、でもそれをどう捉えたらいいのか正直分からない。そういう話になる。そう、どう捉えたらいいのか分からない、その言葉が一番あっているのかもしれない。ニュースはさまざまな報道をする、コメンテーターはさまざまなコメントをこぼす。でもそんなことはどうでもいいんだ、私たちはその向こうにある真実が知りたいだけ。その時被害者は一体どうしているのか、と、ただそれが、心配なだけ。かつて自分たちも同様の被害を受けた、その一人として。
ひとしきりその話をし、その後、私は電話を娘に渡す。近くに住んでいた頃は彼女とさんざん遊んだことのある娘は嬉しそうに、今ハムスターがどうしているのかを彼女に話している。

朝の支度をあれこれしている最中に、友人からメッセージが入っている。今日はお弁当が作れたよ、ねぇ、本が読めないときはどうしてる?と。
よかったねぇ、と書いた後、私はしばし首を傾げて考える。そして続きを書く。
私は、さんざん読み馴れた本を開くようにしている。そう、本がどうしても読みたくて読みたくて、なのに全く活字が読めない時、私はもう暗記するほど繰り返し読んだ本を開くのだ。もうページのどこにどんなことが書いてあるのか覚えてしまうほど繰り返し読んだ本を。そして字を辿る。最初のうちそれは、字だとさえ認識できないほど心が解離していようと、とにかく辿る。そして心の中で、「ここには何が書いてあって、次はどんな文章があって、そして次はこんな展開だった…」と想像する。そんなことをしつこくやっていくうちに、気づくと、心の映像と目の前の文字とがぱっと一致するときがある。その瞬間が、読み始められる瞬間なのだ。
この流れを止めないよう、私は読む。そう、ようやく「読む」のだ。心の映像と文字とが重なり合って、進んでゆける。そうして一冊を辿り終える。辿り終えたとき、いつのまにか、本を再び読めるようになっている自分に気づく。
彼女に向かってそのことをかいつまんで書いてみる。届くだろうか、彼女に伝わるだろうか。伝わるといい。そして、彼女の何かの折のきっかけが生まれてくれたらいい。そんなことを祈りながら、私は返事をしたためる。

久しぶりに一杯のあたたかいカフェオレをいれ、そのカップに口をつけつつ、ベランダを眺める。パスカリが三つ目の蕾を開かせ始めた。綻び出したその小さな小さな蕾は、一滴の光を受け、南東から吹いてくる風に揺れている。ちらちらと揺れる白。

「ママ、夢見た」。朝一番の娘の声がする。私はわざと、おはようと前置きしてからその声に応える。何の夢? リュウの夢。えー、なにそれ。リュウと私しか出てこないんだよねー。いいじゃんいいじゃん、それで? えー、あとは秘密だよ。ずるーい、教えてよー。やだよー!
そんな私たちのやりとりを笑っているのか、窓から蝉の声が突然降り落ちてくる。あぁまだ、蝉はいるんだ。こんなに涼しくなっても彼らは必死に啼いている。その声がなんだか少し切なくて、私は耳を欹てる。

そうだ、本がちょうど読めなくなっている今日は、何の本を持って出ようか。高村薫の「神の火」? 山本周五郎の「ながい坂」? それとも長田弘の「深呼吸の必要」? あぁそれとも、メイ・サートンの「独り居の日記」にしようか。読めないなら読めないでいい、眺めるだけでも、何か、変わるかもしれない。
ノートにボールペン、お気に入りの香水を入れたかばんを肩にかけ、私は今日も自転車に跨る。いってきます、またあとでね、と、娘と手を振り合って。


2009年09月03日(木) 
窓を半分だけ開けておくだけでも、十分眠れるほど涼しくなった。薄曇の今朝。私はちょっと寝坊する。ふと気づいたときにはもう五時半。飛び起きて顔を洗う。ついこの間までのぬるい水ではなく、冷たい気持ちいい温度の水でばしゃばしゃとやるとようやく目が覚める。そういえばいつの間にか朝蝉の声がしなくなった。蝉の声でなく、今は雀の囀る声が響いて来る。季節というのは不思議なものだ。
髪を梳かすのも忙しなく、でも、口紅を最後ひくときだけは何故か違う。ただ一本紅を引くだけのことなのに。そうして鏡の中自分の顔を確かめ、今日も仕事にとりかかる。

仕事中、ふと左手を見るとエア・メールがある。昨日届いたものだ。エア・メール。一体誰からだろうと名前を見て驚いた。大学時代の友人からだった。確かに親しかった。けれど、今の私の住所を知っているのは何故なんだろう?
手紙を読んで、その謎が解けた。彼の奥さんが私のネットショップでお買い物をしてくださったのだ。「妻が見慣れないものをつけているからそれどうしたのと聞いたら、ここで買い物をしたと教えてくれた」。それで私の住所が知れたのだ。「いまだに昔の名前で出ているとは、実に君らしい」。その一文を読んで笑ってしまった。確かに私らしいのかもしれない。高校時代、大学時代と何故か私は周囲から、「君は恋人がいようと子供がいようと、にのみやさをりなんだろうな」と言われ続けていた。その当時を知る彼から見たら、今の私は実に私らしいのだろう。「娘さんがいるんだね。きっと君に似てすごくおしゃまでおてんばさんなんだろうね」。あら、おしゃまってどういう意味だっけ、と私は慌てる。雰囲気はよく分かるのだけれども、私と娘を比べて、おしゃまという言葉がどちらに似合うのかといえば、きっと娘の方だろう。そしておてんばは、間違いなく私の方だ。もっと言うとじゃじゃ馬なのかもしれない。「一度くらいクラス会にも出てください。みんなで飲みましょう」。
約二十年ぶりになる友人からの手紙は、そんな一文で終わっていた。みんなで飲みましょう、か。そういう年齢なのかもしれない。でも、その二十何年の間にあまりにいろいろなことがあって、私はまだ、その当時の人たちに会う気持ちがしない。そう、あまりにいろいろなことがあった。ありすぎた。ありすぎて、私はまだ、そこを越えていない。
きっと再会することがあるとしても、六十くらいになってかな、と、ひとり部屋で手紙に向かって呟いてみる。

そんな昨日は、午後からぐっと気持ちが落ちてしまった。何とか気分を変えようと、写真をめくってみたり、この秋からの展覧会の準備作業をちまちまやってみたり、音楽を変えてみたりとしてみるのだが、一向に気持ちは落ちたまま。落ちたままというより、どんどんどんどん落ちてゆく。まるで底なし沼にはまったかのよう。海でもプールでも溺れたことがない自分なのに、何故か脳裏に、溺れ沈んでゆく自分の姿が浮かぶ。
本でも読んでみようかと読みかけだった本を手に取る。しかし全く活字が入ってこない。しばらく前からそうなのだ、活字が読めない。文字が形としては捉えられても、意味としてつながらないのだ。いつまでもいつまでも一箇所でとどまってしまう。そして気づけば、開いた本の姿をぼんやり眺めているだけになってしまう。それで落ち着くならまだしも、そういう自分に私は苛々してしまう。悪循環の始まりだ。
偶然コンタクトの取れた友が、久しぶりにそういう状態に陥ったから余計に落ちているように感じるのではないかしら、と言う。そうなのかもしれない、と思いつつ、定期的に落ちるこの泥沼、どうしたらいいのだろうと途方に暮れる。でも、これも何かのきっかけなのかもしれない、友に、明日になれば元気になるね、ありがとう、と手を振る。
気づけば身体まで、重たくだるく感じられるようになってしまう。あぁもうこれはいけない、と、私は諦めることにする。諦めると、ちょっと楽になる。そして、塾から帰宅した娘に謝り、今日はご飯作れそうにない、おにぎりで赦して、と頭を下げる。

娘と一緒に横になり、いつものくすぐりとじゃれあいを為し、眠りに入る。真夜中一人いつものように起き、しばらく夜空を眺める。「月の絵を描かなくちゃいけないのに月が出ないよ」と愚痴っていた娘の言葉を裏切り、今頃になって月が出ている。うすぼやけた雲の向こう、白い白い月。そういえば子供の頃もこうやって、真夜中、起き出しては、夜空を見上げていたのだったっけ。そんなことを思い出しながら、私はしばらくの間煙草をくゆらす。

そうして今朝。
そう、具合が悪かろうとどんなに気持ちが落ち込んでいようと、朝は来るのだ。夜を越えれば朝が来る。永遠に思えるような夜でも何でも必ず明けて朝が来る。

朝の一仕事を終えると、ハムスターを覗き込む娘の背中が見える。ほらほら、こっちに来て、ママ。そう呼ばれて近づくと、ミルクが回し車を器用に回して走っている姿。ココアはまだできないんだよね、ミルクだけ。娘が嬉しそうに言う。そのココアという声を聴いたのか、ココアが巣からひくひくと鼻を出す。そして、きょろきょろ周りを見回して、ぽてっとしたお尻を振りながら餌場へ。好物のひまわりの種を器用に食べる。どんどん太っていくね、もうまん丸だよ、と娘が笑う。ほんと、でぶちんだね、と私も笑う。

そう、ちょっとでも笑えれば、笑うことを思い出せれば、気持ちも変わるというもの。
今日もまた、新しく始まった朝。せっかくやってきた朝なのだから、私も見えない靄を掻き分けてとりあえず駆け出してみる。なんとかなるさ、そう、なんとかするさ。鼻歌でも歌いながら、まずはあの、海まで。


2009年09月02日(水) 
ひんやりした空気で目が覚めた。肌に纏わりつく空気が少し湿っぽく、そしてやけに冷たい。久しぶりに娘も布団をかけて眠っている。開けっ放しの窓から空を見上げると、一面灰色。
昨日のうちに握って凍らせておいた梅味のおにぎりを解凍し、皿に乗せておく。うちの朝ごはんはいつもおにぎりだ。パン食からおにぎりに変えたのはいつの頃だったろう。太ももが太いと娘が嘆き始めた前後だったんじゃなかったかと思う。私も娘もパンが大好きでパン焼き器も持っているほどなのだが、そんなに太い太いと嘆くなら少しでも、と、米に変えた。ついでにせっかくだからと十八穀米で作ることもしてみている。栄養がどう変わったのかよく分からないが、歯ごたえは確かにあって、よく噛むようになった。

朝の一仕事がいつもより早く終わったのでベランダへ。強い風で絡まりあった薔薇の枝葉をひとつずつ解いてゆく。棘に葉が刺さって絡まり合うのだ。だから、そっとそっと解いてゆく。
マリリン・モンローとホワイト・クリスマスが新芽をまた出している。新芽の緑はどうしてこうも柔らかい色なのだろう。感触はもちろんだが、その色味が実にみずみずしく、鮮やかだ。赤子の肌と同じだ。滑らかでいとおしい。
二つ咲いたパスカリは、この灰色の空の下でも真っ白なその花びらをくっきり開かせている。もちろん薔薇は、アメリカン・ブルーのように咲いたり閉じたりはしない花だ。だから一度咲いたらあとは開き落ちるだけ。だからこそなのかもしれない、その輪郭は実に潔い。緩むところひとつ知らず、張り詰めたピアノ線のように細く凛としている。私はこの潔さがたまらなく好きなのだ。人の命の糸と似ていると思う。

そういえば昨日はどんな一日だったのだろう。うまく思い出せない。曜日は火曜日。そうだ、確か小学校で防災訓練があったのだった。親が迎えに行かなくてはならず、私は迎えに出掛けたのだった。帰宅後、復習を終えてから、そうだ、娘のリクエストで映画を見に行ったのだった。娘のリクエストはナルトか 20世紀少年。なんともまぁ私の好みとはかけ離れている…と思いつつ、結局20世紀少年を見た。彼女は、気に入ったシーンが何箇所かあったらしい。見終えた後、しばらくテーマ曲を鼻歌で歌っていた。
時々、記憶が曖昧になる。たった一日二日のことでも思い出せなくなる。それが普通なのだろうか? よく分からない。私は記憶が曖昧になりすぎるととても不安になって、そういう時、日記を引っ張り出す。今もそうだった。日記を引っ張り出し、それを辿り、ようやく納得する。そんな日だったのか、と。以前は違った。忘れることができなくて、曖昧にさせることもできなくて、それが重かった、苦しかった。いつの頃からだろう、こうやって記憶が曖昧になることが多くなってきたのは。覚えていない。覚えていないが、記憶が曖昧になるようになった分、少し、背負う荷物が減った気がする。曖昧さから来る不安はあるけれども、それでも、荷物は減った、そんな気がする。

元夫が、かつて言っていた。おまえは忘れられないから、忘れることができないから苦しくなるんだ、忘れられないから保留にすることも放っておくこともできない、だから苦しくなる。辛くなる。しんどくなる。
言われたときは、それがどうした、忘れられないんだから仕方がないじゃないか、と思った。というより、忘れるということが分からなくて、戸惑った。でも今なら。少し分かる気がする。そして、人間を作った誰かが、人間に、忘れるという術を授けた理由も、今なら少し、分かる気がする。
できるなら、忘れることと忘れないこととを自分で選別できたらいいのになぁなんて、思ったりするが、それはできないらしい。じゃぁせめて、自分の中に刻み込んで、自然に薄れていくものはそのままに、残るものは残るものとして、自分なりにその都度受け止めて受け入れていくことができたら、いい。

おにぎりを食べ終えた娘と一緒に、今日は何を聴こうか、とネットに向かう。私が久しぶりにシカゴの素直になれなくてを聴きたくてそれを流し始めると、「これ、海猿の歌に似てない?」と娘が言う。ちょっとがっくり来ながら、「この曲、ママが小さい頃にすでにあった歌だよ」と言うと、ええー、でも似てるよぉ、とまだ娘はこだわっている。そんなに似てるのかしら、思い出せないんだけれどもその海猿って方を、と心の中で思いながら、音について少し思い巡らす。たった十数音の音色の中で、千差万別のメロディが奏でられる。けれどそこに言葉も付されれば、自然、似通ってくる。言葉の音色とでもいうのだろうか。それでも、心に残る音色、消えてゆく音色、それぞれあって。久しぶりに一曲作ってみようか、なんて気持ちになった。

ねぇママ、Sちゃんがね、みうのママは離婚してまた再婚して、でも苗字変えてないんだよ、ってクラスのみんなに言ってるんだよ。なんだ、それ? わけわかんない。でもそう言ってるの。変だと思わない? 変だねぇ、それは。わはははは。ママが再婚かぁ、一体いつになることやら。まずはそういう相手がいなくちゃ無理だよね。ってか、離婚して再婚して苗字変えないって、それで家にお父さんいないって、それ、何? わかんないけどさー。みうも放っておいてるけど、なんかヤな感じ。そっかぁ、まぁ、放っておくしかないねぇ、そういうのは。好きに言わせておけば?
それにしても、Sちゃんは一体どこからそんなこと思いついたんだろう。不思議だ。私は構わないが、しかし。娘は?
年頃の娘にとって、こういう噂を立てられるというのはどうなんだろう? しんどいだろうか。つらいだろうか。私には想像がつかない。笑って流せよ、と言いたいが、今の子供たちの心情というものが、大人数になったときの噂の効力というものが、今ひとつ私には分からない。だから、娘になんとアドバイスしていいのか分からない。
だから心の中、娘の背中に向かって言ってみる。
娘よ、大丈夫だ、どんな噂が立とうとそんなもの放っておけ。真実はここに在る。それをこそ見て歩いて行ってくれ。

いつのまにか小雨だけれども雨が降り出している。とても弱い雨。降ったり止んだり。銀杏並木沿いに自転車を走らせながら、私は一瞬顔を空に向ける。
迷うくらいなら、とりあえず進め。進んでぶつかって痛かったなら、また術を探せ。乗越えるのもいい、避けるのもいい、それはそのとき決めればいいこと。

咲き遅れた朝顔が、道端で小さく小さく咲いている。その紫がかった澄んだ青が私の目を射る。
きっと今日の海は濃灰緑色だろう。私は自転車を漕ぐ足に、えいっと力を入れる。海はもう目の前だ。


2009年09月01日(火) 
美しく晴れ渡る空。白く輝く海。この街のこんな景色が私はとても好きだ。荒れ狂う海ももちろん好きだけれども、でもやっぱりそれは、こうした美しい漣があるからこそ、なのだと思う。
銀杏の緑は昨日の台風の名残を残し、雨の雫をたたえながら私を迎える。一本一本、それぞれに緑が違う。微妙に違う。その違いに手を伸ばしながら、そっと葉を撫ぜる。

昨日丁度娘が出掛けるときが一番天気が悪かったのかもしれない。道を渡り始めた娘の傘が、ぱかっとひっくり返る。振り返った娘は笑い、私も笑い、二人して雨を忘れて笑い合う。「もうママは部屋に戻っていいよ」と娘が手で合図する。ちょっと気になりながら、じゃぁと部屋に戻り、そして私は今度はベランダから彼女を見守る。彼女は気づいていない。バス停で、鼻歌を歌っているのだろう、身体を小さく左右に揺らしながらバスを待つ娘。今日まで夏休み価格の50円でバスに乗れる。明日からはまた110円。

娘を送り出し、明日はゴミの日だということで掃除を始め、あっという間に夕暮れになる。ふと天井を見上げるとそこには、娘が昔くれた手紙が何枚か貼り付けてある。「ママだいすき」「ママありがとう」いろいろ書いてある。言葉と一緒にかわいらしい女の子の絵も。ここを引っ越すまでずっと貼り付けておくだろうその絵たち。時々こうして眺め、彼女のその頃を思い出す私。いいものだな、と思う。手書きの手紙はいつまでもこうして心に残る。

昨日はカウンセリングで、思っていることをでき得るかぎり吐き出した。こんな吐き出すのはどのくらいぶりだろう、もしかしたら初めてなんじゃないかと思うほどに私は吐き出した。
そのせいだろうか、後になって酷く疲れ、倒れるんじゃないかと思うほどふらふらした。誰かへの毒を吐くという行為は、それだけエネルギーを使うということか。

そして今日。母に電話をする。調子はどう?と聞くと、それはこちらの台詞よ、と強気な言葉が返される。あぁいつもの母だ、と心の中苦笑する。最後のインターフェロン治療を先週終えて、今月からは毎月一度、検査を受ける。そして半年後、結果が分かる。
とはいっても、彼女の肝硬変が進行していることには間違いはなく、「まぁ適当につきあっていくわよ」と彼女は言う。肝硬変という病気がもたらすものを今直視する勇気は私にはまだなく、だから彼女の言葉にそうだねとうなずくだけしかできない。

薔薇は台風の被害を思ったよりも受けなかった。しかし。玄関側のアメリカン・ブルーは、ぐしゃぐしゃになってしまった。風雨を思い切り受けて、枝葉がすっかり絡まってしまった。それを一本一本ほぐしてゆく。折れてしまったものもあり、名残惜しい気持ちを押しながら、それを手折る。するとふわり、ラベンダーのいい香りが漂ってくる。あぁそうか、アメリカン・ブルーの枝葉に隠れて、ラベンダーは傷ひとつつかなかったのだ、と気づく。こんな共存の仕方もあるのだな、と、妙なところに私は感心してしまう。

昨夜遅く届いた原稿を開き、ゆっくり読み始める。読み進めるごとに、私の目は熱くなり、口元はきっと引き締まる。あぁ、そうだ、彼女はそうやって今、再生の道を歩き始めている。そのことが、ありありと感じられた。ありがとう、ありがとう、ありがとう。これを書くのにどのくらいの時間がかかったろう、それでも彼女は書き上げてくれた。そのことに私は深く深く感謝する。
さぁこれで、「あの場所から」の今年の原稿は全部きれいにそろった。あとは私が為すことのみ。やれることを全力でやり遂げるのみ。

ひとつ越えればまたひとつ、目の前に現れる何か。でもそれを、えっちらおっちら言いながらも私は越えてゆくのだろう。越えられないなら大きく迂回して、向こう側へ進んでゆこうとするだろう。そうやって、前へ前へ、進み続けてゆくのだろう。

久しぶりにやってきた港は雨粒をあちこちに輝かせて発光している。きらきら、きららきらら。目を閉じたくなるほどそれはまぶしくて。
私はそれが嬉しくて、顔を空に向ける。

疲れ果て倒れそうになった昨日はもう過ぎた。今日は今日、また新しい一日が始まる。


遠藤みちる HOMEMAIL

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