昨日は、やや落ち込んでいた。 念珠はなくすし、地図は失うし・・・お大師さんに見放されたのかな?って・・・・・しかし、しかし、夕方近く、宗報さんより電話。 岩本寺に、宮崎さんの地図があったから、入手しといたよ。送るから。 あっりがとう!! やや、落ち込みが上向いた。 で、夕方、旅路でしかでない大ごちそう。 天然ブリの脂ののりきったお刺身、おじちゃんが、ちょこっと捕まえてきたエビのフライ、今朝取れたあじを酢締めしてゴマの入った酢飯をだかせたお寿司のもりあわせ、貝の炊き合わせ、甘いトマトやイチゴのデザート・・・等々・・超ごちそうだった。 すべてびんびんに活きがいい。 お客7人、大喜びの晩であった。 この完璧においしい夕食で、落ち込み気分は完全に上向きピークに復活、した。 実に単純明快。 うまいお魚ばんざーい。 お客がうまいと喜ぶのを見て、幸せをかんじるおじちゃん、おばちゃんも万歳!! おじちゃん、76歳、おばちゃん、73歳だけど、これからもよろしくです。
今朝は、少し遅め7時半発。 暖かい。 温度計は、10度近い、さすが足摺亜熱帯。 本来は大岐浜の浜道を歩くのだが、kさんの足の負担を考えて岡道(主に国道)を行く。 今日は、11時から12時の間に下の加江までの10キロほどを歩いた後にkさんはそこから中村までバス(で、バスが止まりそうなサンリバー四万十に宿を取った)、その後、私は一人で中村まで歩くという段取り。 kさん、昨日一日、完全休養だったので、今日はいいとはいうものの歩き出しは痛そうだ。 それでも、何とか、11時前に下の加江の橋のたもとについて、休憩と早いお昼。 旅路のおばちゃんが作ってくれたおにぎりを食べた。おいしかった。 で、くる途中にいただいたお接待の飴などをkさんに預けて、私はウオークへ。 kさんは、そばの茶店でバス時間まで待つことで。 「バスの中で寝込んじゃだめですよ(kさんは居眠りの名人)寝過ごすと、宿毛まで行きますよ、バスの運転手さんに、宿の名をいえば知っているとは思うけど、知らなかったら中村大橋の手前っていってくださいね」 などと、くどくどと言い置いて・・・まあ後は子どもじゃないんだし、自分で何とかしてくださいよ。
地元観光協会がつけた足摺遍路道の表示に従って歩いてみる、距離は出るが車は少ない。 しかし、風が強くて、笠のビニールの覆いが飛ばされて田圃の中へ落下。 ひゃーーー。 数百メートル追っかけて、田圃のあぜ道に降りてお杖で水の中から引き上げた。 笠の上についていた留め具はなくなるし、笠は破壊寸前だ。 やれやれ。 その後も、笠が風をはらんで飛ばされそうになったり前進不能・・・・多数。 橋の上では、四万十の橋の上では笠を取らないと、怖かった。 おかげで今日はずいぶんと日焼けした。
市野瀬のドライブイン水車のそばにすごく立派なトイレ。 今日は、冬型で風が冷たいし、トイレが近くなっているのでありがたい。 で、隣にこれまた立派な休憩所。ここで野宿をしたという人にたくさんあった。 休んでいたら、トイレに来た人が車に戻って、大きな文たんを2つ「食べてください」 ありがたくいただいたが・・・旅路のおばちゃんにいただいた分と3ヶ。 本日のありがたい重荷となりましただ。 文たん、3ヶって、重たいよ、ホント。 真念庵に寄ったが、お堂の前にあった「いざり立ち・・云々」の石碑が見つからず。(後で判明、道標の裏だった、でも、確か、前は裏が表になっていたような・・) お参りした後に、伊豆田坂トンネルへ。 昔は明るかったトンネルは、今や排気バスで黒くなった。 1600メートル、やっぱりトンネルは怖かった。 トンネルの中で中村市になる。
どんどん下って、やがて四万十。 土手沿いの道にしっかりと歩道がついてずいぶんとよくなった。 その土手に、一人のお遍路さんが座って休んでいる。 「こんにちは」 「どっから来たの、野宿できるとこしらん?」 「ドライブン水車のそばの休憩所、みんなそこでしてるみたい」 「その手前にバスの停留所とかないかな」 「ない、このへんのバス停は、屋根どころか椅子もないから、休めない」 「そうか、じゃ、しかたない、そこまでがん張るか」 「そうそう」 年格好は、50代後半。いいお顔の人である。 でもまあ、ここまであった歩きのお遍路さんはみんな、いい顔で、その人の人間性や心が働いてることがわかる顔つきの人ばかり。 それがいい感じ。 「この先のはし、風がきついぞ、とばされんように」 はーい。 でお別れした。 後は淡々、1時間歩き。 買い物をしたりして、4時半、宿へ。 お風呂上がりのkさんがロビーで待っていてくださった。 ここもお風呂は温泉だった。 一日おきに温泉だ。 四国って、温泉だらけみたい。 歩行距離約30キロ。
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