世界お遍路 千夜一夜旅日記

2004年01月08日(木) ★ケレンにて

ケレンは1200メートルほどの標高だが、朝は涼しいというか肌寒いくらいだ。
シャーワー室、シャワーを浴びたくなるほど、きれいではないので体を拭くだけにして、階下で朝食、例のごとく、ハエを追っ払いながら、パンとオムレツとシャイ。
ナオミちゃんたち三人娘は、朝5時起きで教会に行った。
きょうは聖餐式がある、洗礼を受けた人でないと参加できない。
ホテルは教会がすぐ裏にあるので、歌声が延々と聞こえていて、眠れず、だった。
で、6時には、例のごとく、今度は反対側から、モスクの祈りの声はでっかい音量で響いてきて・・・まあああったくだ。眠るのをあきらめた。
にぎやかな朝だ。
この町の名物は「バオバブの木の中にマリアさんが安置してある」マリアデアリッツ教会だ。
アスカダムは、あとでみんなで車で行くだろうと言うが、まあ、しょっちゅう予定変更になるし、中止になるしなので、アテにしないで一人で行くことにした。
私は多分2度と来ない町だが、彼らにとっては、奥さんの実家の町で、どうしても今回行く必要はないのだ。
里帰りと、旅人のちがいはこういう所に歴然とある。
行くかもといわれて、待っていて行かなかったら、心が残る。
それと、集団行動は、かなり飽きてきている。
まあ、1月になってかなり自分のみ行動で動いているが、それでも「旅していないよな」の気分が心の底にある。
で、アスカダムに「どっち」と聞いて、そっちの方向へ。
1時に奥さんの実家(おじいちゃんとおばあちゃんの所、昨日もお昼、夕ご飯とごちそうになった)を訪ねる事になっているのでそれまでに帰る約束をして出た。

私が立ち止まって、道路の標識なんぞを見ていると、必ずだけかが寄ってきて「どこ行くの」
マリアデアリッツ、と言うと、「この道まっすぐで、町の端まで行くと英語の表記がある、すぐにわかるよ」「20分以上歩くよ」等々、うるさいくらいに教えてくれるので、一人歩きにまったく困らなかった。
この町でも、例のごとく、子どもに「チャイナ!!」「名前は」「どっから来た」とつきまとわれたが。
名前を教えたら、帰りおんなじとこを通り過ぎたとき「はい!○○○」と名前コールされていやはやだった。
それにしてもアフリカの子は明るいわさ。

町はずれの、マリアデアリッツ教会、500年もののバオバブの巨木の中に、マリア像が安置されていて、そばに小さい教会がある。(修復中だったが)
だあれもいないでっかい木の中のマリア様、日本で、巨木のうろに、お地蔵さんがあったりするのと実によく似ている。
人は、大きな木のうろを見るとしたくなるのは同じなのかも知れない。
途中に、さりげなく石の小山が転々とあるのは、もしかしてお墓か。
ここ、ケレンは、やはりエチオピアとの激しい攻防戦があったところだ。
多分、お墓・・・兵士の人たちの。
アスカダムにいわせると、ケレンは山の険しいところにあるのでエチオピアは勝利を得られなかった、とのことだが。
ケレンに来る途中のイタリア人が開いたブドウやオレンジのプランテーションは、エチオピアによって破壊されてやっと元通りになりつつあるらしいが。

町中で、水を買って「どこから来たのか、コレアか?」と聞かれたので、違うジャパニーズだ、と言ったら、オオ日本のどこだ、と言うので、横浜といったら、ああワールドカップの決勝があったところ、見ていたよ、と嬉しいそうにいわれた。
「日本人は、自分の国だけでなく、他の国も応援するんだね」
「当たり前じゃない、ファインプレーをしたら」
「だけど、しない人も多い」
なんて話が弾んだ。
こういう話は一人じゃないと、誰もしない。
みんなとつるんでいたら、そもそも誰もよってこないモン。
12時半にはホテルに戻るとアスカダムと約束をしていたので、それまで、街角のカフェに行った。
それで、すずんでいたら、なんと3人娘さん達が、教会の友(親戚)と一緒にやってきた。
世間は狭い、と言うか、こぎれいな店が少ないということなんだろうさ。

1時、おばあちゃんとおじいちゃんのおうちで、羊の唐揚げ、パスタ、等々をつくる準備をしてみんなで食べた。

で、4時過ぎまでお昼寝とぼんやり
4時過ぎに、また親戚まわり。
昨日教会で一緒になったおばあちゃんの兄弟のおうちとかへ。アスカダム曰く、お義母さんにいけといわれたところに行かねば・・らしい。
最後が、子ども10人のおうち。
壮観で楽しゅうございました。

8時過ぎに戻って夕食。
しかし、私はもう食べたくない、と言うか食べられない。
ので、自家製ミルクのみを頂いた、しかし、ミルクしか飲まない私のためにおばちゃんは2杯もつくってくれて(もう死にものぐるいで飲みました)
夜、月がすごくきれいだった。
明日は去る孫2人とナオミちゃんを一人ずつ呼んで、なにやら言い聞かせているおばちゃんであった。
明日から、またじいちゃんとばあちゃん二人、お手伝いで親戚の子は来てくれるが・・・さびしい・・・過疎の日本の農村と状況はおんなじだよね。
日本の場合は、子どもが住んでいるのは都会だが、この国は外国になるのだ。
おばあちゃん、最後に三枝子によろしく、と言っていた。


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