昨日は、5000円ときいていた宿代、4800円。 朝は出来立てのおぼろ豆腐と、ものすごく濃い豆乳。とても、おいしかった。 曇りがちの空の中、Tさんと7時15分発。 kさんは、内子町営バス7時43分で内子駅まで出て待つことになった。 そうすると、本日の泊まりの大洲郷土館YHまで、12キロほどの歩きになるので、まあ歩けそうだと本人申告があったので。 1キロ弱のところに、千人宿記念大師堂があるので、よって、山本さんご夫妻にご挨拶した。以前、お話を聞きに来たことがあるので。お二人ともお元気そうだった。で、大師堂には、60歳の男性遍路氏。少しお話しする。お遍路をして、四国に魅せられて仙台から高知は四万十流域に奥さんと移住、有機農業をしていてほとんど自給自足の生活、すごく満足だ、というお話を聞いた。すごくいい目で、それが印象的だった。 お別れして、出るとすぐに、Kさんが乗ったバスが追い越していった。 Tさんと「寒いねえ」といいつつ歩く。バッグにつけた温度計を見ればマイナス4度・・さむいよな。 打ち粉からおく、道が狭くて苦手なところだったが、立派な道路に付け替えられていてびっくり(一部未完成)。またしても日本土建国家を感じた。しかし、お遍路さんは歩きやすくなったことは確実だ。 特に、大瀬の町中を通らない新道にややあせった。 大瀬の町中、結構好きになので。 千人宿で、お接待にいただいた、リポビタンDを休んで飲むも「ファイト一発!!」にはならず、寒くてそそくさと歩き出す。 長岡山トンネルをすぎたあたりで、歩きのお遍路さんと遭遇。 通しで、今日は久万の伊藤旅館打というが・・・しかしやっていないのでは・・早めに予約電話をして、だめだったら、小田町に宿を取るしかないですよ、鴇田を越して、久万は無理だろうから、という話をした。 定年後の方のようだったが、一人は午後になって山の中だったりすると寂しいよと素直にいわれるので思わずほほえんだ。 「寂しい」もゆとりのうちだよね。 内子の道の駅から利着10時30分。 トイレ休と、昨日からアイスが食べたいといっていたTさんのお薦めソフトがここにあるので、休んで食べる。ゴマソフト、ゴマ!!って感じでおいしかった。 Tさんは、干し柿ソフト、これまた柿が入っていてグッド。 彼女がめざとく、幻のクリームパンという表示を見つけたので買おうとするが、売り切れ。まだ午前なのに、売り切れなんて、どんなにうまいんだ? 不ツーのクリームパンと餅を買って、ミカンを眺めていたら、お接待で一袋いただいてしまった。ありがとうございました。 大急ぎで、内子駅へ。 Kさんに、内子駅そばの喫茶店を教えておいたのだが、なんと10時過ぎまでひらかなかったようで寒い中駅で待ったとか。ご苦労様でした。 駅から旧道へ進む。 で、スポーツ公園内でお昼。 この道は、由緒正しい遍路道のようで、過去2回国道を急いだ愚かさ感じた。 静かな、土道いい感じ。 国道へ出てどしどし歩く。 Kさんはどうやらついてこれているのでほっとした。 亀岡モータースの前で、那美ちゃんのお接待コーナーでアメボックスをのぞいたら、なかったのでじゃ、私たちが入れようか、と私が持っていたハッカ飴を入れていたら、昨夏にたまちゃんたちと足摺出会った白いお髭のお遍路さんが自転車でやってきた。 飴を差し上げて、錦札をいただいた。 そこに、また二人の遍路さん、白い髭の方のお連れのようで、ボックスにはいっていた銀札の主と、私たちが道の駅であった野宿遍路の方。 で、しろひげのかたが「今、私たちが飴を入れたとこ、からだと寂しいから」といったら「じゃ、ワシのも一袋入れといてくれ」 何てことを、那美ちゃんボックスの前で交流。 玉ちゃんの噂なんかもして、足摺でお会いしたこともお話しして。 錦のお札をボックスに入れた白髭お遍路さん、ここにいれといたらもって行かれるかもしれんし、事務所においてくるわ、と。 で、那美ちゃんママが出て見えて「あら!」と声をかけてくださって、お茶をいただいてお話をしてきた。 那美ちゃんは、まだ学校だったが・・・・。(残念) 送りましょうか・・とおっしゃってくださったので、Kさんが足を痛めているので助かります、とありがたく車お接待を頂戴した。 十夜橋にお参りして、YHまで送ってくださった。 Tさんはさらに駅まで送っていただいて松山へ帰った。 夕方Tさんから電話があって「今日はいい出会いがたくさんあって、お大師さまからご褒美をいただいたようだ」と喜んでいた。 この、YHも、大変すてきなYH。M35年の旧制中学(宇和島中学、大洲分校)の一部を移築したモノで、ペアレンツの方もいい方。那美ちゃんのママもご推薦のYH。あたりである。 ホントに、今日はいい一日でした。
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