DEAD OR BASEBALL!

oz【MAIL

Vol.183 10年目の感情
2004年05月03日(月)

 背番号55だから「赤ゴジラ」とは少々安直過ぎるきらいはある。しかし、ここまで打率.391・9本塁打・20打点と大当たりしている嶋重宣(広島)の大ブレークを見ていると、そう言いたくなる気持ちもよくわかる。評論家のシーズン前予想ではことごとくBクラスと言われていた広島に、貯金1という現状以上の勢いと活気を与えているのは、投手ならチームの為にとセットアッパーに自ら回った佐々岡真司、そして野手ならこの「赤ゴジラ」嶋だろう。

 東北高からドラフト2位で入団の10年目。投手として入団しながら99年に野手に転向し小ブレークするも、その後は故障もあって鳴かず飛ばず。そして今年、内田順三コーチとの特訓の成果が実りオープン戦から絶好調、「赤ゴジラ」として大ブレーク……ここまでは様々なメディアが紹介している。推定年俸わずか700万円の窓際選手が、シーズンからチームを牽引しているという事実。まったく、これだからプロ野球は面白い。

 嶋という打者、小ブレークした99年の打席を見て、「これは広島の主軸打者になるな」ということを瞬間的に感じた記憶がある。懐が深くリストワークの柔らかい打撃は、打席の中で強打者特有のオーラを微かにだが発散していた。チームには野村謙二郎、前田智徳というタイプ的に似た左の大打者もいて、嶋はいいタイミングで出てきたなと思った。10年目の大ブレークと言われても、時間がかかり過ぎたというのがあの時の印象からした本音だ。

 故障続きで1軍が遠のき、シーズンオフには毎年解雇の恐怖と戦わなくてはならなかったかもしれない。しかしその素質は多くの選手が認めいていたという話もある。今年は開幕から4番に座っているアンディ・シーツは、昨年2軍調整中の嶋を見て「彼は広島で一番いいバッターだ。いまに出てくるよ」と話していたという。700万円の安年俸故にクビにならずに済んできた、という話も一理あるが、チームの嶋に対する期待の裏返しが「赤ゴジラ」を生んだ土壌であることも真実の一端であろう。

 開幕からフルスロットルで1軍の試合に出続け、尚且つバットマンレースで首位を走っている。その現状はもちろん初めてのこと。嶋は10年目とは言え、野球に対する老け込みは一切感じられない。本人も「いまは野球をやっていて楽しくて仕方ない」と話しているように、モチベーションの高さは相当なものだ。その高いモチベーションがチームを引っ張っているので、ケガさえなければ嶋自身もチームのモチベーションに引っ張られていくという好循環を生む可能性が高い。

 ヒットゾーンが広く、重心と軸がしっかりしているだけに、極度の不振に喘ぐことも考えにくいタイプに見える。正統派の強打者というムードを持つ嶋は、広島のスター選手として台頭する可能性を存分に感じさせてくれる。

 過去、このように窓際族からいきなり二階級特進を果たした選手を探したら、これが結構いた。近年のみから挙げても、投手なら00年に同じくプロ10年目にして最優秀防御率のタイトルを獲得した戎信行(当時オリックス、現近鉄)が記憶に新しい。打者なら「左殺しのワンちゃん」として02年のリーグ優勝に貢献した犬伏稔昌(西武)が12年目、99年に規定打席未到達ながら115安打、打率.341を記録した佐藤真一(ヤクルト)が27歳という遅いプロ入りから7年目でブレーク。この辺りの選手が“突然変異組”と言える。

 判官びいきという日本人気質とも相俟って、彼らのブレイクには当時多くのメディアが群がった。地方競馬出身のハイセイコーやオグリキャップが中央のエリートホースをバッタバッタと撫で斬っていくシーンに、競馬ファンだけでなく多くの日本人が歓喜したように。今年の皐月賞が盛り上がったのも、ホッカイドウ競馬所属のコスモバルクが中央で3連勝し、堂々の1番人気に推されたからだ。

 名もなく貧しい選手が、堂々たる強さでエリート選手に対峙する。年俸700万円の嶋が、総計ン十億円というスターチームを相手にホームランをかっ飛ばす。日本人は潜在的にそういうシーンが好きだからこそ、まだ1ヶ月しか活躍していない嶋に「赤ゴジラ」というニックネームが付く。嶋の注目のされ方は、いかにも日本人的な薫りがするものである。

 万年窓際族だった嶋が、突如としてその才能を開花させ、スターダムに駆け上がろうとしている。10年間我慢し続け、クサりきることなく、現状「野球が楽しくて仕方ない」と話すその泥臭さに、多くのファンが華やかさにはない味わい深さを感じているのかもしれない。

 なぜこういう選手がファンの支持を得るのか。感情移入しやすいからである。完全無欠のスター選手、スター軍団には、確かに他には発することのできない独特の華やかさがある。だが、華やかさが共存する優秀さには、わびさびの文化で育った日本人には共感しにくい面があるのも確かだろう。嶋や戎らは、その対極の枯れた味を同時に持っている。だからこそファンが感情移入しやすい。

 ハイセイコーやオグリキャップが日本競馬史で3本の指に入る人気を誇っているのは、単に地方競馬出身という境遇面のストーリーに惹かれているからではない。もちろんハイセイコーもオグリキャップも強かった。強かったが、常に完璧なレースをするだけでなく、時には考えられないような凡走に終わることもあった。絶対的なアイドルとして無敗のまま皐月賞を制したハイセイコーは、その後ダービー、菊花賞とタケホープに煮え湯を飲まされ続けた。天皇賞(秋)とジャパンカップを続けて惨敗して「もう終わった」と囁かれながら、有馬記念勝利でラストランを飾ったオグリキャップも、境遇や出自も含めて完璧ではなかったからこそファンに愛された馬だったと言える。

 スポーツとファンを繋ぎ止める唯一のものは、結局のところ感情以外にはないのである。イチローのように完璧で居続けようとし、事実完璧という言葉を否応なく投影せざるをえないような選手は、ファンの支持が熱狂的というほどに熱を帯びない。“皇帝”と呼ばれた7冠馬シンボリルドルフがそうであったように、凄さは認めても、感情を投入しにくいのである。

 嶋に注がれている感情は、現状恐らく多種多様である。「これからも活躍してほしいね」と思っているファンもいるだろうし、「俺達が応援して活躍させるんだ」と意気込んでいるファンもいるだろう。「俺が嶋のグッズを買ったから今日ホームランを打った」なんて言い出す輩も出てくるかもしれない。嶋には、それだけ感情移入をする余地がある。今後も活躍すれば、という条件は当然つくが、嶋には極めて日本人的な正統派スター選手としての薫りを感じるのだ。

 今年1軍のマウンドに帰ってきた黒木知宏(ロッテ)も、今年でプロ10年目を迎える。ジョニーが995日ぶりに1軍マウンドに帰ってきた4月17日の東京ドーム、ジョニーに注がれる歓声の大きさには正直言って鳥肌が立った。

 98年7月7日、プロ野球記録のチーム17連敗がかかっていたオリックス戦で土壇場9回、ハービー・プリアムにまさかの同点2ランを浴びてマウンドにへたり込んでしまったジョニー。パ・リーグのエースだったジョニーが歩んできた995日の苦闘。ジョニーもまた、完全無欠の完璧なエースではなかった。不完全で極めて人間臭い、そして誠実な1人のアスリートに過ぎなかった。だからこそチームの垣根を越えてジョニーの愛称が定着した。そう思う。

 10年目。突然変異。そういう言葉を抜きにしても、また1人、感情移入したい選手が登場した。また1人、感情移入してきた選手が帰ってきた。スポーツは人間の縮図である。感情の縮図である。だからこそスポーツは面白い。プロ野球は面白い。



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