世界お遍路 千夜一夜旅日記

2004年02月23日(月) *三原村まで

外は晴れているが、風が強い。
6時45分にご飯。7時10分、Kさんに見送られて出た。
kさんは、今日は、宿毛の病院に行って、1時に39番延光寺で待ち合わせとした。
宿毛の病院を夕べ、インターネットで調べて電話番号をお教えしたのだが・・・・読地図、一人行動が苦手な人なので心配だ、などと思って、ぽこぽこ歩いていたら、路傍に「国保 一本松病院」。うん、まあ、見てもらっても良さそうだ。と判断して、kさんに「歩いて10分の一本松病院、良さそうですからここの方がいいですよ」と電話。
これで、kさんが宿毛で迷子になる心配が失せたということで、やれやれほっ。
本日の心配は、松尾峠への入り口。越してくる分には、すんなりと一本松の町中に出るが、逆はねえ・・・案の定、町中で聞き、町外れで迷い・・・私が、町外れで道間違いをしているのを、横目で見ながら、知らん顔して?(いやな気配を感じた)うちに入ったおばさんにはびっくり。でかい新築のおうちで、犬が何匹もいて、わんわん、ほえる、ほえる。
まあ、自分の記憶でこの道は違うと気がついて、方向修正したが。
どうやら、一本松町の雰囲気とお遍路さんは合い性がよくないらしい。
それは、道しるべを見るとすぐにわかる。
四国の道、宮崎遍路道の印が不備なところ、お遍路に心を配る人々がいると、補強してあるのだが、この町は全くその気配がない。
松尾峠を降りて、高知にはいると、びしばし、地域の人の心ずくしの、しるべ札があって、大いに助かる。高知側は迷う心配は逆でもない。

で、松尾峠、すごい風である。山がなる。冬型気圧配置が、お日様の光を輝かせている。気持ちいい。やっぱり、山越えはいいなあ。
以前は、松尾大師跡のみだったところに、松尾大師堂、高見さんが中心になって建築されたモノだ。
しっかりとかんぬきがかかっていたので、あけてお大師さんにお参り、中には一人、寝られるようになっていた。
「一夜庵」(連泊禁止)の張り紙もあった。
昨日は宇和海が見えなかったが、今日は、見事な景色が眼前に広がる。
しばし、眺めて、ぼちぼちくだる。
下り始めたら、猟銃の音。
イヤだな、と思いながら下る。昨日も、柏坂で聞こえていたが。
下りて、女性の一人遍路さんにあっておしゃべりをしていたら、通りかかった農家のおばあちゃんがうちで採れた無農薬のポンカン、と2つお接待でくださった。
ありがとうございました。
休憩で食べたがすごく甘くておいしかった。

時間を気にしつつ、進むと、今度は男性の一人遍路さん。
女性の方は、国道から来たらしいが彼は遍路道、「木が倒れているから、這うところがありますよ」「はい、ありがとう」で、しばらくいうお話。聞けば、今晩お宿は磯屋さんだという。
磯屋さんは、いいお宿、私もKさんも泊めていただいたことがある。
さらに、松尾大師堂のノートに、女将さんがお参りに見えたときの書き込みがあったのでなつかしいな、と思っていたところだったのだ。
kさんと私の名前をいって「今回は、距離の関係で泊まれなかったんですが、よろしくお伝えください」
 といって、お別れした。
歩きながら、kさんに電話。
すると「宿毛へ出て、そこで車お接待を受けて今39番に向かっているところ」というお返事。どひゃ・・・39番へはやく行っても近所にお店はないし、宿毛の市内でお茶でもして12時くらいに向かえばいいのに、と思ったものの、すでに車の中ではどうしょうもないわ。
寒い中、私を2時間近くも待つことになる、悪いなあ。
いよいよせっせこっせこと歩く。
でも、山中であった、お散歩中のおじいさんとまたおしゃべりしてしまって。
まあ、これが歩きお遍路の楽しみの一つだし。
宿毛市内で銀行によりまたまたどんどん歩く。
寒い風、飛びそうになるほど強い。
それにしても、宿毛市内、寂れた。
新しい道路(高速)がついて、すっかり寂れたぞという印象。
みんな、早い道路、便利な道路を期待しているけど、果たしてそれが地元のためなのか、と宿毛の寂れようを見ると考え込んでしまう。

12時50分、39番着。
Kさん、境内の椅子でお待ちかね。
寒かったでしょう・・・すみませんねえ。
お医者さんは、痛みは、筋と外反母趾から来ている、といってレントゲンも撮らずに「あと、1週間か十日、歩かせてください」というkさんの言葉に応えて薬をくださったとか。
よかった、よかった。

1時25分、39番発。
久しぶりに、バス2台分の団体お遍路さんを見た。
ご詠歌の団体らしい。
団体お遍路さんの、まっしろな遍路着がまぶしい。
でも、でも、しかし、私は、納経人任せ、境内に、15分しかいない団体遍路さんに、むむむ・・・と思ってしまう。
お寺の境内は古来から現代まで車が入らないところ、歩きのお遍路も車のお遍路も、平等に「連綿と続くお札所の空気感」が味わえる場だ。できるだけながくいてほしいし、ゆっくり空気を吸って欲しいと思う。
納経も自分ですれば(否、本来、自分ですべきモノだ)、その分ゆっくりできる。
たった、たった、と早く効率的にまわって、それで???と感じてしまう私なのだ。
お体の不自由な人は、境内や石段、ゆっくり時間をかけて移動される分だけ、境内の空気感をしっかりと味わっておられることだろう。
歩き遍路の法楽は、強者(足の強い人、早い人)にあるのではなくて、むしろ、他力にすがって、お大師さんにすがった弱者(遅い人、故障に苦しんだ人)にあると思うのだが、それは境内にいる時間の法楽とも重なるかな。
遍路道は、「いわゆる」弱者が輝く道・・・なんて、話がそれましたわ。

宿毛市内から、三原村越えの道へむかう。
この道、人気の少ないぐねぐね道、だったが、それは95年当時と変わらず。
四国内、ずいぶん、歩道が整備されたが、この道は変わらず。
ダンプなど大型車が通るのが怖い。
しかし、深閑とした時間、周囲の山を仰ぎ見れば早春の気配や空気のきりり感、ああお遍路、やっぱりいいよな、としみじみ感じる。

4時過ぎ、三原村着。
宿の「いきいき三原会」まではまだだいぶんあるが、びっくりしたのは村の変わりようだ。
昔は牧場しかなかった村はずれに、団地、運動公園。さらに、村の外側に2車線道路、昔は、村内を通る1本しかなかったのに。
大いに変わってしまった。
5時ちょうど、着。
Kさん、調子がよいらしくて、毎時3キロ強の早さだった。
よかった。

いきいき三原会の遍路宿は、古い老人ホームを転用したモノ。
部屋、お風呂、トイレ、みんな、かなりの年代物だが、代表の増井さんが親切にお世話してくださった。









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