世界お遍路 千夜一夜旅日記

2004年09月22日(水) 「あちら」

この日記を読んだ いろいろな方から、お悔やみのメールをいただいた。
ありがとうございます。

ところで「あちら」はあるのだろうか?
私が悲しみよりも今のところ「ホッとしている」感情が強いのは、「あちら」の存在を信じているからに他ならない。
肉体という有限の檻に閉じこめられている魂は不自由だが、その肉体が亡くなってでたとき「自由に羽ばたける」と信じているからだ。
私は疑り深い性格だから、これにはそれなりの根拠がある。

その1 エネルギー不滅の法則
人は命はエネルギーである。
見えない。
しかし、死んだからといって、このエネルギーまで消滅はしない。まさに「見えない」ままに存在しつづける。それが「あちら」
まさに「不生不滅」

その2 自分の体験
交通事故にあって手術をしたとき、麻酔で私の身体は仮死状態になったらしい。ピンク色のふわふわした雲の上を飛んでいた。そこは、明るい輝かしい場所だった。
チベット死者の書などでは、身体を抜け出た魂は輝かしいモノに向かって天を目指すと書いてあるようだが、まさにそんな感じの気持ちよいところ、気持ちよい心だった。あれぞ お浄土 か。

その3 お迎え
お遍路さんをしていると、「お大師さんが枕元に来ている。もう、逝く、北枕にしてくれ」とか「あと何ヶ月で死ぬから生きている家に挨拶回り」なんて逝って、亡くなったお年寄りの不思議な話をたまに聞く。。
「お迎え」と、昔からいうが、確かにそれは来る人には来るらしいのだ。

その2の体験が、父の死にあたって私を楽にしてくれる。
「あんな気持ちいいトコをふわふわして、先に逝った、親や兄弟にあっているのかな」と、すぐにイメージできるのだ。
(私は、ピンク色の雲の上をお散歩してきただけで誰にも会わなかったが、それは、まだ定命があって、だれもお迎えにでてくれなかったせいだと思う。というか、私は車にはねられたその瞬間、まだ生きる!と自己決定して生き延びたようなモンだから)

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TVで「糖尿病」についてやっていた。
血糖値をよくするのは、筋肉運動が大事。それと、早起きして、朝食を早く摂ることが大事とやっていた。
これって、歩き遍路にピッタリではないか。
よく、四国をまわって糖尿病が治りました、という話を聞くが、これ、科学的根拠があったというわけだ。
ガッテン!
この番組を見て爆睡した。
家の中は、不夜城・・・でした。



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