| 2004年12月19日(日) |
自分で動くということ |
土曜(昨日)私の以前からの懸案「遍路道で結願ならずして亡くなった方々の慰霊碑の建立」について、動いた。 遍路道沿い某寺の山門近辺がいいと思ってお願いして住職さんにお会いしに行った。 わたしとしては今回は、「自己紹介とお話を聞いていただくだけ」のつもりで行ったのだが、なんだか、トントン拍子に「場所」を了解してくださり、自ら石屋さんに電話して下さり、どんなデザインで、どのくらいの費用で・・まで一気に決まってしまった。 えーーー、こんなに簡単に決まってしまっていいのか?と、うれしかったのだが。 今朝、ずっと気にかけて場所の選定を考えて下さっていた松山のMさんに報告とその後のことをご相談にいって、亡き奥様にお経をあげさせていただき、さてとなったところに電話。 昨日、気持ちよく、建立をOKして下さったご住職から、やはり、昨日の話はなかったことにしてくれ・・・はあああ??? 青天の霹靂の変心・・でただただあ然。 すごく乗り気だったのに一晩で変心になるのが信じられなかった。 結局「家相」(祈祷寺なのに、山門近くに供養のつく碑を建てるという問題、ということじゃないかと察する・・しかし、これ、立てたら、お遍路さんのお参りは絶対増えて寺門隆盛だとわたしは思うのだが) 「自分のあとに建てたものを、次の住職が守ってくれるか」(ご住職はかなりご年配)という点での変心だった。 理解はできるが・・だったら、石屋さんまでよんだりしないで「一晩考えさせてくれ」といって欲しかった。 Mさん「縁がなかったですねえ、それにしても、ここに来て、家内の仏前にお参りしてくれて終わったとたんの電話というのは因縁ですなあ。そこの場所やない、ということではないんですか」 「はあ・・・立てるべきところがちがうという霊界からの通信ですか。でも怖いような気がします。どっかで見ているなんかがあるみたい」 いっしょにいった松山のTさんも「あんまり絶妙なタイミングで・・・恐い」 で、建立の段取りとか、その後のことのお話をさせていただくつもりでいたのに、場所についての話に戻った。 Mさんに進められてお断りした場所の写真を見せて下さって(そこは、最初に立てたいと考えていた場に近いが、さびしそうなのでお断りしたのだが)「そんなさびしい場所とちがうよ」 確かに。 歩き遍路さんだけでなく、車遍路の人も止まって手を合わせていただけそうな感じなのだ。 「とにかく、見てきなさいよ、それでよいとなったら、またこの話を戻しましょう」とは、Mさん。 はい。 それにしても・・・霊界の人々は、この地(Mさんご推薦の場所)を望んでいるのか。結局その話をするために、私はMさんの所にうかがったのか? とにかく、私は自ら動いてこのことをせねばならないのは確かなのだ。 で、できるだけ早く見に行くことにした。
映画の件でも、自分でうごかなくては、とは思っておるのだが。 徳島では難しいので、松山でしようかという話にはなってきているのだが、しかし、映写機と映写技師がいなくて。 徳島ではボランティアをしてもいいという人がでてきてくれない。 つくづく、今私は自分が今までいた基盤とはちがう「一時滞在の地」にいることを感じる。例えば、関東だったら、ボランティアでてつだってくれる人がいないなんて事は言わなくていい。新潟でも、昔の級友やつてでみつかるだろう。 足元がまさに、自分の足サイズしかないのだ。 でもま、意識して自ら動いて「カラ」のごときものをこつこつたたいていきたいと思っている。 「カラ」とは、年を取るにつれて作る限界であり、御身大切であり、お利口面である。まあ、これぞ一種のボケ防止。なのである、私の。
供養碑(自然石を使用した柔らかい感じのイメージ)建立の折りには「勧進」を募ろうと考えている。 石に供養力を供えるためにはたくさんお方の思いが必要だと考えるから。
そういうことで香川、愛媛とうろついて帰ってきた。
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