| 2014年08月27日(水) |
ペルー日記 マチュピチュ ワイナピチュ登山 |
朝4時50分起床。 朝食,果物,パン,コカ茶。それぞれ少々。あ,お茶はたくさん。 何しろ,マチュピチュ行きのバスが5時くらいから動くので,ホテルの朝食は4時40分からとれるのだ。 日本のホテル・旅館真っ青の朝だ。
で、きのうより,体が軽い,と思いつつ,しかし,何しろ食べている量が少ないので、今イチ力が入らんと思いつつ,出発。 でもって、パス乗り場。 す,すごい,すごすぎる。 なんと,百メートル以上のバス待ちライン。 静かな谷あいの町に、これだけの人がどこから出てきた、というくらいいるのだ・・言葉なし。 そのバス待ち客をねらって,お茶やパンなどの朝食を売りに繰る町の人たち。 バスは,まさに掘り返し,降り返しで,待つこと50分。 私がならんだのは5時半で,まだ真っ暗だったのだが,6時20分の乗車時には空は明るくなっていた。 で、マチュピチュの東の空が望めるとことに立ったのは,7時少し過ぎ。 ちょうど、朝日がとがった山の間から顔を出して「ご来光」を仰げた。 感じたのは,寒くないこと。 石が昨日の温もりを備蓄している。 そんな感じ。 それで,自分なりに今日の予定は考えてあった。 体調万全ならマチュピチュの後方にそびえたつ「ワイナピチュ」登山。 ワイナピチュ、というのは「若い峰」という意味で,対して「マチュピチュ」は「老いた峰」の意味。 遺跡は,この2つの山峰の間に位置するというのが地理的な説明になる。 マチュピチュは標高は2800メートルくらい,ワイナピチュはとんがってはいるが、2600から700くらい。遺跡との高低差は,300メートルくらい。 しかし,とんがっていて,どうやって登るのとため息をつきたくなるくらい。 ま、今日は止めておこうとおもっていた。 これとて、自由に登れるわけではなく、事前に申し込みが必要で、私の場合は登らなくてもいいし,登りたくなった時のためにと、いうことで旅行社が確保しておいてくれた。ちなみに一日400人。 私は7時から登山開始のグループ。 止めるつもりだったんですが…そして、もっと楽歩きができる、インカトレールを「インティプンク」《太陽の門》まで行って返ってこようと考えていたのですが・・これも往復2時間から3時間のちょこっとしたハイキングコース。 しかし・・なぜか、なぜか 不思議なことに,こんな気持ちや決心とは別に体はワイナピチュに向くのですわ。 自分に,今日は無理だって体調悪いのに・・転げ落ちたらどうする? といっているのに・・きてしまった,登山記入所のまえ。 そこで,名前や年を聞かれて,パスポートを見せて・・などなどしてゲートをくぐる。 入山者の年見たら・・・若い。20代,30代がほとんど。私の年の人おらんわ・・・いつもの私なら,まけんわいと思うのだが,ろくにご飯もも食べていないのにこれは・・と。 で「怖くなったら、引き返してきてもいいか」と聞いた。そしたら「ノウ」だって。 エ,片道キップかよ。・・やっぱりやめるわ。引き返しそうになったら、前に入って私を見ていたペルー人ガイドさん「大丈夫、大丈夫、行けますよ」 その人,年配の欧米人夫婦の英語ガイドさん。「あれ,日本語話せるんですか」 「そう,日本語いけるよ」 見たら,胸に小さく日の丸マークのワッペンもついていた。 ガイドライセンスである。 「私,高所恐怖症なんですよ」 「大丈夫です、みんな帰ってきてますよ」 まるで,背中をおされるがごとく,戻るのを止めて,結局歩くことになってしまった。時間は7時40分くらい。 はじめはたいら。 しかし,しかし・・・ほとんど,45度から50度,60度の傾斜岩山登りなのだ。 軍手を持っていったので,それをつけて、はい登る, 止めればよかった・・・なんでこうなるの? 休み休み,,後ろから来た人においぬかれまくって,2時間。つきました。 途中,おなじく大変そうな,ドイツ人ファミリーやイタリア人カップルとはげますしつつ。 しかし,こんな山の頂上近くまで,アンデネス《段々畑}はあった。それで,野生化したイチゴの実が1つ。うちの母が作っているのとなじ感じ。試しに食べてみた。そうだ・・母の味だ,すごく小さいが・・・・ マチュピチュの人たち,イチゴ食べていたんだね。 胸アツ。 なんてことをしているから、もう登りきった人が降りてきているが・・しかし,いいわ マイペース。 ワイナピチュのてっぺんは岩山の狭いスペース。しかし,周囲の山峰と自分が並んでいる。 岩山には,監視員がいて、ものすごくうるさいスペインファミリーをはやく降りろとかいって注意していたが・・私のときはにこにこして何も言わず。 ありがとう。ちなみに、マチュピチュはこの山からみるとコンドル。 インカ人たちの考え 1番下はスネーク《河》つぎはピューマ,これはクスコだ。次はコンドル,マチュピチュ。 やはり,マチュピチュは,聖なる場だったんだろうな。 それが,ワイナピチュの上からはっきりわかった。 ちなみに,ワイナピチュを二〇〇メートルほどくだったところに洞窟を利用した月の宮殿があるのだが,危険度は高くなるので止めた。 降りるときは、まさにつかまるところのないほとんど垂直な石段を降りねばならない。怖かったが、クリア。ここをクリアすれが後はいける。 ということで、他の人の倍かけて登ったのでありました。不思議なのは,あのペルー人ガイドさんは結局その後来なかった。 あの欧米人カップル,止めたのか? つまり,ペルー人ガイドさん,私に「大丈夫」というだけのためにあそこにいたのか。なんとも不思議な登山。 私はなんか理由があって,気持ちとは裏腹にワイナピチュに登らねばならなかったのか? 怖くて足がすくむようなところも,怖くなかったのが意外というか,どうしたの私?
ちなみに,ドイツ人の少年,ワーワーいいながら,後ろ降りしていた。私,それを見ながら,気持ちわかるわ・・・、あの子,私と同じ高所恐怖症。 降りてきて,11時半。もう本日終了。 ゆっくり,心の中で,マチュピチュに別れを告げながら降りた。
夜6時半すぎに,クスコに戻る。 教えてもらった日本食レストランで味噌汁にご飯。 味噌汁2杯で元気になった。食の力を感じた夜。クスコ寒し。
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