世界お遍路 千夜一夜旅日記

2004年05月16日(日) 微笑み

午後から、川崎大師に住む親戚が父の見舞いに来てくれた。
で、何と、川崎大師十年に一度のご開帳で配られる「赤札」を貰ってしまった。母と父、そして私の分と、3枚いただいた。コレだけしかなかったら、ココの家族分ないけどごめんねということで。
川崎大師ご開帳情報を、原稿で書いたが、しかし、もう遠いし縁がなかったな、と思っていたのに・・・・・ありがたいことだ。
なんだか、お大師さんから励ましをいただいたような気がする。
お大師さん、ありがとうです。

ところで、その川崎大師、凄い混雑のようだ。
赤札は朝は確実にいただけるらしいのだが、後は不定期でその確実の時間にいただこうという人であふれかえって行列だとか。
親戚のパパが朝の散歩に行ってはお参りしてもらってきているらしい。
大師信仰の凄さよ、と思ってしまう。
振り返ってみれば、私の小学校の教育実習って、親戚のうちに居候して大師小学校でしたんだし、まああの頃から縁があったんだよね、お大師さんに。
大師小学校なんていうの、ほかにないと思う。

で、はるばる川崎から来てくれたママ(父のいとこ)と、母、弟の二人の子供と一緒に病院へ。
今日は、解熱の点滴はなかったが、額に触ると少し熱がある様子。しかし、目は開いていた。ママがくれた赤札と、私のお守りの破磐神社さんの竹炭守りを枕頭に下げて、捨てられると悪いので「娘の身代わり」と裏に書いておいて来た。で、みんなでかわるがわる話しかけると、血圧が動くんだよね、あ、解っているみたい、とコチラも解った。
30分ほどいて、最後に「苦しくないように毎日祈っているよ、ばあちゃん(父の母親)があっちから迎えに来てくれるまで頑張って生きんとダメだネエ、また来るよ」といったら、最後、微笑んでいるようだった。
よかった。
四国にはいけなかったが、振り返れば、秩父を初めとして、伊勢、豊川稲荷、箱根、伊豆など父と母を連れて色々といったし、数年前には家族総勢で猪苗代湖に1泊したし、思い出は沢山ある。
人はこうやって、年を取るんだと思う。と今感じている。
今日、なにやら微笑んでいる父の顔とさよならできてよかった、とおもっている。


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