世界お遍路 千夜一夜旅日記

2004年02月16日(月) *47番浄瑠璃寺まで

7時15分に、カネマツ君とMMさんが、車で仙遊時まで迎えに来てくださったで、7時56分の松山行きの乗車。
kサンのご主人もこれでご出勤。kサンも送りにきてくれて・・・・またね、ね!!でお別れした。

九時すぎに道後に着くも、松山のTさんに電話。明日の三坂越えを一緒に歩きたいということをいっていたので一応松山に着いたことを知らせた。
そうしたら、午後から、合流するとのこと、びっくり。
道後で、お金をおろしたり、お賽銭を作ったり、田舎の母にあまくさというみかんをおくったりで、石手寺着10時すぎ。
今日は、繁多寺、浄土寺、西林寺、文殊院、八坂寺、浄瑠璃寺と進む予定。
近いが、逆に打つとなると手強そうだ。
案の定、繁多寺への道遠回りをしてしまった。
浄土寺でお昼休憩で休んでいたら、なんとすり足で進む女性遍路さんと遭遇した。
きくと、10番まで歩きでいったのだが、膝の下が腫れて炎症を起こして歩けなくなり、1番に車をおいていたので戻り車を運転して、途中にお医者さんに寄りながらここまで来たのだという。
10M歩くのに、5分以上かかっている。
壮絶。
昨日も、岩屋寺でふつう1時間のところ、5時間以上かかってお参りしたとのことだった。
ふつうなら、帰るよ、しかし、しかし・・・どんな思いがあるのか知らぬが、根性あるな、だ。
がんばってください、とお別れした。
西林寺から杖の渕公園へ、ここでTさんと再会。
明日は、一緒に歩いて、私も泊まるわ、と元気なTさんであった。
楽しく歩いて、途中にTさんの名前だけが存じ上げていたお友達のおうちによってご挨拶などもして、あがってお茶をといわれたが、時間がなかったので失礼した。4時前に八坂寺着。
きれいになっていたのでびっくりした。
で、本堂では、お坊さんが、6人ほどお揃いになってなにやら荘厳な読経の真っ最中だった。
納経所でお聞きすると、今日はお大師さまの誕生日(月)なので、その経なんだとか。
きくところによると、毎月、回り持ちでどこかのお寺でなさるのだとか。ふーん、そんなことしているのか・・・だった。
4時40分、浄瑠璃寺着。
先に納経。
ご人徳の高さで有名なご住職さまが納経所にいらした。
「どこからですか」
「歩いてご苦労様」
「今日はどこにお泊まり」
等々・・・懇切なお言葉をかけてくださった。
その後、ゆっくりとお参り。
ここは本堂も大師堂も、いかにも札所といった古式な雰囲気があっていい。
Tさんもここは好きな寺という。
彼女のバス時間まで境内にいたら、ご住職みずから、境内にある小さな石仏や、お墓などにお線香をあげてまわられている。
で、本堂は、やはり奥様らしきかたが掃き掃除。
なるほど、境内がなんだかゆかしいわけだ。
納得した。
前のお参りでは、ゆふの寒い朝7時前、本堂や大師堂で勤行が終わったばかりのところに行っていいな、と感じたモノだったが、やはりいいなと今回も感じ入った。
Tさんを5時23分で送って宿へ。
本日の歩行距離は約15キロほど、まあ私的にはふつうの歩きの半分。
全然疲れず、水も減らず。
しかし、kサンは、ちょうどいいという。
足も、これくらいなら行けると・・・
しかし、明日は26キロほどはありますから、というとウヘー!!
ご主人ありし日には、30キロ、35キロと歩いていた黄金の栄光を背負った方なんですがね・・・
「これが終わったらもうこんなに歩くことないと思う」といわれる。

今日は、歩きの方に3人会った。
毎日数人は会う。
多いよね。
八坂寺では、通夜堂から出てきた男の人が「石手寺に托鉢してる人はいたか」ときく。
門前に立つのは、托鉢とは少し違うときいていますが・・とはいわなかったが・・・こういうお方が、門前にたって頭を下げるだけ・・となってしまうのか、と思ったことであった。

昨日の日記と2日間のアップ、疲れましたわ。
シグマリオンがごねないでくれてありがたいが。


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