おひさまの日記
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2010年01月20日(水) だじゅらー、なかまー

父が入院しているうちに衰弱してあまり動けなくなった。
以前より話すことも難しくなったようで、
懸命に何か言っているんだけど聞き取れない。

暑そうにしていたので、布団をはいでやると、
ガイコツのようにやせ細った体が横たわっていて、言葉を失った。

すべてが見たくない現実だった。

私は、うまく話せない父のために、あいうえお表を作った。
言いたいことを表を使って伝えてもらえれば、と思ったのだ。
あいうえお表には、五十音の他に、

「はい」「いいえ」
「喉がかわいた」「何か食べたい」
「痛い」「苦しい」
「うれしい」「ありがとう」

そうしたいくつかの言葉を書いておいた。
それを指せば伝わるように。

それを持って行って父に言った。

「お父さん、何か話したいことある?
 これで教えて」

けれど、腕を上げて一文字一文字を指差すことが難しいらしく、
父の震える指は、あいうえお表の上をよろよろと定まらず動くだけだった。
が、少しすると、震えながらも端の方を指している。
そこには、

「喉がかわいた」

と書いてあった。

「お父さん、喉が渇いたんだね、水飲もうね」

それを見た母が父に吸い飲みで水を飲ませた。
すると、父は、また表を指した。
そこには、

「ありがとう」

と書いてあった。

私は父に言った。

「お父さん、一文字一文字を指差すのが大変なんだね。
 じゃあ、今度は、色々な言葉をたくさん書いた表を作ってくるよ。
 それなら、一カ所指差すだけで伝えられるから使えるかな」

すると、父はかすかにうなずいた。

「わかった。
 じゃあ、作ってまた持ってくるね」

アンナのお迎えのために病院を出なければならない時間が迫っていた。
帰る前に父に尋ねた。

「お父さん、アンナのお迎えがあるから今日は帰るね。
 何か言いたいことはある?」

すると、父はまたよろよろと表を指差した。
そこにはこう書いてあった。

「ありがとう」

泣きそうだった。

「来るなって言われてもまた来るよ」

そう言った私に、父がかすかに笑った。
私は父にピースした。
父は、よろよろと腕を上げると、私にピースした。

子供の頃を思い出した。
いつもお父さんとこうしてじゃれていたよね。
ふたりだけのサインを作って交わし合ったりしたよね。
その時お父さんはこう言っていたよね。

「だじゅらー、なかまー」

だじゅらーの意味は今となってはわからないけれど、
昔、私達はそれを合い言葉に、
ふたりだけのサイン、仲良しの合図、
人差し指と親指をくっつけてオッケーをした。

「だじゅらー、なかまー」

私はそう言うと、あの頃と同じオッケーをした。
すると、父も私にオッケーをした。

お父さん、仲良しの合図だよ。
あの頃のように、仲良しだよ。

父が日に日に弱ってゆくのを見て、
私の中に湧いてくる切なくて悲しい気持ちは、
過去にされた一切のひどいことをみんな消してしまった。
そこから生まれた憎しみも、嫌悪も、何もかも。
そこには愛だけが残った。
お父さん、大好き。

どうか、どうか、少しでも長く生きてください。


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