夕べ雪が降ったので、外がうっすらと白い。 6時半に朝食をいただいて7時15分出た。 昨夜、おばちゃんにもし雪がぎょうさん降ったら、山はやめたほうがいいといわれたが、ぎょうさんではないので、奥の院経由で行くことにした。 おばちゃんも、大丈夫やろというし。 ただ、女体山越えはやめて林道を行けといわれた。乗るよりおりるんが怖いし、と。そうだとなと納得。奥の院から林道へ出て下った。 しかし、真っ白な道はパウダースノー、時々滑って、細心の注意が必要だった。
88番奥の院は、初遍路の時は、いっこくも速く着きたかったのと、200メートル往復する元気がなくて、パスしたので今回ゆっくりとお参りした。 岩に張り付くようにあるお堂は、おこもりもできる状態、きれいに保たれていて地元の人たちの思いがわかる。 それにしても、山道、95年から比べるとよくなった。 ただ、歩き安さとよくなるのは別だ。 枕木?を設置した道はその幅で歩かねばならないのできつい。
林道沿いの道しるべもホントによくなって、これだと迷うなんて心配はないだろうと思う。 多和神社をすぎたあたりで、専門学校の学生さんのような一団とすれ違う。学校できたらしい。「女体山まで行きます」という。さらに挨拶が元気でごみぶくろを持っている子もいた。 その中の女の子たち、「食べますか」と、自分たちが食べようとしていたキャンデーを私とkさんにくれた。まあおせったい?かな。 うれしかった。
10時20分、道の駅長尾着。 お遍路交流サロンをみたいと思っていたのだが、今日は休日で残念だった。 道の駅で休んでいたら、きょう結願という区切りの男性遍路さんが来た。 定年遍路さんかな。 どの道がいいか、と訊かれたので、やはり初めてだったら、女体山越えで・・と勧めた。 このあたりも変わった。 昔は、前山小をすぎるとなにもなかったのに・・・寂しくて人気の少ない道だったのにねえ。
いい天気で、会う人がみんな昨日よりぬくい、というが手袋を脱ぐと寒い。 やはり、冬である。 長尾寺で、お参りしてうどんを食べて1時15分発。 途中の、入谷だった?か、すごい人が並んでいて大繁盛。びっくりだった。 どんどん歩いて、玉泉寺へお参り。 きれいな(行き届いて、ちゃんとおつとめをされているという意味)お寺、お参りを始めたらお堂の入り口をあけてくださった。 で、お参りを終えたら、甘酒の接待。 納経を書いてくださっている間、甘露の甘酒を味わった。
それにしても気がつくのは長尾町がつけた「へんろ道」の印。 充実していた。 ホントに97年の頃から見るとこれまた様変わりだ。 志度がちかずくにつれて高速道やそれに付随する新道ができて、これまた景色が変わっている。
志度寺で、若者野宿遍路さんとすれ違った。 宿に荷をおいて、前から行きたかった源内さんの遺品館へ。 エレキテルを回して、電気の火花を散らしてきた。 源内さんは、おもしろいお方だった、早く生まれすぎた悲劇のお人だった・・・ 夕方町中で、宿泊まりらしい20代半ばくらいの若者遍路さんと挨拶。 ちょこっと暗めの子。 逆うちで3人にあったわけだけど、これを多いとみるか少ないとみるか。 歩行距離、約23キロ。 ひさしぶりの歩きで足、痛いわ、とkさんとブチブチいっている夕べの時間である。
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