| 2003年08月23日(土) |
オーデンセからリベへ |
オーデンセは、コペンから1時間半余りのアンデルセンが生まれた町である. 朝早く出て電車に乗ったけど、8時のインタシテイは大混みで席が無かった. 立っていたら、同じく前に立っていたデンマーク人夫婦の奥さんのほうが、席をゲットしたらしくて、私にもこいと誘ってくれてめでたく座った.大慶。 見れば、席の上に予約者の乗る駅と名前が電子表示されていて、つまり、コペンからのるその人達来ていないと言うことはキャンセルされたということになるわけで…というシステムが分かりましたです. オーデンセはちっこい町。(日本人から見たら)でも、人口550万ほど、国土が九州くらいのデンマークからすればそれなりにでかい. で、アンデルセン博物館へ。 アンデルセンという人の意外な一面を知った. まず、身長が180センチもあって当時の平均より20センチも高かったということ. 長い顔に高すぎる顔、やさしい目が何だか間抜けぽったとか…で、生涯、歯痛に悩まされていたとか、鏡に己をうつすのがすきで、セルフポートレートをとるのも好き。 絵や、切り絵がクロート級にうまくて、しかし、彼は自分の物語のために絵を描いたことが無いという.(じゃ、彼の名作「絵のない絵本」って、悪いジョーク??と考えるのは私のひねくれた性格のせいだ) 何より、私が興味の持ったのは、彼が「旅行人」だったいうこと. 日本語で彼の紀行文集も出ているようなので日本へ帰ったら読んでみたいと思った.
この後、2時過ぎの電車でデンマークの西のはじRibeへ行く段になって、電車が車両故障で大変だった. 面白かったのは、途中の乗換駅でタクシーに乗り換えて、Ribeについたこと. 時間的に言えば、本来の到着時より10分遅れ。 40分近い遅れをタクシー送で取り返したわけだ. こう言うの初めて. デンマーク人の気質の現れか??
YHで、レイカちゃんという東京から着た19歳の女のこと同室となった. 「あの、英語、全然聞き取れないんです」 開口一番これ。 聞けばはじめての海外 「良かったね、物価は高いけど、日本より安全なデンマークが旅の最初で。これがトルコ、スペイン、イタリ−だったらあなた今ごろ、なんか取られているよ」 「どうして」 「だって、その荷物は取ってくださいって言っているもん」 彼女、でかくて重いスーツケース、プロのカメラマンが持つような銀カメラケース、バック。 おまけに、部屋に入るなり、バッグを置いてトイレにかけこむ。 おばサン(私)は、懇々とバックパッカーの心得を話してしまった. 即ち、背負う.荷は少なく、貴重品はいつどんなときにでも身につけておく等など。 素直なお嬢チャンで「はい、はい、今度はそうします」 まだまだ、うるさいおばんは色々とおせっかいをしたのだがここには書かない。 彼女を見ていたら、日本人がモノを取られる一つのパターンが見えた. パンをかって食べているけど、レストランには入れない、でも肉が食べたいというので夕食を一緒にした。「でんぷんしか取らないと、たんぱく質が不足してバカになるよ、ビタミン取らないと、お肌は荒れるし風邪引くよ」「欧米のYHはスーパーで買い物してきたらキッチンに何でもそろっているし、自分で料理できるんだよ」 おばはんは、またまたおせっかいでありました.
Ribeは、8時になると、未だに中世そのままの仕度で「夜警」が、中世そのままの町を巡回する。 それが夜の名物.観光客はその後ろについて回る. 夜警おじいさん、時々歌をうたう(火の用心?)観光案内までしてくれる. そばを歩いていたら「どこからきたか」と聞く. 「にほん」 「にほんのどこだ」 「よこはま」 「おう、知り合いにいる、かの女はデンマーク語を話す」 「すみません…わたしは日本語だけよ」(笑)
レイカチャンと、夜の町を更にうろうろとして9時半ころ帰った. 9時半にはくらい. 北欧の美しい夏も終りが近いのだなあ..
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