世界お遍路 千夜一夜旅日記

2002年11月29日(金) 高野山研修第二日目

5時半起床。私は善通寺のおつとめが冬は6時の観念が頭にインプットされていていて、大急ぎで身支度をしたら、なんとお勤め6時半より、ほっとして朝のコーヒー。自由に飲めるように用意してあるのがありがたい。

6時20分、大講堂へ、開け放された外は霜がおりてきりりとした空気。すがすがしい。お日さまがまだ山の端、時期に出るのだろうが、まだ見えない。
霊気が漂う時間だ。

若いお坊さんの先導で、正しい勤行。
約40分。
外に出たら、日が出ていた。南無お日様、である。
そういったらお日様は大日如来だし、おんばざらだとばん でいいんだよ、と年輩が教えてくださった。なーるほど。
7時過ぎから、下座行、お掃除である。
きょんちゃん、愚さん、私はお風呂場掃除。3人してばったばったとやって7時30分朝食。はやくから働いたのでご飯がおいしい。お代わりまでしてしまった。

第1時間目
写経。
しんしんと静かにみなさんなさる。
第二時間目
ご詠歌。
金剛流孝行和讃というもの。
お大師さんが、老いの身で会いに来た母を女人禁制のお山にお連れすることができすに、下の九度山に滞在していただいてお世話したという内容のことが和讃になって節がついている。
詠監 静 弘教師は美声、朗々と唄い上げられる。
いい感じだが、私は和讃とかをやるにちょっこと若すぎるかな。
後で驚くべきことを知った。なんと和讃の音程は、絶対音階がないのだ。
相対音階なのだ。びっくり。
でも、音符に拾ってもらえないと、わかりにくいよねえ・・・・
オランダで教会に行くと、賛美歌の本を渡されても、とりあえず音符だから、即、歌えるもん。

11時45分、15人ほどで参加していた北海道の参与会グループがお帰りになるのでその前に記念撮影。愚さんと私、明日はみんなより早く出るから写真ないね、といっていたからオオよかった、である。
でも北海道のみなさんがお帰りになると一気に人数半減、寂しくなる。
写真撮影には、高野山真言宗の管長さん(というのだろうか?)がお見えになった。上品なお顔の優しげなかたであった。

午後。
3時間目、華道高野山。盛り花。もちろんお花なんて初めての男性もする。
花材は、アカシアの木、ピンクの小菊、白いストック。
中心となる木モノのバランスの説明があった後にそれぞれ生け始める。「生かせ命」がお山のモットーなので、切り落とした小枝類もできる限りにつかうようにということ。これ、イイと思う。
大昔、20代の真ん中、4,5年、古流の生け花をやったのだが、すっかり忘れている。はさみはそのときから使わないで取ってあったのだが、探し出した。でも切れた。偉いなあ。いいはさみだったんだ。
生け花、おもしろかった。
生け手の個性が出て、同じ花材なのに、ずいぶんと違う印象になっている。鑑賞もおもろかった。
4時間目
奥の院参篭。
バスで、奥の院へ。3時過ぎに着く。ああなつかしやな。杉木立の中の参道を奥の院ご廟へ。
ご廟の前でお参りした後、地下の法道場でまたお参り。
その後、またご廟の前まで戻って、瞑想。気持ちよかった。
きょんちゃんと愚さんは杉の気もいただいていた。

夕ご飯の後、5時間目。
写仏。書くのか、と思ったら、大師像の色塗りであった。
あれまあ。これって、善通寺の子ども合宿の写仏のほうが難しい。彼らはホントの墨を使って、ものすごく細かい観音さまとかお地蔵さんを写し取るんだもん。
それでも、お大師さんの色ぬり、真剣に楽しみました。
7時、すべて終了。
でも、愚さんと私は明日の感想文書きの時間に失礼するので今夜のうちに書いておかねばならぬ。それをやって、御布団を敷いてお風呂。
で、すでに消灯の9時が近い。
それからこの日記である。
今日も長い一日でした。

<あちこちに張ってあるご真言の例>
トイレに張ってあるご真言 おんくろだのう うんじゃく そあか
洗面所 おん ばざら はさは
口すすぎのご真言 おん ばざら さどさく そあか

とまあ、あらゆるところにこうご真言が張ってある大師教会研修所でありました。
2泊3日、あっというまでした。忙しかったです。

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伝言
出口組様 ごめんなさい、こんな感じでメール返信の暇さえありません。
帰ったら4日以降お返事しますね。

しきちゃん ご心配ありがとう。つちのこ、ニホンオオカミ、いたら生け捕りにして帰りますからお楽しみに。
お気をつけてルーマニアにお出かけください。ウコン茶、忘れないように。


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