| 2014年04月07日(月) |
鯨を食す の 思い出 |
もう20年近い昔、土佐は足摺の某所で密漁めいた鯨を戴いたことがある. ミンク鯨、定置網にかかったものだ. 網を壊す鯨たちは、けっこう嫌われていた. しかし、禁止されるまでは、売りさばいて網の修理代を補って余りあるほどの価値があったと聞く. いわゆる尾身のところを生姜をいれて臭みを消した一品.おいしかった. ここでマンボウも食べた. あの少しユーモラスな姿形を思い出して、せつなかったが、これまたさっぱりしていてうまかった。
和歌山の太地町の国民宿舎では鯨コースというのがある. 地酒の「太平洋」ともに戴いたが、さえずりといわれる舌がおいしかった. 渋谷の鯨やさんでもこれは食べた記憶があるが、高かったわ. でも私はこのさえずりが一番好きだな. あと、房総の土鯨の燻製というか干し鯨肉.これは甘口の酒に合うおつまみだ. しかし、どうしても食べたいものではないなあ.
グリーランドの鯨は、かなり原始的な食べ方だろう. 肉はゆでてある. そこにソースをかけて食べる、 ソースがなければ、多分塩ゆで. そのまま食べるの世界. 話横道だが、 フィンランドでトナカイを食べた時も同じだった.そうしてそれがトラデショナルな食べ方だとメニューに書いてあった. フェローアイランズで、パフィンというエトピリカみたいな鳥を食べたときもゆでてソースかけだった. こういう食べ方に比べると、日本の鯨の食べ方は、鍋あり、酢の物あり、汁ものあり、揚げ物あり・・さまざまである.豊かである. 捕鯨船に乗っていた老人の話では、あがったばかりの鯨の脂身(アコーデオンのところ・口の周辺)を刺身で食べるのは最高だったといっていた.
かつて、鯨をとることは 特に古式捕鯨といわれる江戸の捕鯨は鯨と人の知恵くらべであり、命のやり取りであった。 これは、いろいろな人が小説として描いている. 食べるために、命をつなぐために、果敢に自分よりはるかに大きな鯨にとりつき、命を絶つ. 丁寧に、骨皮まで食べて、その菩提を弔う. それが、日本人が鯨を食べるということであった。 慣用句に「○○の差しがね」というのがある. 花子さんは、上司の差し金で、僻地の支店へ飛ばされた. 見たいな使い方. この差し金というのは、人形浄瑠璃の人形遣いが後ろで人形を使うときの棒。その棒についていて、指や手を動かすように動きを伝えるのは、セミ鯨のひげである. ひげといっても、口の外についているのではなくて、口の中についている. 歯の代わりについていて、大きな口をあけて海水を飲みこんで、プランクトンや小魚をそのブラシのようなひげでこしとって、水だけを口の外に出すのだ. というわけで、鯨のひげ、人形浄瑠璃の差し金に使われているのである。 鯨食文化が滅びるのは仕方ないとは思うが、こういうところまで波及するのは残念!文楽好きの私はそう思う. さらに、日本の文化と鯨の関係の深さを感じる.
本日も鯨でした.
今日はお天気はいいが、寒い. そろそろ、弟が週末に帰って来る準備にはいろうと部屋に荷物を置いてきた. ゴムの木は寒さで死にかけだった. デロンギヒーターを入れて、ゴムの木に詫びてきた.
|