世界お遍路 千夜一夜旅日記

2003年11月24日(月) ★プンキテンガまで

8時出発。寒い。
ナムチェから稜線に出る道が急坂。
凍っているし、フーハ―いいながら登る.
登り終わるあたりに、お姉さんが二人、何だか募金運動をしている。
私には、トイレを作ると聞こえたのだが、正しくはゴンパ(お寺)を作る募金だったらしい.
五十ルピーを寄付したら、何と領収書までくれた。
Iさん、ガイドのNさん、みんな五十ルピーづつ。

今日は、普通タンポチェまで行くのだが、私達はその半分の所でお泊りの予定.
歩き的には、とても楽チンである.
タンポチェまでの道は、最後の数時間が高低さ600m以上在るのだ.
ここで、高山病になる人も多いという難所である.
で、私達は、今日一気に越さないで、明日にするというわけだ.
今回の予定は、Iさんと「タンポチェまでいけたらいいね」と言い合っていたので、まあ予定はこなせたというところだ.
しかし、ここまで行くと、その先、カラパタールまで行ってみたい、と思う.
いつか、いつか…きっと。
今日はそんな訳でのんびり空の雲などを見ながら進む.
彩雲が次々と出て、空を見上げていると見飽きない.
藤原新也さんが「チベットの空を見ると不幸だ、あそこの青を見ると、どんなにきれいな空を見てもにごっているように見えるから」とかいていたが、その言葉が納得できる美しい空だ.
道筋に、皇帝キジ(ダフェ)といわれる羽根の美しい国鳥がいた.
朝日を反射してホントにきれいだ.
ガイドさんとポーターさんが石を投げてくれたので、飛んだ.
(強制飛翔 笑)
飛ぶ姿まで見た人は少ないと後で知った.
更には、かもしかも、至近距離に。
カモシカの毛がやはり朝日に光ってつやつや、ふさふさときれいだ.動物園では決して見られない色艶だ.
「朝シャンしたみたいにきれいだよね」
とIさんと感心して眺める.
カメラの望遠をのぞいていると、シカも好奇心いっぱいの目つきで私達を眺めている.逃げない.
しっかりと目を合わせてアイコンタクトまでしてしまった.

10時半過ぎ、ガイドのNさんが本日の宿と決めていたキャンズマのロッジへ.
しかしなあ、いくらなんでもはやすぎるわ。
Iさんと、もう少し行きたいよね、というが、それでもここは景色が美しいので長い休憩をしようということで、オープンテラスになったテーブルへつく.
ナムチェからついてきた犬が、ごろついて昼寝している.ネパールでは、牛は大変だがいぬは日本より幸せそうだ。
隣りにいたマレーシアからきたファミリーと話す.
ここはガイドのNさんのお友達のロッジとかで、昨日食べてみたいと頼んでおいた新そばをつかった料理が食べられるらしい.
「ここのそばは少し黒いです、苦いし、それでもいいですか」
「はい、いいですよ」
ということで、まずはパンケーキから。
確かに色は黒いが苦味もまたよし。
素朴に美味しかった.
その後、お湯でそば粉をこねて、スープにつけて食べるという料理.これもいけたが、いかんせんお腹がかなりいっぱいで残ってしまった.
12時30分、膨れたお腹で出発した.
サナサのロッジ泊りということだったが、私は丘の上に見えていた新しいホテルが気になった.
はーは―いいながら行ってみたら、1泊100ドル。それも、キャッシュのみ。カードがつかえないのだったら無理だ.そんな…で、しかた無く、また降りて進む.
そしてついたのがプンキテンガである。
タンポチェへの登りのすぐしたの宿.
すごく古くてびっくり・・ガイドのNさんが、13年前に高山病の人をここまで背負いおろしてきて泊ったことがあるが、そのときから変わっていないという.
そして「こういうところもいいでしょう」と、笑っている.
確かに、日本ではぜったいに泊れない…まあここは江戸か明治か、的な宿だ.
更にびっくりは、夕ご飯がジャガイモのみだったこと。
どっちかというと、ジャガイモは苦手な私には辛い夕食だったが、Iさんがジャガイモが好きで、結構にこにこしていた.
それにしても、ここの家族も、客の私達もみんなイモのみ。
いや.忘れられない体験になりましたわ.
イモはシェルパ族の主食だというし、いい体験でした.
ガイドのNさんが皮を剥いて火の中で焼いてくれたオジャガは、香ばしくて美味しかった.
その夜、真っ暗、目を空けても閉じてもおんなじだね、と笑った.
これまた、めったに無い体験。
6時半には寝袋の中.
やることが無いので、Iさんとカラパタールまで行くに派何日かかるのか、根ながらシュミレーションしてしまった.
イヤーシンプルだけど、長い夜でした.


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