| 2003年05月18日(日) |
熊野古道中辺路 青岸渡寺から小口まで・・・奥駆け順峰(1) |
朝5時。 お勤めにでようと外に出たら、な、なんと老行者師が純正山伏姿で本堂そばにおられた。 「こんなに早く・・どうやって・・・」 「昨日終電で、那智について、そこから歩いてきた。そんで、本堂の下で寝とったんや」 おお!!すばらしき78歳!!! 同行のKさんにさっそく紹介する。 「直ぐいこか」といわれるが、私たちはお勤めと朝食が・・ それに、小口泊まりだから、そんなに急ぐ必要はない。 といったら「そうか・・修行ちゅうもんは早出なんやけどな」 何だか、歯車が合わない。
お勤め後、那智大社にお参りして朝食。 7時出発、で、出ようとしたところ、宿の人が、老行者師に「NHKの人が、法螺貝の音とりたい、いうんやけど、吹いてくれんか」 といわれて、那智の滝がみえる本堂脇で、老行者師のすばらしい法螺貝をお聞きした。 NHKの人も、よい音がとれた、と喜んでいた。 六月一週土曜の朝6時45分からのラジオでの紹介になるとか。 小雨が来るかとおもったが、曇りで晴れている。ありがたい。 昨年、歩いたしんどい大雲取の古道、また歩くことになろうとは。だが、歩きはやっぱり気持ちよい。 だが・・・老行者師、「儂、あんたらの食料も背負ってきたし、それが重い、渡しとくわ」 「え、私たち、自分で用意するといいましたよ」 「だったら、下の人にやってきてくれ、荷を軽うにせんと」 手製の背負子はホントに重そうで、開けたら、確かにラーメンとか、煎餅のようなお菓子とか、小魚アーモンドとかがたくさんはいっている。 老行者師、優しい。これを背負って、昨夜、那智か歩いてみえたんだねえ・・ Kさんと顔を見合わせた。 お菓子のいくつかをいただいて、後は下の人(青岸渡寺境内で掃除をなさっていた人)にKさんが持って走った。 「これ、重いですよ、これだけで。リュックがいいですよ」 私は手製の木の背負子を持って思わず言ってしまった。 「ほうか、リュックか、そやな・・・」 法螺貝もでかくて重そうだし・・お年に余るのではないだろうか。 お、おまけに、「ご本尊」なる長い包みまで持っておられるのだ。 Kさんが帰ってきたので、また歩き出した。 しかし、私たちのペースが速いので、なかなか・・「あんたら、先に行け、儂につきあっとったらかえって疲れる、ゆっくりもつらいもんや」 その通りだ。お言葉に甘えて、お先、することにした。 しかし、その際、鍋代わりのオイルポット、なんとご本尊さままで持たされた。(いえ、持たして、いただきました ^^;) 身を削るように荷を少なくしたのに、これで「もとの黙阿弥」である。 Kさん「荷を少なくしたんは、このためやッたんやね」 はい、その通り。 またまた、前途多難である。 携帯をかけても、あんた、でんなあ・・と、老師。 それはこっちの台詞。 昨日、私がなんとか連絡を取りたいと、かけ続けていたことを話し、携帯を見せてもらったら、なんと電源がはいっとらん。 やっぱりね。 「これ、かけても通じないわけですよ、電源はいっていません、」 「ほうか、そりゃ しもたことや、あちこちぶつかって、切れたんやな」 電源を入れて、私の番号をもう一度やってください、といったら、私の携帯がなった。 「ほうか!!」と手を打つ老行者なり。 (トホトホ・・やっぱり確かに前途多難だ) 老行者師、アンタの電話が直ぐにかかるようにしろ、というも、機種も会社もちがうので設定がようわからん。 なんてことを道ばたでしていたらたちまち時計は8時となった。 「儂、いつも4時出やで、ここ。それでも小口夕方6時やっとや。今夜は、山で野宿やな。もっとはようにでんといかんのや」 「でも、昨年私は5時前に着きました」 「ハイキングとはちがうんや」 そりゃそうだろうけど・・だったら、昨夜、4時に行くで、と連絡が欲しかったね。 「まあ、エエわ、とにかく先にいってや、儂はどこででも寝られる、宿はあんたらだけと泊まったらいいで」 なるほど。 宿の予約をしましょうか、といったとき、そんなんせんでよいといわれたわけだ。まあ、私はします、ということでしたんだけど。 「でも、行者さんの分も予約してますよ」 「だったら、断ってや。儂は小口では寝るとこ、決まっている」 はい・・・やっぱりかみあわん。
たちまち後ろに小さくなっていく老行者師を振り返り、振り返り・・・私とKさんは話した。 「ホンマの行者さんやね」 「そうだね、筋金入りの古いタイプの行者さん」 登立茶屋ルートにはいったら、法螺貝が聞こえた。 那智高原へあがったところにある路傍のお地蔵さんの前で吹いておられるのだろう。すばらしい音だった。聞き惚れた。 「あのお年で法螺貝を吹けるんはね、大変なことなんよ、歯が悪いとよう吹かんのよ。音がようでんのやて。呼吸も大変やし」 とKさんはいう。 そうだろうね。 私、昨年の夏遍路のおり、高知の石土神社の火渡りの後、ちょこっと吹かせてもらったけど、音が出なかったものね。 きっと、山伏さんは、法螺貝が吹けなくなったとき「行者引退」を決めるのではないだろうか。体力の目安になる。 それにしても熊野のお山には、ホントに法螺貝がよく似合う。
舟見茶屋まではアップダウンはあるが、登り。 10時10分着。今年のほうが荷が重いので、きつい。 道は雨がよく降ったせいだろう、苔が実に美しい。 そういえば、那智の滝も今年の水量、去年より多かった。 滝は水量が多い方が滝らしくて美しい、と思ったことだった。 その後、なんと、色川の辻で道を間違って(うっかり、林道を逆走した、道標をよく見ずなにげにす進んでこうなった。反省。確か、色川の辻って、亡者の集まるとこだよね、やられたか?) 30分のロスタイム。 地蔵茶屋、12時30分過ぎ着。 足が痛くなっている。 新しい靴の皮が固くて私の赤ん坊のように柔らかい足指に当たっていたいのだ。 やはりこの靴もダメか、というところ。 高かったのに。 柔らかい靴、に私はこだわったのだが、石井スポーツの口上手の兄さんに勧められ押し切られたのが間違いの元。 この後、下りで、あの胴切坂で泣きそうだ・・・
今日は日曜でさすがに歩いている人が多い。 白衣を着ているので目立つらしくて、ビデオをまわす人までいる。 地蔵茶屋脇の川では、おじさんがアマゴ釣りをしていた。 昨年と同じく、この川の水をいただいてでた。 地蔵堂で般若心経をよんでお勤めをして山に向かう。(何しろ、行者見習い)
魔の胴切り坂まで石倉峠、越前峠と越えていく。 石倉峠への登りで外国人グループにあった。 昨年はカラカラに乾いていた道だったが、今年は滑る。苔が緑で鮮やかだ。しっとりしている。昨年の古道の表情とはずいぶんちがう。 ふうふういいながら、越前峠着。本日のピーク886メートル。 山中で腰を下ろすと、ウグイスと風の音のみ。後は深閑。 これが好き。これがよくて山に来る、という気がする。
いよいよ、下るのみ800メートルの胴切坂である。 今年はここも苔が美しい。 同行のkさんは、息が切れないし、いい道よ、とにこやかだが私は、つま先が靴の固い皮に当たっていたい。つらい。 途中で休んで行者さんへ試しに電話を入れた。 「はい、儂やで、儂も、6時くらいには小口着きそうや」 よかった。 Kさんと喜んだ。 多分、私たちが持った分で、荷が少なくなってピッチがあがったんだと思う。
その後小口自然の家の方から電話があって「何時に着くか」と。 どうして・・途中で一人キャンセル電話を入れてから2回目の電話だ。 女ふたりになったからか。 そして、ついになんと、途中までお迎えにみえられた。 まだ、4時半過ぎよ。明るいのよ。 私は5時半までには入るといっているのに。 「何度もお電話してご迷惑だったかも知れませんが・・」 「はい、ご迷惑でした。私、去年の今頃も歩いているので道はわかっているので、お迎えも必要ありませんでした」 不愉快な顔していってやった。 「いや、新宮まで葬式にいかんといけなくなって・・・それで勝手ですが、お迎えにあがらせてもらいました」 そうだったのか・・・「だったら、お電話下さったときに、そういって下されば、私たち、もっとがんばって歩きましたのに」 ということで、車道においてあった車に乗せていただいた。 「車、のって下さいますか?」 とおそるおそる聞かれてしまったが。 もちろん、である。 実際のところ、ここまで山道を歩いてきて、車道はイヤだ。 歩けば、15分、車だとアッという間に小口自然の家に着く。 ここは、中学の廃校舎利用の宿。 お迎えに来て下さった責任者のS氏はここの卒業生なのだという。 新宮でずっと勤めておられて、退職後ここ熊野川町に戻ってここでお仕事をしておられるらしい。 「食事とお風呂どっちになさいますか」と聞かれたので、「どっちを先にしたら、ご都合がよいのですか」と逆にお聞きして食事ということなので食事とした。 同宿は、東京からの古道歩きの方。 四国を歩かれた方だった。 いろいろとお話した。 食後、宿帳を書きながら、去年も今頃ここに泊まった、といったら調べて「ありました」と、どういう訳か嬉しそうだった。それで「今度は、ここに是非泊まって下さい、無料ですから」と写真を見せながらいわれる。 S氏は、ご自分で山小屋のようなモノを建てておられて、そこに次回は招待する、といって下さっているのだ。 ありがたや。 3回目があるとしたら(逆コース、滝尻から歩きたい、あのにっくき胴切坂800メートルを登ることになるのだが)お世話になろう。
お風呂に入って、でたら、なんと廊下のイスに老行者師が座っていた。 時計は7時前。 おお!!! 「すみません、先にお風呂でした。ああ、よかった、お着きになって」 「携帯に電話したらでんしな・・きたんや、そしたら風呂や、いうんで待っておったわ」 その後、近くのトンネルに寝るという行者さんを説得してここに素泊まりで泊まっていただくことにした。 S氏に事情を話して用意してもらってあったのだ。 ヤレヤレでした。 ちゃんとつじつまが合いましたわ。
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