人格障害・・ずっと前から気になっていた言葉だ。 昨日の夕刊にいい文(高橋健・精神科医)がのっていたのでここに我がお勉強で、整理したい。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(人格障害の起源) *旧くは「精神病質」とよんだ。 *19世紀ヨーロッパで生まれたこの概念は20世紀半ばにいったん否定された。 しかし、第二次大戦後(1945年以降)のアメリカでまた使用されるようになった。 戦後、アメリカは住宅ラッシュを迎えた。同じような美しい見かけを持った大量の邸宅が生まれた。そこで暮らす人々は親も子供も「幸せな家族」を演じるように強いられた。 しかし、幸せを演じきれない子どもたちは「薬物依存、自殺未遂、暴力」へと走った。60年代から70年代のことである。その子どもたちは精神病院に収容されて、「人格障害」のレッテルを貼られた。 (人格障害概念の輸入) 日本でも、戦後、70年代にかけて住宅ラッシュがあった。 アメリカと同じくそこで幸せを演じられなかった子どもたちがいた。 日本の精神科医の一部は「人格障害」というラベルをアメリカから輸入して彼らに貼った。 「あの人は3つもの人格障害を持っていたからあんな犯罪を起こしたんだ」と言うラベルを貼ることで「私たちは正常だから安心となったわけだ。 しかし、「人格障害」と言われる人と私たちの間に大きな、明らかな違いがあるわけではない。そして、生まれながらの人格障害者はいない。 (ラベルをはがすこと) 人格障害は「コミュニケーション」・・メッセージである、と、とらえられる。「人格障害」という言葉に含まれる、そのレッテルを貼られた人のメッセージを忘れると事件は全て「遺伝的素因」に帰せられてしまう。コミュニケーションととらえると、私たちの全てに貴重な教訓をもたらす。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 実際に「人格障害者」の被害者になってしまうとこの文には怒りを感じる人もいるかも知れない。 しかし、そのとおりであるとも思う。
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