世界お遍路 千夜一夜旅日記

2004年02月25日(水) *以布利まで

今日は、少しいやなことを書かねばならない。
歩きへんろ地図を失った。
昨夕、地図がないことに気がついてジョン万ハウスだね、じゃなかったららお寺だ
、と気軽に構えていたのだが・・・・ジョン万にもなくお寺にもなく、きいたり探したりした・・・・お寺までは確実に持ってきたはずなのだが・・・・困り果てて、交番に届けを出して、宗報さんに昨日昼食を取った喫茶店にも問い合わせてもらって(連絡がないからなかったのだろう)、バス会社にも聞いて・・・しかしない。
悪い想像なのだが、誰かに持って行かれた・・・・ようなのだ。
今、懐かしい宿「旅路」だが、ここにいらした今晩宿泊のお遍路KTさん曰く「あんたより地図が必要な*お大師さん*がいて一緒にいったんじゃないの」
うーむ・・なるほど。
やはりお寺・・・かな。
すぐに気がつかなかった私も行けないが(といっても、もって行かれたのだったら、探してもないだろうが)
本堂前の石灯籠のすごく目立つところに、荷を置き、笠と地図、そばに投げ出しておいた・・・・。不用心といえば不用心。反省。
まあ、今は宮崎さん、地図を古いからとお売りにならないようだから、必要だったり、興味を持つ人はいるのかも、だ。
まあ、そういうこと・・・・今後入手は難しいし、なにより地図にメモが入っていたのを失ったのがくやしい。
情けない不思議だが、kさんが荷が重いから地図を送り返すといったとき、もしか私が無くしたら困るからおくんないで、といったんだわ。不幸中の幸いだ。
「じゃ、予感がしたんだ」
と、私より必要なお大師さんが・・・といったKTさん。
はい、そうかもしれません。

今日は、朝から、宗報さんの調査につきあって「金剛福寺」の奥の院まで登ってきた。
白皇山山頂だ。
亜熱帯の林の中を登ること20分、なんと頂上は石槌神社。
さらにはストーンサークルだ。
気が強い。
ここは、昨日の唐人石遺跡と共通の文化圏に属していたはず。
で、そこに後生に、宗教遺跡や場が重層していった、ということだろうう。

kさんは、今日は、とても歩けないというので、宗報さんに車お接待で、宿まで送っていただいた。私の荷物と共に。
私は、約15キロあまりを、荷物なしで軽々とすたすた。
途中、遍路小屋に泊まった若い女の子2人とあって話す。
都内の某大学の野宿研究会のメンバーだとか。それで、23日、ここまで野宿、しかし、すごく元気で明るい。
遍路小屋sw、やはり大学4年生の男の子としゃべる。
若い人が多いんだよね。
どなってんだろ、日本。
4人で歩き始めたのだが、女の子たちは荷が重くておくれがち、しかし、やはり旅路に荷物をおいてきた大4生とともに歩いた。
3時すぎに着。
おじちゃんもおばちゃんもお元気だった。
今日は7人のお客、満員だという。

昨日、今日と楽をした、明日からまたがんばろう。


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