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2005年05月06日(金) |
生きてるって素晴らしい。 |
■夕刻からの打ち合わせに出る支度をしていたら、父から電話がかかってきた。毎日、深夜、わたしが仕事から帰るのを見計らって、父は「今日の母」についての報告電話をくれる。昼にかかるのは珍しい。
電話に出ると、なんと母の声が聞こえてくる。
■わたしが先日帰ったとき、母は、単語でしかことばでのコミュニケーションが出来なかった。しかも、わたしは、母の妹の名前である「礼子ちゃん」でしか呼んでもらえなかったのだ。それが。
母がちゃんと文章でしゃべっている! 接続詞ってものがちゃんとあって、思いが連なっていく。母にことばが戻った!
母は、わたしへ「ありがとう」の気持ちを伝えたくって、電話してきてくれたのだ。
■父からの電話によると、母はわたしが帰京してから、奇跡的なスピードで復活を遂げている。
病院にいる間、長らく使われないため壊死しそうになっている足が痛そうなので、わたしは何度も何度もマッサージしてあげた。栄養不足と乾燥でしわくちゃになった足に、肌に優しいクリームを何度も何度もすり込んであげた。3日もすると、肌がつやつやしてきて、母は「きれいな足が戻った」と父に誉められ、うれしそうだった。
そのマッサージが功を奏したのかどうかは分からない。でも、わたしが帰った翌日、母がわずかな時間ではあるものの、自分の足で「立った」というのだ。足が足として機能せず、車いすに移動するときも、体重がほんの少し足にかかっただけでも顔を大きくゆがめていた母が、なんと、立ったというのだ。
わたしは、娘として認識されているのか分からないままに、母とわたしの話をたくさんした。幼い頃からの、母との思い出話。まさに、母の死が近いと医者に告げれた時、わたしの脳裡を過ぎった思い出たちだ。母が理解していそうになくっても、楽しい話として、いい話として、たくさん話した。
その話が、どう母の中に積もっていったのかは分からない。でも、わたしが帰った翌々日、母は父に、「自分の名前を覚えて、書けるようになりたい」と願った。そして、自分がなぜこんな病院にいるのかを知りたいと願った。それから、母のことばは、体系的に、驚くべきスピードで戻り始めたらしい。
わたしが行ったとき、母はまだ「食べる」ことが下手で(食べ方を忘れているのだ!)専門の看護士さんがついていないと食べることができず、鼻から食道にいれたパイプで流動食を摂取していた。 看護士さんが「なかなか食べてくれないんですよ」とこぼしながらも、明るく真剣に母に食事を摂らせてくれている間、わたしは母に、母がどれだけ料理が上手だったかを話した。小さいときから作ってもらったたくさんの料理の話をした。母がどれだけタフな胃を持っていて、どれだけ大食漢で、どれだけグルメで、我が家がどれだけ食べ歩きをしてきたかを話した。食べることの楽しさ、喜びを、一生懸命話した。わたしがそうしていると、看護士さんは、「一緒にいてくださると、お母さんずいぶん食が進むようですね」と喜んでくれた。
わたしが帰ってから、母は、進んで食べるようになったと父は言う。そして、なんと、あの不快な母の鼻に突っ込まれた管が抜かれたらしい。自分の口から、必要な栄養分を摂取できるようになったのだ。
■わたしは、どこからどこまでも、親不孝な娘だ。どこを切っても金太郎ってな具合に、わたしの中に親孝行な部分なんて、まったくなかった。それは今も変わりないと思う。 仕事に体してはいつも全力であたる、そして仕事で出会う人たちは全力で愛する。でも、両親には、血の繋がった甘えで、愛情を形にすることを、まったくしてこなかった。
そんな出来損ないの娘に、母が電話口で「ありがとう」を繰り返す。目が熱くなった。親不孝な娘に、母が体をはって親孝行する瞬間を作ってくれているような気がした。
■母の現在を見て、いちばん驚くのは、執刀医だろうねと、父と話した。何度、「これが最後かもしれません」と呼び出され、仕事の後、最終の新幹線で実家に帰ったか。植物人間になっても生かすか生かさないか、そんな選択を迫られたこともあった。手術後、母は一ヶ月強、眠り続けていたのだ。
■記憶が完全に戻るまでには、まだ時間がかかるだろうし、支えなく立てるようになるには、辛いリハビリの毎日を耐えなくてはならない。床ずれは目もあてられないほどひどく、痛みを思うとわたしの胸は詰まる。
それでも、母は生きている。きっと、生活者に戻れると思う。人間ってすごいなあ。なんて素晴らしいんだろう。
■さて。たまたま一般の人の休みと重なったわたしのOFFも、今日で終わり。明日からは新しい仕事。 東京と地方をまわったあと、ニューヨークに持っていく芝居だ。またまた、気合いをいれて立ち向かおう。
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