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縁あって、50代の著名な作家とお会いした。もちろん、仕事の縁であるが。 2月3月並の寒さから、一気に5月の陽気に立ち戻った日の朝。
なごやかにお話を終えて、駅前のホテルを出る時、フロントにある大きな鏡とその横にあるロココ調の椅子を指さして、彼は何気なく言った。 「著者近影とかいう時は、あの椅子に座って撮ってもらうんですよ。で、キャプションは、”書斎にて”にしてもらうんです。だから、本買った人は、○○さんはすごい書斎で仕事してるんだと思ってる。」 ホテルを出て、駅から見える大きな神社を指さし、 「外で撮ってもらう時は、あそこの神社の池の縁にしゃがんで撮ってもらうんです。で、キャプションは”自宅の庭でくつろぐ○○氏”にしてもらうんです。だから、みんな、○○さんの家の庭には大きな池があると思ってるんです。」
なーんて、そんなことを「これぞ5月!」って感じのお陽様に当たりながら、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべつつ、ぼそぼそとしゃべり、「それでは」と自転車を駆って去っていった作家の後ろ姿を見送っている間、わたしは、ほのぼのと爽やかに暖かいものを感じていた。その精神への感触が、なんとも見事に「5月」だった。
仕事に明け暮れたこの2、3日。その瞬間が、穏やかな長い効き目の薬となって、わたしを守ってくれている。
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