おひさまの日記
日記インデックス前の日の日記を読む次の日の日記を読む


2004年09月24日(金) 思考という魔物

私達はあれこれと頭でものを考える生き物だ。
思考は連鎖する。
見事な連想ゲームが頭の中で展開されているのだ。

そして、私達は、その思考が自分の真実だと思いがち。

例えば、



○○さんに挨拶したら、機嫌悪そうに低い声であいさつ返されたな。
   ↓
なんか感じ悪いな。
   ↓
私、気を悪くするようなことしちゃたかな。
   ↓
どうしよう、嫌われたのかな。
   ↓
そうだ、なんかしちゃったんだ、どうしよう、何したんだろう?
   ↓
仲間はずれにされたらイヤだな。
   ↓
そういうことするから○○さんって苦手なんだよな。
   ↓
そう言えば、昔から合わないと思ってたんだよ。
   ↓
これからは仲良くするのやめよう。
   ↓
ああ、私は孤独なんだ。



こんな感じで、最初にパッと浮かんだ考えが、ドンドン発展していく。
脈絡のないこともどんどんつなげていく。
そして、考えているうちに、
あくまで憶測に過ぎなかったはずのものが、
いつの間にか自分にとっての事実になってしまい、
その作り上げた事実に基づいて行動を始めてしまうのが私達。
そして、この連鎖には、その思考に伴う感情も発生する。

この思考とは、実は「心理反応」だ。
そして、この心理反応が起こるのは、
過去の体験等からできあがったデータベースがあるから。
すべてをそのデータベースに基づいて判断し、
無意識のうちに出てくるのが心理反応。

そして、この思考、つまり心理反応は「自分」ではなく、
あくまで、9/21の日記にも書いた「お客様」なのだ。
このお客様を自分だと思い込んでしまうと、
人生どろんどろんになってゆく。

ある本に書いてあった。
「人はなぜ苦しくなるのか。
 それは、苦しくなることを考えるからだ」
私は唸った。
確かに。

人の癒しには多くの過程を必要とする。
そのひとつとして、
自分(心)と自分の思考(心理反応)は、まったく別のもの、
という理論的なことを認識していくことも必要だったりする。

それを認識したからと言って、人生が激変するということはないだろう。
けれど、横暴なお客様に家を乗っ取られて言いなりの主が、
自分がそこの主であることを思い出し、
毅然とした態度を取り始めることができるようになる。

そして、そこから始まるものが,間違いなくあるのだ。

よく「自分の本当の気持ちがわからないんです」とおっしゃる方がいる。
「自分の感情がわからない」と。
自分(心)と自分の思考(心理反応)が一緒になってしまっているのだ。

テロリストにハイジャックされた飛行機は、
どこに飛んでいくかわからない。
もちろん、テロリストの目指す場所に連れて行かれてしまうだろう。

私達も同じ。
思考、つまり、心理反応を自分そのものだと思い込んでいると、
心が行きたい場所ではなく、
心理反応が行きたい場所に連れて行かれてしまう。
そして、そこは、大体がひどい場所だったりする。
なぜなら、人間は物事を悪い方へ考える達人だからだ。

そんな時、主たる自分が、
「私の客人である思考(心理反応)はこんなことを考えているのか。
 そうか、そういうことを考えているのはわかったよ」
そう眺めてみる。

そうすると、自分(心)と自分の思考(心理反応)の間に、
明確な距離ができて、一緒に連れて行かれてしまうことは格段に減る。
純粋に「今」「ここ」での自分の反応を味わうことだけに集中できる。
そして、それは、終わると勝手に去っていく。
それを繰り返していくうちに、私達は大切な「何か」を発見する。

お遊びのつもりで試してみるといい。
どうせ同じ感情を味わうなら、
悔しいから、その中であれこれ試してみてもいいじゃないかと思う。


エイミー |MailHomePage
今日も読んでくれてありがと♪すごくうれしい!
My追加
エンピツユニオン