| 2014年08月29日(金) |
ペルー日記 チチカカ湖 アマンタニ島民泊 |
7時30分ホテルピックアップ。 チチカカ湖観光・・・ウロス島。アマンタニ島。 ウロス島は,私が小学生のときに、いったいどんな島?と想っていたトトラという葦のような植物でできた島だ。 まさか,子どもの時に抱いた疑問をこういう形で解決できるとは・・と不思議な気持ちだ。
旅行社さしまわしのドライバー君お迎え。そして乗船口まで。2日お世話になるガイド氏に私を引き渡して帰っていった。 ガイド氏の名前,メモしておかなかったので,今は思い出せません, しかし,日本ビイキないまじめでいい奴でしたわ。 彼は日系ニ世のフジモリ氏の作った「フジモリスクール」の出身。 そういうことと関係あるのかもしれない。
さて,8時半船就航。 メンバーは,フランス,ドイツ,カナダ,スエーデン,デンマーク,日本《私》と国籍多彩,15人ほど。 旅程はトトラの島ウロス島上陸,その後2時間ほどかけて,アマンタニ島へ行くのだ。そしてそこで数人ずつ民泊。 まず,40分ほどで,トトラで作った浮島,ウロス島に到着。 接岸して島に上陸するも,プクプク沈む。足元不安定。 「島」の周辺環境についての説明、なんとトトラですべてができている、ということ チチカカの水産的な恵みと観光で来る人達の落とすお金で生活していることがわかったが・・・そして、トトラ島がかなりかんたんにできることもわかった。ようするに根をしばって、うかないように安定させて、その上にトトラをどんどんをつみかさねるだけ。 しかし どうして95も島があるのに,こんな形で何百年も生活しているんだろ?と謎は深まった。 インカ時代に賎民として追われて,とか,スペイン人に迫害されて、と島の起源についていわれているが。文字で残っていないので定かではないらしいが・・・いやはや全く不思議な生活だった。 今は、フジモリ元大統領の英断で島ではソーラーシステムが導入されて、トトラが燃えて火事になって,赤ん坊が死ぬことがなくなった、というガイド氏の話が印象的だった。 トトラ,食べることもできる。サクサクして少しだけ塩味のようなものがあった。
私の???は増えたまま,次の島アマンタニに向かった。ここは,ちゃんとフツーの島である。 ここで民泊だ。 この島も,電気はソーラーらしいが,あとはどんなものか? ウロス島から2時間あまり1時頃についた。静かな青いチチカカ,静かな島の気配。 なんか,いい感じ。 広場のようなところで,民泊の主人に引き合わされて,御一行さま分散。 私とデンマークから来た夫婦(新婚旅行)は,アルフォンソという方のおうち。 子どもが独立したり学校に行っていて,いないのでセビーナという奥さんと2人暮らしで、こういウことをはじめた感じ。 ま、現金にもなるしね。 かまど1つしかない台所で,ゆっくりお芋中心の素朴なランチを食べて(油っけほとんど無しで助かった)スペイン語と英語の会話。 デンマークでは、高校の時にスペイン語をやるんだとかいう話で、デンマーク人フーフはスペイン語の初歩OK.奥さんの方はうまかった。 3時、交流センターで村の子どもと交流.といっても、サッカーを外でやる人、スペイン語を教える人で、私は見ていただけだったし。まあ、日本語教えてなんてことはまあここではないだろうさ。 それでも,この高地で,サッカーで子どもといっしょに騒げるって,すごいわ.と感心して眺めていた。 元気な人は山の頂上まで、いいですという人は,村中散歩、ということで私はお散歩組になった。だって,ワイナピチュ登山の後遺症でまだ筋肉痛。 フランス人の女性とカナダ人の母娘と村の中心にあるカフェで、のんびり、 私はコカ茶。 夕方,静かな島の夕暮れを見にいった。
夜,すばらしい星空。 銀河が本当に川で見えた。こういうの前に見たのいつだったか?
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