| 2004年01月10日(土) |
★エリトリア式結婚式を見る |
九時半、ルーテリアン教会の結婚式に出るためにみんな早起き。 アスカダムの奥さんの親戚の結婚式。 おじさんとかイトコとかいう以上に遠い親戚。日本でいえば、イトコの子とか、そういうのも、ここの国では近しい親戚になる。なにしろ、一度親戚になったら、7代以上過ぎないと、その親戚同士での結婚はいけないというし。 9時半、きっちり教会着。すでに、カップルが庭にいる。 花嫁は父に腕をとられて、しずしずと教会にはいる。招かれた客たちもはいる。 新郎新婦は、入り口で結婚のサインをしている。 お客は、左、新郎側、右、新婦側と別れて坐る。 わたしたちは新郎側席へ。アスカダムは写真を撮るために前にでた。 もちろん、プロの写真家も彼らを追っている。 あとで、結婚式ビデオを作成するためだ。 新郎の親・親戚は多くがアジスアベバで、戦争のために来れない(でると戻れない)ので、新郎側の席に人が少ないとはいうものの「オールドリラテブズがたくさん来ている」と、新郎側をながめ回していっていた。 両方合わせて数百人の会場、それなりにうまっている。エリトリアン親戚パワーだ。 ★式次第 新郎新婦が入場。 牧師さんによる「汝病めるときも・・・」の儀式と、指輪交換 お説教 賛美歌 その後新郎新婦両サイドから、年輩者がでて歌(賛美歌、聖歌?・・もちろんお祝いのため)。 いわゆる日本でいう、祝辞ってヤツにこの歌が該当するのだろう。 結局、歌になる・・なんでも歌にしてしまうのね・・というのが、感想でした。 「この人は、飛び入りよ、プログラムにない」 3人4人と歌が続くと、隣にいたアスカデッドが私の耳元でささやいた。 要するに飛び入り、お祝い歌が年輩者からでて来るというわけ。 もちろん、楽士(カラオケ)は、ありますし。 ほとんどお祝いカラオケ大会みたいだわ。 飛び入りは、そうほう、2人はいたね。つまり合わせて4人だわ。 で、最後に合唱。その後、握手と例のほっぺぺたぺたのお祝い挨拶を招かれた人というか、来た人全員と新郎新婦がする。 こうして、1時間半ほどの式終了。 教会の庭で、軽食とドリンクがが配られた。 本来なら、このあと、披露宴テントに移動して飲めや歌えの大騒ぎになるのだが、今回はナシ。二人はハネムーンカーででていった。 ビレンに、二人はハネムーンにったの?と聞いたら、多分・・・ 「ほんとうは、このあと宴会、で、来週も今度は新婦側の宴会などが続いて、それが終わるとハネムーンなんだけど」との説明だ。 新郎新婦の歳が私にはわからない。 そう若くないカップルだ、ということはわかるのだが。 ビレンに聞いた。 「多分、花婿は、40才から35才までの間、花嫁は25才から30才までのあいだ、彼女は子どもじゃない」 という説明。 披露宴を略したのは、一つには、新郎の親や親戚が戦争でアジスから来れないということ、それから、新郎がシンプルが好き・・ということらしいが。 私としては、テープで見たようなドハデでど明るい結婚式の体験をしたくもあった。 私が帰ったあと、19日にまた結婚式があって、そちらの方はドハデ披露宴があるらしい。残念である・・・ 新郎新婦には、気持ちばかりお祝いを包んだ。
日本人のアンタがなぜに見知らぬ若いお人たちの結婚式へ?のムキもあるらしいが、その辺は、親戚の友だちだし、おいでよ、来てもいいよ状態で、要するに祝ってやる気があるなら資格ありなのである。 こういうのも、いい感じである。
その後、私はみんなと離れてバスステーションへ明日の旅のバスチェック。いやはや、バスのしっかりとしたタイムテーブルがない・・要するに、朝来い・・5時から6時の間にバスは出るのお返事で。 これまた、昔の中国を思い出すわ。 まあ、人が満員になったらでる、というアジアによくあるスタイルのバス出発のかたち。 明日、大丈夫か・・・朝6時って真っ暗だよ。
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