モーツアルトが好きな私が、このところ、エンヤだ。 モーツアルトさんをかけると、なんだか、体の奥の方がかすかにイライラするというか・・・なんだな。 多分、モーツアルトの曲が底の底に持っている一種の不安が私の今置かれている状況と連動して「かすかなイライラ」になるんじゃないかと・・と勝手な解釈だが。 モーツアルトさんは、天才の故に、人が実は感じている生物としてのニンゲンの不安を的確に曲の底に秘めているとわたしは思うのだ。 そのあたりが、私をしてモーツアルトファンならしめているのだが、今や、逆に私の内にトゲを立てる。 つまり、私もこれはずいぶんストレス感じているのかいな、と思った方がよさそうということだろうか・・・ と愚にもつかない自己分析をしている。 でも、しかし、 エンヤは、特に「ケルト」を聞くと、ほぐれんるンだな・・・ なぜだろ。 以前、エンヤを聞いている脳はリラックス脳波がでているとなんかで読んだことがあるけど、そういうことと関係しているのかしらん。 後、以前ポルトガルで購入した「ファド100%」とかもいい。モンゴルのホーミーもいいなあ。これオランダのストリートミュージシャンから。 音楽って、力があるなあ、と思う。
このところ、右脇腹上の背中の肋骨の辺りがずっと痛い。 交通事故の後遺症の一種かも知れないけど、極度に疲れてくると、腰の辺りの骨がずれるんだな。 そのせいだと思う。 これは、横浜でお世話になっていた鍼灸医さんに修正してもらうとイイんだけどな・・・と思うが行けないのがややつらい。 無理せずにしっかり眠って・・をしているウチにボチボチだと思う。 モーツアルトじゃなくて、エンヤがいいとか、痛いとか、体があれこれ信号を送ってきている。 ありがたきかな、内なる声よ。 内なる声が聞こえなくならないうちに、夜中まで起きて、バリボリするのはしばらく止めとこ、というこの頃。
日中、だいぶ暖かくなってきた。 桜開花はほど遠いけど。 今朝は、氏神さまの蒼紫神社にお参りに行った。 ついでに、駐車場で、車庫入れの練習したんだけど(^^;) 神社境内は、雪もまだ多いけど、なにより、地震で倒れた灯籠がまだ散らばっていて痛々しかった。 子どものころからなじんできた神社だが、あちこちの神社を見てきた目で見ると、なかなか立派な神社だと改めて思った。 ちなみに祭神は、天照大神、白山大神、出雲大神(これって、大国主さん?だよね)、後、、長岡藩主の牧野なんとかさんでした。 この、牧野なんとかさんが、江戸期にこの地に神々を勧請して長岡の守りとしたのがこの神社だ。 白山大神、この地域が「白山信仰」の文化圏なんだな、と思ったことだった。
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