世界お遍路 千夜一夜旅日記

2002年01月20日(日) 第26夜 ギョレメ ほのぼの・・・ 

 ギョレメ2日目。
 
 デリンクユ地下都市とウフララ渓谷をまわる一日ツアーに参加しました。ガイドは昨日のおニイさん。小型マイクロバスががいっぱいになる人が参加しています。
 
 デリンクユとは「深い井戸」の意味で、地下7階の町になんと井戸が見つかったことからこの名前がついたのだそうです。
 地下85メートルにある町は実によくできていましたが、外に出て、やっぱり私は陽の光の下でくらしたい・・と思いました。その感想を、キリスト胃弱ニイさんにいったら、「オレもそうだね」とにやりとしました。
 その前、地下都市の階段で、彼と階段駆け登り競争をしたばかり<もちろん負けた、だって脚の長さがちがうモン>だったので、やっと親しくなれたと少しばかりうれしかったです、はい。

★☆★☆★  

 このツアーにはひとりの日本人の男の子が参加していました。やはり、アジアを横切って旅してきた子です。
 しかし、悲しいほど英語を解さん。私だって、ささやかなモンですが、それより悲惨・・で、よくここまできたと感心しました。やっぱり旅に語学はいらんようです。旅したいという情熱と、健康と少しばかりのお金。
 この男の子、Aクンとしときましょう。

 ウフララ渓谷を見てから昼食になったとき。
 デザートにマンダリンーみかんが出たのです。1テーブルに4か5個、ひとり1個って感じです。出てくるのが遅かったので、われらがテーブルにいた後の二人は席を立ってしまっていました。
 Aクン、彼らの分までくっちまったのです。
「彼ら、戻ってくるかも知れないし、人の分まで食べるのは遠慮した方がいいよ」
「いいですよ、だって席立ったんだし、もうきませんよ」
 厚かましいヤツじゃ。
 「食わせてない子みたいな食い方」という言い方がありますが、私はその卑しさに目をそむけました。
 たとえテーブルを立っていても人の分まで食うのは・・・自己チュウじゃろが。
 私の予感は当たりました。彼らは帰ってきたのです。
 ミカンの皮を積み上げている彼をを軽く見ました。「オレたちの分くったの?」って感じで。
「あやまりなよね・・あなたが食べたんだから」
「だって、いなかったんだから」
 彼、そういって知らん顔。

「Sorry, He thought you finshed your lunch and he ate your mandarin, your dessert,so sorry.

合っているかどうかしらんが、わたし、とっさに我慢できなくていいました。
 とりあえずこれで「ごめん」の気持ちは相手に伝わったと思う、「気にしなくていいよ」といってくれたモンね。
 あたしがくったんじゃないのに・・ではあるが、おばさん気質というか、またまた愛国心というか・・ですね。
 あたし、「愛国おばさん党」とかっていう右翼の結社でもつくろうかしらん。そんで、若い男共、だめなオッさんたちを鍛え直す・・とかって。^^;
 でもね、とりあえず「ソーリー」って、中一英語だよ、気は心・・エジプトで会ったTクンといい、このAクンといい日本の若い男、魅力ないぞ。

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 ギョレメの町に帰ってきて、胃弱ニイさん、私だけをヤマツアーの前に下ろしました。バスで眠りこけていた私、下ろされても何が何だかわからない・・「昨日行ったところに行くからアンタは行かなくていい」といっているようです。
 ああそうなの。
 
 ここで、やっと今日のお題「ギョレメほのぼの」に入ります。
 
 ギョレメほのぼの・・は私が出会ったギョレメの心優しき人、オモロイ人などを紹介しよう、なんです。

 ★ その1 ヤマツアーの面々

 バスを下ろされた私が入った先はヤマツアーのオフィスです。
「疲れたよう、お茶のませて」
「はいよ」
 若い給仕の男の子が「シャイか、アップルティーか」と聞きに来ます。
「アップルティー」
「アイツ、コピーーしてきてと言うとかならず、なんかわすれるンだ、おもしろいヤツなんだ」
 デスクにいた少しデブのオッさんが給仕の子をあごでさしていいます。
「不注意な人はどこにでもいる」
「アンタ、この人、いくつだと思う?」
 大阪ニイさんです。
「35歳」
 彼、大笑い。
「26歳だよ」
 あれ失礼・・。
 こんな感じでで実に楽しいオフィスなんです。
 2泊3日滞在中、何回も行ってフリーのお茶をごちそうになりました。
 大阪ニイちゃんは、昔、大阪からきた女の子と恋仲になって、大阪弁を覚えたらしい。
「オレが26でさ、彼女は31歳で、歳がちがったからねえ」としみじみ言ってました。

★ その2 SOSレストランのおじちゃん

 ギョレメ村は、オトガル<バスステーション>を中心した地域にレストランや土産物屋が集まっています。
 その一軒がSOSレストラント。
 前に紹介したカッパドキアの郷土料理である壷料理を食べさせてくれる店です。
 第1日目、何を食べようか、とウロウロしていたとき店先でおじさんに壷料理の話を聞きました。しかし、疲れていて胃がどうも不調、ボリウムのある料理はもう一つでした。
「今日は胃の調子が悪い。明日よくなったらくるであろう」
 私は、そう、約束しました。

 次の日の夕方。
「オオ、アンタは本当にきた、約束を守った」
 おじさんは大喜び。
 壷を火にかけたままでしてくるわ、デザートのフルーツをてんこ盛りでフリーサービスしてくれるは、最後のシャーイもフリーサービス、でした。
 彼は私が約束を守ったということに感動してくれたみたいで・・・。日本人の若い男共より、言葉はカタコト英語でも、このオッさんの感覚の方が私にはよくわかる、近い、と思ったことでした。
「ギョレメにまたおいで、またうちの店にきてくれ。トルコを楽しんでいってくれ」
 トルコを楽しめ、とはトルコ人がよく言うことです。
 このオッさんの素朴なウエルカム精神は、ホントにうれしく楽しませてもらいました。

 ★ リリー
 
 夕方、食事から帰る途中にのぞいた店にリリーはいました。
 コーヒー、紅茶、オリーブ石けん、お香、スカーフ、ポプリ、指輪などのアクセサリーなど、女の子が喜びそうな細々した物をうっている店。彼女はそこのオーナーでした。
「あなたは日本人?寄っていって。私は日本人が大好き。友達がたくさんいるの。ほら、今日も手紙が来た」
 通常はこういう手合いは警戒するのですが、聡明でまじめそうな目つきをした彼女の口から言われると、「そおうー」となってしまいます。
 そばにいた彼女の夫も感じのいい人でした。
「彼、去年手術をしてそのときに仕事を失ったの、先生だったんだけど。彼、とても惨めな気持ちだと思う。この国の経済は破綻しているの、みんな仕事がない」
「今日本もそうよ」
「そうなの、日本人はお金持ちでしょ」
「そんなことはない」
 リリーは聡明で誠実な女性です。
 リリー語録を少し紹介しましょう。
「この国の冨は少しの人はにぎっている、一部の人だけが富んでいるのはまちがっている」
「もうけているのはこの辺では絨毯商人。でも、織り手や下で働いている人は貧しいのよ」
「モスレムで、何回もお祈りするからって、それがいいわけじゃない。何回お参りしても、心が汚かったり、悪い人はダメ。神様はよい臭いをさせている人とと悪い臭いをさせている人をすぐに感じるから」
 リリーは次の日、石が好きな私のためにオニキス屋のおじさんの作業場に連れていってくれました。 

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 この日も夕日がとても美しくて、山の上のブドウ畑で、もう干しぶどうになりかけているチョウ甘いヤツをとって食べながら<盗み食い>ここは小宇宙、母胎の中のような場所、を堪能しました。
 この場所を教えてくれたのは、ホテルのオーナーでドイツ人のジェニファーです。彼女もフレンドリーでさっぱりとした人でした。


>>>>>>1月20日 本日の出来事>>>>>>>>>>
 窓から見える近所の白梅が満開だ。
 おだやかな日和なので布団を干した。
 上のフィリピンおネエさんたちは帰宅のしかたも静かになったし、洗濯も昼間するようになった。どうやら不動産屋さんがちゃんといってくれたらしい。ヤレヤレだ。
 
 夕方、三枝子の夫サン、テクラブ氏のお兄さんのところに、美容タオルを送る箱をヨーカ堂にもらいにいった。
 ノルウエーのオスロまで100円のナイロンタオルを35本も送るんだい。あの、日本では皮膚によくないと廃れ気味のタオル、彼らはお気に入りらしい。
 お兄さんのアスカダムのところには、ずっと前、ムンクの美術館が見たいので行って泊めてもらったことがある。なつかしい。
 @niftyのホームページ上にあるフリーの自動翻訳で簡単な添え英文を作成した。便利になったもんだ。

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