父に管が何本もついていることは聞いて承知していたが、それでも、なんだか、やたらに触ったら計器に異常をきたすんじゃないか心配になる。 幸い、今日の午前、熱はかなり下がっていて、目があいていた。 わかる? といったら、こくんと頷いた。 もっと楽になるといいね、命があるうちはがんばるしかないねえ・・といったら、それにもかすかに頷いたような・・・・・ こんな父にあえてよかった。 島四国で「父が楽になりますように」と88箇所、お願いして歩いたが、熱が下がったという点では聞き届けてもらえたのだろうかね。 ああ・・・・・でも、つい先日よりさらに・・ではある、生かす医学の凄さを見た。 でも、見ている方はつらいし(もちろん、本人も・・だろう)、わたし自身は、こういう形での入院を拒否したいと感じた。死病にかかったときは、トルコとか、アジアのどっかの国とか、医療技術が発達途上にある国に逃亡して死のうと、放浪して死にたい・・つい、午後の昼寝タイムに考え詰めてしまった。
父の隣の方は、2月に脳卒中で倒れた方らしくて、母の話だと、一度も目を書けたところを見たことがないという。髪が黒々として、50代後半片60代前半の感じだ。人事ではない印象。
人間は犬に食われるほど自由だ、といったのは藤原新也。 でも、どんどん 人間の死が見えなくなっていく、というか、不自然の死しか見えない。 世間ではうつ病の人が増大しているときく。実際、周囲にもいるし・・こういった状況は、死が見えない、ということ関係していはしないか。
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