世界お遍路 千夜一夜旅日記

2003年12月31日(水) ★ ご招待

きょうは、6時にしっかりと、イスラムのアザーン(お祈り)の声で目が覚めた。
いつも、うすぼんやりとあの声で目が覚めるんだけど、きょうはシッカだった。
で、7時には本格的に起きて、外で体操、7時半には、父方系のおばさんが現れて「お昼を食べにきなさい」
で、三枝子の分も、と6回もほっぺにぺたぺたされた。

ここで横道講座
★エリトリアのご挨拶★
親戚やかなり親しい友人の挨拶
相手に軽く腕をかけて抱き合って、ほっぺを右、左、右とくっつける。で、すごく親しかったり、嬉しいと、この数が倍増する。
男の人たちは、顔の代わりに肩をぶつけ合って、挨拶している。
会ったときと別れるとき両方する。
で、何しろ、こじんまりした町だから、住人たちはあっちこっちで知り合いと会うわけだ。で、上記の挨拶がかわされるというわけです、通りで。
それは、見ているとほのぼのしていていいモノですが・・・
ほっぺ、ぺたをおえたときは、みな笑顔だし、肩ぶつけ合っている人たちも楽しそうだし、この挨拶もなかなかおつでしたわ、慣れたらね・・慣れるまでは、ドギマギでしたが。

親戚に出かけるまでの時間、プリンセス3人は洗濯Day。
洗濯機がないので、手洗いなのだ。
私は汚れるたびにせっせと洗うのでとくに溜まっていない。
というか、お遍路旅よろしく、余分の衣類はそう沢山持ってきていないのでこまめに洗わないと足りなくなるのだ。
たいして、とくにビレンとアスカデッドは、洋服ダンスが移動してきたようにいろいろと持ってきている。
ナオミちゃんは時々二人のモノをかり出してきている。
ナオミちゃんは地味好みで、少年ぽい格好をしているが、彼女らは女っぽいモノを好む。アスアカデッドなんて、いつもおへそだし、腹出しであんまり出ていると私が引っぱる。
彼女たちのテイストのフリフリがついたお洋服とか、スカートとか、ナオミちゃんにあうんだ。で私が「ナオミちゃん、にあうよ、これから・・・そういう格好するといいよ」
私が・・・と、つまったところで「もっと、大人っぽいカッコと、いいたいんでしょ」と笑って「イトコのを借りて着るからいいんだよ」と、勧める私にぷんぷんする。テレだね。
わたしはハガキを書いて郵便局に行って出して、薬局で、レディダイアナ洗顔クリームというあやしげなイギリス製の80ナクファもするヤツをかって、博物館の位置を確かめて帰ったら、ちょうど、親戚にご飯のご招待に出かけるところ。
私は暑い中を歩いた疲れで「もう少し休みたい」といったら、じゃ、あと30分ほどしたらまた戻ってくるから、ということで。
しばし、すずしい室内で休憩。
バックにつけた温度計は、12時を過ぎて外にいると30度近くまで必ず上がる。
湿気がないし、屋内や木陰は涼しいのだが、やはり歩くと暑い。
それと、ひょうこうが2300mはあるので、長い時間歩くと、空気の薄さのせいか疲れがはやい。
ちなみに、ローランド(マサワのような標高がないところ)から、このハイランドに来ると心臓発作を起こす人もいるらしいからご用心ではあるのだ。

おばさんのおうちのごちそうは、いわずと知れたインジャラである。
ます、ほっぺぺたぺたのご挨拶、飲み物を聞かれて(たいていコーラ)洗面器が出てきて石けんで手を洗う。右手のみで食べるので右手を石けんでこしこしすると、おうちの人が、水を注いでくれる。
るぎにでっかいほうろう引きの浅い洗面器のようなヤツにテフ(ミルとアスカダムはいっていたが)という独特の粉を発酵させて焼いたでっかいでっかいパンケーキが出てくる。
そこに、バルバレというすごくホットな香辛料で似た鶏1匹のソースがかけられる。辛くない野菜の煮物(カリフラワーやニンジン)。要するに、発酵パンケーキに、いろいろな具を入れたソース(基本的に辛い)をかけて、それを手でちぎってつけたり、こねたりして食べるのだ。
大皿一枚をみんなでかこんで、自分の前のところからちぎって食べる。
アムステルダムにいるときからこれは時々食べるが、好きではあるが大量には食べられない。
しかし、自分の前の分を食べおわったら、すばやくおばさんが3枚目をちぎって私の前に置いて食べろ食べろ・・イヤーわんこそばみたいだ、と日本語でいったら、ナオミちゃんがわんこそばって何というんで、説明したら、この国の人はいらない、といっても入れてくれるんだよ、違うよという。
確かに、勧められるのも苦痛でござるわ。
それで、これは一つしかないから、一番のゲストに出すものだ、といって私の前に置かれた肉のかたまり。がんばって食べるとこりこりする。
しんぞうかな?といったら胃袋だという。
その後、また手を洗ってコーヒーセレモニー。エチオピア、エリトリアのコーヒーセレモニーは有名である。
しかし、すごく濃いので、アメリカン党の私には苦くて胃によくなかった。
それと、このコーヒーとインジャラがおなかの中で化学変化を起こして、再発酵を開始して、もうどんどんおなかがふくらんで、首の辺りまでグウと来る。これには参った。いる間、食べるはいいがその後が恐い・・だった。
だいたい、昼にインジャラを食べると、夜は再発酵でおなかがふくれて食べられない。もしかしたら、この国のこの主食って、沢山食べなくてもおなかがふくれる良さがある?のか。・・だって、そうしたら、空腹を感じなくてもいい分、小食で助かるもん。

会話は基本的にテグリニアというエリトリアのことばである。
時々なおみちゃんが日本語で、となりに坐ったアスカデッドやビレンが英語で耳打ちしてくれる。
しかし、みなさんが会話に夢中になると取り残される。
サラにしかしだ、私は退屈しなかった。
なぜか。
みんながしゃべっている間ひたすら結婚式ビデオを見ていたからである。
すごくおもしろかった。
これといった産業の確立していない国だが、結婚産業だけはある、と思った。
とにかく派手だもん。
おばさんの子どもの結婚ビデオを2本みた。
もうエンエンのぎらぎらビデオだ。
あきなかったわ。

夜、大晦日のカウントダウンに、大通りに行った。
すごい人だ。
ふだんはいない、ミニタリーが角々にさりげなく銃を持って立っている。
人が大勢出て、ひょんな事から暴動などが起きるのを防ぐためだろう。
銃を持っている人はのどかそうな顔をしているが、やはりなんか事があるとあの のどか顔が豹変するのだろうか、と思った。
12時、町中の教会の鐘が鳴り響いた。
私は、除夜の鐘をおもいだした・・それも、雪の高野山なんかでつかれる除夜の鐘。あるいは東北の山寺の鐘。(いったことないけど、テレビなんかで見るよ)
ちょこっと、日本の田舎の大晦日がなつかしかった。



 


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