| 2001年12月31日(月) |
第八夜 カイロ博物館に行く |
エジプト人は、カイロ考古学博物館を「エジプシャンミュージアム」といいます、少し誇らしげに。 カイロ、ではなくてエジプトの、エジプト人の、なんですね。 ここでは何といっても、あの「ツタンカーメン」でありましょう。 ほぼ開館と同時に入ったわたしは「ツタンカーメンの、ゴールドマスクの部屋はどこですか」と、ガイドのお人に聞きました。 「あそこ、階段を上って、まっすぐにいけばみつけることが出来るでしょう」 エントランスから見える二階正面の黒っぽい部屋をさして、彼は言います。 まず、見たいものを先に見る、がわたしの主義です。美味しいモノを食べるときも、一番好きなモノをお腹が空いているとき、つまり先に食っちゃう人なので、わたしは。だってそのほうがうまい、圧倒的にうまいし、で、もっとそれが好きなるというわけ。 おっと話がそれちまった。 館内の団体客は順番に見て回っています。つまり、あの部屋、ツタンカメーメンエリアにたどり着くのはまだ先です。 最初に行けば、混まないうちに見ることができるというわけです。
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博物館に入るのにかなりシビアのセキュリテイチェック受けるんですが、この部屋の入り口にはまたまたガードマンがいました。 薄暗い室内に入ったとたん、例のツタンカーメンのゴールドマスクがどーんと目に飛びこんでいます。 おお、ほほっほ・・・ それは数千年の昔にお墓に入れられた、そして出てきたという感じはしません。できたばかりのきらきらしさです。黄金のお棺、たくさんの装飾品。お宝がうなっていました. ちなみに広い博物館の2階、三分の一が「ツタンカーメンのお墓出土品」であります。「黄金の玉座」が程よい大きさ、細工なかなかで、すきでした。 ツタンカーメンは少年無名王で、副葬品は地味だったというのが定説で、だったら他の有名な王<たとえばラムせス2世とか>はどんはだったのか・・と想像すると改めて「ナイルの賜物、エジプトの富」の凄さにまたしてもムウウ・・・であります。 素朴な疑問:王様の装飾品、宝石やら金銀が何重にもかさなっているのですが、あんなのつけて首や肩が凝らなかったのかしらん。頚椎損傷しそうな重量感あるよねえ・・・ ☆☆☆☆☆
博物館入場料金20エジプシャンポンド<600円>なのですが、ミイラ室入場は更に40ポンド<1200円>取られます。これって、そりゃないでしょう状態の料金ですが、何かと物価の安いエジプトで困りモノなのがこの「外国人設定の見学料金」です。この、評判の悪いシステムは、かつて中国にもありましたがしたが今は廃止されています・・・エジプトも止めろよ・・と言いたいですなあ。 ところで、ミイラ室。二階の隅っこ56号室。窓のない照明を落とした部屋に王さま・女王さまのミイラ11体。 セティ1世は普通のおじいさん顔。トトメス�言い脇�は少し禿げ上がり、髪の毛少々、ほねばった顔付きで胸前に腕を組んでいました。 わたしが見たかったのは、あの自己顕示欲系のラムセス2世でした。金髪に見える髪の毛が額の辺りに張りついて、鷲鼻、骨ばった顔はえらが張り、性格の強さがあり、あり。背は高く、多分180センチほどはあろうかと・・・生前、筋骨隆々であったろうなと思います。 今のエジプト人<白人で目のあたりに中東気配のお顔>であったことも解ります。 みんな「同じミイラ」ではなくて、生前の顔つきや個性がわかるほどにリアル、ミイラつくりの職人達の腕の確かさに脱帽! ほんと、「みんなちがって、みんなよくできてんじゃない」でしたよ。 ☆☆☆☆☆
下の階では、よく世界史の教科書などに出てくる「書記坐像」や「村長の像」などがギッシ、ギッシ、所狭しと並びます。 博物館というより「お宝倉庫」といった感じのカイロ博物館であります。 なによりそうかあ・・とビックリしたのは、あのサッカーラからの出土品に木製のものが多いという事でした。 あの影もミイラになってしまいそうな灼熱の砂漠にはかつて「木」が、「森」があったんですね。「重要遺跡」の意味がわかりました。あそこにもう一度立っても、緑の森をイメージするのは難しい気がします・・・。諸行無常。
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ミュージアムショップで買い物をしたらおつり間違い、カフェテリアでお茶したら料金間違い.故意なのか、ケアレスミスなのか・・両方とも、指摘したら、目をむいて怒り、自分のミスとわかっても「ソーリー」はありませんでしたね。ミスを指摘されるのが嫌いな人たちなんだな、と思いました。 ちなみに博物館のカフェテリアは市中価格の三倍でまずい、サービス悪い、クラーなしと最悪。多分、世界の有名博物館のカフェではサイテーレベルですね。
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