飛行機は12時45分だし、ホテルは2時間前チェックインだとしてもホテルは10時過ぎに出たらいい。 部屋でのんびりと日記やノートの整理をした。 レセプションでタクシーを頼んで飛行場へ。 20リタスで行くのか?と聞いたら、受付のおばさんロシア語で運転手に「20 リタスで行け」といったらしい。 ドライバーはメーターを動かさない。 するすると行って着いてしまったし、私が思うに、たぶん15,6ってとこじゃないか? なんかそんしたなあ。 しかし、行くときはもう少し町中だったけど22リタスだったし、まあよいとするか。 きっちり45分チェックイン。のはずだったのに、カウンターのpcが不調。 何だ、かんだと15分以上もかかって何とか発券。私は、成田までスル−だし、心配になってほんとに大丈夫?と荷物のタグのチェックまでさせてもらった。 カウンターも、悪びれもせずにほれみろってかんじで。田舎だわね、やっぱり。 ちなみに、空港もすごく小さい。 高松空港のほうが大きいよ。 待合室のショップで、リトアニアの蜂蜜酒、ラトビアの薬草酒をおみやげで求める。(弟へ) まだ、6リタスあったのでそれでチョコを買ってお金はきれいさっぱり使い果たした。
飛行機待ちの時に、もうびっくりする女性を見た。 銀色のロングドレス、首から胸にかけてシースルー、スリットが膝の上まではいって、ぎらぎらのすごいハイヒール・・・目のあたり真っ黒、夜化粧状態・・それに目つきが悪い・・。どこ行くの、これから怪しいパーティ?という感じのいでたち。飛行機に乗る身支度ではない。異様だった。 どう見ても、娼婦上がりのロシアのマフィアの女房だ。性格悪そうで、親父と息子2人といたんだけど、彼らはかなりふつうなのに、(親父は小マフィアだね)彼女だけは、あたりを睥睨・値踏みという感じの無遠慮な視線をぎろぎろと周囲に向けている。 あんなに毒気を放っている人、そういないよ。
飛行機はぜったいに遅れる・・ということは承知だったが、さすがにビリュニスを30分以上も遅れて出たときは困った。 何しろ、コペンののりかえ、1時間くらいしかないんだもん。 通りかかった、スチワードのおじさんに「わたしは成田へ乗り継ぐのだが、可能か?」と尋ねた。 そしたらスチワードのおじさん大丈夫だ、降りたら、10分もかからずに行ける、あなたはうちに帰れるよ。 さらにしばらくして、ゲートは33と教えてくれて,デパチャータイムの用紙を持ってきてくれた。なんと、出発が10分遅れているでないか。うん、大丈夫そう。
コペンハーゲン午後3時50分発。久しぶりに大量の日本人を見た。 ゲートの待合室に日本語の新聞(朝日)があったのでうれしく読んだ。 乗ってみたら、私のシート、ビジネスエコノミーだった。 エコノミーよりシートがひろくて座席にゆとりがある。ありがたや。 たぶん、団体さんが入っていたのでこういうことになったのだろう。 しかし、しかし、お隣がねえ・・大変なお人でした。 スエーデン人のおじさん。 飲む、飲む、飲む。ビール、ワイン、ワイン、ジン、ジン、ウイスキー。またワイン。 そして、やたらにトイレに行く。(彼窓側だから私、そのたびに立つのだ) さらに、でかい声で話すんだよね。 日本が好きで。貿易の仕事で、もう数十回も来日。いとこの奥さんが日本人。名古屋の近く。彼女はドイツで勉強していたからドイツ語がうまい。 彼女の兄が東京にいるので会う。 自分の日本人の友だち自慢。 なんてことから始まって、私にどこに行ってきたのか。 どうして私たちは英語で話さねばらないのか? 世界言語は英語ではないだろう? (あたしは話したくないよ、旅英語以外はさ、日本で英語なんて絶対使いたくないもん、そりゃ、道聞かれてあんた英語しかいえないの?ってきいてそうだといわれたら渋々話すけど) ついに前の日本人から、静かに・・と声がかかった。(おっさんのこえ、でかいのだ) 「ナイトフライトですから、静かにしましょう」 スッチーさんも来てくれて、注意をしてくれた。 そんで、かれは素直にうしろの席に酔い冷ましに行った。 「すみません、スエーデン人て、飲むんですよ、特にジンが好きなんですよね。でも、もうリクエストされてもお酒は出しません、ので」 日本人すっちーさん、そう説明に来た。 やれやれだ。 その後、しばらくしてまた戻ってきて彼爆睡。 悪い人ではないと思う、が・・ねえ。 今まで私があったスエーデン人ていい人ばっかりだったし、私もスエーデン人、好きだけどねえ。 今度は、大いびきだもんね。
こんなことをして、ご飯を2回食べたら、成田でした。 SASは、早い。
1年オープンの飛行機だし、また来年は放浪のオバさんトラベラー、アムスへ。 楽しみだい。
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