おひさまの日記
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2010年02月16日(火) |
オレンジ色のグローブを持った男の子 |
薄暗い玄関に座って泣いていた男の子に出会った。 突然の出会いだった。
小学生の彼は大好きな野球をやめたばかりだった。
男の子の夢はプロ野球の選手、 一番になるんだと毎日一生懸命練習して、 帰るとグローブもスパイクもピカピカに磨いた。 自分の手に馴染むようにとグローブをはめたまま寝たこともあった。 部屋の窓ガラスに映る自分を見ながら、 素振りをしたり、フォームをチェックしたりした。
昔、男の子は、いじめられっこだった。 運動音痴で、体が小さくて、どんくさいおどおどした子だった。 帰り道で待ち伏せされ、ランドセルを捨てられ、泣きながら帰ることもあった。 いじめっこグループの中には親戚の子もいた。 つらくて、くやしくて、苦しかった。 でも、逆らうことなどできるはずもなく、ただ泣くしかなかった。 いじめられている最中に弟が助けてくれたこともあった。 「兄ちゃんをいじめるな!」と走ってきた弟は、 ひとりで数人の上級生をボコボコにした。 そんな弟に連れられて、泣きながら帰った。
でも、野球が彼を変えた。 野球が彼の潜在能力を一気に引き出した。 運動が得意になった。 走るのも速くなった。 自信がつくとにじみ出るものも変わるのだろう、 彼をいじめる子はいなくなった。 男の子は選手になり、チームに欠かせない存在となった。
野球にのめり込んでいった男の子は、 甲子園出場経験のある人にコーチしてもらうようになり、 ますます上達していった。
小学生レベルを超えた男の子は必然的に目立った。 それが、甲子園出場経験のあるその人のおかげだという話が広まり、 その男性に非難の声が上がった。 ひとりだけに特別教えるなんておかしいんじゃないか、 みんなが上手になるように協力しろ、と。 彼はそれに同意して子供達に野球を教えようとすると、 それまでいた監督やコーチ達が自分達の立場を危ぶみ、その男性を敵視した。
男の子は、自分の大切なコーチが攻撃されているのを目の当たりにした。 胸が引き裂かれるようだった。 そして、思った。
「自分のせいだ」
大好きな野球をして、上手になって、楽しくなって、結果が出て、 それが原因で苦しむ人がいるなら、もう野球はしない、そう思った。 そして、チームを抜けた。
突然のことに、チームの監督や関係者が男の子の家に押しかけた。 大切な戦力である彼が抜けることはチームにとって大きな痛手だった。 どうした?何があった?なぜやめる? 玄関では、小さな男の子の前に、立ちはだかる大人が4人。 後ろには正座する両親。 大人6人に囲まれ、彼は泣きながら言った。
「僕が野球をすることで苦しむ人がいるならもうやりません」
男の子は11歳、5年生。 大好きなこと、楽しいこと、夢中になれること、 そんな大切なもの、自分の夢を捨てることを覚えた。 自分が才能を発揮して認められれば認められるほどイヤな目にあう、 陰で犠牲になる人がいる、そう学んだ。
男の子はこう思った。
「僕が人より上手になって誰かがイヤな思いをするなら、 僕はもう普通でいい」
そして、磨き続けてきたオレンジ色のグローブを置いた。
薄暗い玄関に座って泣いていたそんな男の子に、私は出会った。 ひとりぼっちだった。 彼は突然現れた。 それはabuのインナーチャイルドだった。
私達は、その夜ベッドに入ってたくさんの話をしていたところだった。 恐れも含め、感情的な反応も含め、正直にたくさんのことを話し合った。 うまくいかない現実、転がる問題を直視しなければならず、 きつい話し合いでもあった。
その時だった。 その男の子が現れたのは。
abuが言った。
「あ、なんか今、実家の玄関が浮かんだんだよ」
そこからabuはするすると出てくる幼い日の様子を話していった。 次から次へとその頃の出来事と感情がよみがえる。 私の目の前で、ひとりの男の子の悲しい物語が繰り広げられていった。 意図的に働きかけたわけでもなく、それは自然に起こった。
私は、時折、
「それで、どうしたの? 今はどうしてる? どんな気持ち?」
そう問うだけだった。
男の子は、まだ薄暗い玄関で泣いていた。
abuにそばに行ってもらった。 その背中をなででもらった。 つらかったな、って。 そして、男の子に伝えたいことを尋ねると、abuはこう言った。
「好きなことをしていいんだよ」
男の子は泣いていた。
「あなたは悪くないよ。 好きなことをしても大丈夫。 もう誰も犠牲にはならないんだよ。 イヤなことも起こらない。 好きなことをして、そこで一番になっていいんだ。 もう大丈夫」
abuは大きくため息をついた。
男の子はもう泣いていなかった。 abuは男の子を連れてグラウンドに行った。 男の子は、一度は置いたグローブを持っていた。 野球がしたくてしたくてワクワクしていた。
そばに立っていたabuは、後ろ手に何かを持っていた。 それが何かはよくわからないけれど、長いヒモがついたものだった。 男の子のグローブが、abuが後ろ手に持ったものになった。
その時、abuが手に感触を感じたと言う。 何かを握るような、そんな感触が。
「カメラ… 後ろに持っていたのはカメラだ… ヒモはストラップ…」
男の子は帰って来た。 abuの中に。 グローブをカメラに代えて。
「おかえりなさい」
私が言った。 abuがぼうっと答えた。
「ただいま」
abuはきっと狐につままれたような感じだったのだと思う。 それでも、時折促されるまま、 イメージとして浮かんで来たことを次から次へと口にしたようだった。
「話していたら、急に玄関が浮かんだんだ…」
暗いからよくわからなかったけれど、abuが指で涙を拭ったような気がした。 そして、不思議そうにしながら眠りに落ちた。
私は感動を隠し得なかった。 気持ちがたかぶってなかなか眠ることができなかった。
abuの体験はヒプノセラピー、幼児期退行そのものだった。 私は、別段、彼を誘導しようとしたわけでもなく、 そうなるようにけしかけたわけでもなかった。
けれど、あの男の子はやってきた。 abuに会いに。
スピリチュアルなことに興味があるわけでもないabu。 でも、ただ普通に生きてるだけで、 本当はみんなスピリチュアルなのだよね。
時計を見ると朝の5時だった(爆) ヨジラーなのに、寝るのが5時になるとは。 仕方なく6時まで寝た(笑)
これから好きなことをして生きていこう、 けれど、思うように進まない、 そんな葛藤の中で、お互の傷と、その痛みと、 そこから生まれる恐れに翻弄されながら、 私達はよどみの中でさまようように毎日を過ごしていた。
そんな時に現れた少年。 オレンジ色のグローブを持った男の子。 abuの中にあった悲しい物語。
「好きなことをして一番になったり、うまくいったりすると、 犠牲になる人がいる、 成功するとつらい目にあう、 だから、やらない」
そんな、abuが成功することにブレーキをかけていた、 深い部分に横たわる痛みのプログラミングが、明るい場所に出てきたのだろう。 そして、光に溶けていったのだろう。
誰かのそんな体験をシェアするこの瞬間の感覚を、私は長いこと忘れていた。 セラピストであった時、そんな感覚を感じながら生きていた。 人が生きるということの尊さと愛しさを感じながら。 その感覚が、やさしくて、あたたかくて、涙が流れて、大好きで、 それを感じることが私の魂の求めることであると、思い出した。 それから、ずっとドキドキが止まらない。 魂が騒いで仕方ない。
abuの体験は、彼に癒しをもたらしたのと同時に、 私へのメッセージも運んで来た。 あなたの魂の声に目覚めていなさい、と。
何かが起こる時、それはそれに関わるすべての人の合意で起こる。 無意識レベルの合意ではあるけれど。 そして、それに関わるすべての人に何かをもたらす。
「あぶちゃん」と呼ばれていたあの男の子は、今もきっとそばにいる。 でも、もう泣いていない。 オレンジ色のグローブをはめて、大好きな野球をするんだって笑ってる。 abuも、私も、大好きなことをするんだろう。 それがどんなことかということは問題ではなく、 心にいざなわれていった先にあるものに忠実であることが大切なのであって。
ねぇ、ねぇ、あぶちゃん、私がキミの将来の奥さんだよ。 よろしくね。
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